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2018-11-25 12:33

「日本は世界一素晴らしい国」とは? 日本国紀

まさか本人からリツイートされるとは思わなかった…別に日本が嫌いとかそういうことでは無く、単純に「1番素晴らしい」という不確定な価値基準を論証無く冒頭に置いてしまってることが、現代において歴史を語るに相応しく無い書き方と考えたわけです  これ百田尚樹さんの「日本国紀」に対するツィートです。  百田さんの「日本国紀」はバカ売れしているようですが、それに対する左翼の反感もすごいです。  このツィートはその反感の典型の一つです。  そしてまた彼等の持つ「愛国心」への批判の典型でもあります。 IMG_5913    しかし「日本を一番素晴らしい国」と言うのは「不確定な価値基準」なのでしょうか?  勿論国連など国際機関が「日本を一番素晴らしい国」と判断したというなら、ネトウヨのワタシでも凄い違和感があります。  なぜそういう判断をしたのか?  その価値基準は何か?  客観性はあるのか?  などなど色々疑問が湧いてきます。  実際日本が一番になるわけではないけれど、「報道の自由ランキング」とか「大学ランキング」とか「女性の人権ランキング」とかは、ホントに一体どういう判定基準なのか?不可解なものばかりです。  そしてこんなランキングをする意味があるのか?    心から疑わしくなります。 IMG_5914  しかし百田さんは日本人として、自分の目と心で日本の歴史を描いたのです。  だから百田さんが「日本は世界で一番素晴らしい国」と言うことに、客観的で確定的な価値基準は必要ありません。  これは例えば家族を考えたらわかります。  子供は自分の父親の事を「世界で一番素晴らしいお父さん」と思っています。  子供は自分の母親の事を「世界で一番素晴らしいお母さん」と思っています。  子供でも友達のお父さんはもっとお金持ちで偉い人だし、友達のお母さんはもっと優しくて美人だということは知っています。    それでも絶対に自分のお父さんやお母さんを、友達のお父さんやお母さんと取り換えたくはないのです。  だから世界で一番素晴らしいお父さんとお母さんなのです。 IMG_5916  そして父親も母親も、自分の子供は世界一の子供だと思っているのです。  勉強ができなくても、言うことを聞かずに悪さばかりしていても、病気や障害があっても、そんなことはどうでも良いのです。  自分の子供が世界一かわいくかけがいのない子なのです。  どんな子供とでも取り換えたくはないのです。  だから世界一の子供なのです。 IMG_5920  そして親が我が子を世界一素晴らしい子と思っても、子供が親を世界一素晴らしい親と思っても、それを非難する人はいません。  だって皆自分の親や子供をそう思っているのですから。  家族はお互いにそう思うから、家族でいられるのです。  そう思うからこそ、親は子供を育てていくことができるし、子供は親を信頼して生きていくことができるのです。 2018y11m25d_124533804  そしてこれは国も同様なのです。  人間は自分が生まれ育った国を、「世界一素晴らしい国」と思う権利があるし、そう思うことで自分の国を愛し、良い国にしていくことができるのです。  こうした自分自身の感情による絶対的価値観と、国際機関が作るランキングのような客観的評価とは元来全く別物なのです。  日本は世界一の国と言うのは、日本人の国民感情による絶対的評価なのです。  だから客観性も確定的価値基準も必要とはしません。 IMG_5962  自国への絶対的評価に対して、客観的な価値基準を持ち出して文句を言う方がオカシイのです。  こういう人はだから貧しい国や独裁国家の人に対して実に安易に「オマイの国はロクなもんじゃないから、さっさと捨てたら良いよ。 ウチで拾ってやるからさ。」と言うのです。  これは子供に対して「お前の父親は貧乏で低学歴だし、母親はブスでヒステリーだから、お前はカワイソウな子だというのと同じです。  言われた人はどう思うでしょうか?  それでホントに拾ってもらっても、心から喜べないのではありませんか?  これが善意?で受け入れたはずの難民達が、治安悪化をもたらす原因ではありませんか? IMG_5968  因みに左翼の人達は、百田さんの「日本国紀」には、参考文献や出典が明記されていない事などから、学術的に正確さを担保できない事を問題にしています。  しかし「日本国紀」と言うのは、百田尚樹さんによる物語としての日本史です。  これは塩野七生さんの「ローマ人の物語」や「ギリシャ人の物語」、或いはギボンの「ローマ帝国衰亡史」などと同類の本です。  学術書ではありません。  著者の歴史観と解釈による本です。  だから学術的厳密性を問われると、細部には問題はあると思います。 IMG_5970  塩野七生さんの「ローマ人の物語」はワタシの愛読書ですが、この本はあくまで塩野さんの目を通したローマ人の物語です。  そして塩野さんはローマの政策を理解するにあたって、皇帝の目から見ると書いています。 つまり皇帝の目から見ると、なぜローマ帝国がこのような政策をとったかが、一番よくわかるというのです。  だからユダヤの反乱に対するハドリアヌス帝の徹底した弾圧政策などにも全然否定的ではありません。  実際この徹底弾圧政策で、その後二度とユダヤ人の反乱はなくなったのだから、政策は成功と言う評価なのです。 IMG_5989  こうした評価基準には、絶対に賛同できない人も沢山いるでしょう。  しかし個人が歴史を描くとは、その人が自分の目と自分の心で描くことですから、その人の価値基準により描かれるのは当然でしょう。  またいくら勉強をしたとしても、元来塩野さんはローマ史の専門家ではないのですから、細部をほじくれば間違いは幾らでも出てくるでしょう。    何しろローマ史の歴史は1500年にもなり、支配域は地中海周辺全てに及ぶのですから。  だから今も不明の問題が無数にあり、その為今も膨大な人々がローマ史を研究しているのです。 IMG_5991  そしてこれは日本人の物語を書く場合にも全く同じなのです。  日本だってローマ帝国程広くはありませんが、歴史はローマ帝国に負けず劣らず長いのです。  これでは学術書として日本史を鳥瞰する本は書けないのです。  これは学術書としてローマ史を鳥瞰する本がないのと同じです。  何しろ現在の歴史学は極度の細分化され専門化しているのです。  近代史に至っては、昭和12年の専門家、13年の専門家と区分けされる程です。  それで一人の人間が千年を超えるような長大な歴史を学術書として書くことなど不可能なのです。 IMG_6000  けれども我々一般人は、そういう細部ではなく全体の歴史の流れを知りたいのです。  だからこういう本に価値があるのです。  だから左翼の人達も、百田さんの歴史観に文句があるなら、誰か仲間の作家を応援して、自分達の目と自分達の心による「日本人の物語」を書けばよいのです。  我々ネトウヨは誰もその出版や販売を妨害しませんよ。  我々ネトウヨは言論出版の自由は尊重するのです。 IMG_6013  因みに、ワタシはよもちゃんの事を、世界で一番賢い可愛い猫だと思っています。  よもちゃんは近所の獣医さんで貰った野良猫の子です。  だから血統書なんてありません。  それでよもちゃんを世界で一番可愛い賢い猫だと思っているのは、ワタシだけだと思います。  でも世界中他にどんなに可愛い猫や賢い猫がいようとも、よもちゃんの代わりにはならないのです。  だからワタシはよもちゃんは世界一の猫だと思っているのです。  よもちゃんがワタシの事を、世界一の同居人と思っているかどうかはわかりませんが。
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2018-10-16 21:21

黒十字 Balkenkreuz

 韓国の旭日旗ヒステリーでいつも引き合いに出されるのが、ドイツ軍の国籍章黒十字(バルケンクロイツ)です。

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        ドイツ軍国籍章

 この黒十字は元々、ドイツ騎士団がマントに着けていた紋章です。

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 ドイツ騎士団は聖ヨハネ騎士団、テンプル騎士団と共に、十字軍で活躍した騎士団です。

 中世ヨーロッパには騎士団と呼ばれる団体は多数存在し、内実は様々でしたが、この3つの騎士団は、騎士修道会と言われる団体でした。

 騎士修道会とはその名の通り、騎士であり修道士である人々の修道会で、彼等は妻帯はせず修道士としての戒律に従い集団生活を送りながら、騎士として十字軍や巡礼の警護の為に戦う人々でした。

 一般の修道会で修道士になるには、身分は問われませんが、騎士修道会では騎士として戦う事が前提なので、入会できるのは騎士階級出身者に限られていました。

 これらの騎士団はパレスチナに本拠地を置いて、活動を続けたので十字軍の中で、中心勢力になって行きました。

 しかし12世紀末に十字軍がパレスチナを追われると、それぞれが違った運命をたどる事になりました。

 聖ヨハネ騎士団はロードス島に本拠地を移し、そこで暫くイスラム教徒の商船を相手に海賊行為を続けました。 しかしオスマントルコの攻撃でロードス島を追われると、今度はマルタ島に本拠地を移し、ナポレオン戦争時までそこでイスラム商船への海賊行為を続けました。

 ナポレオン軍のマルタ進攻で、聖ヨハネ騎士団はマルタを喪い、それと共に海賊行為も止めましたが、騎士団その物は現在も存続し、病院経営など慈善事業を続けています。

 テンプル騎士団は極めて悲劇的な運命をたどります。
 テンプル騎士団は第二の本拠地であるフランスに戻ったのですが、フランス国王が騎士団の潤沢な資産に目を付けます。
 
 そして法王庁と組んで、騎士団を異端として騎士達を焚刑にしたのです。 騎士団が異端された理由の一つが彼等が男色にふけったからだと言われます。
 これが事実であったとは誰も信じてはいません。 しかしキリスト教の理念では同性愛は、焚刑になる程の罪悪とされていたのです。

 こうして十字軍の中でも最高の武勇を誇った騎士団は崩壊し、騎士達は成すすべもなく焼き殺されたのです。

 一方ドイツ騎士団はドイツに戻り、その矛先を東方に向けます。 そして当時まだキリスト教化されていなかったプロイセンを領有したのを皮切りに、ドイツ民族の東方植民の先兵となって行きます。

 彼等はポーランドまで出向き、モンゴル軍の西進を防いだり、さらに現在のバルト三国を超えてロシアにまで進攻したりと、東欧全域で戦い続けました。

 15世紀に宗教改革が始まり、そしてドイツ30年戦争になると、その戦争の中でカソリックの騎士修道会である、そのどさくさの中で、ドイツ騎士団は自分達が開拓した土地であり、長く騎士団領であったプロイセンを喪いました。

 ドイツ騎士団に変わってプロイセンを領有したのが、ホーエンツォレルン家です。 これがのちのプロイセン王国そしてプロシャ王国、さらにドイツ統一戦争を経て、ドイツ王国になって行きます。

 しかし騎士団は今も存続して、宗教活動と医療などの慈善活動は続けています。

 ドイツ騎士団の戦いと支配は、東欧・ロシアの人々からは、極めて残忍な物と忌み嫌われています。 
 ロシアやポーランドの映画では、ドイツ騎士団は完全な悪役です。

 しかしドイツ人にとっては、信仰の為に厳しい戒律に従いながら戦い続ける彼等こそは、理想の騎士と思われいました。

 だからトーマス・マンやウェルナー・ハイゼンベルグのような人々でさへ、ドイツ騎士団をドイツ精神の理想として描いています。

 この為でしょう。 
 プロイセン王国が軍旗を定めた時に、ドイツ騎士団の紋章を軍旗に描き、またこの紋章を元にした勲章、鉄十字章を作りました。

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 プロイセン軍軍旗           プロイセン軍軍艦首旗

 そしてその後ドイツ帝国、さらにワイマール共和国、ナチスドイツの国防軍でも、この黒十字が軍旗に描かれています。

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 ドイツ帝国軍軍旗           ドイツ帝国軍軍艦首旗

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 ワイマール共和国軍旗         ワイマール共和国軍艦首旗

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 ドイツ国防軍軍旗(1938~1945年)

 また第一次大戦のころから、戦車や飛行機などに国籍章が描かれるようになると、黒十字がドイツ軍の国籍章になりました。



 第二次大戦後、ドイツはナチス時代に、国旗や軍旗に使われていたハーケンクロイツの意匠を全て使用禁止しました。
 そして軍旗のデザインも完全に変わり、黒十字は使われなくなりました。

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 ドイツ連邦軍軍艦首旗

 しかしドイツ軍の国籍章としては、相変わらず黒十字が使われています。


 だから黒十字を付けた戦車は相変わらずヨーロッパの大地を驀進し、黒十字を染めた飛行機はヨーロッパの空を飛んでいるのです。

 好きなんでしょうね。
 あのシンプルでストイックな感じが、ドイツ軍人精神にピッタリくるのでしょう。
 デザインとしても非常に美しいと思うし。

 ヨーロッパの軍隊の国籍章の中でも最高のデザインであるばかりか、欧米の商標などシンボルデザインの中でも最高傑作の一つでしょう?

 韓国人は「旭日旗を掲げて韓国に入るのは、ハーケンクロイツを掲げてポーランドに入るのと同じだ」なんて言いますが、しかし歴史を学べば、ポーランドや東欧諸国にとって黒十字はハーケンクロイツより遥かに凶悪です。

 だってハーケンクロイツは第二次大戦中だけの話ですが、黒十字がこれらの国々を蹂躙したのは12世紀からドイツ騎士団が衰退する15世紀までの300年間です。

 そして少し休みがあって、ドイツが近代国家になり、ドイツ軍が近代化するとまた黒十字の旗を立てて、ポーランド始め東欧諸国を圧迫し続けたのです。 そして第二次大戦中のドイツ軍もまたこの黒十字をつけて戦ったのです。

 でもポーランド人が黒十字の事でドイツ軍に文句を言ったという話は聞いた事がありません。

 ドイツとポーランドは歴史的に敵国同士でした。 しかし敵の紋章にまで文句を言うのは、騎士道としてあり得ません。 
 敵であっても武勇には敬意を払うのが騎士道です。

 そしてポーランドは古来騎士の国で、ポーランド騎兵はヨーロッパで知られた精兵なのです。

 しかし騎士道とか武士道と言ったモラルは韓国人には通用しません。
 だからこうした騎士道的儀礼も理解できないのでしょう。 
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2018-10-04 13:40

宗教秘密結社 紙・印刷機・インターネット

  夕べ寝る前にi-padを見ていたら、宮脇淳子先生が明の太宗の素性に関して、中国での宗教秘密結社についての話をしていました。

 中国史では黄巾の乱、白蓮教徒の乱、太平天国の乱など、宗教秘密結社による反乱が社会を転覆させてきました。
 
 だからこそ中国共産党は、法輪功やイスラム教やキリスト教などの宗教を必死で弾圧しています。

 

 宮脇先生によると、こうして中国の国家体制を脅かしてきた宗教秘密結社ですが、これが中国史上初めて出現したのは、起源182年黄巾の乱からだそうです。

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 それではなぜそれ以前には、宗教秘密結社がなかったのか?

 宮脇先生によると「それは紙がなかったから」だそうです。

 紙ができて初めて、一般人にも手紙のやり取りが可能になりました。 識字率も上がり始めました。 それで宗教教理を文書で広めたり、結社として必要な連絡も取れるようになったのです。
 そこで初めて庶民が秘密結社を作れるようになったのです。

 それまでは文書も手紙類も竹簡や木簡、或いは絹地に書くしかなく、こうした物を所有・使用できるのは、支配階級に限られていたというのです。

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 こうして生まれた宗教秘密結社では、信者たちは単に同じ宗教を信じるだけでなく、お互いに生活の面倒をみあう事で、実生活でも強く結束していくことになりました。

 そしてついには体制を脅かす程の力を持つようになるのです。

 だから中国共産党は、単なる理念や教理の問題ではなく、現実の力として宗教集団を恐れ、必死の弾圧をするというのです。

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 そこで思い出したのが、ヨーロッパの宗教改革と宗教戦争、そして現在のイスラム原理主義の台頭です。

 ヨーロッパの宗教改革は、グーテンベルグの印刷機の発明から始まりました。

 グーテンベルグが印刷機を発明して、真っ先に印刷出版したのが聖書でした。

 それによりそこそこの所得のある人なら、聖書を所有して座右の書として読めようになりました。

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 それまでの書物は筆写によるしかなかったので、非常に高価で、相当な金持ちでも個人で所有する事などできなかったのです。
 聖書が読めるのは、修道院の図書館などを使える聖職者か、王侯に限られていたのです。

 しかし印刷機の発明で、多少の余裕のある人ならば、聖書を手元に置いて、いつでも読めるようになったのです。 これにより聖職者でなかった人達の間でも、キリスト教の教理への理解が深まりました。
 
 けれどもそれによりそれまでキリスト教の教理の解釈を独占してきた法王庁の権威を揺るがせました。

 そしてついには宗教改革が起き、さらに酸鼻を極める宗教戦争に至ったのです。

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 さらにもう一つ思い出したのが、現在世界で起きているイスラム過激派の台頭です。

 飯野陽氏の「イスラム教の教理」によると、現在のイスラム過激派の台頭の原因の一つは、インターネットの普及だと言います。
 
 イスラム教の経典コーランは教理により翻訳が禁じられています。
 しかもアラビア語は非常に難しい言語です。

 またイスラム教の教理の理解には、コーランの他、膨大なシャリーア(イスラム法)とハディーズ(ムハンマドの言行録)も学ばねばなりません。

 こうなるとアラビア語圏の人でも、イスラム教の教理はなかなか理解できません。
 まして非アラビア語圏のイスラム教徒などには、全くわからないのです。

 それで一般の人達は、イスラム法の解釈などは、専門の学者に頼り、お祈りとか断食など信者の生活として定められた形式を守る事だけで満足してきたのです。

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 ところがインターネットの普及で、世界中殆どの言語でこうした教理の解説が殆どの言語で読めるようになりました。 難解だったイスラム法の解釈も問題を検索すれば、一発で答えがでるようになりました。

 こうしたイスラム教の解説サイトが、世界中の言語で、大量に作られているのです。

 飯野陽氏は、イスラム教は、教理が聖典に明文化されているので、インターネットとは非常に相性が良い宗教だと言います。

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 一方、イスラム圏での識字率もこの数十年の間に非常にあがりました。 また地中海をゴムボートで渡る自称難民だってスマホを持っているのです。

 だから文字通り、誰でも直接イスラム教の教理に触れて理解できるようになったのです。

 勿論イスラム穏健派と言われる人々もいます。 イヤ、むしろイスラム教の神学者や法学者として権威と言われる人々の殆どは穏健派なのです。
 
 なぜなら彼等は権威であるが故に、体制側であり、既得権益側でもあります。
 だから自分の国の政府とも折り合って、幾らコーランに書かれている事でも、余りに戦闘的で、欧米や自国内の異教徒と暴力沙汰になるような事は、広めないように慎んできました。

 ところがインターネットの普及で、そういう気遣いが無意味になってしまいました。

 そこで教祖ムハンマド自身が、軍隊を率いて戦っていた頃の言行にそのまま従う事こそが、「正しいイスラム教徒」の在り方として、強烈な説得力を持つようになってきたのです。

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 因みに信者同志が実生活でも助け合うという宗教結社の特徴は、イスラム過激派も持っています。
 
 イスラム過激派の一派ムスリム同胞団は、イスラム教徒なら無料で治療する病院を運営したり、企業経営を行い同胞団の仲間を優先的に雇用したりしています。

 だから貧しい人達には大変な影響力を持つようになっています。

 しかし怖いですね。

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 紙の発明 → 中国の宗教秘密結社 → 反乱と体制の転覆

 印刷機の発明 → ヨーロッパの宗教改革 → 宗教戦争

 インターネットの発明 → イスラム過激派の台頭 → ???

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 歴史を学ぶと、紙や印刷機など、本来人類に知識を与える物の発明は、しかし知識だけでなく悲惨な戦争(宗教絡みの戦争の陰惨さと無残さは単なる侵略戦争を遥かに超えますから)を産んでいるのですから。

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2018-09-25 12:12

世界征服はイスラム教徒の義務である イスラム教の教理

  先日ツィッターでこんな記事を拾いました。

イギリスとアイルランド国内のサブウェイの一部店舗(約1500店舗中185店舗)でイスラム教徒の要求に応えてメニューから豚肉を完全に排除ハラル対応にしました。個人的には宗教や神様は個人の食生活に介入するべきではないと思いますが、こういう事が世界で増え続けてしまうのは残念に思います。
 https://mobile.twitter.com/Eimi1003/status/1038720613420920832

 ワタシもこれ凄く違和感がありました。 このサブウェイと言う店はサンドイッチの店で、その種類が非常に多い事が特徴なのだそうです。

 だったらイスラム教徒は豚肉を使ったサンドイッチを注文しなければよいだけで、店のメニューから豚肉を排除する必要はないでしょう?

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宗教や神様は個人の食生活に介入するべきではないと思います
 
 ええ、ワタシもそう思います。

 そして宗教はあくまでそれを信仰する人の内面と個人生活の問題であって、自分の宗教を盾に他人の生活や、国家や社会の在り方に介入するべきではないのです。
 これは別にワタシ個人の感覚ではなく、民主主義国家での宗教の在り方の基本なのです。

 だからイスラム教を信じる人は、自分の生活をイスラム教の戒律で律するのは良いけれど、他人にその戒律を押し付けようしたりしてはいけないのです。

 しかし実際には、このアイルランドのサブウェイの件のように、イスラム教徒と言うのは、こうやって他人にイスラム教の戒律をごり押しするのが目立ちます。 

 一体何で彼等はこんな事をするのか?
 こんなごり押しをすると、嫌われるだけなのに・・・・・。

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 しかし飯田陽さんの「イスラム教の教理」を読んだら、この理由がよくわかりました。
 飯田陽さんの「イスラム教の教理」は題名の通り、イスラム教の教理をコーランやイスラム法など、イスラム教徒が教理の上で従わなくてはならないとされている聖典とその解釈を、単純明快に解説した本です。

 しかしこうして教理を読んでいくと、イスラム教と言う宗教の恐ろしがわかり慄然とします。
 以下、ここで書かれた事を、ワタシ自身の感想も交えながら、簡単に紹介していきたいと思います。

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 まずイスラム教の教理によれば、全ての人類はイスラム法に従わなければならないのです。 そしてイスラム教徒には、非イスラムをしてイスラム法に従わせるよう努力する義務があるのです。

 なぜならイスラム教では、イスラム教の聖典は全て、神様の意志を表した物で、人類は全て神の奴隷です。 だから問答無用で、神様が作った規則には従うしかないのです。
 
 だからサラミソーセージや生ハムが好きだなんて言う奴に配慮する必要はなく、神様が豚肉を食べるなと言った以上、全ての人類に豚肉を食べさせないようにするのがイスラム教徒の義務なのです。

 そしてイスラム教が唯一絶対の神に従う正しい宗教である以上、全人類が神の法で統治されなければならいのです。
 イスラム教徒はその為には世界征服をしなければならないのです。

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 そして実際に教祖ムハンマドは自身が軍隊を率いて、征服戦争をはじめアラビア半島とその周辺を支配下に置きました。 ムハンマドの死後は、その後継者つまりカリフ達がその征服戦争を続けて、現在の中東、北アフリカ、そしてスペインにまで及ぶサラセン帝国を築きました。

 この過程で生まれたのがコーランとハディーズとイスラム法です。

 コーランはムハンマドが聞いた神の言葉を記述しています。
 ムハンマドの業績と言行を記述したものがハディーズです。
 イスラム法はムハンマドが、自身が征服地を統治した時に制定施行した法律です。

 これらはいずれもムハンマドが代行した神の意志を表しています。 だからイスラム教徒だけでなく、全ての人類がこれに従わなければならないのです。

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 教祖自身が宗教戦争を指揮し、自身が宗教による統治をおこなったという点で、イスラム教はキリスト教や仏教とは全く違うのです。

 教祖自身が征服戦争と統治をしたことで、宗教による統治は教理にくみこまれているのです。

 そして宗教は精神生活の問題ではなく、現実の統治の問題なのです。

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 ムハンマド自身がイスラム教による征服戦争と被征服地の統治をしたのですから、こうした聖典には、その時に彼が行った虐殺も、圧迫は勿論、当時の戦争なら普通だった被征服地から略奪したものはどう分配するべきかと言う事まで事細かに描かれています。

 これによると征服戦争で従軍して得た略奪品の8割は略奪した兵士個人の物なり、2割は軍の物になります。 そしてその中には被征服者側の女性も含まれています。 被征服地の異教徒の女性は奴隷化されて、売買されるのです。

 イスラム国(ISIS)やボコハラムが、その占領地で女性を奴隷化したことに、日本人や欧米人は驚愕しましたが、しかし彼等にすれば聖典に従っているだけなのです。

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 イスラム国の目標は、イスラムの聖典に従った国家を作る事です。 つまりムハンマドの死後、その後継者であるカリフ達が行ってきたような、カリフがイスラム法によって統治する国家を作る事なのです。

 だからイスラム国の指導者アブー・バクル・アル=バグダーディーは、自身をカリフであると宣言し、被支配地をイスラム法で統治していると宣伝していたのです。

 そしてサラセン帝国が行ったような、イスラムによる征服戦争を扇動したのです。

 だったらイスラム法に従って、被征服者側の女性を奴隷化して売買するのも当然ではありませんか?

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 このようにイスラム国は、完全にイスラムの聖典に従っているのです。
 
 そしてイスラム教の教理によれば、カリフがイスラム法に従って統治する政体こそが、正しい統治であって、それ以外の政体は全て間違っているのです。

 だから民主制も君主制もすべて間違いだし、またこうした政体により作られた法は無効です。

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 だから現在イスラム穏健派と言われるイスラム教の権威である神学者達も、彼等を「イスラムではない」とは言えないのです。 
 勿論、イスラム国のような過激派を「イスラム教徒ではない」と言う学者たちもいるのですが、これはあくまで西欧社会に対するポーズだそうです。 

 しかし、イスラム穏健派が間違っているかと言えば、そういうわけではありません。
 
 イスラム教にはローマ法王のような権威は存在しないのです。 それでイスラム教の聖典をどう解釈し、どのように守るかは、完全に個人の判断にゆだねられます。
 そしてその判断が間違っていた場合は、死後に神の罰を受けるのですが、人間が他人の解釈に文句を言う筋合いではないのです。

 しかしだからこそイスラム穏健派は、イスラム過激派を否定できないのです。

 そしてイスラム穏健派と過激派を比べれば、過激派の方がはるかに厳密に聖典を解釈し実行しているとしか言えないのですから、どちらがより敬虔で正しいイスラム教徒かと言えば、過激派の方に軍配が上がるのです。

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 勿論いくらイスラム教徒でも、こんな過激な連中には付き合えない、こんな連中が暴れまわったら社会が滅茶苦茶になると危惧する人々は沢山います。
 
 実際、エジプトではアラブの春の後、イスラム過激派の一派であるムスリム同胞団から大統領が出たのですが、しかしマトモな政治ができなかったので、国民が怒り、直ぐに退陣に追い込まれました。

 イスラム教徒の大多数はこうした狂信には反対なのです。

 しかしながらイスラム教徒である限り、彼等を否定できないのです。 だから大体どこの国や地域でも、イスラム教徒の4~5%はイスラム国などの過激派を支持しているのです。

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 4~5%とはどういう意味を持つのでしょうか?
 
 創価学会の公表する数字では、創価学会の信者は日本の総人口の5%ほどです。
 またローマ帝国がキリスト教を公認した時のキリスト教徒の割合も、総人口の5%程度だったと言われます。

 これを考えると、実際これだけテロを繰り返す過激派を支持する人が、5%いるというのは、容易な事ではないのがわかります。

 人口の5%を占める集団と言うのは、誰も身近に一人か二人は、その集団に属する人がいるという事です。
 だからワタシのように人付き合いの悪い人間でも、選挙の度に「公明党に投票して」と依頼してくる知り合いがいます。

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 自爆テロを賛美しているような人達から、こういうノリで何かを依頼されたら、どうしたらよいでしょうか? 
 こういう人達が人口の4~5%を占めれば、社会への影響力が大変なものでしょう?

 そこでエジプト政府など、現在イスラム教国家で世俗政権の国では、こうしたイスラム過激派は官憲がしょっ引くと方法で、何とかその影響力を押さえています。
 
 イスラム教徒が圧倒的に多数を占める国で、イスラム教の教理に厳格に従う人々を言論で説得する術はないので、ストレートに権力で抑え込むしかないのです。
 しかしこれはこれで問題がある事は言うまでもありません。

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 それにしても何でこんな過激派が台頭してきたのでしょうか?
 少なくとも第二次大戦後、イスラム諸国の主流だったのは、アラブ民族主義など西欧式の近代国家、宗教に寄らない強い国民国家を作ろうと言う主張だったのではありませんか?

 トルコのケマル・アタチュルクや、エジプトのナセルのように、国家の独立を守り、近代化を進めた人達が、英雄とされてきたではありませんか?
 
 実はワタシは昔から中東の話が好きで、イスラム諸国の旅行記等をよく読んでいましたが、そのころイスラム教がこのような形で過激化するとは夢にも思いませんでした。

 ナセルやケマル・アタチュルクだって想像もしなかったと思います。

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 この「イスラム教の教理」の中で、著者飯野陽さんはこのイスラム狂信化の理由としてインターネットの影響を指摘しています。

 イスラム過激派の台頭は、実はface book、you tube、ツィッターなどのサービスの開始と軌を一にしているのです。

 イスラム教は聖典が全て明文化されているので、インターネットとは大変相性が良いのです。
 
 元々イスラム教の聖典は全部アラビア語で書かれており、教理を学ぶにはまずアラビア語に習熟しなければなりませんでした。 
 また偶像崇拝や音楽を禁止したことから、キリスト教や仏教がしてきたように、絵画や宗教音楽で民衆に教理を理解させることもしてきませんでした。

 それがインターネットで一気に変わりました。
 自分が気になる問題についてイスラム法での解釈を知りたければ、誰もネット検索をすれば一発で回答が出てきます。 

 you tubeにはイスラム過激派が作った、非常にセンスのよい宣伝動画が大量に上がるようになりました。
 
 一方、今はアフリカからくる「難民」でさへ皆スマホを持っているのです。

 これでこれまではコーランを読むことも不可能だった一般イスラム教徒にまで、教理その物がストレートに広がったというのです。

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 勿論こうしたイスラム過激派によるテロの扇動や斬首動画の投稿には、you tubeやface bookの側も、動画やの削除やアカウント停止などで対応をしたのです。 しかし彼等は直ぐに、削除に対抗してアカウントを作り、投稿を続ける事ができるような体制を作ってしまいました。

 イスラム教徒の総人口は18億です。 その4~5%、9000万人弱の支持を得ればそういう事だってできるのです。

 現在、日本や欧米で、保守派の投稿やアカウントが停止や削除を受けるという嫌がらせに遭っています。 そしてそれに対する対応に苦労しています。

 しかしイスラム過激派は、とうの昔にこの問題をクリアしていたのです。

 そしてテロを扇動するアカウントや動画は削除できても、イスラム教の教理その物を解説するサイトの削除は、民主主義国家にも、またイスラム諸国にも絶対にできません。

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 こうして今もイスラム狂信化は、ドンドン進行しています。 そしてイスラム教徒の人口は増え続けています。
 
 現在、日本や欧州だけでなく、アジアの非イスラム諸国の出生率は2を割り込み、人口減に入りました。

 しかし中東やアフリカのイスラム諸国は、今も非常に高い出生率を維持しています。 それだけでなく欧州に移民したイスラム教徒達もまた、出生率は高いのです。

 だから今後の世界でイスラム教の影響は、さらに深刻化するでしょう。
 
 この「イスラム教の教理」と言う本は、そういう現実を正面から突き付けてくれました。
 この本を書いた飯野陽さんの勇気と学者としての良心には、心から敬意を捧げます。

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2018-09-03 11:17

特亜・西欧 ガリ勉文明・体育会文明

 韓国は今回のアジア大会での成績が振るわなかったようです。
 韓国のスポーツ界は現在ジリ貧路線をまっしぐらのようです。
 
 これについて我が尊敬するご隠居さんが、見事に解説してくださいました。

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 韓国のスポーツ事情は
 
 韓国の中学や高校では日本のような部活はなく、スポーツをするのは将来プロやオリンピック選手などを目指す極一部の子供だけです。
 他の子供達は体育の授業以外は、一切スポーツをせずひたすら受験勉強に励むという学生生活を送ります。

 韓国の高校大学の多くは、元々日韓併合時代に日本が作った旧制中学や実業学校で、その頃は朝鮮の学校でも日本同様の部活をやっていました。
 そしてその中からオリンピック選手なども生まれました。

 韓国独立後もこうした学校は残り、今は皆名門校として学校ランキング上位に君臨しているのです。

 学校だけではなく韓国の教育制度は、韓国の他の組織や制度と同様、日本の影響を今も強く残しています。
 
 高校や大学の受験制度だって、日本の制度をそのまま引き継いでいるのです。 

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 韓国は日本の残した物は何でも日帝残滓として破壊しているのです。
 だからそれでなくてもいろいろ弊害の多い日本式受験制度なんかさっさと廃止したらよいのです。

 そして例えばドイツやフランスのような大学入学資格試験制度でも取り入れれるべきはないでしょうか?
 しかしなぜかそれをやろうという話は聞いた事がありません。

 それなのになぜか部活だけは消滅して、全員ガリ勉受験生になる事を選んだのです。

 しかし部活がなく全員ガリ勉と言うのは、中国も同様ですから、これはシッカリ中華文明に回帰したと言うべきでしょう。

 つまり特亜文明はガリ勉文明なのです。

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 ご隠居さんは

朱子学の毒に染まったシナ朝鮮じゃ君子は身を労さないというのが当たり前ですからね。

 テニス?召使にやらせましょ、という方々だったんです。

 
 と解説していらっしゃいます。

 そうなるとガリ勉文明の根源は儒教なのでしょうか?
 
 ところで儒教と言うのは孔子が無から作った物ではありません。
 儒教は孔子が生きた時代には既に中国人の一般的になっていた社会規範や世界観を、孔子が中心になって整理整頓して体系化したものです。

 だからすんなりと受け入れられたのでしょう。
 
 そして現在までそれが中国人の基本理念とされてきたのは、結局彼等の本性に心底しっくりするからではないでしょうか?
 また韓国も同様だから今も儒教の民であることを誇るのではありませんか?

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 これに比べると西欧文明は、体育会文明です。
 
 西欧文明の源泉、ギリシャの教育ではスポーツが学問と同様に重視されました。
 
 古代のアテネでは、子供は午前中は学校や家庭教師について学問をし、午後はスポーツ教師についてのスポーツをする事になっていました。
 そしてその為のスポーツ施設が完備されていたのです。

 それでギリシャ人は成人してからも競技場に通いスポーツを楽しみました。
 
 ギリシャにはスポーツ競技を奉納する祭礼がいくつもあり、その最大最高の祭礼がオリンピックでした。
 ギリシャ人達はこうした競技会に熱狂したのです。
 
 ギリシャ人ってホントに体育会系なのです。

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 そしてこの教育法はローマでも同様でした。 
 古代ローマ帝国はギリシャを征服して属領にしたのですが、その文明はこよなく敬愛しました。

 だから古代ローマ貴族の子供達も、午前中は家庭教師について勉強、午後はスポーツに励んだのです。 
 
 その為古代ギリシャ・ローマ文明を崇拝し継承した西欧文化圏でも、スポーツ重視の教育も継承しました。

 イギリスのパブリックスクールの伝統教育では、午前中は教室で学問、午後は戸外でスポーツです。

 ドイツのギムナジウは大学進学を前提とした教育をする中等教育校です。 しかし勿論ここでもスポーツは重視されます。
 このギムナジウと言う名称は、古代ローマの子供達の為のスポーツ施設が語源なのですから。

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 ローマ帝国が崩壊したのは1500年以上昔の事です。 しかも崩壊させたのはドイツ人やイギリス人のご先祖様であるゲルマン人です。

 キリスト教などギリシャ・ローマ文明とは全く違う宗教も入り、大きな影響を与えました。

 それでも連中がことほど左様に古代ギリシャ・ローマ式教育法を尊重し、継承するのはやはりこれが西欧人の本性にしっくりするからではないでしょうか?

 コイツラも古代ギリシャ・ローマ人同様の体育会の人間で、ガリ勉はすきになれないのでしょう。

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 ガリ勉になるか? 体育会系になるか?

 これは個人で見れば家庭環境や教育だけではなく、当人の性格や資質が大きく影響しているのではありませんか?

 因みにワタシの兄弟は、兄と妹が体育会で、ワタシはガリ勉ではないけどスポーツは全くダメ子です。
 同じ親に育てられても、個人の資質が違うからこうなるのです。

 そして特亜と西欧の歴史を比べてみると、どちらも何度も戦乱や体制崩壊、異文化の流入を経験しているのに、どちらもガリ勉と体育会の伝統だけは英英と守り続けているのです。

 これを見るとこうした違いは民族の資質による物で、今後も簡単には変わらないと思うのです。

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 そしてワタシは、民主主義と言うのは実は体育会系の制度だと思うのです。
 
 なぜなら民主主義を産み育てた文明は、体育会文明であり、その文明を担った民族が体育会系の民族だからです。

 西欧世界で儒教に相当するのが、古代ギリシャ・ローマの哲学です。

 ソクラテスなど古代ギリシャの哲学は、当時の市民の精神の理想を明確に描いたの物です。
 そしてソクラテス自身がそうした理想の市民を体現していました。
 
 そのソクラテス自身も競技場へ通いスポーツを楽しむ人でした。 だから無類に頑健な肉体を持つ人でした。 
 それで市民の義務として兵役に就けば、最高の重装歩兵として活躍したのです。

 ギリシャ人の理想の市民がこのように体育会系だったという事は、民主主義は体育会系の人間により作られて、そういう人間が多数を占めるという事を前提に成り立つ制度だと考えるしかないのです。

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 ワタシは体育ダメ子なので、これはホントに哀しいです。 
 ワタシは民主主義大好きなのに・・・・・。

 しかしそれより厄介なのは特亜です。

 だって民主主義が体育会系の人間による制度なら、特亜にとって民主主義を受け入れるのは、大変難しいと考えざるを得ないではありませんか?
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