2014-12-10 15:15

内田キ印の架空の体験 戦争のできる国?

 内田樹と言う人、ワタシはよく知らないのですが、何だか凄い高学歴のエライ先生だそうです。
 しかし何とも奇妙なことを書いています。

 元は大変な長文だし、駄文なので、ポイントだけ抜粋して解説します。 青字が元記事からの抜粋です。
 でも暇で困っている方は良かったらクリックして全文を読んでください。

戦争に着いて真剣に考えていない国が「戦争をできる国になろうとしている現実

1950年生まれの僕は戦争を経験していませんが、戦争を経験してきたばかりの父親たち世代のたたずまいを記憶しています。
 その「証人」として、戦争について語る世代的な責務も感じています。


 自分が聞いた話を語り伝えるならともかく、聞いてもいない話を語り伝える責務って何ですか?
 
父親たちの世代、「戦中派」には「戦争経験について語らない」という一種「暗黙の了解」のようなものがあったように思います。

 違います。 内田キ先生が聞いていない、学んでいないだけです。

 戦中派は戦争を語りました。 内田樹氏の父親は知りませんが、ワタシの父は語りました。 勿論子供に慰安所に通った話やあんまり残酷な話はしませんでしたが、他の体験は普通に語りました。

 ワタシは1954年生まれ(安倍総理と同年)です。 このキ印先生の4歳年下です。
 父は大正9年生まれですから、昭和16年に満20歳になってしまい、お蔭で太平洋戦争勃発時から終戦まで兵役を務めるハメになりました。 徴兵された人間として一番長く兵役を務めた世代です。

 しかしワタシの学校の同級生の両親は皆同年配ですから、殆ど皆父親は出征経験があり、皆父親から話を、母親から戦時中の話をきいています。
 授業中にシベリア抑留の体験を話てくれる先生もいました。

 また1960~70年代の映画や小説やドラマには、第二次大戦を舞台にしたものが沢山あります。
 戦記も沢山出版されました。

 ワタシの父はこういう戦記の類を沢山買い込んで読んでいたので、我が家にはこの当時発行された古い戦記が沢山あります。

 こうした小説や映画や戦記では、慰安婦は普通に売春婦でした。

 

 1960年代の子供達にとっては日本軍はヒーローでした。
 
 1961年テレビが普及し始めた頃に子供むけに放映されたドラマ「怪傑ハリマオ」は、元々戦時中日本が大東亜共栄圏のプロパガンダの為に映画化したヒーローをそのまま子供向けテレビドラマ化したものです。

怪傑ハリマオ


 「太平洋戦争は、アジアを欧米の植民地支配から救うための戦争だった」と言う、田母神史観そのもののドラマなのです。
 だから正義の味方ハリマオは日本軍の諜報員で、悪役はイギリス人やその手下になる華僑です。

 またこれが1964年に全国放映されたアニメです。

ゼロ戦はやと


 当時は少年漫画誌の勃興期で、子供達は夢中になって週刊少年漫画誌を読みました。 ワタシも女の子なのに少女漫画誌より少年漫画誌が好きだったので、兄と半分づつお金を出し合って毎週少年漫画誌を買っていました。 そして同様に少年漫画誌の好きな友達(女子)もお兄さんと別の漫画誌を買っていたので、週の途中で交換して、二誌読んでいたのです。

 この週刊漫画誌の連載には必ず戦争漫画がありました。 このアニメの「ゼロ戦はやと」もその少年漫画で人気が出てアニメ化されたのです。 
 
 当然ですが、こうした当時このような漫画誌を出版したり、テレビドラマを作ったりしていたのは、戦中派の大人達でした。 1960年代に40代の働き盛りだった人々は、戦時中20代で徴兵された人達ですから。

 勿論漫画だけでなく子供用の戦記本も出版されました。
 1962年発行の「ジュニア版 太平洋戦史」など全6巻の本格的なモノです。


 この時期は戦闘に参加した将兵の多くが存命だったので、その体験が処々に引用されています。
 今なら大人が太平洋戦争の全貌を知る為の最高の良書ではないかと思います。

 まだ今に比べて貧しかったこの時期に、こんな豪華本まで出版したのは、戦中派の人々が子供達に戦争を伝えようとした情熱の証でしょう。 

 ワタシは小学校5年と6年のクリスマスプレゼントでこれを貰いました。
 サンタクロースがこれを選んでくれた理由は、「偏向しておらず公正な歴史観による本だから」とのことでした。 ちなみにワタシの少年漫画誌の交換相手の友達も同じ本をサンタクロースから貰っています。 その子のお父さんは中学校の先生だったのですが・・・・・。 彼女のお父さんは戦時中は海軍兵士でした。

―戦争が世代間で語り継がれず、歴史が断絶してしまったことで、具体的にどんな悪影響が日本にもたらされているのでしょうか?

内田 最も顕著なのは「歴史修正主義者」の登場でしょう。これは日本に限らず、ドイツやフランスでも同じなのですが、戦争経験者世代
が社会の第一線から退場し始めると、どこでも「歴史修正主義者」が現れます。

 彼らは歴史の「生き証人」がいなくなった頃を見計らって登場します。「戦中派の沈黙」ゆえに戦争の記憶が伝えられなかった戦後日本
では、とりわけ歴史修正主義は暴威を振るいました。現場を見た生身の人間がいなくなった頃になって、断片的な文書だけに基づいて、 戦争について言いたい放題の「事実」を語りだすのです。


 これは確かにその通りです。
 
 朝日新聞が南京大虐殺のキャンペーンを始めたのは、実際に南京戦を取材した記者達が定年になって退社した頃からです。
 
 そもそも現在のように「戦争はひたすら悲惨」「軍国主義は極悪」と言う歴史観が、日本の言論界を覆い始めたのは1970年代以降です。
 
 それでもその頃までは源田実や辻政信など戦時中有名だった軍人が国会議員に選出されたりしています。 

 1952年にサンフランシスコ講和条約が締結された直後の、国会で靖国神社復活や戦犯の名誉回復の決議が行われています。
 またA級戦犯だった重光葵等が公職復帰し、外務大臣や法務大臣になっています。

 これに対して連合国も一言も文句を言っていません。
 それどころか1954年に日本が国連加盟を果たした時に、重光葵が外務大臣として国連本部で加盟受諾演説をしていますが、日本の国連加盟は満場一致で可決されたのです。

 「戦争はひたすら悲惨」「軍国主義極悪」と言う歴史観は、実は1970年代ベトナム反戦運動の頃に盛り上がった頃から一般化したのです。
 それを盛り上げたのは実はワタシ達団塊世代、つまり戦争を体験したわけではなく、子供の頃は戦争漫画に夢中になった世代です。

 思うにこの世代は父親への反抗としてこれを喚いたのではないでしょうか?
 と言うのはこの時代は、日本は高度経済成長真っ盛りで、経済社会では親の世代に文句を言う根拠がなかったのです。
 そして高度経済成長のお蔭で彼等の社会主義暴力革命への夢は潰えました。

 この世代が1980年代になって、社会の中心になった頃に、慰安婦強制連行とか靖国参拝問題を捏造し始めたのです。

 1952年にサンフランシスコ講和条約加盟後、国家主権を回復した日本の国会は、まず靖国神社を復活させました。
 そして戦犯の名誉回復や収監中の戦犯の釈放などを決議しました。
 
 これには連合国からの抗議も反対もありませんでした。

 けれどもこんな事は戦後生まれの団塊世代は知りません。 だから学生運動の間に勝手に妄想を膨らませたのです。
 その妄想史観が内田樹の記事に書かれているのです。

 まあ、この先生は東大出なので、少年漫画誌なんか読んだ事もないし、テレビも見なかったのでしょうね。 それに自分の両親ともマトモに話をしたことが無いのかもしれません。

 だから幾らでも妄想を膨らませる事ができたのでしょう。 ワタシはそんなに勉強しないで、戦争漫画や戦記や慰安婦が兵隊さん相手にお仕事をしている小説なんか(子供に読ませるのはどうかと思うけど・・・・・)を読んでいました。 お蔭でこんな先生の妄想には付き合えません。

 しかし少し調べればわかる過去の事実を調べる意思もない人間に、現実の政治経済や外交防衛がわかるのでしょうか?

1950年生まれの僕は戦争を経験していませんが、戦争を経験してきたばかりの父親たち世代のたたずまいを記憶しています。 その「証人」として、戦争について語る世代的な責務も感じています。]

 過去の事実を検証する代わりに、見てもいない、それどころか聞いてもいない話の証人になるなんて言う人なんか、キ印と言うべきじゃないのでしょうか?
 
 しかし大変困った事には、内田キ印先生の架空の体験を共有している人間が、日本には沢山いるのです。 こういうのを見ると学歴や知識で、知性は得られない事がよくわかります。
  1. 戦後民主主義
  2. TB(0)
  3. CM(16)

コメント

知の技法

学歴や知識で、知性は得られない事がよくわかります

そのとおりですね。
1994年だそうですが、“知の技法”という本が東大教養部のテキストとして話題になったのを覚えてらっしゃいますか。主人と二人で読んでみましたが、さっぱり面白くなく、半分も読みませんでした。彼も同じ意見でした。内容も覚えてないのですが、東大生がわざわざこんなことを言われなければいけないのかとあきれたことを覚えてます。アマゾンで見たら、新版が出てました!
  1. 2014-12-10 18:44
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  3. Cerry Blossoms #-
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Re: 知の技法

> 学歴や知識で、知性は得られない事がよくわかります
>
> そのとおりですね。
> 1994年だそうですが、“知の技法”という本が東大教養部のテキストとして話題になったのを覚えてらっしゃいますか。主人と二人で読んでみましたが、さっぱり面白くなく、半分も読みませんでした。彼も同じ意見でした。内容も覚えてないのですが、東大生がわざわざこんなことを言われなければいけないのかとあきれたことを覚えてます。アマゾンで見たら、新版が出てました!

 ワタシはその本は知りません。 しかしこの内田キ印先生の文章を読んでいると、本当に呆れます。
 自分の目で現実を見る意思はなく、妄想から一歩も出ないのです。 その妄想の根源は小中学校で日教組の先生が教えてくれた「反戦平和主義」でしょう。

 以後何一つ自分で学ぶ事はせず、子供の時に教え込まれた正義を補強するだけなのです。
 だから頭の中が70年代の化石状態です。

 これじゃ「知の技法」とかも教えざるを得ないのかも?
  1. 2014-12-10 19:30
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  3. よもぎねこ #-
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 ああ、内田樹・・・・私は彼の本を少し立ち読みして、以後は全く彼奴を信用していません。
 学歴だけの馬鹿ですから。
  1. 2014-12-10 20:21
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  3. ご隠居 #-
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伝聞は証拠にならず

これは、刑事・民事を問わず裁判上の鉄則ですが。(笑)

ウチの親父は大正10年生まれ、昭和17年召集ですから、それなりの戦時体験を語っていましたが、全部が全部、自身が体験した物かどうかは疑わしいです。1兵士の視野など極めて狭いもので、ひたすら前面の見えない敵に向かって銃弾を浴びせているだけの兵隊には、戦争どころかその戦闘がどうなっているかさえ判らなかったはずです。


だから仲間から聞いた話が事後的に入り、それだけなら良いのですが、体験談には戦場における噂話=いわゆる兵隊民話も体験談に混入している可能性が高いのです。体験者の語る言葉にも伝聞が入っているのに、それをさらに又聞きした内田キ印が何を語るのか?

どうにもこうにも滅茶苦茶な話で、内田キ印は東大というか、本当に大学を出ているのでしょうかしらね?
  1. 2014-12-10 20:26
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  3. レッドバロン #-
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こんばんは。

>>父親たちの世代、「戦中派」には「戦争経験について語らない」という一種「暗黙の了解」のようなものがあったように思います。

これはある程度あっていると思います。語る人もあれば語らない人もいます。
うちの父は大正11年生まれで、徴兵後ずっと内地勤務でした。父親は戦中のことを何も言わなかったので、このことを葬式の後知りました。小野田少尉と同い年、同じ年に徴兵を受けましたので、小野田少尉の帰還の際には思うところがあったかも知れませんが、何も話しませんでした。
一兵卒はいろいろ嫌な思いをしたのだと思います。南春夫先生は絶頂期には戦中を語らず、亡くなる少し前に抑留先を訪れて落涙しました。忸怩たる思いをしながら戦中を語らない兵卒は多かったと思います。

>>1950年生まれの僕は戦争を経験していませんが、戦争を経験してきたばかりの父親たち世代のたたずまいを記憶しています。
 その「証人」として、戦争について語る世代的な責務も感じています。

自分も父母のたたずまいを体験していますが、ただ記憶だけで「証人として語る」のは思い上がりの何物でもありません。後の人は戦中の人の気持ちを忖度するのではなく「調べて語る」のが責務です。
  1. 2014-12-10 21:00
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  3. koguma #-
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 わが国について「戦争についてまじめに考えていない国」などとほざいているようですが、そうなったのは護憲派の連中がメディア・教育を通じて国民を洗脳し続けた結果に他なりません。この馬鹿は護憲的な本をいくつか出版しているようですが、戦争についてまじめに考えている人間を護憲派の中に見たことはありません。あの連中はひたすら9条を唱えていれば戦争にならないとかいう妄想の中で生きている連中なんです。
 学歴を持っていても知性を持っていない人間が多いのは、大学が外国、特に西洋の猿真似を第一にすることが文系の教育研究の内容になっているからです。とはいうものの、戦前の大学知識人の中には良識的な人もいまして、例えば吉野作造や美濃部達吉らのように日本のことを真面目に考えていた学者もいたのです。しかしながら戦後の大学はGHQの精神改造の手先となり、独立後もGHQの亡霊に精神を乗っ取られたままでいるので、もはやどうしようもないわけです。ただ、西洋の猿真似というものの内実は、フランス革命以後の伝統解体の礼賛であって、西洋の歴史をきちんと踏まえたようなものではありませんけどね。
  1. 2014-12-10 21:33
  2. URL
  3. 凍え馬 #-
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「戦争」体験というもの

戦中派という言葉の意味が良く分かりませんが、戦争に行った世代というならば同居人さんのほうが間違いなく正しい理解だと思います。当時戦争に行くほどの年の人ならば、単純な日本悪者史観に染まるはずもないからです。

ところがこれが昭和一桁というような小生の父親の世代になると「戦争」とは内地の空襲や戦後の食糧難と硫黄記憶しかありません。戦争というものは悲惨で嫌なものという意見しか持ち得なかったはずです。1960年代にはまだ大正生まれが現役でしたからおかしな議論はなかったと思います。60年安保でさえあいだ連中は完全に少数派でしたし大人は馬鹿なこと言ってるで終わりだったはずです。しかし昭和一桁代が教師となり戦争を忌避したことが、アカの跳梁をうんだのだと思います。彼等が中堅となったのはまさに70年代…

日本は「正しい」戦争体験の継承に失敗したのです。その頃軍事の研究をするのは今でいうオタクだけでしたし、社会一般が忌避していました。その記憶を自分の体験と勘違いする馬鹿が出るのですよね。これも世の中によくいる頭の良いバカの典型でしょう。

一時的な、そして社会の一面でしかない自分の記憶や正義感を絶対視し、それが絶対的に正しいなどと主張する手合が必ず現れます。築地のキ印共はその典型です。学校教師程度の質の悪いインテリがアカに走りました。これは敗戦当時の指導層の責任でありましょう。敗北による一時的な自信喪失だったのだと思いますが、これは実に30年後に問題を生ずるのです。

小生は右であれ左であれ自分たちが万能なんだと、自分たちがみな何でも出来るんだというような事をいう連中が最大の問題だと思います。国家というものは一時的な預かり物でしかありません。その経営の誤りはツケを子孫に残します。自分たちの利益の最大化を図ったのが右であれ左であれ昭和の一桁と団塊だったと思います。

日本はその生産に本当に苦しんでるのだということが彼等にはわからないのでしょう。
  1. 2014-12-10 23:53
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  3. kazk #cPv2SIBE
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ケモノの平和主義

シンシアリーさんの恥韓論に、韓国は併合時代を知る世代がいなくなり、反日教育で育った世代を継いで継いで、反日は理性を失い幼児から獣レベルへ進むだろうと予言がありました。
日本でも戦争を知らない世代が教育指導者になり、ただ9条9条言ってれば日本は未来永劫平和なのだと、平和論者が幼児化してってるんでしょうかね。。
私は最近まで典型的なお花畑で、差別いくない派で、大阪に住んでた頃はアジア図書館というところの会員になってマイナー国の本を読んでいました。韓国の本はたくさん読んだような気がします。その中には韓国人が日本人を劣等だと考えてるなんて事実を記載した本は全くなかったですね。桜も花ケナリも花という本がありました。その頃は韓国の春を代表する花はケナリだったんですね。今は桜らしいですが。
そんな私でもアメリカに金を払って守ってもらってることを気にせず、戦争反対反対言ってる人たちは阿呆じゃないかと考えてました。卑怯で無責任で夢見がちだと。魅力的な女性が薄着で襲わないでくださいと唱えていれば誰にも襲われない訳はなかろうと言ってやりたかったです。
だからマスコミが偏向して必死にネガキャンをしている様を知ってからはぐるりと世界が変わりました。遅かったけど。
彼らの夢見ている美しい世界が私には見えません。地獄としか思えないんです。
  1. 2014-12-11 00:58
  2. URL
  3. こきち #97nXsu5.
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Re: タイトルなし

>  ああ、内田樹・・・・私は彼の本を少し立ち読みして、以後は全く彼奴を信用していません。
>  学歴だけの馬鹿ですから。

 ワタシはこの内田キ印を知ったのは最近なのですが、しかし仰る通りホントに学歴だけの馬鹿ですね。
 こういう人がいるとワタシのような低学歴の人間は、嬉しくなりますけどね。
  1. 2014-12-11 11:12
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: 伝聞は証拠にならず

> これは、刑事・民事を問わず裁判上の鉄則ですが。(笑)
>
> ウチの親父は大正10年生まれ、昭和17年召集ですから、それなりの戦時体験を語っていましたが、全部が全部、自身が体験した物かどうかは疑わしいです。1兵士の視野など極めて狭いもので、ひたすら前面の見えない敵に向かって銃弾を浴びせているだけの兵隊には、戦争どころかその戦闘がどうなっているかさえ判らなかったはずです。
>
>
> だから仲間から聞いた話が事後的に入り、それだけなら良いのですが、体験談には戦場における噂話=いわゆる兵隊民話も体験談に混入している可能性が高いのです。体験者の語る言葉にも伝聞が入っているのに、それをさらに又聞きした内田キ印が何を語るのか?
>
> どうにもこうにも滅茶苦茶な話で、内田キ印は東大というか、本当に大学を出ているのでしょうかしらね?

 伝聞が証拠にならないのは勿論ですが、証言だって時系列やその他を問題を検証しない限り証拠にはなりません。
 これは中学生でもわかると思います。
 
 ところがこの内田キ印は、伝聞でさへなく自分が聞いてもいない話を「たたずまい」から「伝承する義務がある」と言っているからキ印と言うしかないのです。

 このキ印先生はちゃんと東大を出ているし、それどころか博士号も持っている大学教授でした。
 しかし日本の高学歴インテリは、自分のイデオロギーの前には、中学生でもわかるような理論組立の基礎が綺麗サッパリと消えるようです。

 そして感情の赴くままに自分の正義を振り回します。 
 これじゃ何の為に教育を受けたんだか・・・・・。
  1. 2014-12-11 11:23
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

> こんばんは。
>
> >>父親たちの世代、「戦中派」には「戦争経験について語らない」という一種「暗黙の了解」のようなものがあったように思います。
>
> これはある程度あっていると思います。語る人もあれば語らない人もいます。
> うちの父は大正11年生まれで、徴兵後ずっと内地勤務でした。父親は戦中のことを何も言わなかったので、このことを葬式の後知りました。小野田少尉と同い年、同じ年に徴兵を受けましたので、小野田少尉の帰還の際には思うところがあったかも知れませんが、何も話しませんでした。
> 一兵卒はいろいろ嫌な思いをしたのだと思います。南春夫先生は絶頂期には戦中を語らず、亡くなる少し前に抑留先を訪れて落涙しました。忸怩たる思いをしながら戦中を語らない兵卒は多かったと思います。
>
> >>1950年生まれの僕は戦争を経験していませんが、戦争を経験してきたばかりの父親たち世代のたたずまいを記憶しています。
>  その「証人」として、戦争について語る世代的な責務も感じています。
>
> 自分も父母のたたずまいを体験していますが、ただ記憶だけで「証人として語る」のは思い上がりの何物でもありません。後の人は戦中の人の気持ちを忖度するのではなく「調べて語る」のが責務です。

 多弁な人も寡黙な人もいたと思います。 しかし全く語らない人の話を勝手に作って語るって捏造ですからね。
 
 戦争の記録を残すのは義務ですが、残すべき記録はきちんと根拠のあるものにするべきです。 こんなの歴史の記録の最低限の良心であり常識なのに、それを綺麗に忘れて自分の正義に耽溺しているのですから、キ印と言うしかないのです。
  1. 2014-12-11 11:37
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

>  わが国について「戦争についてまじめに考えていない国」などとほざいているようですが、そうなったのは護憲派の連中がメディア・教育を通じて国民を洗脳し続けた結果に他なりません。この馬鹿は護憲的な本をいくつか出版しているようですが、戦争についてまじめに考えている人間を護憲派の中に見たことはありません。あの連中はひたすら9条を唱えていれば戦争にならないとかいう妄想の中で生きている連中なんです。

 その通りです。 東大出なんですから英語ぐらいできるでしょうに。 他国がどんな戦争をして、戦後どうしたかぐらいは、調べれば良さそうなものなのに、そういう事を一切しないで、9条教で戦争を止められると思っているのですから、不真面目そのものです。

>  学歴を持っていても知性を持っていない人間が多いのは、大学が外国、特に西洋の猿真似を第一にすることが文系の教育研究の内容になっているからです。とはいうものの、戦前の大学知識人の中には良識的な人もいまして、例えば吉野作造や美濃部達吉らのように日本のことを真面目に考えていた学者もいたのです。しかしながら戦後の大学はGHQの精神改造の手先となり、独立後もGHQの亡霊に精神を乗っ取られたままでいるので、もはやどうしようもないわけです。ただ、西洋の猿真似というものの内実は、フランス革命以後の伝統解体の礼賛であって、西洋の歴史をきちんと踏まえたようなものではありませんけどね。

 この西洋猿真似は後進国型の学者の特徴ですね。 ロシアやその他の途上国にも同様のが沢山います。
 後進国だと語学ができて、欧米の知識を知っていればそれなりに重宝されるので、この手の西洋猿真似しかできない人間が学者として踏ん反り返っているのです。

 
  1. 2014-12-11 11:43
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: 「戦争」体験というもの

> 戦中派という言葉の意味が良く分かりませんが、戦争に行った世代というならば同居人さんのほうが間違いなく正しい理解だと思います。当時戦争に行くほどの年の人ならば、単純な日本悪者史観に染まるはずもないからです。
>
> ところがこれが昭和一桁というような小生の父親の世代になると「戦争」とは内地の空襲や戦後の食糧難と硫黄記憶しかありません。戦争というものは悲惨で嫌なものという意見しか持ち得なかったはずです。1960年代にはまだ大正生まれが現役でしたからおかしな議論はなかったと思います。60年安保でさえあいだ連中は完全に少数派でしたし大人は馬鹿なこと言ってるで終わりだったはずです。しかし昭和一桁代が教師となり戦争を忌避したことが、アカの跳梁をうんだのだと思います。彼等が中堅となったのはまさに70年代…
>
> 日本は「正しい」戦争体験の継承に失敗したのです。その頃軍事の研究をするのは今でいうオタクだけでしたし、社会一般が忌避していました。その記憶を自分の体験と勘違いする馬鹿が出るのですよね。これも世の中によくいる頭の良いバカの典型でしょう。
>
> 一時的な、そして社会の一面でしかない自分の記憶や正義感を絶対視し、それが絶対的に正しいなどと主張する手合が必ず現れます。築地のキ印共はその典型です。学校教師程度の質の悪いインテリがアカに走りました。これは敗戦当時の指導層の責任でありましょう。敗北による一時的な自信喪失だったのだと思いますが、これは実に30年後に問題を生ずるのです。
>
> 小生は右であれ左であれ自分たちが万能なんだと、自分たちがみな何でも出来るんだというような事をいう連中が最大の問題だと思います。国家というものは一時的な預かり物でしかありません。その経営の誤りはツケを子孫に残します。自分たちの利益の最大化を図ったのが右であれ左であれ昭和の一桁と団塊だったと思います。
>
> 日本はその生産に本当に苦しんでるのだということが彼等にはわからないのでしょう。

 日本は戦争の歴史の正しい継承に失敗したと言うのはその通りでしょうね。
 本来なら戦時中に成人していた人々が、きちんと子供達に自分達の戦った戦争を伝えるべきだったのですが、しかし彼等は日々の生活と国家再建に追われて、これを怠りました。

 その間に奇妙な反戦妄想が蔓延したのでしょう。

 こんな事になったのは一種の油断もあったでしょう。 自分達には自明の理であったことなら、特に努力をしないでも子供達も理解すると思い込んでいたのでしょう。

 そしてこれは伝統的な保守活動の下手くそさにもつながります。 自明の理であるから、わかってくれるはずだ。 だからワイワイ騒ぎたくない。 ミットモナイ事はしたくない。
 そんなことを言っている間に左翼がミットモナク大騒ぎして、ドンドン自分達の主張を拡散させていったのです。

 このあたりの弱さが現在の日本の体たらくに繋がっているのだと思います。
  1. 2014-12-11 11:54
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: ケモノの平和主義

> シンシアリーさんの恥韓論に、韓国は併合時代を知る世代がいなくなり、反日教育で育った世代を継いで継いで、反日は理性を失い幼児から獣レベルへ進むだろうと予言がありました。
> 日本でも戦争を知らない世代が教育指導者になり、ただ9条9条言ってれば日本は未来永劫平和なのだと、平和論者が幼児化してってるんでしょうかね。。
> 私は最近まで典型的なお花畑で、差別いくない派で、大阪に住んでた頃はアジア図書館というところの会員になってマイナー国の本を読んでいました。韓国の本はたくさん読んだような気がします。その中には韓国人が日本人を劣等だと考えてるなんて事実を記載した本は全くなかったですね。桜も花ケナリも花という本がありました。その頃は韓国の春を代表する花はケナリだったんですね。今は桜らしいですが。
> そんな私でもアメリカに金を払って守ってもらってることを気にせず、戦争反対反対言ってる人たちは阿呆じゃないかと考えてました。卑怯で無責任で夢見がちだと。魅力的な女性が薄着で襲わないでくださいと唱えていれば誰にも襲われない訳はなかろうと言ってやりたかったです。
> だからマスコミが偏向して必死にネガキャンをしている様を知ってからはぐるりと世界が変わりました。遅かったけど。
> 彼らの夢見ている美しい世界が私には見えません。地獄としか思えないんです。

 ワタシもマイナー国の本は好きでよく読みました。 アフリカの小説とか、インドの小説とか沢山読みました。
 そういうの読んでいると、途上国の人達も日本人と同様だとわかるのですが、しかし同じですから天使でも聖人でもないのです。

 そして現実は厳しいと思うのです。

 この内田キ印のような人々は、この世で悪い国は日本だけで、日本が悪い事をしなければ、戦争は起きないと言う妄想に耽っているのですが、普通に現実を見て、自分の頭で考えれば、そんな妄想には耽れませんからね。
 
  1. 2014-12-11 12:02
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

鳩山由紀夫も東大卒の元大学教授(専大だったかな?)ですからねえ(大笑)
キ印大先生も同類なんでしょう。

戦中を生きた親族からの伝聞というと、私は前原あたりの世代になりますので、30代後半で老兵として出征した祖父からになりますが、あまり聞いたことはありません。
娘である母に聞いても、祖父から戦争の話はあまり聞いたことがないとは言います。
これは道徳的にどうのというよりも、負け戦の話をあまりしたくないという世相的な心情もあるのかなと。
孫の私でも多少記憶してるのは、ビルマ戦線の話など。
激戦になる前の昭和18年くらいに除隊帰国してますが、残って散華された多くの戦友を思い、生前ミャンマーに慰霊に行きたいと言っておりました。
悲惨な話ばかり聞かされた記憶もありませんね。
祖父母も東京在住なので、空襲も目の当たりにしてますが、食糧事情や治安など、酷かったのは終戦後だとは、何度も聞かされました。
  1. 2014-12-11 13:19
  2. URL
  3. 二郎 #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 鳩山由紀夫も東大卒の元大学教授(専大だったかな?)ですからねえ(大笑)
> キ印大先生も同類なんでしょう。
>
> 戦中を生きた親族からの伝聞というと、私は前原あたりの世代になりますので、30代後半で老兵として出征した祖父からになりますが、あまり聞いたことはありません。
> 娘である母に聞いても、祖父から戦争の話はあまり聞いたことがないとは言います。
> これは道徳的にどうのというよりも、負け戦の話をあまりしたくないという世相的な心情もあるのかなと。
> 孫の私でも多少記憶してるのは、ビルマ戦線の話など。
> 激戦になる前の昭和18年くらいに除隊帰国してますが、残って散華された多くの戦友を思い、生前ミャンマーに慰霊に行きたいと言っておりました。
> 悲惨な話ばかり聞かされた記憶もありませんね。
> 祖父母も東京在住なので、空襲も目の当たりにしてますが、食糧事情や治安など、酷かったのは終戦後だとは、何度も聞かされました。

 子供が小さい時は、難しい話はできないし、大きくなると父親の話なんか聞かなくなると言った問題もあるんでしょうね。
 
 ワタシは今なら聞きたい事は沢山あるのですが、20代の頃は父にそういう話を聞くと言う気はありませんでした。
 30代になった頃は父が他界したので聞けませんでした。
 
 しかし子供に話せなくても、戦中派世代は戦争の体験や戦争に関する本は沢山出しています。
 特に60~70年代は、戦闘に参加した兵士はもとより、かなり階級の高い将校も存命だったので、それらの人々の話も書いています。

 だから戦争の体験を伝えようとしなかったと言うのはあたらないと思います。
  1. 2014-12-11 16:55
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

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