2014-12-20 22:27

自虐史観はいつから? 潜水艦ろ号未だ浮上せず

 実はこの3~4日風邪で咳きと痰が酷くて閉口しています。 
 外出もできないし、横になっても咳で眠れないので、ネットをしていたら、こんな映画を見つけました。

潜水艦ろ号未だ浮上せず(1954)


 1954年に制作された戦争映画です。
 
 古い映画だし日本もまだ貧しかった頃だからでしょうか、モノクロだし画質は悪いし、特撮もショボイです。
 
 テニヤンは既に陥落し、原爆をテニヤンに運んだ帰りの、アメリカの重巡洋艦インディアナポリスを撃沈する話が出てきますから、もう終戦直前を舞台にした映画です。

 主人公達の潜水艦ろ号はこの終戦末期にアメリカの艦隊と戦って撃沈されるのです。

 だから大変悲劇的な結末です。

 しかし何というか、普通にカッコイイ戦争映画なのです。 日本軍極悪説や自虐史観の影もなく、最後は全員戦死を遂げる人々を被害者に描いているわけでもないのです。

 正直言って、前にYou Tubeで見た「加藤隼戦闘隊」と同じ感覚なのです。

加藤隼戦闘隊 (Kato hayabusa sento-tai - Colonel Kato's Falcon Squadron)


 但し「加藤隼戦闘隊」は1944年、まだ戦時中に戦意高揚の為に作られた映画です。

 一方夕べ見た「潜水艦ろ号未だ浮上せず」は1954年に制作されました。
 
 この年、日本は国際連盟に加盟しました。 NYで加盟受諾演説をしたのは、元A級戦犯重光葵です。 
 それからワタシと安倍総理が生まれました。

 つまり完全な戦後映画なのです。

 この映画がつくられた頃、この映画に出てくるような若い将兵は、30前後になっていました。 戦争が終わって復員して、結婚して、次々と生まれる子供達を抱えて、一生懸命働いている時代でした。

 ワタシの父も1947年にベトナムから帰り、51年に母と結婚して、その年に兄が生まれ、それから54年にワタシが生まれ、そして57年に妹が生まれました。

 両親が結婚した頃は、まだ物資不足で割烹着なども綿製品を買うのは配給券が必要で、結婚するときはその配給権を余分に貰えたそうです。

 また赤ん坊のいる家庭には、砂糖の配給が多いので、兄が生まれた時は嬉しかったそうです。(父は甘いモノに目がないんです)

 こんな風に戦争の傷跡が生々し時代の映画なのに、この明るさ日本軍のカッコ良さは何なんだ?

 「裸足のゲン」とかブサヨ推薦コンテンツによれば、戦時中庶民は軍の横暴に泣かされたはずではありませんか?
 そして戦争が終わった時、人々は今までの侵略戦争を反省して、二度と戦争はしないと誓った事になっていませんでしたか?

 でもこの「潜水艦ろ号未だ浮上せず」を見ると、全然そんなこと考えていたとは思えないんですけど・・・・・。

 ちなみにこの映画を作った人にも、出演した俳優の中にも、実際に出征した人は多かったでしょう。 勿論この映画の観客も皆戦争経験者です。

 自分で戦争の辛酸を舐めつくした人々は、こんなノーテンキな映画に怒り狂う事はなかったのでしょうか?

 しかしそんなことはなかったでしょう?

 と言うのも今日見た映画からはそう思うしかありません。
 
 天皇・皇后と日清戦争


 こちらは1958年に作られた映画です。 
 
 ワタシはこの映画は今日始めて見たのですが、でもこの映画で明治天皇を演じた嵐寛寿郎と言う俳優の名前は、何となく知っていました。

 明治天皇は嵐寛寿郎の当たり役で、彼は他の映画でも何度も明治天皇を演じているのです。 実際、ビックリするほど良く似ています。
 それでテレビが普及し始めてから、漫才やその他で嵐寛寿郎の明治天皇の真似をやっていたのを覚えています。

 それにしてもNHKのディレクターや韓国人が見たら、発狂するほどの右傾映画です。
 チャンネル桜の水島だってここまで、あっけらかんと大日本帝国正義で、日清戦争を描くのは遠慮するかも?
 
 映画の最初の方に出てくる幼い頃両親を失った若い農夫が、年老いた(64歳?)祖母を置いて出征する場面なんか涙が出ます。

 ワタシは祖母を思い出しました。
 ワタシの祖母は父が7歳の時に夫を失い、女手一つで父を育てのです。 女中奉公をしながら父を商業学校に進学させ、お蔭で父は旧財閥に就職できたのに・・・・・その後間もなく徴兵されて戦地へ行きました。

 祖母は父の為にせめもの事をしたいと思ったのでしょうか?
 なけなしの貯金をはたいて陸軍国債と海軍国債をそれぞれ100円買いました。 朝日新聞は祖母を絶賛する記事を書いてくれました。

 この映画は祖母も両親も見たと思います。

 封切り当時この映画を見た人々は、実際に映画の登場人物同様に実際に大切な息子や孫を兵役に送り出したり、また妻子や両親や老祖父母を置いて出征した人達なのです。

 でも別にこの人達から「たった一人の孫を出征させるのに、あんな風に明るく描くのはケシカラン!!」と言う苦情はなかったのでしょう。

 だから嵐寛寿郎が主演する明治の歴史映画が次々とつくられてヒットしたのです。

 だったら今の自虐史観はどこから来たのでしょうか?

 ワタシの記憶では自虐史観と言うか「日本は侵略戦争をしたのだから反省するべき」「軍国主義は絶対悪」と言い戦後史観が、定着し始めたのは1970年代からではないかと思います。

 そして戦争の不幸を喧伝したのは、そもそも戦争の惨禍を我が身で受け止めた世代の人々ではありません。

 所謂団塊世代と言うか、ワタシなんかよりもう少し年長の、学生運動で暴力を振るいまくっていた連中が、親世代つまり70年代日本社会の中心だった世代に対する反抗として喚きだしたんじゃないかと思うのです。

 彼等は親世代への反抗として暴力共産主義革命とか、全く非現実的で愚かしい政治活動?(こんな馬鹿なモノ政治って言えますか?)で燃え上がりました。

 しかし所詮馬鹿ですから誰にも相手にされませんでした。
 その上社会主義諸国の内実が解ってくると、彼等の妄想はドンドン剥げ落ちました。

 そして最後に残ったのが、反戦妄想と日本軍悪い史観です。

 でも彼等は今もこの妄想に執着しているのです。 そして内田キ印みたいに「日本人は戦争を総括しなかった」とか、意味不明の事を言い募っているのです。

 いやあ、総括なんかとうの昔に済んでいるから。 
 戦争を総括するべきは戦時中生きて戦争の惨禍を蒙った人々であって、戦後生まれの我々は関係ありません。

 で、彼等はちゃんとサンフランシスコ講和条約を締結し、国連加盟をし、靖国神社を復活させ、戦犯として処刑された人は戦死または公務死とし、投獄された人はその期間を戦役または公務として恩給を支払う事にしたのです。

 それに対して連合国は文句を言ってないのです。

 だからこれで全部オシマイです。

 我々は産まれる前の事は歴史として勉強すれば良いのです。 その歴史の解釈が当事者世代と違ってもそれは仕方がありません。
 
 親や祖父母が自分で関わったトラブルを、自分で相手方と話会って、綺麗に解決したのです。
 
 その後何年も経ってから生まれた子や孫が、聞きかじりの後知恵を元に「祖父ちゃんの解決法は気に入らない!! もっと被害者に賠償するべきだった。」なんて言ったら?

 こんな馬鹿は親や祖父母だって相手にはしたくないでしょう。
  1. 戦後民主主義
  2. TB(0)
  3. CM(16)

コメント

韓国も同じようですね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/盧武鉉
盧 武鉉(ノ・ムヒョン、노무현、1946年9月1日(旧暦8月6日)- 2009年5月23日)は、大韓民国の政治家、第16代目韓国大統領(2003年-2008年)。本貫は光州盧氏。カトリックの洗礼名を持っていて、洗礼名はユストだが、妻は仏教徒で遺骨も実家近くの仏教寺院に納められている。一部の進歩陣営では、盧武鉉を"ノチャン"と呼ぶ。妻の権良淑(クォン・ヤンスク)とのあいだに1男1女。歴代で初めての、日本統治時代を経験していない世代の大統領である。

日本統治時代を経験していない世代ほど激しい反日になるようですし。

「お前達が言うほど日帝時代はひどく無かったぞ。」と言ったら若者に殺されるんですから。
  1. 2014-12-21 05:19
  2. URL
  3. taigen #-
  4. 編集

1980年代からでは?

こんにちは。

自虐史観が酷くなったのは、やはり1980年代からじゃないでしょうか?

私は、この頃「世間知らずの鼻垂れ小僧」でありましたが、それよりも子供の時分に「見ていた」「聴いていた」戦中戦後の話が、悉く既存メディアから「否定される」、または「無かった」ことになったのを記憶しています。その頃のテレビや新聞からは「悲惨だ」「日本は悪いことをした」という報道やドラマが垂れ流されていましたからね。

しかも、その様な自虐史観「報道」や「ドラマ」に異論を述べようものならば、徹底的に排除されていたとも記憶しています。
  1. 2014-12-21 09:53
  2. URL
  3. 裏の桜 #-
  4. 編集

分れる捉え方

昭和30年代ごろまでの戦争映画は監督も俳優も戦地帰りが多かったそうですから、実感的に作っていたようです。

私の小学校の担任も仏印帰りで、授業の脱線で実戦の話をバンバンしていました。

あのころの人々はヘンな思想がなくて公平に見ていた気がします。ソ連抑留組の叔父も軍隊の話は悲壮感なく淡々と語っていましたし。

一方で、五味川純平など戦時体験のある一部の作家からは、軍隊悪し、の声が叫ばれました。また「ビルマの竪琴」を書いた竹山道夫が右傾思想の持ち主だったことを非難する投書を読んだ記憶があります。

人間は二種に分かれるのか?
  1. 2014-12-21 11:50
  2. URL
  3. 相模 #-
  4. 編集

コメントされている皆さま含めて凄い勉強になる貴重なお話をありがとうございます!!!!
  1. 2014-12-21 12:22
  2. URL
  3. 名無しさん #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 韓国も同じようですね。
>
> http://ja.wikipedia.org/wiki/盧武鉉
> 盧 武鉉(ノ・ムヒョン、노무현、1946年9月1日(旧暦8月6日)- 2009年5月23日)は、大韓民国の政治家、第16代目韓国大統領(2003年-2008年)。本貫は光州盧氏。カトリックの洗礼名を持っていて、洗礼名はユストだが、妻は仏教徒で遺骨も実家近くの仏教寺院に納められている。一部の進歩陣営では、盧武鉉を"ノチャン"と呼ぶ。妻の権良淑(クォン・ヤンスク)とのあいだに1男1女。歴代で初めての、日本統治時代を経験していない世代の大統領である。
>
> 日本統治時代を経験していない世代ほど激しい反日になるようですし。
>
> 「お前達が言うほど日帝時代はひどく無かったぞ。」と言ったら若者に殺されるんですから。

 そうなんですよね。
 
 現実の歴史ではなく、教育で作られた妄想の歴史を信仰する人間が、統治者になってしまったのです。

 韓国の反日教育は朴正煕時代からですが、しかし実際に日本統治を経験して、現実を知った人達の反日と、全く知らず教育だけで知った人達の反日では、根源的に違ったのです。

 異常なのは教育で反日を学んだだけの人達が、実際に経験した人達を、殴り殺すと言う発想なのです。

 マジに観念が現実を凌駕する事の典型でしょう。

 大変厄介です。
 
  1. 2014-12-21 13:45
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: 1980年代からでは?

> こんにちは。
>
> 自虐史観が酷くなったのは、やはり1980年代からじゃないでしょうか?
>
> 私は、この頃「世間知らずの鼻垂れ小僧」でありましたが、それよりも子供の時分に「見ていた」「聴いていた」戦中戦後の話が、悉く既存メディアから「否定される」、または「無かった」ことになったのを記憶しています。その頃のテレビや新聞からは「悲惨だ」「日本は悪いことをした」という報道やドラマが垂れ流されていましたからね。
>
> しかも、その様な自虐史観「報道」や「ドラマ」に異論を述べようものならば、徹底的に排除されていたとも記憶しています。

 そうですね。 朝日の吉田証言の慰安婦強制連行報道の初めが1982年です。

 しかしワタシの記憶では、これは自虐史観の集大成で、70年代から朝日新聞の南京大虐殺キャンペーンや「悪魔の飽食」の出版がありました。

 そして戦争はひたすら悲惨式の報道がNHKなどに横溢したのも70年代からです。

 だからこのあたりから自虐史観が定着したのだと思います。

 それを定着させたのは、勿論戦中派世代ではなく、毎日新聞の大好きな安倍総理の高校時代の恩師等の世代ではないかと思います。

 この安倍総理の恩師って74歳と言いますから、戦争の事は全然覚えていないのです。
 
 ワタシの高校にもいましたが、この世代の教師等に煽られた学生が後に学生運動をやり、そして戦後史観を定着させたと思うのです。
  1. 2014-12-21 13:53
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: 分れる捉え方

> 昭和30年代ごろまでの戦争映画は監督も俳優も戦地帰りが多かったそうですから、実感的に作っていたようです。
>
> 私の小学校の担任も仏印帰りで、授業の脱線で実戦の話をバンバンしていました。

 おお、ワタシの父も仏印がえりでした。

> あのころの人々はヘンな思想がなくて公平に見ていた気がします。ソ連抑留組の叔父も軍隊の話は悲壮感なく淡々と語っていましたし。

 中学校ではシベリア抑留体験の話をしてくれる先生がいました。

> 一方で、五味川純平など戦時体験のある一部の作家からは、軍隊悪し、の声が叫ばれました。また「ビルマの竪琴」を書いた竹山道夫が右傾思想の持ち主だったことを非難する投書を読んだ記憶があります。
>
> 人間は二種に分かれるのか?

 そうですね。 これは覚えています。
 確かに同じ体験でも、人によって受け取り方が違うのは当然です。

 そして軍隊悪い派が主流になり、自虐史観や戦後レジームとして定着したのが、70年代からだと思うのです。
  1. 2014-12-21 14:01
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> コメントされている皆さま含めて凄い勉強になる貴重なお話をありがとうございます!!!!

 本当に有難い事です。
  1. 2014-12-21 14:02
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

潜水艦映画好きなもので、「潜水艦ろ号未だ浮上せず」はDVD持ってます。「ゴジラ」と同じ年なんですね。「七人の侍」もこの年でしたか。
自虐史観の根っこにあるのは、何かの意趣返し的な他罰主義と自己保身ではないか、というのが個人的な印象ですが、そう考えるとこの世代が組織の人事を担うようになった90年代に若い世代の就職難が起きたのも、あながちバブル崩壊ばかりが原因ではなかったような気がします。
  1. 2014-12-21 15:08
  2. URL
  3. てっぷQ #EHdrJoDg
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 潜水艦映画好きなもので、「潜水艦ろ号未だ浮上せず」はDVD持ってます。「ゴジラ」と同じ年なんですね。「七人の侍」もこの年でしたか。
> 自虐史観の根っこにあるのは、何かの意趣返し的な他罰主義と自己保身ではないか、というのが個人的な印象ですが、そう考えるとこの世代が組織の人事を担うようになった90年代に若い世代の就職難が起きたのも、あながちバブル崩壊ばかりが原因ではなかったような気がします。

 ワタシもだから自虐史観が嫌いなのです。

 あれってホントは自虐じゃないんですよね。 自分以外の日本人が悪いと言うのが、自虐史観派の人々の本心です。

 自分は善良な人間なので、他の日本人と一緒にしてほしくない、或いは自分以外の日本人がちゃんと謝罪しないから、自分が迷惑すると言う発想なのです。
  1. 2014-12-21 20:08
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

ゴジラの第二作の「ゴジラの逆襲」は1955年の映画ですが、ゴジラを攻撃する戦闘機に乗りこむパイロット達が帝国空軍の同僚で「また、会えたな」とゴジラの出現で再会できて喜ぶ場面がありました。
GHQは「眞相はかうだ」というプロパガンダ放送によりの日本人に彼らの敗北と戦争に対する罪、軍国主義者の責任を宣伝し、一方で日本人の進歩的文化人と云われる人達に「戦争責任論」を書かせて、軍部への批判から天皇の戦争責任論まで、論壇では延々と議論していたわけですが、一部の進歩的な?インテリは同調しましたが、大部分の日本人は、その手には乗らなかったのです。
米国は自分でやっても駄目、日本人の進歩的文化人にやらせても駄目なので、1970年代後半から韓国と中国を使いやらせたのだと思います。しかし、それも失敗しかけており焦っております。
  1. 2014-12-22 11:18
  2. URL
  3. 友遊 #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> ゴジラの第二作の「ゴジラの逆襲」は1955年の映画ですが、ゴジラを攻撃する戦闘機に乗りこむパイロット達が帝国空軍の同僚で「また、会えたな」とゴジラの出現で再会できて喜ぶ場面がありました。

初期の「ゴジラ」監督、円谷英二って「加藤隼戦闘隊」の監督なんですよね。
 「加藤隼戦闘隊」の空中戦シーンはカメラマンが飛行機に乗って撮影しているので、彼等の気質みたいなモノはよく知っていたのでしょうね。

 実際元帝国陸海軍のパイロットなら、ゴジラ退治で再会したら喜ぶでしょう。 実際に自衛隊ができた時、世論こんで入隊した人達の多くが元軍人だったのですし。

> GHQは「眞相はかうだ」というプロパガンダ放送によりの日本人に彼らの敗北と戦争に対する罪、軍国主義者の責任を宣伝し、一方で日本人の進歩的文化人と云われる人達に「戦争責任論」を書かせて、軍部への批判から天皇の戦争責任論まで、論壇では延々と議論していたわけですが、一部の進歩的な?インテリは同調しましたが、大部分の日本人は、その手には乗らなかったのです。
> 米国は自分でやっても駄目、日本人の進歩的文化人にやらせても駄目なので、1970年代後半から韓国と中国を使いやらせたのだと思います。しかし、それも失敗しかけており焦っております。

 仰る通りでしょうね。 こういう映画を見ていたら、当時の日本人の殆どは、GHQのプロパガンダなんかには乗らなかったのでしょうね。

 尤も戦争責任論や天皇責任論に執着する人間達には、共産主義者が大勢入っているので、アメリカだって必ずしもこんな連中が日本の主導権を取る事を喜んでいたとも思えません。

 戦後、良好な日米関係を築いたのは、岸信介のような人達ですからね。

 アメリカにすれば日本でアメリカの正義が尊重されるのは嬉しいでしょうが、それで日本が集団自衛権を拒否したりする方が余程困るのでは?
 元来実利的な国ですから、過去の歴史の正義論よりは、現実の外交の実利を取るのでは?
  1. 2014-12-22 13:31
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

この問題は世代論でわかる気がします。

だいたい戦争に行って無事に帰ってこられるような連中は心身ともに丈夫ですからそのまま社会の中核になります。1945年の頃に彼が25歳から35歳位とすると30年後の1970年には一番下の世代が55歳で当時の定年になります。そこで大きな断絶があるのだということが小生の主張です。

日本には基本軍がありませんから、そういう体験が継承されることはありませんからその世代が消えればその体験も消えます。1これが2000年の頃には一番下が85歳、社会から消えていく存在です。当時もうひとつ大きかったのは戦後のアメリカ型の消費文化の興隆でしょう。当時の軍経験者だってこんな連中に勝てるわけねえよな、と言ってる状態で先人の体験を追体験したり継承しようというのは普通じゃありません。

そしてもう一つは大学や学校の状況です。1952年まではレッドパージが聞いてたわけでアカ共が公の場に出ることは出来ませんでしたが占領終了後はすぐに蠢動し始めます。60年安保までの8年間は準備に十分だったでしょう。1960年に大学生だった世代は通常30年代後半から40年代の生まれですから、戦争というものの意味がそれ以前の大人と違って分かっていません。それは空襲であり戦後の食糧難であるというネガティブなものでしかありません。ここでアカ共が反戦教育をやる、となれば結果は明白です。

世間というものは変化する時は早いですが変化しない時はそう簡単に動きません。1970年位までは戦争をしる人々が社会の中核でしたからそう変な念かはありませんでした。小生の記憶に間違いがなければ日教組が初めてストをやったのは68年くらいだったと思います。sh会はそれなりに右側であり重かったのです。

しかしこれから先に社会がイカれ始めます。考えてみれば社会が戦後型の問題で苦しめられるのはちょうどこの頃じゃないでしょうか。家族制度の変更というものが問題になるにはちょうど1世代、20年かかるのです。

最近社会が右傾化してきたとか何とか言われますが、馬鹿を言ってはいけない。元に戻ってるだけです。75年から2世代掛けて揺り返しが来ただけです。単純なこと、アカの連中がやったことは総括してみると害悪が圧倒的だったと。今の40代から50代が思ってるということです。それにはおそらく国際化ということが大きく貢献してるのだと思います。外国なかんずくアメリカに行って当たり前に仕事をした人間はみな右翼になって帰ってきます。世界の常識と日本の非常識といいますが、それを知り始めたのです。

更にネット社会の成立。小生も正直ネットの社会で左翼がこれほど少ないとは正直思いませんでした。単純なことです。まともに育てば人はまともな人間になるというだけのことです。
今回の選挙では次世代の党が壊滅しましたが、これは単なる時間不足でしょう。単なる戦術の問題だと思います。放っておけば昭和初年の頃のような考え方に戻るのだろうと思っています。
  1. 2014-12-22 16:01
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
  4. 編集

映画の中で

映画の中で中山昭二がでてますね。
この14年後かな、テレビドラマのウルトラセブンでウルトラ警備隊のキリヤマ隊長をやってましたね。
潜水艦長役の藤田進は地球防衛軍のヤマオカ司令官でした。他にもいるでしょうね。

今思うと戦争映画というものに他国なら注がれる情熱がある時期以降はこの手の怪獣モノに移っていったのだという気がしますね。この映画で描かれた貧しい50年代が今と対して変わらない印象を受ける70年代までわずか1世代です。一度失った時代は取り戻すのにその倍はかかるのだなあと実感します。
  1. 2014-12-22 16:31
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
  4. 編集

Re: この問題は世代論でわかる気がします。

> だいたい戦争に行って無事に帰ってこられるような連中は心身ともに丈夫ですからそのまま社会の中核になります。1945年の頃に彼が25歳から35歳位とすると30年後の1970年には一番下の世代が55歳で当時の定年になります。そこで大きな断絶があるのだということが小生の主張です。
>
> 日本には基本軍がありませんから、そういう体験が継承されることはありませんからその世代が消えればその体験も消えます。1これが2000年の頃には一番下が85歳、社会から消えていく存在です。当時もうひとつ大きかったのは戦後のアメリカ型の消費文化の興隆でしょう。当時の軍経験者だってこんな連中に勝てるわけねえよな、と言ってる状態で先人の体験を追体験したり継承しようというのは普通じゃありません。
>
> そしてもう一つは大学や学校の状況です。1952年まではレッドパージが聞いてたわけでアカ共が公の場に出ることは出来ませんでしたが占領終了後はすぐに蠢動し始めます。60年安保までの8年間は準備に十分だったでしょう。1960年に大学生だった世代は通常30年代後半から40年代の生まれですから、戦争というものの意味がそれ以前の大人と違って分かっていません。それは空襲であり戦後の食糧難であるというネガティブなものでしかありません。ここでアカ共が反戦教育をやる、となれば結果は明白です。
>
> 世間というものは変化する時は早いですが変化しない時はそう簡単に動きません。1970年位までは戦争をしる人々が社会の中核でしたからそう変な念かはありませんでした。小生の記憶に間違いがなければ日教組が初めてストをやったのは68年くらいだったと思います。sh会はそれなりに右側であり重かったのです。
>
> しかしこれから先に社会がイカれ始めます。考えてみれば社会が戦後型の問題で苦しめられるのはちょうどこの頃じゃないでしょうか。家族制度の変更というものが問題になるにはちょうど1世代、20年かかるのです。
>
> 最近社会が右傾化してきたとか何とか言われますが、馬鹿を言ってはいけない。元に戻ってるだけです。75年から2世代掛けて揺り返しが来ただけです。単純なこと、アカの連中がやったことは総括してみると害悪が圧倒的だったと。今の40代から50代が思ってるということです。それにはおそらく国際化ということが大きく貢献してるのだと思います。外国なかんずくアメリカに行って当たり前に仕事をした人間はみな右翼になって帰ってきます。世界の常識と日本の非常識といいますが、それを知り始めたのです。
>
> 更にネット社会の成立。小生も正直ネットの社会で左翼がこれほど少ないとは正直思いませんでした。単純なことです。まともに育てば人はまともな人間になるというだけのことです。
> 今回の選挙では次世代の党が壊滅しましたが、これは単なる時間不足でしょう。単なる戦術の問題だと思います。放っておけば昭和初年の頃のような考え方に戻るのだろうと思っています。

 仰る通りでしょうね。 我が家の家族史がそのままですから。
 出征経験のある父は最後まで日本が悪いなんて思ってはいなかったのです。

 馬鹿娘のワタシは高校時代にマスゴミの影響で反戦平和にかぶれたことはあります。

 かぶれたままの人達が朝日等で頑張っているのです。
  1. 2014-12-22 16:45
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: 映画の中で

> 映画の中で中山昭二がでてますね。
> この14年後かな、テレビドラマのウルトラセブンでウルトラ警備隊のキリヤマ隊長をやってましたね。
> 潜水艦長役の藤田進は地球防衛軍のヤマオカ司令官でした。他にもいるでしょうね。
>
> 今思うと戦争映画というものに他国なら注がれる情熱がある時期以降はこの手の怪獣モノに移っていったのだという気がしますね。この映画で描かれた貧しい50年代が今と対して変わらない印象を受ける70年代までわずか1世代です。一度失った時代は取り戻すのにその倍はかかるのだなあと実感します。

 そう言えばどこか見覚えのある顔だと思いました。
 怪獣と戦う前は米軍と戦っていたわけです。
  1. 2014-12-22 16:46
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する