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2019-03-30 13:43

Mr.シンプソンの絶望 三角関数雑感

 前回学校と学校教育についてエントリーしたら、随分沢山のコメントをいただきました。

 それで直接関係があるかどうかはともかく、ワタシの愛読書ホーンブロワーシリーズを思い出したのです。

 これはナポレオン戦争時代のイギリス海軍軍人ホーンブロワーを主人公とした、海洋冒険小説です。 
 このシリーズは主人公ホーンブロワーが17歳で海軍士官候補生として、入隊するところから始まります。

 ホーンブロワーが海軍に入隊したのは、イギリスがナポレオンのフランスに対して大陸封鎖作戦を開始した頃ですから、19世紀の初頭です。

 この頃はイギリスでもまだ海軍兵学校と言う物はなく、士官になるには12歳前後から士官候補生として軍艦に乗船し士官の仕事を補助しながら、士官の仕事を覚えていき、そして一定の勤務経験を積むと、士官任官試験の受験資格が与えられます。
 そしてその試験に合格して初めて士官になれるのです。

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 因みに士官候補生は正規の士官ではなく、士官よりは下の階級ですが、しかし所謂下士官よりは上になります。

 例えば船の兵士の中の最高職務であるボースン(水夫長)は、操船には非常に重要な職務で、下士官の中でも最高の階級で、しかも最も有能で経験豊富な人が選ばれるのですが、しかし士官候補生の命令には従わなければなりません。

 士官候補生は艦内では、Mr.をつけて呼ばれます。

 正規の士官なら階級と姓で呼ばれるし、艦長始め艦内で役職に就けば、その役職と姓で呼ばれます。
 
 そして兵士は姓の呼び捨てですから、その兵士よりは上、しかし正規の階級も役職もないので、Mr.なのです。

 それにしてもこんなにも幼い頃から、人に命令して、自分自身と部下の生命にかかわるような仕事をやらされるというのは、大変厳しい話です。
 しかしこれが当時の軍隊の階級制と言う物なのです。

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 ともあれ彼等はこのような立場で士官に従って、その仕事を補助しながら、操船や砲術、兵士の扱い方を覚えていき、士官任官試験合格を目指すのです。
 
 つまり文字通り徹底した実地教育です。

 しかし士官の仕事で実地教育だけでは不可能な物が一つあります。
 それが航海術です。

 当時の航海術をマスターするには、三角関数始め少なくとも現在日本の高校数Ⅱ程度の数学の基礎知識が必要です。
 
 そこで艦長や航海士などが、勤務の暇を見て講義をしてくれます。
 
 しかし前記のように士官候補生と言うのは普通12歳前後で乗船するわけです。
 
 士官候補生と言うは、普通は中産階級程度の家庭の出身です。 
 例えばネルソン提督の父親は牧師だし、ホーンブロワーの父親は薬剤師です。

 そして艦長は自分の艦に乗せる士官候補生は、完全に自分の裁量で選べるのです。
 そこで普通、親がコネを使って艦長に我が子の採用を頼み込むのです。

 だから一定の教育を受ける事ができる環境で生まれた子が、本人と親の意思で士官候補生になるのです。

 でも12歳前後では、小学校算数以上は無理でしょう?
 イヤ、この時代は理系教育の体制は整っていないし、国民の関心も至って低いのです。

 だからラテン語に堪能で「ガリア戦記」を愛読していても、九九を知らないので掛け算はお手上げなんて人は普通にいました。
 勿論、分数や少数に至ってはその概念さへなかったでしょう。

 これでは高校数Ⅱどころか、小学校でも低学年のレベルです。

 こう言う教育環境で12歳前後まで育った子供が、その後正規の学校教育を受けないで航海術を学ばなくてはならないのです。

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 それで前記のように艦長や航海士が、暇を見て講義をしてくれるのですが、しかし士官候補生は年齢も勤続年数も様々なのです。 だから知識レベルも全然違うのですが、それに合わせて個別指導なんてしてくれるわけでありません。

 しかも一旦航海に出れば、参考書を買うとか、家庭教師を探すなんて不可能なのです。
 また勉強部屋など落ち着いて勉強する場所もありません。

 士官候補生はガンルームと呼ばれる、大砲のある部屋の一隅に、全員一緒に寝起きします。 そして交代制で夜昼なく、ワッチなどの勤務があります。
 凡そ落ち着いて勉強できる環境ではないのです。

 これで航海や戦闘の合間に、小学校3~4年レベルから最低でも高校数Ⅱぐらいまでの数学を理解して、それを応用した航海術を学ばなければならないのですから大変です。

 しかもこの時代はまだクロノメーター、つまり長期航海の間中正確に動き続けるような高性能の時計はありませんでした。
 その為太陽の南中時間から経度を出す事ができないのです。

 それで船の位置の測定には、現在より遥かに高度で複雑な計算法が必要でした。
 しかしそれでもどうしても出る誤差を予想して、それを修正するというこれまた大変な作業が必要だったのです。

 だからこの時代の航海術に要求される数学のレベルは、現代のそれより遥かに高度な物でした。

 ワタシは三流の工科大学の化学科卒で、趣味で数検1級を取ったので、数学は結構好きだし得意な方だとは思います。
 でもワタシはこの時代のイギリス海軍の士官候補生になっても、この状況で航海術をマスターする自信はありません。

 それでも航海術ができなければ、海軍士官の仕事はできません。
 だから士官候補生の内で、実際に士官任官試験に合格して、士官に任官できるのは、1~2割程度だったと言います。

 勿論、士官任官試験の受験資格を得る前に戦死や事故死や病死する場合も多いのですが。

 しかし何とか生き延びて士官任官試験を受け続けても、合格できないまま30過ぎ、40過ぎ、初老になる人も多かったのです。

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 ホーンブロワーシリーズの第一巻は、主人公ホーンブロワーが士官候補生として乗船するところから始まります。
 しかし彼は実は元々数学が好きで、乗船する前にかなり勉強していました。 それに17歳でしたから数Ⅱレベルなら十分クリアしていたのでしょう。

 それで彼は乗船直後から艦長の航海術の講義は、楽々と理解し、最初の講義でいきなり他の誰も解けない難問を一発で解いてしまいます。

 しかしそれを妬み憎悪したのが、先任候補生のMr.シンプソンでした。
 彼は既に30過ぎで、この艦の士官候補生の中では一番年かさでした。
 彼は度胸もあり、戦闘では勇敢で有能でした。 その上狡知にたけた凄みのある男で、しかもなかなかのイケメンだったのです。

 しかし如何せん数学は苦手だったのか、未だに艦長の航海術の講義には全くついていけないのです。
 だからいつまでたっても士官になれないのです。

 そこでホーンブロワーへの嫉妬と憎悪に燃えて、ありとあらゆる嫌がらせを行います。

 軍隊では同じ階級の場合は任官した順で上下関係になりますから、ホーンブロワーはひたすらこれに耐えるしかないのです。

 しかしそこは冒険小説の主人公ですから、それでもフランス軍相手の戦闘では手柄を立てて、洋々たる未来へと進んでいくのです。

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 でもね・・・・・ワタシはこのMr.シンプソンに心から同情しちゃうんですよね。

 彼自身も彼の両親も、息子を海軍士官候補生にしたときに、数学で苦労する事になるなんて全く想定外だったのでしょうね。 
 だってそもそも入隊するまで、数学の知識が必要になるなんて事さへ、考えてもいなかったのでしょう。

 前記のようにこの時代、上流階級でも理科系の教育はお粗末です。 そして教育を受けないという事は、そもそもその学問に才能があるかないかも、また何の為にそういう学問が必要かもわからないのです。
 
 だからこういう悲惨な事になってしまうのです。

 Mr.シンプソンは随分と陰険なやり方でホーンブロワーを虐めるのだけれど、でも彼の境遇とそういう境遇を産んだ原因を考えると、性格が歪んでしまう事にも同情せざるを得ないのです。

 一方この小説の作者であるセシル・スコット・フォレスターが主人公ホーンブロワーを17歳と言う当時の士官候補生としては例外的な年長で入隊させ、しかも数学が得意と言うキャラクターに設定したのは、自分の描くヒーローに数学なんかで苦労させたくなかったからでしょう。

 

 イギリスのこの種の小説はホントに面白いですね。
 
 冒険その物も面白いのですが、イギリス人には海軍マニア、歴史マニアが山のようにいます。
 それで単なる娯楽小説でも当時の海軍の状況や、当時の軍艦の構造や操船まで事細かに検証して、そういうマニアの鑑賞に堪えるように描かれているのです。

 だから歴史を学ぶ上でも最高の教材になります。
 そしてそれ故にこそ、元学習塾講師としては、Mr.シンプソンの絶望感も痛切に感じられるのです。

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2019-03-28 12:13

学校雑感 小学校は工場?

 夕べ「小学校教諭「炎上覚悟で言います…学校の本質は工場です」と言う記事を見ました。
 小学校の教諭がツィートで、そういっているのです。

 それで自分の学校時代、また学習塾の講師だった頃を思い出しました。
 
 文科省の姿勢からも明らかですが、工場かどうかは別として、公立の小中学校と言うのは、基本的には子供が日本で生きていくことを前提に、それに必要な知識を教える所です。
 
 個性を伸ばすとか、コミュニケーション能力を養うなどと言う事は、目的にしていません。

 理想としては生徒全員が、教科書に書かれている事を完全に理解する事です。

 現実には全ての生徒が教科書レベルの事を完璧に理解できているとは到底言えないのですが、しかしそれでも日本の学校教育は、全体としては大変成功していると言うべきでしょう。

 だって成人力、つまり成人として必要な文章読解力や計算能力が、ダントツの世界一なのですから。

 マジかよ?? 日本人読解力、数的思考力世界一!!

 ワタシはできの悪い子ばかりの学習塾の講師をしてので、底辺高に行く子や、その高校にさへ行けない子のレベルを大勢見ましたから「日本の25~34歳の中卒者は、スペインやイタリアの同年代の大卒者よりもはるかに高い読解力を持っていることが分かった」なんて記事を読んだ時は、肝が潰れそうでした。

 大卒であれより酷いって‥‥大丈夫か?

 ともあれこういう結果から見ると、日本の学校は「工場」としは非常に優秀だというしかありません。

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 但し前記のように個性を伸ばすとか、コミュニケーション能力を伸ばすとかについては、全く目的外ですから、それについては他国と比べてどうなのかは、全くわかりません。

 しかしワタシはそれで良いと思っています。
 ワタシは学校が子供の個性やコミュニケーション能力などと言う、個人の人格に関わるような事にまで介入するべきじゃないと思うのです。

 ワタシはネトウヨですから、国家は大切だと思うし、国防始め国家がやるべきことは、断固やるべきだと思っています。

 しかし日本は民主主義国家であって、全体主義国家ではないのです。
 だから国家の国民の人格への介入は、必要最小限にとどめるべきだと思うのです。

 学校がを生徒一人一人に配慮して、個性やコミュニケーション能力を伸ばすというのは、一見非常に優しく親切です。 
 でもそれはつまり学校が生徒の人格に深く介入してくると言う事です。
 そして公立学校と言うのは、つまりは国家権力が運営している機関で、国家権力その物なのです。
 しかも富裕層を除く一般国民は、教育は公立学校に頼るしかないのです。

 ワタシはこの手の意見を見ていつも不思議に思うのですが、日本では国家に否定的で反権力を標榜する人に限って、実は国家への依頼心が非常に強い事です。
 国家に否定的であるなら、国家にきめ細かな福祉や教育などは期待するべきではありません。

 国家が何かをしてくれるというのは、つまりは国家がその何かを通じて個人の生活に介入する事なのですから。
 しかもその為の経費は、結局国民が税金として支払わされることになるのです。

 国家権力を否定して、反権力を標榜するなら、アメリカの極右のようにひたすら小さな政府での自由主義を社会を求めるべきなのです。
 逆に国家が国民の全てに介入し、支配するのが共産主義社会です。

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脱線してすみませんでした。
本題に戻ります。

この記事で「学校は工場」とツィートしている人は、教師一人が教壇で話をして、40人の生徒がそれを聞くという現在の小学校の授業を教師中心主義として、忌み嫌っているようです。

 でもこの方式だと、生徒はとりあえず授業中は大人しく座っていれば良いわけで、本当にイヤな授業でも、イヤな教師でも、それ以上関わる必要はありません。
 
 実はワタシは今でもそうだけれど、人と付き合ったりするの苦手だし、全体的に完全に規格外の人間なので、学校時代はこれで随分助かりました。
 
 ワタシは家庭教師のバイトも結構やったけれど、でも自分が生徒の立場になる事を想像すると、ゾッとしたのです。 
 ああやって自分が問題を解いている所を、後ろから逐一見られるって、凄く嫌なのです。

 勿論、授業で聞いただけではわからない事もありました。
 でもそれは自分で何とかするしかないと思っていました。

 自分では何ともならなければ?
 そりゃ放っておきます。

 そもそも子供の側にだって、自分には全くわかららず、全く興味も持てない事ぐらいは、学ぶのを拒否する権利ぐらいあるでしょう?

 自分も散々行使してきたからわかりますが、今の日本の学校の授業方式って、こういう権利を行使するには、結構都合がよいんですよね。

 それに人に聞かないと学べない。
 人とのコミュニケーションがなければ学べない。
 と言うんじゃ、本を読んで独学なんて絶対にできません。

 元来、人間は本当に必要な事や、自分が知りたい事は、結局自分で学ぶしかないので、子供の時から何かを学ぶ為にひたすら学校を宛にするようになったら、後からとても困るのです。

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 一方、人と人とのコミュニケーションを通じて、実社会での体験を通じて人を教育するのが、実は昔の職人や商人の教育でした。

 学校教育が一般化する前は、一般庶民の子供達は物心つく頃には、職人や商人のところに、弟子入りしたり、丁稚奉公したりして、それから成人するまで、兄弟子や主人から、技術だけではなく、職人や商人としての、作法や生活習慣、生活技術まできっちりと仕込まれました。

 ワタシの母方の祖父は小学校を卒業してすぐの12歳で、神戸の麦稈真田を扱う貿易商のところに丁稚奉公しました。 
 その丁稚奉公の間に貿易商としての仕事だけでなく、生活技術もきっちり仕込まれていたので、掃除一つとっても祖母より遥かに上手かったと、母は言っていました。
 店の掃除は丁稚の仕事なので、その時に店内を隅々まで完璧に掃除できるように仕込まれたのです。

 猪子文六の「大番」などを読むと、戦前は証券業界でさへ、小学校卒の丁稚上がりが仕切っていた事がわかります。
 そしてこれは日本だけではありません。 欧米もそうでした。

 しかしこういう教育では、読み書き算盤のような事は手に負えないので、江戸時代から丁稚奉公には寺子屋でそれを習い終えている事が必要条件になっていました。

 そして産業が近代化するにつれて、こうした教育では教えきれない事がどんどん増えて、高学歴化が進んでいったのです。

 そもそも学校ってコミュニケーションや現実の生活では教えきれない事を教える為にできたのです。
 
 店の掃除や客あしらいなら、実地で学べますが、金融工学は実地じゃ学べないでしょう?

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 ホントに学校で学んだ事は、一体何の役に立つのでしょうか?

 この記事の教諭は

 学校での知識というのは 学校以外で使われることが極端に少ない 学校での学びは生活に活きにくい

 と、ツィートしています。
 そういえば最近、橋下徹が三角関数を「死んだ知識」と言ってましたよね?

 でもこの人達の言う「学校以外」の社会って一体どういう世界なのでしょうか?

 どんな分野であれエンジニアであれば、高校数Ⅲレベルの数学は絶対に必要な基礎知識です。
 高校数Ⅲの数学が理解できないと、エンジニアとしての専門教育課程が理解できないからです。

 そして反原発トンデモ裁判官なんぞを見ると、法曹界で働く人間は絶対に数Ⅲを勉強すべきだと思うのです。
 そうでないと原発の安全性など技術関係の、裁判はお手上げでしょう?

 被告企業の技術者は何とか素人の裁判官でもわかるように、安全性の証明必死で説明する書類を書いているのです。
 それでも安全性を数値で説明するとなると、高校レベル以下では無理でしょう?

 お前、商売なら高校の教科書引っ張り出して復習しろよ!!
 国民はその為に税金から高給を払ってるんだぞ!!

 それを「わからないから読まない」なんていうのは、完全に被告人の人権を侵害しています。

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 高橋洋一は、高校化学、高校の数学で、理解できる事を完全に無視して、訳の分からない事を言う、訳の分からない政策をとる高学歴者を「ド文系馬鹿!!」と罵っていますが、ワタシはこの点、高橋洋一を完全に支持します。

 幾ら文系でも東大始め一流大学なら、理系科目にも入試で高得点を取らなければなりません。
 だから高校時代に学んだ事を生かす意思があるなら、「ド文系馬鹿!」などと罵られるような事はないはずです。

 学校で学んだことが役に立たのではないのです。 
 学校で学んだことを役に立てる意思を持たない事が問題なのです。

 でもそういう人がやたらに多いのは、この教諭のように、そもそも学校以外の社会に出た事もないのに「学校で学んだことはテストを解く事にしか役立たない」と信じ込んでいる教師が多いからではないでしょうか?

 そういう姿勢で教えられたら、生徒は不幸です。
 自分が生徒達に教えている事の価値を理解できないのでは、そりゃ学校の価値を理解できるわけもないのです。

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 因みにワタシは学校時代は勉強は総じてダメ子でした。
 特に小学校時代の成績は常に中の下と下の上の間を行き来していました。
 そして必死に努力した結果が三流工科大卒ですからね。

 それにワタシは友達付き合いが苦手で、集団行動が凄く嫌いで、嫌いな事はトコトンやりたくないタイプでした。
 だからアスペを疑われるタイプの子でした。
 イヤ、ホントにアスペかもしれません。

 それでも登校拒否も起こさず無事に学校生活を終えられたのは、「教師中心主義」の授業で、教師が生徒個人に介入する事が少ない教育法だったからと思っています。

 そして全体として学校で学んだ事は、殆どの物が非常に役に立っています。
 お金にはなりませんけどね。

 例えばこのブログで憲法について色々書いているけど、この知識は中学公民で習った事が基本ですからね。
 だって憲法なんて、一般人は学校で教えられず、テストで暗記を強制されなければ、興味を持つわけもなければ、まして条文なんか覚えるわけもないのです。

 まして子供が自発的に憲法の条文なんか覚えますか?
 
 でも憲法は現実の社会にとって、やっぱり重要だし、そして主な条文ぐらいはうろ覚えでも覚えていなければ、憲法に関する議論はできません。
 ワタシは大体うろ覚えなので、ブログに書く時には検索して正確な条文をコピペするのだけれど、うろ覚えがないと検索もできないのです。

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 そして世の人が一番無意味な暗記だという歴史の年表も、実は覚えたお陰で随分助かっています。
 だってワタシは歴史の本を読むのが大好きなのですが、でも歴史年表をある程度覚えているから、大体どのぐらい前の話であるか? 同じ時代の日本はどうだったか? などが直ぐにわかるんですよね。

 ついでに地理もすごく役に立っています。

 年代と地理がわからないと歴史小説や歴史の本で、詳しい話を色々知っても、世界と日本全体の中での時間と空間の位置づけはできないので、ファンタジー小説と同じになってしまうのです。

 でも歴史年表なんてモノは、記憶力の良い子供時代に、無理矢理教え込まれたから覚えているのであって、大人になってから覚えるのは無理じゃないかと思うのです。

 ワタシは元来記憶力が悪く、特に細かい事を正確に覚えるというのがダメなので、この手の暗記物のテストではホントに泣きました。
 でも今にして思えば、あのお陰で大好きな塩野さんの本を読んでいて「織田信長はチェーザレ・ボルジアの生まれ変わりでは?」などと考えて楽しめるのは、歴史年表を暗記したお陰なのです。

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 ワタシは中学になっても成績は悪かったのですが、特にダメなのが英語でした。
 ホントに英語の授業がなければ、もっとずっと明るい学生時代を過ごせたと思えるぐらい嫌いでした。

 とにかくスペリングが覚えられないんです。
 今もブログで時々間違ったスペリングを書いて、コメントで教えてもらってこっそり訂正したりする有様です。
 
 でも考えたらそれでも学校で英語を教えられたお陰でフリッカーなど海外のサイトも何とか使えるし、簡単な物なら英語のyou tube動画も見る事ができます。
 これこそホントに学校に感謝するべきでしょうね。

 だって好きな物は、自分から学ぶ事もあったでしょうが、嫌いな物は、人から強制されない限り絶対学ばないでしょう?
 英語のスペリングなんかテストで脅されない限り金輪際覚えなかったでしょう。

 でも好きな物しかやらないでいると、世界がどんどん狭くなってしまうのです。

 そして子供が将来、どんな仕事をしたいか? どういう事に適性があるか?知るためにも、好きな物、嫌いな物関係なく、社会に出て必要な基本知識を強制的に学習させるしかないのです。

 そうしないとホントに何が得意で何が不得意かさへわかりません。
 また他の人達が、どんな知識を持ち、どのような仕事をしているかもわかりません。

 だからワタシは日本の学校のシステムは、色々問題はあるにせよ、基本的には良い物だと思っています。
 しかも世界的には大変成功していると思っています。

 だからこそ教師達には、自分自身が教えている事の価値をちゃんと理解してほしいです。
 少なくとも子供の前で、「この知識はテスト以外では役に立たない」などと言ってほしくないです。

 ワタシだったこんな教師がいたらホントに登校拒否しちゃったかも?

  1. 個人的体験から
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2019-03-26 19:16

なぜ死に追い込まれるか? 西洋の自死

  日本年金機構の事務所長が、ツィッターで差別発言をしたとして、更迭されるそうです。

 年金事務所長、ツイッターでヘイト発言し更迭
 毎日新聞2019年3月25日 11時16分(最終更新 3月25日 11時53分)
 日本年金機構世田谷年金事務所(東京都世田谷区)所長の男性がツイッターで、韓国の人たちを念頭に「これ以上来日することは、治安の悪化に直結する」などと差別をあおる書き込み(ツイート)を繰り返し、インターネット上で問題化した。所長は一連のツイートは不適切だったとして削除したが、同機構は25日付で所長を人事部付に異動させた。同機構は事実関係を確認した上で、厳正に対処する方針だ。 同機構などによると、所長は実名や身分を伏せてツイッターを利用。韓国人について「属国根性のひきょうな民族。断交、無視が一番」「反日教育を受けているんだから、そもそも(日本へ)くる必要ない」などとツイートしていた。
 過去のツイートやネット上の情報から素性が発覚し、所長は問題のツイートを削除した。所長は24日に同機構に報告し、「個人的な発言により傷ついた皆様におわびいたします。二度と行わないことをお約束申し上げます」とツイッター上で謝罪した。
 同機構広報室は「詳細を聞き取った上で厳正に対処する」としている。【大久保昂】

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 ワタシはツィッターは「差別発言」でアカウントを停止されたので、今はやっていません。
 それでこの所長のツィートとそれに対する反応は、直接見る事はできません。

 しかしこの記事を読む限り、これはこの所長の完全に個人的なツィートで職務には一切関係がありません。

 裁判官なら職務上、中立性を厳正に要求されますから、匿名でも過激派団体の冊子に寄稿したりすれば大問題でしょう。
 
 昭和の日を「無責任の日」と批判 判事、過激派参加団体で活動も

 また反原発活動家のトンデモ裁判官なんか絶対に許されません。

 しかし日本年金機構の職員には、そんな制限はないはずです。 それどころか日本年金機構の職員組合は、昔から特定政党を支援しており、組合の代表がその政党の比例代表として参議院議員になったりしています。

 日本年金機構は一体どんな権限で、どういう法に基づいて、この所長を更迭したのでしょうか?
 これは純然たる言論弾圧ではありませんか?

 しかし日本年金機構はこんな事をしてしまうのです。

 なぜでしょうか?

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 しかしこれを見ていると、なぜヨーロッパ諸国がイスラム移民の流入を止められず、自死としか言いようのない状況になったかわかってきます。

 この所長のツィート

 韓国の人たちを念頭に「これ以上来日することは、治安の悪化に直結する」
たちを念頭に「これ以上来日することは、治安の悪化に直結する」
 これは差別でも何でもありません。
 事実です。

 在日韓国人(特別永住許可を所持する)の犯罪率の高さは、在日外国人の中でも常に最高レベルでした。
 そして一般刑事犯だけではなく、北朝鮮の破壊活動に組織的に関わってきました。

 また来日外国人の中で、不法滞在者や不法就労者の数は最高です。
 不法売春や暴力スリ、更には強姦目的で来日した韓国人もいます。

 だから一般国民が韓国人来日増加による治安の悪化を懸念するのは当然なのです。

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 でも、特定の国民を治安悪化に結び付けるって差別では?

 いいえ、全然差別ではありません。

 国家が外国人の出入国を管理する時に、外国人を出身国単位で区別するのは普通の政策です。

 どんな国でも外国人の出入国について、出身国によってビザの取得その他、必要な入国手続きを変えているのです。

 現在日本政府は韓国人の短期滞在には、ビザを要求していません。 だからパスポートさへあれば日本に入国できます。

 しかしベトナム人やタイ人や中国人は、来日する前に、現地の日本大使館にビザを申請して、そのビザを持たなければ日本に入国できません。

 勿論ベトナム人にもタイ人にも中国人も、良い人もいれば悪い人もいるし、不法滞在や不法就労をする意思など全くない人の方が遥かに多いのです。

 しかしそれでもこうした国々からの人達の中には、不法就労目的で来日する人の割合が多いので、日本政府はこういう国々の人達にはビザを要求するのです。

 現在日本人は世界中の国の殆どにノービザで行けるのですが、これは日本人が過去、不法就労や不法滞在をする事が非常に少なく、犯罪を犯す事は非常例外的だったからです。
 
 つまり政府が国ごとの国民の資質を考えた上で、入国を制限するというのは、自国の治安を守る為に、どんな国でも普通に行っている政策なのです。

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 そして民主主義国家なら当然ですが、国家の政策を決定する権利は、国民にあるのです。
 
 つまり外国人の出入国や在留に関して、国民が意見を言うのは当然なのです。

 そしてこの年金機構の事務所長は、この外国人の出入国管理について、国民として当然の意見を言ったまでです。

 しかしそれで職を追われるのでは、ワタシ達国民は政府の政策に意見を言えなくなってしまいます。
 これではもう民主主義ではありません。

 にも拘らず現在の日本では既に「差別」と言う問題にすり替えると、こうした言論弾圧と人権侵害ができてしまうのです。

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 そこで移民受け入れ拡大を図る勢力や、破壊活動を行う勢力は、外国人に批判的な意見や不都合な意見をすべて「ヘイト」として封殺するのです。

 その場合にまずイジーターゲットを選んで集中攻撃します。

 例えば年金事務所と言うのは、元々街中にあって、一般の年金加入者等が年金の受給申請その他の相談に行くところです。
 そういうところですから、反差別を看板にする集団が押しかけると、事務所の業務ができなくなります。

 実際、彼等はこんな事をしているのです。

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 https://hosyusokuhou.jp/archives/48846389.html

 こんなの完全に器物破損で威力業務妨害です。

 また、こんなツィートで事実無根の個人攻撃をしている連中もいます。

 出来るなら懲戒免職してほしい。職権で得た情報をネットに垂れ流した上、根拠不明のデマに憎悪スピーチは社会人としても年金管理者としてもふさわしくない。

 毎日新聞の記事にさへこの所長が、個人情報をネットに垂れ流したなどとは書いていません。
 
 そもそも年金機構が持っている個人情報って、年金の掛け金と支払金に関する物だけです。
 だから幾ら韓国人の犯罪率が高くても、年金記録から韓国人の犯罪に関わる個人情報なんか得られるわけもないのです。

 こうした事実無根の個人攻撃こそ、人権侵害その物です。

 しかしこの暴力集団の背後には、国会議員までついているのですから、日本年金機構としては警察に届けてこの暴力集団を逮捕させるよち、所長を更迭する事を選ぶのでしょう。

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 しかしヨーロッパではこういう事がもっと熾烈に行われているのです。
 つまり移民、特に悪質で犯罪性の高い移民に対して批判的な発言は全て封殺されているのです。

 そもそも「差別」が問題になるような集団は、殆どの場合、実際に犯罪発生率が非常に高いなどから悪評が定着したから差別されるようになったのです。

 だからその集団について事実を話せば、悪口や批判が出るのは当然なのです。

 ところが反レイシズムがポリティカルコレクトネスとして定着すると、そうした事実について発言する事が全て「レイシズム」と言う事にされて、完全に言論を封殺される事になります。

 そして凶悪で悪評が高い集団であればある程、そういう集団は「差別されている」度合いが高いという事になり、そうした集団への批判が難しくなると言う事になります。

 逆に国民性や民族性を問題にする発言をしても、その民族に元々悪評もなく、経済的に社会的にも成功しているような民族なら「差別されていない」民族と言う事になりますから、悪意に満ちた誹謗中傷もやりたい放題になります。

 つまり言論空間での善悪が、完全に現実の反対になり、人間の思考が狂ってしまうのです。

 そこで自称フェミニスト達は、自国の男性には「女性は数学が苦手」と言う発言でも憤激し、日本の女性差別は大問題にするのに、イスラム教徒による強姦事件の多発には沈黙するという恐るべき状況になるのです。

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 実際、イギリス労働党のシャドーキャビネットの女性と平等担当大臣であるNaz Shah氏は、「ロザラムや他の場所で(性奴隷となった)虐待された少女たちは、立派な多様性のために口を閉ざす必要がある」とツィートしているのです。

 イギリスのロザラムでは数千人の白人の少女達が、パキスタン移民のギャングによって、強姦されたり売春を強要されたり、人身売買されるという被害に遭いました。

 最年少の少女は11歳で、彼女の「所有者」となったイスラム移民は彼女に自分の頭文字Mの焼き鏝を入れたのです。
 文字通り彼女達は「性奴隷」にされたのです。

 そしてこの凶悪犯罪の根源がイスラム教の女性蔑視と、異教徒への敵意にあった事は間違いありません。
 しかしそれ故にこそ、この犯罪を問題にすることが「レイシズム」とされるのです。

 因みにこのNaz Shah氏は現在、メイ内閣での過激派対策アドバイザーになっています。
 そしてこれではイスラム教徒による強姦事件を警察がマトモに捜査するはずもないのです。

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 言論空間がこのような状況になってしまえば、民主主義がマトモに機能しません。
 
 子供の人権も、女性の人権も、反差別の建前には勝てないのです。

 しかし反差別の名のもとに、少女を強姦する集団を問題視する事もできないようなら、そもそも国家が国家である意味がないではありませんか?

 この少女達の祖父や曽祖父達は、第二次大戦、第一大戦でイギリスを守るために戦ったのです。 それは自分達の子孫をこのような凌辱から守る為だったはずでしょう?

 けれども「反差別」「反レイシズム」がポリティカルコレクトネスとして定着してしまえば、危険な男たちから罪もない少女達を守る為の当然の警告を発する事さへも許されなくなってしまうのです。

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 ワタシは民主主義を信奉する人間ですから、法の下の平等は絶対に守るべきだと思います。
 
 しかし民主主義であれば、思想・宗教・信条の自由や言論の自由も同様に絶対に守るべきなのです。

 そして個人が他人や他の集団を嫌い、差別し、批判したりするのは、精神の自由、言論の自由の範疇であって、法の下の平等とは全く関係ありません。

 なぜなら個人は「法」ではありませんから、法の下の平等の保障は個人の下の平等を保障する理由にはなりません。
 なるほど他人に悪口を言われたり批判されれば傷つきますが、しかし自分が傷つかない為に、他人の口を塞ぐ権利などと言う物があるのでしょうか?

 個人が他人を平等に扱わなければならないなら、朝鮮学校の教える主体思想は、日本人を差別する思想だから弾圧するべきです。
 またコーランに「多神教徒は見つけ次第殺せ」と明記して、信者にその聖典に従う事を要求するような宗教はヘイト宗教して厳禁するべきなのです。

 けれどもそれを「差別される人カワイソウ」と言うセンチメンタリズムから、差別禁止を法の下の平等から逸脱させて、個人の言論弾圧へと持ち込んだ連中がいるのです。

 そしてそれがより凶悪でより暴力的な集団へに対する批判や警告を封殺し、遂には強姦被害者となった少女達にまで沈黙を強いるという恐ろしい人権侵害を産んでいるのです。

 ワタシはこれがヨーロッパを死に追い込んでいる理由だと思うのです。
 そして日本も用心しなければ、殺されるてしまうと思うのです。
 
  1. 移民
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2019-03-24 14:05

カンボジアのタクシー強盗殺人と憲法改正

 カンボジアのタクシー強盗殺人の犯人二人が元自衛隊員だったのには驚きました。
 しかし20万人を超える隊員がいるのですから、こういう人間がいるのも仕方ありません。

 実は人数比を取れば、NHKや新聞記者など報道関係者や教師などの方が、遥かに犯罪発生率は高いのですから。
 因みに教師は驚く程性犯罪の発生率が高いのです。

 けれどもこういう事がある度に、一時的にせよ自衛隊のイメージは悪化するでしょう?

 そしてそれを考えると憲法改正の困難さがわかります。

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 安倍内閣が憲法改正をできるかどうかはわかりません。
 ワタシ自身は憲法改正をするべきだと思いっていますが、しかし安倍内閣でこれに踏み切ってよいかどうかはわかりません。

 なぜならワタシは憲法改正に最大の問題は、国民投票だと思っているからです。
 
第九十六条
この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。

 現在、国会ではギリギリではありますが、自公両党が衆参両院の3分の2を獲得しています。
 だから発議だけは何とかできるでしょう。

 しかしどの世論調査を見ても、賛成は精々50%強です。

 勿論憲法96条によれば国民投票で過半数を取れば憲法改正は可能です。

 でも元々賛成支持が50%ぎりぎりでは、もし何か自衛隊や改憲派のイメージを損なうような事件が起きたら、簡単に50%を割る可能性があります。

 だってどう考えてもこの50%強の賛成派が、全て志操堅固な絶対改憲派であるはずもないのです。
 
 だから賛成派の一部は、自衛隊や改憲推進をする与党のイメージが良ければ改憲賛成、でもどちらかのイメージが悪くなるような事件が起きたら、「やっぱり改憲反対!!」と、状況によって改憲への姿勢が変わる人々でしょう。

 そして元々賛成派が50%強しかいないのですからですから、全体の一割弱が反対に回れば、憲法改正は国民投票で否決されてしまいます。

 こうして憲法改正が失敗に終われば安倍内閣は退陣せざるを得ないでしょう?

 そして戦後最強ともいえる安倍内閣でも憲法改正でつぶれたとなると、これがトラウマとなって、自民党もこの後、何十年も憲法改正に手を付けられなく可能性があります。
 それどころか国防に関する政策の全てに消極的になるでしょう。
 
 中国が覇権主義を強め、しかも韓国までが国防費を増やし続けて日本への敵意を明確にしている状況で、これはホントに恐ろしい事です。

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 一方、護憲派が改憲を阻止しようとすれば、やるべき事は簡単です。

 国民投票の前に自衛隊が不祥事を起こしたら、徹底的に騒ぎ立てて自衛隊のイメージを落とせばよいのです。

 でも不祥事がなければ?

 捏造すればよいのです。
 そしてモリカケや伊東詩織氏のノリで、騒げばよいのです。

 伊東詩織氏のような美女が、できたら自衛隊幹部、ダメなら若い新入隊員でも何でもよいから誘惑して性交渉をした挙句、「強姦された~~!!」と騒ぐなんて言うのはどうでしょうか?

 自称被害者が美人でテレビ写りが良く、しかも視聴者の劣情を掻き立てるような話まで、テレビで微細に証言してくれるとなると、全てのワイドショーが一週間程は、これ一色になります。
 
 そしてそれに乗せられて、自衛隊への評価を変える人だって少数は出るのです。
 
 或いはモリカケのノリで、自衛隊幹部と防衛産業側の贈賄事件の「疑惑」を報道するのはどうでしょうか?

 モリカケレベルで話を作るのですから、証拠も何もいりません。
 自衛隊幹部と防衛産業側の企業の幹部が、高校時代から同級生で親友だとかいうレベルで十分なのです。

 いずれにせよ必要なのは国民投票の投票日まで、自衛隊のイメージを下げれば良いだけですから、話は簡単なのです。

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 投票日の後から、強姦が狂言だとわかっても、幾ら探しても贈賄の証拠が見つからなくても無問題です。

 どんなに単純な犯罪でも、被害届が出てから、起訴・不起訴が決まるまでには、相当の日数がかかりますから、一週間やそこらは騒ぎ続ける事ができます。

 そして不起訴になっても全然構いません。

 伊東詩織氏をみればわかりますよね。
 この人がやっている事は完全な誣告座なのですが、しかしそんなことはお構いなしに、彼女は今も強姦被害者を名乗り、彼女の応援団共々、被疑者とされた男性への人権侵害を続けているのです。
 それをBBCまで応援している始末です。

 そしてモリカケを見ればわかるように、幾ら証拠がなくても、「怪しむ」ことや「疑う」ことは自由なので、それで処罰される事はありません。

 だからこういう事をしてくれるボランティアには事欠かないでしょう?
 こうして国民投票が近づいたら、自衛隊員による「強姦事件」が続出するかもしれません。

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 こうした妨害工作をされても、国民投票で確実に賛成が過半数を超えるのは、最初から改正賛成派が7割、或いは8割を超えている場合だけでしょう?

 だからワタシは思うのです。

 それなら世論がそこまで熟するまで、国会での発議は避けた方がよいのでは?と。

 憲法改正をしたからと言って、それで直ぐに自衛隊が軍隊として機能できるようになるわけではないのです。
 現在の自衛隊は憲法以前のところで、実戦上様々な問題を抱えています。

 例えば、自衛隊の弾薬のストックが非常に少なく、ホントに戦争になれば、半日でなくなるとさえ言われています。
 また飛行場が格納庫が、民間空港と同様の全く無防備状態なので、ミサイルを撃ち込まれたら、速攻で使えなくなるととも言われています。
 普通の国は軍の格納庫は爆撃に備えて、要塞化されているのです。
 更に自衛隊の衛生兵は、医師法に縛られて、注射や止血など、本来衛生兵が戦場で行うべき救急救命処置が、殆どできない状態です。 これではイザ戦争になれば死ななくてよい人を大量に死なせる事になってしまいます。

 ワタシが知っているだけでもこういう問題がゴロゴロあるのです。 
 そしてこれらの問題は憲法を改正しても、直ぐに解決されるわけもないのです。

 だったら今憲法改正を急いで、将来の改憲の可能性まで潰すより、地道に自衛隊関連の法や制度を、実戦可能な物に改正を続けて、装備を整え、隊員を訓練して、いわば裏から自衛隊の国軍化を整えていくべきではないでしょうか?

 そして本当に誰の目にも危機的な状況になれば、国民投票で否決される事もないでしょうから、その時に憲法を改正すればよいのではないでしょうか?
 
 理想を言えば憲法が改正されたその時には、既に自衛隊は完全に国防軍としての内実を整えている事です。

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 憲法改正をどうするかについては、様々な意見があると思います。
 そしてワタシは憲法は、改正するべきだと思います。

 しかし上記のような理由から、もし国会が憲法改正の発議に踏み切った以上は、国民投票での失敗は絶対に許されないのです。
 しかも失敗に追い込むのは至って簡単という状況です。

 だから憲法改正を急ぐべきだとは思いませんし、安倍政権が敢えて憲法改正に踏み切らなくても文句を言う気もありません。
 むしろ慎重な対応を支持します。

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 哀しい事ですが、個人でも国政でもやりたい事、やるべき事と、できる事は必ずしも一致しません。

 そしてできる事だって直ぐに簡単にできるわけではないのです。
 
 だからやりたい事ややるべき事をやるためには、現実にできる事を地道に積み重ねて、できる事をやるべき事ややりたい事に近づけていくしかないのです。

 しかし世の中にはそうやって地道にできる事からやって行こうとする人に対して、「やるべき事をやっていないから、許せない!!」と言って、その人を引きずり降ろして、何もできないようにようにしようとする人がいます。

 ワタシはそういう人は実はホントは、何もする気はないのだと思いますよ。
 何もする気がないから他人に文句ばかり言うのです。
 実はこういう人達は、文句を言う事だけが目的なのです。

 或いは、他国の工作員でしょうね。

 だからそういう連中の言う事は全部無視してよいのです。

 最後にカンボジアのタクシー運転手殺害については、現地の日本人会で被害者遺族を支援する運動が広がっているのだそうです。
 日本人としては救いです。
 
残忍犯行に心痛め“支援の輪” カンボジア200人以上が寄付


  1. 戦後民主主義
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2019-03-22 15:52

人間と労働力 西欧の自死

 「西洋の自死」はヨーロッパの移民問題を描いた本です。
 この本で、著者のダグラス・マレーはヨーロッパに大量に入り込んだイスラム移民により、近い将来ヨーロッパのアイデンティーが消滅すると警告しています。

 ワタシも現在のヨーロッパを見ていると、後半世紀もすればヨーロッパはイスラム化して、我々日本人が称賛するクラッシク音楽やルネサンスやバロックの美術品も全部破壊されて消滅するのではないかと心配です。

 それでワタシはこの本を通して移民問題について考えた事を、幾つかエントリーしていこうと思うのですが、今回はこの本で著者が触れなかった事について書いていきたいと思います。
 
 それはなぜ労働力として受け入れたはずの人々が、移民に変わったのかと言う問題です。

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 実はこれはドイツの問題ですが、ドイツは1970年代ぐらいまでイタリア人を中心に南欧からの労働者を受け入れていました。
 
 ドイツは日本が高度経済成長に入る前から、経済的に成功して、高賃金で高福祉で労働力不足の国になっていました。
 それで1950年代から早くも外国人を労働者を受け入れています。

 その中には韓国人、そして何と日本人何とまでも含まれました。

 当時のドイツの炭鉱は炭鉱夫が不足していたので、「研修生」と言う名目で日本人の炭鉱夫を招いたのです。
 因みにこの「研修生」と言うのは、現在日本の外国人研修生同様、名目は研修でも、実質的には低賃金労働者の獲得を意図した制度だったようです。

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 当時のドイツに比べて日本は遥かに遅れた国で、福祉も賃金水準も比べ物になりませんでした。
 
 ドイツの炭鉱での日本人研修生の評価は非常に高く、そのままドイツに残るように要請される事も多かったそうです。
 因みにこの「研修生」と言うのは、現在日本の外国人研修生同様、名目は研修でも、実質的には低賃金労働者の獲得を意図した制度だったようです。

 ところが日本人の研修生の殆どは、ホントに真面目にドイツの採炭技術を研修し、そして研修期間が終わるとさっさと帰ってしまいました。
 ドイツ人の奥さんを連れて帰ったヤツまでいます。

 そしてその後間もなく日本は高度経済成長軌道に乗り、賃金水準も上がったので、日本人がこの種の「研修生」として招かれる事もなくなりました。

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 一方イタリアからの出稼ぎは続きました。
 1960~70年代、ドイツの工場等でイタリア人の労働者が働いている話は、日本でも普通に知られていました。
 ワタシはこのころから塩野七生さんのファンだったので、彼女のエッセイ等でもこの種の話をよく読みました。

 塩野さんの御夫君はシチリアの貴族の家系のようですが、その実家の小作人などの話を読んでいると、当時の南イタリアの低所得層の男性は、ミラノなど北イタリアの工業地帯か、ドイツに出稼ぎ行く事が、常識になっているようでした。

 現在でもイタリアからドイツやオーストリアなどのドイツ語圏への出稼ぎは普通に行われているようです。

 だから2002年にワタシがヨーロッパ旅行中、ウィーンの教会でモーツアルトの「戴冠ミサ曲」を聞いた時は、司祭の説教がドイツ語とイタリア語の両方で行われていました。

 イタリアなど南欧諸国は、リーマンショック後も現在も破滅的高失業率が続いているので、現在だってドイツ語圏に出稼ぎ行くイタリア人は多いでしょう。

 しかしここまで読んで気づかれたでしょうか?
 イタリア人はドイツ語圏に出稼ぎに行くのであって、移民はしないのです。

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 外国への出稼ぎと言うと凄く大変そうです。
 でもドイツとイタリアって近いのです。
 ドイツもイタリアの結構広いので地域にもよりますが、全体から言って北海道から首都圏や、近畿地方に出稼ぎに行くのと、そう変わらない感覚です。

 1970年代には日本でも東北や北海道から首都圏や近畿地方に出稼ぎに行く人が多数いました。
 イタリア人もその感覚でドイツで働いていたのです。

 出稼ぎだから家族は帯同しないし、稼いだお金は家族に仕送りし、老後は勿論イタリアで暮らす心算で貯金するのです。

 今現在、西欧諸国や日本の移民に関する議論では、労働者は受け入れるけれど、家族の帯同を認めず移民は受け入れないという事は、非常に非人道的であるという論調で語られています。
 しかしこれ本当でしょうか?

 だったら首都圏や近畿地方が、北海道や東北から出稼ぎを受け入れていたのは非人道的だったのですか?

 違うでしょう?
 出稼ぎする側には、家族ぐるみ東京や大阪に移住するより、家族は北海道に置いて出稼ぎをする方が、利益になったので、出稼ぎを続けただけなのです。

 だって家族を連れて移住したら、家族全員の暮らせる家の賃貸料だけで大変な額になって、何の為に出稼ぎにきたのかわからないじゃないですか?

 一方雇用者側もそれを見込んで、出稼ぎ者用の宿舎から賄いまで用意して、彼等が単身で働きやすいような体制を作ってやるのです。

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 ドイツに出稼ぎをしていたイタリアの労働者も同じでした。
 当時はまだユーロと言う通貨はなく、ドイツではマルク、イタリアではリラが使われていました。
 そしてドイツマルクは世界最強、イタリアリラはヨーロッパ最弱の通貨でした。

 だからイタリア人がドイツに出稼ぎに行くと、賃金格差+通貨価値の格差で、非常なメリットがあったのです。
 そこでドイツで稼げば家族に十分な生活費を仕送りをして、その上イタリアで家を建てるとか、十二分な老後資金を貯金する事が可能だったのです。

 現在でもイタリア人に限らず単身で外国で働く人達には、同様のメリットを享楽している人が多数いますよね?

 例えばフィリンピン人のメイドなんか典型でしょう?

 メイドなど言葉の不自由な外国人でもできるような労働では、幾ら先進国でも最低生活をするのがやっとです。
 特の女性ができるような軽労働では、単身なら何とか生活できても、家族を養う事など絶対不可能と言うレベルです。

 しかし高賃金で強い通貨を持つ国で、住み込みのメイドとして働けば、稼ぎは殆ど本国の親族に仕送りできて、何人もの子供を大学に進学させるとか、家を建てるとか言う事が普通にできてしまいます。
 
 だから労働者の側にしても、出稼ぎの方が移民より遥かに有利なのです。

 そしてフィリンピンの場合は、国民の出稼ぎが国家の基幹産業になっているので、国を挙げて国民が外国で出稼ぎしやすいような体制を作っているのです。
 
 嘗てのイタリアもそうでした。
 イタリアも外貨不足に苦しみ続けていたので、出稼ぎ者のドイツから送金はなくてはならない外貨収入だったのです。

 こうした出稼ぎ者のメリットを考えると「労働力の移入だけを考えるのは非人道的」と言う発想は、オカシイでしょう?
 そもそもドイツはイタリア人を強制連行したわけじゃし、フィリンピン人メイドだって同じです。 

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 高賃金で強い通貨を持つ国は、低賃金で弱い通貨の国から労働力を獲得する。
 低賃金で通貨の弱い国の労働者は、高賃金で強い通貨を持つ国で働き、強い通貨で高賃金を受け取る。
 
 この関係が続けば、幾ら外国人の労働者を受け入れても、少なくも国家のアイデンティティに関わるような事態にはならないでしょう?
 勿論、労働者を受け入れる事が、福祉予算を圧迫するなどと言う事態も起きないはずです。
 
 だって幾ら低賃金でも、労働者として来るからには、健康で職のある人間である事が前提ですから、福祉の厄介になる心配はないのです。
 
 ところがドイツでその状況が変わったのは、80年代になってトルコ人の労働者を受け入れてからです。
 
 なぜかトルコ人は家族を呼び寄せ、そのままドイツに居ついて、帰国しなくなったのです。
 そして子供をドンドン生んで、子供手当などの福祉予算をドンドン食いつぶすようになったのです。
 一方イスラム教をはじめ、トルコ人のアイデンティティには強く執着して、ドイツ文化には馴染まないのです。

 食習慣その他の生活習慣を変えないなどは、全く無問題です。 
 そして宗教を変えない事だって、それだけなら問題にはなりません。

 しかしトルコ人の場合は、イスラム法やイスラムの教理が、ドイツの法に優先すると考えており、トルコ人のコミュニティがドイツ国内で国中国になっていったのです。
 しかも高い出生率により、その国中国がドンドン拡大しているのです。
   
 そしてトルコのエルドアン首相は、欧州在住のトルコ人達に対して「欧州に留まれ、しかし欧州人にはなるな。」「欧州がトルコ人の同化を強いる事は人道に対する罪だ。」などと、トルコ人による欧州の人口侵略を煽動するような事を繰り返し公言しているのです。

 これではドイツ側が危機感を持つのは当然でしょう?

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 そりゃイスラム教の女性隔離や女性蔑視をそのまま持ち込めば、男女同権のドイツ社会に馴染めるわけもないでしょう? 
 そもそもドイツはイスラム教の国じゃないのですから、イスラム教徒に都合の良い社会であるはずもないのです。

 それなのに彼等は態々家族を呼び寄せて、ドイツに住み着いたのです。

 そして住み着けば自動的に貧困層になって、社会への不満を募らせます。

 だって最初から学歴も技能もなく、ドイツ語さへも満足にできない単純労働者としてきたのですから、いくら頑張って働いてもドイツの低所得層になるのは必定です。
 それなのに家族を呼び寄せて、子供をドンドン作るのだから、生活が苦しくならないはずもないのです。

 ドイツ人だって共稼ぎで、子供は一人か二人しか作らないのに、父親の稼ぎだけで、子供を5人も6人抱えている家庭が貧困化するのは当然でしょう?

 別にドイツ人がトルコ人を嫌っているから、差別しているからトルコ人が貧困化したのではないのです。
 トルコ人のライフスタイルを守ってればドイツでは豊かになれないのに、彼等がそれを拒否するから貧困化しているだけなのです。

 こうして膨らむ福祉予算と、にも拘らずドイツ社会に不満と敵意を募らせるトルコ人を、ドイツ連邦銀行理事が見れば、ドイツの財政と社会の未来を憂いて「ドイツが消える」と言うのも当然でしょう?

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 勿論ドイツだってそれまで何度も、トルコ人を帰国させようと努力はしたのです。
 
 トルコ人に帰国奨励金を出すとか、人権国家としてできる限りの事はしたのです。
 しかしこうした努力は全部無駄になりました。

 現在確実なのは、トルコ人は一旦ドイツに入ったら絶対に帰らない、そして絶対に自分達のアイデンティティは捨てず、ドイツの価値観や理念を受け入れる事は断固拒否するという事です。
 
 しかもドイツが重視する人権に関しては、自分達の人権だけは徹底的に主張するのです。

 ドイツが最初にトルコ人労働者を入れた時は、こういう事態は全く想定していなかったのではないかと思います。

 それまでドイツが受け入れていたイタリア人など南欧人は、仕事が終わるとあっさりと帰ったのですから。
 だからトルコ人だってドイツマルクを稼ぐだけ稼いだら、帰国するだろうと考えるのは当然でしょう?

 因みにイタリアもトルコも、実はドイツからの距離はそうも違わないのです。

 現在トルコードイツ間の飛行機のチケットは、日本円で5000円程度の物がいくらでもあります。
 これは千歳ー羽田の格安チケットと同じぐらいです。

 そしてトルコリラなんてユーロに比べれば、至って弱い通貨です。

 だからトルコの物価はドイツに比べると遥かに安く、それでトルコはドイツ人お気に入りの休暇旅行先です。 

 だったらトルコ人がドイツに出稼ぎしても、時々帰国して家族に会い、しかもユーロをしっかり貯め込んで、子供を大学に行かせる、故郷に豪邸を建てるなどと言う事も十分可能なのです。

 普通に考えたら、家族ぐるみドイツで貧困層になって、福祉の厄介になるより余程良いんじゃないかと思うのですが?

 ところがトルコ人はドイツに居座ってドイツ人と文化摩擦を起こしながら、ドイツの福祉予算を食いつぶす方を選ぶのです。
 
 ワタシはどうしてトルコ人がこのような選択をするのか、大変不思議なのです。
 トルコ人とイタリア人は何が違うのか?

 そして更に不思議なのは、トルコ人受け入れで失敗したにもかかわらず、ドイツがその後もイスラム圏からの「難民」や移民の受け入れを辞めないられない事です。

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 移民問題には、民族の性質に関わる深い闇が潜んでいるようです。 

 トルコ人移民の問題が深刻化して、ドイツ人は嘆きました。

 「我々は労働力を受け入れた心算だったが、やってきたのは人間であり家族だった。」と。

 でもイタリア人は労働力で終わったんですよね?
 だから安心してトルコ人も受け入れたんでしょう?

 何でイタリア人は労働力で終わり、トルコ人は家族になるのでしょうか?
 フィリピン人なら女一人で外国人の家に住み込んで働く事もためらわないのに、なんでトルコ人の男は家族をゾロゾロ連れてくるのでしょうか?
 
 これは民族性を考えないと答えが出ないと思うのですが、しかし今のドイツでこの答を探すと「人種差別主義者」「ナチ」と言われちゃうでしょうね。
 
  1. 移民
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2019-03-21 14:20

預言者への迫害 西欧の自死

 先日「西洋の自死」を読みました。
 これはヨーロッパの移民問題を描いた本ですが、ここで著者ダグラス・マレーは、現状の西ヨーロッパ諸国の移民対応を「自死」とまで表現しているのです。

 そしてワタシも実際にその通りだと思います。
 この本の中に描かれている事の8割ぐらいは、実はワタシもネットを通じて知っていた話です。

 そしてワタシ自身も、ネットを通じてヨーロッパの状況を見ながら、ヨーロッパの未来を本気で心配していました。

 こんな事を続けていて、ヨーロッパはいつまで今の文化を守れるのだろうか?
 後半世紀もしたら、バッハやモーツアルトのミサ曲やオラトリオは日本でしか聞けなくなるのでは?
 ヨーロッパの教会や美術館を埋め尽くす美術品は、いつまで無事でいられるのだろうか?
 
 そしてそれ以上に、現在アメリカやヨーロッパそして日本が、国家存立の規範としている制度、つまり民主主義と、それを支える価値観や倫理規範が、ヨーロッパから消滅するのではないか?と恐れています。

 こうした価値観や倫理規範は、元来ヨーロッパで生まれた物ですが、そのヨーロッパでこの価値観や倫理規範が失われるのであれば、もはやこれが世界秩序を統括する価値観ではなくなります。
 そうなると国際社会の在り方も激変するでしょう?

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 当然だけれど、ヨーロッパ人にもこのような危機感を持っている人は多いのです。
 この本の著者ダグラス・マレーもその一人だし、ヨーロッパでは同種の本が既に何冊も出版されており、しかもそれが皆結構なベストセラーになっています。

 一番早いのは1973年に近未来小説の形式で描かれた「聖徒たちの陣営」です。
 作者ジャン・ラスパイユは当時人気のトラベルライターで小説家だったのですが、或る日、リビエラの自分の別荘から海岸を見ていて、ある種の予感を感じてそれを近未来小説の形で描きました。

 それはこの海岸に黒い肌をした大量の貧民を満載したボートが押し寄せて上陸するところから始まる物語です。
 物語の中では、その後貧民の襲来はとめどがなくなります。
 フランスの官憲は何とかこれを止めようとするのですが、しかし芸術家や富裕層など人道的な立場を好む人達は、それに反対して、結局フランス政府にはなすすべもないまま、フランスは黒い肌をした貧民に席捲されてしまうのです。

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 この2015年以降の難民危機を描いたような小説は、直ぐにベストセラーになったのですが、しかし一方で「リベラリズム」を標榜するメディアや言論人から大変な非難を浴びました。
 そして作者共々「人種差別主義者」「ナチ」などのレッテルを貼られて、書店から消えてしまうのです。

 この小説を掲載するのは国民戦線など、反移民を標榜する政党や団体のパンフレットぐらいになってしまいました。(因みに当時はまだインターネットはありません)
 
 しかし現実の世界では「聖徒たちの陣営」が出版された半世紀後、本当にリビエラに黒い肌をした貧民を満載した船が現れました。
 そして貧民達はラスパイユが作中で描いた地点から50m程離れた場所から、フランスの上陸したのです。
 フランスの官憲はラスパイユが作中で描いた通り、こうした貧民達の上陸を一切阻止できませんでした。

 以降、これまたラスパイユの小説通り、地中海沿岸には続々と黒い肌の貧民を満載した船が押し寄せています。
 
 ラスパイユの小説「聖徒たちの陣営」が、現実と違っていたのは、この小説の中でラスパイユが描いた襲来する貧民の数が、現在現実に襲来している「難民」よりかなり少なめだったという事です。

 因みに70年代にこうした小説が出るという事は、その前から既に多数の移民がヨーロッパに入っていたという事です。

 実際、フランスでは、50~60年代から既に移民を受け入れていました。 
 そして70年代にはこのラスパイユのように、移民への不安を感じる人達が出ていたという事なのです。

 さらに言うとこのころから既に、こうした世論に応えてフランス大統領始め、多くの政治家が「移民受け入れを制限する」「不法移民を強制送還する」などと言っていました。
 しかし現実にはこうした話は全く、選挙向けのリップサービスに終わり、移民はその後も激増していくのです。

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 ところで移民の受け入れが、「西洋の自死」となるのは、短期間に余りに大量の移民が押し寄せている事です。

 どんなに裕福な国でも、無限の雇用や福祉予算があるわけではないので、大量の人間が押し寄せればそれだけで社会は混乱するのです。
 そしてその数が国家の受け入れ能力の限界を超えれば、国家全体が危機に陥るでしょう。

 しかしヨーロッパの大量移民には、更に厄介な問題があります。
 地理的な位置と歴史的な理由から、ヨーロッパに押し寄せる移民の圧倒的多数が、中東や北アフリカ出身のイスラム教徒なのです。
 そしてそのイスラム教は近年急速に原理主義化、狂信化しているのです。

 イスラムの狂信化により、エジプトのコプト教会など、イスラム社会で過去1000年以上も無事に共存してきた非イスラムの人達が、テロや暴行の危険にさらされる状態になっているのです。

 ラスパイユが「聖徒たちの陣営」を出版した時には、まだこのようなイスラムの狂信化は誰も予見していません。
 実はラスパイユも予見してなかったのです。
 小説でも唯余りに大量の移民を受け入れる事で訪れる危機を描いているだけなのです。

 しかしながら前記のようにそれでもこの小説は抹殺されました。

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 けれどもその後もヨーロッパで大量移民の危機を警告する本は、次々と出版されました。

 2010年ドイツ連邦銀行の理事だったティロ・ザラツィンが、「ドイツが消える」を書きました。
 彼はこの本で、トルコ移民の増加のよるドイツ財政の圧迫している事、そして彼等の高い出生率とイスラム教と民族文化への執着を問題視し、このままではドイツ文化の存亡にかかる事を警告したのです。

 この本は前記に売れっ子トラベルライターで小説家のラスパイユの本と違って、ドイツ連邦銀行の理事が書いた専門書で、どう考えても一般人には読みやすい本とは言えな物でしたが、何と100万部を売るベストセラーになりました。

 しかしザラツィンはこれで「人種差別主義者」と言う事にされて、連邦銀行理事を解任されてしまったのです。

 ラスパイユの「聖徒たちの陣営」が出版された1973年のころには、イスラムは「平和な宗教」と認識されていました。 
 少なくとも西欧社会に有害な宗教とは思われていませんでした。

 しかしながらザラツィンの「ドイツが消える」を書くまでには、イランのイランイスラム革命や、911のテロ、そしてISやボコハラムの出現など、イスラムのヨーロッパ文明への敵対姿勢が明確になっています。

 そしてこの頃には、ヨーロッパ全体に入り込む不法移民が、大変な数になり、しかもそうした不法移民を本国へ強制送還するのは非常に難しい事である事も、明らかになっています。

 因みにトルコ政府は海外で不法滞在をし、犯罪を犯したトルコ人の送還に応じていません。 
 日本で不法滞在は勿論、強姦などの凶悪犯罪を犯したトルコ人を、日本政府がトルコに強制送還しようとしても、トルコ政府は引き取りを拒否しています。
 だからトルコ人の犯罪者は日本に居座っているのです。

 これじゃトルコ人を大量に受け入れたドイツは、大変でしょう?

 だからこれに怒りや危機感を持つドイツ人が出るのは当然なのですが、しかしながらドイツ連邦銀行理事と言う要職にある人物でも、一旦イスラム移民への懸念を示すと直ぐに「人種差別主義者」と言う事されて、その職を追われるのです。

 ドイツ連銀理事が専門書として書いた本ですから、その危機を論証する相応の証拠資料も多数掲載されていたのでしょうが、しかし「人種差別反対」の理念の前には、こんなものは全て吹き飛んでしまうのです。

 そして2015年、メルケルはシリア難民の幼児の遺体写真を使っての難民受け入れキャンペーンに呼応して、ドイツに無制限な難民の受け入れを決断します。
 それを多数のドイツ人が熱狂的に支持したのです。

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 因みに現在ヨーロッパでは、今後のヨーロッパのイスラム化について人口動態などの資料を用いての、科学的アプローチでも「人種差別」と言われて忌避されています。

 ドイツ連邦銀行理事が専門書として警告しても、人気小説家が近未来小説として書いても「人種差別主義者」として抹殺されるぐらいですから、一般庶民がこれを言えば無事で済むはずもないのです。

 例えばイギリスの日焼けサロンの店主だったトミー・ロビンソンは、イスラム移民の激増に危機感をもってイングランド防衛同盟と言う団体を作り、移民反対運動を始めました。

 するとイギリス政府は彼のみならず彼の近親者を微罪で逮捕し執拗に取り調べを続けるという嫌がらせを繰り替えしていました。
 そして2018年ついに彼を「平和に対する罪」で投獄したのです。
 
 「平和に対する罪」って、真珠湾でも攻撃したの?

 イヤ、彼はイギリスで猛威を振るっているグルーミングギャング、つまり組織的に白人の少女を強姦し売春を強制し、人身売買をするパキスタン系のイスラム移民達の、裁判をネット中継しようとしただけなのです。

 このグルーミングギャングはもう20年以上も前から、イギリスで活動しており、ロザラムなど地方都市でも数千人単位の被害者が出ているのです。

 ところがイギリスではこれについて殆どのメディアが沈黙しているのです。
 だからトミー・ロビンソンはこの裁判の状況を、ネット中継しようとしたのです。

 するとイギリス政府はトミー・ロビンソンを逮捕投獄したのです。

 ファシストイギリス政権が作り上げた殉教者トミー・ロビンソン

 これがホントに「民主主義国家」イギリス政府のやる事なのでしょうか?

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 トミー・ロビンソンだけでなく、現在ヨーロッパでは移民の受け入れに不安や懸念を示す人達は、全て「極右」「ナチ」「人種差別主義者」のレッテルを貼られて抹殺される状況です。

 ドイツのAFDやフランスの国民戦線など、国会に相当数の議席を持ち、正規の国政政党としての地位を確保している政党に対しても、同様です。

 本来なら中立であるはずの国営放送が、選挙期間中にこうした政党を誹謗する報道を行っている状況なのです。

 因みにこれらの政党は、移民の完全排除などは目的としていません。
 
 移民の受け入れに関して「法を守れ!」と言っているだけなのです。
 不法移民でも何でも無制限に受け入れて、入ってしまえば政府が福祉予算で面倒を見るような事をしていては国家が破綻すると言っているのです。

 国境の管理権と出入国管理権は国家主権です。 
 そして民主主義国家あらこの管理を法によって行う。

 ところがこの民主主義の基本理念に基づいた移民政策を提唱すると、「人種差別主義者」「極右」「ナチ」と言う事になるのが、現在の西欧社会なのです。

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 移民「カワイソウ」主義が、西欧の知識人の宗教となり、その狂信が西欧を自死へと追い込んでいるのでしょうか?
 
 なるほどシリア人の幼児が、ヨーロッパへ渡ろうとして地中海で溺死したのはカワイソウでした。
 しかし何でそのカワイソウが、難民の無制限受け入れに短絡するのか?

 難民を救済する方法は、ドイツへの受け入れ以外にもいろいろあるはずなのに。
 
 ところがそれを議論する事さへタブーになっているのが、現在のヨーロッパです。

 こうなるとヨーロッパ人は理性を放棄したとしか思えないのです。
 そして理性こそが近代ヨーロッパが最も重要視した価値であり、世界に誇るモノではなかったのか?

 しかしながらヨーロッパはこのように予言者を迫害し、警告を無視していた事で、自死へと進みつつあるのです。 

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 「西洋の自死」については、書きたい事がまだ色々ありますので、今後も何回かに分けてそれをエントリーしていきたいと思います。

 この本の全体の概要については、短足おじさんが綺麗にまとめてエントリーしておられるので、それをご覧ください。

 ヨーロッパの移民問題を考える

  1. 移民
  2. TB(0)
  3. CM(28)

2019-03-20 21:00

最後の雪景色

 一昨日(3月18日)は素晴らしい快晴だったので、自転車で山の方へ行ってみました。

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 この辺りは我が家より標高は200m程は高いのではないかと思うのですが、しかし道路の雪は綺麗に溶けていて自転車で楽々と行けました。

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 けれども畑はまだ一面、雪で覆われていました。

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 この辺りには野菜の無人販売所が幾つもあって、ワタシは夏には野菜はこの辺りで買っているのですが、この分では野菜が買えるのはずうっと先の話です。

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 しかし久しぶりに見る純白の雪景色です。

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 ウチの近所だともう公園の中でも、こんな純白の雪は見られません。

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 無人販売所の開店が待ち遠しくはありますが、しかし雪景色が名残惜しくもあります。

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 今年はホントに雪が少なく、それで雪融けも異様に早いです。

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 そもそも例年なら自転車を出せるのは4月の上旬で、そのころには道端からフキノトウが出て、日向にはフクジュソウが咲きます。

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 ところが今年は雪融けのペースが速すぎるのか、これだけ雪が溶けてもフキノトウもフクジュソウもみかけないのです。

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 ヤッパリ少しオカシイのです。

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 今年はハードブレグジッドとか中国経済の崩壊とか、それでなくても色々ありそうなので、気候の異常は何とも気持ちが悪いです。

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 そういう不安もあるせいか、まだ雪が残っているのを見るとほっとするのかもしれません。

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 この日は天気は良かったけれど、雲が全くないわけではなく、太陽が雲に隠れると光が一気に変わります。

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 ペースの早すぎる雪融けに木々も間に合わないようで、まだ枝が黒々としたままです。

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 雪融けが早まっても、山が笑い出すのは、例年道理になるのでしょうか?

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 ところで話は変わりますが、どうやらまたワタシのドジカメ君の寿命が尽きたようです。
 写真の左側が靄がかかったみたいになってるでしょう?

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 ワタシはこのブログを始めてから初めて写真と言う物を撮るようになりました。 
 そしてそれ以降、外出する時はいつもカメラを持って行き、毎月数千枚の写真を撮っています。

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 すると1~2年でカメラがヘタれて、画像にシミが出たり、一部の色が不鮮明になったりしてくるのです。
 今使っているカメラも2年目なので、どうやらヘタれちゃったようです。

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 だから左端に靄がかかるようになってしまったのでしょう。
 こうなるとまた買い替えなければなりません。

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 ワタシはいつもカメラは近所のカメラの量販店で、安売りになっているのを買っています。
 大体一万円前後です。
 
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 だからこれでまた一万円さようならです。

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 これまでデジカメの性能はドンドン向上していたのか、値段は殆ど変わらないのに、買い替える度に画素数は増え、ズームの倍率も大きくなってきました。
 だからそれはそれで楽しみではありました。

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 でもワタシはメカ音痴なので、買い替える度に操作法が変わるのが憂鬱でした。
 しかし文句を言っても仕方ないですよね?
 
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 間もなく一年で一番美しい季節が来るのですから、やはり画面にシミの出ないカメラを用意しなくちゃ。

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 帰り道にフキノトウを見ました。
 何とか雪融けに間に合ったのです。

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 こんにちわ。
 散歩楽しかった?

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 ウン、楽しかったよ。

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 そうです。 楽しい散歩でした。
 でも今度山に行っても雪はないと思います。

 
  1. 札幌の四季
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2019-03-17 15:18

ニュルンベルグ裁判史観の呪い 西洋の自死

 ワタシはネトウヨなので、WGIPとか自虐史観とかを一応は知っています。

 チャンネル桜なんかによると、日本が大東亜戦争に敗戦した後、日本を統治したGHQは日本国民に対して大東亜戦争について「日本は悪、連合国は正義」と言うプロパガンダを行いました。

 戦前・戦時戦争推進のプロパガンダを続けていた言論人、団体、或いは朝日新聞やNHKなどの大手メディアは、敗戦直後からこの連合国側のWGIPのプロパガンダに協力する事で、戦犯として訴追を免れ、生き延びるようになりました。

 それで戦後の日本人は、東京裁判を正義の裁きする東京裁判史観に呪縛されるようになったというのです。

 ところがワタシが夕べ読み終えた「西洋の自死」によると、この東京裁判史観による自虐は、日本人だけの問題ではないようです。
 
 但し「西洋の自死」はヨーロッパの移民問題を扱った本なので、ヨーロッパ人の話が主題ですから、正確には東京裁判史観ではなくニュルンベルグ裁判史観と言うべきでしょう。

 つまり「ナチスドイツは絶対に悪、とにかく悪、ナチスドイツに関して他の歴史上の事象と、比較してもならないし、学問として客観的に検証する事も許さない」と言う史観です。

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 そして「西洋の自死」で著者ダグラス・マレーが描くとところを見ると、西欧エリートの多数がこの史観を信奉して、それが自国を否定する自虐史観につながり、その自虐史観が「自死」としか言えないような移民受け入れ政策を招く精神的原動力になっているのです。

 しかもこれは敗戦国ドイツだけではなく、連合国側も同様なのです。

 どういう事かと言うと、スェーデンやオランダなど、戦時中何とか中立を守った国、ドイツに占領された国などのエリート達が「自分達の国は、戦時中ユダヤ人を守らなかった悪い国だ。」として、その贖罪の為に無制限に「難民を受け入れよう!!」と言う話になっていくのです。
 
 またニュルンベルグ裁判や東京裁判で「侵略」を悪と断罪しました。
 しかしこれは当然ですが、日本やドイツの侵略が悪いなら、当然連合国側が過去に行った植民地の獲得と、その支配だって悪いと言う事になりますよね?

 で、近年連合国側だった国々の中でも自国の過去の植民地支配を断罪し「我が国は悪い国」と叫ぶエリート達が増えているのです。
 
 そしてこの自虐史観もまた「我々は植民地支配と言う罪を犯したのだから、その贖罪の為に植民地からの移民を受け入れるべきだ」と言う話になっていき、そして実際旧植民地から大量の移民が入り続けているのです。

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 なるほどね。
 過去の罪を反省し、その贖罪をしようと言うのは立派な心掛けです。
 しかしなんかおかしくないですか?

 まず現実問題としてオランダやスェーデンのような弱小国が強大なドイツと戦ってユダヤ人を守る何てことはできるはずもなかったのです。 そんなことをしたら自分達も一緒に虐殺されてしまいます。
 現実にできるはずもない事をやらなかった事で、自分達の父祖を責めるって、本当に良心的な人間のやる事ですか?
 
 さらに言うとこれらの国々の人権思想や個人主義によれば、先祖の罪を子孫が相続したり、国家の罪を個人が償う必要はないはずです。

 ところが彼等は大真面目にこれをやるのです。

 例えば2015年、ヨーロッパにシリア難民の大群が押し寄せた時、デンマークの政治家アニカ・ホール・ニールセンは、第二次大戦中、ドイツの占領されていたデンマークで、レジスタンス活動家が8000人のユダヤ人を国外に逃がしたという故事に倣って、スウェーデン行きを希望する難民を自分のヨットでスウェーデンまで送りました。

 自分達は第二次大戦中に、ユダヤ難民を十分に助けなかった、だからその贖罪として、何が何でも「難民」を受け入れなければならない。

 これは現在、ヨーロッパの難民受け入れ派の理論を構築する根本定理なのです。

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 しかしこれオカシクないですか?

 確かに第二次大戦中連合国の多くが、実はユダヤ人難民に非常に冷淡でした。
 そもそも反ユダヤ主義はナチの専売特許でもなければ、ヒトラーの発明でもなく、中世中期からのヨーロッパの伝統なのです。
 だからそれは反省するべきでしょう?

 しかしユダヤ人への贖罪の意思があるなら、まずは自国に在住するユダヤ人に配慮するべきでしょう?
 それなのにユダヤ人の安全を脅かすような人達を大量に受け入れていいんですか?
 
 戦後のイスラエルの建国、そしてその後何度も繰り返された中東戦争で、イスラム教徒の圧倒的多数が強烈な反ユダヤ主義であるのは、ヨーロッパの知識人なら皆知っているはずです。

 そういう人達が大量に入り込んでは、国内のユダヤ人は安心して暮らせなくなるではありませんか?

 実際、イスラム諸国から移民が増えてから、ヨーロッパ諸国ではユダヤ人墓地の破壊やユダヤ博物館への襲撃など、反ユダヤ主義による犯罪が激増しました。

 それでシナゴーク(ユダヤ教の寺院)には武装警察官の警備が欠かせなくなりました。 しかし武装警察官が警備をしていても、多くのユダヤ人達はシナゴークへ行くのをためらうようになりました。
 
 そりゃそうでしょうね。
 だってシナゴークに出入りするところを見られたら、ユダヤ人だとわかってしまいます。
 帰りに襲われたらどうしようもないでしょう?
 それどころか家までつけてこられたら、家族全員が危険にさらされます。

 しかしそういう現実があるにもかかわらず、「ユダヤ人難民を救済しなかった罪の贖罪の為の反ユダヤ主義イスラム難民の受け入れ」は全然止まる気配はないのです。

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 その一方で移民受け入れ派の人達は、移民の大量受け入れに疑問を呈する個人や団体を「ナチ!!」と呼び、彼等を「反ユダヤ主義である」と強弁しています。
 
 反ユダヤ主義はニュルンベルグ史観では絶対悪なので、このレッテルを貼られると欧米では社会的生命を喪います。
 だから彼等は自分達の気に入らない人間や団体に対して、何としても反ユダヤ主義者のレッテルを貼ろうとするのです。

 それで彼等はトランプ大統領も反ユダヤ主義者だというのです。
 自分の愛娘をユダヤ人に嫁がせて、ユダヤ教の改宗する事を認めているような人を反ユダヤ主義者と言うのはいくら何でも無理筋だと思います。
 しかしそれでも彼等がそれを諦めないのは、悪人としてのナチスのブランド価値が強烈だからでしょう。



 ところがこれまた実に奇妙なのは、それ程反ユダヤ主義を悪魔化しながら、イスラム移民の反ユダヤ主義は完全に野放しなのです。

 だからイスラム教のウラマー(教導師)が、モスクでユダヤ人攻撃を呼び掛ける、それに煽動された若者達がドイツユダヤ博物館の前で、「ハイル・ヒトラー」と喚くなんて事が日常的になっているのです。

 それどころかイスラム移民なら反ユダヤ主義をむき出しにしても、国会議員になれるのです。
  
 例えばアメリカでは前回の連邦議会議員選挙民主党から立候補して当選した議員オマル議員は、反ユダヤ主義、その上反米をむき出しの言動が問題になっているそうです。

 しかし彼女がこうした言動を始めたのは、議員になってからではなく、その前からずうっとやっていた事でしょう?
 でもアメリカ民主党はそれは全く問題にせず、彼女を民主党の候補者にしたのです。

 同じアメリカ民主党の支持者達が、トランプ大統領を反ユダヤ主義者として攻撃しているのですから、もうダブルスタンダードなんてモノじゃないのです。

 因みに北欧にはハマスの団員である国会議員など普通にいるのですから、アメリカはまだマシな方です。

 それにこの手のイスラム移民とそれ以外の人々に対するダブルスタンダードは、反ユダヤ主義だけには限りませんしね。
 
 今現在、西欧のポリティカルコレクトネスで絶対悪になっている女性やLGBTへの差別も、イスラム移民の場合は一切問題にしてはイケナイ事になっているようです。

 つまり白人男性なら「女性は数学が苦手」と言っても解雇されるのですが、イスラム移民の場合は「不貞を働いた女は石打にして殺すべき」と言っても無問題と言う凄さなのです。

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 ヨーロッパ全体とアメリカでこれですから、ニュルンベルグ裁判の被告ドイツのやる事となるともっと強烈です。

 ドイツは敗戦後、ニュルンベルグ裁判を全面的に受け入れました。
 西ドイツはナチスを絶対悪として、学問の自由、表現の自由など、民主主義国家の基本理念を曲げてまでナチスの研究やナチスに関わる肯定的な評価を禁止する法律を作り、違反した国民を投獄してきました。

 東ドイツはもっと徹底していて終戦の日に、ソ連代表に「Wir danken euch!」(我々は君達に感謝する)と叫んでいたのです。
 何を感謝するかと言うと、自分達ドイツ人はナチに支配された被害者だったのを、ソ連が解放してくれた事を感謝するというのです。
 なんかもうブラックジョークなんですが、しかしドイツ人ですからジョークではなく、これを大真面目にやっていたのです。
 
 勿論メルケルだって毎年「Wir danken euch!」と叫んで育ったのです。

 なんかもう凄くインチキ臭いのですが、とにかくドイツは「ナチは悪い!」「ナチを産んだドイツの罪は重い」と言う事にしていたのです。
 
 そう言う負い目があるかでしょう。
 2015年にメルケルがシリア難民の大量受け入れを決断した時、ドイツ人の殆どが「これでドイツは人道主義において最高の国家になった。」と喜んだのです。

 しかし前記のようにユダヤ人虐殺の贖罪に、反ユダヤ主義で燃え上がるイスラム移民を大量に受け入れられたら、ドイツ国内のユダヤ人は堪ったものじゃないです。
 けれどもドイツ人はそんな事は全然かまいませんでした。

 そればかりかドイツに押し寄せる「難民」が増えすぎて、ドイツ人から不満の声が上がり、実際ドイツの国家予算を圧迫するようになると、今度はその「難民」の一部をポーランドなど東欧諸国に押し付けようとしました。

 当然だけれど東欧諸国は、そんな事は拒否しました。
 するとドイツはEUを通して猛烈な圧力をかけたのです。

 オイオイ、ドイツの人道主義はどこへ行ったんだい?
 ナチスドイツの罪に対する贖罪はやめたのかい?

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 ナチスドイツの罪はユダヤ人へのホロコーストだけではありません。 
 ナチスドイツはスラブ殲滅作戦の実行しており、東欧ではスラブ人の虐殺も行っています。

 例えばポーランドは第二次大戦で人口の2割を喪いました。
 第二次大戦までポーランドの総人口の10%はユダヤ人が占めていました。 そのユダヤ人が全部虐殺されたり、国外に脱出せざるを得なくなったのです。
 
 尤もこのユダヤ人虐殺には実はポーランド人も関わっていて、何とドイツ敗戦後にもポーランド人によるユダヤ人虐殺が起きています。



 因みにトランプ大統領の長女イヴァンカさんの夫クシュナーさん一家がポーランドを脱出したのは、この戦後のポーランド人によるユダヤ人虐殺を逃れる為でした。

 勿論ポーランドの悲劇の責任はナチスだけにあるわけもなく、ヒトラーと密約を結んでポーランドに進攻したソ連の罪だって大きいのです。

 とはいえワルシャワを包囲して、砲弾と爆撃であの美しい中世都市を完全に瓦礫の山にしてしまい、殆どのワルシャワ市民をその瓦礫の下敷きにした罪までが、免れられるわけもないのです。
 
 ドイツが人道大国を目指し、ナチスドイツの罪の贖罪を望むなら、ポーランドなど第二次大戦の被害国である東欧諸国の意思は尊重するべきでしょう?

 そもそも東欧諸国はナチスドイツの被害国であるばかりか、それ以前のポーランド三分割など西欧諸国の侵略に対しても被害国であり、その意味ではアジア・アフリカ諸国と同じ立場なのです。
 そして歴史を学べば、第一大戦後のオスマントルコ帝国崩壊まで、イスラム教徒による侵略に晒されていたのです。

 宗教が重要な価値を持っていた時代、異教徒に支配されるのはそれだけで恐ろしい事でした。
 そしてオスマン帝国の支配と言うのは、実際に相当な恐怖支配だったのです。

 だから東欧諸国には子供が言う事を聞かないと「トルコ人が来るよ」と言って脅す習慣があるのです。
 そういう国々がイスラム教徒の受け入れに抵抗するのは当然でしょう?

 こうした国々に対して、西欧諸国のアジア・アフリカへの植民地支配の贖罪や、ナチスドイツの贖罪を手伝ってイスラム移民を受け入れろと言うのは、無茶苦茶ではありませんか?
 
 メルケル始め西欧のエリート達は当然、こうした東欧の歴史は十分知っているはずではありませんか?
 ところが「人道大国」を目指すドイツはそんなことはお構いなしに、東欧諸国にイスラム難民を押し付けようとしているのです。

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 こういう状況を見るとニュルンベルグ史観が、西欧人の倫理感覚を完全に狂わせているのではないかと思えてならないのです。
 
 何でニュルンベルグ裁判が西欧人の倫理感覚を狂わせるか?
 それは戦争と言う歴史の問題を、安直な善悪論にしてしまい、本来科学的になされるべき歴史の検証を封殺してしまったからでしょう?
 
 そしてナチスドイツを単純に悪魔化したことで、現実社会への認識が、中世の異端審問官と同じレベルになってしまったのです。
 
 悪魔が実在する事になれば、その悪魔と戦う異端審問官は自動的に神の側になるのです。
 だから異端審問官には人間の常識による合理性など全く要求されなくなるのです。

 ニュルンベルグ裁判はナチスドイツとヒトラーを悪魔にする事で、歴史認識を宗教にしてしまい、理性と近代合理主義で歴史を理解する事を、そしてさらには歴史だけではなく、現実の社会問題の理解にさへ理性と近代合理主義を持ち込む事を放棄させてしまったのです。

 理性への信頼とそれに基づく近代合理主義こそが、西欧文明の最も優れた点であり、我々日本人が明治維新で西欧に学ぼうした事の根幹だったのに!!

 勿論、現在の西欧社会が「自死」と言われる程、大量のイスラム移民の受け入れを続ける理由はニュルンベルグ史観の影響だけではないでしょう。
 実際これまで書いてきた通り、真面目にニュルンベルグ史観に基づいて考えても、現在の西欧の大量のイスラム移民受け入れには、全く合理性がないのですから。

 にも拘らず、ニュルンベルグ裁判史観は被告ドイツのみならず、エリートを自称する西欧人全てを巻き込んで「ヨーロッパにはホロコーストと人種差別の文化しかない」とまで言わしめているのです。
 そしてヨーロッパ人全ての存在価値を否定させる精神的原動力になっているのです。

 一体西欧人はどうしちゃったんでしょうか?

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 ワタシは「西欧の自死」を読んでこのエントリーを書いています。
 この本は前記のように、現代ヨーロッパ諸国の移民の大量受け入れの問題を書いた本です。 
 そしてこの本に書かれている事は、実は殆どがもうすでにネットでも紹介されていて、ワタシもすでに知っている事でした。
 
 しかし通して読むとやはり不可解です。

 なぜなら現在の西欧諸国の移民政策は、労働力不足への対応や、難民の救済といった、経済的、人道的な理由だけでは説明不能なレベルだからです。

 幾ら西欧に移民したい人間が多いからと言って、幾ら難民が多いからと言って、現在の西欧諸国が無限の雇用や無限の福祉予算を持っているわけではないのです。
 だから短期間に余りに大量の移民を受け入れたら、国家が破綻するのです。

 そうなれば難民の救済どころか、自分達が難民になってしまいます。
 
 けれども現在の西欧の移民政策は、国家として当然慮るべきこうした問題を、何としても存在しない事にして、とにかく移民を受けいる事に邁進しているのです。

 だから著者のダグラス・マレーはこれを「西欧の自死」と言っているのです。
 実際、ワタシもこの本を読んでいる間中、強烈な自殺願望に憑りつかれた人の話を聞いているような不気味さを感じました。

 一体彼等は何でこんな自殺願望に憑りつかれたのでしょうか?


 西欧の自死

 この動画は著者ダグラス・マレーによる「西欧の自殺」についての解説です。 
 日本語訳とそれに付随した解説は、以前短足おじさんが上手くまとめてエントリーしてくださいました。

 ヨーロッパの移民問題を考える

 しかしワタシもこの本については、他にもいろいろ書きたい事がありますから、これから何度かエントリーしていきたいと思います。
 
  1. 移民
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2019-03-14 14:30

法的処置大好き!! イソ子応援中二病親子

 イソ子の為に署名を集めた事になっている中学生とその母親が、「法的処置」と言い出しました。

 東京新聞の望月衣塑子記者を支援する署名をネットで集めた中2、誹謗中傷に「子どもが何か意見しちゃいけないんだと感じた」

 これは是非頑張ってください。
 ワタシも応援します。

 「法的措置」となれば、当然裁判になりますから、我々ネトウヨがこの自称中学生について持っていた疑問が、全部法廷で解明されます。

 何で中学生が平日の日中に、i-padからツィートを繰り返せるのか?

 何で中学生が大人でも殆ど知らない官邸記者クラブの組織名を知っているのか?

 何で中学生が福島第一原発事故時に、こんな事を覚えているのか?

 キャプチャ-20 


 因みにこの「中学生」は現在14歳と言う事ですから、2011年の福島第一原発事故時には、6歳で幼稚園年長組です。
 幼稚園児同志で「○○ちゃんは富裕層だから、海外に逃げたのね。」と話しあっていたのでしょうか?
 
 凄い幼稚園!!

 でも裁判になれば、そんな凄い幼稚園が何処にあるのかも明らかになりますね。

 すご~~~く楽しみです。

 しかしこの親子は一体何を「誹謗中傷」と言い、誰を告訴しようというのでしょうか?

 例えば一人前の大人のツィートに対して「書いている事が、余りに幼稚だから中学生ではないか?」と言うのは失礼だし、相手の名誉を傷つけるというのはわかります。

 けれども中学生に対して、「とても中学生とは思えない程大人びているから、大人ではないか?」と疑うって、全然失礼じゃないでしょう?

 それどころか普通の中学生なら大喜びするような話です。

 そしてワタシがもしこの中学生の立場なら、大人たちが自分について持つ数々の疑問に丁寧に答えていきます。

 「自分は天才児なので、授業中にi-padで書き込みをしていても、先生は文句を言わない」とか「自分の幼稚園は天才児専門の幼稚園だったので、園児は皆政治経済に関心を持っていた」とか説明していけばよいのですよね?

 そうすれば最初から実在を疑われるような事にはならないでしょう?

 そもそも幼稚園時代に原発事故に関心を持つ程の天才児なら、ネットは匿名であるため、発信者の身分を疑われる事は普通にある事は十分理解しているのではありませんか? 

 そして新聞など大手メディアは常日頃からネットにはフェイクニュースが多いから、安易に信じるなと言い続けているのです。

 実際、小学生に成りすまして民主党を応援した大人も実在したし、安倍総理始め有名人のなりすましも再々見つかっています。

 だから「中学生」を名乗る人間を中学生と信じなければならない理由など、そもそそもどこにもないのです。
 むしろ「中学生」と名乗るだけで中学生と信じてはいけないのがネットの世界なのです。

 そういう世界で「中学生」である事を疑われた事を問題にするのが間違いなのです。

 この中学生が本当に、自分の意思でネットでの署名活動を始める程のネットに詳しいなら、最初から疑われる事を前提で、対応していれば「法的措置」など必要なかったはずでしょう?

 しかし残念だけれど、この記事を読む限り、この中学生は天才児とは思えません。
 だって記者のインタビューに答えているのは、殆ど全部母親で、母親が娘の意思なんか完全に無視して一方的に話しており、娘は母親の意思に従うだけにしか見えないのです。

 記者を面前にしたインタビューでこれです。
 そしてこの母親は完全な中二病患者でしょう?

 これでは他人からすれば中二病の母親と中二の娘の人格の区別はつかず、母親が娘を操っているというか、人格が分離不能と思えるのは仕方がありません。

 これでホントに誰にどのような「法的措置」をする気でしょうか?
 想像すると笑っちゃうんですよね。

 しかし告訴したいなら、頑張って告訴してください。

 ネトウヨ一同、凄く楽しみにしているのですから。

 それにしてもパヨクってホントに「法的処置」大好きですね。
 
 彼等はこういう言論空間だけの問題で、話し合いだけ済む事でも、話し合いは拒否して直ぐに「法的措置」に持ち込むのです。
 
 「法的措置」ってつまり物事を自分解決するのではなく、国家権力に頼って解決するという事ですよ。
 
 つまり彼等は国家権力大好きなのです。

 だから自分が国家権力を得られないのが悔しくてたまらず、国民から信頼されて国家権力を委ねられた政権が憎くて堪らないんですよね。 
  1. 戦後民主主義
  2. TB(0)
  3. CM(20)

2019-03-13 13:58

だから馬鹿フェミ レディファースト

 ワタシは女性ですから、男女平等は当然だと思っているし、女性の人権は断固守るべきだと思っています。

 しかしそういう事を看板にして、我こそは女性の代表みたいに騒いでいる連中、自称フェミニストは大嫌いなんですよ。

 何で嫌いか?

 だって馬鹿フェミの主張はこの二つに尽きるからです。

① 女性は弱いから男性に守られて当然。
   でも女性は男性と同じ能力があるから、仕事で差別するな!!
   軍人でも政治家でもビジネスでも、男性と同じ地位と権限と報酬を寄こせ!

② 西欧のマナーは人類のマナー。
   西欧の価値観このが正義。
   だから日本人も西欧のレディファーストを学べ。
   西欧文化を身に着けた自分は文明人。 そうでない日本人は野蛮人。

 実は昨日、2チャンで完全にこれを喚いている馬鹿フェミの記事を拾ったのです。

2019y03m13d_123816019


 元記事は大変な長文なので、全部は貼りません。
 2チャンに貼ってあった部分だけを貼っておきます。

 省略した部分を要約すると以下の通りです。

 自分は女性なので、NY在住中は何度も男性から席を譲ってもらった。 重い荷物を抱えていると助けてくれる男性もいた。 
 ところが東京ではそれが一度もないケシカラン!!
 中国やベトナムなどアメリカ以外の国でも、弱者に席を譲るのは当然だし、困った人がいれば手助けする。
 ところが東京ではそれをしない、人間性が欠如している!! 
 そしてその旨をツィートしたら、「それでも日本は良い国だと」論理をすり替えての、猛反発を食らった。

 そして以下が2チャンに貼ってあった部分です。

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■ 「レディーファーストは理解しがたい」
今回の反論の中には、純粋に「レディーファースト」というコンセプトが理解できていない(あるいはそれを受け入れられない)と思われる人々からのコメントが複数あった。
いずれも男性のようだった。
「男性は疲れてても女性に席を譲れというのがあなたの男女平等ですか? 女性は席を譲られるべきか弱い存在なのでしょうか?
男女問わず立つのがしんどい人に席を譲るべきというのは理解できますが、なぜそこにジェンダー論を持ち込むのでしょうか?」
「レディファーストは理解しがたいです。子連れの場合は譲りますけど。レディファーストの意味は?」
「きっと日本で男女平等が浸透したからではないでしょうか?怪我人や老人、妊婦等の例外はありますが、近年多くの女性の方々が男女に平等な権利をと言われており、それでレディーファーストの考えが消えたのだと思います。より良い男女平等社会に向かってるのだと思います」
日本は世界経済フォーラムの男女平等ランキングで、2018年は149カ国中110位、G7最下位を更新し続けている。
客観的に見て、今、日本は世界の中で最も男女不平等が激しい国の一つと言って差し支えないと思う。
そもそも「レディーファーストの考えは消えた」のではなく、日本には最初から存在していないと思う。
■ 「男女平等ならなぜ女を守る必要が?」
日本の男性たちは何故「レディーファースト」ができないのか?
その答えはおそらくシンプルだ。「知らないから」だ。
通常、日本で育つ男の子たちは「紳士たるもの、女性を守り、敬意をもって大切に扱わなくてはならない」という騎士道精神や、「女性をエスコートする際のマナー」の基本を、家でも学校でも教えられない(同様に女の子も、エスコートのされ方を教えられない)。
いろんな国の友人たちを見ていて、こういうマナーの教育は、やはり子ども時代からの親や周囲の大人によるトレーニングと、習慣の刷り込みが大きいと感じる。
今回きたコメントの中にこんなものもあった。
「子供の頃、米国にいましたが、公共のエレベーターなどに先に乗り込もうとすると知らないおじさんから『私の妻が先だよ』と注意されたりする事しばしば。
子供の頃からの教育、しつけの問題だと思います。ちなみに数年後帰国してそのノリで女の子の荷物持ってあげたりしてたらいじめられましたw」
日本で育つ男の子の大多数は、こんな風に大人の男性からピシャリと言われた経験もなく、身近な大人の男性が女性をカッコよくエスコートする姿を生で見ることもないまま育っている。
だから、「男女平等なんだろう?だったら、男が女を守る必要なんてないだろう」「なんで男だからって女に席を譲らなくてはならないのか」という発想になるのではないか。
私は普段から、大きなスーツケースを持って日本でも海外でも移動している。
日本以外の国では、こちらが頼まなくても、ほぼ必ず誰か男性が手助けしてくれる。
日本国内でもこれまで駅の階段などで悪戦苦闘している時に助けてくれた人は、日本人以外の男性の方が断然多い。
あるとき東京でスーツケースを持って電車に乗る時、重いので持ち上げるのに一瞬間が空いてしまったら、後ろにいた日本人男性に「モタモタしてんじゃねーよ」と小さい声でつぶかれて心底びっくりした。
そんなこと言うんだ?「手伝いましょうか?」じゃなくて?
2020年のオリンピックまでに、日本でも誰かが重い荷物を持って大変そうにしていたら、(男女問わず)頼まれなくても自分から声をかけ、自発的に動ける人がもっと増えて欲しい。
そうでないと恥ずかしい。

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 で、ワタシもこれを読んで、全然この記事の著者には共感できなかったのです。
 ワタシも女性だし、しかももう若くないし(先日年金受給を申請してきた)し、その上若い時から難病を抱えています。

 でもワタシは人から席を譲ってもらおうなんて思った事はないのです。
 また自分の荷物を他人に持ってもらおうと思った事もありません。

 そもそもこの記事を読んでいて凄い違和感なのですが、この記事の著者は仕事で荷物を抱えて移動するの時に、それを男性が助けてくれない事を嘆いているのです。

 でも仕事で使う荷物を運ぶのも、仕事で移動するのも、仕事の一部ですよね?
 実際仕事で移動中に事故に遭うと労災扱いになりますし。

 その仕事の一部を「女性には大変なのだから、男性が手伝ってくれて当然」と言うのは、仕事の能力が男性に比べて劣るという事でしょう?
 
 だったら雇用者側から「女性は通勤電車で立っているのも辛いほど虚弱なのだから、雇用を控えたい」と言われても文句が言えないではありませんか?

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 しかし現実には女性にも仕事で思い荷物を運ぶ人は幾らでもいるし、まして男性並みに通勤通学ができるのです。
 だから職業に男女差別をしてはいけないと言えるのです。

 それにしても昔は「担ぎ屋」なんて商売がありました。
 都市で仕入れた商品を背中に担いで汽車に乗り、沿線の駅で降りて商店もないような辺鄙な農村を回ってその商品を売り歩く行商人です。
 「担ぎ屋」の名称通り文字通り山のような荷物を担いで歩くのですが、実はこの人達の殆どが女性でした。
 彼女達はこれで農村の消費生活を支えていたのです。

 そして今は宅急便の配達員にも女性が多数います。
 
 更に米海兵隊など戦闘部隊にまで女性がいるのです。
 この人たちは当然男性隊員と全く同じ装備品を担いで、行軍も戦闘も行うのです。
 だから男性隊員と同様に昇進もできるのです。

 こういう女性達が「女性は重い物を持つの辛いから男性が手伝ってくれて当然」なんて考えているでしょうか?
 現実にこういう女性達がいるからこそ、就業や昇進で男女を差別してはならないのです。

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 ところがこの記事の著者は臆面もなく、自分の荷物を他人が持ってくれない事に苦情を言い立てるのです。
 これはもうこの女に最初からプロ意識がなく、仕事その物も意味不明でいい加減な物だからとしか思えないのです。

 しかし彼女はこれを「レディーファースト」と言う西欧の奇習の下に正当化しようと頑張るのです。

 そりゃレディーファーストと言う習慣が西欧にある事ぐらいはワタシだって知っています。 
 また映画などでは美男俳優が演じる場合は、大変カッコ良く素敵だと思います。

 しかしそれはあくまで西欧文化、西欧のローカルなマナーであって、日本人が真似する義務はありません。 日本人は日本のマナーを大切にすればよいのです。
 日本人が「レディファーストでないのがケシカラン!!」って、アメリカ人に「箸の使えないのはミットモナイ!」と言うぐらい馬鹿馬鹿しい話でしょう?
 
 ところが「女性の人権が~~!!」を振り回す馬鹿フェミって、実は凄い西欧崇拝者で、西欧文明こそが正義、西欧マナーを守らない人間は未開人だと信じているのです。
 尤も連中が馬鹿フェミなのも、そもそも現在の馬鹿フェミ理論が、西欧の受け売りだからでしょう。

 だから男女の能力に差がない事を前提に男女平等を求めながら、「女性は男性に守られて当然」と言うレディーファーストの理論が完全に矛盾する事を理解できないのです。
 つまり最初から物事を論理で考えているわけではないのです。
 マジにこういう連中がいるから「女は子宮は考える」なんて言われちゃうんですよね。

 だからこの手の馬鹿フェミは、西欧文化絶対主義なのに、「多文化共存」とか「多様性尊重」なんて西欧絶対主義と真逆の事も平気で言うのです。

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 だからワタシは馬鹿フェミって大嫌いなのです。

 コイツラを見ていると、馬鹿フェミを無視する日本人ってつくづく賢明な民族だと思います。

 勿論、困っている人には手を差し伸べるべきだし、人には親切にするべきです。 
 でもこの手の図々しい馬鹿フェミはガン無視するべきでしょう。

  1. 差別ニダ!!
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