2014-09-22 12:02

徴兵制は民主主義の根幹

 裏の桜さんの所で紹介されていた話ですが、日本の自称平和主義者達が、徴兵拒否をしてフランスに亡命中の韓国人青年を日本に招待して、「集団的自衛権が認められたら、徴兵制になる。 大変だあ~~~!!」とやっています。

 7月の集団的自衛権の閣議決定後、日本の若者の間でも徴兵制へのリアリティが高まっているという話を聞きました。徴兵制の実情や、社会でどのようなことが起きたのか日本の将来の人々ためにも、私の話が何らかの参考になればと思っています。

 この手の人達にとっては、徴兵制と言うのは、ひたすらおぞましい人権弾圧か何かのように考えているようです。 そして徴兵制などなければ、人は平和に暮らせると考えているようです。
 
 勿論彼等がこのように考えるのは、戦後民主主義の教育がそのように教え続けてきたからで、彼等には学校で教えられた事以外の事を理解する能力がないからです。

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 しかし歴史を学べばわかりますが、これは完全に間違っています。

 歴史的には民主主義や人権の擁護は、徴兵制とセットです。
 それどころか徴兵制は民主主義の根幹なのです。

 これは古代のギリシャやローマの歴史を見ると、実にわかりやすいです。 

 元々これらの社会では「国家を守る為に血を流し、命を懸けて戦う人こそが、政治を担う権利がある」と考えられてきました。
 
 だから戦争の主体が高価な戦車(馬に牽かせる戦車で今のとは違う)による戦いだった時代は、そういう戦車を使える貴族による政治が行われていました。

 しかし時代が変わり戦力の主流が重装歩兵や、もっと安価な投石器などになると、こうした武器を持って戦う人間の数が、軍事力を決め、戦いの勝敗を決める事になります。

 そうなると国防の為には徴兵制が必要になるのです。

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 けれどそうやって徴兵されて戦った人々は、全て貴族同様「国の為に血を流し、命を懸けて戦う人」と言う事になります。
 彼等は当然の権利として参政権を要求しました。

 所得や財産や身分は、人により随分差があります。 けれどもどんな人間でも命は一つしかないのです。
 そして命こそは人間にとって何よりも大切なモノなのです。

 徴兵制では全ての人間が、その命を懸けて戦う義務を負うのだから、全て人間が平等に参政権を持つのは自明の理ではないか?

 この発想で彼等は民主化を要求したのです。

 そしてこうなるとそれまでの支配階級が幾ら不満でも、これを留める事はできません。 なぜなら実際に命を懸けて戦って勝利を得た事のある人々を、弾圧するなんて絶対に不可能なのですから。

 こうしてギリシャやローマの民主化は進んだのです。

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 しかしこれは実は日本でも同じです。
 
 明治維新で政府が徴兵制度を作り、国民皆兵になった時、それまでの支配者であった武士達は、大変な不満を持ちました。
 武士が支配階級で居られたのは、彼等だけが武力を独占していたからです。

 しかし国民皆兵はこの制度を根源的に破壊しました。 そして西南の役で百姓町人の兵士達が、薩摩武士の反乱軍に勝利すると、もう武士の特権を取り戻す術はなくなりました。

 そして徴兵された兵士達による日露戦争の勝利は、大正デモクラシーの原動力になりました。

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 逆に言えば独裁政権は徴兵制は嫌いです。 徴兵制度で一律に一般国民を兵士にすると、確かに安く大量の兵士を得られます。
 しかし一旦兵士として武器を与えられ、戦う事を覚えた人々が、自分の言う事だけを聞いてくれるとは限らないのです。

 そういう兵士達が反乱をしたら絶対絶命です。

 だから専制君主は徴兵どころか、志願制でも自国民の兵士さへも信用せずに、近衛兵など外国人の傭兵を使う場合が多いのです。
 外国人の傭兵なら自国内に血縁も地縁もありません。 雇い主の君主以外に頼れる人はいません。
 だから給料だけで実に簡単に忠誠心を確保できるのです。 

 だから中東の専制君主など再々傭兵の反乱で王位を簒奪されているにもかかわらず、近代まで外国人の傭兵を愛用し続けました。

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 現在、世界で最も厳しい徴兵制を採用しているのは、スイス・シンガポール・フィンランド・イスラエルなどです。 これらの国では全て健康な青年が決まった期間兵役に就く義務があるだけでなく、この兵役期間を終了後も、中年過ぎまで毎年一定期間軍事訓練に参加する義務を負います。

 こうすることで全て国民を、いつでも直ぐに兵士として戦場に送り込めるようにしているのです。

 これは国民にとっては大変な負担です。

 しかしこのような国々で、政府が国民を弾圧し、圧政を強いる事が出来るでしょうか?
 国家を間もつために常に武器を持ち戦う事の出来る国民は、実は国家の圧政に対しても常に武器を持ち戦う事が出来る人々でもあるのです。

 それでもこれらの国々の政府が安定しているのは、国民全てが自国の置かれた国際環境の現実を十分に理解しているからです。

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 またこうして全て国民が兵役を通じて、戦争への覚悟を持ち、正しい軍事知識を持つことは、国民が外交防衛政策を判断する上でも非常に重要です。

 なぜなら民主主義国家では外交防衛政策に最終判断をするは国民です。
 その国民が軍事や望遠に正しい知識を持たないって怖すぎませんか?
 
  今の日本の自称平和主義者や彼等の言う平和教育って、「とにかく戦争は怖い悪い事だから、軍事や戦争に関する事は一切見ない聞かない事にしよう。 戦争は悪い怖いと言うこと以外は絶対に知るべきではない。」というモノです。

 でもこれは、駝鳥が地面に頭を突っ込んで恐怖を逃れるのと同じで、現実の戦争回避には何の意味もありません。

 ところが東京大学でさへこのスタンスで、「平和の為に、戦争に関する研究は認めない」と言っている有様です。 
 
 こんな恐ろしい状態で日本は本当に戦争を回避できるのでしょうか?

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  日本の妄想平和主義者は、戦争をするかしないかは、完全に自国だけで決められると、信じています。 しかし世界中で自の意志だけで戦争か平和かを決められるなどと考えるのは、頭のオカシイ人だけです。
 
 まして小国の国民であれば、歴史を通じて常にそれを決めるのは圧倒的に巨大な隣国だと痛感しています。

 だから彼等はいつでも隣国が仕掛ける戦争に対応できるようにするしかないのです。

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 なるほど兵役は辛いです。 ワタシだって超自己中で他人と群れるのが大嫌いな人間ですから難病患者であることは別にしても、究極の集団生活である軍隊は絶対耐えられないと思います。(絶対に苛めの標的にされる自信があります)

 しかしイヤなこと、辛い事を避ける事しか考えない人間が、自分の権利を守れるわけはないのです。 まして人に信頼されて尊敬される事は絶対にありません。

 そのような人間が他人の信頼を得て権力を保持できるわけもありません。

 そして民主主義と言うのは自分の権利を自分で守る制度なのです。

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 その究極の権利とは国家主権です。 
 国家主権を喪って他国の支配下に入れば、人権も糞もないのです。

 民主主義国家と言うのは、その国家主権を国民が持つと言う制度です。
 
 その主権を守る意思のない人間、その主権を守る為に必要なことを、唯「辛いから、嫌だから、絶対反対」としか言えない人間は、民主主義を理解できていないとしか言えません。
 
 そして民主主義国家での人間の尊厳には価しない人間だと言うしかありません。

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 勿論現在の日本では徴兵制は必要ないし、それを集団自衛権と結びつけるなんてナンセンスそのものです。
 
 しかし民主主義を守り、自分自身の人権と尊厳を守りたいなら、徴兵制の意味を正しく理解するべきです。

  1. 戦後民主主義
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コメント

よもぎねこさんの同居人様は

女性であるのに、このような問題に極めてラディカルな発言をなされる。この場合のラディカルは根源的なという意味です。
実に仰せの通りで、つい先頃まではスイスでは女性には参政権がなく、スイス流の直接民主主義=各地方における民会の参加者は自らの参政権の表象として腰に剣を下げていたものです。参政権の保持者=国を守れる人間、という非常に判りやすい光景がありました。日本ならさしずめ、苗字帯刀を許される身分というべきか。

さて、革命によって現出したフランス国民軍によって散々に破られたプロイセンではシャルンホルストやグナイゼナウら改革派の将校たちが表れます。彼らは古き傭兵制ではなく徴兵制による新しい軍隊の創建を目指しますが、さてその為には国民に参政権を与えねばならない。それで彼らはプロイセンの保守派からは「ジャコバンの徒」呼ばわりされるのですが、権利から生じた義務と義務から生じる権利と、どちら側から見ても民主主義が生じざるを得ないのが徴兵制の面白いところですね。

ヨーロッパで最も軟弱と思われる?イタリア憲法でも国民の国家に対する防衛義務は高らかにうたっています。

それを免れたいというならローマの奴隷制復活まではともかくも、幕末維新まで遡って「町人身分」を規定することが必要でしょうね。逆に言えば新たなる士族階級を創る他はありません。民主主義を放棄しても「命どぅ宝」?ということであるのですから、それが論理的な答えであると思います。

二等市民といっても昔のように切り捨て御免というようなことはもはやありませんが、国への防衛義務を果たせない人たちには、国の外交・安全保障に懸かる問題への発言権は当然にありません。それでよろしいのではないかと思いますが、如何でしょうか?
  1. 2014-09-22 18:57
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  3. レッドバロン #-
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Re: よもぎねこさんの同居人様は

> 女性であるのに、このような問題に極めてラディカルな発言をなされる。この場合のラディカルは根源的なという意味です。
> 実に仰せの通りで、つい先頃まではスイスでは女性には参政権がなく、スイス流の直接民主主義=各地方における民会の参加者は自らの参政権の表象として腰に剣を下げていたものです。参政権の保持者=国を守れる人間、という非常に判りやすい光景がありました。日本ならさしずめ、苗字帯刀を許される身分というべきか。
>
> さて、革命によって現出したフランス国民軍によって散々に破られたプロイセンではシャルンホルストやグナイゼナウら改革派の将校たちが表れます。彼らは古き傭兵制ではなく徴兵制による新しい軍隊の創建を目指しますが、さてその為には国民に参政権を与えねばならない。それで彼らはプロイセンの保守派からは「ジャコバンの徒」呼ばわりされるのですが、権利から生じた義務と義務から生じる権利と、どちら側から見ても民主主義が生じざるを得ないのが徴兵制の面白いところですね。

 ワタシは渡邊昇一先生の「ドイツ参謀本部」で、このシャルンホルスト等の話を読んでから、兵役と民主主義について考え直したのです。

 つまりこれまで学校で教えられた軍国主義=兵役の話はオカシイのではないかと?

> ヨーロッパで最も軟弱と思われる?イタリア憲法でも国民の国家に対する防衛義務は高らかにうたっています。

 だってローマ帝国滅亡以降、ヨーロッパで初めて徴兵制を実施したのは、フィレンツェ共和国です。
 マッキャベリのアイデアでした。
 しかし成立後間もなく、メディチ家の専制に戻り、徴兵制もそれと共にごく短期間で消滅したのですが・・・・・。

> それを免れたいというならローマの奴隷制復活まではともかくも、幕末維新まで遡って「町人身分」を規定することが必要でしょうね。逆に言えば新たなる士族階級を創る他はありません。民主主義を放棄しても「命どぅ宝」?ということであるのですから、それが論理的な答えであると思います。
>
> 二等市民といっても昔のように切り捨て御免というようなことはもはやありませんが、国への防衛義務を果たせない人たちには、国の外交・安全保障に懸かる問題への発言権は当然にありません。それでよろしいのではないかと思いますが、如何でしょうか?

 その通りです。 中世ヨーロッパの共和政都市では、武器の携帯を許されるのは、参政権のある市民だけでした。
 それ以外の住民は武器を携帯できません。
 市民とは国家を守る意思と能力を持つ人々であり、そういう意思や能力のない人は市民ではないのです。

 民主主義は自分で自分の権利を守る事が基本ですから、自分の国を守る意思も能力もない人達には、意味がないのです。
  1. 2014-09-23 10:07
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  3. よもぎねこ #-
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徴兵制の現実

かつての明治日本でもそうでしたが、徴兵制というものは国家の近代化に相当な役割を果たしました。

兵営というものは長期にわたり国民を動員するものですからそこには一種の教育作用があるわけです。
現実に明治日本では小学校にもろくに行けなかった青年が軍隊に行って最低限の読み書きができるようになったなどというのはごく当たり前の話でした。さらに兵営は一種の近代生活実践の場でもあったわけです。たとえば軍隊で出てくる洋食などは農民の生活では通常お目にかかれないものであり、そういうものの存在を兵営を通して知ったという部分があるのです。

軍隊は人権を蹂躙する存在どころか国民を育成する期間であったわけです。明治日本を見れば軍隊により国民意識が創生されたのだと小生などは考えています。今でも貧乏な発展途上国では軍に入り勉強することが世の中で出世する最も簡単な道でありますし、戦前の日本では貧乏人の子供は軍学校にはいるかし師範学校に行くというのが出世の道であったわけです。
第三世界では世の中に存在する最もまともな組織は軍であるというのは当たり前のことです。

軍を人権弾圧機関などと考えるのは完全にミステイクで何もものを見ていない証拠です。

徴兵制と民主制の関係についてはお説の通り、全く同感です。
左翼の連中は今を見て昔の制度を語り批判します。
自分を常に神の立場に於いてものを言うのです。昔の人間はバカだったといわんばかりです。自分たちはそんなに優れた存在なのでしょうか。本当に馬鹿としか言いようがありません。
  1. 2014-09-23 14:10
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  3. kazk #-
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Re: 徴兵制の現実

> かつての明治日本でもそうでしたが、徴兵制というものは国家の近代化に相当な役割を果たしました。
>
> 兵営というものは長期にわたり国民を動員するものですからそこには一種の教育作用があるわけです。
> 現実に明治日本では小学校にもろくに行けなかった青年が軍隊に行って最低限の読み書きができるようになったなどというのはごく当たり前の話でした。さらに兵営は一種の近代生活実践の場でもあったわけです。たとえば軍隊で出てくる洋食などは農民の生活では通常お目にかかれないものであり、そういうものの存在を兵営を通して知ったという部分があるのです。
>
> 軍隊は人権を蹂躙する存在どころか国民を育成する期間であったわけです。明治日本を見れば軍隊により国民意識が創生されたのだと小生などは考えています。今でも貧乏な発展途上国では軍に入り勉強することが世の中で出世する最も簡単な道でありますし、戦前の日本では貧乏人の子供は軍学校にはいるかし師範学校に行くというのが出世の道であったわけです。
> 第三世界では世の中に存在する最もまともな組織は軍であるというのは当たり前のことです。
> 
> 軍を人権弾圧機関などと考えるのは完全にミステイクで何もものを見ていない証拠です。

 その通りですね。
 「拝啓天皇陛下様」と言う映画がありましたが、それなどまさにそういう軍隊の一面を描いています。
 
 特に日本軍の場合は、学歴に関係なく、徴兵された兵士は全員二等兵でした。
 だから貧しい教育もない若者が、軍隊に入って初めて自分は他人と平等な人間であると言うことを実感する事になります。

 これは国民としての一体感を持つことと、そして民主主義の根幹である平等感を得る上で非常に大きかったでしょう。

> 徴兵制と民主制の関係についてはお説の通り、全く同感です。
> 左翼の連中は今を見て昔の制度を語り批判します。
> 自分を常に神の立場に於いてものを言うのです。昔の人間はバカだったといわんばかりです。自分たちはそんなに優れた存在なのでしょうか。本当に馬鹿としか言いようがありません。

 彼等は時代に関係なく、現実の社会に文句を言うのが仕事なのです。
 
 慰安婦問題への対応など全くその典型です。
  1. 2014-09-24 08:55
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  3. よもぎねこ #-
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