今朝テレビを見ていたら京都教育大学生達の「性的暴行事件」で、マスゴミ関係者が大学側を責め立てていました。
「事件を公表しなかった」のがいけないとの事です。
実に奇怪な話です。
産経新聞関西版の報道によると、以下の日程です。
3月25日、事件発生
3月末 大学が問題の学生達を無期停学処分にする
3月下旬 「被害者」母親が警察に通報
4月 「被害者」が告訴
6月1日 警察が学生6人を逮捕
http://www.sankei-kansai.com/2009/06/01/20090601-010542.php
これによれば大学が事件を知ったのは、明らかに「被害者」が警察に通報や告訴をする前です。
大学には刑事事件の捜査権限も能力もありません。 できるのはせいぜい関係者の話を聞くぐらいです。 そして話は「被害者」と「犯人達」との間で大きく食い違います。
大学はいったいどうするべきなのでしょうか?
ただ話しを聞いただけで、一方を犯罪者、強姦魔として公表せよと言うのでしょうか?
大学に勝手にそんな決定をする権利はありません。
もし公表して学生達の名誉を破綻させた上で、冤罪だったらどうすれば良いのでしょうか?
そして現在でも学生達は逮捕されただけで、起訴さへされていません。 本当に彼らが犯罪者とされるのは、裁判が結審して有罪が確定してからです。
それまでは推定無罪とするのが、近代社会の人権感覚です。
にも関わらず、あたかも完全に有罪が確定したように、顔や名前まで公表して、さらには大学側にまで犯人扱いを要求する人々っていったい何なのでしょうか?
テレビでは日頃したり顔で「人権」を云々する連中が、まったく学生達への人権への配慮などなく、大学を批難して正義の味方気取りです。
この事件の場合は、告訴した時点で事件発生から時間が経っており、当事者達の証言以外には証拠もありそうにありません。 だから本当に裁判が結審しても、真実は確定できないでしょう。
にも関わらず、安易な報道をするマスコミとそれに乗る軽薄な人々には、怒りを覚えます。
今までも冤罪事件は多数起きて居ます。 特に痴漢やこの事件のように、証拠が無く被害者の証言だけで、犯罪者とされて名誉も職も失った人が多数いるのは想像に難くありません。
勿論警察の捜査ミスや検察庁、裁判所の誤りは許されるものではありません。
しかし冤罪被害者の名誉や人格を傷つけたのは、司法の誤りだけではありません。 裁判にもならない前から犯人扱いして、容疑者本人ばかりか、家族や職場の名誉まで傷つける報道姿勢の方が深刻な場合も少なくありません。
いったいいつになったら、このような悪質なマスコミは無くなるのでしょう? いったいいつになったら、マスコミは最低限の倫理観念を理解できるのでしょうか?