2018-07-19 14:53

トゥキディデスの罠とペロポネソス戦争 その4(アテネの拡大政策)

 ペルシャ戦役(紀元前499~449年)でペルシャを退け軍事大国の地位を確保したアテネは、この軍事力を背景に更なる権益拡大に乗り出します。

 それでもアテネも最初はまずエーゲ海周辺からペルシャの勢力を追い払い、次には黒海へと勢力を伸ばすという政策でした。 エーゲ海とその沿岸一円は既にデロス同盟を作っていましたし、黒海沿岸は元々ギリシャ世界ではなく、またペルシャ帝国の勢力も及ばない未開の地でした。

 だから暫くは無事に済みました。

 しかしこれらの地域を完全に勢力下においたアテネは、今度はペルシャ帝国の支配下にあったエジプトやフェニキアにも侵攻しました。
 けれどもこれは当時のアテネ軍の指揮官であってペリクレスに軍事的才能がなくて失敗しました。

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 このペリクレスの時代にアテネは黄金時代を迎えます。 そして内政ではトゥキディデスが「「民主制と言いながら実は一人の男が支配した時代」と言われる時代になるのです。

 文字通り「ペリクレス一強」の時代を迎えるのです。

 しかしペリクレスは前記のように軍事的な才能はありませんでした。 この当時のギリシャでは国家の指導者は、戦争になれば自分自身が軍隊を指揮して戦わなくてはなりません。
 
 ペリクレスにはしかし軍隊指揮官としての才能はあまりなかったし、彼自身もそれを自覚していたせいか、エジプト遠征で失敗してからは、極力軍事的手段は使わないようにしました。

 その意味ではペリクレスは平和外交に徹する努力をしていたのです。 

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 そして紀元前450年、ペリクレスはペルシャ帝国と恒久的な平和条約を締結しました。 紀元前480年ペルシャ海軍がサラミスの海戦で壊滅してから30年後のことです。
 これで長く続いたペルシャ帝国との戦争が完全に終結しました。
 
 これでペルシャとギリシャ諸国との間は平和になりましたが、しかしこれはアテネにすると、当時ペルシャ帝国の支配下にあった地中海の東側への進出が不可能なったという事です。 
 
 ところがアテネはそれで権益拡大を諦めませんでした。
 そこで今度はその矛先を西地中海に向けたのです。

 しかしそこは元々、デーバイやコリントなどペロポネソス同盟諸国が権益を持つ地域でした。 元来古代ギリシャ世界では、現在のギリシャ共和国を挟んで、東側はデロス同盟、西側はペロポネソス同盟が商業権益を持っていました。

 ところがペルシャ帝国との和平が成り立った事で、アテネはペロポネソス同盟諸国への権益に切り込むようになったのです。

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 ペリクレスはこれもできる限り平和的に、つまり直接武力に訴える事は出来るだけ避けてはいました。 
 けれどもそのやり方は実にえげつない物でした。

 その標的になったのがコリントです。 
 コリントは口が狭く細長い瓶のような形をしたコリント湾の一番奥にあります。 ところがペリクレスはこの瓶の口にあたるエウボイアを制圧します。 
  
 更に今度その対岸にあたる瓶の中ほどにあるナウパクソスも攻略するのです。

 これだとアテネはいつでもコリント湾を封鎖することができます。 
 これはもどう見てもアテネがコリントの商業圏を奪う心算だとしか思えません。
 
 コリントがこれに猛反発したのは当然でしょう?

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 それにしてもなんでもこんな事ができたのか? 

 ペリクレスには元々抜群の弁舌の才能があり、黒を白と言いくるめるのは朝飯前でした。 彼はこの弁舌の才でアテネの民意を思うままに操り、30年の長きにわたってアテネの政界でペリクレス一強を維持したほどの男なのです。

 そしてこうして長期政権を維持することで、ギリシャ世界全域とペルシャに広い人脈を持っていました。

 特ににスパルタ王アルキダモスとは長年の親友でした。 スパルタ王アルキダモスは毎年ペリクレスの別荘で一緒に過ごす間柄でした。

 ペリクレスはこうした人脈と弁舌を武器に、「平和外交」でペロポネソス同盟諸国の権益に切り込んでいったのです。

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 勿論スパルタ王もペリクレスとお友達だと言うだけで同盟国コリントを見捨てたわけではありません。 ペリクレスはスパルタにこれを認めさせる事で、スパルタ側に一定の利益が得られるようにしたからです。

 スパルタはこのころ奴隷階級であるへロットの反乱で苦労していました。 そしてこの反乱をしたヘイロット側との話し合いで、彼等がスパルタ領から立ち退く事を認める事でこの反乱を終わらせます。
 それではそのへロット達が立ち退いた先は?

 ナウパクソスです。

 スパルタとすればこれで漸く厄介払いができたし、アテネとすればナウパクソスへの入植者をゲットできました。
 スパルタとすればこれで十分なのです。
 
 スパルタはペロポネソス同盟の盟主ではありますが、自給自足の閉鎖経済の国家ですから、商業権益なんかどうでも良いのです。 
 
 まさにペリクレスならでは、魔法のような外交成果でした。

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 しかしコリントやデーバイなど他のペロポネソス同盟諸国は、アテネ同様の商業国家でした。 特にコリントはアテネ同様に海上交易で栄えた国です。
 
 コリントは元々三段櫂船40隻からなるギリシャ第二の海軍を持つ国でした。 そしてこれはアテネがペルシャ戦役に向けて200隻からなる巨大海軍を作る前は、ギリシャ最大最強の海軍だったのです。

 だからコリントはアテネが海軍を作ったころからアテネへの警戒心と嫉妬に燃えていました。 ところがそのアテネが自国に牙をむき始めたのです。

 それでもペロポネソス同盟の盟主スパルタがアテネと折り合った事で、一旦は引き下がりますが、しかしこれでコリントが納得するわけもないのです。

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 しかしペリクレスはこの後もこの手の「平和外交」による権益拡大を続けるのです。

 そしてついにギリシャ西岸の小都市エピダウロスの内紛をめぐって、アテネとコリントが衝突します。

 このエピダウロスの内紛は元々、貴族と言われる支配層と被支配層の確執でしたが、それが双方、アテネやコリントなど外国勢力を引き入れました。

 これはギリシャ人の悪弊ですが、ギリシャ人は同じポリス内でも激しい権力闘争をやり、しかもそうなると必ず外国に支援を求めるのです。 だからポリス内の権力闘争がそのまま外患誘致合戦になるのです。

 実はこれはローマ人は絶対にやらなかったのですが。

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 これで遂にアテネとコリントが衝突することになりました。 そしてこれがペロポネソス戦争の引き金になります。

 こうした辺境の小都市の内紛が、大戦争の引き金になるのは、サラエボが第一次大戦勃発の起点になったのと同様でしょう?

 新興国の台頭が周りとの軋轢や摩擦を生み、その摩擦熱が発火点にまで達していれば、思ぬ所から火が点くのです。

 だからこうした戦争の危険は、ペロポネソス戦争に倣って「トゥキディデスの罠」と呼ばれるのです。

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 ところで、当のエピダウロス内の内紛も際限もなくエスカレートします。 この経過をトゥキディデスは詳しく書いているのですが、読んでいるともう何が何だかわからないうちに、ドンドン殺し合いが酷くなって、女性や子供まで巻き込んで、最後には街が壊滅するような事態になってしまいます。

 当時のエピダウロスの人口はわかりません。 しかし超大国だったアテネでも10~15万と言うレベルです。 まして当時の小規模ポリスの人口なら1000人とか2000人とかいうレベルですから、エピダウロスだってそんな物でしょう?

 それが何でこんな無残な事になるのか?
 人口が数千人の小さな街なら、貴族だ平民だと言っても、殆どみんな知り合いで、先祖代々一緒に暮らしてきただろうに、何でこんな殺し合いになるのか?

 このエピダウロスの内紛は、ギリシャ人の性格に潜む暗黒面をそのまま見る思いです。

 ギリシャ神話を読んでいると、非常に明るく美しい話が沢山あって、だから今も世界中で愛されているのですが、でもあれよく読んでいると、実は非常に暗く陰惨な面が見えてきます。 

 ギリシャ神話には、精神病理学やギリシャ悲劇に描かれる暗黒世界が垣間見えるのです。

 このエピダウロスを巡る物語は正に、こうしたギリシャ人の暗黒面その物です。

 そしてこのエピダウロスを起点に、ギリシャ全土でギリシャ人の暗黒面を露呈するようになるのです。
 それがペロポネソス戦争です。
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2018-07-15 14:05

「総がかり」総数の変化に見るパヨクの衰亡

パヨクがまた反安倍「総がかり」とか」とかをやっているようです。

人命軽視の政権倒そう 総がかり行動
2018年7月13日(金)

 総がかり行動実行委員会は12日、改憲反対や安倍内閣の総辞職などを求めて毎週木曜日に取り組んでいる国会議員会館前抗議を行いました。国会議員や学者、弁護士らがスピーチし、西日本を中心に甚大な豪雨被害が発生しているにもかかわらず、延長国会で悪法の強行を続ける安倍政権を批判。「みんなの力で政治を変えよう」とコールしました。
 実行委員会を代表してあいさつした菱山南帆子さんは、安倍政権は豪雨被害への災害対応より悪法の審議・採決を優先していると批判し、「人命を軽視する政権をみんなの力で必ず打倒しましょう」と呼びかけました。
 安全保障関連法に反対する学者の会の堀尾輝久さん(東京大学名誉教授)など、さまざまな市民が訴え。野党から、立憲民主党の阿部知子衆院議員、日本共産党の井上哲士参院議員、社民党の福島瑞穂参院議員がスピーチしました。
 この日は600人(主催者発表)が参加。「国民の声を無視する安倍政権は許せない。できることは何でもやる」と毎週参加している東京都杉並区に住む女性(70)は「私たちがあきらめたら、安倍政権の思うつぼだと思います。声をあげ続けます」と話しました。

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 第二次安倍政権成立後、パヨクは安倍政権打倒の為の「総がかり行動」と言うのを何度も繰り返し来ました。
 直近では2018年4月14日(日)にやったモリカケデモです。

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 この時の参加者は主催者発表で3万人、警察発表では4000人でした。 

 そしてその前は2015年8月30日の反安保法制デモです。

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 この時の参加者は主催者側発表では12万人、警察発表では3万人でした。

 そしてその前は2013年に繰り返して行われた反原発デモです。 参加者数万人のデモが繰り返し行われました。

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  このパヨクの反安倍デモの参加者の減衰について、ワタシ以前二度エントリーしています。

 反安倍デモに見るパヨクの組織力の変化が、興味深かったからです。

 4・14モリカケデモに見るパヨクの衰亡

 4・14モリカケデモ パヨクの衰亡 その2

 ところが今回はそれがさらに衰亡して参加者が更に減りました。
 
 本当に参加者が主催発表の通り600人いるとしても、4月14日の警察発表4000人に比べて10分の1です。

 しかしこれまでも主催者発表の数字は、警察発表よりはるかに少ないのです。
 だから実数は100人割れていたのかもしれません。

そしてここまで減ると、誰にでも目視で凡その数がわかるので、さしものパヨクもあまりに水増しした数を発表できないのでしょう。
 これについてこれまでの反安倍デモは日曜日だったのに、今回は金曜日なので、参加者が集まり辛いのだと言えなくはありません。
 
 しかし前回のモリカケデモでは、数千万円の資金を出して首都圏の大手紙全部に広告を出しても、集まったデモ隊は4000人だったのです。

 これだと広告を見て参加した人は皆無で、パヨク組織のコアな支持者や組合による動員だけが参加したのでしょう?

 しかもその組合組織が弱って、動員をかけるのも、難しくなっています。
 また新聞広告を出す資金もなくなってきたのかも?

 そこで今回は最初から新聞広告は出さず、コアな支持者だけに声をかけてのデモになったのでしょう?
 それなら敢えて日曜日にする必要はありません。

 だってパヨクの主力は定年退職した高齢者ですから、毎日が日曜日です。

 この場合、日曜日に参加を依頼すると「日曜日は孫と遊園地に行く約束がある」とか「息子一家が家に来てくれる約束だから」と言って嫌がられるのでしょう?

 それにウィークデーにデモをすれば、人数が集まらなかった事は、「ウィークデーだったから」と言い訳です。

 デモの動員能力からみたパヨクの組織力は、この数か月でまた一桁減ったのです。
 
 今日の札幌は朝から雨が降り、陰気な日でした。 でもこういう明るニュースもあるのです。

 この状況に野党は大変な危機感を持ち、それがあのヒステリックな反安倍につながっているのでしょう?
 ワタシとしてはパヨクの皆様には、是非この路線で頑張り続けて、自滅して頂くことを切望しております。 
  1. 戦後民主主義
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2018-07-14 21:59

トゥキディテスの罠とペロポネソス戦争 その3(アテネ市民)

 二度にわたるペルシャ帝国の侵攻を退けたアテネは、以下の3つを得てギリシャの覇権国となりました。

 ギリシャ最大最強の海軍力
 アテネとピレウスを囲む長城による完全な防衛体制
 デロス同盟によるエーゲ海全域の軍事経済支配権の確立

 スパルタ始めとする多くのポリスがこれに懸念を抱くようになりましたが、しかしアテネはこれで満足することはなく、更なる発展を図ります。

 ペルシャ戦役後、まずデロス同盟の強化で、エーゲ海からペルシャ帝国の影響力を一掃します。

 またペルシャとの戦闘を通じて、黒海沿岸にまで進出し、後にこの黒海沿岸がアテネの主食である小麦の供給地になります。

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 ??
 アテネは食料を自給できなかったの?

 そうなのです。
 アテネはこの頃には食料を自給できませんでした。 
 
 アテネ領であるアテネの周辺地域は農業地域で、こうした農地で農業をする人々もまたアテネ市民でした。
 しかしアテネの周辺は土地がやせて山がちで穀倉地帯にはなりませんでした。

 そこでアテネ領内ではオリーブなど換金作物が作られており、主食の小麦はエジプトや、また上記のようにペルシャ戦役後は、黒海沿岸から輸入していたのです。

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 テミストクレスがアテネ市街と外港のピレウスを完全に囲う長城を建設したのもその為です。 強大な海軍で制海権を確保しているのですから、こうしておけば何年でも籠城できるはずでした。

 元々食料を自給できないのですから、シーレーンと港湾からの輸送路だけを確保すれば、食料を断たれる心配はないのです。

 実はこの方策が後にアテネの無条件降伏の原因になったのですが、しかしペロポネソス戦争末期まで、こんな事は誰も想像できなかったのです。

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 こうしてアテネは主食を輸入に頼る代わりに高級陶器など、当時のハイテク製品を輸出していました。 アテネの都市民の多くはこうした産業に従事していました。

 またアテネ人は古くからギリシャ北部の辺境地域や、イタリア半島などに植民して植民都市を作り、そこで鉱山開発などの事業を起こして、そこから得られる利益も莫大な物でした。

 因みにトゥキディテスの家も先祖代々ギリシャ北部トラキアに鉱山を持っていました。 彼が一生をかけて「戦史」を書いていられたのも、そこからの収入があったからです。

 アテネにはこのような「海外資産」を持つ富裕層が多数いました。

 またアテネ人は商業にも長けており、エーゲ海全域だけでなく、ペルシャやエジプトなど広い地域との交易をおこない大きな利益を得ていました。

 アテネ市民は古くからこうした経済活動には、非常に熱心で、ビジネスの為には危険を冒す事も厭わない人々だったのです。
 
 そして私有財産権の不可侵は、アテネ市民にとっては自明の原則でした。

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 つまりアテネは食料を輸入に頼りながら、商工業や投資により豊かな生活を手に入れた商工業国家であり、純然たる資本主義国家だったのです。

 ペロポネソス戦争が始まった最初の年、ペリクレスが行った「戦没者追悼演説」は今も欧米諸国の教科書に掲載されいます。

 ペリクレスはこの演説でアテネの国体と、そしてその国体を支えるアテネ市民の理想を謳いました。

 ペリクレスの謳う理想のアテネ市民とは、少年時代から自由にのびのびと育てられ、富を得る為に一生懸命働くのですが、しかし学問や芸術を愛し、また国家や社会に対しても強い責任感と愛情を持ち、その為に積極的に奉仕する人なのです。

 これってつまり現代の欧米や日本など民主主義国家の理想の市民と同じでしょう?
 だから今も欧米の教科書に掲載されているのです。

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 古代ギリシャ・ローマ世界が滅亡後、こういう市民意識がうまれるのは、この2200年も後の話です。

 キリスト教や仏教は富への執着を否定したし、また封建社会では支配階級以外は国家や社会への責任感云々などと言う話はありません。 
 学問や芸術も殆どの人には無縁でした。 

 しかし古代のアテネ市民は、富を得る事には極めて肯定的であり、学問や芸術に宗教の制約はありませんでした、
 そして政治にも強い関心と責任感を持っていたのです。
 
 彼等は宗教的な諦念などとは、全く無縁な人々で、何事にも極めて積極的で能動的であることを誇りました。

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 けれどもこのような人々が、強大な軍事力を得れば、それをそのまま活用して、ビジネスの拡大を図るのは当然ではありませんか?

 実際彼等はそのようにしたのです。
 そして社会が上り坂の時代と言うのは、どんな国でもそうなのでしょうが、ペリクレスのような政治家が現れて、長期安定政権が確立するのです。

 このペリクレスの政治については以前「ペリクレス一強」で書きました。
 だからペリクレスの政治とはどのような物だったかは、そちらで読んでください。

 ともかくペリクレスは30年もの間、アテネのリーダーとして君臨したのです。

 そしてその間、ペリクレスはアテネ国内の民主化を進め、ギリシャ芸術の集大成ともいうべきパルテノン神殿を建設したのですが、その一方でひたすらアテネの権益拡大に邁進しました。
 
 まさに自身が「戦没者追悼演説」で述べたアテネ市民の理想を、政治の上でも実現したのです。

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 しかしアテネ国内の民主化や、パルテノン神殿の建設はともかく、アテネの権益拡大は当然ですが、他のポリスにとっては、大変な脅威でした。

 その脅威に耐えきれなくなったデーバイやコリントがスパルタを焚きつけて、遂にペロポネソス戦争に至るのです。

 スパルタでは開戦のような重要事項は、スパルタ市民全員が参加する市民集会の議決で決まります。
 そこでスパルタに開戦を迫るデーバイやコリント、そして開戦に反対するアテネもその集会に代表を送り込んで、それぞれ意見を述べます。

 この演説はトゥキディデスの「戦史」に描かれていますが、コリント代表の演説を読んでいると、ワタシはTTP亡国論を思い出してしまいました。

 実はワタシも最初TTPには反対だったのですが、その時ワタシも含めて恐れたのはTTPにより貪欲なアメリカ資本が日本の農業や医療を食いつぶすのではないかと言う事です。

 際限もなくビジネスの拡大を続けるアメリカ資本に対する恐怖が、TTP亡国論の根源でした。

 しかしこのスパルタの市民集会で、スパルタ市民に開戦を迫るコリント代表の演説が、まさにこのアメリカ資本への恐怖と全く同類同質なのです。

 それは当然でしょう?

 だってペリクレスの描くアテネ市民の理想像は、そのままアメリカ人の理想像と一致するのですから。

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2018-07-13 14:30

朝鮮半島はなぜ統一できないか

 札幌オリンピックが始まる直前のことです。 
 一人のソウル在住の韓国人の男性が新聞で、北朝鮮選手団の役員名簿の中に朝鮮戦争で生き別れになった妹の名前を見つけました。

 彼はそれを知り合いの朝日新聞のソウル特派員に話しました。
 すると朝日新聞側は喜んで、彼と妹が札幌で感動の再開をできるようにお膳立てしました。

 しかし札幌で彼を待ち受けていたのは民潭が動員した在日コリアンの大群でした。 
 この大群は彼と妹との面会会場に着いてきて、彼を取り囲み「朝鮮選手団側が朝鮮戦争について謝罪しないと、この面会は認めない。」と言いました。

 一方、妹の側には総連が動員した在日コリアンの大群がついていました。 そしてこれもまた面会会場のホテルの入口に陣取って、「韓国が朝鮮戦争に謝罪しないと、妹には会わせない」と言い返したのです。

 こうして民潭、総連双方が動員した在日コリアンの大群がホテルの入り口で、罵りあって大騒動になりました。 しかし彼等はこれを札幌オリンピック閉会まで毎日続けたのです。

 その為この兄妹は、再会することはできませんでした。

 こうして再会の出来なかった兄妹も不幸ですが、しかしホテルの客と従業員は大迷惑だったでしょう。

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 在日コリアンも韓国も北朝鮮も、民族分断は「日本の植民地支配の為だ」と言います。
 しかしこれを見ればわかります。

 民族分断は朝鮮人が勝手にやっているのです。

 朝鮮戦争はそもそもソ連が朝鮮に傀儡政権を作ろうとしたことが原因です。 その点に着いていえば朝鮮は米ソ冷戦の犠牲者です。

 しかしその後朝鮮人はお互いが和解する努力をするどころか、こんな風にひたすら争いをエスカレートするようなことばかりやってきました。

 これはドイツとは全く違います。

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 実はワタシは語学コンプレックスを治したくて時々発作的にNHKのドイツ語講座を見ていました。

 NHKのドイツ語講座は、ドイツ、オーストリア、スイス、ベルギー、ルクセンブルグ、イタリアなど国内にドイツ語圏を抱える国々が後援しています。
 そして東西ドイツが分裂時代は、東ドイツ、西ドイツ双方が後援していました。

 それで当時このドイツ語講座の中での、ドイツ文化やドイツの国民生活紹介の中では、東ドイツの話も、西ドイツの話も等分煮出ていました。

 また同じく日本で行われるドイツ語検定も、やはり東西ドイツとドイツ語圏を抱える国々が一緒に後援していました。

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 冷戦下での東西ドイツの分裂は不可避だったし、またその後も東ドイツの共産党政府、西ドイツ政府共に譲れないところはあったでしょう。

 しかしこうした東西ドイツの対応を見ていれば、それでも双方がこれ以上余計な諍いをしないように、また政治に関係しない部分ではできる限り友好関係を維持しようと努力していたのがわかります。

 ところが韓国と北朝鮮は真逆でした。

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 ソウルオリンピックの数年前から、NHKは朝鮮語講座を放映しようとしました。
 ところがこれが放送開始前から大騒動になりました。
 
 つまり韓国は「朝鮮語講座と言う名前はケシカランニダ!! 韓国語講座にするニダ!!」と言い、これに対して北朝鮮は「朝鮮語講座で当然ニダ!! 韓国語講座なんて許さないニダ!!」と言うのです。

 そしてお決まりで民潭と総連が双方、在日コリアンを動員して大騒ぎです。

 結局NHKはどうしようなくなったのか、これを「ハングル講座」として放映しました。
 しかしハングルは文字の名前で言葉の名前ではありません。

 これって中国語講座を「漢字講座」、ロシア語講座を「キリル文字講座」と言うような変話ですが、しかしこれでとにかく総連、民潭がようやく騒ぐのをやめたのです。

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 だからソ連崩壊後、東西両ドイツは速やかに統一されましたが、朝鮮半島がそのままなのは実に尤もだと思いました。

 コイツラ、ホントに人と話し合ってお互いに譲れることは譲って協調していくことや、或いは我慢するべきところは我慢して社会のルールを守っていくという事ができないのです。

 代わりにどんな些細な事でも、一度諍いが始まると、一歩も譲らず諍いを続けるばかりかドンドンそれをエスカレートさせていくのです。

 共産主義と資本主義と言うイデオロギーの違い、そしてそれぞれの同盟国であるソ連やアメリカへの意思などは、どうにもなりません。
 しかしそれでも東西両ドイツは、文化や人道問題と言う、こうした政治力学の及ばないところでは、何とか良好な関係を築こうとしていました。

 ところが韓国と北朝鮮は、語学講座と言う純然たる文化問題まで、政治利用して諍いをはじめ、それに日本と日本人を巻き込むのです。
 そして双方一歩も譲らず延々と諍いを続けるのです。

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 これは竹島とか慰安婦強制連行捏造とか、旭日旗騒動とかも同じでしょう?

 韓国人が過去の歴史をどう思おうとも、それは韓国人の自由です。

 しかし既に日韓併合については完全に条約でけりがついているのです。 だから日本と正常で良好な関係を維持したいのであれば、日本に対する過去の感情を日本と日本人の前で吐き出す事は自制するべきなのです。

 ところが彼等はそういう知恵がありません。

 どんなつまらない事でも、そもそもネタがインチキであっても、きちんと整理することは勿論、「もうこんな事を言い続ても仕方ないからいい加減にやめよう」と言う事さへできず、際限もなく騒ぎ続けるのです。

 これでは統一なんかできるはずもないのです。
 南北統一だけでなく、過去のトラブルを乗り越えて未来に向かう事は不可能なのです。

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 ウリは正しい!!
 絶対に正しい!!
 だからどんな些細な事であっても一歩も譲らないニダ!!
 ウリが正しいのだから、正しくない方が完全にウリに従うニダ!!
 人道も糞もないニダ!!

 この感覚でどうやって他者と協調していけるのでしょうか?
 そしてこの感覚がある限り、条約も約束も守るわけもないのです。

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 昨日、こんなニュースが出ました。

 北朝鮮、米兵遺骨返還めぐる米朝協議に現れず

 6月12日米朝首脳会談で、金正恩はトランプ大統領に朝鮮戦争時米軍戦死者の遺骨を返還し、行方不明者の捜索にも応じると約束しました。

 しかし早速この約束を破り、遺骨返還に関する米朝協議をすっぽかしました。

 いかに北朝鮮らしいと言ってみればそれまでです。 
 北朝鮮側は非核化に対するアメリカ側の強硬な態度に不満があるようです。 だから遺骨を人質にごねようというのでしょう?

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 しかしこんな事を何になるのでしょうか?

 米兵の遺骨を返すと北朝鮮にどんな不都合があるのでしょうか?
 遺骨は拉致被害者と違って、北朝鮮の秘密をしゃべるわけでもないのに。
 
 こんな事をしてはトランプ大統領の面目は丸つぶれです。
 アメリカ議会やアメリカ国民も怒り狂うでしょう。

 そしてこれでまたアメリカが軍事攻撃をするハードルが大幅に下がります。
 これだと明日にでもトランプ大統領は、米韓合同演習を再開すると言い出すのでは?

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 そもそも遺骨の返還のような人道問題は、朝鮮戦争休戦後に速やかに済ませるべきことなのです。
 北朝鮮が朝鮮戦争休戦直後から、こうした人道問題をきちんと処理していれば、アメリカとの関係だてって全く違っていたのでは?

 人道問題をきちんと処理して信頼関係を築き、それを政治問題を話し合う基盤にしていく。

 北朝鮮にはこうした発想はないのです。

 でもこれはつまり上記で紹介した韓国との諍いと同じ発想で、どんな些細な事でも一歩も譲らない、そして際限もなく諍いをエスカレートさせていくという朝鮮民族の特質によるのでしょうか?

 こうした北朝鮮の対応を見ていると、ホントにこの国は理解不能で厄介な国だと思います。
 そしてこうした気質がある限り、話し合いでの統一など絶対不可能だと思います。

 それでも万一統一されたら?
 勿論、統一政権による大粛清が始まり、大量の人間が虐殺される事になるのです。

  1. 特亜
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2018-07-12 13:47

トゥキディデスの罠とペロポネソス戦争 その2(デロス同盟)

 昨日からトゥキディデスの罠とペロポネソス戦争について書き始めたのですが、しかしアテネが軍事強国として台頭するに至ったペルシャ戦役の勝利のところまで書いて終わってしまいました。


 だから今日はその続きを書きます。


 ペルシャ戦役を通じてアテネはギリシャ世界最大最強の海軍国になりました。 アテネ海軍が保有する三段櫂船は200隻、二位のコリントは40隻ですから、当時のアテネの海軍力は現在の世界でのアメリカ海軍に匹敵するでしょう。


 そしてペルシャ戦役を期に、アテネはアテネ市街と外港ピレウスを囲む長城を建設して、アテネの防衛体制を完璧にしました。


 しかしペルシャ戦役はアテネにもう一つの力を与えました。

 それはデロス同盟です。


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 デロス同盟はアテネを中心にした東地中海諸ポリスの対ペルシャ防衛同盟として発足しました。


 現在のギリシャ共和国はアナトリア半島には領土がありませんが、これは第一次世界大戦後にトルコ共和国との協定で決まった事で、それまではギリシャ人の世界はアナトリア半島の沿岸、更には黒海沿岸にまで広がっていました。


 トロイア始め古代ギリシャの遺跡がトルコに散在するのはその為です。


 こうしたアナトリア半島沿岸のポリス、そしてレスボス島やミレトス島などアナトリア半島の沿岸、更に東地中海の島嶼のポリスは、ペルシャの侵攻時にはペルシャの支配下に入りましたが、しかしアテネによるペルシャ戦役の勝利により、ペルシャの支配下から逃れる事ができました。


 そこでこれらのポリスは、再度のペルシャ侵攻に備えて、アテネを中心とする対ペルシャ防衛の為の同盟を作ったのです。


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 この同盟の本部はエーゲ海の中心にあり、アポロ神殿の聖域だったデロス島に置かれました。 それでこの同盟はデロス同盟と呼ばれました。


 そしてアテネがその盟主となったのです。


 アテネはこれ以降、デロス同盟加盟国をペルシャの脅威から守るだけなく、軍船でエーゲ海上をパトロールを行い、海賊行為まで取り締まるようになります。


 これはこの地域の交易の拡大し、地域全体の経済発展を促しました。 そしてデロス同盟は単なる軍事同盟と言うより、一大経済文化圏となっていきます。

 

 そして当然ですが、このデロス同盟により一番発展したのは、アテネなのです。


 デロス同盟の発足によりアテネはこの地域全体を自分の勢力下におくようになったのです。 そしてそれは全ギリシャ世界の半分を超える地域と経済と人がアテネの勢力下にはいったという事です。


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 そしてこれまた当然ですが、スパルタを中心としたペロポネソス同盟諸国は、益々アテネへの懸念を拡大させました。


 しかしそれだけではありません。

 実は後にデロス同盟内からアテネに対する不満が生まれてくるのです。


 ペロポネソス同盟は純然たる軍事同盟ですが、しかしこの同盟は軍事的危機にはお互いに助け合うというだけの物で、それも強制性はありませんでした。 そしてそれ以上の拘束もなかったのです。


 スパルタはこの同盟の盟主として、敬意を得られるだけで満足していました。


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 しかしデロス同盟は違いました。

 デロス同盟は有事には軍船を出して一緒に戦うとだけでなく、平時にもエーゲ海巡回などをやっています。


 デロス同盟加盟国でレスボスなど自前の海軍を持つポリスは、これに加わる事で同盟国として義務を果たしました。


 しかし自前の海軍が持てない弱小ポリスには、このコストを分担金と言う形で負担する義務がありました。


 この分担金がどのぐらいの額だったのかは、今も良くわからないのだそうです。 しかしペルシャ帝国の脅威が薄れるにつれ、アテネの経済発展が進み、アテネが強大化するにつれ、こうしたポリスは不満をためていくのです。


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 当時の軍船の主流である三段櫂船は一隻の建造費が1タラント、これは当時のアテネの一般勤労者の年収の6000倍程でした。

 そしてこの運航費とメンテナンスが費用が掛かります。


 当時のギリシャの弱小ポリスは人口が2000~3000人と言う所も多いのですから、到底こんな軍船は建造も運航もできないのです。 

 そしてこうした弱小ポリスにとってはペルシャ帝国だけでなく、海賊だって大変な脅威です。


 だから一定の分担金を出す事で、デロス同盟の海軍により安全保障を得られる事は大きなメリットがあるはずです。

 その為これらの弱小ポリスも自ら進んでデロス同盟に参加したのです。


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 それなのにこれらのポリスは次第にデロス同盟とアテネに不満を持つようになるのです。


 でもこれ凄くわかりますよね?

 今の日本の左翼や韓国の文在寅政権の言い分を聞いていれば。


 デロス同盟は単なる軍事同盟ではなく、経済文化圏、それも自由貿易経済文化圏となっていきました。 そして現在でも同じですが、こうした自由貿易は圏内の経済や文化を発展させます。


 しかしこれまた現在でも同じですが、全ての国が平等に発展するわけではありません。

 また経済が発展しても全ての人が平等に豊になるわけでもありません。 

 そして経済発展に取り残された側にはより強い不満を持つようになってしまうのです。


 また安全保障が当然になると、その為のお金つまり分担金(アメリカとの同盟なら思いやり予算)を出したくないと思うようになってしまうのです。 


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 一方アテネ市民たちの側は、自分達達がデロス同盟諸国の安全保障しているのだから、加盟国はもっと分担金を出して当然と思うようになります。

 そしてこうした市民意識から、デロス同盟諸国に対して、まるで宗主国か支配者のようにふるまうようになるのです。


 なんかもう2500年前の話ではなく、今の国際情勢みたいじゃないですか?


 後にペロポネソス戦争が深刻化してから、スパルタはこうしたデロス同盟加盟国の不満に付け込んでその分断を図ります。


 そしてアテネはそれに苦慮することになるのです。


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 う~~ん、なんかまた凄く長くなちゃった。

 今日はペロポネソス戦争の勃発まで書きたかったんですが、残念だけれどここでやめます。

 続きはまた今度。

 

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2018-07-11 18:51

トゥキディデスの罠とペロポネソス戦争

 中国の台頭とそれにより生まれた米中の緊張関係の激化から、「トゥキディデスの罠」と言う言葉が聞かれるようになりました。


 「トゥキディデスの罠」とは古代ギリシャの歴史トゥキディデスの描いたペロポネソス戦争の教訓から、新興国の台頭が、従来の覇権国との間に緊張や摩擦を生み、戦争が不可避になる事を指します。 


 現在この言葉が米中関係に使われている事からこの新興国はスパルタと誤解しそうですが、しかしトゥキディデスの時代に台頭した新興国はスパルタではなくアテネです。

 古代ギリシャでは米中の場合と違って、民主主義国家アテネの台頭が、スパルタを中心としたペロポネソス同盟諸国との摩擦を招き、遂には27年にわたってギリシャ全土を巻き込むペロポネソス戦争に至ったのです。


 そしてこの戦争の果てにアテネはスパルタに無条件降伏しました。


 民主主義国家の台頭が何で?どのようにして、このような戦争に至り、惨敗して無条件降伏に至ったのか? 

 簡単に書いていきたいと思います。


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 まずアテネが「新興勢力」とされるのは意外でしょう? 何しろ我々のイメージでは古代ギリシャ=アテネのイメージですから。


 しかし以外なのですが、アテネと言う国(ポリス)が軍事的な大国として台頭したのは、実は第二次ペルシャ戦役以降です。


 アテネは古代ギリシャの諸ポリスの中でも特に古い歴史を持ち、また人口も多いポリスとして知られていてのですが、第二次ペルシャ戦役の頃までは軍事的には格別な強国ではありませんでした。 


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 軍事においてギリシャ最強のポリスは勿論スパルタです。 スパルタは文字通りスパルタ教育で鍛えたられたスパルタ軍を擁しており、ギリシャ最強の陸軍国でした。

 アテネは陸軍力ではスパルタには及びませんでした。


 そしてアテネには海軍はなかったのです。 アテネは富裕な商業国家ですから、商船は沢山持っていたのですが、軍船も海軍もなかったのです。


 但しペルシャ戦争に至る100年近く前から、着々と経済力を蓄え、人口も増加していたことから、他のギリシャ諸ポリスはアテネに対する警戒感は持ち始めていました。


 こうしたポリスがスパルタを盟主として、対アテネ防衛同盟として作ったのがペロポネソス同盟でした。

 しかしこれで即アテネとの緊張関係になったわけでもないし、戦争も起きていません。


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 この状況が変わったのは、第一次ペルシャ戦役が終わった後からです。

 第一次ペルシャ戦役は、ペルシャが支配地をギリシャ本土まで拡大しようと攻め込んできた事で起きました。


 元々中東の大国だったペルシャが、有能な王を得て一気に領土を拡大し、アナトリア半島と地中海の東岸を全て支配下に置きました。 それでもペルシャは満足せずに更にギリシャ北部ま支配下におさめたました。

 しかしペルシャは、更にアテネやスパルタなどのギリシャ全土を侵略するべく、アテネから40キロ余しか離れていないマラトンに上陸したのです。


 アテネは軍はこれを迎え撃ち、完璧なまでの勝利を収めました。

 

 そしてマラトンで惨敗したペルシャは軍を引き上げました。


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 このマラトンでの勝利でアテネは一息ついたのですが、しかしその後の対ペルシャ外交をめぐって、国内では対ペルシャ穏健派と強硬派の対立が起きます。


 なぜならマラトンでの惨敗は、ペルシャの国力を殆ど損なっておらず、ペルシャは以前強大な帝国として君臨していたからでです。


 そこで対ペルシャ穏健派は、ペルシャを刺激せず良好な関係を維持することで、ペルシャが再度ギリシャに侵攻することは防げると考えました。

 この対ペルシャ穏健派を支持したのが、アテネの最富裕層を中心とした勢力です。 そしてこれが当時のアテネの保守派であり主流派でした。


 これに対して対ペルシャ強硬派は、ペルシャの再度の侵攻は必至と考え、軍備の増強によるペルシャ防衛を主張したのです。


 この中心になったのが、テミストクレスです。

 アテネの政界では例外的な中産階級の出身で、しかもこれを唱えた頃はまだ30代の若手でした。


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 そのテミストクレスが唱えたのが、海軍の創設です。 しかも当時の軍船の中心であった三段櫂船200隻と言う規模の海軍です。


 これは大変な話です。 なぜなら前記のようにこのころまでアテネに海軍はなかったのです。

 当時のギリシャ世界で最強の海軍国はコリントですが、このコリント海軍の保有する三段櫂船はたったの40隻なのです。


 それなのにテミストクレスは200隻規模の海軍を作れと言うのです。


 普通に考えれば全く荒唐無稽で実現不能としか思えない話なのですが、しかしテミストクレスは等辺追放を駆使して対ペルシャ穏健派の重鎮を追い払い、政権を手中に収め、これを実現したのです。


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 テミストクレスはその一方で、天才的な外交手腕を発揮して、対ペルシャ防衛にギリシャ諸ポリスを結集します。 


 ギリシャ諸ポリスは元来、お互いに非常に仲が悪く、オリンピック期間中以外は殆ど恒常的に戦争をしているような有様なのですが、しかしテミストクレスは奇跡のような外交手腕を発揮して、これを対ペルシャ防衛の為に団結させたのです。 


 そしてテミストクレスの提唱による海軍が完成とギリシャの団結を待っていたかのようなタイミングで、ペルシャの侵攻が始まったのです。


 するとテミストクレスはアテネ海軍を中心とするギリシャ海軍を指揮して、サラミスの海戦でペルシャ海軍を壊滅させました。

 そして陸上に残ったペルシャ陸軍は、スパルタ王パウサニアスがプラタイアの戦いで屠りました。


 こうして海と陸で惨敗したペルシャは二度とギリシャと戦おうとはしなくなりました。


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 これでわかるでしょう?

 アテネの軍事大国として地位がこれで決定したのです。


 しかしテミストクレスはペルシャ戦役勝利後も、更にアテネの国防、そして経済発展の基盤を固めます。


 彼はアテネ市街とその外港であるピレウスをつなぐ通路、そしてピレウス港を完全に囲む城壁を建設するのです。


 アテネはギリシャ最大の最強の海軍を擁しています。 そしてライバルであるスパルタには海軍はありません。


 そこでピレウスとアテネ市街を囲む城壁を作れば、アテネは籠城戦になっても海外から幾らでも食料を得られるのです。 これでアテネの防衛は完璧になりました。


 この城壁建設にはスパルタが懸念を示し、建設途中から抗議を繰り返したのですが、テミストクレスはスパルタの使節団をまんまとはぐらかして、城壁を完成させてしまいました。


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 一方でテミストクレスはエーゲ海の制海権の確保によるアテネの商業権益の確保も図りました。


 ホント凄い男なんですよね、このテミストクレスって。

 結局コイツ一人で、でその後のアテネの黄金時代の基礎を全部作ってしまったのですから。


 マジに政治・軍事・経済のすべてに卓抜した天才政治家としか言いようがないのです。


 そしてこのテミストクレスのお陰で、アテネは政治・軍事・経済のすべてでギリシャ諸ポリスの中でも最大最強の地位を得たのです。


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 ペロポネソス戦役の話をすると言いながら、ペルシャ戦役で終わってしまいました。 

 しかしここまで見ればわかるように、このペルシャ戦役での勝利が、アテネのギリシャ最強の海軍国の地位を確定したのです。


 ワタシはここまで過程をみて、日露戦争後の日本を思い出します。


 日本も対露防衛の為に、陸海軍を増強し、そしてロシアの海軍に大勝利を収める事で、欧米列強に日本の軍事力を認識させました。


 しかしこれがその後、欧米諸国との軋轢を招き、第二次大戦の敗戦につながるのです。


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 アテネは日露戦争前後の日本と違い、元々経済大国でした。

 そのアテネがペルシャ戦争により、軍事大国になりました。


 そしてテミストクレスやそれに続いたアテネの政治家達は、この軍事力をさらに強化して、その軍事力をアテネの経済発展に活用しました。


 再度書きますが、元々ギリシャ諸ポリス同志は仲が悪く、オリンピック期間中以外は戦争をしているような状態なのです。

 このような状態で、アテネが経済力・軍事力で他のギリシャ諸ポリスを圧倒して、更なる勢力拡大を図るのですから、他のポリスが危機感を持つのは当然ではありませんか?


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 このアテネの拡大に対する恐怖と反発が、これらのポリスをしてアテネとの戦争に駆り立てるのです。


 こうして起きたのがペロポネソス戦争です。 


 ツゥキディデスはアテネ市民の一人として、この戦争を詳細に記述しました。 ただ事象を記述するだけでなく、なぜそのような事象が起きたかも冷静に分析しながら、この悲劇を描いたのです。

 

 このペロポネソス戦争を描いたトゥキディデスの「戦史」は、今も世界最高の史書としされます。


 そしてアテネの台頭がペロポネソス戦争を招いた事から、新興国の台頭がそれまでの覇権国との軋轢を生み、更には戦争を招くことが「トゥキディデスの罠」と呼ばれるようになったのです。


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 ここまでで随分長くなっちゃいました。


 だからペロポネソス勃発とその後については、またそのうち書きます。

 そしてこれを書くと、ずうっと前にさわりだけ書いて放り出していた「ソクラテスの恋人 梟雄アルキビアデス伝」の続きも書けると思います。

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2018-07-11 13:11

自己中 その2

  久々に晴れた日、わたしは久しぶりに散歩に行こうと思って、よもちゃんにお留守番を頼みましたが、よもちゃんはなかなか引き受けてくれません。



 よもさん、お願い!!


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 ダメよ。 ワタシには崇高な任務があるのよ。 

 町内のパトロールは猫の大切な任務なのよ。

 

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 そうです!!

 よもさんのパトロールすお姿、なんて凛々しく頼もしい!!


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 有難うラベンダーさん!!


 だってよもさんは夜中もパトロールしているじゃない? 

 だから昼間は良いでしょう?


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 夜になったら、お花さん達はみんな寝てしまうのよ。

 だから夜に歩いても、お花さん達のお話は聞けないのよ。


 だってパトロールなんだからお話は聞く必要はないでしょう?


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 ああ、これだからネトウヨはダメなのよね。

 これじゃ立憲民主党や社民党と同じだわ。


 ??

 それ凄い侮辱よ!!


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 だって事実だから仕方ないわ。


 な、なにが事実よ!!


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 町内の治安維持の為には直接不審者を見張るだけではだめなのよ。 町内のお花さんや近所の人達とお話をすることで、常に情報を得て置く事が必要なのよ。

 その為にはちゃんとお花さんが起きている昼間のパトロールが必要なのよ。

 つまり昼間のパトロールってファミントなのよ。


 ファミント??

 それヒュミントの間違いじゃない?


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 間違いじゃないわ。 

 人、つまりヒューマンから情報を得るからヒュミントよ。 でもワタシはヒューマンからの情報も得るけれど、お花さん、つまりフラワーからの情報も得るからファミントも行っているのよ。


 ふうん・・・・。


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 偵察衛星やハッキングなどハイテクによる情報収集も大切だけれど、このヒュミントのような直接的コミュニケーションによる情報収集も絶対に必要なのよ。

 

 ・・・・・。


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 アメリカが北朝鮮に手を焼いているのは、実は北朝鮮相手ではこのヒュミントによる情報収集が殆ど不可能で、その為金正恩の居場所も核兵器や核関連施設の数や場所も、正確にはつかみきれないという問題があるからよ。

 だって北朝鮮には外国人は事実上入れないし、大使館員など海外に出ている北朝鮮人は、自国の核兵器に関しては何も知らないし、何の権限もないのよ。 

 これではヒュミントのやりようがないわ。

 つまり北朝鮮は情報管理では、アメリカをはるかに凌ぐ金城鉄壁の国なのよ。


 それってアメリカや日本じゃ無理なの?

 

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 そんなの無理よ。 アメリカや日本で外国人の出入りを禁止することはできないわ。 それどころか日本には朝鮮総連のような北朝鮮の工作機関まであるのに、日本政府はこれに破防法も適用できないんだから。

 でも逆に言えばそれは北朝鮮が、完全鎖国状態であり、人権侵害やりたい放題だから、できる事なのよ。

 そしてその為には経済発展も国民生活も全て犠牲にしているのよ。


 最悪ね。


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 そうよ。 でもそうやって情報統制に徹した結果、北朝鮮は極貧国になって通常兵器どころか今では新兵に軍服も支給できないという為体よ。

 だからこそ金正恩とすれば核兵器に頼るしかなくなったのよ。

 そしてその核開発故に、今度は経済制裁を被って、益々貧困化して、その上軍事圧力を受ける嵌めになったのよ。


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 つまりこれは北朝鮮と言う体制の行きつく果てなのよ。

 北朝鮮と言う国は言わば電信柱に上って「オレに手を出したら飛び降りてやるニダ!」と周りの人を脅しているような国なのよ。

 

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 そりゃそんなことをしたら皆迷惑だから、何とか電信柱から降りてもらおうと思って色々気をつかうわ。

 そして電信柱の高い所にいる限り捕まる心配もないわ。

 それで北朝鮮は上へ上へと登り続けたのよ。

 でもそれで天辺まで来てもどうにもならないのよね。

 そして北朝鮮はついに電柱の天辺まで来ちゃったのよ。


 それじゃどうにもならないわね。 このまま未来永劫電柱の天辺にいても、衰弱するだけだものね。


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 そうよ。 それどろか衰弱して電柱の天辺から落ちるかもしれないのよ。

 今がその状態よ。


 北朝鮮の話はよく分かったわ。 

 ところでお留守番は?


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 イヤよ!!


 だってパトロールはあらかた終わったでしょう? 

 結局わたしとふたりで町内をほぼ全部まわったじゃない?

 だかラ帰りましょうよ。


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 こんな天気の良い日に、お留守番を強制するなんて、動物虐待よ!!


 だって・・・・・。


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 あんなにも長い間、雨と曇りの陰気な日が続いて、今日は漸く晴れたのよ。 

 それなのにお留守番をしろなんてよく言えるわね。


 だってそれはわたしも同じよ。 よもさんがお留守番をしてくれないと、わたしが散歩に行けないからお留守番をすることになるのよ。

 これって人間虐待じゃない?


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 虐待じゃないわ。

 だってわたしの外出中、お留守番をするか、外出するかを決めるのは、同居人の自由意思であって、強制ではないもの。


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 自発意思で行う事を強制されたというなんて、奴隷的思考その物よ。 

 高給を目当てに慰安婦になったり、日本に出稼ぎに着た事を「強制連行」と言うのと同じだわ。

 それじゃ完全に朝鮮人でしょう?


 そ、そんなこと言っても、よもさんがお外にいるとわたしは心配でたまらないのよ。

 チョ、チョッとよもさん!!


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 とにかくワタシはお留守番はイヤよ!!


 よもさん!!

 お願いだからそこから出て!!


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 イヤよ!!

 ワタシはこれから暫くここでお昼寝するから、同居人は帰りなさい。


 そ、そんなあ・・・・・。

 何でそんな意地悪なのよ?


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 意地悪なのは同居人よ。

 爽やかな夏風が吹き抜ける車の下のお昼寝は最高なのよ。

 だから邪魔しないで!!


 わかったわ。 だったら良いわ。 

 わたしもお散歩に行くから、よもさんは好きなだけそこでお昼寝してればよいわ。


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 そうよ、最初からそうすればよいのに、何であんなに頭が悪いんだろう?

 三流大学の工学部卒じゃ、あのレベルで仕方がないのね。



 わたしは頭に来てよもちゃんを置いて帰る事にしました。

 でもわたしが家の玄関まで来ると・・・・・。



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 チョッと、何でそんなに怒るのよ。


 ・・・・・。


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 そんな風にワタシを見捨てて帰ってしまって、ワタシが野良猫に強姦されても良いの?


 ・・・・・。


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 チョッと何とか言ってよ!!


 ・・・・・。


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 ワタシのことが心配じゃないの?


 だってよもさんは賢いからわたしのような低学歴が心配する必要はないんでしょう?


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 同居人の低学歴はその通りだけれど、そんな風にひがむのは良くないわ。

 


 ともかくよもちゃんはこうして家に帰りお留守番をしてくれました。


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 Zzzzz・・・・・。



 よもちゃんの自己中はわかっています。


 でもお互いの自己中を認め合う事がなければ、猫とも人とも一緒に暮らす事はできません。 だからわたしとよもちゃんはお互いに自己中だとわかりながら、それを認める事で仲良く暮らしているのです。


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2018-07-10 12:20

自己中

 先日は久々に青空が見られました。 だからわたしは散歩に出たいのですが、しかしわたしだけの都合では、行けません。



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 おお、やっと晴れたわね。


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 ホントにあんなに長い間、雨と曇りが続くなんて・・・・・。

 完全に異常気象よね?


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 あれは地球温暖化もあるけど、中国の汚染物質のせいだという説もあるわ。 中国の大気汚染の汚染物質が日本まできて、その汚染物質がコアなって雨を降らせるというのよ。


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 水蒸気が水滴になるには、コアになる塵のような物が必要なよ。 

 だから所謂人口雨は、ヨウ化銀などを超微細な粉末を大気中に放出して、それをコアにして空気中の水蒸気を水滴、つまり雨にするのよ。


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 ところが近年では、中国からPM2.5のような汚染物質が、大量に吐き出されて、それが日本に来ることが恒常化しているのよ。

 その汚染物質がコアになって、日本で雨が増えたというのよね。


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 ホントに中国は世界の厄災になってきたわね。


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 ああ、お日様がまぶしい!!

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 だってもう7月も半ばなのよ!!


 よもさ~~ん!! よもさ~~ん!!

 待って~~!!


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 ??

 イヤな声。


 よもさん、待って。 何処へ行くの?


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 散歩よ。


 よもさん、お願い、お家へ帰ってお留守番してよ。


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 イヤよ!!


 そんなこと言わないで、お願いよ。 せっかく久しぶりの青空なんだから、わたしも散歩に出たいのよ。


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 それはこっちも同じよ。

 ワタシだって青空の散歩は久しぶりなのよ。


 だってよもさん、あんまり明るいの好きじゃないでしょう?


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 何を根拠にそんなこと言うのよ?


 だってさっきから日陰ばかり歩いているじゃない?

 ホントに明るい青空が好きなら、電信柱の陰に沿って歩くようなことはしないでしょう?


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 同居人、日蔭はなぜできると思う?


 そ、それは・・・・・。


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 日陰は光があるからできるのよ。

 光のない所で日陰はできないのよ。

 

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 先週の雨と曇りの日々、同居人は日陰を見た?


 それは・・・・見てないわ。


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 そうでしょう?

 つまり日陰とは光ある日にこそできる物なのよ。


 だから何?


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 だから頭の悪い人間と話をするのは嫌なのよ!!

 つまり光と影は本来一体なのよ。

 光があるから影があるのよ!!

 光があるから日陰を歩くことができるのよ!!


 だってよもさん、夕べも長い間、お外で遊んでいたでしょう?

 この頃毎晩、夜遊びしているでしょう?

 夜に日陰はあるの?


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 夜の外出と、昼間の散歩は別問題よ。


 そんなの勝手だわ。

 よもさんが夜中に夜遊びに出る度に、わたしは心配して待っているのよ。 

 この前なんかいつまで経っても帰ってこないから、近所中探したのよ。 そしたらよもさんは小学校の向こうの方の他所のお宅の庭にいたじゃない? 

 一体何であんなところに行ったのよ?


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 そういうプライベートな問題を詮索するもんじゃないわ。 大体少しワタシの帰宅が遅いからって近所中探し回るなんて、ナンセンスだし近所迷惑よ。


 だってよもさんは怪我をして帰った事もあるでしょう?

 この頃怪しい黒猫が出没しているし、遠くまで行って帰れなくなっているかもしれないじゃない?

 だから心配なのよ。


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 だったら同居人も外出を慎んで欲しいわ。

 一昨年自転車で転んで2ヶ月も入院したのは誰?

 その間、妹さんに大迷惑をかけたでしょう?


 だって、あれは仕方がなかったのよ!!


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 だったらワタシの帰宅が遅れても仕方がないのよ。


 そ、そんなの酷いわ!!


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 酷いのは同居人よ。

 いつになったらその自己中が治るのだろうか?


 よもさん!!


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 あら、良い匂い!!

 ラベンダーさんこんにちわ。


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 こんにちわ、よもさん。

 パトロール、ご苦労様です。


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 どういたしまして、務めですから。

 でもラベンダーさんはご立派ですわね。 

 こんな天候不順なのに、今年もこんな綺麗に咲いてくださって、爽やかな香りで近所を満たしてくださるのですから。


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 そんなお褒めにあずかるようなことではございませんわ。

 務めですから。



 よもちゃんは好き勝手にお散歩を続ける心算なのです。

 

 それにしてもよもちゃんはこの頃、夜毎、遊びに出るのです。

 そして随分遠くまで行くときもあるのです。 そのたびにわたしは死ぬほど心配して、猫探知機を片手に探し回る嵌めになるのですが、しかしよもちゃんはそういうわたしの気持ちを全然考えてくれないのです。

 

 よもちゃんはわたしの事を自己中だというけれど、わたしはよもちゃんの方が自己中だと思います。

 皆さんどう思いますか?

  1. 猫の生活
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2018-07-09 14:42

メキシコ大統領が凄い!!

 これは凄い!!
 
 Christian News Watch(Japan)さんのところでしったのだけれど、 今回の選挙で勝利したメキシコ大統領アンドレマニュエル・ロペスオブラドールは、大統領選選挙期間中、アメリカへの不法移民を呼び掛けていました。

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【メキシコ:驚愕】メキシコの最有力大統領候補者が、米国への大規模移住を呼びかける


「米国で生活を見つけてください」
メキシコの大統領候補者は、米国に大規模移住し大量移民であふれさせることが「人としての権利」と呼び掛けている。

Eluniversalのリポートによると、アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(AndrésManuel Lopez Obrador)(AMLO)候補は、大統領選挙候補者のメッセージで「米国での生活を見つけるためにメキシコから脱出するべきだ」と述べた。これはトランプ大統領がアメリカ人にカナダに脱出するようにと言っているようなものだ。

火曜日にオブラドール氏は「すぐに、今すぐにでも、我々の社会的な運動が勝利した後、我々はアメリカ大陸のすべての移民と世界のすべての移民を守る」、「町を離れて米国で生活を見つけよう」と呼びかけた。

「米国へ逃げることは、我々が守る”人としての権利”となるだろう」

選挙はあと残り2週間足らずで、現在のところオブドール氏は最有力候補である。彼はトランプ大統領のメキシコに対する政策に反対を掲げている。

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 自国民が海外に移民するのは、自国内に仕事がないから、自国での生活が苦しいからです。 だから本来なら政治家は自国の生活を良くする、経済を発展させて国内に仕事を作る事を目指すべきなのですが、しかしそれは放棄して、アメリカへ行けと言うのです。

 だったらメキシコをアメリカに併合してもらえば? 

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 元々メキシコには強い反米感情がありますが、これは実は過去にアメリカがメキシコの領土を侵略併合したからです。

 現在アメリカの中でも最も富裕である、或いは広大な州であるテキサス州、カリフォルニア州、ニューメキシコ州は、元々メキシコ領だったのですが、1845年に米墨戦争の結果、アメリカの物になりました。

 アメリカはこれらの州をメキシコから奪う為に、まずメキシコ領だった地域に、不法移民を送り込みました。 これはメキシコ政府もまずいと思っていたようですが、この地域は当時は人口希薄で、当時のメキシコ政府にはこの国境を管理する能力がありませんでした。

 こうしてアメリカから入り込んだ不法移民達は、自分達の居住地の独立を宣言しました。

 するとアメリカ政府がこれを承認、さらに他の欧州諸国にも働きかけて、これを承認させて、独立させてしまいました。

 そして一旦独立すると、今度は独立政府がアメリカへの併合を申し出、アメリカがこれを受け入れて、アメリカに併合したのです。 

 勿論メキシコ側はこんな事は絶対認められないので戦争(米墨戦争)になりましたが、装備と兵力で劣勢なメキシコは惨敗しました。 それでこれらの州は現在はアメリカ領なのです。

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 因みにアメリカは、ハワイ王国の併合も同様の方法を取りました。

 どう考えてもアメリカのやり方は卑劣です。 

 そしてこれ程見事に移民を受け入れる危険性を示す例はありません。

 アメリカ合衆国によるメキシコからの領土強奪と、ハワイ王国併合は、移民による人口侵略の典型なのです。

 だからメキシコ人には、この仕返しをしたいという意識が今もあるのでしょう。 その意味ではメキシコばかりを責められないのです。

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 しかし哀しいのは、アメリカに奪われた地域の方が、メキシコ本国より遥かに豊になってしまった事です。 アメリカが奪った州に住んでいたメキシコ人達は、今もメキシコ系アメリカ人としてアメリカに暮らしています。

 彼等はアメリカでは長く二流市民として様々な差別を受けてはきましたが、それでもなおメキシコで暮らすよりははるかに良い生活をできたので、アメリカを脱出して祖国に帰るとかそういう話は全くありませんでした。

 そしてその後祖国メキシコの人達が、何とかアメリカに移民して、アメリカで働こうとして苦心して、不法入国しては強制送還されるのを後目に、アメリカ人としての権利を享楽しているのです。

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 ( ̄∇ ̄;)ハッハッハ、結局アメリカに奪われたメキシコ領に住んでいたメキシコ人は勝ち組だね。

 君達、羨ましなら米墨戦争時の条約を改訂して、メキシコ全土をアメリカに併合してもらえば良いよ。

 そうすれば、君達は晴れてアメリカ合衆国国民になれるよ。 そしてNYでもワシントンでも好きなところへ行って働く事ができるよ。

 イヤ、だから不法移民を送り込んでアメリカを乗っ取るんだよ!!

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 でもダメだね。 そんなことをしたら。

 メキシコは気候温暖で農地も天然資源もアメリカ以上に豊です。

 それなのに何でメキシコは貧しくアメリカは豊なの?

 それはつまりアメリカはアメリカ人の国で、メキシコ人はメキシコ人の国だからでしょう?

 だって大統領候補が祖国を良くする努力を放棄して、他国へ逃げる権利なんて言い、それを支持する政党や国民がいるのだから、国家がよくなるわけはないよ。

 だからメキシコがアメリカを乗っ取ったら、アメリカがメキシコ並みに貧しく治安の悪い国なるだけだよ。

 メキシコがアメリカを併合したら、メキシコ人はニューヨークでもワシントンでも好きなところで暮らして働く事はできるようになるよ。

 でもその時はメキシコ並みの賃金しかもらえないよ。

 だってアメリカが豊かなのは、結局アメリカ人の国だからだよ。

 しかもそんな候補が当選して、ホントに大統領になっちゃった!!

 これでメキシコが立派な国になれるでしょうか?

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 メキシコなど南米諸国がなぜアメリカのように発展しなかったのか?

 これには色々な説があるけれど、でもこの大統領を見ていたら一目瞭然じゃないですか?  

 自助努力を放棄してタカリに徹するような国が発展するわけはないのです。

 しかし哀しいけれど、このタカリ根性はメキシコだけでなく、途上国の多くに蔓延しています。 

 せっかく植民地から独立して自分達の国を作ったのに、その国を運営できず、元の宗主国への移民を目指す人々が世界中に溢れています。

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 こういうの見ているとホントに悲しくなります。

 独立した時に高らかに掲げた民族の理想はどこに行ったのでしょうか?

 彼等には元々自立自助で国家を運営する能力がなかったのか? それとも現在の状況があまりに悲惨なので、こうした意思を喪ってしまったのか?

 しかしいずれにしても、アメリカもその他先進国も、無限の移民を受け入れる能力はありません。

 だから彼等がタカリ根性を捨てて、自国を良くする以外には、この状況を変える事はできなのです。

  1. レイシスト
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2018-07-09 12:31

今一の青空

 昨日は久しぶりに青空を見られました。

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 結構雲も出ていて今一の青空ではありますが、それでもこの前青空を見たのは6月30日です。

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 あれから札幌は毎日雨と曇りが続いたのです。

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 西日本でも先週は大変な豪雨で大被害を出していますから、札幌の雨もその余波でしょう。

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 札幌の先週の雨もホントに長く執拗な雨でした。

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 この雨の間に薔薇を始め初夏の花は大方終わってしまいました。

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 一方ワタシはワタシで体調を崩して、寝込む日が続きました。

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 6月半ばまで体調が良くて、喜んで色々やってきた事のつけが回ってきたようです。

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 あの頃はこのままいけば、また完全に元気になって、バイトぐらいできるのでは?と思ったのですが、それは甘かったようです。

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 でもがっかりしてもいません。
 これまでこんな事は延々と繰り返してきたのですから。

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 そしてどうせ寝込むなら、明るく晴れた日より、暗い雨の日の方が気持ちが休まります。


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 特に土砂降りが続いた先週の月曜から水曜まで、ワタシは殆ど寝込んでいたのです。

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 そしてその後も体調も生活のリズムも戻らず、何だかぼんやりとしていたのです。

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 それでも昨日は青空を見て少し元気がでました。

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 それで久しぶりに自転車で近所を駆け回りました。

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 ついでに山の上の野菜の直販所への行ってみました。

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 しかし商品がほとんどありませんでした。

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 本来なら今頃は品数がどっと増えるはずなのに、まるで開店休業です。

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 スーパーの野菜も高くなったので、こちらも売れつくしたのか?
 それともこちらの野菜も獲れないのか?

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 これからの事を考えるとこれは結構深刻な事態では?

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 それはそれとして自転車の乗り心地が悪いです。
 どうやらタイヤの空気が抜けてしまったようです。

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 それで一旦家に帰る事にしました。
 パンクはしていなかったのですが、雨の間に大分空気が抜けてしまったようです。

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 家に帰って空気を入れると、ワタシはまた出かけました。

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 今度は農試公園の方まで行きました。

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 自転車の乗り心地は良くなっていました。

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 それで喜んで無暗に駆け回っている間に日が傾いてきました。

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 そうやって駆け回っている間、太陽は雲から出たり入ったりして、明滅を繰り返しました。

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 太陽が雲から出る度に「おお、これで晴れる!!」と思うのですが、直ぐにまた曇ります。

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 ワタシの体調と一緒です。

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 それでも久しぶりの青空です。 
 また太陽が出る事を期待して走り続けました。

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 家に帰ったのは7時前です。
 そして今日はまた朝から曇りです。
 天気予報では今秋一杯傘マークが並んでいます。
  1. 札幌の四季
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