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2014-06-14 01:04

人権活動家の子供の人権

 90年代、ワタシが学習塾の講師をしていた時の事です。 ある日小学校6年生の女の子二人が言いました。

 「先生、今私達のクラスが滅茶苦茶なの。 先生が悪いの。 5人の子が授業中に暴れるのに、先生が殴らないから、どうしようもないの。」

 ワタシは一瞬、凄いショックを受けました。

 子供が先生に他の子供を殴る事を望む!!

 しかし考えてみれば当然の事です。 当時は学級崩壊とか荒れる学校とかが問題になっており、ワタシが教えてる小学生や中学生の学校もこういう授業崩壊が結構あったのです。

 そしてそれは全クラスの生徒が騒ぐと言うよりも、数人の生徒が意図的に騒いで授業妨害をすることから起きているようでした。

 ワタシにこの話をした「先生が殴らないから悪い」と言った二人の女の子は、成績は中の下か下の上くらいでお世辞にも勉強好きとは言えませんでした。

 しかしそれでも毎日毎日学校へ行って、馬鹿騒ぎが続くのでは腹が立つのも当然です。

 何とかして教室に秩序を!!
 先生なら何としても悪い子は殴って、大人しくさせて自分達がちゃんと授業を受けられるようにしてほしい。

 そう考えるのは当然なのです。

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 でも勿論学校教育法では体罰は禁止です。 実はその頃凄い体罰をする教師も結構いましたが、とにかく彼女達の担任は学校教育法を守って体罰をしなかったので、代わりに毎日授業が滅茶苦茶になっていたのです。

 で、子供の人権と言う立場からすればどうなんでしょうか?

 彼女達にすれば、クラスの5人の為に毎日学習権を侵害されている状態なのです。

 彼女達には自分達の学習権を守る為に、この5人をクラスから追放する、或いはこのような狼藉を止めさせる為に担任に体罰等強力な措置を求める権利はないのでしょうか?

 ちなみに学習権を侵害されているのは、彼女達二人だけではありません。 暴れている5人を除くクラスの子供達全員が学習権を侵害されているのです。

 そしてこういう状況は当時、日本中の沢山の学校で起きており、多くの子供達が学習権を侵害されていたのです。

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 ところが当時この子達の学習権を守る為に、何か現実的は措置をすると言う話は全然出ませんでした。

 勿論荒れる学校や学級崩壊は随分問題になりました。

 しかし当時のマスゴミ報道を見ていると、「社会に歪を直さなければ・・・」「競争社会の問題・・・・」「詰め込み教育を止めろ」などと言う議論は随分ありました。

 一方暴れる子供を体罰で抑え込む、或いは他の子とは分けて、別の教室で勉強させるとか言う処置を取る学校や教師がいると、マスゴミが大問題にしました。

 体罰は勿論、そうやって問題のある子を安易に排除するようなやり方は、子供の人権を侵害するものだと言うのです。

 それでそういう事をする学校の話がニュースになるたびに、自称教育評論家とかとテレビのコメンテーターとかが、そういう学校や教師を人でなしなにかのように非難していました。

 そういわれると学校側は満足に反論することもせず、しかし陰では凄い体罰教師や、問題児の排除はしていたようです。

 ワタシはその頃、教え子達の想像を絶する学校生活の話を聞いていて、子供達の現実とマスゴミの唱える理想のギャップに呆れるばかりでした。

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 その後ワタシは講師の仕事を辞めましたが、社会の歪とか落ちこぼれとかは、その後20年あまり経ってもなくなるわけはないので、教室で暴れて授業妨害をする子はいなくならなかったようです。

問題児童らを隔離、「特別教室」で指導へ 大阪市教委案

  子どもの問題行動に対し、大阪市教育委員会がまとめた具体的な指導案の内容がわかった。一定レベルを超える悪質な問題行動を繰り返す児童・生徒を在籍する市立学校から引き離し、1カ所に集めて指導する「特別教室」を新たに設ける。10日に開く橋下徹市長との協議会で正式に示し、来春にも実施する方針。文部科学省によると、こうした対応は珍しいという。

 問題のある子どもの安易な「排除」につながるとの批判も予想され、議論を呼ぶとみられる。市教委事務局関係者によると、特別教室には、問題行動の対応に豊富な経験や心理学など専門的知識がある教職員らを配置。社会や学校でのルールの大切さを教え、他者を思いやる態度を育てることに重点を置く。

 対象となる行為は、校内暴力、非行、著しい授業妨害などを想定。具体的には、市教委が昨年9月に策定した問題行動の5段階の分類のうち、「レベル4」(激しい暴力など)と「レベル5」(極めて激しい暴力など)に該当する場合、特別教室で指導する。その際、出席停止や警察など関係機関へ連絡したうえで、行為の悪質さや周囲への影響の大きさなどを考慮して期間を定める。


 おお、ようやくちゃんと大阪府が正面からこの問題への対応をする事にしたのですね。

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 けれどやっぱり「問題のある子どもの安易な「排除」につながるとの批判も予想され、議論を呼ぶとみられる。」なんてことを言いたくてうずうずしている連中がいるのです。

 なるほど問題のある子達を排除せずに、他の子の学習権を確保する方法があるならそれが理想でしょう。

 でもそんな魔法みたいな方法があるんですか?

 確かに暴れる子供には色々な問題があると思います。

 ワタシの塾の生徒に塾に他の子や講師に嫌がらせに来ているとしたか思えないどうしようもない子がいました。 その子は中学2年で綺麗な顔立ちの女の子だったのですが、目つきが完全に娼婦の目と言うか、韓国の自称慰安婦みたいな卑しい目をしていました。

 しかしそれはその子のせいではありません。
 その子は父親がいなくて、水商売をしている母親が始終男を家に連れ込んでいたのです。 

 後で児童虐待に関する本で知ったのですが、そういう家庭に女の子がいれば、殆どの場合母親が連れ込んだ男が、その子に性的虐待をしているとのことです。

 だから彼女は中学2年の身で、普通の大人が一生知ることのない程の苦悩を抱えこんでいたのかも知れません。

 それを思えば彼女がわざわざ学習塾に、講師や他の子供に嫌がらせをしに来る気持ちもわからなくはありません。

 確かに本当に不幸な子なのです。

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 なるほどこういう不幸な子供をクラスから排除するのは冷酷であることはわかります。
 
 しかし彼女の苦悩には、他の子は責任はないのです。

 そしてこういう苦悩は簡単には取り除けないでしょう。 だから彼女も問題行動がいつ終わるかはわかりません。

 そこで子供の人権を叫ぶ人々に聞きたいのですが、彼女の人権を最大限重視し、彼女をクラスから排除するべきではないと言うなら、他の子供の学習権はどうするのですか?
 
 子供達は同じクラスの仲間なのだから、学習権の侵害に甘んじても、暴れる子供を受け入れるべきだと言うのでしょうか?

 クラス子供達がみんなで暴れる子供を受け入れて、その子を立ち直らせると言うのは映画かドラマなら理想です。

 しかし普通の子供にそんな義務があるのですか?

 たまたまクラスに不幸な生い立ちから、性格が破綻して他の子供の学習権を侵害する子がいれば、他の子供達は自分の学習権を犠牲にして、他の子供の更生を助ける義務があるのですか?

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 これを大人で考えればわかりますが、そんな義務はありません。

 大人の学校、例えば法科大学院とか英会話学校とかに、不幸な体験から精神的に破綻したクラスメートがいて、その人が授業中に騒いで授業がマトモに聞けなくなる、教室の物を壊す、などと言うことを続けたらどうしますか?

 法科大学院の学生ならみんな人権の大切さを理解しているので、クラス全員でその不幸な学生をケアして、何とか彼が自分達と一緒に卒業できるように頑張りますか?

 そんなことはあり得ないでしょう?

 「他の人の迷惑になる行為をするなら退学してください」で御仕舞じゃないですか?

 それなのに子供だったら「学習権を侵害する子をクラスに受け入れて、その子の迷惑行為を甘受するべきだ」と考えるのでしょうか?

 しかも小中学校は義務教育であり、ここで教わる事は基礎的な読み書き算数など、全ての子供が将来生きていくうえで死活的に必要な事なのに・・・・・・・。

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 ワタシは実はこの大阪府の話をno-risuさんの所で知りました。 そして学習塾の講師をしていた頃の話を思い出したのです。

 no-risuさんはこの「 問題のある子どもの安易な「排除」につながるとの批判も予想され、議論を呼ぶとみられる。」と言う朝日の報道を、人権屋の飯の種と批判しておられます。 

 ワタシはno-risuさんのこの意見を全面的に支持します。

 そしてこの人権屋と言う人達に限りなく不審を抱きます。

 所謂人権派弁護士や教育評論家もみなさんは、そんなに人権が大事なら、一部の問題児に学習権を侵害される他の数十人の子供達の人権はどうするつもりなのでしょう?

 そしてこの問題だけでなく人権を振り回す人々に限りなく不審を抱きます。

 人権は重要な概念です。 でも人権と喚きさえすれば正義なのは、中国や北朝鮮のように独裁政権が国民の人権を弾圧している国だけです。

 日本のような民主主義国家では、所謂人権活動家が喚く人権問題は、国家による人権弾圧なんかではなく、彼等の好きな人の人権が彼等の嫌いな人の人権とぶつかる場合に限られているからです。
  1. 人間の尊厳
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コメント

子どもの世界というものは

一部のお花畑の住人が考えてるようなものではありません。陰謀や裏切り、権謀術数渦巻く社会です。
そういうカオスになるのは基本秩序がないからです。学校というのはクラス単位であり基本総実力差のない同年齢の奴らの集まりです。こういうところはカオスになりやすいのです。

かつては外の世界がありガキ大将がいて年下の子どもたちを手下に従えていたわけです。ここで初めて秩序というものが出来ました。ところが今はそれが殆どありません。つまり秩序の在り方を子供が知らないわけです。

こういう世界では無理やり誰かが秩序を作らねばなりません。権威や暴力による支配でも秩序です。カオスよりもなんぼかいいのです。だからそこに一つの秩序ができることが重要なのです。こういうところに家庭で躾がなってない甘やかされだクソガキが来る、やりたい放題となるわけです。まあ、そういう家庭に秩序はありませんからね。

こういう子供は本来集団生活不適応とデモして登校停止にするという処分でいいのです。こうしなければ家庭に対する制裁にになりません。文句をいうならば学校生活をビデオにでもとって突きつければよろしい。これでほとんどは黙るはずです。次にこういう子供は必ず能力的に問題があります。だから原級留置にしてやればよいのです。これを言えば恐怖による支配だとかなんだとか言うでしょうねえ。

じゃあ大人の世界は?こんな物自分の子供の頃のことを綺麗に忘れた大人の勝手な思い込みです。

問題のある子は排除される?だから何?大人の世界は問題のあるひとは排除されないの?

小生も塾の教師をやりましたから困った連中は相当相手にしました。本音を言えばこんな連中にこそ余計な料金をくれとでもいいたい所です。義務教育の世界でも余計にカネがかかることは同じです。

尾木某という教育評論家はこれは排除につながり、問題児ばかり集める学校はそこに行った生徒にレッテル貼りをすることになると曰いました。確かにムショ帰り少年院帰りというのはそういうものでしょう、まずそれに反対したらいかがです?

大阪府のやり方だっていいとは思いません。問題の根源を断っていないからです。学校を社会として成り立たせるための道具立てが揃ってないんですから対症療法でしかないでしょう。

やらぬよりははるかにマシなのですがね。
  1. 2014-06-14 14:00
  2. URL
  3. kazk #-
  4. 編集

このような場合

オーストリアでは親に子供を引き取って貰います。
すなわち、子供が学校に出てきて静かに先生の話を聞く、或いは聞いているフリをさせるのは親の義務であって、学校はそんな躾をする場所ではない。学校は学課を教えるところだからです。

すなわち躾の出来てない子供は学校が受け取りを拒否し、親に差し戻しをします。静かに授業を受けられるようになったら叉いらっしやいということで、入学は取り消し、翌年回しになるようですよ。

ウィーン少年合唱団の公演プログラムに出ていた話なので間違いありません。(笑)オーストリアの家庭では、必死に子供を教育するしか、助かる道はないのです。(笑)

未成年ということは、誰かがその行為に最終責任を持たなければならないのですね。オーストリアの基準は明確であります。

他人に迷惑をかけるというのは、ヨーロッパ社会ではどえらい事です。日本の財務省の職員が人事交流で英国大蔵省に赴任した時のこと。日本の同僚が何人か、アパートを訪ねてきたので(注意・夜中にマージャンをした訳ではありません)少し窓を開けて歓談していたら、翌朝さっそくボックスに隣人からletterが。

今後、このような事があったら、弁護士を通じて法的手続きを以て臨むと。一発、イエローカードですよ。日本の人権屋は、人権が衝突する社会の真の厳しさを知るべきです。
  1. 2014-06-14 14:29
  2. URL
  3. レッドバロン #-
  4. 編集

私もこの度の大阪の方針に賛成です。
うちの子供の場合ですが
小学5年の時、クラスが荒れました。
担任が騒ぐ生徒達を叱れなかったからです。
一部の生徒に遠慮して、大多数の真面目な生徒が迷惑をこうむる。
これはとても理不尽です。
だからしょっちゅう、子供は
「厳しい先生がいい」と言ってました。参観日で学校に行った時、
始業ベルが鳴っても数人の子供が
教室に戻りませんでした。
そのため、担任は授業を始めませんでした。他の生徒達はもう、
席に着き、授業が始まるのを
真面目に待っているのに。
時間にして10分程度だったでしょうか。数人の生徒が遅れて教室に
入ってきました。
私はてっきり、担任が生徒達を
叱るだろうと思っていたら
何も言わないのです。
怒るどころかおもむろに
授業を始めたのです。
私が生徒の時代なら、遊び時間が終わり教室に戻るのが遅くなった生徒は
怒られていました。
せめて何故遅くなったのか問いただすことはすべきです。
そして、自分達のせいで待たされた生徒達に
謝らせるべきで、昔はそういう対応が普通にとられていました。
驚きを禁じえませんでした。
怒れない担任、それ故に真面目な生徒がバカを見る。仰るように
その子達の「人権」は
どうなるのでしょう。
これじゃあ、真面目な者が
報われません。
だから、授業を妨害したり
邪魔になるような生徒を
除外するのは悪くないと思います。

ウチの子はその後
進学の時もとても指導の厳しい学校を自ら選んで行きました。
そして「悪い生徒にはきちんと
叱ってくれる。この学校にして
良かった」と言っていました。
  1. 2014-06-14 14:39
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  3. 翡翠 #flPMGraQ
  4. 編集

Re: 子どもの世界というものは

> 一部のお花畑の住人が考えてるようなものではありません。陰謀や裏切り、権謀術数渦巻く社会です。
> そういうカオスになるのは基本秩序がないからです。学校というのはクラス単位であり基本総実力差のない同年齢の奴らの集まりです。こういうところはカオスになりやすいのです。
>
> かつては外の世界がありガキ大将がいて年下の子どもたちを手下に従えていたわけです。ここで初めて秩序というものが出来ました。ところが今はそれが殆どありません。つまり秩序の在り方を子供が知らないわけです。
>
> こういう世界では無理やり誰かが秩序を作らねばなりません。権威や暴力による支配でも秩序です。カオスよりもなんぼかいいのです。だからそこに一つの秩序ができることが重要なのです。こういうところに家庭で躾がなってない甘やかされだクソガキが来る、やりたい放題となるわけです。まあ、そういう家庭に秩序はありませんからね。
>
> こういう子供は本来集団生活不適応とデモして登校停止にするという処分でいいのです。こうしなければ家庭に対する制裁にになりません。文句をいうならば学校生活をビデオにでもとって突きつければよろしい。これでほとんどは黙るはずです。次にこういう子供は必ず能力的に問題があります。だから原級留置にしてやればよいのです。これを言えば恐怖による支配だとかなんだとか言うでしょうねえ。
>
> じゃあ大人の世界は?こんな物自分の子供の頃のことを綺麗に忘れた大人の勝手な思い込みです。
>
> 問題のある子は排除される?だから何?大人の世界は問題のあるひとは排除されないの?
>
> 小生も塾の教師をやりましたから困った連中は相当相手にしました。本音を言えばこんな連中にこそ余計な料金をくれとでもいいたい所です。義務教育の世界でも余計にカネがかかることは同じです。
>
> 尾木某という教育評論家はこれは排除につながり、問題児ばかり集める学校はそこに行った生徒にレッテル貼りをすることになると曰いました。確かにムショ帰り少年院帰りというのはそういうものでしょう、まずそれに反対したらいかがです?
>
> 大阪府のやり方だっていいとは思いません。問題の根源を断っていないからです。学校を社会として成り立たせるための道具立てが揃ってないんですから対症療法でしかないでしょう。
>
> やらぬよりははるかにマシなのですがね。

 ワタシも子供の世界って厳しいと思います。 だって社会的ルールを知らない未熟な人間ばかりなのが子供の世界ですから。

 だから教師が権威をもって秩序を守る事が必要なのです。

 ところが子供の世界を勝手に夢の世界にしている馬鹿な大人が、この現実を拒否するのです。
 
 そしてセンチメンタリズムだけで理想の教育を語ります。

 子供にとっては迷惑千万でしょう。

 正直言って本当に精神的に問題のある子、心に深い傷を負った子のケアは非常に大変です。 それを考えたら安易に同じクラスに置けば、立ち直るなんて事も言えないはずです。

 大阪のやり方は排除された子供にとって良いかどうかはわかりませんが、それでは授業妨害に苦しむ子供達をどうするのか?
 と言えば他に方法はありません。
 
 ワタシがこの手の話で腹立たしいのは、こういう場合排除される子供の話だけが全てになって、この子供に学習権を奪われる他の子供達の話が綺麗消える事です。

 人権は全ての子供に同様にあるはずなのに。
 
  1. 2014-06-14 19:16
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: このような場合

> オーストリアでは親に子供を引き取って貰います。
> すなわち、子供が学校に出てきて静かに先生の話を聞く、或いは聞いているフリをさせるのは親の義務であって、学校はそんな躾をする場所ではない。学校は学課を教えるところだからです。
>
> すなわち躾の出来てない子供は学校が受け取りを拒否し、親に差し戻しをします。静かに授業を受けられるようになったら叉いらっしやいということで、入学は取り消し、翌年回しになるようですよ。
>
> ウィーン少年合唱団の公演プログラムに出ていた話なので間違いありません。(笑)オーストリアの家庭では、必死に子供を教育するしか、助かる道はないのです。(笑)
>
> 未成年ということは、誰かがその行為に最終責任を持たなければならないのですね。オーストリアの基準は明確であります。
>
> 他人に迷惑をかけるというのは、ヨーロッパ社会ではどえらい事です。日本の財務省の職員が人事交流で英国大蔵省に赴任した時のこと。日本の同僚が何人か、アパートを訪ねてきたので(注意・夜中にマージャンをした訳ではありません)少し窓を開けて歓談していたら、翌朝さっそくボックスに隣人からletterが。
>
> 今後、このような事があったら、弁護士を通じて法的手続きを以て臨むと。一発、イエローカードですよ。日本の人権屋は、人権が衝突する社会の真の厳しさを知るべきです。

 なるほどやはり人権の本場ヨーロッパは厳しいですね。

 でも子供にも年相応の義務を課すと言う感覚は大事だと思います。 日本の人権馬鹿の発想では子供の人権を喚きだすと、そういう感覚が全然なくなっているのです。

 でもちゃんと年相応にできる事もさせない社会では、子供がちゃんと大人になるはずもないのです。
  1. 2014-06-14 19:19
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

> 私もこの度の大阪の方針に賛成です。
> うちの子供の場合ですが
> 小学5年の時、クラスが荒れました。
> 担任が騒ぐ生徒達を叱れなかったからです。
> 一部の生徒に遠慮して、大多数の真面目な生徒が迷惑をこうむる。
> これはとても理不尽です。
> だからしょっちゅう、子供は
> 「厳しい先生がいい」と言ってました。参観日で学校に行った時、
> 始業ベルが鳴っても数人の子供が
> 教室に戻りませんでした。
> そのため、担任は授業を始めませんでした。他の生徒達はもう、
> 席に着き、授業が始まるのを
> 真面目に待っているのに。
> 時間にして10分程度だったでしょうか。数人の生徒が遅れて教室に
> 入ってきました。
> 私はてっきり、担任が生徒達を
> 叱るだろうと思っていたら
> 何も言わないのです。
> 怒るどころかおもむろに
> 授業を始めたのです。
> 私が生徒の時代なら、遊び時間が終わり教室に戻るのが遅くなった生徒は
> 怒られていました。
> せめて何故遅くなったのか問いただすことはすべきです。
> そして、自分達のせいで待たされた生徒達に
> 謝らせるべきで、昔はそういう対応が普通にとられていました。
> 驚きを禁じえませんでした。
> 怒れない担任、それ故に真面目な生徒がバカを見る。仰るように
> その子達の「人権」は
> どうなるのでしょう。
> これじゃあ、真面目な者が
> 報われません。
> だから、授業を妨害したり
> 邪魔になるような生徒を
> 除外するのは悪くないと思います。
>
> ウチの子はその後
> 進学の時もとても指導の厳しい学校を自ら選んで行きました。
> そして「悪い生徒にはきちんと
> 叱ってくれる。この学校にして
> 良かった」と言っていました。

 なるほどやっぱりそういう担任がいるんですね。 荒れる学校が問題になった時に、子供の問題はいろいろ言われたのですが、教師の問題は殆ど出ませんでした。
 
 しかし子供なんか自分で善悪を判断をして自制できるわけじゃないですから、叱られなければ幾らでも増徴します。
 
 子供達が「厳しい先生が良い」と言う現実って、ホントに困ったものですね。
  1. 2014-06-14 19:24
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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特定の人間だけに配慮して、その結果、それ以外の人間が不自由を被るのであれば、配慮されている人間に有る権利は、人権ではなく、特権でしょうな。
  1. 2014-06-14 19:43
  2. URL
  3. 温泉猫 #-
  4. 編集

こんばんは。

尾木ママだったと思いますが、さっそく「有識者」が同制度を否定的に論じていました。

「そんなことをしても無駄、特別教室に送り込んでも問題生徒は不登校になるだけで解決にならない」といった主張でした。

だから何だと言いたくなりますが、人権派様の思考回路はどこか狂っていますよ。

問題生徒も、人権派なんぞの甘やかされて育ったらろくな大人になれず、不幸な人生を歩みそうで可愛そうですねぇ。

  1. 2014-06-14 23:03
  2. URL
  3. no-risu #-
  4. 編集

プライバシーがあるので詳しくは言えませんが、私の経験上、暴れる子供には精神障碍や発達障碍などの障碍を持っている持っている子供もいますよ。
その子供にとっても教室にいるのが苦痛なのです。「教室にいたくない」って言葉で言えないので暴れるのです。
別室で授業を受けさせるというのは正しい判断だと思います。
教育業界って障碍児の問題から目をそらしている気がします。無理に他の子供と同じことをさせようとする場合が多かったです。
  1. 2014-06-15 00:55
  2. URL
  3. ありにゃん #lySQvNZs
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 特定の人間だけに配慮して、その結果、それ以外の人間が不自由を被るのであれば、配慮されている人間に有る権利は、人権ではなく、特権でしょうな。

 そうなのです。 人権と言いながら特権になるのです。
 在日特権などその典型です。
  1. 2014-06-15 10:24
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: こんばんは。

> 尾木ママだったと思いますが、さっそく「有識者」が同制度を否定的に論じていました。
>
> 「そんなことをしても無駄、特別教室に送り込んでも問題生徒は不登校になるだけで解決にならない」といった主張でした。
>
> だから何だと言いたくなりますが、人権派様の思考回路はどこか狂っていますよ。
>
> 問題生徒も、人権派なんぞの甘やかされて育ったらろくな大人になれず、不幸な人生を歩みそうで可愛そうですねぇ。

 ヤッパリそうですか。

 この手の人権家は問題生徒の事だけを考えていて、その生徒に学習権を奪われるほかの数十人の生徒の事は綺麗に頭から消えているのです。

 日本の自称人権派とかリベラリストってみんなそうです。 このように皆の迷惑のなる人間の立場に立つことで、大変善良で寛容な人間を装うのですが、しかし迷惑を蒙る人の事は綺麗に無視するのです。
  1. 2014-06-15 10:29
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> プライバシーがあるので詳しくは言えませんが、私の経験上、暴れる子供には精神障碍や発達障碍などの障碍を持っている持っている子供もいますよ。
> その子供にとっても教室にいるのが苦痛なのです。「教室にいたくない」って言葉で言えないので暴れるのです。
> 別室で授業を受けさせるというのは正しい判断だと思います。
> 教育業界って障碍児の問題から目をそらしている気がします。無理に他の子供と同じことをさせようとする場合が多かったです。

 そうなのです。 実は本当の暴れる子だけでなく、所謂本当の落ちこぼれも学習障害など障碍を抱えている子も多いのです。

 だからちゃんと他の子とは分けて、障碍の有無等も専門家に見てもらって、そしてその障碍に対応した教育を受けられるようにするべきなのです。

 そうしないと一生ハンディキャップを背負い込む事になります。

 障碍を指摘されるのは嬉しないし、また障碍児を差別するなとか言う人もいると思います。

 でも例えば足の悪い子に他の子と同様に体育の授業を受けさせて、走るのが遅いのはお前が努力しないからなどとは言わないのです。

 障碍があるのに、他の子と同様の事ができなと、「努力が足りない」などと言われる事の方が余程苦痛なのです。
  1. 2014-06-15 10:38
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

>でも例えば足の悪い子に他の子と同様に体育の授業を受けさせて、走るのが遅いのはお前が努力しないからなどとは言わないのです。
車椅子生活の子が走ることができないのは当然ですし、耳の不自由な子が耳が聞こえる子と一緒に音楽の授業をできないのは当然です。

>障碍があるのに、他の子と同様の事ができなと、「努力が足りない」などと言われる事の方が余程苦痛なのです。
発達障碍の子には様々な特性があります。その一つとして「手先が不器用」って言うのがあります。手先な不器用という特性を持つ発達障害の子に工作や家庭科がうまくできなくても仕方ない話で、その子に「努力が足りない」っていうのは間違っています。
  1. 2014-06-15 15:01
  2. URL
  3. ありにゃん #lySQvNZs
  4. 編集

Re: タイトルなし

> >でも例えば足の悪い子に他の子と同様に体育の授業を受けさせて、走るのが遅いのはお前が努力しないからなどとは言わないのです。
> 車椅子生活の子が走ることができないのは当然ですし、耳の不自由な子が耳が聞こえる子と一緒に音楽の授業をできないのは当然です。
>
> >障碍があるのに、他の子と同様の事ができなと、「努力が足りない」などと言われる事の方が余程苦痛なのです。
> 発達障碍の子には様々な特性があります。その一つとして「手先が不器用」って言うのがあります。手先な不器用という特性を持つ発達障害の子に工作や家庭科がうまくできなくても仕方ない話で、その子に「努力が足りない」っていうのは間違っています。

 足が悪いなど一目でわかる障碍の場合は、周りも配慮するのですが、学習障害や高機能自閉症などの場合は、親もその障碍があることに気付いていない場合があります。

 だからそのような子に対応する為にも大阪府のようなやり方は有効だと思うのです。
  1. 2014-06-17 08:49
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> >でも例えば足の悪い子に他の子と同様に体育の授業を受けさせて、走るのが遅いのはお前が努力しないからなどとは言わないのです。
> 車椅子生活の子が走ることができないのは当然ですし、耳の不自由な子が耳が聞こえる子と一緒に音楽の授業をできないのは当然です。
>
> >障碍があるのに、他の子と同様の事ができなと、「努力が足りない」などと言われる事の方が余程苦痛なのです。
> 発達障碍の子には様々な特性があります。その一つとして「手先が不器用」って言うのがあります。手先な不器用という特性を持つ発達障害の子に工作や家庭科がうまくできなくても仕方ない話で、その子に「努力が足りない」っていうのは間違っています。

 誰にでも目に見える障碍だと問題はないのですが、高機能自閉症や学習障碍は普通ではわからないので、ちゃんとした対応が必要なのです。
  1. 2014-06-18 09:40
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

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