2017-05-26 14:21

小池の迷走 ポピュリズム

小池東京都知事が奇妙な事を言いだしました。

子どもいる自宅での喫煙制限、小池新党が公約で条例検討

 東京都議選(6月23日告示)に向け、小池百合子都知事が率いる地域政党「都民ファーストの会」は25日、「子どもを受動喫煙から守る条例」制定を公約にすると発表した。子どもがいる自宅や自家用車内での喫煙制限を検討するという。

 公共施設などの受動喫煙防止条例は自民、公明、民進、共産の主要各党が公約に入れ、横並びの状態。既に条例化を公約に入れていた同会は「極めて厳しい案を提案する」として差別化できる内容を考えていた。ただ私的な空間での行動を制限しかねず、他党から疑問視する声も出ている。

 同会は今後、詳細な内容を詰める。この日、記者会見した同会政策顧問の弁護士は「家の中については努力義務規定を設ける形になる」と見通しを説明。同会特別顧問の小池氏は「『個人の家に手を突っ込まないで』と思われるかもしれないが、(家や車の中での喫煙は)子どもの健康によい方向ではない」と話した。

朝日新聞社


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 なるほど、子供の受動喫煙は健康に悪いでしょう。

 しかし喫煙自体は合法なのです。


 その合法な事を自宅で行う事を、自治体が制限すると言う発想は何とも異様です。

 

 自宅での喫煙を制限するために、東京都警が個人の住宅を監視でもするのでしょうか?


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 ワタシは東京都民ではありませんが、それでも小池が東京都知事選に立候補したときは、当選を期待しました。


 しかし豊洲移転で迷走し始めて移行、小池のやる事はもう滅茶苦茶、売名の為のパフォーマンスの為なら都政の破壊も辞さない最悪のポピュリストとしか思えなくなりました。


 東京都知事選で小池が自民党の公認を貰えなかった時に、自民党側が言った言葉が言葉が、思い出されます。


 色々と検討し、調査したけれど、どうしても小池氏を公認する事はできない。


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 ワタシはこれを聞いたときは、意味が良くわかりませんでした。

 マスコミやネットでは、小池が都知事になると都議会の自民党議連の利権を奪われるからなどと言われました。


 勿論これは事実でしょう。


 しかし自民党側は、こうした小池の人間性を見抜いていたのも事実ではないでしょうか?


 だから小池を都知候補に公認にすれば自民党が楽勝であったにも拘らず公認しなかったのでは?と思ってしまうのです。


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 これは大人口の都市や国家での民主主義の問題です。


 一般有権者には、候補者の人間性や能力を知る事が非常に難しいのです。 

 

 理念のようなモノはそれまでの公的な言動だけで、比較的簡単にわかるのですが、しかし人間性や能力は実際に当人と接しない限り簡単にはわかりません。


 そこで綺麗事を言うのが上手、或いはパフォーマンスばかりが上手い人間が、票を集めて当選すると言う事態が起きるのです。


 一般有権者がその人間性や能力を知るのは、この人間が当選して、実際に権力を行使し始めてからになってしまうのです。


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 しかしこのポピュリズムを助長するのがマスコミです。

 

 マスコミは豊洲移転問題で、科学的事実を一切無視して、小池応援を続けました。


 勿論マスコミの多くが反自民だからでもあるでしょう。


 しかし彼等は人気取り商売の本性として、人気タレントをもてはやすのと同じノリで、こうしたパフォーマンの巧みな人間に迎合して、その人気を煽ってしまうのではないでしょうか?


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 ワタシが思い出すのは、鳩山由紀夫や菅直人へのマスコミの異常な入れ込みです。


 勿論、自民党政権を潰すと言う彼等の念願が叶っての応援だから殊更身が入ったのでしょう。


 しかし超高学歴で名門でいながら、誰にでも安易迎合する鳩山由紀夫や、市民活動家で政治=人気取りと考えている菅直人などは、当に天性のポピュリスト、ポピュリズム以外何もない人間だったのです。


 その場の人気取りに全てを賭けて、それ以外は何もない。


 このような人間達はマスコミにとっては、自分達に運命を委ねて、何でも注文を聞いてくれるアイドル歌手のような存在で、愛おしくてならなかったのではないでしょうか?


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 こうした人間の人間性の問題を指摘して、一般の人々に報せるのは、非常に難しいでしょう。


 だってそもそもそれは他人の人格攻撃になりますから、やればやった人間が自身の評価を落とし、憎まれるだけになるのです。

 だから自民党だって小池を公認しない理由さへ明確にはしなかったのでしょう。


 戦前は超鳩山由紀夫とでもいうべき、超ポピュリスト近衛文麿と言う男が首相になり、当時の新聞は熱狂しました。


 そしてそれが日本を満州事変から始まる泥沼の戦争へと追い込いこんだのです。


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 ともかく小池は今後も暫く、こうした意味不明の人気取りに熱中し、都政は全てその為に利用し続けるでしょう。

 

 日本国民としては何とか東京オリンピックだけは無事にやって欲しいです。 


 開催を決めた以上はちゃんとできないと日本の恥になりますから。

  1. 戦後民主主義
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2017-05-26 11:31

中世に生きる人々 イスラム

 以前、池内恵の北星学園大学での講義についてエントリーしました。
 そのエントリーでは書かなかったのですが、池内恵はもう一つ面白い話しをしました。

 それは「ザ・メッセージ」と言う映画の話です。 
 この映画は1976年、イスラム教の教祖ムハンマドが、天使の啓示を受けてから、メッカを征服するまでを描いています。
 サウジアラビアが資金を出して、ハリウッドで制作されました。
 
 サウジアラビアの注文で造られたイスラム教の映画なので、イスラム教の教えを守りムハンマドやその後継者アリは、光や透明人間状態で描かれています。
 一方、その他の点では、コーランの記述に非常に忠実に作られているそうです。

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 で池内恵によると、これは結構面白い、勧善懲悪の西部劇のような面白さだそうです。 

 つまり正義の味方が悪の街で、悪人達に苦しめられ一度は敗退するが、やがて力を付けて、仲間を集めて悪人達を懲らしめると言うストーリーなのです。

 で、池内恵によると、現在イスラム諸国ではこの手のドラマや映画が大量に作られて、盛んに放映されていると言うのです。

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 しかし考えてみると、これはイスラム世界では画期的な事でしょう。

 だってイスラム教ではコーランの翻訳は禁止されており、また偶像崇拝の禁止から、宗教画もありませんでした。

 コーランはアラビア語ですが、これはメッカ周辺のアラビア語で、アラビア語圏でもメッカを離れると簡単には理解できないようです。
 
 まして非アラビア語圏のイスラム教徒など、殆どはコーランの内容は理解できなかったのです。

 その上、イスラム教の教理から、宗教画は絶対禁止なのです。

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 中世のキリスト教会は、教会は宗教画や彫刻で埋め尽くされているのですが、これは民衆に説教をする時に、これらの絵や彫刻を使ったからそうです。

 中世に生きる人々は、読み書きができないだけでなく、抽象概念の把握が苦手で、単純で、子供のような面があるのです。

 そう言えばワタシが子供の頃通ったキリスト教の日曜学校でも、聖書のストーリーを紙芝居などを使って教えてくれました。
  
 ところがイスラム世界では、こうした民衆への教理の布教法が全く不可能だったのです。

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 それがこの「ザ・メッセージ」制作辺りから一転して、映画やドラマと言う、紙芝居や宗教画とは比べものにならない程リアルで、真柏性のある手段での布教が始まったのです。

 これがイスラム教についての一般庶民の認識を大いに変えた事は間違いないでしょう。

 実は今、外務省は在外邦人に対してラマダン期間中のテロの警報を出してます。
 
 これ付いて、NYTにこんな記事が出ていたのです。

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 ラマダーン月は単に断食をする月ではない。他の信徒といっしょに断食をし、断食明けに食事をともにすることでムスリムとして一体感を強化し、さらに苦労を共有することで自分の宗教を再確認し、信仰心を高揚させるという効能もある。

 多くのムスリムがこの時期、宗教的な感情を高ぶらせ、善行に励もうとする。メディアもそれを煽り立て、テレビではイスラームの栄光の歴史を辿る番組が目白押しになる。わたしも中東で何度かラマダーン月を経験したが、ムスリムたちがそうした大河ドラマをみるたびに、中身がそんな変わるわけでもないのに、毎度毎度ベーベー泣いているのに驚いたことがある。

 また、この時期には、とくに豊かな湾岸諸国目指してイスラーム圏から物乞いが飛行機に乗って集まってくるのも有名だ。喜捨は、イスラームの義務の1つであり、ラマダーン月のように宗教心が高揚する時期には信徒の財布の紐も緩まるので、それを目当てに物乞いたちがやってくるのである。もちろん湾岸諸国も対策を立てているようだが、とにかく世界中からやってくるので、対策が追いつかないらしい。(ISのテロが5月27日からのラマダーン月に起きるかもしれない

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 それにしても、また驚くのです。

 イスラムドラマに感動して、べーべー泣き、物乞いに気前よく施し、一方でテロに励む。

 ワタシがこれで思い出したのは、ヨーロッパ中世の人々の話です。

 彼等もキリスト教の祭日に教会へ行き、そこでキリストの受難などの説教を聞いて感動すると、貧者に施すなど善根を積もうとすると共に、キリストを処刑したユダヤ人への怒りに燃えて、棍棒を手にユダヤ人を襲ったのです。

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 ユダヤ人がキリストを処刑したのは事実ですが、しかし中世とはそれはもう千年余りも前の話です。

 それで憎まれても困るのですが、しかし宗教的感動で我を忘れた人々は、千年余り前にキリストを処刑の判決を出したユダヤ人のラビ達と、現在目の前にいる同じ町の住人として小商売に励むユダヤ人の区別がつかなくなっているのです。

 それにしても今のキリスト教徒で、キリスト教の映画やドラマでべーべー泣くとか、説教に感動して気前よく施すなどと言う人はまずいないと思います。

 しかしドラマで感情が高ぶってべーべー泣くとか、その感情に動かされて施しやテロに走ると言うの見ると、当にイスラム世界の人々と言うのは中世に生きる人々だと思うのです。

 中世に生きる人々は、感情の起伏が非常に激しかったのです。

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 実はワタシはイスラム世界に関する本など読むのが結構好きだったし、以前はペシャワール会の会員でした。

 でイスラム世界の何が面白いって、イスラム世界を見ていると、リアルタイムで中世の世界が見られるのです。

 例えば1970年代にアフガニスタンの調査をした岩村忍の「アフガニスタン紀行」などまさに、首都カブールから離れる従って、ドンドン時代を遡り、中世世界にタイムトリップしていくような面白さでした。

 またペシャワール会の会報で、現地の状況を読んでいると、中世の世界をリアルに見ているようでした。

 実際、中世ヨーロッパ史の権威阿部勤也も会員だったのですが、彼も会報でアフガニスタンとトライバルエリアは当に中世の世界だと書いていました。

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 ところがこの中世に生きる人々が、タイムマシンじゃなくて飛行機や難民船に乗って、ドンドン現代に押し寄せているのです。

 実はワタシはヨーロッパ中世史とイスラム世界に興味を持った頃から、考えていた命題があります。

 それは「人間は歴史の飛び級ができるか?」です。

 つまりヨーロッパや日本は、中世・近世・近代と言うステップを踏んで、500年かけて現代までたどり着いたのです。

 その間に何度も葛藤がありました。

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 ところが第二次世界大戦後、イスラム世界は(イスラム世界に限らずアジア・アフリカの国々は全て)いきなり制度上は、現代先進国と同じ民主制を採用したのです。

 選挙一つ取ってもそうですが、日本も欧米も、選挙制を導入した直後は制限選挙制で、その後相当の時間をかけて国民の要求を受けて普通選挙制に移行したのです。

 ところが第二次大戦後独立した国々は、殆ど皆いきなり普通選挙制を採用しているのです。 なるほど民主制を採用する以上は普通選挙制であるべきと言う理念には完全に賛同します。

 しかし現実問題として、国民全体の意識に関係なく、また民主主制を作る意識もないまま、いきなり普通選挙制を採用してマトモに運営できるのでしょうか?

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 そして当然ですが、民主制を採用する以上は思想信条宗教の自由は完全に保証すると言う建前になります。

 しかし前記の通りイスラム世界の人々の意識は完全に中世のままなのです。 少なくとも宗教については完全に中世です。

 宗教意識が中世のまま、民主制を採用し、その宗教意識をドラマや映画などと言うイスラム世界では画期的な手段を殊更煽れば?

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 実際、中世ヨーロッパではそういう事が何度ありました。

 中世ヨーロッパは普通選挙制ではないせよ、民主制の都市国家は幾つもあり、そう言う都市に異常に説教が上手く宗教意識を煽るのが上手い聖職者が現れると、そのまま事実上街の支配者になって宗教による恐怖政治を行い大混乱を引き起こすのです。

 その典型がフィレンツェに現れたサヴォナローラです。

 彼は忽ちフィレンツェの民衆の心を掴み、そしてフィレンツの支配者となったのです。

 そしてその後、宗教改革が始まると、ジョン・カルヴァンのジュネーブ支配など更に陰惨な宗教による恐怖政治が行わるようになります。

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 今イスラム世界で起きているイスラム原理主義政党の台頭など、これと同じではありませんか?

 以前、アヤーン・ヒルシ・アリの事を紹介しました。  ソマリア生まれのイスラム教徒だった彼女は、オランダに移住してからオランダの価値観を受け入れる為には、イスラム教との大変な葛藤を経験しました。

 それはヨーロッパが中世から近代までの350年分の葛藤だったのです。

 彼女の妹もオランダに移住するのですが、しかし妹はこの葛藤を乗り越える事ができず狂死してしまいます。

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 中世から現代への歴史の飛び級は、普通の人間にとっては殆ど不可能なのです。

 それが国家とか民族と言った集団ではまず不可能なのではないでしょうか?

 ワタシは歴史の飛び級は出来ないと思うのです。

 だからイスラム世界が中世から抜け出せば、現代に飛び級するのではなく、近世になるのです。

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 今イスラム世界で起きている事は、中世から近世への移行なのです。

 その葛藤が今始まっているのです。

 そしてイスラム移民と共にその火の粉が欧米に飛んでいるのです。

 このイスラム世界の宗教政治への願望は、イスラム世界が中世を抜け出して、近世・近代を超えるまで続くでしょう。

 これが無理矢理歴史の飛び級をやった結果なのです。

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 そして怖ろしいのは、ヨーロッパ史を見れば最も陰惨だったのが近世です。

 つまり人々の識字率が上がり、印刷機の発明で聖書が普及し、人々が自分の自身でキリスト教の教えを理解する事ができるようになったのは良いのですが、そうするとこれまでキリスト教の教えを独占してきたカソリック教会との対立が始まったのです。

 ヨーロッパの人々が本当にキリスト教を理解し、最も真剣に信仰するようになったのは、この時代でしょう。

 しかしその結果が宗教戦争なのです。

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 それを思うと、現在のイスラム世界が中世から脱出を始める時に起きるのは、宗教戦争ではないかと思うのです。

 宗教戦争は宗教を知性で理解しようとした人達が、その解釈を巡って争った戦争です。

 宗教の解釈など本来知性理解するのは不可能なのに、その解釈を限りなく追及して、しかも宗教であるが故に絶対真理・神の正義として徹底しようとすれば戦争になるのは当然です。

 イスラム世界も近代化により識字率が上がり、またドラマ等でイスラム信仰が更に深化した挙句に、この状況に陥ったのです。

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 そしてその場合、一つはイスラム教徒同志の週は争いと、もう一つはキリスト教に対する攻撃ではないでしょうか?

 少なくともヨーロッパに移民したイスラム教徒達が敵対するのは、キリスト教徒ではないのでしょうか?

 だからワタシはこうしたテロはテロでは終わらないと思います。

 これは来たるべき宗教戦争の前哨戦だと思うのです。

 日本は今のうちから、にこうした宗教戦争に巻き込まれないように用心するべきだと思うのです。


 オマケ・英語の出来る方は是非どうぞ 


  1. ヨーロッパ
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2017-05-25 12:20

散りにし花

 5月18日、札幌は久しぶりの夏日でした。

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 それでワタシは喜んで宮の丘公園へ行き、その帰りにはまた近所の公園に寄りました。

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 ここはさして広くないのですが、八重桜が沢山植えてあります。

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 その八重桜が満開でした。

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 夕日を浴びて咲き誇る八重桜は豪華絢爛でした。

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 豪華さと言う点については、八重桜に適う花はないでしょう。

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 厚く重い花房が無数に下がっています。

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 この日は宮の丘公園で、散々写真を撮ったのに、またここで大量の写真を撮る嵌めになりました。

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 それで写真が一杯溜まいました。

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 毎年この季節、ワタシは写真を撮り過ぎて、ブログにアップしきれなくなるのです。

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 ところが今年はそうはならないようです。

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 なぜなら21日から天候が崩れ、また寒くなったのです。

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 それでこの3日間、肌寒い暗い曇天が続いています。

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 夕べもストーブを焚いたけど、今朝もストーブを焚きました。

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 体調も崩れました。

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 何分にもワタシは病持ちなので、何かあると直ぐ体調を崩して寝込みます。

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 それでこの4日間、散歩にも出ていないし、写真も撮っていません。

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 ウワミゾザクラが咲き、林檎も満開になっていると思うのですが、天気と体調の両方悪いのではどうしようもありません。

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 しかも天気は週末まで回復しないようです。

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 これでは農作物の出来だって心配になってきます。

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 ワタシは夏の間、野菜は山の上の農家の直販所や無人販売所で買うのです。

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 しかしこれで野菜は育つのでしょうか?

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 こうしてワタシが家で寝込んでいる間に、八重桜は散ってしまったでしょう。

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 だからこの写真は散りにし花の片身です。

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 桜は毎年咲くけれど、今年の桜は今年だけです。
  1. 札幌の四季
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2017-05-24 13:31

ヤフーニュースの産経記事削除について

 ヤフーニュースが産経新聞の記事を削除したそうです。 

 ヤフー、産経「韓国批判」記事を削除 「民族侮蔑」指摘が影響か

 ヤフー側は理由を明らかにしていませんが、この産経新聞の記事に朝鮮民族を侮蔑する表現があると指摘されたことのようです。

 実際、この記事について、「特定民族を侮蔑する」として問題にしている記事が掲載されています。

 産経記事に民族侮蔑表現 「読めば読むほど…」憎しみ募らせたコメント多数

 で、これが産経新聞の記事です。 かなりの長文なのでコピペしませんから、リンク先で読んでください。
 
【野口裕之の軍事情勢】金正恩氏斬首後の「不統一国家」 度を超す自己主張+激高しやすい民族性+偏狭な民族&共産主義者が入り乱れ…

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 さてこれが「特定民族の侮蔑」になるのでしょうか?

 この記事は第二次大戦終戦後の朝鮮の混乱と言う事実を元に、その混乱の原因が朝鮮人にあると言うのです。

 つまり「朝鮮人が国家体制にかかわらず、いかに統治能力を欠く致命的欠陥を持っている」「いずれの国家形態であろうと、度を超した自己主張+激高しやすい民族性+偏狭な民族主義者&共産主義者が入り乱れ=一致団結して建国に邁進するまとまりに欠る」から混乱が起きたのだと言うのです。
 
 そしてこのような国民性は現在も変わっていないし、韓国も北朝鮮も同じだから、今後朝鮮の国家体制がどうなろうとも、同じ混乱が起き、マトモな国家運営は難しいし、執拗な反日活動は続くだろうと言うのです。

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 なるほど「統治能力に欠ける」などと言われるのは、嬉しくないでしょうが、しかしこれは歴史的事実を検証した上で記事の著者が出した結論です。

 歴史上の事実から民族の特性を読み解く事は別に珍しい事ではありません。

 イヤむしろ歴史の本を読めばいたって普通の話です。

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 ワタシは昨年から塩野七生さんの「ギリシャ人の物語」に嵌っているのですが、この中でも塩野さんはギリシャ人の民族性を何度も書いています。

 例えばペロポネソス戦争に至った理由について「ギリシャ人はスポーツでもやるように簡単に戦争をしていまう」「ギリシャ人のポリスでは何処でもある内紛があり・・・」など、ギリシャ人の民族性の問題点を指摘せずにはいられないのです。

 それどころかこうした反差別、反戦運動をしている人達の中には、第二次大戦で日本やドイツの「戦争犯罪」を散々非難した上で、この原因は全て日本民族やゲルマン民族の特性によると結論している人達が多数います。

 歴史的事実を検証した上で、その歴史を作った民族の問題点を指摘する事が「特定民族の侮蔑」になるのなら、こうした書籍や言論は全て封殺するべきと言う事になります。

 しかしこんな事に彼等は同意するのでしょうか?

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 「特定民族への侮蔑」を問題にすると言うのは、ヒョッとして「朝鮮民族への侮蔑」だけが問題なのであって、日本民族やゲルマン民族、ギリシャ民族その他それ以外の民族へ侮蔑なら構わないと言う事なのでしょうか?

 これはもう明らかに朝鮮民族の特権化であり、それ以外の民族への差別です。

 勿論、ネット上に朝鮮民族への嫌悪表現や憎悪表現が多い事は事実です。

 しかしこれは朝鮮民族を嫌う人が多いと言うだけの話です。

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 昔「巨人・大鵬・卵焼き」と言う言葉がありました。 それは当時の子供の好きな物が「巨人・大鵬・卵焼き」(当時は卵焼きが御馳走だった)だったので、みんなに好かれる物を表す言葉として使われました。

 しかし暫くするとその反語として「江川・ピーマン・北の湖」と言う言葉が生まれました。
 これは子供の嫌いな物の代表、つまり皆から嫌われる物と言う意味で使われたのです。

 江川(巨人軍の江川卓選手)と北の湖関と、ピーマンを作ってる農家とっては、実に侮蔑的だったと思うのですが、しかし皆に嫌われる物と言うのは、この世にあるのだから仕方ありません。

 そもそも江川・ピーマン・北の湖を嫌いな子供達は、別に皆で示し合わせて、政治運動として江川・ピーマン・北の湖を嫌っているわけではないのです。

 個人レベルでの好悪愛憎に過ぎないのです。

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 子供達が皆で組織を作ってピーマンや江川を嫌う運動をしたわけではありません。

 しかしピーマンや江川には多くの子供に嫌われる要素があったのです。

 ネットの朝鮮民族への嫌悪や憎悪も同様です。 ネットのコメントは一人一人全く個別に書いているのであって、組織的な物ではありません。
 
 しかし朝鮮民族には日本人の嫌悪や憎悪を掻きたてる要素があるのです。

 哀しかな人間は皆平等に人に好かれるわけではないのです。

 皆から好かれる人気者、皆から尊敬される人望のある人もいれば、皆から嫌われ人や皆から侮蔑される人だっているのです。

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 民族は個人を超えた特性があるから民族なのです。
 だから民族として多くの人から尊敬される民族もあれば、多くの人から嫌われる民族があるのも致し方ありません。
 
 朝鮮民族が民族の存在否定するなら、朝鮮民族への嫌悪や憎悪は不当ですが、しかしそもそも朝鮮民族は現在世界で最も民族に執着している人達です。

 だから民族としての特性を議論される事に文句を言う権利はありません。

 そしてその議論の結果、マイナスの評価が下っても受け入れるべきなのです。

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 なによりも根源的な疑問ですが、個人レベルの好悪愛憎って他人からとやかく言われる、他人がコントロールして良い物なのでしょうか?

 桜井人文氏は「産経の記事を読んだユーザーが民族憎悪の感情を募らせたことがうかがわれる。」などと書くのですが、それでは憎悪の感情を募らせたらイケナイと言うのでしょうか?

 憎悪の感情は一応マイナスの感情と言われますが、しかしこれはこれで人間の感情の一部であり、一人前の大人が「江川嫌い」「北の湖憎い」と思うのは完全な自由ではありませんか?

 これに文句を言えるのは子供が「ピーマン嫌い!」と言う子供に、親が「好き嫌い言ってはダメ!」と注意する場合ぐらいです。

 それを朝鮮民族に対する憎悪や嫌悪の感情については、記事やコメントの削除など暴力的な方法で禁止封殺しようと言うのはオカシイではありませんか?

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 勿論、朝鮮民族が嫌いだからと言って、在日コリアンに暴行をして良いわけではありません。 
 
 しかし個人が憎悪する嫌悪するのは完全に自由でしょう?
 そして嫌悪や憎悪を表現するのだって自由でしょう?

 なによりも現実の問題として、韓国の新聞、李信恵氏や辛淑玉氏など在日コリアンの言動、民潭や朝鮮総連のHPなどを見ていれば、この産経新聞記事で書かれた朝鮮民族の特性は事実としか思えないのです。

 そして今後、対韓国、対北朝鮮外交について考える場合に、こうした朝鮮民族特性を無視する事はできないのです。

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 なるほど他人の欠点はなるだけ見ないようにすると言うのは美しい心がけです。 

 しかし本当に約束を守る意思のない相手に金を貸したり、必ず裏切る相手と一緒に仕事をしたりするのは、余りにも危険です。

 どんなに裏切られても、騙されて身ぐるみ剥がされても尚相手を信じ続け愛し続ける人は聖人になれるでしょう。

 けれども我々一般人は聖人になりたいわけではありません。 他人を故意に傷つけようとは思わないけれど、危険な相手との関わりは避け、避けられない場合には、危険な相手であることを承知した上で相応を用心をして付き合うようにしたいだけです。

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 そして日本の外交も同様に考えているのです。

 できる限り多くの国と友好関係を維持したいし、助ける事が出来る国は助けたい。

 しかしだからと言って、条約も合意も無視して際限もなく強請タカリを続けるような相手とまでは、「友好」は無理なのです。
 こうした国とは相手が強請タカリ国家であることを前提に付き合うしかないのです。

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 ところで日本は民主主義国家です。
 だからこうした現実的な外交政策を行う為には、外交官や政府首脳だけではなく、一般国民もまた他国や他民族について正確な情報を知るべきなのです。

 だってそうでなければ国民は正しい判断を下せません。
 国民が正しい判断を下せなければ、正しい外交はできないのです。

 勿論、外交のその場の方便だけならば、強請タカリ国家にも国を挙げて綺麗事やお世辞タラタラの対応すると言うのもあり得ます。
 しかしその為に国民の知る権利を奪って良いのでしょうか?

 そんなことをして良いわけないでしょう?

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 ワタシがヘイトスピーチ規制法や反差別ファシズムに着い一番危険だと思ったのは、ヘイトスピーチと差別と言う極めて曖昧な綺麗事を根拠として、本来国民が知るべき情報が封殺される事です。
 
 そしてそれ以上に恐ろしのは好悪愛憎と言った人間の根源的な感情にまで国家権力が介入してくることです。
 
 ワタシはネトウヨですから、国家は大切だと思っています。
 しかし国家は国民の自由や人権を守る為にあるのであって、外国人の為に国民の自由を封殺するためにある物ではないのです。

 嫌いな物も嫌いと言えない社会など闇黒社会なのです。

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 因みに日本国憲法が保障しているのは法の下の平等だけで、個人が他人をどう思うか?個人がどういう理由で人を侮蔑してはイケナイかなどは定めていません。
 
 だってそんなことはできるわけないでしょう?
 それをやれば思想信条宗教の自由や良心の自由を否定してしまいます。

 しかしこうしたヤフーニュースの対応を見ていると、こうした人間感情への国家介入の道が拓けつつあるのではと言う恐怖を感じます。

 けれどもこうした道を拓いた一歩はヘイトスピーチ規制法です。

 日本人の人権と民主主義を守る為は、是非ともこの悪法を廃止するべきです。
  1. レイシスト
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2017-05-24 11:53

宮の丘公園と夏日

 5月18日は宮の丘公園に行きました。

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 この日は快晴で夏日でした。

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 5月になってから、3度目ぐらいの夏日だったと思います。

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 それでこの日、今年初めて半袖シャツで外出しました。

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 公園の木々は若葉に包まれていました。

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 今の季節の若葉の色は甘く明るくこの上もなく美しいのです。

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 しかし林の中は少し暗くなっていました。

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 林を抜けると、梨の花が満開でした。

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 ワタシは白い花が好きなので、この梨の花も大好きです。

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 木漏れ日の中でクルマバソウが花をつけ始めていました。

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 ニリンソウは沢山咲いていました。

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 春の妖精達はまだ頑張っているのです。

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 ニリンソウやエゾエンゴサク、エンレイソウ、カタクリ、キクザキイチゲ、ヒトリシズカなど春の妖精と呼ばれる花々は、春の雪融け後、真っ先に咲きます。

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 しかし初夏になり林の木々が葉を茂らせると、花が終わるだけでなく、地上部が完全に消えてしまうのです。

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 だから本当に妖精のような儚さです。

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 だからこそこの上もなく可憐なのです。

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 妖精達が消えてしまうと、林はすっかり暗くなります。

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 夏の林は暗く蒸し暑く、不気味になります。

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 この宮の丘公園は、手稲山に繋がる原生林なので尚更なのでしょう。

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 可憐な妖精達に交じって、マムシグサが不気味な花を咲かせていました。

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 マムシグサは春の妖精ではないので、夏も地上部が育ち続けて秋には赤い実を付けます。

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 ニリンソウは木漏れ日の中でスポットライトを浴びたバレリーナのように輝いていました。

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 この前来た時には蕾だったエゾツツジが咲いていました。

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 林を抜けると日が傾いていました。

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 八重桜は今を盛りと咲き誇っていました。

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 ニワトコもクリーム色の倹しい花を咲かせていました。

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 しかし豪華な八重桜と張り合うつもりなのです。

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 公園を出る頃、日が傾いて来ました。

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 神手稲神社に参拝して帰りました。

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 夏日は18日から20日まで続きました。

 ワタシはこれで札幌も初夏になったと思いました。 それでサンダルを出したり、毛布をコインランドリーに持って行って洗濯したりしました。

 ところが21日から天候が崩れてまた肌寒くなってきました。
 
 夕べは毛布なしでは眠れなかったし、今はストーブを焚いています。
 
 一体どうなっているんでしょうね?
 
  1. 札幌の四季
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2017-05-22 12:24

新潟県知事、視覚障碍者をネグレクト

 
 米山 隆一新潟県知事に取っては、視覚障碍者の安全や人権は勿論、存在自体を否定するべき物のようです。

 これは和田正宗議員の新潟県知事への意見への反論ですが、それにしても酷い話しです。

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 米山新潟県知事のとんでもない発言和田 正宗)

 点字ブロック上での反対運動について苦言を呈したところ、新潟県の米山隆一知事が反論してきたが、とんでもない発言。
人としてよくこうした発言ができるなと。障害のある方の実際も知らないのではないか?
私も新潟にゆかりがあるが、こんな人物が知事を努めているのは県民にとって不幸だ。

↓米山隆一氏facebookより

点字ブロック上を歩いている人がいるのに道を開けないならともかく、そこを歩いている人がいない状態で点字ブロックの上に立っているからと言って他人に配慮がないと断罪するのは、あまりに独善が過ぎます。道はそれぞれが譲り合って使えばいい事です」

https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=1443073239049313&id=100000399532462

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 この写真はネットでも話題になっていましたが、ホントに酷いです。
 視覚障碍者の邪魔になるばかりか、一般の通行人にも大変な迷惑でしょう。
 
 しかしこの集会をやった連中は勿論、これを擁護していた新潟県知事基も全く反省をする意思はないのです。

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「点字ブロックが!!!」は、もう止めませんか?(新潟県知事米山 隆一)

さる国会議員が、参議院議員会館前で「テロ等準備罪」に反対活動をしている人たちが点字ブロックの上に立っており、注意してもどかなかったとのことで、

「反対運動って自分だけ良ければいいの?」「障害のある方や他者への配慮は関係無しか。」

と述べられていましたので、

「点字ブロック上を歩いている人がいるのに道を開けないならともかく、そこを歩いている人がいない状態で点字ブロックの上に立っているからと言って他人に配慮がないと断罪するのは、あまりに独善が過ぎます。道はそれぞれが譲り合って使えばいい事です。」

とツィートしたところ、賛否両論を頂きましたので、この問題を整理したいと思います。

まず事実関係として、点字ブロック上に立ってはいけないとか、止まっていてはいけないとかと言う法律はありません。点字ブロックはあくまで任意に作られているものであり、通常の歩行者がそこを通ることも立つことも、法令上の問題はありません。

勿論私は、だから点字ブロックを塞いでいいといっているのではありません。そもそも点字ブロック以前の問題として、道路は皆が使うものですから、皆が使えるように通行しやすくしておくのは当然で、その中でさらに点字ブロックは、視覚障碍者の方に通りやすいようにしておくべきものでしょう。

しかし、ではそれは、視覚障碍者の方の専用道路のように、絶対空けておくべきもので、少しでもそこを塞いでしまったら、現に使っている人がいなくても、「他人への配慮がない人!」と断罪されるような事でしょうか?

私はそうは思いません。そもそも道路は、多くの人が多くの用途で使います。例えば花火大会で多くの人が花火を見上げている時、例えばコンサート会場に多くの人が向かっている時、私達は知らず知らずのうちに点字ブロックを塞ぎ、また自分とは反対方向に向かう人の交通を妨げています。

しかし、知らず知らずに他人の利益を妨げてしまっていても、ある時は相手が譲ってくれ、またある時は、通行に困った人が「道を開けて下さい。」と言ってそれに応じることで、私達は道路を、それぞれにとって有用な用途に使う-時には花火を見上げ、時にはコンサートに出かけることができるのです。

点字ブロックは、そういった相互の譲り合いのなかで、配慮をもって開けておくべきものだと思いますが、同時に、適正な理由がある時には、点字ブロックを使う人に配慮しながら、特に点字ブロックを使っている人がだれもいない場合には、一時的にその上に立ったり歩いたりすることは、私は許容されるべきものだと思います。

ではこのデモの方々はどういう理由で点字ブロックの上に立ったのでしょうか?

私はその場にいませんでしたのであくまで推測ですが、点字ブロックは、視覚障碍者の方の安全を考えて、歩道の外側-建物側にあることがほとんどです。おそらくは、デモの方々が、通行の邪魔にならないように建物側によって歩道側を開けようとしたために、点字ブロック上に立つことになったものと思われます。そうやって道を開けた状態で、視覚障碍者の方がもし来られたら、点字ブロックを開けられる状態でいたのなら、私はそれは、許容されることだと思います。繰り返し、それを確認もせず、頭ごなしに「反対運動って自分だけ良ければいいの?」「障害のある方や他者への配慮は関係無しか。」と決めつけるのは独善が過ぎると、私は思います。

私達は誰しもが、多少なりとも他人に迷惑をかけて生きています。しかしそれを譲り合い、許容しあう事で、私達の社会は成り立っています。視覚障碍者の方が道路を安全に歩く権利は当然最大限尊重されるべきですが、同時に私達が時に花火を見上げ、時にコンサートに出かけ、そして時には訴えたいことをデモで訴える権利もまた、尊重されるべきものです。お互い声を掛け合い、譲り合って、それぞれの権利を伴に認め合う社会を目指すべきだと、私は思います。

そのような状況を確かめもせず、点字ブロックを使う人がだれも通っていない状態で、点字ブロック上に立っている人に対して、ただ単にそれだけの事実をもとにして「配慮がない!!!自分だけ良ければいいのか!!!点字ブロックがふさがれている!!」と断罪することは、繰り返し、もう止めるべきだと、私は思います。

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道路は皆が使うものですから、皆が使えるように通行しやすくしておくのは当然で、その中でさらに点字ブロックは、視覚障碍者の方に通りやすいようにしておくべきものでしょう。

 ええ、全くその通りなのです。

 だから道路でデモや集会や街宣をやる時には、ちゃんと事前に警察に申請を出して、許可を取るように法律で決まっているのです。

 そうすると警察側は余程の問題がない限り、許可を出してくれます。

 そして警備や交通整理の為に警察官を出してくれます。

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 デモ隊の場合は100人に満たない少人数でも、ちゃんと警察官の誘導で車道を歩く事ができます。

 ワタシも在特会のデモに何度も参加していますが、こうした道警の配慮にはいつも感謝しています。

 だって建国記念日=雪祭りの最終日に、雪祭り会場の周りを一周するコースなどと言うデモでも許可が出たのですよ。

 寒くて死にそうだったけれどアピール度は満点でした。

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 しかし幾らなんでも歩道を塞ぐようなデモや集会の許可は簡単には出ません。

 デモ隊が解散した直後に歩道で参加者が歩道で群がっていれば、警官に注意されます。 この場合集会と見做されて違法集会になるのです。

 だって交通の凄い邪魔になるじゃないですか?

 表現の自由は保障されるべきでは、しかし公共の福祉に著しく反するような行為が許可されるわけはないのです。

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 さて問題の集会の写真を見ると明らかですが、歩道での交通の邪魔になる集会であることは明らかなのですが、しかし警察官の姿が全く見えません。

 これ明らかに違法集会です。

 なぜか左翼はこうしたデモや集会や街宣の許可を取らないのです。

 そして許可なしで=違法に街宣やデモや集会をやります。

 因みにこうした許可を取るのは特に難し事はありません。 例えば反フジテレビデモなど、主催した人達は皆全くとこうしたデモや集会の経験のない人達でしたが、数千人から2万人の巨大デモを、きちんと合法的にやり続けました。

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 しかし左翼は国会議員でも平気で違法街宣、違法集会をやるのです。

 例えば2012年3月12日、民主党の職員が女性に暴行すると言う事件がありました。

 民主党女性に暴行

 民主党はなぜ女性に暴行したか?

 同日道路に車を止めて街宣をしてた民主党に対して、女性が強烈なヤジを飛ばしました。

 それで民主党の職員が暴行をしたのです。

 しかし正規の街宣許可を得ての街宣であれば、まず警官が警備をしてくれるし、またこうした妨害は威力業務妨害で告訴できるのです。

 ところがそれをせずに暴行すると言うのは、つまりは最初から違法街宣だったからでしょう。

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 ワタシはこうした事件から興味を持って、街で民主党・民進党や共産党などの街宣を見る度に、「これ警察に届け出を出し手の街宣ですか?」と聞くことにしました。

 すると見事に全部「・・・・・」つまり沈黙です。

 立派な街宣車を道路に止めての街宣など、どう考えても大変交通の邪魔ですが、しかしそんなことはお構いなしなのです。

 彼等は一切法を守る意思はないのです。

 つまり「道路は皆が使うものですから、皆が使えるように通行しやすくしておくのは当然」など言う常識はないのです。

 だから「その中でさらに点字ブロックは、視覚障碍者の方に通りやすいようにしておくべきものでしょう。」なんて配慮は一切しません。

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 常識で考えたらわかるでしょうが、こんなに狂気に満ちた集団が道路を塞いで怒号やシュプレヒコールを挙げているのです。 

 視覚障碍者はそれでなくても、障害物を事前に見つけて避ける事はできません。 だから点字ブロックに物を置いてはイケナイのです。

 ところが大勢の人間が点字ブロックを塞ぎ、座り込んだり物を置いたりしてい異様状況です。

 視覚障碍者とすれば、もうシュプレヒコールや怒号が聞こえた段階で、ここは通れないと考えて迂回するしかないのです。

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 このようにして視覚障碍者を追い払っておきながら「特に点字ブロックを使っている人がだれもいない場合には」って、完全に視覚障碍者をネグレクトした発言としか言えません。

 そもそも障碍者施設を誰も使っていないと言う理由で、健常者が使って良いなら障碍者用の駐車スペースが空いていれば、駐車してもかまわないはずです。

 しかし障碍者用の駐車スペースは、障碍者が駐車するときにいつでも駐車できるように「誰も使っていない時」でも、障碍者以外は使ってはいけないのです。

 点字ブロックも同じです。

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 今目の前に視覚障碍者がいないから良いのではありません。

 視覚障碍者がいつ来ても安全に歩けるように、点字ブロックの上で集団で座り込みをしたり物を置いたりしてはイケナイのです。

 ところが新潟県知事にはこの常識がないのです。

 つまり彼は障碍者の存在自体をネグレクトしているのでしょう。

 自分達の利権にならない状況では障害者はこの世に存在しないと言うのが、彼の障碍者への認識なのです。

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一時的にその上に立ったり歩いたりすることは、私は許容されるべきものだと思います。

 因みに新潟県知事はこの集会をコンサートや花火大会の行き帰りの混雑と意図的に混同しています。

 特に混雑していなくても、点字ブロックの上を健常者が歩くのは全然問題はありません。 また数分なら立ち止まっても問題ないでしょう。

 点字ブロックも普通の歩道の一部なのですし、普通に歩く分には誰が歩いても視覚障碍者の邪魔にはならないのですから。

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 しかしこの写真のように道路で違法集会をして座り込んだり物を持ち置くことは「一時的にその上に立ったり歩いたりすること」とは言えません。

 この集会が正確にどのぐらい続いたかはわかりません。

 しかし5分や10分で終わったわけはないでしょうから。

 だからこのように歩道で違法集会を開いて、歩道を占有し、点字ブロック上を封鎖すると言うのは「道路は皆が使うものですから、皆が使えるように通行しやすくしておくのは当然で、その中でさらに点字ブロックは、視覚障碍者の方に通りやすいようにしておくべきものでしょう」と言う意図からは、完全に反しているのです。

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 それを意図的に普通の歩行と混同して、違法集会を擁護の強弁を弁する知事と言うのは何なのでしょうか?

 違法行為で人に迷惑を掛けたと事を注意されたら、「申し訳ありませんでした。 今度から気を付けます。」ではなく、「注意する事を止めましょう。」と言う発想は何処から来るのでしょうか?

 これはもう全く「配慮がない!!!自分だけ良ければいいのか!!!」としか言えません。

 こんな人間に県知事をやらせて良いのでしょうか?

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 それにしてもこうした違法集会、違法デモ、違法街宣を見る度に思うのですが、左翼の本質は完全な反民主主義です。

 民主主義の本質は法治主義です。

 これはタダ決まりを守れと言うのとは違います。

 民主主義国家では法は国民が作る物です。 日本では法は国権の最高機関としての国会が作るのです。

 だから法は自分達国民の合意によって作った決まりなのです。

 法治主義、法の支配とはこの自分達で決めた事は、自分達が護ると言う事なのです。

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 当然ですが大勢の人間がいるのですから、自分に不都合な決まりが出来てしまう場合もあります。

 しかしだからと言って「オレは守らない!」では、民主主義など成立しないのです。

 けれども所謂左翼はこれを平気でやります。

 国会議員が率先してこうした違法デモや違法街宣や違法集会を行うのですから、酷い話しです。

 彼等は自分が法を作ったと言う自覚はないのです。 代わりに自分は国家議員だから不逮捕特権がある、特別エライ人間だから法を守らななくても良いのだと言う、特権意識だけがあるのです。

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 だから「オマイラは決まりを守れ! オレは特別だから守らない!」を平気でやるのです。

 根拠のない優越感とそこから来る特権意識、そしてそれが満たされない事から社会への怨念と憎悪。

 これこそが左翼の本質ではないでしょうか?

 だから日頃は障碍者利権に集っておきながら、最低限の配慮をする意思もなく、配慮をしない事を指摘されると逆切れするのです。

 この新潟県知事の反応は、この本質を見事に顕在化しています。

  1. 戦後民主主義
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2017-05-21 22:21

菜の花と黄砂

 昨日は妹と妹の友達と一緒に、滝川の菜の花祭りに行きました。

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 祭りと言っても、菜の花畑の中の道を歩けるようになっているだけです。

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 菜の花畑の廻りには普通の畑が広がっています。

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 滝川の辺りには純然たる農村地帯なので、何処までも何処までなだらかな丘に、畑がひろがっているのです。

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 その畑の緑と木々の新緑と、そして彼方に見える山々が実に美しいです。

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 菜の花は丁度見頃で、見事に満開でした。

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 辺りに菜の花の香りがたちこめています。

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 普通の花の香りに何か鋭い物が混じったような香りです。

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 良い香りです。

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 菜の花にこんな香があるのは初めて知りました。

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 辺りを埋め尽くす大量の菜の花があるから、感じられる香でしょう。

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 しかし忌々しい事に、写真の色が少しヘンになりました。
 菜の花はこんな緑がかった色じゃなくて、もっと明るい輝くような澄んだ明るい黄色だったのです。

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 実はこの日空の色がヘンだったのです。
 雲一つない快晴なのに、空がぼんやりとくすんだ色でした。

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 黄砂のせいらしいです。
 去年か一昨年辺りから何度かこんな日がありました。

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 もし黄砂なんて来なければ、空は紺碧だったはずです。
 そして太陽の光がもっと明るく輝いたはずです。

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 それだったら菜の花の色だってちゃんと綺麗な黄色に撮れたはずです。
 
 全部中国が悪い!!

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 マジに、一体何で北海道まで黄砂が来るんだよ!!
 昔は黄砂なんて九州ぐらいしか来なかったでしょう?

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 つまり中国の砂漠化が進んで、黄砂の量が激増したと言う事でしょう?
 砂漠は北京のすぐそばまで迫っているのです。

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 帰りに富良野の風のガーデンと言うのを見ました。

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 イギリス庭園だそうですが、残念ながら今の季節はまだ殆ど花も咲いていないし、そもそもロクに芽も出ていません。

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 その上園内のチューリップをエゾシカが食べちゃったそうです。 エゾシカはチューリップの球根を食べるのだそうです。
 この写真のチューリップはその食べ残しです。

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 緑は綺麗でした。

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 帰りに富良野のチーズで造ったピザを食べました。
 美味しかったでです。

 しかし中国にはホントに腹が立ちます。 菜の花が綺麗だったので余計腹が立ちます。

 あの国は唐代には森林破壊が本格化したのです。 以降ひたすら森林破壊を続けてきました。
 今も続けています。

 木は全て切り尽くす、魚も獣も獲り尽くす。
 この世にある物は獲れる限り獲り尽くし破壊し尽くすのがあの国の文明です。

 おぞましいです。
 
  1. 札幌の四季
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2017-05-19 21:19

北海道神宮と白鵬

 昨日から突然夏日になりました。

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 久しぶりに北海道神宮に行くと、すっかり緑が濃くなっていました。

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 花見も終わり、ウィークーデーなのでこの前の人出は嘘のようでした。

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 それでも参拝客は結構いるし、中国人や台湾人の観光客も結構います。
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 北海道神宮は明治にできた神宮なのですが、道内には古い神社仏閣はないので、北海道観光に来た外国人観光客が皆ここに来るのです。

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 神門の脇で白鵬のポスターがお出迎えです。
 先日、神社本庁のポスターのモデルが中国人だとパヨクが騒いでいました。

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 しかしそもそも神道はそういう事余り気にしないのでしょうね。
 白鵬の宗教はきっとラマ教だと思うのですが、彼も気にせず神社のポスターに出ているのです。

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 因みにこのポスターは「お神札のある暮らしを始めませんか」と言うお神札のCMで、制作は北海道神社庁となっています。

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 しかし同じ外国人力士でも大砂嵐なら絶対に神社のポスターに出られないでしょう。
 それ以上に相撲の神技としての面を、イスラム原理主義者達が問題にしたら、命に係わると思います。

 モンゴル人やポリネシア系やメラネシア系のアメリカ人みたいに宗教におおらかな民族は世界的に少数派です。

 力士本人は幾ら相撲界のルールを守る気でも、自国で騒ぎを起こす心算の連中はどうにもなりません。

 相撲協会はそういう事は考えているのでしょうか?

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 シマリス様にお会いしたくて、シマリス様の木の所へ行ってみました。

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 おお、いました。
 でも葉が深く茂り、光が弱くなっていたため、良い写真は撮れませんでした。

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 それに日も傾いてきました。

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 神宮の八重桜は終わりかけていました。

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 最後の花が夕日に輝くのが何とも切ないです。

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 今年は余りに寒く、花の咲き方が例年と違うので、お気に入りの花を幾つも見逃してしまいました。

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 見逃した花々を来年見る事はできるのでしょうか?

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 神宮を出るともう日暮れの気配でした。

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 帰り道、発寒川沿いの公園を抜けました。

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 これからは林檎の花が咲くはずです。

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 イヤ、咲いていました。

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 林檎の花が終わると花の季節は終わりです。

  1. 札幌の四季
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2017-05-18 12:36

目の保養 その2 スパルタ市民集会

 札幌は今が一番美しい季節です。

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 気候も良いです。
 だから目の保養を兼ねての散歩の最高です。

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 ところ目が潰れる原因になったツゥキディテスに描かれるペロポネソス戦争開戦の決議をしたスパルタの市民集会が面白いです。

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 前にも書いたけれどスパルタと言うのは、スパルタ人が先住民を征服支配してできた国です。

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 スパルタで参政権を持つのは、このスパルタ人だけです。 彼等は7歳から親元を離れて20歳まで戦士としての集団教育つまり集団教育を受けて育った人々です。

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 この戦士=スパルタ市民なのです。
 戦後教育を受けた人間からすると、戦士集団であるスパルタ人=スパルタ市民と言うのは、違和感があるでしょう。

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 しかし市民と言うのは、本来国家の為に戦う人であり、国家の為戦う事の対価として参政権を得ると言うのが、ギリシャ人の民主主義の根幹です。
 
 そしてこれこそ民主主義の根幹なのです。
 だから徴兵制は民主主義の根幹なのです。

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 その意味ではスパルタ市民程、市民らしい市民はいないのです。
 だから開戦の決議のような重要な決議は、スパルタ市民全員による市民集会で決めるのです。

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 この参政権を持つスパルタ市民は、約1万から1万5千人でした。 だから全員が集まって集会を開く事も可能なのでしょう。

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 さてツゥキディテスの「戦史」では、この市民集会には、アテネの危険を煽って開戦を督促する同盟国コリント代表だけでなく、仮想敵国アテネも代表を送っているのです。

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 そしてアテネの代表もまたスパルタ市民を前に演説します。

 アテネの代表は、第二次ペルシャ戦役の話を持ち出し、アテネが中心となってギリシャをペルシャの侵略から救った事をスパルタ市民達に思い起こさせて、このような戦争がギリシャ全体の利益にならない事を説くのです。

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 またコリントの協定破りを非難するのです。 実はこの少し前にスパルタでペロポネソス同盟とデロス同盟の話し合いがあったのですが、この時ペリクレスが実の巧妙な政治取引で、アテネ側に約束を様々取り決めていたのです。

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 このペリクレスと言う男は、軍人として才能は今一なのですが、ホントに見事な外交手腕の持ち主でした。
 彼は30年間事実上アテネの支配者だったのですが、その間ずうっと、実に巧妙にアテネの経済権益を増やし続けたのです。

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 しかしこれはスパルタの市民集会ですから、スパルタ人も演説します。

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 まずスパルタ王、アルキモダスが開戦反対の演説をします。 スパルタの経済力や戦力の限界を考えれば、このような戦争をする事はスパルタにとって危険であり、国益にもならないと言うのです。

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 一方、エフォロスの一人も、コリントの演説を支持して、アテネの危険を説き、開戦賛成演説を行いました。

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 エフォロスとはスパルタ市民から毎年5人選ばれる役職で、本来はスパルタの国体護持の為に社会を監督するのですが、事実上スパルタの行政を取り仕切っているのです。

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 一方スパルタ王と言うのは、スパルタ軍が遠征する場合に指揮官をする以外の権限はないのです。

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 そこで王が開戦反対、エフォロスの一人が開戦反対の演説をして、市民達がこの賛否を決める事になったのです。

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 但しスパルタでは賛否は投票ではなく、市民が声を挙げてその声の大きさで決めます。

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 しかしこの決議では、双方の意見の声の大きさに殆ど差がなかったので、会場を二つに分け、賛成派、反対派がそれぞれの場所に分かれる事になりました。

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 これで賛成派と反対派を分けてみると、開戦賛成派が幾ばくか多い事がわかりました。

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 そこでスパルタは開戦を決議したのです。

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 この経緯を見ると、スパルタ市民達もペロポネソス戦争開戦には相当迷ったのでしょうね。

 だって直接スパルタ本土が危機に晒されているわけでもないし、またスパルタに直接利益になる戦争でもないのですから当然です。
 
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 しかしそれでも一旦開戦を決議すれば、全員それに従って戦うのがスパルタ市民なのです。

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 多数決で物事を決めたら、少数派は当然不満を持ちます。
 でも自分の気に入らない結果に決まれば、従わないと言うのでは民主主義は成り立たないのです。

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 民主主義は自分達が物事を決める為の約束です。 約束を守る事の出来ない人間には民主主義は理解できないし運営不能です。
 だからギリシャ人は奴隷に民主主義は不可能と言いました。

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 それにしても、本当に美しい日でした。

 神様素晴らしい日を有難う。

  1. 札幌の四季
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2017-05-17 22:48

目の保養 その1 デロス同盟とペロポネソス同盟

 今日はまた午後から散歩に出ました。

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 先週から続いた雨と曇天がようやく終わったのです。
 それにワタシの体調不良も収まったようです。

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 この前ツゥキディテスの「戦史」を読んで目を潰して体調を崩してから、暫く続きを読むのを休みました。

 目が痛くて読めなくなったのです。

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 それで話しはペロポネソス戦争開戦直前で止まっています。

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 ペロポネソス戦争は、スパルタを盟主とするペロポネソス同盟と、アテネを盟主とするデロス同盟の戦争です。

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 デロス同盟は第二次ペルシャ戦役の後、エーゲ海沿岸のギリシャ諸国が、対ペルシャ防衛の為に作った同盟です。

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 アテネは商工業が盛んな国だったので、次第に単なる対ペルシャ軍事同盟から、経済文化交流の意味が強くなっていきました。

 何と言うかNATOとTTPを合体させたような同盟になって行ったのです。

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 第二次ペルシャ戦役後、30年間アテネの指導者であったペリクレスは、このデロス同盟をひたすら強化拡大しました。

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 一方ペロポネソス同盟は実は対アテネ軍事同盟です。

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 これはデロス同盟よりほぼ100年古く、紀元前5世紀頃からアテネの経済力が急激に伸長した事に対して警戒心を持った国々が造ったのです。

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 特にテーベやコリントと言った、元々はアテネより古くから商業都市として栄えた国々は、アテネの商業権益拡大に大変な危機感と警戒心を持ちました。

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 スパルタは以前紹介したように、実は完全な自給自足の農業国家で閉鎖経済ですから、アテネと経済摩擦が起きる事はありませんでした。

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 しかしアテネとスパルタは実は地理的には大変近く、徒歩で3日、船なら1昼夜と言う距離です。
 殆ど隣国なのです。

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 この距離の国が力を伸ばしてくると言うのは、あまりいい気持ちではないでしょう。

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 こういう状況で、アテネに警戒心を持つ国々が、対アテネ防衛同盟を作り、その中で最強の陸軍国であるスパルタが盟主になったのです。

 ところが第二次ペルシャ戦役後、アテネの国力は更に拡大しました。

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 それまでギリシャ最強の海軍国はコリントだったのですが、アテネは対ペルシャ防衛の為にその4倍の海軍を創設し、これでペルシャ帝国を撃退したのです。
 
 そしてその海軍力はその後も維持されました。 
 また陸軍の兵力も質はともかく数ならスパルタと同等でした。

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 その上前記のようにペリクレスは、デロス同盟の拡大強化に務め、その勢力を元来コリントの経済圏だったペロポネソス半島の西側、イオニア海やエーゲ海北部に伸ばしていきました。

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 これにコリントは怒り狂います。
 
 そしてスパルタに対してペロポネソス同盟の盟主として、アテネへの開戦を督促するのです。

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 スパルタでは開戦の決断のような重大事項は、市民集会で決めます。
 
 そこでコリント代表がスパルタ人達に、アテネの危険を訴える演説が「戦史」に出ているのです。

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 そこでコリント代表は、アテネ人が利益の追求の為ならどんなリスクも恐れない。 アテネ人は得られなかった利益を、損出と考え、その損出を出さない為ならどんな事でもすると言うのです。
 
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 このコリント人の演説を読んでいると、これが二千五百年も前の物とは到底思えません。

 まるでTPPに関してグローバリズム拡大の危機感を説く話しを聞いているようです。

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 これが古代ギリシャ史の面白さです。 
 古代の戦争なのですが、しかしこれは当に資本主義国家、そして民主主義国家の戦争なのです。

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 だから是非、続きを読みたいのです。

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 とにかくこれで体調は回復したし、それに今日は午後一杯、美しい花と緑を見て目の保養をしました。

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 だから何とか今夜あたりからまた続きが読めるかも知れません。

  1. 札幌の四季
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