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2019-04-19 12:43

フランスよお前もか!! ノートルダム寺院修復寄付金

 パリのノートルダム寺院の火災復興には、既に1000億もの寄付金が集まっているそうです。
 このような莫大な寄付金が早々と集まったのは、火災直後からフランスを代表する大富豪達が数百億単位での寄付を申し出たからのようです。

 ところがそれに対して奇妙な事を言う人達が出てきました。

 寄付と再建方法で論争 ノートルダム火災、仏社会結束ならず
 2019年4月19日 7時28分


 AFP=時事】「私は、この大惨事を結束の機会とする必要があると、強く信じている」──。エマニュエル・マクロン(Emmanuel Macron)仏大統領は、パリのノートルダム大聖堂(Notre Dame Cathedral)で今週起きた大火災を受けたテレビ演説でこう表明したものの、この連帯感は2日と持たなかった。
 フランスでは15日夜に起きた火災を受け、各政党が欧州議会選に向けた選挙活動を停止した一方、大聖堂再建に向け集まった寄付をめぐる論争が17日までに勃発した。集まった寄付金8億5000万ユーロ(約1070億円)については、その一部が貧困層支援に使われるべきではないかとの声が上がっている。
 フランク・リーステール(Franck Riester)文化相は18日、仏ラジオ・モンテカルロ(RMC)に対し、「この無意味な議論は、『他に必要とされているところがある時に、ノートルダムに使うには多すぎる資金だ』というもの。社会システムや健康、気候変動対策のための資金が必要なのは当然だ」と指摘した上で、「だが、この並外れた寛大な行為の成り行きを見守ろう」と呼び掛けた。
 大聖堂の再建に対しては、フランソワ=アンリ・ピノー(Francois-Henri Pinault)氏やベルナール・アルノー(Bernard Arnault)氏をはじめとするフランスの大富豪や大企業がそれぞれ1億ユーロ(約130億円)を超える寄付を表明。しかし、「ジレ・ジョーヌ(黄色いベスト、gilets jaunes)」運動の抗議デモが5か月にわたり続くフランスでは、富の不平等と低所得者層の窮状に注目が集まっており、巨額の寄付は批判を呼んだ。
 寄付により大規模な税額控除を受けられることも反発の一因となっており、これを受けてピノー氏は、税額控除の権利を放棄すると表明。一方のアルノー氏は、18日の株主総会で寄付をめぐる論争について問われた際、「フランスでは(公益となる)何かをする時でさえ批判され、非常に悩ましい」と語った。
 また、保守派の政治家らは18日、大聖堂に近代的な建築物が加わる可能性に懸念を示した。政府はこれに先立ち、新しい屋根と尖塔(せんとう)のデザインを公募する計画を発表。マクロン氏は再建を5年で完了する目標を定め、「近代建築の要素も想像できる」と述べていた。
 極右政党「国民連合(National Rally)」のジョルダン・バルデラ(Jordan Bardella)氏は仏ニュース専門局LCIに、「この狂気の沙汰を止めよう。私たちはフランスの文化財を絶対的に尊重する必要がある」と述べ、「現代アートとやら」が加えられるかもしれないとの考えを一蹴した。

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その一部が貧困層支援に使われるべきではないかとの声が上がっている。

 多額のお金ですから、こうしたお金を欲しい団体や個人は多いと思います。
 そして寄付に対する税制に不満を持つのも自由です。

 でもこのお金は、ノートルダム寺院を修復するためと言う事で、寄付されたわけで、税収でも国家予算でもないのです。
 それを誰がどんな権限で他の目的に流用するのでしょうか?

 ノートルダム寺院の修復に一体どの程度の予算が必要かは、今のところ全く見当がつかない状況でしょう?
 
 現代の工法と素材を使って形だけ元通りにするなら、短期間に安上がりにできるでしょう。
 しかし消失した屋根と屋根組を、創建当時そのままの工法で、オーク材を使って組みなおし、さらに火災の熱で脆弱化した部分の石材もまた、中世そのままの工法で加工して、組み立てるなどと言う事にしたら、時間も費用もどれだけかかるかわかりません。 1000億でも全然足りなく可能性だってあるのです。

 いずれにせよ、他人がノートルダム寺院の修復の為に寄付したお金を、勝手に他所へ回せと言う発想も、また多額の寄付に腹を立てるという感覚にも呆れます。

 この人たちは他人のお金と自分のお金を区別できないのでしょうか?

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 でも文化財や美術品に関する寄付をすると、こういう目に遭う事が多いようです。
 日本でもこういう事はあったのです。

 山口県立美術館には日本で最高、世界有数の浮世をコレクションした浦上記念館と言うのがあります。
 これは山口県出身の浮世絵コレクターである浦上敏朗氏が、自身のコレクションと記念館の建設費を寄付して作られました。

 浮世絵は日本を代表する美術品なのですが、しかし元々が純然たる商業美術で、一般庶民が気楽に買う事ができるポスターやブロマイドのような物だったので、日本国内では大切にされる事はなく、幕末から明治初年にかけて、アッと言う間に西欧に流出しました。

 それで本格的な浮世絵コレクションを持っているのは、西欧人ばかりと言う状況でした。

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 それを私費を投じてせっせと買い集めて、日本では最高、世界有数のコレクションを作ったのが、浦上敏朗氏でした。
 
 浦上氏は元々は実業家で、一部上場企業の社長だったのですが、しかしそれで裕福になって絵画のコレクションを始めました。
 しかしそのうちそれにはまりプロの画商になってしまいました。

 こうして画商として様々な絵に接しているうちに、浮世絵の魅力に憑りつかれました。
 そしてその本格的なコレクションが日本にない事の問題に気付き、浮世絵のコレクションを始めたのです。

 海外に散逸した浮世絵を買い戻すのには、単にお金だけでなく、大変な労力がかかります。
 しかし彼はそれをライフワークとしてやり続けました。

 そして完成した自分のコレクションの散逸を防ぎ、長く日本の宝とするために、故郷の山口県の山口県立美術館に寄付する事にしたのです。
 その時、浮世絵の他にも陶磁器など浦上氏所有の美術品と、さらに美術品を展示収蔵するための、浦上記念館の建設費も寄付したのです。

 この経緯は浦上氏自身の著書「あるコレクターの生活」に書かれています。
 これは美術品のコレクションや価格に決定のメカニズムなどについても、色々書かれていて非常に面白い本です。

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 しかし驚いたのは、浦上記念館寄付の後に起きた事に関する顛末です。

 浦上氏としては、純粋に日本の宝である浮世絵を、日本で守り続ける事を意図して、この寄付をしたのです。

 少なくとも日本ではこうして寄付で、税金が大幅に控除されるとかそういう制度はないし、また浦上氏自身、浦上記念館と浮世絵のコレクションの価値に相当するような、税を払うほどの大富豪ではないのです。
 と言うより浦上コレクションは、浦上氏の資産の相当部分を占めるのです。

 そういう寄付であったにもかかわらず、この寄付が報道されて以降の社会の反応は、浦上氏にとって実に不愉快な物でした。

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 報道直後から浦上氏が聞いた事もない団体や個人から、寄付の依頼が相次ぎ、拒否すると激怒されました。

 そしてこのノートルダム寺院修復への寄付金騒動のように、「こんな事に使う金があるなら、もっと困った人を助けろ」と言う抗議の電話も多数来ました。

 中には「自分の息子が大学に合格したので、入学金を支払え」と言って、大学の口座番号を知らせた来た人間までいたそうです。

 そして遂には奥様が怯えて、警察に相談するような事態にまでなってしまいました。

 だから浦上氏もこの件については完全にブチ切れていて、「自分としては日本の為に、社会の為になると思って、かなり無理をして私財を寄付した心算だけれど、これで褒められた事も、良い思いしたことも一切ない」と書いていました。

 そうです。
 これじゃブチ切れて当然でしょう?

 ワタシとしては浦上氏の行為は、非常に立派な事で、100%称賛されるべきと思っていたので、この寄付に対する社会反応を書いた顛末は大変ショックでした。
 
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 しかしこれ日本だけじゃないんですね。

 「フランスよ、お前もか?!」

 「文化国家」フランスで、しかもフランス文化を象徴するノートルダム寺院修復への寄付に対する反応がこれですからね。

 この種の反応は、日本だけではなく世界共通なのでしょう。

 そしてこういう反応を見ると、文化事業だけではなく慈善事業に対する寄付でも、寄付をした人が匿名の望むのもわかります。
 高額の寄付をすると、同様の反応はいつでも起きるのでしょう。
 
 だから謙遜の為でも、また「右手で善行をしても、左手に言うな」と言うキリスト教の教えの為でもなく、寄付した人の安全を守る為には、こうした行為は匿名にするのです。

 哀しいですね。
 でもそれが人間なのです。

 そしてこうしてみると、金持ちが金を手放さない理由も、何となくわかります。
 だって寄付なんかしなければ、金がある事も目立たないし、そうなると文句も言われないのです。
 
 この世には、金を自分の為に使う分には、至って寛大だけれど、他人の為、公共の為に使うとなると、「それなら何でオレに寄こさないんだ!!」と思う人が多数いるという事でしょうか?

 或いは他人の金でも金を見てしまうと、それが自分の物と勘違いする人間が多いという事でしょうか? 

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 だったら「迂闊に金を手放す物じゃない」と思いますよね。

 金を手放せば金がある事が、可視化されてしまいます。
 そうなるとろくな目に遭わないのです。

 実際、このノートルダムの寄付金騒動でも、槍玉に上がるのは、高額の寄付をした人だけで、同じ金持ちでもそういう寄付をしない人達は、何も言われていないでしょう?

 それなら寄付なんかしない方が安全です。
  
 なるほどこれでは持てる者が善意を見せる事もできないのです。
 こういうのを見ると富の不均衡を産んでいるのは、持てる者の強欲ばかりではないのだと思わざるを得ません。


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2019-03-30 13:43

Mr.シンプソンの絶望 三角関数雑感

 前回学校と学校教育についてエントリーしたら、随分沢山のコメントをいただきました。

 それで直接関係があるかどうかはともかく、ワタシの愛読書ホーンブロワーシリーズを思い出したのです。

 これはナポレオン戦争時代のイギリス海軍軍人ホーンブロワーを主人公とした、海洋冒険小説です。 
 このシリーズは主人公ホーンブロワーが17歳で海軍士官候補生として、入隊するところから始まります。

 ホーンブロワーが海軍に入隊したのは、イギリスがナポレオンのフランスに対して大陸封鎖作戦を開始した頃ですから、19世紀の初頭です。

 この頃はイギリスでもまだ海軍兵学校と言う物はなく、士官になるには12歳前後から士官候補生として軍艦に乗船し士官の仕事を補助しながら、士官の仕事を覚えていき、そして一定の勤務経験を積むと、士官任官試験の受験資格が与えられます。
 そしてその試験に合格して初めて士官になれるのです。

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 因みに士官候補生は正規の士官ではなく、士官よりは下の階級ですが、しかし所謂下士官よりは上になります。

 例えば船の兵士の中の最高職務であるボースン(水夫長)は、操船には非常に重要な職務で、下士官の中でも最高の階級で、しかも最も有能で経験豊富な人が選ばれるのですが、しかし士官候補生の命令には従わなければなりません。

 士官候補生は艦内では、Mr.をつけて呼ばれます。

 正規の士官なら階級と姓で呼ばれるし、艦長始め艦内で役職に就けば、その役職と姓で呼ばれます。
 
 そして兵士は姓の呼び捨てですから、その兵士よりは上、しかし正規の階級も役職もないので、Mr.なのです。

 それにしてもこんなにも幼い頃から、人に命令して、自分自身と部下の生命にかかわるような仕事をやらされるというのは、大変厳しい話です。
 しかしこれが当時の軍隊の階級制と言う物なのです。

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 ともあれ彼等はこのような立場で士官に従って、その仕事を補助しながら、操船や砲術、兵士の扱い方を覚えていき、士官任官試験合格を目指すのです。
 
 つまり文字通り徹底した実地教育です。

 しかし士官の仕事で実地教育だけでは不可能な物が一つあります。
 それが航海術です。

 当時の航海術をマスターするには、三角関数始め少なくとも現在日本の高校数Ⅱ程度の数学の基礎知識が必要です。
 
 そこで艦長や航海士などが、勤務の暇を見て講義をしてくれます。
 
 しかし前記のように士官候補生と言うのは普通12歳前後で乗船するわけです。
 
 士官候補生と言うは、普通は中産階級程度の家庭の出身です。 
 例えばネルソン提督の父親は牧師だし、ホーンブロワーの父親は薬剤師です。

 そして艦長は自分の艦に乗せる士官候補生は、完全に自分の裁量で選べるのです。
 そこで普通、親がコネを使って艦長に我が子の採用を頼み込むのです。

 だから一定の教育を受ける事ができる環境で生まれた子が、本人と親の意思で士官候補生になるのです。

 でも12歳前後では、小学校算数以上は無理でしょう?
 イヤ、この時代は理系教育の体制は整っていないし、国民の関心も至って低いのです。

 だからラテン語に堪能で「ガリア戦記」を愛読していても、九九を知らないので掛け算はお手上げなんて人は普通にいました。
 勿論、分数や少数に至ってはその概念さへなかったでしょう。

 これでは高校数Ⅱどころか、小学校でも低学年のレベルです。

 こう言う教育環境で12歳前後まで育った子供が、その後正規の学校教育を受けないで航海術を学ばなくてはならないのです。

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 それで前記のように艦長や航海士が、暇を見て講義をしてくれるのですが、しかし士官候補生は年齢も勤続年数も様々なのです。 だから知識レベルも全然違うのですが、それに合わせて個別指導なんてしてくれるわけでありません。

 しかも一旦航海に出れば、参考書を買うとか、家庭教師を探すなんて不可能なのです。
 また勉強部屋など落ち着いて勉強する場所もありません。

 士官候補生はガンルームと呼ばれる、大砲のある部屋の一隅に、全員一緒に寝起きします。 そして交代制で夜昼なく、ワッチなどの勤務があります。
 凡そ落ち着いて勉強できる環境ではないのです。

 これで航海や戦闘の合間に、小学校3~4年レベルから最低でも高校数Ⅱぐらいまでの数学を理解して、それを応用した航海術を学ばなければならないのですから大変です。

 しかもこの時代はまだクロノメーター、つまり長期航海の間中正確に動き続けるような高性能の時計はありませんでした。
 その為太陽の南中時間から経度を出す事ができないのです。

 それで船の位置の測定には、現在より遥かに高度で複雑な計算法が必要でした。
 しかしそれでもどうしても出る誤差を予想して、それを修正するというこれまた大変な作業が必要だったのです。

 だからこの時代の航海術に要求される数学のレベルは、現代のそれより遥かに高度な物でした。

 ワタシは三流の工科大学の化学科卒で、趣味で数検1級を取ったので、数学は結構好きだし得意な方だとは思います。
 でもワタシはこの時代のイギリス海軍の士官候補生になっても、この状況で航海術をマスターする自信はありません。

 それでも航海術ができなければ、海軍士官の仕事はできません。
 だから士官候補生の内で、実際に士官任官試験に合格して、士官に任官できるのは、1~2割程度だったと言います。

 勿論、士官任官試験の受験資格を得る前に戦死や事故死や病死する場合も多いのですが。

 しかし何とか生き延びて士官任官試験を受け続けても、合格できないまま30過ぎ、40過ぎ、初老になる人も多かったのです。

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 ホーンブロワーシリーズの第一巻は、主人公ホーンブロワーが士官候補生として乗船するところから始まります。
 しかし彼は実は元々数学が好きで、乗船する前にかなり勉強していました。 それに17歳でしたから数Ⅱレベルなら十分クリアしていたのでしょう。

 それで彼は乗船直後から艦長の航海術の講義は、楽々と理解し、最初の講義でいきなり他の誰も解けない難問を一発で解いてしまいます。

 しかしそれを妬み憎悪したのが、先任候補生のMr.シンプソンでした。
 彼は既に30過ぎで、この艦の士官候補生の中では一番年かさでした。
 彼は度胸もあり、戦闘では勇敢で有能でした。 その上狡知にたけた凄みのある男で、しかもなかなかのイケメンだったのです。

 しかし如何せん数学は苦手だったのか、未だに艦長の航海術の講義には全くついていけないのです。
 だからいつまでたっても士官になれないのです。

 そこでホーンブロワーへの嫉妬と憎悪に燃えて、ありとあらゆる嫌がらせを行います。

 軍隊では同じ階級の場合は任官した順で上下関係になりますから、ホーンブロワーはひたすらこれに耐えるしかないのです。

 しかしそこは冒険小説の主人公ですから、それでもフランス軍相手の戦闘では手柄を立てて、洋々たる未来へと進んでいくのです。

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 でもね・・・・・ワタシはこのMr.シンプソンに心から同情しちゃうんですよね。

 彼自身も彼の両親も、息子を海軍士官候補生にしたときに、数学で苦労する事になるなんて全く想定外だったのでしょうね。 
 だってそもそも入隊するまで、数学の知識が必要になるなんて事さへ、考えてもいなかったのでしょう。

 前記のようにこの時代、上流階級でも理科系の教育はお粗末です。 そして教育を受けないという事は、そもそもその学問に才能があるかないかも、また何の為にそういう学問が必要かもわからないのです。
 
 だからこういう悲惨な事になってしまうのです。

 Mr.シンプソンは随分と陰険なやり方でホーンブロワーを虐めるのだけれど、でも彼の境遇とそういう境遇を産んだ原因を考えると、性格が歪んでしまう事にも同情せざるを得ないのです。

 一方この小説の作者であるセシル・スコット・フォレスターが主人公ホーンブロワーを17歳と言う当時の士官候補生としては例外的な年長で入隊させ、しかも数学が得意と言うキャラクターに設定したのは、自分の描くヒーローに数学なんかで苦労させたくなかったからでしょう。

 

 イギリスのこの種の小説はホントに面白いですね。
 
 冒険その物も面白いのですが、イギリス人には海軍マニア、歴史マニアが山のようにいます。
 それで単なる娯楽小説でも当時の海軍の状況や、当時の軍艦の構造や操船まで事細かに検証して、そういうマニアの鑑賞に堪えるように描かれているのです。

 だから歴史を学ぶ上でも最高の教材になります。
 そしてそれ故にこそ、元学習塾講師としては、Mr.シンプソンの絶望感も痛切に感じられるのです。

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2018-11-25 12:33

「日本は世界一素晴らしい国」とは? 日本国紀

まさか本人からリツイートされるとは思わなかった…別に日本が嫌いとかそういうことでは無く、単純に「1番素晴らしい」という不確定な価値基準を論証無く冒頭に置いてしまってることが、現代において歴史を語るに相応しく無い書き方と考えたわけです  これ百田尚樹さんの「日本国紀」に対するツィートです。  百田さんの「日本国紀」はバカ売れしているようですが、それに対する左翼の反感もすごいです。  このツィートはその反感の典型の一つです。  そしてまた彼等の持つ「愛国心」への批判の典型でもあります。 IMG_5913    しかし「日本を一番素晴らしい国」と言うのは「不確定な価値基準」なのでしょうか?  勿論国連など国際機関が「日本を一番素晴らしい国」と判断したというなら、ネトウヨのワタシでも凄い違和感があります。  なぜそういう判断をしたのか?  その価値基準は何か?  客観性はあるのか?  などなど色々疑問が湧いてきます。  実際日本が一番になるわけではないけれど、「報道の自由ランキング」とか「大学ランキング」とか「女性の人権ランキング」とかは、ホントに一体どういう判定基準なのか?不可解なものばかりです。  そしてこんなランキングをする意味があるのか?    心から疑わしくなります。 IMG_5914  しかし百田さんは日本人として、自分の目と心で日本の歴史を描いたのです。  だから百田さんが「日本は世界で一番素晴らしい国」と言うことに、客観的で確定的な価値基準は必要ありません。  これは例えば家族を考えたらわかります。  子供は自分の父親の事を「世界で一番素晴らしいお父さん」と思っています。  子供は自分の母親の事を「世界で一番素晴らしいお母さん」と思っています。  子供でも友達のお父さんはもっとお金持ちで偉い人だし、友達のお母さんはもっと優しくて美人だということは知っています。    それでも絶対に自分のお父さんやお母さんを、友達のお父さんやお母さんと取り換えたくはないのです。  だから世界で一番素晴らしいお父さんとお母さんなのです。 IMG_5916  そして父親も母親も、自分の子供は世界一の子供だと思っているのです。  勉強ができなくても、言うことを聞かずに悪さばかりしていても、病気や障害があっても、そんなことはどうでも良いのです。  自分の子供が世界一かわいくかけがいのない子なのです。  どんな子供とでも取り換えたくはないのです。  だから世界一の子供なのです。 IMG_5920  そして親が我が子を世界一素晴らしい子と思っても、子供が親を世界一素晴らしい親と思っても、それを非難する人はいません。  だって皆自分の親や子供をそう思っているのですから。  家族はお互いにそう思うから、家族でいられるのです。  そう思うからこそ、親は子供を育てていくことができるし、子供は親を信頼して生きていくことができるのです。 2018y11m25d_124533804  そしてこれは国も同様なのです。  人間は自分が生まれ育った国を、「世界一素晴らしい国」と思う権利があるし、そう思うことで自分の国を愛し、良い国にしていくことができるのです。  こうした自分自身の感情による絶対的価値観と、国際機関が作るランキングのような客観的評価とは元来全く別物なのです。  日本は世界一の国と言うのは、日本人の国民感情による絶対的評価なのです。  だから客観性も確定的価値基準も必要とはしません。 IMG_5962  自国への絶対的評価に対して、客観的な価値基準を持ち出して文句を言う方がオカシイのです。  こういう人はだから貧しい国や独裁国家の人に対して実に安易に「オマイの国はロクなもんじゃないから、さっさと捨てたら良いよ。 ウチで拾ってやるからさ。」と言うのです。  これは子供に対して「お前の父親は貧乏で低学歴だし、母親はブスでヒステリーだから、お前はカワイソウな子だというのと同じです。  言われた人はどう思うでしょうか?  それでホントに拾ってもらっても、心から喜べないのではありませんか?  これが善意?で受け入れたはずの難民達が、治安悪化をもたらす原因ではありませんか? IMG_5968  因みに左翼の人達は、百田さんの「日本国紀」には、参考文献や出典が明記されていない事などから、学術的に正確さを担保できない事を問題にしています。  しかし「日本国紀」と言うのは、百田尚樹さんによる物語としての日本史です。  これは塩野七生さんの「ローマ人の物語」や「ギリシャ人の物語」、或いはギボンの「ローマ帝国衰亡史」などと同類の本です。  学術書ではありません。  著者の歴史観と解釈による本です。  だから学術的厳密性を問われると、細部には問題はあると思います。 IMG_5970  塩野七生さんの「ローマ人の物語」はワタシの愛読書ですが、この本はあくまで塩野さんの目を通したローマ人の物語です。  そして塩野さんはローマの政策を理解するにあたって、皇帝の目から見ると書いています。 つまり皇帝の目から見ると、なぜローマ帝国がこのような政策をとったかが、一番よくわかるというのです。  だからユダヤの反乱に対するハドリアヌス帝の徹底した弾圧政策などにも全然否定的ではありません。  実際この徹底弾圧政策で、その後二度とユダヤ人の反乱はなくなったのだから、政策は成功と言う評価なのです。 IMG_5989  こうした評価基準には、絶対に賛同できない人も沢山いるでしょう。  しかし個人が歴史を描くとは、その人が自分の目と自分の心で描くことですから、その人の価値基準により描かれるのは当然でしょう。  またいくら勉強をしたとしても、元来塩野さんはローマ史の専門家ではないのですから、細部をほじくれば間違いは幾らでも出てくるでしょう。    何しろローマ史の歴史は1500年にもなり、支配域は地中海周辺全てに及ぶのですから。  だから今も不明の問題が無数にあり、その為今も膨大な人々がローマ史を研究しているのです。 IMG_5991  そしてこれは日本人の物語を書く場合にも全く同じなのです。  日本だってローマ帝国程広くはありませんが、歴史はローマ帝国に負けず劣らず長いのです。  これでは学術書として日本史を鳥瞰する本は書けないのです。  これは学術書としてローマ史を鳥瞰する本がないのと同じです。  何しろ現在の歴史学は極度の細分化され専門化しているのです。  近代史に至っては、昭和12年の専門家、13年の専門家と区分けされる程です。  それで一人の人間が千年を超えるような長大な歴史を学術書として書くことなど不可能なのです。 IMG_6000  けれども我々一般人は、そういう細部ではなく全体の歴史の流れを知りたいのです。  だからこういう本に価値があるのです。  だから左翼の人達も、百田さんの歴史観に文句があるなら、誰か仲間の作家を応援して、自分達の目と自分達の心による「日本人の物語」を書けばよいのです。  我々ネトウヨは誰もその出版や販売を妨害しませんよ。  我々ネトウヨは言論出版の自由は尊重するのです。 IMG_6013  因みに、ワタシはよもちゃんの事を、世界で一番賢い可愛い猫だと思っています。  よもちゃんは近所の獣医さんで貰った野良猫の子です。  だから血統書なんてありません。  それでよもちゃんを世界で一番可愛い賢い猫だと思っているのは、ワタシだけだと思います。  でも世界中他にどんなに可愛い猫や賢い猫がいようとも、よもちゃんの代わりにはならないのです。  だからワタシはよもちゃんは世界一の猫だと思っているのです。  よもちゃんがワタシの事を、世界一の同居人と思っているかどうかはわかりませんが。
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2018-10-16 21:21

黒十字 Balkenkreuz

 韓国の旭日旗ヒステリーでいつも引き合いに出されるのが、ドイツ軍の国籍章黒十字(バルケンクロイツ)です。

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        ドイツ軍国籍章

 この黒十字は元々、ドイツ騎士団がマントに着けていた紋章です。

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 ドイツ騎士団は聖ヨハネ騎士団、テンプル騎士団と共に、十字軍で活躍した騎士団です。

 中世ヨーロッパには騎士団と呼ばれる団体は多数存在し、内実は様々でしたが、この3つの騎士団は、騎士修道会と言われる団体でした。

 騎士修道会とはその名の通り、騎士であり修道士である人々の修道会で、彼等は妻帯はせず修道士としての戒律に従い集団生活を送りながら、騎士として十字軍や巡礼の警護の為に戦う人々でした。

 一般の修道会で修道士になるには、身分は問われませんが、騎士修道会では騎士として戦う事が前提なので、入会できるのは騎士階級出身者に限られていました。

 これらの騎士団はパレスチナに本拠地を置いて、活動を続けたので十字軍の中で、中心勢力になって行きました。

 しかし12世紀末に十字軍がパレスチナを追われると、それぞれが違った運命をたどる事になりました。

 聖ヨハネ騎士団はロードス島に本拠地を移し、そこで暫くイスラム教徒の商船を相手に海賊行為を続けました。 しかしオスマントルコの攻撃でロードス島を追われると、今度はマルタ島に本拠地を移し、ナポレオン戦争時までそこでイスラム商船への海賊行為を続けました。

 ナポレオン軍のマルタ進攻で、聖ヨハネ騎士団はマルタを喪い、それと共に海賊行為も止めましたが、騎士団その物は現在も存続し、病院経営など慈善事業を続けています。

 テンプル騎士団は極めて悲劇的な運命をたどります。
 テンプル騎士団は第二の本拠地であるフランスに戻ったのですが、フランス国王が騎士団の潤沢な資産に目を付けます。
 
 そして法王庁と組んで、騎士団を異端として騎士達を焚刑にしたのです。 騎士団が異端された理由の一つが彼等が男色にふけったからだと言われます。
 これが事実であったとは誰も信じてはいません。 しかしキリスト教の理念では同性愛は、焚刑になる程の罪悪とされていたのです。

 こうして十字軍の中でも最高の武勇を誇った騎士団は崩壊し、騎士達は成すすべもなく焼き殺されたのです。

 一方ドイツ騎士団はドイツに戻り、その矛先を東方に向けます。 そして当時まだキリスト教化されていなかったプロイセンを領有したのを皮切りに、ドイツ民族の東方植民の先兵となって行きます。

 彼等はポーランドまで出向き、モンゴル軍の西進を防いだり、さらに現在のバルト三国を超えてロシアにまで進攻したりと、東欧全域で戦い続けました。

 15世紀に宗教改革が始まり、そしてドイツ30年戦争になると、その戦争の中でカソリックの騎士修道会である、そのどさくさの中で、ドイツ騎士団は自分達が開拓した土地であり、長く騎士団領であったプロイセンを喪いました。

 ドイツ騎士団に変わってプロイセンを領有したのが、ホーエンツォレルン家です。 これがのちのプロイセン王国そしてプロシャ王国、さらにドイツ統一戦争を経て、ドイツ王国になって行きます。

 しかし騎士団は今も存続して、宗教活動と医療などの慈善活動は続けています。

 ドイツ騎士団の戦いと支配は、東欧・ロシアの人々からは、極めて残忍な物と忌み嫌われています。 
 ロシアやポーランドの映画では、ドイツ騎士団は完全な悪役です。

 しかしドイツ人にとっては、信仰の為に厳しい戒律に従いながら戦い続ける彼等こそは、理想の騎士と思われいました。

 だからトーマス・マンやウェルナー・ハイゼンベルグのような人々でさへ、ドイツ騎士団をドイツ精神の理想として描いています。

 この為でしょう。 
 プロイセン王国が軍旗を定めた時に、ドイツ騎士団の紋章を軍旗に描き、またこの紋章を元にした勲章、鉄十字章を作りました。

2018y10m16d_205351964.jpg 2018y10m16d_205400353.jpg
 プロイセン軍軍旗           プロイセン軍軍艦首旗

 そしてその後ドイツ帝国、さらにワイマール共和国、ナチスドイツの国防軍でも、この黒十字が軍旗に描かれています。

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 ドイツ帝国軍軍旗           ドイツ帝国軍軍艦首旗

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 ワイマール共和国軍旗         ワイマール共和国軍艦首旗

2018y10m16d_210437523.jpg 
 ドイツ国防軍軍旗(1938~1945年)

 また第一次大戦のころから、戦車や飛行機などに国籍章が描かれるようになると、黒十字がドイツ軍の国籍章になりました。



 第二次大戦後、ドイツはナチス時代に、国旗や軍旗に使われていたハーケンクロイツの意匠を全て使用禁止しました。
 そして軍旗のデザインも完全に変わり、黒十字は使われなくなりました。

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 ドイツ連邦軍軍艦首旗

 しかしドイツ軍の国籍章としては、相変わらず黒十字が使われています。


 だから黒十字を付けた戦車は相変わらずヨーロッパの大地を驀進し、黒十字を染めた飛行機はヨーロッパの空を飛んでいるのです。

 好きなんでしょうね。
 あのシンプルでストイックな感じが、ドイツ軍人精神にピッタリくるのでしょう。
 デザインとしても非常に美しいと思うし。

 ヨーロッパの軍隊の国籍章の中でも最高のデザインであるばかりか、欧米の商標などシンボルデザインの中でも最高傑作の一つでしょう?

 韓国人は「旭日旗を掲げて韓国に入るのは、ハーケンクロイツを掲げてポーランドに入るのと同じだ」なんて言いますが、しかし歴史を学べば、ポーランドや東欧諸国にとって黒十字はハーケンクロイツより遥かに凶悪です。

 だってハーケンクロイツは第二次大戦中だけの話ですが、黒十字がこれらの国々を蹂躙したのは12世紀からドイツ騎士団が衰退する15世紀までの300年間です。

 そして少し休みがあって、ドイツが近代国家になり、ドイツ軍が近代化するとまた黒十字の旗を立てて、ポーランド始め東欧諸国を圧迫し続けたのです。 そして第二次大戦中のドイツ軍もまたこの黒十字をつけて戦ったのです。

 でもポーランド人が黒十字の事でドイツ軍に文句を言ったという話は聞いた事がありません。

 ドイツとポーランドは歴史的に敵国同士でした。 しかし敵の紋章にまで文句を言うのは、騎士道としてあり得ません。 
 敵であっても武勇には敬意を払うのが騎士道です。

 そしてポーランドは古来騎士の国で、ポーランド騎兵はヨーロッパで知られた精兵なのです。

 しかし騎士道とか武士道と言ったモラルは韓国人には通用しません。
 だからこうした騎士道的儀礼も理解できないのでしょう。 
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2018-10-04 13:40

宗教秘密結社 紙・印刷機・インターネット

  夕べ寝る前にi-padを見ていたら、宮脇淳子先生が明の太宗の素性に関して、中国での宗教秘密結社についての話をしていました。

 中国史では黄巾の乱、白蓮教徒の乱、太平天国の乱など、宗教秘密結社による反乱が社会を転覆させてきました。
 
 だからこそ中国共産党は、法輪功やイスラム教やキリスト教などの宗教を必死で弾圧しています。

 

 宮脇先生によると、こうして中国の国家体制を脅かしてきた宗教秘密結社ですが、これが中国史上初めて出現したのは、起源182年黄巾の乱からだそうです。

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 それではなぜそれ以前には、宗教秘密結社がなかったのか?

 宮脇先生によると「それは紙がなかったから」だそうです。

 紙ができて初めて、一般人にも手紙のやり取りが可能になりました。 識字率も上がり始めました。 それで宗教教理を文書で広めたり、結社として必要な連絡も取れるようになったのです。
 そこで初めて庶民が秘密結社を作れるようになったのです。

 それまでは文書も手紙類も竹簡や木簡、或いは絹地に書くしかなく、こうした物を所有・使用できるのは、支配階級に限られていたというのです。

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 こうして生まれた宗教秘密結社では、信者たちは単に同じ宗教を信じるだけでなく、お互いに生活の面倒をみあう事で、実生活でも強く結束していくことになりました。

 そしてついには体制を脅かす程の力を持つようになるのです。

 だから中国共産党は、単なる理念や教理の問題ではなく、現実の力として宗教集団を恐れ、必死の弾圧をするというのです。

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 そこで思い出したのが、ヨーロッパの宗教改革と宗教戦争、そして現在のイスラム原理主義の台頭です。

 ヨーロッパの宗教改革は、グーテンベルグの印刷機の発明から始まりました。

 グーテンベルグが印刷機を発明して、真っ先に印刷出版したのが聖書でした。

 それによりそこそこの所得のある人なら、聖書を所有して座右の書として読めようになりました。

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 それまでの書物は筆写によるしかなかったので、非常に高価で、相当な金持ちでも個人で所有する事などできなかったのです。
 聖書が読めるのは、修道院の図書館などを使える聖職者か、王侯に限られていたのです。

 しかし印刷機の発明で、多少の余裕のある人ならば、聖書を手元に置いて、いつでも読めるようになったのです。 これにより聖職者でなかった人達の間でも、キリスト教の教理への理解が深まりました。
 
 けれどもそれによりそれまでキリスト教の教理の解釈を独占してきた法王庁の権威を揺るがせました。

 そしてついには宗教改革が起き、さらに酸鼻を極める宗教戦争に至ったのです。

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 さらにもう一つ思い出したのが、現在世界で起きているイスラム過激派の台頭です。

 飯野陽氏の「イスラム教の教理」によると、現在のイスラム過激派の台頭の原因の一つは、インターネットの普及だと言います。
 
 イスラム教の経典コーランは教理により翻訳が禁じられています。
 しかもアラビア語は非常に難しい言語です。

 またイスラム教の教理の理解には、コーランの他、膨大なシャリーア(イスラム法)とハディーズ(ムハンマドの言行録)も学ばねばなりません。

 こうなるとアラビア語圏の人でも、イスラム教の教理はなかなか理解できません。
 まして非アラビア語圏のイスラム教徒などには、全くわからないのです。

 それで一般の人達は、イスラム法の解釈などは、専門の学者に頼り、お祈りとか断食など信者の生活として定められた形式を守る事だけで満足してきたのです。

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 ところがインターネットの普及で、世界中殆どの言語でこうした教理の解説が殆どの言語で読めるようになりました。 難解だったイスラム法の解釈も問題を検索すれば、一発で答えがでるようになりました。

 こうしたイスラム教の解説サイトが、世界中の言語で、大量に作られているのです。

 飯野陽氏は、イスラム教は、教理が聖典に明文化されているので、インターネットとは非常に相性が良い宗教だと言います。

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 一方、イスラム圏での識字率もこの数十年の間に非常にあがりました。 また地中海をゴムボートで渡る自称難民だってスマホを持っているのです。

 だから文字通り、誰でも直接イスラム教の教理に触れて理解できるようになったのです。

 勿論イスラム穏健派と言われる人々もいます。 イヤ、むしろイスラム教の神学者や法学者として権威と言われる人々の殆どは穏健派なのです。
 
 なぜなら彼等は権威であるが故に、体制側であり、既得権益側でもあります。
 だから自分の国の政府とも折り合って、幾らコーランに書かれている事でも、余りに戦闘的で、欧米や自国内の異教徒と暴力沙汰になるような事は、広めないように慎んできました。

 ところがインターネットの普及で、そういう気遣いが無意味になってしまいました。

 そこで教祖ムハンマド自身が、軍隊を率いて戦っていた頃の言行にそのまま従う事こそが、「正しいイスラム教徒」の在り方として、強烈な説得力を持つようになってきたのです。

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 因みに信者同志が実生活でも助け合うという宗教結社の特徴は、イスラム過激派も持っています。
 
 イスラム過激派の一派ムスリム同胞団は、イスラム教徒なら無料で治療する病院を運営したり、企業経営を行い同胞団の仲間を優先的に雇用したりしています。

 だから貧しい人達には大変な影響力を持つようになっています。

 しかし怖いですね。

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 紙の発明 → 中国の宗教秘密結社 → 反乱と体制の転覆

 印刷機の発明 → ヨーロッパの宗教改革 → 宗教戦争

 インターネットの発明 → イスラム過激派の台頭 → ???

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 歴史を学ぶと、紙や印刷機など、本来人類に知識を与える物の発明は、しかし知識だけでなく悲惨な戦争(宗教絡みの戦争の陰惨さと無残さは単なる侵略戦争を遥かに超えますから)を産んでいるのですから。

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