これ毎日新聞に出ていた作家、辺見庸の意見です。
辺見庸は「首相の特攻顔が怖い」のだそうです。
コロナ感染防止のための自粛や自粛警察に関して、毎日新聞始め自称リベラルは極めて否定的です。
彼等には国民がコロナ感染を防止する為に自主的に行動すること、自発的に努力することが「薄気味が悪い」のです。
現在世界をパンデミックに陥れているコロナウィルスの感染防止は、ペストやコレラのような単純な隔離政策での対応は不可能です。
しかしマスクや手洗いなど国民一人一人が日常生活で実行可能な感染防止策で、極めて有効的に防止することができます。
伝染病の感染防止のような事を国民一人一人が、自主的に取り組むというのは、正に成熟した市民社会ならではのことです。
成熟した市民社会というのは、市民一人一人が好き勝手を行う社会ではありません。
成熟した市民社会というのは、市民一人一人が社会に対する責任を持ち、自主的にその責任を全うする社会なのです。
市民一人一人が社会に対して責任を持った行動をするので、国家が強権を発動しなくても、社会秩序が守れるし、自然災害やパンデミックにも対応できるのです。
勿論、社会に責任をもって行動するというのは楽しことではありません。
飲食店の店主などは、この責任感故に自ら営業を自粛せざるを得なくなりました。
これはこの人達にとっては、経済的にも精神的にも大変辛く苦しい事でした。
しかしそれでも自らの経済的利益よりも、社会的責任を優先するのが、本来の「市民」なのです。
日本の場合は、圧倒的多数の国民が、自分個人の自由や経済的利益よりも、感染拡大防止への社会的な責任感を優先したのです。
圧倒的多数の国民の内面で「コロナ感染で人を死なせてはならない」という善意が利己心に勝ったのです。
こういう社会だったので、日本政府は国家として強権を発動しなくても、コロナウィルスによる死者を世界的に最低レベルに抑え込む事ができたのです。
これは実は日本が非常に成熟した市民社会だという事です。
ところが自称リベラルの認識は違うのです。
自称リベラルによると、伝染病の感染拡大防止のように純然たる医学的問題で、しかも国民個人個人の命に係わる問題であっても、国民が政府の推奨した感染防止策に自発的に従うのは「不気味」なのです。
挙句の果てに菅首相の顔が「特攻顔」に見えるというのです。
イヤイヤ、話逆でしょう?
伝染病の感染防止策に国民が自発的に協力しないと、国民がバタバタ死ぬを防ぐ為には、政府は強権を発動して都市封鎖をしたり、マスクの着用を強制しなくちゃならないでしょう?
実際、国民の自発的協力を期待できない国々は、皆これをやっているのです。
しかし国民一人一人が納得して、自分の意思で行動するのと、国家権力で強制されるのとでは、有効性のレベルが違うので、強権発動をしている国々はそれでも感染爆発が防げないんでしょう?
辺見庸は現在女性の自殺が増えている事にかこつけて、日本人の多くが自主的に感染防止に努めている事が、その原因であるような印象操作をしています。
けれども自殺の原因がコロナによる経済困窮であるというなら、これは欧米諸国の方が遥かに深刻です。
欧米での自殺が現在どうなっているのかはわかりませんが、家庭内暴力始めコロナによる都市封鎖から深刻な精神問題が起きている事は、既に指摘されています。
長期の都市封鎖のような国家による強権的な対応の方が、日本の「自粛」より影響が少ないと考える方がオカシイのです。
こういう記事を見ていて本当に愚かしいと思うのですが、日本の自称リベラルって、全く民主主義や市民社会という物を理解していないのです。
コイツラ、民主主義だったり市民社会だったりすると、何でも自分が好き勝手な事をして、反権力をわめいていればよいと信じているのです。
そして自分達の気にいらない事があると、直ぐ「ヒトラー」とか「特攻」とか第二次大戦の話を持ち出すのです。
もう中学生並みでしょう?
国家や社会って利害や考えの違う膨大な人間の集合体です。
それが秩序を保ち、その上防疫まで行う為には、まずは国民一人一人が、自分の責任を自覚して自重することが必要なんじゃないですか?
そして防疫のように国家全体で対応しなければならない問題には、国家のリーダーに従う、それも自主的に従う事が重要でしょう?
国家のリーダーというのは、その為にあるわけで、民主主義国家ではそれを国民自身の手で選んだのですから。
自分が選んだリーダーのいう事なら、自分から聞くのが当然でしょう?
それなのにコロナ感染防止のような問題について、国民が自発的に政府に従うのを「不気味」って何ですか?
つまり自分が決めた事を自分で守る人間が「不気味」だという事ですか?
それってもタダの駄々っ子でしょう?
でも日本の自称リベラルってマジにこのレベルなんですよね。
本当に愚かしい人達です。
こういう人たちは、民主主義国家というのを「いつでもどこでも自分のやりたい放題できる社会」だと信じているのです。
しかし民主主義というのは、全ての人が同一の権利を持って話し合い、最後には多数決で物事を決める制度です。
一方、人は全て一人一人、意見も利害も違いますから、そうやって決まった事で、全部自分の思い通りになるなんてことはあり得ないのです。
でも皆で話し合って決まった事は、ちゃんと守らなければならないのです。
それが民主主義です。
これは中学三年の公民でちゃんと習います。
しかし毎日新聞や辺見庸など自称リベラリストはそれがどうしても理解できません。
そこで自分の気に入らない事があると「ヒトラーだ」「特攻だ」とわめき続けるのです。
結局、彼等は利己心を理性で抑制できないのでしょう。
だから自分の利己心を満足させる分には、民主主義とか市民社会とかを持ち出すのですが、しかしその民主主義で自分の気いらない政権ができたり、自分の守りたくない決まりができたりすると、「ヒトラーだ」「特攻だ」とわめくのです。
本当に幼稚で恥ずかしい話です。