2014-08-07 20:29

deep in 小樽 その4

 7月21日、小樽見物に行きました。

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 この小樽見物の二回目のエントリーでyuyuさんからこんなコメントを頂きました。

昔の小樽を知る者にとって、今の小樽の観光化は悲しい限りです。
1980年ごろは良かった。
2010年に再訪して、いたくがっかりしました。
倉庫街と運河の周辺は・・もう昔の情緒はありません。
そして・・・函館もそうでした。
なんで観光化すると観光的価値を無くすのでしょうか。


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 残念ながら全くその通りです。
 小樽はこの半世紀余り、ひたすら衰退しています。 

 輸送手段と北海道の経済構造の変化で、小樽港は寂れる一方です。
 そして小樽港を除けば、これと言った産業のない小樽は観光に頼る事になりました。

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 その為嘗ての繁栄の中心だった地区にあった古い建物は、観光客相手の土産物屋や飲食店に化けてしまいました。
 だから街全体の雰囲気が、とても安っぽくケバケバしくなって、風情も何もなくなってしまったのです。

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 尤も小樽に古い町並みが残っているのは、小樽経済の発展が止ったからです。
 だからこうした街が生きる為には致し方ないでしょう。

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 しかしそれでもこうした地区を外れると、古い小樽が残っています。 

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 観光地から外れた古い商店街をたどり続けると、本当の小樽の姿を今も見る事ができるのです。
 
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 この古い道を歩いて、小樽の懐深く入っていくのです。
 すると古い商店や喫茶店が昔の儘の営業しています。

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 小樽の道は狭く曲がりくねって、その上激しいアップダウンを繰り返しながら続きます。

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 両側には時間を忘れたような建物が続きます。
 
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 するとまるで時間も空間も歪んで混乱したような不思議な錯覚を感じます。

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 実はワタシは80年代から90年代、趣味やバイトで頻繁に小樽へ行っていました。
 だから小樽の街は結構知っているのです。

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 急坂を登りつめると水天宮に出ます。 

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 境内の端へ行くと、港が一望できます。 しかし港の方へ行く道は、ジャンプ台のような急階段です。

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 小樽の古い神社は皆、山の上から港を見下ろす一等地に立っているのですが、この水天宮はその中でも最高の場所を占めているのです。

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 神宮を出るとそのままJR南小樽駅へ向かいました。 この駅は実は小樽駅よりも古く、嘗てはここが小樽の中心でした。
 だから小樽駅から数キロなのに、今でも全ての列車が停車するのです。
 
 ここから札幌へ帰るつもりでした。 ところがこの日は事故が起きて列車の運航が止り、散々な思いをしました。

 それでもこの日の小樽見物は楽しかったです。
  1. 札幌の四季
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コメント

1980年代半ばに小樽に行き、こじんまりとした趣のある小樽がすっかり気に入り、94年ごろに再訪。驚くほど商売っ気丸出しの町になっていることにガッカリしました。以来、全く行く気がしません。

観光地を外れたレトロな町並みは旅情をそそりますね。
  1. 2014-08-07 20:38
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  3. #-
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明治の初め頃

日銀小樽支店に曾祖父が赴任しておりました。

明治十年~二十年代には小樽は北海道経済において中心的な存在であったということでしょうか?そう言えば小樽高商のような優秀な学校もありましたね。

曾祖父は日銀で大人しくしておれば良いのに、牧場の経営に手を出して大失敗し、不遇の内に世を去ったということですが、曾祖父繋がりで一度は小樽を訪れたいと思っております。

そんな訳ですので、同居人さまのお見立てのように、少し寂れているのも、一興かと。
  1. 2014-08-08 00:55
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  3. レッドバロン #-
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Re: タイトルなし

> 1980年代半ばに小樽に行き、こじんまりとした趣のある小樽がすっかり気に入り、94年ごろに再訪。驚くほど商売っ気丸出しの町になっていることにガッカリしました。以来、全く行く気がしません。
>
> 観光地を外れたレトロな町並みは旅情をそそりますね。

 ワタシも観光化された辺りの俗悪さには辟易します。

 しかし一歩その地域を出たら昔の小樽がそのまま残っているのですけどね。 
  1. 2014-08-08 12:01
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  3. よもぎねこ #-
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Re: 明治の初め頃

> 日銀小樽支店に曾祖父が赴任しておりました。
>
> 明治十年~二十年代には小樽は北海道経済において中心的な存在であったということでしょうか?そう言えば小樽高商のような優秀な学校もありましたね。
>
> 曾祖父は日銀で大人しくしておれば良いのに、牧場の経営に手を出して大失敗し、不遇の内に世を去ったということですが、曾祖父繋がりで一度は小樽を訪れたいと思っております。

 日銀小樽支店は現在金融資料館として公開されています。 素晴らしい建物ですよ。 
 本体も内装も曾祖父様の頃と同じでしょう。 

 以前のエントリーで写真を貼りました。

 http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-4845.html#comment

 良かったらご覧ください。

> そんな訳ですので、同居人さまのお見立てのように、少し寂れているのも、一興かと。

 小樽市民には気の毒ですが、古いまま残った街は旅情をそそるんですよね。
  1. 2014-08-08 12:16
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  3. よもぎねこ #-
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日銀小樽支店

お写真拝見しました。

いや、立派です。当時としては豪壮と言ってよいルネサンス様式の建物で、驚きました。

少し調べましたら、日銀本店や東京駅を設計した日本近代建築の祖・辰野金吾らが設計に加わっていたのですね。立派なはずです。小樽が当時「北方のウォール街」と呼ばれていたことを知り二度びっくり。当時は日銀も気合いが入っていた訳で、今昔の思いがしますが…。


小樽に日銀の派出所が初めて開設されたのが明治26年、その後出張所をへて、現存の小樽支店が落成したのは明治45年のことですね。頭の中でだいぶ時系列の整理できました。ありがとうございました。
  1. 2014-08-08 16:21
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  3. レッドバロン #-
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Re: 日銀小樽支店

> お写真拝見しました。
>
> いや、立派です。当時としては豪壮と言ってよいルネサンス様式の建物で、驚きました。
>
> 少し調べましたら、日銀本店や東京駅を設計した日本近代建築の祖・辰野金吾らが設計に加わっていたのですね。立派なはずです。小樽が当時「北方のウォール街」と呼ばれていたことを知り二度びっくり。当時は日銀も気合いが入っていた訳で、今昔の思いがしますが…。
>
>
> 小樽に日銀の派出所が初めて開設されたのが明治26年、その後出張所をへて、現存の小樽支店が落成したのは明治45年のことですね。頭の中でだいぶ時系列の整理できました。ありがとうございました。

 曾祖父様が働いていらした頃は、まさに小樽の全盛期だったのです。 
 日銀支店も札幌より小樽が先にできています。

 戦後暫くまでは、北海道経済の中心は札幌ではなく小樽でした。

 きっと曾祖父様も随分お忙しい思いをされたのでしょうね。 それでうんざりして日銀をやめられたのかも?
  1. 2014-08-08 21:24
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  3. よもぎねこ #-
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