2013-10-02 19:43

記憶の欠片

 先週の土曜日、妹と二人で人に会いに行きました。

 

  

 

 その人は母の親友の息子さんで、仮に名前をTさんとしておきます。 Tさんは神戸にお住まいなのですが、昨年の9月から札幌に長期出張に来られたので、お会いする事ができました。

 

  

 

 ワタシの母は神戸で生まれ育ち、Tさんのお母様とは娘時代に洋裁学校で知り合い、それから生涯の親友になりました。

 やがてTさんのお母様が結婚され、それから母も結婚して大阪へ行きました。

 そしてそれぞれ子供を産み忙しい主婦になりましたが、友情は続きました。

 

  

 

 Tさんのお母様はそのままずうっと神戸で暮らされましたが、母は父の転勤について、名古屋へ移り、更に札幌へ移りました。

 しかし二人は無類に筆まめななので、遠く離れても頻繁に文通を続けました。

 

  

 

 そうやって文通を続けるうちに、やがてワタシ達兄弟もまたTさん達御兄弟も成人しました。

 ワタシの兄は北海道で大学を出て、兵庫県に就職しました。

 ワタシと妹は札幌で就職して両親と暮らしていました。

 

  

 

 そして父が65歳になり、会社を辞めて一年目に逝ってしまいました。 父との老後を信じていた母は大変辛かったと思います。

 それから母は毎年のように、神戸へ行って兄とTさんのお母様に会う事を何よりの楽しみにするようになりました。

 

  

 

 「〇〇さんに会うんや。」母はそう言って、神戸に出かけました。

 勿論文通は今まで以上に頻繁に続けていたのです。

 

  

 

 こうして父の死後、Tさんのお母様は母の心を支えて下さいました。

 お蔭で父の死後も幸福な日々を送る事ができました。

 

  

 

 こういう暮らしを13年間続けた後、母は父のところへ逝きました。

 母を亡くしたワタシ達姉妹を、Tさんのお母様は随分慰めてくださいました。 

 

  

 

 そしてそれから13年後の昨年、今度はTさんのお母様が亡くなられました。 それでお父様がお一人で残されました。

 そう言う状態で札幌への長期出張は、イロイロ大変だったようです。

 特に突然独り身になられたお父様を気遣って、毎日のように電話をしたり、月に2回は神戸を戻ってお父様の様子を見たり・・・・・。

 

  

 

 けれどもそう言う中で、ワタシ達姉妹に会おうと言って下さいました。

 結局Tさんが札幌にいらっしゃる間に、3回お会いしました。 そしてお互いに取り留めもない事を話ました。

 

  

 

 正直言って、ワタシはこの面会に戸惑っていました。 だって向こうは第一線で立派な仕事をされている男性です。

 暇人の老嬢が一体何を話たらいいのか?

 

  

 

 しかし3回とも、淡々と2時間余りの会話を楽しみました。

 思い出話?

 いいえ、思い出はないのです。

 ワタシも妹も大阪に居た頃は、何度か母に連れられてTさんのお母様のお宅へ行っているはずです。 また他でも何度かお会いしているはずです。

 けれど余りに幼い頃の事なので、殆ど記憶がないのです。 

 そしてそれはTさんも同様でした。

 

  

 

 ワタシも妹もTさんも、記憶の欠片を探しながら話を続けました。

 それでも話は続いたのです。

 ワタシは時々、思うのですが「人間は経験した事は全て記憶してる、しかしその記憶を取り出す事ができないだけだ」と・・・・・。

 

  

 

 ワタシ達は何とか見つかった記憶の欠片を元に、しかしそれぞれの心のどこかに必ずあるはずの全ての思い出の影をたどって話続けのだと思います。

 だから長い会話が続いたのです。

 

  

 

 30日、Tさんは札幌長期出張を終えて、神戸に戻られました。

 お父様とご家族はさぞお喜びだと思います。 

 ワタシも妹もTさんとこういう形で会えるとは全く思ってもいませんでした。 それがこのような稀有な形でお会いできたのは、本当に嬉しい事でした。

 この時の会話も、欠片を残して、後は全て記憶の底に沈むのだと思います。

 けれどそれはいつまでも残るでしょう。

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