2013-11-03 17:08

ヘリオット先生航空兵になる イギリス人の愛国心

 ワタシの大好きな本に「ヘリオット先生奮戦記」と言うのがあります。 奮戦記と言っても戦記ではなく、イギリスの片田舎の獣医師ヘリオット先生が、仕事中に出会った動物達やその飼い主たちとの交流をユーモラスに綴った体験記です。

 この本は第二次大戦前後の古き良きイギリスの田舎を描いた事と、作者の人柄の魅力から英語圏では大変なベストセラーになりました。 それで、BBCがドラマ化しましたが、これもまた英米で大ヒットしました。

 それで日本でも翻訳出版されたのです。

 この本は沢山の動物が出てくることから、動物好きにとっては大変楽しいのですが、それだけでなくワタシはこの本で日本人にはなじみのないイギリスの農家の生活、農業システム(小作制度や富裕層の農業への感覚が日本と全然違う」などを知る事ができました。

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 しかし第二次大戦が勃発しイギリスが参戦すると、ヘリオット先生は航空兵に志願します。
 
 さて首尾よくイギリス空軍に入隊したヘリオット先生ですが、最初の数か月空軍兵士としても訓練待ちになります。 イギリス空軍はこのような新兵達を農村に送り、訓練が始まるまで援農をさせました。

 ヘリオット先生はこの時の体験も楽しく綴っています。
 
 援農と言っても、何しろプロの獣医師なのです。
 援農先の農家の家畜の出産を見事に介助して、そこの主人を驚かせます。

 そしてヘリオット先生はすっかり気を良くします。

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 そしてようやく航空兵としての訓練が始まっ手間もなく、妻の出産の知らせが入り、ヘリオット先生は特別休暇を得て妻と我が子に会いに行きます。

 しかし初めて父親になったヘリオット先生は我が子を見て大変なショックを受けます。

 「なんだこの皺だらけの化け物は!?」

 ヘリオット先生はこれまで獣医師として、何頭もの牛や馬や羊達の出産を見てきました。 そして何頭もの家畜の新生児を見てきました。
 それらの生まれたばかりの仔牛も仔馬も仔羊も、そどころか子豚だって、みんな目を瞠るほど可愛いのです。

 そ、それなのによりにもよって、我が子がこんな化け物だなんて・・・・・・。
 
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 ヘリオット先生に赤ちゃんを見せた助産婦や看護婦達は、ヘリオット先生の表情をいぶかり、それから先生の困惑と絶望の理由を知ると、呆れ果て、それから大笑いします。

 そして人間の赤ん坊は皆生まれた時は皺くちゃでも、暫くすれば愛らしくなるのだと、ヘリオット先生に教えてやります。

 先生はそれを聞いて少し少し安心して、我が子と妻を残してまた航空隊に戻ったのです。

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 ヘリオット先生が航空隊に志願した時、妻は最初の妊娠中でした。
 
 ヘリオット先生は獣医師として働き始めてから、仕事先の豪農の一人娘を熱烈な恋をして、首尾よく彼女と結婚したのです。
 その妻が新婚間もなく妊娠していたのです。

 しかし第二次大戦にイギリスが参戦すると、ヘリオット先生はこの妻を岳父に託して航空隊に志願したのです。

 「ヘリオット先生奮戦記」には最初の飛行の感動以外に航空隊での体験は一切書かれていません。

 そして兵役を終えて帰宅した時、皺だらけの化け物だった我が子が、大変可愛くなっていたのを喜ぶ記述があります。

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 ワタシがこの「ヘリオット先生奮戦記」を読んだのは随分前です。
 ワタシはその時、このヘリオット先生の航空隊志願の章も、他の章と同様に楽しい章としてサラリと読みました。
 
 他の章の患者の家畜達やその個性的な飼い主達の話、ヘリオット先生の雇用主ジークフリート・ファーノン先生とその弟のトリスタン・ファーノン(ワーグナーのオペラみたいな名前だけれど、二人とも純粋なイギリス人です。 二人の父親がワーグナー狂だったので我が子にそんな名前をつけたのです。)の起こすドタバタ騒動、などと同じ感覚でワタシは航空兵時代のエピソードも楽しんだのです。

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 しかしこれが大変な事であったと知ったのは10日余り前です。

学徒兵つながりで書きますが戦争の悲劇の代名詞とも言える特攻隊ですがその総数は4000名いません。(回天、大和の沖縄出撃を除く)米国でも学徒兵の多くを空軍で使います。
対独戦略爆撃を行った米空軍の戦死者は最低でも6万人強です。彼等は25回の出撃で国に帰れるとされてましたが一回の出撃の損害が半端じゃない、初期は平均で2割近かったといいます。計算してみるといい、2割の損害で25回、最初の何割が残りますか?もちろん後期には大いに改善されることになりますが彼等はその数字を知り出撃したのです。(因みに英空軍もほぼ同数の戦死者がでています
。こちらは回数制限無し)

 http://kkpowerful.exblog.jp/21320725/ 

 kazkさんのブログで英米の航空兵の大変な死亡率を知ってからです。

 新婚で妊娠中の妻を抱えて、一回の出撃で死亡率2割の航空兵に志願する・・・・・。

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 ウィキによればヘリオット先生は1916年生まれですから、第二次大戦中は徴兵的確年齢であったことは確かです。 
 また「ヘリオット先生奮戦記」を読んでいれば、先生が体格の良い健康な若者だったのもわかります。

 しかしイギリスの農業には獣医師は死活的に必要な人材なのです。 兵役猶予だって期待できたでしょう。
 
 それに体力に恵まれて居れば、陸軍などもう少し死亡率の低い部隊に志願する事もできます。

 けれどヘリオット先生は敢えて航空兵を志願して、その体験の一部を面白おかしく綴っているのです。

 先生の本に「愛国心」とかその他、国家への忠誠心や奉仕を語る言葉は一言も出て来ません。

 生まれたばかりの我が子と妻を残して、航空隊へ戻る下りでも、人間の赤ん坊は牛や馬の赤ん坊と違って醜い事を知らずに、助産婦たちに笑われた事を面白おかしく綴るだけです。

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 こうなるともう本当にイギリス人の愛国心には、感動せずにいられません。

 妊娠中の新婚の妻を残して、航空隊に志願するのは、先生にとっては当然の事であり、妻もまたその岳父もそれを当然と受け止めるから、健気に先生を見送ったのです。

 片田舎の獣医師として、牧歌的な生活に明け暮れ、新婚の妻と愛情に満ちた生活を楽しみながら、しかし一朝事あればためらわずに国の為に最も危険な任務に志願する人って凄すぎませんか?

 しかもその人は素晴らしいユーモアのセンスと、素朴で暖かい人柄の持ち主なのです。

 これがイギリス人の愛国心なのです。

 これなら彼等が7つの海を支配する大帝国を作ったのも当然ではありませんか?

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 オマケ

 先日無料映画で見た映画です。
 米軍のヨーロッパん戦線の爆撃隊の映画です。  

FLYING FORTRESS

 イタリア攻略作戦参戦した爆撃隊の隊員の生存率は10人中2人だったそうです。
 
 ワタシも戦後教育しか受けて居ないので、第二次大戦では日本軍だけが兵員に大変な犠牲を強いたと言うイメージがあったのですが、そうでもなかったようです。
  1. 古本
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  3. CM(6)

コメント

英国の愛国心

英国人という人種は婉曲な、或いは晦渋な表現が得意ということもあり、とりわけ他国人には本音を語りません。

日本の財務省から英国の財務省に派遣された人が彼らから本音に近い言葉を引き出した(?)のを聞いて、なるほど!と思つたことがありますので、ご紹介します。

彼らが幼い時から徹底的に躾られることが3つありまして。
(1)一人で歯を磨くこと
(2)何より国を大切に思うこと
(3)お前は労働者とは違う!

英国の中産階級のモラルに、江戸時代の貧乏御家人の規範に近い懐かしさを感じるのは私だけでしょうか。
  1. 2013-11-04 03:35
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  3. レッドバロン #-
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レッドバロンさんへ

 なるほどこれってつまり人の上に立つ人の心得なのですね。
 
 その意味では確かに日本の武士階級の生活規範と一致するのでしょう。
 とても興味深いです。
  1. 2013-11-04 11:26
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  3. よもぎねこ #-
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 第一次世界大戦でもイギリス貴族は大勢が志願して戦場での戦死率も高かったようですね。

 ワーテルローの勝利はイートン校の校庭から生まれた、という言葉もありましたし。
  1. 2013-11-05 10:57
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  3. ご隠居 #-
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こぼれ話ですが・・・

英空軍で一番きつかったのは対独爆撃機の乗員たちだったはずです。例えばアブロ・ランカスターという爆撃機がありますがこれは速度や上昇力が低性能なため夜間爆撃の専門となりましたが。これでおよそ4000機、他の4発重爆と合わせればおよそ6000機が欧州上空で撃墜されてます。1機について7人の戦死者としてもこれで4万人強です。戦闘機やその他の爆撃機の戦死者等でおよそ6万です。

英空軍というとバトル・オブ・ブリテンノピメージがやたらに強くドイツ空軍いやられていたというイメージですが戦死者の主体はドイツ爆撃作戦の連中です。
因みにランカスターは搭乗員が7人、パイロットは1人です。これは4発機としては異例でして、理由は戦死率が高いからパイロットを2人も乗せられないというものです(公式にはもちろん違いますが)。これで危険極まりない夜間戦闘に繰り出したのです。どうも戦闘機の搭乗員は適性がきついですからエリートのようでしたが爆撃機のそれは使い捨てと完全に割り切っていたようです。
その彼らがハングルクの爆撃のなことをやり大変な成果をあげています。因みに英軍の4発重爆は1936年位開発が始まってます。これこそは侵略戦争にしか使えない道具なんですが、英国人はその時点で決意してたということです。

英空軍の戦闘機スピットファイアは1936年初飛行ですが、これが英軍の主力戦闘機になるのは1941年,ぎりぎりで間に合ったというものです。因みにこちらは航続距離が短く、欧州本土に基地がなければ侵攻には使えないというものです。ですから多くの場合英空軍の重爆隊員たちは戦闘機の護衛なく出撃するというはめに陥ってます。素晴らしい精神です。

英国人にとってもさすがにこれは辛い記憶なんでしょうね。B17は現在可動機が多数あり映画等でも使用されることが多いですが,ランカスターはほんの数機しか残ってないはずです。

B17はその爆撃機の性能を信じ白昼堂々と乗り込み爆撃を行いました。それは悲惨でしたがやけくそな明るさがありました。国力を信じ最後はドイツ上空まで護衛戦闘機をつけて正々堂々戦う、というももでした。爆撃目標も軍事施設などの精密爆撃を目指したものであり、ある意味正々堂々たるものでした。

これに対して英空軍はそれが出来ず夜間に、しかも最初から都市無差別爆撃を敢行してます。

何を言うつもりもありませんが、英国人というのはこういう人たちだということを言いたいだけです。
  1. 2013-11-05 11:41
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  3. kazk #-
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ご隠居さんへ

 韓国人は英語が得意と言いながら、こういう英米系の価値観が全く理解できないようだし、そもそもそう言う物に全く関心がないようですね。
  1. 2013-11-05 17:58
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  3. よもぎねこ #-
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kazkさんへ

>ですから多くの場合英空軍の重爆隊員たちは戦闘機の護衛なく出撃するというはめに陥ってます。素晴らしい精神です。

 何ともまた大変な精神ですね。

 日本の爆撃機も初戦の頃は戦闘機の護衛は付けていたと思いますが・・・・。

>英国人というのはこういう人たちだということを言いたいだけです

 良くも悪くも国の為には何だってやる覚悟がある人達ですね。
 そして国の為なら「悪魔にだってなってやる!!」と言うのがエリートの務めと信じているようだし・・・・。
 
  1. 2013-11-05 18:10
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  3. よもぎねこ #-
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