2016-06-30 21:58

元祖マキャベリストは良い奴だった その9

 フィレンツェ政庁を解雇され以降、マキャベリは生涯再就職できませんでした。

 マキャベリは解雇直後から再就職を切望し続けたのに・・・・・。
 
 「君主論」をローマ法皇レオーネ十世の弟ジュリアーノ・デ・メディチに捧げようとしたのもその為です。
 それにより自分の経験と能力をアピールしようとしたのです。

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 しかしワタシはマキャベリが再就職不能になったのは、「君主論」なんか書いたからだとしか思えません。

 だって現代でも「君主論」は「冷酷な権謀術策主義」とだけ、認識する人間が大多数なのです。 

 100万円ぐらい賭けても良いけど、もし安倍総理が「愛読書は君主論」なんて言ったら、マスコミは大騒ぎしますよ。
「そらみろ、安倍は冷酷なマキャベリスト!!」と最低半月は、煽り続けますよ。

 高学歴を誇るジャーナリストや言論人は、高校世界史で「君主論」はルネサンスを代表する名著で、マキャベリは近代政治学の祖」と教わっているはずですが、そんなの関係ありません。

 ツィッターのマキャベリbotから、冷酷そうな言葉を拾いだしては、安倍=マキャベリスト=冷酷残忍キャンペーンをやりまくるでしょう。

 ましてこんな本の著者を雇って身近に置いたら、何を言われる事だか?

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 勿論マキャベリの時代の知識人達は、皆「君主論」のモデルになったチェーザレ・ボルジアの事は良く知っていました。

 だからその意味では「君主論」十分理解できたし、マキャベリの意図だって十二分にわかったでしょう。

 でもそれは知らないよりもっと悪いです。

 だってマキャベリが「君主論」を完成させたのは1514年ですが、チェーザレ・ボルジアが失脚したのは1503年です。
 チェーザレ・ボルジアが死んだのはこの3年後です。

 しかもそのチェーザレ・ボルジアが同時代の人々にどのように思われていたかは、その3で書いた通りです。

 こんな人間を君主の理想として手放しで礼賛するなんて・・・・・。

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 これって1950年代にヒトラーの経済政策を礼賛するような話でしょう?

 90年代にリチャード・クーがテレビ番組でヒトラーの経済政策を褒めたら、彼はそれっきりテレビに出られなくなったのです。

 ヒトラーの経済政策が成功した事は、既に経済学では広く認知されているのにです。
 
 でも一回悪魔に仕立てた人間は、何が何でも悪魔として扱い続けなければ気が済まない。
 それが正義だ!!
 
 世の中にはそう信じている人間が沢山いるのです。
 
 しかもイタリアの小国は皆チェーザレ・ボルジアの侵略に怯え続けた「被害者」なのです。

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 更に深刻なのは、マキャベリが「君主論」にイタリア統一の夢を託した事です。
 
 当時のイタリアが小国分裂しており、その為に既に統一国家として強大化していたフランスやスペインなどに対して防衛不能になってきている事は、前に何度も書きました。
 
 だからイタリアも一刻も早く統一国家を作り、これらの国々に対応するべき。

 これは誰もわかります。

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 しかしそれはイタリア内の小君主にとっては自分の権力を手放す事です。

 またヴェネツィア共和国やフィレンツェ共和国など共和政国家の市民にすれば、自分達の参政権を手放し、専制君主に身を委ねる事なのです。

 そして法皇庁としたら全く立場がありません。

 こんな事、到底受け入れられません。
 完全な危険思想です。

 しかもそれが完璧な説得力を持って書かれているのだから、恐ろしい事この上無しです。

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 マキャベリの友人で駐ローマ大使だったフランチェスコ・ヴェットーリは、マキャベリから「君主論」をジュリアーノ・デ・メディチに捧げる事を相談されも、良い返事をませんでした。

 それでこれは中止になったようです。

 フランチェスコ・ヴェットーリと、この大分後からマキャベリの親友になるフランチェスコ・グィッチャルディーニは、どちらも名門出身で、高学歴でその上有能だったので、フィレンツェ共和国の要職を歴任しました。

 彼等はマキャベリの人となりに魅せられていました。

 また彼の政治感覚の鋭さや卓抜した洞察力を知っていたので、政治外交に関して何かと彼の助言を仰ぎました。
 
 でも彼等がマキャベリを部下として正式に採用してくれる事はありませんでした。

 マキャベリがもう一度フィレンツェ共和国の為に働く事を切望しているのも、また経済的にも絶対に再就職が必要なのも知りながら・・・・・。

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 その5で、にゃんこさんがこんなコメントを下さいました。

>しかし冷徹かどうかは置いておくとして、リアリストが大きな働きを出来るってことは、その他大勢がいかに本質からずれたことに惑わされてるかってことですね。 
ヨーロッパの移民問題もアメリカのポリティカルコレクトネスも私には良くわかんないんですが・・・ 
ことによって、み~んなへんなところへ迷い込んでるだけのような・・・ 

 ワタシもこれを書いていて思い出したのが「ポリティカルコレクトネス」と言う言葉です。

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 ワタシもあの欧米のポリティカルコレクトネスと言うのは、良くわからないのですが、結局あれは移民問題など人種差別に関わりそうな問題について、政治家はひたすら綺麗事の発言に徹しなければならないと言う事でしょう?

 でもこれをやっていれば、結局マトモに問題を議論できないし、そうなると問題の解決もあり得ないのです。

 真のリアリストであるマキャベリは、当然このようなポリティカルコレクトネスは無視したと言うより、最初から眼中になかったのです。

 そして自分の親友達も同様だと考えていたのです。

 けれども彼等はそのポリティカルコレクトネスを十二分にわきまえていたのです。

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 彼等はマキャベリ同様に、愛国者でありしかも冷徹な政治家でした。
 しかし彼等が望んだのは、現在の体制が何とか大過なく維持されていく事でした。

 けれどもマキャベリは根源的な体制変革が無ければ、イタリアは生き延びる事はできないと確信していました。

 そして実際にその通りになってしまったのです。

 これがポリティカルコレクトネスは眼中にない人間と、それをわきまえた人間の洞察力の差になったのでしょうか?
 
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2016-06-30 12:50

元祖マキャベリストは良い奴だった その8

 塩野七生さんの「我が友マキャベリ」は、フィレンツェからマキャベリが失業後暮らした彼の山荘への交通事情の描写から始まります。

 それによれば、どの道を通っても、距離にして10キロ余り、車なら20分もかからないかも知れません。

 しかし徒歩なら2~3時間、メールも電話もない時代です。 現代の日本で言えば、霞が関の官僚官舎にいた人が、関東を出て東北にでも移り住んだようなものでしょう。

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 この「山荘」と言うのは、マキャベリの母親が結婚するときに持参金に持ってきたもので、近隣の農地が付属しています。

 その農地を小作に出していたのですが、この小作農の集落と教会と居酒屋が近くにあります。

 これまではこの小作料やここでできた葡萄酒や作物が、マキャベリ一家の副収入したが、これからはここからの収入だけでやって行かなければならないのです。

 因みにこの山荘は今もマキャベリの子孫が所有していて、マキャベリ博物館になっています。

 そしてこの農地で採れた葡萄で造ったキャンティワインにマキャベリの横顔の商標を付けてい売っています。 この辺り高級キャンティワインの産地なのです。

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 当時参政権を持つフィレンツェ市民と言われる人達は、大体皆このような農園とそれに付属する山荘をもっていたようです。

 マキャベリの山荘はこうした山荘のうちでは、むしろかなり貧相な方です。

 少し余裕のある市民ならこうした農園からの収入だけでも、十二分にフィレンツェ市内での都市生活を楽しめるのですから。

 その6でフィレンツェの名門市民達はマキャベリ等が活躍するソデリーニ政権を「平民政権」と憎み、これを崩壊させた顛末を書きました。

 当時の民主制を支えた「平民」とはこのような階級だったわけです。

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 余裕のない市民であるマキャベリは、失業者になったらここで地主としての生活を始めるしかありませんでした。
 ここなら取りあえず食べる物にだけは困りません。

 彼が田園生活を楽しめる人なら、権謀術策渦巻く政治の世界を逃れて、美しいトスカーナの田園での倹しい生活だって悪くなかったでしょう。

 しかし彼は出世欲も、金銭欲もないくせに、権謀術策の渦巻く政治の世界への思いを断ちきれませんでした。

 それで彼は村の居酒屋に毎日のように顔を出して、旅人を捕まえは外の世界の情報を聞き出し、夜になるとまたその居酒屋へ行って、小博打に興じて、その寂寥を紛らわせました。

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 マキャベリの小博打の相手はいつも村の粉屋と肉屋と二人の煉瓦職人でした。 そして僅かの金額の勝ち負けに皆で大声を上げて騒ぐのです。

 しかしこういうの見ると、このマキャベリと言う人はホントに人を差別しないんですよね。

 この人は元大統領補佐官まで務めたのです。 フランス王やローマ法皇とも折衝した事があるのです。
 そして今だって地主様なのです。

 そういう人が幾ら失業したからって、こんな文字通りの庶民達と小博打を打って一緒に騒ぐなんて・・・・・。

 反差別が絶対正義になっている現代だって、元高級官僚や元外交官なら、煉瓦職人と付き合うのなんか絶対拒否する人は少なくないでしょうに。

 もしイギリス労働党議員やEU官僚が、時々でも良いから、マキャベリを見習って、こんな風に庶民と直接触れて彼等の本心を確認していれば、今回の離脱騒動なんて起きなかったんじゃまいか?

 しかもマキャベリの時代は、前述のとおり民主主義国家フィレンツェと雖も厳然たる階級制の時代でした。 同じ市民でも名門であればそうでない市民を「平民」と蔑んだ時代なのです。

 要するにこのマキャベリと言う人は、驚くほど開放的な人柄で、人と付き合うのが大好きなのです。 だから誰とでも分け隔てなく付き合う事を楽しむのです。

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 しかしマキャベリが幾ら人を差別しなくても、やはり粉屋や肉屋や煉瓦職人相手に、彼の最大関心事である国家と政治を語る事はできませんでした。

 だって彼等は自分の稼業に忙しい身ですし、参政権さへないのですから、政治に関心があるわけもないのです。

 だからマキャベリはひとしきり博打で騒ぐと、家に戻り祖国と政治への思いを、纏め書きとどめる事にしました。

 彼はこれによって生きようとしたのです。
 著作の中に、現実の世界では奪われた自分の精神と才能の住処を求めたのです。

 このようにして生まれたのが「君主論」です。

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 この頃、マキャベリはこうした日々を友人への手紙につづっています。

 この友人フランチェスコ・ヴェットーリは、メディチ家とも縁故のある名門出身なので、メディチ家が復帰した後も、フィレンツェ共和国駐ローマ大使の要職に就いていました。

 そして投獄されていたマキャベリの釈放を法皇に頼みん込んでくれた人の一人です。

 この二人の往復書簡で当時のマキャベリの心境がわかるのです。
 しかしマキャベリがこの山荘での日々をつづった手紙は、書簡としてイタリア文学史上の傑作です。

 そしてこの手紙のお蔭でマキャベリが「君主論」を書くに至った心境を知る事ができるのです。
 
 この手紙の訳文も塩野七生さんの「我が友マキャベリ」に掲載されていますが、本当に切々と胸を打つ文章です。

 塩野さんって美文名文は苦手な人なのに、それでも元文が良いとやはり胸を打つ文章になるのです。

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 マキャベリと一緒にフィレンツェ政庁を解雇された元部下で親友のピアジオ・ブオナコルシは、「君主論」に感動して何部も書写してくれました。

 マキャベリはこれをローマ法皇レオーネ十世の弟であるジュリアーノ・デ・メディチに捧げようとしました。

 再就職への儚い希望をつないで・・・・・。

084

 オマケ

 なんかもう、いつになったら終わるんだろう?
 ホントは2~3話で終わらせるつもりだったのに・・・・・。

 皆さん、飽きませんか?
 大丈夫ですか?
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2016-06-29 12:34

元祖マキャベリストは良い奴だった その7

 昔サラ金のCMでこんな事を言っていました。

 恋の悩みなら聞いてくれる友達が、お金の悩みを話したら、みんな逃げていくのよね。

 至言です。
 しかしマキャベリにはお金の悩みを助けてくれる友達がいました。

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 1512年、マキャベリはフィレンツェ共和国政庁を解雇されました。 43歳の若さでした。

 それだけでも十分災難なのですが、この解雇で退職金を貰うどころか、彼の10年分の報酬相当する額の罰金の支払いまで課せられたのです。

 10年分の報酬に相当する貯金なんか勿論ありません。
 でもこれを友達3人が立て替えてくれました。 それで取りあえず身体の拘束は免れる事ができたのです。

 しかし10年分の報酬に相当する罰金って?
 現代の日本の公務員の感覚からすれば、6000~1億円にもなります。

 それを3人で等分して出したとしても、一人3000万前後は出してくれた事になります。

 返済は期待していなかったと思います。
 だって相手は失業者です。 再就職の目途もありません。

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 マキャベリの友人の中には、フィレンツェを代表する名門出身者も沢山いました。 だからこのようなお金を出せる人達もいたでしょう。

 しかしこの3人の名前はわかっていません。 
 こんな莫大なお金を立て替えてマキャベリを助けた人達の名前がなぜ今も不明なのか?

 でも考えてみれば、この罰金はメディチ政権による懲罰です。 マキャベリが前政権・ソデリーニ大統領一番の側近だったことへの報復なのです。

 だからそういう懲罰を受けた人間を支援した事がわかれば、支援した人達だってメディチ政権から睨まれるのです。
 助けてくれた人達に迷惑を掛けない為には、彼等の名前は絶対に出せないのです。

408

 ともあれこのようなリスクを取ってまで、マキャベリのお金の悩みを助けてくれた友人達がいたのです。

 マキャベリと言う人は、著書の中では人間に対して完全な性悪説を取っているのですが、しかしそういう人間観は実は政治と権力に関わる問題についてだけの話でしょう。

 彼個人の実生活では生涯多くの人々と、強い友情で結ばれていました。
 そして家庭生活もまた幸福でした。

 それは彼自身が明るく開放的で友情に篤い人だったからでしょう。
 文字通り「良い奴」なのです。

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 しかし罰金を支払ってもまだ不幸は続きました。

 政庁を解雇されて間もなく、今度は反メディチ陰謀に加わったと言う全く身に覚えのない嫌疑を掛けられて、逮捕されたのです。

 そして拷問を受けた後、地下牢に投げ込まれました。 
 日も射し込まず、虱と悪臭の充満する地下牢の生活。
 これが終わる日が来るのだろうか・・・・・。

 しかし数か月後奇跡のように出獄できました。

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 マキャベリが入牢中に外患誘致を繰り返した法皇ユリウス二世が死に、新しい法皇レオーネ十世が即位したのです。

 レオーネ十世はロレンツォ・デ・メディチの次男でフィレンツェ出身です。 フィレンツェ出身者の法皇即位は、これまでなかったのです。

 全フィレンツェが祝意に湧きかえりました。
 その祝祭で多くの囚人を恩赦したのです。

 マキャベリの友人達のうち、新法皇と縁故のある人達は、この機会を捉えて法皇にマキャベリの釈放を頼み込みました。

 この友人達の願いを法皇が聞いたのでしょう。 マキャベリは牢獄を出る事が出来たのです。
 
 当に「持つべき物は友」です。

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 こうして友人達の助けにより何とか出獄したマキャベリですが、しかし出獄後一ヶ月余りでフィレンツェ市内の自宅を引き払って、郊外の山荘に移り住みます。

 失業者になり友人達から多額の借金をしている身では、経済的に市内での生活を維持する事が不可能になったのです。

 しかしこれはこうした友人達と離れて暮らす事になるのですから、友達付き合いが大好きなマキャベリにとっては大変辛い生活になりました。

 この山荘での日々、彼を支えたのは、友人達との文通と「君主論」など著作でした。

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2016-06-28 23:37

差別を助長するのウリだ!! 韓国と在日コリアン

 民潭がヘイトスピーチの解消の為の記者座談会を開いたそうです。

 <記者座談会>ヘイトスピーチ対策法 どう働かせるか

C 「在日排斥」「嫌韓」といった憎悪言説の発信源は右派論壇だ。それを刺激的に加工して広めるネット右翼は、200万人前後と言われる。その受け手が重宝しているものに「まとめサイト」がある。広告収入を増やすためにアクセスを集めねばならず、そのためには過激な編集をする。新聞を読まない若者だけでなく、政治家までアクセスする始末だ。 

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 本文は結構長いので暇な人は、リンク先で読んでください。
 
 しかしこの部分だけを読めば、現在日本で「差別を助長し、嫌韓を扇動する」のが誰か直ぐにわかります。

 差別を助長し、嫌韓を扇動しているのは、在日コリアンと韓国人です。

 だって所謂「まとめサイト」は、皆そうですがどれもブログ主が自身の意見を書くことはありません。
 皆、ネットに掲載された記事を拾って紹介しているだけです。

 その中で一番多いのが、朝鮮日報や中央日報など韓国名門紙日本語版です。 民潭や総連のHPからの転載も多いです。

 因みにこの「<記者座談会>ヘイトスピーチ対策法 どう働かせるか」と言う民潭HP掲載の記事も、そのまま保守速報など多くの「まとめサイト」にそのまま掲載されています。

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 勿論みんな記事をそのままコピペしているので、一字一句元記事を変えていません。 そして全て元記事のURLも貼ってあります。
 
 つまり「まとめサイト」は韓国の新聞や民潭や総連などが発信したい事を、多くの日本人に紹介しているのです。

 民潭や総連のHPなど、営利で情報を発信していな所は、普通はこうした形で情報を発信を手伝ってくれるサイトには、大いに感謝するべきではないでしょうか?

 ところが民潭はそれを「差別を助長し、嫌韓を扇動する」と問題にしているのです。

 実に奇妙な話です。
 自分達の書いた記事が、「まとめサイト」を通じて多くの日本人に読まれる事が、「差別を助長し、嫌韓を扇動する」と言う事は、自分達が「差別を助長し、嫌韓を扇動している」と言う事になります。

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 実際全くその通りです。

 ネットで韓国と在日コリアンへの嫌悪が広がったのは、韓国新聞の日本語版や民潭や総連のHPを通じて、韓国や在日コリアンの真実が日本人に知られるようになったからです。

 ネットができるまで日本の新聞やテレビなどマスコミは、韓国や在日コリアンの真実を報道するのを避けて、何とも薄気味の悪い礼賛や報道や、嘘臭い日韓友好報道や、在日コリアン差別されたカワイソウ報道だけを続けてきました。

 余程観察力欠けた人でなければ、「どうも胡散臭い」としか思えない物ばかりでした。

 ところがネットができて、民潭や総連HP掲載記事や、韓国の新聞の報道を読んでみると、色々腑に落ちました。

 ヤッパリ在日コリアンと韓国は、日本と日本人に限りない悪意と憎悪を持っていたのがわかりました。

 にも拘らず日本と日本人に信じがたく図々しく虫の良い扱いを期待をしているのです。

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 それにしてもワタシは在日コリアンは、もう何世代も日本にいるのだから日本の社会ルールを理解をしているのだろうと思ていました。

 だからどんな事をしたら嫌われるかのか?どんな事を言ってはイケナイのかぐらいはわかっていると思っていました。 

 しかし民潭や総連の記事を見る限り、それは完全に間違っていたのがわかりました。

 彼は何世代日本に暮らしても、日本の社会ルールを学ぶ意思はないのです。 だから全く理解していません。

 ワタシは学習塾の講師をしていた時に、学ぶ意思のない者はどんなに学びやすい環境にいても、何年居ようとも、何も学べないと言う事がわかりました。

 そもそも彼等とすれば他者が自分達を理解するべきなのであって、問題が起きるのは自分達を理解しない他者が悪いのだとしか考えないのです。

 日本人は普通どんなに自己中な人でも、こういう態度は表には出せないのですが、「まとめサイト」が拾ってくる韓国の新聞や民潭や総連の記事には、こういう意識がありありと出ているのです。

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 この民潭の記事も典型でしょう?
 
 日本人が「差別する、嫌韓だ!!」と非難しながら、しかし「自分達はなぜこのように嫌われるのか? 自分達の側にも問題はないのか?」と言う疑念や反省は一切ないのです。

 挙句の果てに自分達が書いた記事を転載する「まとめサイト問題ニダ!!」です。
 
 自分達が書いた記事が差別を助長し嫌韓を扇動しているとわかっているなら、そういう記事を掲載するのを止めれば良いのです。
 
 「差別を助長し、地域から排斥を扇動する」のをヘイトスピーチと言うなら、一番盛大にヘイトスピーチをやっているのは、韓国人と在日コリアンなのです。
 
 しかし彼等は自身でそれを反省する事はなく、自分の書いた記事が日本人に自分達への嫌悪を煽っていると感じたら、「まとめサイト問題ニダ!!」と騒ぐのです。

 よくもまあここまで非論理的に手前勝手な発想ができるモノです。

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 こんな発想で生きている民族を嫌わない人はいないでしょう。

 だから幾ら在特会に嫌がらせをしても、ヘイトスピーチなんか無くなりません。
 だって最大のヘイトスピーカーは在日コリアンと韓国人なのですから。

 ニダ昌司参議院議員が本当にヘイトスピーチを解消させたいのであれば、せめて民潭と総連の解散と韓国新聞の日本語版サイトの閉鎖を立法化するべきでした。

 だって最大のヘイトスピーカーを野放しにしていては、差別は助長されて、嫌韓の扇動は続くばかりですから。

  1. レイシスト
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2016-06-28 12:10

元祖マキャベリストは良い奴だった その6

 高卒官僚マキャベリの人生最良の日々は、しかし長くは続きませんでした。

 イタリア半島と彼の祖国フィレンツェを取り巻く状況は、益々深刻化して行きました。

 1508年のベネツィアの対仏戦争の敗北で、イタリア半島での軍事的プレゼンスが極大化しました。

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 ベネツィア憎しで対ベネツィア同盟(カンブレー同盟)を作り、フランス軍をイタリアに引き込んだローマ法王も、ようやくその恐ろしさに気づきました。

 またフランスと同盟してヴェネツィアと闘うはずだった国々も、自分達が参戦する前にフランスが一人勝ちして、ヴェネツィア領の多くを占領した事に不満を抱きました。

 そしてヴェネツィアはこれ付け込みます。 つまり法皇、神聖ローマ帝国、スペインを反仏に向かわせたのです。

 ローマ法王ユリウス二世はこれにのります。
 法皇は、今度は反仏同盟を結成して、イタリア半島からフランスを追い出しにかかります。 

 自前の軍隊を持たない法皇にすれば、フランスを追い出すにはこうするしかないのです。

 しかしこれはまた新たなる外患誘致です。
 つまり自分で誘致した外患フランスを追い出す為に、神聖ローマ帝国やスペインと言う外患を誘致するのですから。

 結局これはイタリア半島が、これらの大国勢力争いの戦場になる事を意味します。 

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 そしてマキャベリの祖国、フィレンツェ共和国は外交上実に厄介な立場に追い込まれました。

 フィレンツェ共和国はフランス王の庇護を受けていました。 一方ローマ法王との友好関係も絶対必要です。

 ところがその法皇とフランスが敵対するのですから。

 軍事的に最強なのはフランス。
 だからフランスと敵対してはならない。
 しかしそれで法皇、スペイン、神聖ローマ帝国を敵に回してはならない。
 ここはもうどちら側にもつかないで逃げ切るしかない。
 
 これがマキャベリの読みであり、フィレンツェ共和国の外交方針になりました。
 
 しかしフランス王は自分の被保護者であるフィレンツェを、フランス側に立たせるように追い込んできます。 

 マキャベリは外交の最前線に立って、これを食い止めました。

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 一方こうしてフィレンツェ共和国が外交戦を戦っている間に、対仏同盟対フランスは、本物の戦争に突入しました。

 ラヴェンナの戦いです。 重装騎兵が中心になる中世式の戦法による戦争として史上最大と言われた戦闘でした。

 勝利したのはフランスでした。
 マキャベリの読みは正しかったのです。

 ローマ法王は恐れ戦き、フランス軍のローマ進軍を予測して、ローマからの避難の準備を始めました。

 しかし勝利したはずのフランス軍は、完全に混乱状態に陥っていました。 
 総司令官がこの戦いで戦死していたのです。

 この時代はフランス軍と雖も多くの傭兵と、フランス王の臣下である封建諸侯の寄せ集めでした。 
 だから総司令官が戦死してしまうと、これから誰が指揮を執るべきか?ハッキリしないと言うお間抜けな状態になってしまいました。

 フランス軍はこれで身動きが取れなくなってしまったのです。

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 つまり戦場で指揮官が死亡すると、こういう事になるのです。

 少し脱線するけど、ローマ皇帝についてエントリーした時、軍人皇帝時代について書きました。

 軍人皇帝時代と言うは、戦場で皇帝が暗殺された場合、兵士達が勝手にその場で新しい皇帝を選んでしまうと言う時代なのです。

 それで選ばれるのは、その場で戦闘指揮ができる軍人ばかりと言う事になります。

 しかし指揮官を喪ったら、直ぐに新しい指揮官を立てたローマ軍と、ひたすら混乱を続けたフランス軍を比べたら、軍の組織としては、ローマ軍の方が遥かにシッカリしていたと言うべきでしょう。

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 と言うわけで、そこでフランス軍は戦場近くの街に留まって延々と小田原評定を続けた挙句に、フランス王が驚くべき決断を下します。

 全軍撤退!!

 ハア?
 だってフランス軍は勝ったんだよ?
 次の司令官を任命して送り込めば、進軍できるんじゃないの?
 これじゃ何のための戦争をしたの?

 しかしフランス王は撤退しちゃったのです。

 これでヴェネツィアは、対仏戦争で喪った領土を全部取り戻しました。 

 ヴェネツィア外交大勝利!!

 けれどもこれはフィレンツェには、トンデモナイ厄災になりました。

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 フランス軍が撤退した後、フランス軍に敗戦したスペイン軍の敗残兵の大軍が、フィレンツェに迫ったのです。

 そしてメディチ家の復帰と莫大な軍費の支払いを要求しました。
 
 フィレンツェ共和国側は勿論これを拒否します。
 
 フィレンツェと近郊都市の城壁を固め、フィレンツェ共和国正規軍を招集配備して、迎え撃つ事にしたのです。

 マキャベリは今度は城壁の強化に奔走しました。

 この頃にはマキャベリの造ったフィレンツェ共和国正規軍は歩兵9000に加えて砲兵300、騎兵も数百と言う規模になっていました。

 これならフィレンツェの防衛は大丈夫!!と思ったのは当然でしょう。

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 しかしフィレンツェから18キロの小都市プラトーが、あえなく陥落しました。 防衛に当たっていたフィレンツェ共和国正規軍4000人が殺され、プラトー市内は阿鼻叫喚になりました。

 創設間もないフィレンツェ正規軍は、訓練不足で、ベテラン傭兵の軍団には勝てなかったのです。

 フィレンツェ市民はこれに慄然としました。 そして動揺し始めたのです。

 そんな中、5人の市民がフィレンツェ政庁に乗り込み、武力でソデリーニ大統領に退位を迫りました。

 彼等はフィレンツェの名門出身者で、かねてよりソデリーニ政権を「平民政権」と唾棄していたのです。 しかし正義の人、法の人であったソデリーニ大統領は敢えて彼等を取り締まる事はしてこなかったのです。

 正義の人、法の人、民主主義が第一のソデリーニ大統領は、アッサリとこれを入れて、フィレンツェを去りました。

 こうして魔法のようにあっけなくフィレンツェの共和政は崩壊し、メディチ家が復帰したのです。

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 フィレンツェ共和国はスペインから求められていた、軍費を拠出すると、スペイン軍は金を持って本国に帰りました。

 それにしてもスペイン敗残兵が何でメディチ家復帰など求めたのか? 
 勿論、メディチ家と気脈を通じていたからです。 メディチ家がスペイン兵を金で買ったとも言われています。

 メディチ家はしかしフィレンツェの実質的な支配権は握っても、形式では民主制を守るつもりでした。
 
 その為、亡命したソデリーニ大統領の後任は、親メディチでも反メディチでもない中立と言える人間でした。
 そして官僚達もそのまま残りました。

 マキャベリとマキャベリの補佐役で親友だったピアジオ・ブオナコルシの2人を除いては・・・・・・。

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 マキャベリとブオナコルシの2人は解雇されたのです。
 マキャベリのポストにメディチ家のスパイを就ける為です。

 だってマキャベリが官僚として猛烈に働いている間に、マキャベリの所にフィレンツェ共和国の全情報が集まるようになっていたのです。

 だからここにメディチ家のスパイを入れたら、メディチ家としたら完全にフィレンツェ共和国政府内の情報を掌握できるのですから。

 そこで邪魔になった二人は解雇されて、フィレンツェ政庁から追い出されたのです。

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 こうして元祖マキャベリストの人生最良の日々は、終わったのです。
 29歳で第二書記官長として就職してから15年。
 43歳にしてまた失業者になったのです。

 後に彼を「近代政治学の祖」と言わしめた著作の数々は、この失業者として日々の中で生まれました。

 天職だった仕事を43歳の若さで奪われたマキャベリは、書くことで何とか生きる道を見出そうとしたのです。

 そして再就職への希望も・・・・・・。

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2016-06-27 10:33

ヨーロッパエリートはマキャベリストじゃない イギリスEU離脱

 ワタシが元祖マキャベリストの話に嵌っている間に、イギリスの国民投票ではEU離脱派が勝っちゃいました。

 これに対してEU側は「だったら出て行け!! 早く出ろ!!」と喧嘩腰です。

 なんだろう? これ?
 DQN夫婦の夫婦喧嘩かよ?

108
 
 元々EU離脱を国民投票に掛けると言ったのはキャメロンです。
 キャメロンは残留派ですから、国民投票をすれば残留派圧勝と言う目算があったのでしょう。

 国民投票で残留派が圧勝すれば、「これが民意だ。」と言う事で、離脱派を黙らせる事が出来て、後々やりやすい。
 そんな読みがあったから、国民投票をやったのではありませんか?

 それが僅差とは言え、離脱派勝利になったのは、イギリス国内とEU側のエリートとマスコミ達による、上から目線の大キャンペーンの結果じゃないですか?

 つまり離脱派を「低学歴」「低所得」「老人」そしてなによりも「レイシスト」と罵り続けた結果なのです。

129

 低所得層は住居や職場が、移民それも学歴もなく単純肉体労働しかできない貧しい移民と競合するので、賃金の低下や治安の悪化と言った影響をもろに受ける事になります。

 だから自分達の生活を守る為に、移民反対!EU離脱!に賛成した人は多いでしょう。

 しかし真のエリートであり、知性のある人であれば、こうした人々の状況を理解し、「それでもEU残留は、貴方達の利益になる。」事を彼等にわかるように説明するべきなのです。

 ところが彼等がやったのは、ひたすらこうした人々を侮蔑し、嘲り、罵る事でした。
 それを労働者や弱者の味方を標榜する左派、自称リベラリスト等までもがやっていたのです。

 これでは離脱派でなかった人達だって残留派に不信を持つでしょう。

192

 この国民投票の直前に残留派の労働党議員が、離脱派の男に殺されました。

 ワタシはこれを報道する動画を見たのですが、「これじゃあ、ダメだ!! 離脱派勝つかも知れない。」と思いました。

 

 だって殺された労働党を議員を移民を守る天使のように報道しているのです。
 
 マスコミのエリート達はこれで離脱派の非道を論い、残留派の正義をプロパガンダしたつもりだったのでしょう。

 しかし人々はそもそも「正義」を問題にしているのです。 だから「正義」を煽れば煽る程、不信が増幅するだけなのに。 

 自分の正義に酔う人間はでも往々この手の事をやりますよね?

164

 そもそも何で移民反対したらレイシスト呼ばわりされなきゃならないんだろう?

 労働市場も福祉予算も限りがあるのだから、無制限に移民を入れたらそのしわ寄せは全部、低所得層が背負い込むのは当然でしょう?
 
 真のエリートであれば、それを理解した上で相応の対策を立てるべきでしょう。

 それをしないで、残留派をひたすら「レイシスト」と罵り続けたのは、つまりは彼等が馬鹿だったからでしょう。

136

 しかし馬鹿はイギリスのエリートだけではありません。
 
 EU側も馬鹿です。

 だってイギリスで離脱派が勝利したら、いきなりDQNの夫婦喧嘩のレベルで、喧嘩を売り始めたのですから。

 イギリス世論が残留から離脱に変わった経過を見れば、こんな事をしたらイギリス人が益々ムクレテ

 おお、出ていくとも!!

 と言って荷物を纏めにかかるではありませんか?

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 離脱派勝利と言っても、2%足らずの僅差の勝利です。 今後の状況では「ヤッパ、離脱や~めた。」になる可能性だって十二分にあると言うのに。

 イヤ、そんな甘い事を言ってたら、示しがつかない! 
 他の国に離脱派の見せしめにしてやる!!

 そうですか?
 しかしそれでイギリス人が頑張って、これを乗り切ったらどうするんですか?

 イギリス離脱の悪影響がEU本体に来ることは心配しなくていいんですか?

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 結局イギリスが離脱したことでDQN夫婦の夫婦喧嘩になるのは、つまりはEUエリートもまた一般イギリス人にEU離脱のデメリットを説く能力いばかりか、自分の感情すらコントロールできないと言う事です。

 だから自分達の仲間内だけで信じているEUのメリットを、信じてくれない人達を「馬鹿!!」「レイシスト!!」と罵る事しかできないのです。

 君達が日頃唱えている御題目の「寛容」は何処へ行ったんだい?
 「寛容」ってこういう時の為に使うもんだよ。

 日頃散々上から目線で他人に「寛容」を説きながら、自分の思い通りならない事があったら、いきなりブチ切れるってかい?

 こんなの連中に知性や理性があるんでしょうか?

174

 ヨーロッパ統一と言う理想はそれ自体悪くありません。

 ワタシはEUの中にマキャベリの夢を見ました。
 
 我が尊敬する元祖マキャベリストことニコロ・マキャベリの夢はイタリア統一でした。
 
 彼の生前イタリア半島は、小国に分裂していました。
 時代は盛期ルネサンス、経済や文化で言えばマキャベリの祖国フィレンツェ共和国は、文化や経済力では全ヨーロッパを圧倒していました。

 しかしアルプス以北の国々は、強大な統一国家を形成していたのです。
 そしてそれらの国々は富裕で超文化的でも、軍事的には至って脆弱なイタリア諸国に食指を伸ばしてきました。

 だからマキャベリは一刻も早くイタリアも統一国家にして、これらの大国に対抗するべきだと考えたのです。

180

 そしてこれは戦後のヨーロッパの状況も同じです。
 近代以降、ヨーロッパ諸国は文化でも経済力でもそして軍事力でも、世界中の他の国々を圧倒してきました。

 しかし二度の大戦で疲弊し、気づいてみればアメリカ、ソ連、日本、中国など言った着々と国力を伸ばしつつあるのです。

 これらの国々に対抗するには、ヨーロッパの統一が必要だ!!

 ヨーロッパ諸国がこんな戦争を続けていれば疲弊するばかりで、遠からずヨーロッパの優位も失われてしまう。

193

 しかしそれだったら「ヨーロッパファースト」で頑張れば良いのです。
 それを「難民入れろ!!」「ポーランドやハンガリーは民主主義じゃない!」とか無意味な理想主義を振り回すのです。

 だからあ、その民主主義でイギリスが離脱しようと言ってるんだよ!!
 難民を押し付けられる為にEUに入ったんじゃないよ!!

 オマイラ、何の為にEU統合したいんだよ?

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 先日ネットでこんな記事を拾いました。

 「イギリス国民が世界恐慌を起こしてもEU離脱を希望した理由」イギリス在住のめいまろ氏が語るわかりやすい解説

 イギリスがEU離脱した理由

 EU統合後のイギリス庶民の苦痛と、それを無視して無意味な理想主義だけに浸るEU官僚達への怒りが切々と書かれています。

 実はワタシこの「めいまろ」と言う名前に憶えがあるのです。
 この人数年前まで、ネットで完全なお花畑左翼発言を繰り返していたのです。

 それなのに・・・・・これでは完全にネトウヨではありませんか?

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 ワタシはこれとても気になって、我が友ベヒモスさんに聞いてみたのです。

 Brexit Decided!!! (英国EU離脱、決定!)
 
 一昨年までイギリス在住だったベヒモスさんは、大変興味深いご返事をくださいました。

 しかしベヒモスさんのエントリー本文と、めいまろ氏の記事を合わせ読むと、EU離脱の本質は、一般国民のEUエリートへの不信だったとしか考えられません。

 そのEUエリート達は自分達への不信を、正面から受け止める代わりに、これを移民問題と言う事にして、離脱論を「低学歴層のレイシズム」として潰そうとしたのではないでしょうか?

 でもそんなことをやったから、お花畑左翼だっためいまろ氏のような人からさへ信用されなくなったのです。 

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 姑息で傲慢で腹黒くて、しかしやたらに綺麗な顔をしたがる。

 高卒だったマキャベリはフィレンツェ共和国でも、こういう高学歴エリート相手に苦労したんだろうなあ・・・・・と思います。

 「我が魂より祖国を愛す」

 マキャベリの言葉です。

 腹黒くて悪賢いだけでは真のマキャベリストではありません。

 リアリズムに徹して、しかも高邁な目標に向かって邁進するのが真のマキャベリストなのです。

212

 ウフィツィ美術館に出ると言うマキャベリの幽霊は、この状況をどう思っているのでしょうか?

 
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2016-06-26 14:34

元祖マキャベリストは良い奴だった その5

 1508年、ベネツィア共和国が対フランス戦争で惨敗して以降、イタリア半島はフランス、ドイツ、スペインなど大国の争乱の場となりました。

 イタリア半島は地獄への坂道を転げ落ちて行きます。

 しかし元祖マキャベリストことニコロ・マキャベリにとっては人生最良の日々でした。

 だって祖国の為に全てを擲って働く日々だったのですから。

269

 マキャベリはフィレンツェ共和国の外交実務担当者のトップとして、情報を分析し対策を立てる事に追われました。
 
 しかしそれだけではなくフィレンツェの国防体制を変換させるために活動したのです。

 その3で書きましたが、フィレンツェ共和国は当時の他のイタリア小国家同様、軍事力を傭兵に依存していました。
 しかしこの傭兵による国防には問題が多いと言う事も、その3で書いた通りです。

 そこでマキャベリは徴兵制による軍隊を創設して、フィレンツェ人が自ら国家を守る体制を作ろうとしたのです。

284
 
 金の為に闘う軍隊ではなく、祖国を守る為に愛国心で戦う軍隊を作ろうとしたのです。

 これにはモデルがありました。

 まず古代ギリシャやローマです。

 当時の教養人なら誰でも、古代ギリシャやローマの軍隊は市民の徴兵制で成り立つ事を知っていました。
 哲人ソクラテスだって、アテネが戦争する時は一兵卒として従軍し、勇敢に戦った事は、プラトンの「饗宴」で語られています。

 またイタリア半島の最強国ヴェネツィア共和国の海軍は、徴兵制を採用していました。
 海洋国家ヴェネツィアの防衛の主力は海軍ですから、国防の基本を徴兵制に置いていたと言えます。

 そしてチェーザレ・ボルジアも自身が征服支配した地域で、徴兵制による軍隊の創設を試みていたのです。

292

 もう傭兵で大国の侵攻に対応できる時代ではない。
 市民自ら国家を守らなければ、フィレンツェは生き延びる事はできない。

 マキャベリはフィレンツェ共和国の置かれた危機的状況と、傭兵制の問題を説いて、政治家達を動かしにかかりました。

 その為にこれまでの危機的状況の進行を「十年史」としてまとめた本を書いて有力政治家に捧げました。
 これは評判が良くマキャベリ人生最初の出版物になります。

 勿論政治家達はこれに必要な経費や財源を問題にしますから、マキャベリはそれに対する答えも用意しました。

 そうやって民主主義が第一のケチで優柔不断なフィレンツェ政府を説得して、遂に「フィレンツェ共和国正規軍」創設に成功したのです。

301

 尤も幾らなんでも一度に完全な徴兵制なんて不可能でした。 
 
 だからまずは、フィレンツェ近郊の農民の志願兵による軍隊になりました。
 規模も総勢200人と言う実に慎ましいものでした。

 それでも外国人ではく、フィレンツェ共和国領出身者だけによる軍隊です。
 なによりもフィレンツェ共和国初の自前の軍隊なのです。

 しかしマキャベリは、事ある毎にこのフィレンツェ正規軍に市内の広場でパレードをさせて、一般市民へのアピール繰り返します。

 そして一般市民の賛同を梃に、さらに上層部を説得して、規模を拡大させていきました。

 このようにして遂にフィレンツェ共和国正規軍は、総勢4000人にまで拡大しました。
 ここまでくれば立派な軍隊です。

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  す、凄い!!
 何気に凄いよ!!

 これってフィレンツェ史上初の大変革じゃん!!

 今の日本で言えば、日米安保だけじゃダメだから徴兵制を復活して、日本人の手で日本を守る体制に変えようと言うぐらいの話でしょう?

 それを門地も学歴もない高卒官僚が、一人で政治家を動かし、市民に訴えてやり遂げたんだよ!!

 優柔不断、ケチで、民主主義が第一のフィレンツェ政府を動かして、ここまでやったんだよ!!

 コイツ、ホントに大変な男だよ!! 

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 このフィレンツェ共和国正規軍の初陣はピサ戦役でした。
 
 実はフィレンツェはマキャベリが就職するずうっと前から、ピサと戦争をしていました。 ピサ領有はフィレンツェの安全保障に極めて重要だったからです。

 しかしこの戦争を請け負った傭兵隊長は、毎度勝利目前になるとサボタージュするのです。
 だって勝利したら仕事がなくなって契約打ち切りですから。

 だからいつまで経っても戦争が終わらないのです。

 しかしフィレンツェ共和国正規軍を投入すると、このピサ戦役も一発でケリがつきました。

 フィレンツェ共和国は遂にピサの領有権を獲得したのです。

 これには全フィレンツェ市民が狂喜しました。
 マキャベリの正規軍創設案に懐疑的だった連中だって、手放しで喜んだのです。

308

 この頃にはマキャベリは事実上の大統領補佐官になり、外交だけでなく、国防や内政も仕切るようになります。

 でも給料も肩書きも、就職当時のフィレンツェ共和国第二書記官長のままです。

 そんなことどうもエエわい!!
 オレの夢がドンドン実現していくんだ。
 祖国の未来を拓くんだ!!
  
 仕事が終わると部下や同僚を引き連れて、居酒屋へ繰り出す。
 そこで上司の陰口や猥談になれば、みんなマキャベリの当意即妙、機智横溢な話に笑い転げる。

 チョッと、アンタ達好い加減になさいよ!
 そんなに騒いじゃ他のお客さんに迷惑だわよ!

 居酒屋の女将に怒鳴られると、一瞬シュンとなるけど、またすぐ盛り上がって爆笑の渦!!

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 どうですか?
 マキャベリみたいな奴が上司や同僚だったら?
 最高でしょう?
 良い奴でしょう?

 マスコミではよく「有名人の中で理想の上司と思えるのは誰?」なんてアンケートをやりますよね。

 ワタシだったら絶対「ニコロ・マキャベリ!!」と答えます。

 特に官僚なら、もう他に選択肢はありません。
 
 マキャベリのような上司の下なら、毎日明るく楽しく働きながら、自分の仕事が祖国を救うと確信できるのですから。

325

 こうしてマキャベリの部下や同僚達もまた最良の日々を過ごしました。
 その上歴史に名が残りました。

 マキャベリの同僚や部下は皆、マキャベリの同僚や部下であったことによって、今もその名が残っているのです。 

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2016-06-25 21:34

元祖マキャベリストは良い奴だった その4

 実は前回「元祖マキャベリストは良い奴だった その3」で都民さんから、こんなコメントを頂きました。

信長は冷酷なのに、気に入った秀吉やねねさんには思いやりを見せた手紙を残しています。そしてアフリカ人を小姓にしたり、フロイスから南蛮の様子を精力的に聞き出したりしていて、偏見よりも合理性で動いていたのかと思います。そういう所が、チェーザレと似ていますか? 

 チェーザレ・ボルジアと信長は、一切の偏見から自由で、合理性で動く事では全く同じです。
 そして二人は共に中世から近世への扉を開けようとしたのです。

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 しかしチェーザレには家臣の妻にまでこまやかな心遣いをしたような逸話はありません。
 
 そして敵に対して信長よりも遥かに苛烈で呵責がないのです。
 だから敵ばかりではなく部下からも怖れられました。

 実はマキャベリがチェーザレ・ボルジアの折衝している間にも、部下達が反乱を起こしていたのですが、彼はこれを見事な陰謀で潰して彼等を処刑しました。

 マキャベリは君主論の中で、この経過を解析して絶賛しています。

244

 しかしこんな事ばっかりやっていて大丈夫なんでしょうか?

 安国寺恵瓊がチェーザレ・ボルジアを見たら言ったでしょう。

 「いずれ高転びに転ぶであろう」と。

 そして実際その通りになります。
 
 家臣の反乱も収め、法王領内の小領主討伐事業も大方ケリが尽き、もう誰もチェーザレ・ボルジアを止められないと思われた時、父親である法皇アレッサンドロ6世が死亡します。

 しかもアレッサンドロ六世が死亡した頃、チェーザレ・ボルジアも重病で生死の間を彷徨い続ける状態だったのです。

249

 これは当時ローマでマラリアが流行しており、二人は同時に感染したのだと推定されます。 そして老いた法皇は死んだけれど、若いチェーザレは生き延びる事ができたのでしょう。

 けれども人々は噂しました。

 法皇とチェーザレは、富裕な枢機卿達を宴会に招待した。 その席で枢機卿達に毒入り葡萄酒を飲ませて毒殺し、彼等の財産を奪おうとしたのだ。
 しかし法皇は誤ってその葡萄酒を飲み、チェーザレは同じ葡萄酒を水で割って飲んだ。
 その為法皇は死んだが、チェーザレは生き延びる事ができたのだ。

 そしてこれはボルジア家にまつわる伝説になります。

 だからこの話はアレクサンドル・デュマの「モンテ・クリスト伯爵」の中でも語られています。

251

 つまりチェーザレ・ボルジアとボルジア家と言うのは、生前からその死後何百年も世間からこのように思われていたのです。

 だから父法皇が死に、彼が生死の境を彷徨う間に、周りの全てが彼の抹殺に動き出しました。

 重病の彼はこれに対応できませんでした。

 そして次期法王即位を狙うデラ・ロヴェーレ枢機卿に完全に嵌められてしまいます。

 チェーザレ・ボルジアはデラ・ロヴェーレ枢機卿に騙されて、親ボルジア派の枢機卿達に、コンクラーベでデラ・ロヴェーレ枢機卿に投票するように指示したのです。

254

 こうしてデラ・ロヴェーレ枢機卿は、法王ユリウス二世として即位しました。
 そして法皇ユリウス二世が真っ先にやったのは、チェーザレ・ボルジアの逮捕投獄でした。

 チェーザレ・ボルジアの運命はこれで尽きました。 
 教会軍総司令官として法王領内の小領主討伐に乗り出してからたった4年後の事です。

 チェーザレ・ボルジアはこの数年後に死にます。 享年32歳。

 信長より遥かに無残な高転びでした。

 ともあれイタリアの小国家は皆、これで胸をなでおろしたのです。

255

 しかしチェーザレ・ボルジアが抹殺されても、イタリア半島を、そしてフィレンツェ共和国を取り巻く状況は厳しくなるばかりです。

 まず新法王ユリウス二世がチェーザレ・ボルジアに習って、法王領の直轄支配を目指し、自ら教会軍を組織して戦争を開始します。

 しかしユリウス二世の教会軍にはチェーザレ・ボルジアのような有能な戦闘指揮官がいませんでした。 
 その為随分苦戦するのですが、法王は諦めません。

 そしてこの征服事業でヴェネツィア共和国と対立します。
 そこでまたやらかすのです。

 「法皇庁は独自の軍事力は持たないが、外国の軍隊を呼び込む事はできる。」

 マキャベリが言った法皇庁お得意の外患誘致です。

258

 ヴェネツィア共和国はチェーザレ・ボルジアが征服した二ミリとフェンツァの二つの小都市を彼の死後霞め獲っていました。

 法皇はこれを法皇に返せと要求したのですが、ヴェネツィアは拒否しました。

 すると法皇はフランス、スペイン、神聖ローマ帝国を抱き込んで反ヴェネツィア同盟を結成して、ヴェネツィアとの全面戦争に乗り出したのです。
 そしてこれにイタリアの小君主国フェラーラとマントヴァも加わります。

260

 まさか?

 法皇が小都市二つの為に、ヴェネツィア共和国を潰そうなんて・・・・・。

 ヴェネツィアが亡くなったら、誰がオスマン・トルコ帝国からキリスト教世界を守んるだ?

 ヴェネツィアが亡くなったら、誰がイタリアの為に、アルプスの北の強国を牽制できるんだ?

 ヴェネツィアが盾になって、イタリア半島を守っているだぞ!!

 小都市二つの為に、その盾を潰すんなんて!!

 幾らなんでも法皇がこんな馬鹿なことを実行するはずはないだろう?

 これがリアリストに徹してきたベネツィアの読みでした。
 しかしユリウス二世はその「まさか」を実行するです。

 そしてこれに気付いたベネツィアが、問題の二都市を法皇に返還すると申し出ても、もう法皇を止める事はできませんでした。

268

 ヴェネツィアは都市国家の身で、全ヨーロッパの大国と法王相手に戦う事になったのです。

 そして先陣を切って襲いかかったフランス軍に惨敗しました。

 「これでヴェネツィアは800年間に築いていて来た物を全て喪った。」とマキャベリは書いています。

 そしてフィレンツェと言えば、この事態には何もできませんでした。 何しろ自前の国防力もない身です。
 だから傍観するしかなかったのです。

275

 一方ベネツィアは敗北の直後から、外交で巻き返しにかかります。
 
 ヴェネツィア憎しで反ヴェネツィア同盟を作った法皇も、現実にヴェネツィアが敗北して初めてフランスがイタリア半島内で強大な力を持つ事の恐ろしさに気づきました。
 
 またフランスが一人勝ちした事に、他の大国も不満と反感が募ります。

 そこでヴェネツィアはこれらの国々と法王を、反フランス戦争に向かわせたのです。
 そしてフランスとこれらこれらの国々が対立する中で、まんまと敗戦で喪った領土を回復してしまうのです。

 対フランス戦敗戦からものの2~3年の話です。

273

 しかしこれ以降、イタリアはこうした大国同士の争乱の場となって行きます。

 そしてフィレンツェ共和国もそれに巻き込まれて行くのです。

 元祖マキャベリストはフィレンツェ共和国第二書記官長として、何とか祖国を守ろうと必死の勤務を続けるのです。

 それはフィレンツェにとっては悲劇の時代でしたが、しかしマキャベリの人生では最良の日々だっだでしょう。

 だって全身全霊を擲って祖国の為に働けた日々でしたから。

278

 追伸
 
 あのう・・・続きどうしましょうか?

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2016-06-25 12:55

元祖マキャベリストは良い奴だった その3

 マキャベリの「君主論」と言うのは、実は大変短い本です。 注釈とかいろいろついていも、文庫本で厚さが5mmもありません。

 しかしこの本結構読みにくいのです。
 ワタシも高校の時に読んでみたのですが、今一良くわかりませんでした。

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 理由は簡単です。
 この本は実はチェーザレ・ボルジアを中心に、彼の家臣や敵との関わりを通じて、「君主はいかに行動するべきか?」を述べているのです。

 その中でチェーザレ・ボルジアの倫理も道徳も無視した、目的の為には手段を択ばない、「優雅なる冷酷」とまで言われた政治手法を、全面的に肯定しているのです。

 しかし日本人はチェーザレ・ボルジアも同時代のイタリアの情勢も全然知りませんよね?
 だから日本人が君主論を読むと、知らない人や知らない話しばかり出てきます。

 それで全然面白くないし、今一意味のわらないまま「力は正義なり」とか「目的の為には手段を選ばず」とか言う部分だけが、印象に残る事になります。

209

 しかしこれは日本人に限らず、イタリア史に詳しくない外国人なら皆同様でしょう。

 これがマキャベリズム=冷酷非情な権謀術策主義として理解されてきた最大の理由でしょう。

 例えば日本では織田信長について書いた本が沢山でています。
 しかし信長と戦国時代について知らない人が読んだら、良くわからなくて全然面白くないし、作者の意図だってちゃんと理解するのは無理でしょう?
 
 それと同じです。

210

 因みにワタシがこのチェーザレ・ボルジアについて知ったのは塩野七生さんの「チェーザレ・ボルジア優雅なる冷酷」を読んでからです。
 
 これが塩野さんの出世作になりました。
 そしてワタシが今書いている「元祖マキャベリストは良い奴だった」は、塩野さんの「我が友マキャベリ」をネタにしています。
 
 それではチェーザレ・ボルジアってどんな奴?

 日本人で言えば織田信長みたいな奴です。

 つまり天下統一の為には、全ての倫理道徳も宗教も慣習も無視して、ひたすら合理的主義的に行動するのです。
 
 若くして天下統一の乗り出した事、美男であったこと、そして美人の妹が兄の野心の為に、何度も政略結婚を強いられた事までそっくりです。

 チェーザレ・ボルジアの死後間もなく信長が生まれているので、ワタシは信長って「チェーザレ・ボルジアの生まれ変わりじゃないか?」と思った事があります。

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 しかしこういう人間は、善良でありたい人々から見れば、「トンデモナイ極悪人!」と思われても仕方がありません。

 そして当時のイタリアの小国は皆、織田信長の勢力拡大を恐れる織田領周辺の戦国大名のような立場でしたから、皆が彼を恐れ憎むのは当然です。

 元祖マキャベリストはフィレンツェ共和国第二書記官長として、このチェーザレ・ボルジアとの折衝に派遣されました。
 
 折衝の目的はチェーザレ・ボルジアへの傭兵隊長としての契約料金を引き出来限り引き下げる、支払もで出来る限り遅らせる事です。

 民主主義が第一のフィレンツェ共和国外交の定番外交です。

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 チェーザレ・ボルジアが傭兵隊長としてフィレンツェ共和国と契約していると言うのは何とも奇異に思われるでしょう?

 しかしこれは当時のイタリアの戦争の慣習でした。
 
 当時イタリアの小国家は皆、戦争には傭兵を使っていたのです。 特にフィレンツェなど富裕な都市の市民は、自分達の富と生命を守る為に自らの血を流す意思なんか全くありませんでした。

 軍隊なんて3K労働は大嫌い!!
 オレタチ、リッチで文化的な人間が、軍隊なんて野蛮な仕事をやる事ないだろう?
 そんなことは人権費の安い外国人にでもやらせりゃ良いんだよ。

 それでこうしたニーズに応えて、これらの国々と契約して国防や戦争を請け負う傭兵隊と言うのが沢山ありました。

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 傭兵になるのはイタリア半島の貧しい農民や下層民、更に貧しいスイスやドイツなどイタリア半島以外の農民など下層民です。

 こうした傭兵の雇い主になる傭兵隊長は、自身も傭兵からたたき上げた完全なプロと、イタリア国内の小領主が別途収入を求めてバイトとしてやる場合があります。

 しかしいずれにしても、お金で戦争を請け負うのですから、皆戦死なんか真っ平です。

 それどころか勝利さへ本心では望みません。
 だって勝ってしまって戦争が終われば、そこで仕事が用済みになり契約打ち切ですから。

 だから傭兵隊長としては、できるだけ本物の戦闘は避けながら、戦争はダラダラと長引かせたいのです。

 これでイタリアの小国同士が何百年も戦争を続けた結果、戦争は完全に傭兵同志の馴れ合いのゲームと化していました。 
 でもお蔭で延々と戦争が続いても、イタリアが疲弊せずに済んだのです。

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 でもこれは雇用主からすれば「ふざけるな!!」です。

 因みにマキャベリはこれまでにもこうした傭兵隊長との交渉をさせられた経験があります。

 そしてそこで海千山千の傭兵隊長に振り回されて散々な思いをしました。

 しかしこれで傭兵の本性と、それに国防を頼る事も問題を理解したのです。

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 いずれにせよこのような慣習があるのでフィレンツェ共和国は同盟国のフランス王から、チェーザレ・ボルジアを傭兵隊長として雇用する事を薦められたのです。
 
 しかしこれって、フィレンツェからしたら凄い迷惑でしょう?

 だってコイツ教会軍総司令官として、法王領内の小君主国討伐中です。
 こんな状況でどうやってフィレンツェ防衛の仕事をするんでしょうか?

 これって要するにただチェーザレ・ボルジアに金を出せと言われているだけじゃないですか?

 イヤもっと悪いです。 だって彼の野心が法皇領内の小君主国討伐だけで留まらない場合は、フィレンツェだって狙られるのですから。

 自国を侵略するかもしれない軍隊の隊長に金を出せってかい?

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 でもメディチ家追放以降、フィレンツェ共和国はフランスの庇護で何とか生き延びてきた状況なので、フランス国王の薦めを拒否できませんでした。

 自力で国防をする意思も能力もない国は、そういう意思と能力のある国に翻弄されるしかありません。

 だからフィレンツェ共和国はマキャベリに命じたのです。

 オイ、マキャベリ!!
 オマイ、チェーザレ・ボルジアの所に行って、この傭兵隊長の契約料金をできるだけ引き下げて貰えるように交渉しろ!
 支払もできるだけ遅らせて貰うようにしろよ。
 ああ、それからチェーザレ・ボルジア怖いから、怒らせちゃダメよ。
 
 フィレンツェは世界一の文化国家で、民主主義国家なんだよ。
 オレタチはそこの高学歴エリートなんだよ。
 それなのに何だあんな化け物みたいな奴にふりまわされなきゃならないんだ?

 だから、マキャベリ、オマイがあの化け物と話を突けて来いよ!!

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 お蔭で元祖マキャベリストはチェーザレ・ボルジアの元に派遣されて、二ヶ月余りも折衝を続けるハメになります。

 しかし明敏なチェーザレ・ボルジアはこうしたフィレンツェ政府の無能さなど完全に見抜いていました。

 「貴方の政府は嫌いだ!!」

 マキャベリはここまで言われてしまいました。

 しかしこの散々な折衝の経験が後に「君主論」として結実します。
 
 そして「傭兵に頼らない国防」の為に行動する契機となりました。

242

 追伸
 
 まだ続けますか?
  1. 古本
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2016-06-24 18:49

元祖マキャベリストは良い奴だった その2

 元祖マキャベリストは、29歳にして遂に就職します。
 フィレンツェ共和国、第二書記官長として。
 
 マキャベリがニートだった間、フィレンツェは大変動乱の時代でした。
 
 メディチ家は追放され、サヴォナローラは処刑されました。
 しかしこの動乱の末にフィレンツェ市民は遂に、念願の民主主義政権を手に入れたのです。

 そしてニートだった29歳のマキャベリが、この民主主義政権の外交の実務を仕切る官僚のトップになったのです。

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 両親は大喜びしたでしょうね。 だって幾ら動乱の時代だったとか言っても、息子が何年もの間、大学にも行かない就職もしないでは心配で堪らなかったでしょうから。

 しかしマキャベリの両親は安心しても、フィレンツェ共和国の置かれた状況は安心どころではありませんでした。

 だってフランス、スペイン、神聖ローマ帝国それにオスマン・トルコ帝国と言った大国が、イタリア半島侵略のチャンスを窺っていると言う状況は、これまでと全く変わらないのです。

 その上追放されたメディチ家も、何とかフィレンツェに復帰しようと画策を続けていました。

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 このような中、フィレンツェ共和国の大統領に選ばれたのは、方の人、正義の人でした。

 フィレンツェ共和国大統領となったソデリーニと言う人は、何よりも公正で民主的であることを重じる人だったのです。

 だから市民に支持されたのです。

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 ところで公正で民主的であると言う事は、どんな些細な事でもどんな緊急の場合でも、独断専行は避けて、何でもかんでも議会で議論し、市民達の合意を得てから実施すると言う事です。

 となると当然ですが、意思決定に大変時間がかかります。

 また多くの人の合意を得る為には、妥協に妥協を重ねる事になるので、全ての決定が中途半端になります。

 そして大変ケチになります。
 なぜなら税金をできるだけ払いたくないと言う事では全ての市民の意見は一致します。
 
 だから「無駄を省く」「経費節減」と言う話は説明不用です。
 しかし必要な出費が必要であることを、理解してもらうには常に説得力のある説明が必要なのです。

 しかしどんなに説得しても反対する奴は最後まで反対します。 そういう連中と妥協しようとする出費を削るしかないのです。

 その為、民主制になったフィレンツェ政府は必要な出費の出し惜しみに励む事になったのです。

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 一方、イタリア半島を窺がう大国は皆君主制の独裁国家です。 しかも当時この4つの大国には、それぞれその後の歴史に残る名君達が君臨しているのです。

 彼等は面倒な手続きなど経ずに独断専行で素早く大胆な決定を下すし、必要な資金を惜しんだりしないのです。

 それなのにフィレンツェ共和国はこんなんで大丈夫ですか?

 勿論全然大丈夫どころじゃなありません。
 フィレンツェ共和国はこうした大国の思惑に翻弄されながら、危うい綱渡りのような外交を続けるのです。

 この外交の最前線に立たされたのがマキャベリでした。

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 しかし何しろ大統領がアレですから、彼がこうした大国との折衝の場で本国から命じられた事は、その場しのぎ、時間稼ぎ、要求された資金提供を値切ると言った事ばっかりでした。

 だってマキャベリは民主制国家の官僚ですから、幾ら自分が「これじゃ不味い」と思っても政治家に従うしかありません。
 
 マキャベリは「政略論」で「民主主義を守るためには、時には民主主義を抑制する事も必要だ。」と述べているのですが、しかし正義の人であったソデリーニ大統領もフィレンツェ市民も、そんなことは考えなかったのです。

 これってもう古今東西民主主義を信奉する人の病気みたいなモノですね。
 
 民主主義を振り回す人達の大多数は、民主主義=自分の意見が通る事と勘違いしていので、何よりも自分の意見を言い続ける事に固執するのです。

 だから国家の存続よりも「民主的」であることを重視するのです。

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 これだけでもフィレンツェ共和国は十分大変なのに、その上チェーザレ・ボルジアなんて奴が現れます。

 このチェーザレ・ボルジアと言う男は、ヒトラー出現以前の西洋では、極悪人ナンバーワンとされた人物なのです。

 「風と共に去りぬ」でスカーレットの最初の夫チャールズ・ハミルトンが、レット・バトラーの事を「ボルジア家の人間みたいな奴だ。」と言う場面があります。
 
 実際生まれからして悪魔的と言うか、この男はローマ法王アレッサンドロ6世の息子なのです。

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 ロ、ローマ法王が子供なんか作って良いの?

 勿論、ホントはダメです。
 カソリックの聖職者は結婚は絶対禁止です。
 そしてカソリックでは結婚以外の性交渉は「悪魔によるもの」とされていました。

 少し脱線するけど、欧米の同性愛差別や非嫡出子差別の根源は、こういうキリスト教の教理から来ているのです。

 でも当時は修道士が買春するのも、また少し金回りの良い高位聖職者が愛人を囲うのも当然と思われていました。
 
 だからそれで聖職者の愛人が子供を産んでも、特に非難もされなかったのです。
 但しこうして生まれた子供は当然非嫡出子です。 カソリックによれば「悪魔の子」なのです。

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 しかしアレッサンドロ6世は、「悪魔の子」チェーザレ・ボルジアを教会軍総司令官に任命して、彼にローマ法王領内の小君主国の討伐に当たらせたのです。

 法王庁はイタリア半島の中部を占めるローマ法王領を、小分けにして代官に支配させていました。

 しかし時代を経るにつれてこの代官達が、自分の職務を世襲化し、事実上の封建領主になってしまったのです。

 自前の軍事力のない法王庁にはこれをどうする事もできませんでした。 

 けれどもアレッサンドロ6世はフランス国王から軍隊を借り、息子をその司令官にして、これらの代官達を討伐して法皇の直轄支配に戻すと宣言したのです。

 そしてチェーザレ・ボルジアは無類の軍事的才能と、これまた無類の政治的才能を発揮して、この事業を進めて行きました。

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 元来法王領である地域を、法王の支配に戻すと言うのですから、これに正面から反対する事は誰にもできません。

 しかしチェーザレ・ボルジアの苛烈で急進的な軍事行動は、イタリア半島全体のパワーバランスを大きく崩します。

 そしてこれらの小君主国と複雑な利害関係を維持してきたイタリア諸国も混乱に巻き込まれます。

 そもそもチェーザレ・ボルジアの野望は、法王領回復だけで終わるのだろうか?

 イタリアの小国の全てが、戦々恐々としてチェーザレ・ボルジアの行動を見守る事になります。

 そしてフィレンツェ共和国は、この梟雄との折衝にマキャベリを派遣したのです。 

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 追伸

 なんか予定を超えて随分長くなりそうなんですが、まだ続けるべきでしょうか?
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