「悪霊」は前々から是非読み返したいと思っていたのですが、しかしせっかく新調した老眼鏡でも長時間の読書など絶対無理だとわかったので、朗読を聞く事にしたのです。
しかし長いですね。 7時間5分です。
こんな長文の朗読なので、最初は数日かけて聞くつもりだったのですが、しかし読書と違って朗読だと、特に騒音が出るような作業でなければ、それをやりながら聞く事ができます。
それで前記のように家の中の片付け物を色々こなしながら、漫然と聞き続けてたら、結局一日で最初から最後まで聞いてしまいました。
ところで凄い長編なのに「悪霊」の殆んどの記述は、ストーリーと関係ない話に費やされています。
「悪霊」の主人公はステファン・トロフィーモビッチと呼ばれている、老知識人なのですが、しかし彼は実は殆ど何もしないのです。
彼は嘗てはロシアを代表する知識人としてもてはやされた事もあったのですが、しかし物語は彼がモスクワを離れて彼のパトロンである裕福な未亡人の元での生活を延々と描写していくのです。
因みにこの未亡人ヴァルヴァーラ夫人も副主人公ともいえるのですが、しかし彼と彼女の間には男女関係は一切ありません。 彼女は若い時代に憧れていた知識人である彼を、自分の息子の家庭教師として招きました。 そして息子が大学進学の為に家を出てからも、彼女は彼を支援し続けました。
それだけでなく彼の私生活にも何かと気にかけて、安逸な生活の為に彼が身を持ち崩さないように心がけていました。
で、彼はこのような恵まれた境涯で、毎日知識人らしく読書や思索に耽って暮らしてるのです。 尤も彼も常にこのような知識人のポーズを取り続けるのに飽きて、時々カルタや飲酒などで嵌めを外すのですが、しかし余り嵌めを外しそうになると未亡人が克を入れて、元の崇高な知識人のポーズに戻します。
カルタで作った借金も未亡人が払ってやります。
彼はこのように精神的にも経済的にも、完全に彼女に依存しているのです。
そしてロシア文学の知識人の常で、彼の周りには地域の知識人の自認する連中が群がっているのです。
そしてこれもまたロシア文学の知識人の常ですが、彼等は唯学問や芸術を楽しむのではなく、ロシア社会の改革についてそれぞれが意見や主義を持ち、また実に熱心に議論するのです。
ドストエフスキーは彼等の人格もまた一人一人克明に描いていきます。
その中でワタシが一番興味深いと思うのは、リプーチンと言う男です。 彼は小金持ちの小官吏ですが、金への執着が強く、遺産相続で親戚ともめたり、内密に高利貸しをやって金をため込んだり、多少不動産を増やしては悦に入っています。
彼はまた家庭内では妻や親族の女性達に横暴を極める暴君です。
しかし彼は社会主義者なのです。
そして近い将来革命が起きて、私有財産制度を廃止して、理想国家を作ると固く信じているのです。
自分が小金をため込んでいる町で、自分が猛烈に執着している不動産のある町で、近々社会主義主義革命が起こり、私有財産制が否定される事を信じ、日々切実にそれを希求する人間と言うのは、何とも不可解なモノですが、しかしワタシはこれは現実に存在すると思うのです。
と言うのは近所を散歩していて、随分洒落た素敵な家の庭に共産党の看板が出ている家が結構あるからです。
この家の住人は革命の到来を信じながら、家を買いローンを払い続けたのでしょう。
またシャートフと言う男がいます。 彼は農奴出身ですが、その向学心から大学に進み苦学を続け革命を目指し始めたのです。 彼は堅忍不抜と言うか、いかなる貧窮もモノともせずひたすら学問と革命に邁進しているのです。
これだけ書くと非常に立派な人間なのですが、非常に狭量で偏屈な男なので、自らチャンスを捨ている感もあります。
例の裕福な未亡人ヴァルヴァーラ夫人が、彼の貧窮を見かねて、彼の所に金を送った事もあるのですが、彼は結局この金を返しに来て、その時阻喪をして夫人の高価な家具を壊したりしているのですから。
しかし物語はこうした連中と主人公ステファン・トロフィーモビッチとの交際を延々と描き続けます。 その交際は至って牧歌的なモノで、結局彼等は時々集まって一緒に議論をして、酒を飲み、そしてカルタをするのです。
彼のパトロン、ヴァルヴァーラ夫人は一応コイツラと直接交際はしないのですが、しかし全部見知ってはいるし、人柄も見抜いているのです。
つまり物語の大半は、こういうロシアに知識階級の生活の描写に充てられています。
しかしそれがヴァルヴァーラ夫人の息子の出現と、更にステファン・トロフィーモビッチの息子の出現で急典型するのです。
ステファン・トロフィーモビッチは実は若い頃、結婚して息子ピョートルを設けました。 しかし妻は子を産んで間もなく死んでしまい、子供は妻の親族の女性が引き取って育て、子供教育費はヴァルヴァーラ夫人が出していたのです。
その息子が父の元に現れたのです。
一方、ヴァルヴァーラ夫人の息子ニコライは、大学を出た後、卓抜した美貌と才能で順調に成功したのですが、しかし突然意味不明の放蕩、放蕩と言うより悪行に耽り始め、長らく行方不明になっていたのですが、遂に故郷の母親の元に帰ってきたのです。
そして故郷でもその美貌と才能で人々を魅了するのですが、しかしまた奇怪な言動をはじめ、結局また外国へ行ってしまいます。
しかし実はこの二人、と言うよりステファン・トロフィーモビッチの息子ピョートルが実は、革命の為のテロを画策していたのです。 しかもそれにりプーチン始めステファン・トロフィーモビッチの日頃の仲間の大多数が加担していたのです。
それは非常にお粗末なモノでした。
彼は仲間達に「中央の組織から指令」なる物を通達し、それにより街に放火してテロ騒ぎを起こしました。
彼の計画では、このテロが皮切りになって、全ロシアで同様のテロのテロが起こるはずでした。
そして彼はこれに疑義を呈したシャートフを殺害しました。 リプーチンはピョートルに従ってシャートフの遺体を処分したのですが、しかしその処分のやり方がお粗末で、遺体は直ぐに発見されたのみか、彼等の犯行である事までがほどなくわかってしまうのです。
当然ですが彼等は直ぐに逮捕されました。
このようなお粗末な革命計画の中で彼はまたヴァルヴァーラ夫人の息子ニコライを革命の看板として利用する計画でした。
ニコライは格別な美貌だったので、彼を看板にすれば民衆を魅了できるだろうと踏んでいたのです。
ニコライはピョートルのこのような計画を知りながら、しかし彼等と離れる事もせず、看板役を拒否する事なく、けれども彼等を信じていたわけでもないのです。
物語はこのニコライの自殺で終わります。
ニコライは絹紐に厚く石鹸を塗り、絹紐を掛ける為の釘の補強まで用意すると言う周到で冷静な状態で首を吊りました。
それにしても何でピョートルはなぜあれほど無謀な愚かな革命計画を実行したのか?
それによりどんな理想郷を作ろうとしたのか?
そしてニコライの心にはどんな闇が潜んでいたのか?
物語から見る限り、ピョートルはひたすら現行の社会を変えたようとしていました。 現在の社会の価値観や社会の常識、そういう物を全て壊そうとしていました。
壊した後にできる社会よりも、壊す事を主目的にしていたのです。
ニコライの心の闇はわかりません。
しかしこの二人の父であり師であったのが、主人公ステファン・トロフィーモビッチなのです。
主人公ステファン・トロフィーモビッチは悪人ではないのです。 唯、知識階級として、ロシアの変革を夢見ていたのです。
その夢の果てに生まれたのが、この息子とそして教え子でした。
そして「悪霊」出版(1873年)から44年後1917年、本物の悪霊がロシアを襲い、ロシア社会は完全に破壊されました。
その間、ロシア社会の本質は殆ど変わらなかったようです。 ロシア革命が目前に迫る20世紀初頭のチェホフの小説でもシアの知識階級は、田舎の地主屋敷に集まってロシアの変革について議論を続けていました。
チェホフの家に集まる知識階級の中にゴーリーキーがいたので、チェホフの妹は辛うじて粛清を免れましたが、大変な貧窮に苦しみました。 チェホフは幸い革命直前に他界していました。
しかし他の知識階級はどうなったのでしょうか?
畢竟彼等が夢見た事は、社会の変革です。
それは現在の社会を破壊する事と同義ですから、それが実現したことに大満足するべきだったのです。
それにしてもワタシはやっぱりこの「悪霊」と言う小説は、左翼の本質その物を描いているのだと思うのです。 前記のようにこの小説の前半、と言っても朗読を聞いていれば4時間余り延々と、ステファン・トロフィーモビッチの日常生活の描写なのです。
でもドストエフスキーがそれに長大な時間を割いたのは、結局、ステファン・トロフィーモビッチの息子や教え子を駆り立てた悪霊は、実はステファン・トロフィーモビッチに憑りついていたモノだったからだと思うのです。