2014-11-07 19:41

男女平等って何? 杉田質疑

 次世代の党、杉田水脈議員が国会で「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律案」を厳しく批判しました
  
 ワタシは杉田議員の意見に全面的に同意するわけではありませんが、しかしこの杉田議員の質疑には、戦後日本を支配してきた「男女平等」と言う価値感に根源的な疑念を明確化した点で、非常に意義のある質疑だと思います。

021

 現在のフェミニズムの先駆者であるシモーヌ・ド・ヴォーヴォワールは、「女に生まれるのではない。 女になるのだ。」と言いました。

 現在のフェミニズムの基本姿勢は、実はこのヴォーヴォワールの発想の延長なのです。

 つまり「男女の違いは生殖器だけで、それ以外は本来完全に同質であり、肉体以外の男女の違いは、全て社会や家庭の教育によって産まれるものである」と言う発想なのです。

022

 ワタシも70年代はこれを信じていました。

 しかし現在の科学はもうこの説を否定しています。
 脳科学の発達で、男女は生殖器だけでなく、脳も違う事が明らかになりました。

 また性同一障碍の研究などを見れば、人間は「女に生まれる」或いは「男に生まれる」のです。
 社会や家庭がどんな教育をしようとも、男の脳に生まれた人は、自分を女と思うことはできないし、女の脳に生まれた人は、絶対に自分を男だと思えないのです。

 こうなると「女の生まれるのではない、女になるのだ」と言う、男女同質論を基礎にしたフェミニズムは根源的に考え直すべきではありませんか?

 しかし現在も有名フェミニスト達は、相変わらずこの理論によるフェミニズムを、信奉し続けているのです。 そしてその理論による結果平等を社会と個人に強制しようとしています。

033

 それにこのフェミニズムを信奉している自称キャリヤーウーマン達の言っていることも、全然論理性がないのです。

 彼女達は女性が働く場合の家事や育児の負担によるハンディキャップを問題して、共働きが難しい日本社会を男女不平等社会と非難しました。

 確かに日本の企業や官庁では、長時間労働が普通で、共働きでこれをこなすのは大変だと思います。

 でも男性達は問題にしていませんよね? なぜですか?
 
 それはそういう職場で働く男性の妻の殆どが専業主婦で、家事や育児を全部引き受けているからです。 だから夫は仕事に全力投球できるのです。

 そしてそういう男性達は結婚をするときから、既にそれを前提にして、「家庭を守ってくれる人」「優しくて料理の上手な人」を妻に選ぶのです。 その代り女性に自分と同等の収入も学歴もキャリヤーも期待しません。
 
 一流大学卒のエリートでも、高卒や短大卒の女性と普通に結婚します。 そして経済的な責任は一切自分が引き受ける代わりに、妻には家庭を守ってほしいと言うのです。

034

 だったらキャリヤーウーマンとして働きたい女性もそうすれば良いではありませんか?

 つまり一流大学を卒業して高給を貰える女性なら、高卒か短大卒の家庭的な男性と結婚して、専業主夫になって貰えば良いのです。
 
 そうすれば仕事でどんな遅くなっても、子供や家事の心配はありません。

 男女は同質なんだから、それで良いでしょう?
 高給取りなんだから夫の稼ぎなんかあてにする必要はないのですから。

037

 ところが大変不思議なことに、キャリヤーウーマン達はなぜか、絶対にそうした男性と結婚しようとはしないのです。

 それどころか、自分以上のキャリヤーや収入のない男性との結婚は非常な屈辱と考えているようです。

 そしてそうしたエリート男性が、自分のようなエリート女性を差し置いて、高卒女性なんかと結婚しちゃうことが、絶対許せないようなのです。
 更に彼女達に同調せずに、専業主婦として生きる女性達を侮蔑し、憎悪しているのです。

039

 こういうの見ていると、自称エリート女性達の言う男女同権なんか、論理性も何もない、唯の僻み根性とご都合主義にしか思えなくなるのです。

 政界や言論界で男女平等を喚くのは、この手の自称エリート女性だけだから、唯ひたすら彼女達のご都合主義と僻み根性から男女平等論だけが表に出るのです。

 一方男性の方は大変情けなくて、この手の馬鹿フェミに対して、合理的な反論をする意思さへ見せませんでした。 ただひたすら「男尊女卑」とか言われるのが怖いのか、反論しないばかりか、安易に追従する始末でした。
 だから馬鹿フェミの馬鹿フェミによる馬鹿フェミの為の法案の類をドンドン作ってきてしまったのです。

041

 しかし現在の日本はもう男女に法的な不平等はないのです。 
 機会の平等は達成されたのです。

 だったらその機会をどのように使うかは、全く個人の自由ではありませんか?

 それを国家の強制による結果平等を求めるって、完全に民主主義の精神を逸脱しています。
 これは結局馬鹿フェミ達の思想の強制なのですから。

 これはフェミニズムだけでなく、他の人権問題の全てに言える事ですが、もう世界の先進国は人権やフェミニズムなど戦後の価値観を本当に原点に戻って問い直す事が必要ではないでしょうか?

044

 婦人参政権がなく女性が高等教育を受ける事もできなかった時代なら、馬鹿フェミ式の男女平等論にも意味はあったでしょう。
 しかしそうした機会の平等、法の下の平等が達成された今も、一世紀も前のままの理念だけで前進ってオカシクないですか?

 科学的合理性のない事が、証明された理論に基づく理念は、根本的に問い直すべきではありませんか?

 合理性を喪った理念を現在の押し通そうとし続けるのは、結局それが理性や知性に基づく活動ではなく、妄想と既得権益擁護の為の活動だからではないでしょうか?

 そしてこれは反差別を振り回す事情人権団体も完全に同じなのです。

045

 推薦図書 息をするように嘘をつく韓国
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コメント

こんばんは。

男女同権だの何とかフリーだのいろいろと男女平等を叫ぶ御仁はいます。が、そんな方でも自分の子供が生まれたら、ごくごく一部を除いて女の子に太郎とか男の子に祐子などとは名付けないでしょうし、七五三さんを迎えれば女の子にはドレスやかわいい着物を着せ、男の子には羽織袴か子供用スーツを着せると思います。このあたりはアッチの方々は突っ込みません。
人間はカタツムリじゃないのですが。
  1. 2014-11-07 20:33
  2. URL
  3. koguma #-
  4. 編集

シモーヌ・ド・ボーヴォワールの『第二の性』は

学生時代に読みましたが、サルトルの『存在と無』ほどの感動はありませんでした。サルトルは人間存在を対自的存在、不断に自己を乗り越える存在として定義しましたが、「女として生まれるのではなく女になる」、というのはそのサルトル理論を敷衍したものです。同じ敷衍にしても森有正の「日本人として生まれるのではなくわれわれ一人ひとりがそれぞれ日本人の定義をするのだ」の方がまだ説得力があります。

彼女の考察の対象が「社会的性」ジェンダーであるところの「女」であるかぎり生物学的生理的な反論は当初から無効化されています。しかし反論の余地は大いにあって、ジェンダーとは元来が言語的な性別、ドイツ語では女性名詞、男性名詞、中性名詞とありますのがその「性別」のことなのです。
つまりボーヴォワールの論説は、そのような特質をもつ言語を使用する地域にだけ通用するものだといっていいでしょう。

またサルトルとボーヴォワールの論点は、彼らが左傾化していった時代的制約から自由な現在のわれわれの視点から見て滑稽感が漂っている過去の遺物でもありますね。

さて現実的な生活から言えば、家内が社会的地位を得て家計収入を担ってくれているのでわたしはほぼ半分リタイアともいうべき気楽な立場でいられます。家内もわたしもフェミニズムに共感はしませんが、時代的なパラグラムの枠内で深層意識的にそれを受け入れた結果が斯くの如き生活環境になったともいえるでしょうか?いずれにせよ念願の家庭の主夫となれてわたしは満足しています♪
  1. 2014-11-07 21:20
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  3. 丸山光三 #S/NbrHps
  4. 編集

はじめまして、いつも楽しく拝読しています。

「法的には平等」という点は最もで、それで十分だと思いました。
一般的に求められている平等というのは、多くの女性訪れる定期的な生理や、そのために発生する妊娠という絶対的な差異を否定することで成り立っているような気がしています。
しかも、そういう考え方を女性自身が率先して行っている。

とりあえず、男の真似をするのが平等への手がかりだという先入観を払拭できればいいのでしょうが。
  1. 2014-11-07 21:29
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  3. ゆた #-
  4. 編集

自由はいろいろな種類がある

日本の街中を撮影した動画を見て、南米や北欧の女性が
「日本女性はオシャレを楽しんでるね。自分の国ではミニスカートはおろかスカートすら履くことができない。からかわれるから」とコメントしています。南米は知らないけど、世界に冠たる男女平等社会の北欧女性がこんなことを言ってる。平等社会とは女性に美しい装いをすることを躊躇させる、不自由なものなんですね。そういえば田嶋陽子も「スカートなんか男の都合で出来た服だサベツだ」と言ってました。見も蓋もなく下品ですね。
フランスでロリータファッションのブランドを立ち上げたフランス人女性が、フェミ気味の友人に攻撃されるそうです。男の理想を具現化したものだと。その女性は毅然として自分が着たいからだと貫いている。そう、普通の男性はロリータファッションの女性を好みませんよね。。女性が抑圧されているジャポン発変態ファッションなんてサベツに決まってる!ってフェミはどこまでズレていくんでしょうか。
  1. 2014-11-07 21:34
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  3. こきち #97nXsu5.
  4. 編集

こんにちは。
男女には身体的な違い、本能の違いがあるため役割を分けていると考えるのが常識です。
特に男には絶対にまねのできないがものが女性にはあります。
子供を産むことと母性本能です。
神が与えた女性への最大限のプレゼントです。
子供を産み、愛おしみ子供を一人前に育てる事は女性が一番誇れることであり輝けることです。
フェミニストと呼ばれる人たちは子供を産むことや育てる事よりも男でも出来ることをすることが価値があると思っているのでしょうか?
彼女らの主張からは子供を産むこと育てる事は損な役回りであり忌み嫌うものと感じているようです。
彼女らの主張が世間の空気を変え、子育ての大切さを、誇りを棄損しているのではないかと思います。
このことが昨今の出生率の低下、幼児虐待と無縁ではないような気がします。
  1. 2014-11-07 22:30
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  3. #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> こんばんは。
>
> 男女同権だの何とかフリーだのいろいろと男女平等を叫ぶ御仁はいます。が、そんな方でも自分の子供が生まれたら、ごくごく一部を除いて女の子に太郎とか男の子に祐子などとは名付けないでしょうし、七五三さんを迎えれば女の子にはドレスやかわいい着物を着せ、男の子には羽織袴か子供用スーツを着せると思います。このあたりはアッチの方々は突っ込みません。
> 人間はカタツムリじゃないのですが。

 ブサヨ系はフェミは神社も嫌いのようです。 日本嫌いですから。
  1. 2014-11-08 11:14
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  3. よもぎねこ #-
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Re: シモーヌ・ド・ボーヴォワールの『第二の性』は

> 学生時代に読みましたが、サルトルの『存在と無』ほどの感動はありませんでした。サルトルは人間存在を対自的存在、不断に自己を乗り越える存在として定義しましたが、「女として生まれるのではなく女になる」、というのはそのサルトル理論を敷衍したものです。同じ敷衍にしても森有正の「日本人として生まれるのではなくわれわれ一人ひとりがそれぞれ日本人の定義をするのだ」の方がまだ説得力があります。
>
> 彼女の考察の対象が「社会的性」ジェンダーであるところの「女」であるかぎり生物学的生理的な反論は当初から無効化されています。しかし反論の余地は大いにあって、ジェンダーとは元来が言語的な性別、ドイツ語では女性名詞、男性名詞、中性名詞とありますのがその「性別」のことなのです。
> つまりボーヴォワールの論説は、そのような特質をもつ言語を使用する地域にだけ通用するものだといっていいでしょう。
>
> またサルトルとボーヴォワールの論点は、彼らが左傾化していった時代的制約から自由な現在のわれわれの視点から見て滑稽感が漂っている過去の遺物でもありますね。

 ボーヴォワールが生きていた時代なら、まだとにかく女性の地位の向上を叫ぶ事には意義があったでしょうが、現在も同じ口調で叫び続けるってのねえ・・・・・。

 それじゃ過去の遺物になっちゃうのが当然ではありませんか?

> さて現実的な生活から言えば、家内が社会的地位を得て家計収入を担ってくれているのでわたしはほぼ半分リタイアともいうべき気楽な立場でいられます。家内もわたしもフェミニズムに共感はしませんが、時代的なパラグラムの枠内で深層意識的にそれを受け入れた結果が斯くの如き生活環境になったともいえるでしょうか?いずれにせよ念願の家庭の主夫となれてわたしは満足しています♪

 妻を娶らば才たてけ
 見目麗しく情けあり

 まんま実行なさいましたね。
 お幸せな事で。
  1. 2014-11-08 11:20
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

> はじめまして、いつも楽しく拝読しています。
>
> 「法的には平等」という点は最もで、それで十分だと思いました。
> 一般的に求められている平等というのは、多くの女性訪れる定期的な生理や、そのために発生する妊娠という絶対的な差異を否定することで成り立っているような気がしています。
> しかも、そういう考え方を女性自身が率先して行っている。
>
> とりあえず、男の真似をするのが平等への手がかりだという先入観を払拭できればいいのでしょうが。

 昔、婦人参政権もなく女性が教育を受ける事も出来なかった時代、法的の下の平等が保障されなかった時代は、男女の同質性を強調する運動も異議があったと思います。

 しかしこういう差別は既に過去の物になった現在でも、同様の理念に基づく主張を続けても意味はないと思うのです。
  1. 2014-11-08 11:27
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: 自由はいろいろな種類がある

> 日本の街中を撮影した動画を見て、南米や北欧の女性が
> 「日本女性はオシャレを楽しんでるね。自分の国ではミニスカートはおろかスカートすら履くことができない。からかわれるから」とコメントしています。南米は知らないけど、世界に冠たる男女平等社会の北欧女性がこんなことを言ってる。平等社会とは女性に美しい装いをすることを躊躇させる、不自由なものなんですね。そういえば田嶋陽子も「スカートなんか男の都合で出来た服だサベツだ」と言ってました。見も蓋もなく下品ですね。

 男女平等が男女同質平等であるなら、女性がスカートを履いても、オカマ扱いでしょう。

> フランスでロリータファッションのブランドを立ち上げたフランス人女性が、フェミ気味の友人に攻撃されるそうです。男の理想を具現化したものだと。その女性は毅然として自分が着たいからだと貫いている。そう、普通の男性はロリータファッションの女性を好みませんよね。。女性が抑圧されているジャポン発変態ファッションなんてサベツに決まってる!ってフェミはどこまでズレていくんでしょうか。

 過去の理念に執着している以上、社会が変われば取り残されて、ズレる一方になるしかないでしょう。
  1. 2014-11-08 11:30
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

> こんにちは。
> 男女には身体的な違い、本能の違いがあるため役割を分けていると考えるのが常識です。
> 特に男には絶対にまねのできないがものが女性にはあります。
> 子供を産むことと母性本能です。
> 神が与えた女性への最大限のプレゼントです。
> 子供を産み、愛おしみ子供を一人前に育てる事は女性が一番誇れることであり輝けることです。
> フェミニストと呼ばれる人たちは子供を産むことや育てる事よりも男でも出来ることをすることが価値があると思っているのでしょうか?
> 彼女らの主張からは子供を産むこと育てる事は損な役回りであり忌み嫌うものと感じているようです。
> 彼女らの主張が世間の空気を変え、子育ての大切さを、誇りを棄損しているのではないかと思います。
> このことが昨今の出生率の低下、幼児虐待と無縁ではないような気がします。

 子供を産み育てる事は、大変な労力が必要で、また社会的にも絶対必要なことなのですが、しかし問題はそういうことに専念する場合は、その経済的な保障は夫だけに頼る事になります。

 そういうことが夫との間がこじれた場合に、女性と子供が絶望的な立場になってしまうと言う問題がありました。

 社会的にもそういう女性への評価は非常に低かったし。

 だからこれを改善しなければ、子供を産みたいと思う人はドンドン減るでしょう。

 幾ら崇高な母性愛などと言っても、人間は現実の生活が大切ですから。
  1. 2014-11-08 11:38
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

個人的には、権利や機会の平等は、能力や個性に応分の義務と責任を負える範囲が基本だと思っています。で、いわゆる「男女平等」論については、どうもその範囲を逸脱しているように思え、ずっと違和感を覚えていたのですが、今回の記事でいろいろ腑に落ちました。
人間も生物である以上、生物学的な雌雄の差は永遠について回ります。その時々の社会構造で吸収できる差異もあるでしょうが、吸収できない差異についてまで無視していては現実的な対応はなかなか難しい気がします。
  1. 2014-11-08 12:10
  2. URL
  3. てっぷQ #EHdrJoDg
  4. 編集

女性にしか出来ない仕事

というのがありまして。
国際会議場の同時通訳は女性の比率が100%と聞きました。この辺は男女の脳の構造の違いで、機関銃のような言語能力のスピードという点では、絶対に男は女にかなわないそうです。黒柳徹子さんとか見れば判りますよね。(笑)

男女間で言い争いをしてみればさらに理解は進みますが、同じような教育を受けた者同士なら、まずは女性の圧勝です。よもさんと同居人さん間の論争並みに?太刀打ちできません

ただ法廷でも女性弁護士が圧倒的に有利かというと、アンパイヤーのいる世界では違ってくるようです。

「主夫」というと、ピアニストの中村紘子の夫君庄司薫氏を思い出します。いや、主夫をやってるかどうかは正確には知りませんが、少なくとも社会的には何もしてない人なので。彼女が乗る車のドライバーはやってるような。いわば「主夫」の走りみたいな人ですが、あれでも芥川賞作家にして、栄光の時代の日比谷高校から東大法学部卒ですからね。男の場合、意外にも高学歴が要求される「主夫」への道はきわめて狭き門なのです。

バレリーナ→女優の草刈民代さんと結婚した周防正行氏もその系統かもしれないな?

女性の場合、フェミとかそういう社会的役立たずは別にして、各界の第一線で活躍している人はどうしても独身の比率が高くなります。優秀なDNAが…。ある意味では、勿体ない話ですよね。

  1. 2014-11-08 15:03
  2. URL
  3. レッドバロン #-
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Re: タイトルなし

> 個人的には、権利や機会の平等は、能力や個性に応分の義務と責任を負える範囲が基本だと思っています。で、いわゆる「男女平等」論については、どうもその範囲を逸脱しているように思え、ずっと違和感を覚えていたのですが、今回の記事でいろいろ腑に落ちました。
> 人間も生物である以上、生物学的な雌雄の差は永遠について回ります。その時々の社会構造で吸収できる差異もあるでしょうが、吸収できない差異についてまで無視していては現実的な対応はなかなか難しい気がします。

ワタシも現在のフェミニズムに関する一番の違和感は、彼女達が機会の平等や法的な権利の平等ではなく、結果平等を求めている事です。
 更に彼女達のフェミニズムによる思想統制を強制しようとしていることです。

 ここまで来たらもう害悪しかないでしょう。
  1. 2014-11-08 17:46
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: 女性にしか出来ない仕事

> というのがありまして。
> 国際会議場の同時通訳は女性の比率が100%と聞きました。この辺は男女の脳の構造の違いで、機関銃のような言語能力のスピードという点では、絶対に男は女にかなわないそうです。黒柳徹子さんとか見れば判りますよね。(笑)
>
> 男女間で言い争いをしてみればさらに理解は進みますが、同じような教育を受けた者同士なら、まずは女性の圧勝です。よもさんと同居人さん間の論争並みに?太刀打ちできません
>
> ただ法廷でも女性弁護士が圧倒的に有利かというと、アンパイヤーのいる世界では違ってくるようです。
>
> 「主夫」というと、ピアニストの中村紘子の夫君庄司薫氏を思い出します。いや、主夫をやってるかどうかは正確には知りませんが、少なくとも社会的には何もしてない人なので。彼女が乗る車のドライバーはやってるような。いわば「主夫」の走りみたいな人ですが、あれでも芥川賞作家にして、栄光の時代の日比谷高校から東大法学部卒ですからね。男の場合、意外にも高学歴が要求される「主夫」への道はきわめて狭き門なのです。
>
> バレリーナ→女優の草刈民代さんと結婚した周防正行氏もその系統かもしれないな?
>
> 女性の場合、フェミとかそういう社会的役立たずは別にして、各界の第一線で活躍している人はどうしても独身の比率が高くなります。優秀なDNAが…。ある意味では、勿体ない話ですよね。

 これは難しい問題ですね。 子供を産み育てるのって、大変な仕事なので、誰かがそれを真剣に引き受けるしかないのです。
 だから仕事人間の男性がやるように、専業主夫をしてくれる男性と結婚すれば、子供だって作れるのでしょうけどね。

 女帝マリア・テレジアは夫のフランツ・シュテファンが父親と内助に徹したので、16人もの子供を産みながら、名君として君臨しました。
  1. 2014-11-08 17:53
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  3. よもぎねこ #-
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考え方を変えるしかないのです。

この手の問題を見るとどう考えても今の状況では詰みです。

政府は女性の社会進出を図りながら少子化の解消をしようというのでしょう。こんなことは出来っこありません。まともな男性なら家事折半子育て折半で一人前の仕事をさせるなんてのは不可能だと会社や社会だってもう気がついてます。それが出来たという家庭を見るならば、どっちかの爺婆が絡んでいるのは経験的にも明らかです。

多分お元気だと思いますがsonoraone様あたりにしたって話半分に聞いたってあれだけ出来た奥様がいらしたから家庭は持たのだと思います。

現在の少子化の最大の原因が晩婚化であり出産適齢期間の現象だということを知らなければいけません。
とすれば解消法は簡単です。早めに結婚させ子育てをさせてから社会にでるルートを作ってやるしかないでしょう。18歳から35歳位までの期間に女性に結婚出産子育てをさせてしまうのですよ。

だから28歳2人のコブ付き、それでも優秀な新入社員の女性を会社が受け入れるか否かという問題です。それを受け入れさせれば問題は全て解決のはずです。(小生は別な理由で厳しいと思いますがね。)具体的には大卒の新入社員の給与を結婚したり子育てしたりしてる期間1人で働いても食えるようにしてやることです。子育て手当でも出産奨励金でも名前はなんでも構いません。

そして女性には結婚し子育てしてる間、完全なモラトリアムを与えてやればよいのです。例えば大学生が出産子育てしてもその間だけ休み大学を卒業できるようにします。高校だっていいかもしれません。大学入試に受かってその権利を保留したままで出産子育てするというのもありでしょう。
これで子供を自分が好きなだけ育ててそれから社会に出ればよいのです。

底から先はおそらく一つ欠け問題をクリアにしておけばよろしい。女性の定年を女性の平均寿命分男性より遅くしておけばよいのです。これで両者の就業期間もクリアです。

小生思うにこうすれば少子化は完全に解消すると思ってます。これが出来るでしょうか。会社というものが女性を安い男性の代替物だと考えてる限りは無理でしょうね。まあ切羽詰まれば出来るでしょうが…

実は問題はこれをやって女性の社会進出は進むかです。子育て軌間が終了したら嫌でも女性が働かなければいけないようにしなければ難しいでしょうね。何しろ35歳独身小梨は負け犬だというのが若い女性の本音でしょう。

それが最大の問題なんです。

この手の問題が今の発送の延長上で解決できるならもう問題は解決してるはずです。
それがわからないということが最大の問題でしょう。
  1. 2014-11-08 19:13
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
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Re: 考え方を変えるしかないのです。

> この手の問題を見るとどう考えても今の状況では詰みです。
>
> 政府は女性の社会進出を図りながら少子化の解消をしようというのでしょう。こんなことは出来っこありません。まともな男性なら家事折半子育て折半で一人前の仕事をさせるなんてのは不可能だと会社や社会だってもう気がついてます。それが出来たという家庭を見るならば、どっちかの爺婆が絡んでいるのは経験的にも明らかです。
>
> 多分お元気だと思いますがsonoraone様あたりにしたって話半分に聞いたってあれだけ出来た奥様がいらしたから家庭は持たのだと思います。
>
> 現在の少子化の最大の原因が晩婚化であり出産適齢期間の現象だということを知らなければいけません。
> とすれば解消法は簡単です。早めに結婚させ子育てをさせてから社会にでるルートを作ってやるしかないでしょう。18歳から35歳位までの期間に女性に結婚出産子育てをさせてしまうのですよ。
>
> だから28歳2人のコブ付き、それでも優秀な新入社員の女性を会社が受け入れるか否かという問題です。それを受け入れさせれば問題は全て解決のはずです。(小生は別な理由で厳しいと思いますがね。)具体的には大卒の新入社員の給与を結婚したり子育てしたりしてる期間1人で働いても食えるようにしてやることです。子育て手当でも出産奨励金でも名前はなんでも構いません。
>
> そして女性には結婚し子育てしてる間、完全なモラトリアムを与えてやればよいのです。例えば大学生が出産子育てしてもその間だけ休み大学を卒業できるようにします。高校だっていいかもしれません。大学入試に受かってその権利を保留したままで出産子育てするというのもありでしょう。
> これで子供を自分が好きなだけ育ててそれから社会に出ればよいのです。
>
> 底から先はおそらく一つ欠け問題をクリアにしておけばよろしい。女性の定年を女性の平均寿命分男性より遅くしておけばよいのです。これで両者の就業期間もクリアです。
>
> 小生思うにこうすれば少子化は完全に解消すると思ってます。これが出来るでしょうか。会社というものが女性を安い男性の代替物だと考えてる限りは無理でしょうね。まあ切羽詰まれば出来るでしょうが…
>
> 実は問題はこれをやって女性の社会進出は進むかです。子育て軌間が終了したら嫌でも女性が働かなければいけないようにしなければ難しいでしょうね。何しろ35歳独身小梨は負け犬だというのが若い女性の本音でしょう。
>
> それが最大の問題なんです。
>
> この手の問題が今の発送の延長上で解決できるならもう問題は解決してるはずです。
> それがわからないということが最大の問題でしょう。

 その通りだと思います。 

 子供を産み育てるって心身共に大変なのです。
 それを仕事の片手間でやれるはずと言う発想がオカシイのです。

 さらに言えば生物としての人間が子供を産める期間は限られているのです。 それが現在のビジネス社会のサイクルと合わないのです。

 その為にイロイロな軋轢が起きているのです。
  1. 2014-11-08 20:24
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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