2018-06-16 13:15

人権派弁護士 丸子実業高校生自殺事件

 一昨日「モンスターマザー 長野・丸子実業「いじめ自殺事件」教師たちの戦い」を読みました。 
 これは以前、同じ著者の書いた「でっちあげ 福岡殺人教師事件の真相」についてエントリーをした時、コメントで教えていただいた本です。

 それで図書館に貸し出し請求をして、散々待たされて忘れていたのですが、ようやく届いたの読んだのです。

 これも前著と同様、学校でのトラブルに関する事件を扱ったドキュメンタリーですが、しかし事件の状況は全く違います。

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 2005年長野県立丸子実業高校の一年生の少年が高山裕太君が自殺しました。 すると母親は直ぐにこれは彼が所属していたバレー部でのいじめが原因と言い出しました。

 そし多くのマスコミがこの母親への取材を元に、学校側を非難する報道を始めました。
 
 ところが学校側はこの「いじめ」の存在を認めませんでした。
 
 母親の怒りは募り、息子の自殺について学校側、校長、担任、そしていじめたとされる2年生の少年の両親等に賠償請求を求める訴訟を起こしたのです。
 この告訴で弁護を務めたのが、人権派弁護士として有名だった高見澤昭治弁護士でした。

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 しかし事件は更に異様な方向に進みます。
 裁判が進む中でこの高見澤弁護士は、丸子実業校長を殺人罪で告訴したのです。

 いじめ自殺が事実なら酷いけれど、しかしなんでそれで校長が殺人罪?

 自殺した高山裕太君は、その5か月前から登校拒否をしていました。 そして母親はそれをバレー部内でのいじめが原因だとして、何度も学校側に抗議していました。
 そして彼がいじめにストレスで自殺もあり得る程の重度の鬱病になっているという精神科医の診断書を3度も提出しています。

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 一方学校側も彼の登校拒否を心配して、彼と話しをていたのですが、しかし学校側はいじめの存在と彼の鬱病には疑念を持っていました。

 そして校長や担任は高山君に「学校へ行こう」「このままだと出席日数が足りなくなって二年に進級できなくなるよ」と話していました。

 しかし鬱病の患者にこうしたプレッシャーを掛けてはいけない。 そしてこのプレッシャーこそが彼を自殺に追いやった。
 だからこうしたプレッシャーを掛けた校長による殺人である。

 と言うのが高見澤弁護士の理論でした。

 そしてそれを強力に援護したのが「週刊金曜日」と、鎌田慧です。 彼は「週刊金曜日」に学校側を猛烈に非難する記事を繰り返し掲載しました。

 実は鎌田慧と高見澤弁護士は友人で、鎌田は高見澤を援護する世論を煽ろうとしたのです。

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 一方賠償請求訴訟は、そのまま続いていたのですが、しかし幾ら母親と高見澤弁護士が「いじめによる自殺」を叫んでも、いじめの証拠は全く出てきませんでした。

 代わりにこの裁判を通して、母親の異常な言動が明らかになってきました。

 当時丸子実業のバレー部は担当教師の熱心な指導で、全国有数の強豪校でした。 しかし暴力的な指導も強権的な指導もなく、部員達はのびのびとバレーを楽しんでいたのです。

 一方自殺した高山裕太君は、格別優秀な選手ではないけれど、真面目な優しい性格で、仲間の一年生からもまた上級生達からも愛されていました。
 学業成績も一学期は随分と優秀で、教師達から見れば、母子家庭で遠距離通学をしながら、部活も勉強も一生懸命やる申し分のない生徒でした。

 ところがある時高山裕太君が、ちょっとした家出をした事から、教師達母親の異常さに気づき始めました。

 息子が家出をすれば親が心配するのは当然ですが、しかし母親はそれで怒り狂いその怒りを教師達にぶつけるのです。

 それでも最初に家出騒動は、母親が騒ぎだしてから数時間後に高山君を発見して、無事終わりました。

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 しかしまた高山君は家出をしました。
 そして高山君は5日後に東京で保護されたのですが、その間教師達や高山君の友人達は高山君の母親から大変な目に遭わされました。

 彼女は息子が家出したのは、学校側の責任であると言い、ひたすら謝罪を求めました。
 
 そして一方的に命令して、息子を探させたのです。 しかもその間にも繰り返し教師達を罵倒し続けました。

 高山君が家出してから、彼等だって殆ど寝ずに探し続けているいたのですが、そういう事に感謝の言葉は全くないのです。

 それでも高山君が無事東京で保護された時は一同胸をなでおろしたのです。
 教師達も友人達も心から彼を愛していたのです。

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 しかしその後間もなく彼は学校に行かなくなりました。 
 
 するとすぐにまた母親は学校に対して猛烈な抗議と非難を開始しました。

 息子が登校拒否をしてるのは、バレー部内でいじめがあるからだと言うのです。
 そして校長、担任、バレー部長に対して執拗に謝罪を要求しました。

 それかりか高山君のバレー部の友人達や先輩の家にも、やはり猛烈な非難と抗議の電話やFAXを繰り返したのです。

 彼女の非難と抗議は実にすざましく、この非難と抗議を受けた人達の中から、ストレスから病気になる人が続出しました。 担任に至っては糖尿病を悪化させて一か月入院しました。

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 またこのころから高山君の友人達に、高山君の携帯電話から高山君を名乗るメールが届きました。
 友人達は最初は久しぶりの高山君からの連絡を喜んだのですが、しかしすぐにこのメールに違和感を持つようなりました。

 高山君の携帯からのメールは、しきりに自分がいじめられて非常に傷ついている事への同意を求めるのですが、しかし彼等には高山君がそんないじめを受けていたという記憶はないのです。

 これは高山君自身からメールではない。
 明らかに高山君の母親が高山君を装って送ってくるのではないのか?

 彼等はそう思うようになったのです。

 母親は高山君を装って、高山君の友達にメールを送り、それで息子がバレー部でいじめられているという証拠をつかみたい、或いはいじめられている事にしたいようでした。

 そこで友人達はもうこの高山君の携帯からのメールには、返事をしなくなります。

 事実彼女は後に高山君が自殺した直後、詰めかけた報道陣にこのメールのやり取りを印字した分厚い書類を示して息子がいじめられた事を示すやり取りだと言ったのです。

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 裁判が本格化してから被告等もこの高山君の母親について、色々と調べました。

 そこで分かったのですが、この母親は文字通りのモンスターでした。

 彼女は最初の結婚で高山君と弟を生み、その後離婚して別な男性と結婚したのですが、その男性とも直ぐ離婚しています。

 彼はこの離婚裁判で、妻の暴言、暴力、虚言にいかに苦しんだかを訴え、完全に勝訴していました。 そして裁判官は妻が夫に600万円の慰謝料を支払うように命じたのですが、しかし彼女はこの支払いを拒否したままでした。

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 それ以外にも彼女に関わった人間は皆酷い目に遭っているのです。
 また彼女が自殺した裕太君を子供の時から虐待やネグレクトしていた疑いも出てきました。

 彼女は一見、優しく善良に見えるのですが、だから二度目の夫も結婚する気になったわけですが、しかし一旦自分の思い通りにならない事が起きると、たちまち狂乱して、暴言、暴力を繰り返し止まらなくなるのです。

 そして自分が被害者であるとして、相手に謝罪と賠償を求めるのです。 その為ならどんな嘘でも平気で吐くし、またその嘘を他人に信じさせる為なら、どんな労力も厭わず、様々な演出や工作を行うのです。

 だから彼女に関わって酷い目に遭い、健康を害した人は過去にも何人もいたのです。

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 しかし高見澤弁護士も、またその友人の鎌田慧もこうした現実は、そもそも最初から全く調べていなかったようです。

 彼は報道で高山君の自殺を知った時から、母親に感情移入していたのでしょう。

 そして完全に彼女のペースに乗せられたのでしょう。

 その意味では彼も彼女に嵌められた犠牲者の一人と言っていいのかもしれません。

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 そして彼は母親の話だけを聞き、また自分達の脳内での強豪運動部のイメージからストーリーを作りました。

 それは強豪バレー部だからしごきや暴力的指導が行われ、そのストレスで部員たちが仲間のいじめに走り、校長以下教師達は学校経営の為に、組織的にバレー部の闇を隠蔽しているという物でした。

 そこで鎌田慧がそのストーリーをそのまま「週刊金曜日」に掲載し、そして今度はそれが高見澤弁護士や鎌田自身にとっての真実となったのです。

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 その結果、学校側やバレー部員たちがいじめの存在を否定すれば、それは高見澤弁護士にとって、学校側とバレー部員による組織的で悪質ないじめの隠蔽となりました。

 またバレー部員の両親達が、高山君の母親の異常行動に苦しめられたという証言をすれば、これは学校や部員ばかりではなく、関係者全てが犠牲者をボイコットするという許しがたい行為と考えたのです。

 こんな事は絶対に許してはならない!!

 この思いが彼をして校長を殺人罪で告訴するという行動に追い込んだのでしょう。

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 なるほど私立の高校や大学では、スポーツでの名声も学校経営には重要でしょう。 だからこうした推理だってできなくはありません。

 しかし丸子実業高校は長野県立であり、スポーツでの名声は学校の経営にも、また教師やバレー部長の待遇にも何の意味もないのです。

 高見澤弁護士や鎌田慧の脳内では、この単純明快な事実さへ消えていたのです。

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 それにしてもお粗末ではありませんか?

 幾ら高山君の母親に同情としたとしても、人を殺人罪で告訴するというのがどういうことか?弁護士ならわかっているでしょう?

 人権は母親だけでなく、校長に担任にもあるのです。 殺人罪での告訴と言うのはその人権を大きく脅かすのですから、「人権派」を名乗るなら、それを真剣に考えるべきでした。

 ところが彼は人権派弁護士であるからこそ、母親の人権以外の人権には全く目が行かず、校長やその他の被告達の人権を完璧に蹂躙することをやってしまったのです。

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 そして裁判の結果は完璧な原告敗訴でした。
 裁判官は高山君の母親の訴えをすべて否定したのです。
 
 一方この件で告訴された被告達(学校側、バレー部員等)は揃って、原告(高山裕太君の母親)を名誉棄損で告訴しました。

 高山裕太君自殺以降、彼等は鎌田慧のようなジャーナリストの扇動に乗った人々の為に、「人殺し」と罵られて散々に苦しみ続けました。

 バレー部には全く関係のない丸子実業の生徒達も、丸子実業の生徒と言うだけでバイト先や就職の面接で「あの人殺しの高校?」など言われて、仕事を喪うようなことまであったのです。

 だからただ損害賠償請求を退けだけで済ませるわけには行かなかったのです。

 そしてここでも高山君の母親と高見澤弁護士は完全に敗訴しました。

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 しかしこれまで散々苦しめれた被告達は、これで許しませんでした。 被告達は揃って、高見澤弁護士の所属する東京弁護士会に懲戒請求をしたのです。

 この懲戒請求の審査の過程でわかるのですが、高見澤弁護士はここまでやっておきながら、被告等が出してきた証拠等を殆どマトモに見ていなかったのです。 文字通り高山君の母親の話と自分のストーリーだけで頭が一杯だったのです。

 因みに高見澤弁護士は元来東京在住なので東京弁護士会に所属していたのです。

 その彼がワザワザこの長野県での事件で原告の弁護士になったのは、「いじめを隠蔽する学校と戦う母親」を助けたいという正義感からです。

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 前記の通り、この母親は一見優しく善良そうに見える人間なので、彼女の嘘に騙された人は、高見澤弁護士だけではありません。 彼女と結婚した男性達(実はこの裁判の後もまた彼女は再婚しているのですが)も全員酷い目に遭っています。

 その意味では高見澤弁護士も被害者なのです。

 しかし恋愛ならともかく、弁護士の仕事を考えれば、自分がかかわる訴訟での相手側の証言や証拠をちゃんと調べる事もなく、ひたすら自分のストーリーだけで走り続けるというのは大問題でしょう?

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 そして東京弁護士会はこの懲戒請求を認め、彼を懲戒したのです。

 高見澤昭治弁護士(東京)の懲戒請求の要旨

 人権派弁護士の大集団ともいえる東京弁護士会でも、この典型的な人権派弁護士を懲戒せざるを得なかったのは、これが全く政治性のない事件で、高見澤弁護士の殺人罪告訴の犠牲者が、一介の校長先生だったからでしょう。

 しかしこの事件での高見澤弁護士の行動を見ば、モリカケや財務省福田次官のセクハラに対する自称人権派弁護士達の対応も、また北朝鮮を必死に擁護するのも少しはわかる気がします。

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 哀しいけれど法学の知識は彼等の現実認識能力の向上には全く役に立たなかったのです。

 そして彼等は現実よりも、脳内に描く正義のストーリーで動いているのです。
 
 そのストーリーは実に短絡的なステレオタイプの勧善懲悪の物語です。 彼等はそこで正義の味方を演じたいのです。

 考えてみれば信じがたく幼稚な話ですが、しかしそれが彼等の能力の限界なのです。 これでは現実に即して自分の考えを変えるなどといことはできないのです。 
 
 ひたすら自分の脳内の正義の為に走り続ける。
 
 しかしこれは考えてみれば、あの高山裕太君の母親と全く同類ではありませんか?
 人権派弁護士高見澤昭治が、あの母親に共感し暴走するのは、当然ではありませんか?


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2018-05-24 13:40

増税原理主義と科挙秀才

 先日、高橋洋一の「官僚とマスコミは嘘ばかり」と読みました。
 内容の多くはこれまで高橋洋一自身が書いてきた記事や、出演番組で言ってきた事と被ります。

 しかしこの本では「官僚とマスコミは嘘ばかり」とのタイトル通りに、官僚がいかにマスコミを利用して情報操作を行うかを、高橋洋一自身の体験を交えて克明に描いています。

 これを見る限り日本のマスコミの言う「権力を監視する」など言うのは、全く虚偽である事がわかります。
 
 「権力を監視する」というのは嘘であるどころか、官僚の指示に従ってプロパガンダを行う機関とさえいえるのではないでしょうか?

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 日本は民主主義国家で議会制民主主義ですから、内閣は国民の意思によって選ばれます。 そしてその内閣は選挙で公約した政策を実行しなければなりません。
 各省庁に所属する官僚は、総理大臣が任命した大臣に従って、この公約の実現に努力するべきなのです。

 しかし現実には官僚達は官僚達の意思があり、また彼等が代々確保してきた利権がありますから、素直に内閣の命令などには従わないのです。

 それどころか自分達の不都合な内閣はつぶそうとするのです。

 その為に彼等が利用するのが、マスコミであり、更に大学など所謂「反権力」「権力を監視をする」という人達なのです。

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 やり方はシンプルです。
 自分達が職権で得ている情報で、内閣に不都合な物をマスコミにリークするのです。
 
 するとマスコミは官僚から与えられた情報を「大スクープ」として大騒ぎをはじめ、倒閣世論を作るのです。

 官僚も内閣も権力であることには変わりないのに、何で「権力を監視する人々」が官僚には従ってしまうのか?

 だって徴税権や許認可権などを直接握っているのは、官僚であって内閣ではないのです。 

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 因みにモリカケ騒動でマスコミが安倍総理を叩いているのは、「官僚が安倍総理に忖度した」ことです。 忖度することさへ大問題として丸一年以上騒ぐぐらいですから、個別案件に政治家が口を出すなんて不可能なのです。

 だからマスコミは官僚に従って内閣を叩くのです。

 一般国民は新聞やテレビ以外に情報源のないので、反権力を標榜する人々が権力の悪を糾弾しているのだと信じてしまいます。

 すると国民から選ばれた内閣が、国民から選ばれたわけでもない官僚によって倒されて、官の意思や利権が国家の運命を決める事なります。

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 何のことはない、これでは反民主主義、官僚制その物です。
 しかしこの反民主主義官僚制を生んでいるが、官僚とマスコミの連携です。

 高橋洋一によるとこうした官僚の内でも最も強力なのが財務官僚だそうです。 なぜなら財務省は予算を握る事から、全ての省庁の情報を握っています。
 そしてどの官庁の予算は欲しいので財務省には逆らいにくいのです。

 また徴税権握り、税務査察を行う権限を持つ事から、税金に関して欠片でも怪しい事をやっている人間は、財務省には逆らえません。
 
 脱税がばれたら、政治家は即落選です。
 新聞社やテレビ局だって大変でしょう?
 所謂言論人だって同じです。

 財務省はこの20年余、このようにして得た権力を駆使して、増税と緊縮財政の維持に邁進し続けたのです。

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 なるほどどんな組織でも、財布を握る人間、金庫番がある程度の権力を持つのは当然でしょう。
 そして金庫番とすれば、金庫の中の金を減らさないように努力するのは当然です。

 しかし金庫の金を減らさない事が、組織の最大の目的となると、組織そのものの活動が萎縮し衰亡するしかありません。

 だから健全な組織ではそんなことにならないのです。 金庫番は金庫の金が無駄遣いされないように見張るけれど、上司に命令されたら必要な金は出すのです。 金庫の金を見張るのも、必要な時に必要な金が出せるようにするためです。

 ところが日本、この金庫番が金庫の金を増やすために、社長をクビにする事を繰り返してきたのです。

 そしてマスコミはそれを「権力を監視する」「反権力」と呼んでいたのですから、何とも滑稽な話です。

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 それにしても、何で財務省はここまでやるのか? 
 できるのか?

 徴税権から税務査察権や、職権を通して得らる情報など、財務省が潜在的に持つ力は大きいのですが、しかし持てる権力をどこまで生かすかは、その権力を持つ者の能力次第です。

 ところが財務省の官僚達はこの能力が抜きんでているのです。

 財務省の官僚の殆どは大学受験の最高峰東大法学部卒です。 その法学部卒の中でも特に優秀な人達が財務官僚になるのです。

 だから頭が良くて、しかも勤勉であることにおいては、全ての日本人の中でも最高レベルの人達なのです。

 そういう人達なので、自身の権力を保持し拡大し、更にそれ使って目的を遂行するのには、有効な手段を幾らでも思いつくし、またいかなる労も惜しまないのです。

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 但し法学部卒なので、経済学には知識はありません。 
 そこで彼等が目指す唯一の政策は、財政規律の維持だけになります。 

 また彼等は所詮役人でなので、自分の権限の範囲だけが関心事のすべてですから、常にこれを最優先にして行動します。
 
 そこで彼等はまさに倹約家の専業主婦と同じレベルで、国家財政を管理することに熱中するのです。

 怖いのはこの倹約家専業主婦が大秀才であることです。 そしてこの専業主婦はあまり家族を愛していません。

 だから彼等は食費も教育費も家の補修費も削り、ありとあらゆる手段を尽くして倹約し続けるのです。

 つまりマスコミの情報をリークして増税に不都合な政治家を潰すとか、財務査察をチラつかせて、政治家や言論人を操るとか、一流大学の経済学部を全部増税派に都合のよう経済学者で固めるとか、できる事は何でもやるのです。

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 しかも彼等はこれを何十年も組織を挙げて営々と続ける事ができます。 何しろ彼等は終身雇用で、しかも権力維持のノウハウを代々伝授し続けるですから。

 一方、国民の代表である国会議員は、衆議院議員は任期が4年で解散あり、参議院議員は6年です。 
 そして内閣はこの国会により選ばれます。
 
 これだと憲法で内閣の権力が保障されても、内閣が簡単に官僚を従わせるわけにはいかないのです。
 
 だってこんなに限られた期限内で官庁内の膨大な実務に精通するのは難しいし、一方官僚がつむじを曲げて実務が滞れば、たちまち国政が混乱します。

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 更に言えば、経済が悪化して状況が悪くなればなるほど、内閣は弱体化します。 だから益々官僚の力が強くなります。

 これだと財務省が、緊縮財政と増税に邁進すればするほど、財務官僚の権力は増大するのだから、絶対に緊縮を辞めるにはならないでしょう。

 いや、もうため息しか出ません。

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 そしてこの財務省の権力と、そしてその結果の経済学的を無視しての緊縮財政推進を見ていて、前々から疑問が一つ解けました。

 前々からの疑問。

 それは「科挙制度を持つ中国はなぜ発展しなかったか?」です。

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 中国は隋の時代から学力試験による官僚採用制度、科挙を始めました。

 これは人類史上画期的な話で、ヨーロッパが官僚の採用に学力を問い始めたのは19世紀半ば以降です。

 科挙は皇帝が行う官僚採用試験で、中国人の男性でありさへすれば身分や出自を全く問われる事なく受験できました。

 そして合格すれば直ぐに高級官僚となり、強大な権力を得る事ができました。 

 しかも極めて厳正な試験で、あの賄賂文化の中国でも、こればりは賄賂も全く通用しないし、また親族に高級官僚や有力者がいるからと言って有利になる事もなかったのです。

 その意味でも申し分なく公正な制度なのです。

 だから科挙制度を知ったヴォルテールは言いました。
 「東方の理想社会では、知識があればる程金持ちになれる。」と・・・・・。

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 その為でしょう、その後の中国王朝は延々とこの制度を引き継ぎます。 また中国だけでなく、朝鮮やベトナムなど中華文明圏でも行われるようになります。

 因みにホー・チ・ミンの父親はベトナムの科挙の秀才(秀才というのは元来科挙合格者を指す言葉でした)でした。 そこで息子のホー・チ・ミンも科挙を目指す教育を受けたのでしょう、彼の漢詩・漢文は超一流です。

 彼の漢詩・漢文を見れば、科挙の秀才なる人々がどんな人々だっかを想像できます。

 ところがこの素晴らしい制度の下で、中国もまた科挙制度を取り入れた中華文明圏諸国の社会も、延々と停滞し続ける事になるのです。

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 中国政府は中国が衰退したのは、アヘン戦争以降、列強の侵略を受けたからで、それまでの中国は世界で最も豊かで優れた文明国であったと宣伝しています。 そしてまた欧米でも日本でもそのように信じている人が少なくありません。

 しかし現実に中国の国民一人当たりのGDPを調べてみると、14~15世紀にはヨーロッパ諸国に抜かれているのです。 
 つまりアヘン戦争の起きた近代ではなく、中世末期或いは近世初頭には、既にヨーロッパ文明が中国に優越しているのです。

 そして国家統治のシステムは隋と全く変わらないままでしした。

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 これは誰が考えても非常に不可解なことでした。
 
 世界で初めて全ての国民から能力だけで官僚を採用するという素晴らしい制度を始めたのだから、他の国々をはるかに凌ぐ優れた統治をおこない、ますます発展するはずではないのか?

 しかし高橋洋一の著書を読み、東大法学部卒の財務官僚という現代日本の科挙の秀才のやる事を見ていたら、中国の科挙の秀才達が中国社会を停滞させた理由もわかります。

 日本の財務官僚は法学、しかもカルトと言われて久しい日本の憲法学を含む東大の法学だけしか学んでいないのです。
 だから簿記も知らないまま、国家の財政を運営しているのです。

 その為にひたすら緊縮財政だけに執着しているのです。
 
 そしてそれにより自らの権力を維持拡大することだけに執心しているのです。

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 では中国の科挙の秀才達はどうでしょうか?
 科挙の秀才の受験科目は、儒教中心にして詩文と漢文でした。 

 儒教的価値観では古代に存在したと言われる三皇五帝の統治が理想でした。
 これは要するに一人の君主が、その卓抜した人徳により全ての人民を支配するという社会です。
 
 これなら儒教試験で最高成績を挙げた人々が、目指すのが封建諸侯が割拠する封建社会だったり、まして民主社会であるはずもないのです。

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 そしてまた儒教では経済発展には極めて否定的だし、国防にもそれほどの関心はありません。
 なによりも皇帝の徳と慈悲により国家が安定する事を重視します。
 
 そしてそれはまた皇帝の官僚である官僚自身の地位と権力の安定と直結します。

 しかし科挙の秀才は皇帝と違い、所詮は役人なのです。
 だかから国家に対して全責任を負うという意識はありません。 その為、国家よりも自身の保身や利権を優先させてしまいます。

 これでは彼等が経済発展や社会の進化を望むはずはありません。 それどころか経済の発展や社会の進歩は、社会変革を生み、自分達の権力基盤を弱体化させますから、全力で阻止するのです。

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 そして恐ろしい事に、こういう事にかけて彼等は極めて勤勉で有能だったのです。 だって大変な難関試験を自身の頭脳と努力だけで突破してきた人々なのですから、努力家であり頭が良い事にかけては、中国最高の人々なのです。

 国中で最高に頭がよく、しかも勤勉で努力家の人々が、強大な権力を持ち、団結してその権力を利権を守ろうとするのでは、金城鉄壁ではありませんか?
 
 このような人々が一致団結して国家の経済発展や社会の進歩を阻害するのですから、経済や社会が進歩発展するわけもないのです。

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 勿論権力を保持している人々が、自身の権力保持の為に社会の進歩や経済の発展を阻害するのは、世界中どこでも同じでしょう。

 しかし西欧や日本で権力を握っていた貴族や大名は、ただ世襲でその権力を得ただけの人々なので、そんなに頭がいいわけではありません。 そして権力を得る為に苦労するとか、努力するという発想さへないのです。

 これでは科挙秀才達に適うわけもないのです。 
 科挙の秀才に可能なことも、彼等には不可能だったのです。

 そしてそれが結局これらの国々を発展させたのです。

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 しかし日本は明治以降、また欧米諸国でもフランス革命以降辺りから、学力による官僚採用を始めました。

 民主主義により身分制度を廃止すれば、官僚を採用するには、能力試験を課すしかありません。
 しかし仕事をした経験のない若者に能力試験を課すとなれば、結局学力試験になるしかないのです。

 皮肉なことに科挙がなかった事により民主主義体制を作る事の出来た国々が、皆民主主義により科挙を採用することになってしまったのです。

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 その結果、日本ではそれが財務省の緊縮原理主義となって、日本経済の発展を阻止することなっています。
 これは大変恐ろしい事です。

 日本はこの科挙の弊害を克服する方法を考え実行しない限り、日本は衰亡に向かうではないでしょうか?
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2018-05-22 19:34

ローマ人は人間ができてる ギリシャとローマ

 燻製にしんさんが古代ギリシャとローマに関してエントリーしていらっしゃいました。

 ローマはなぜ帝国をつくり、なぜ滅んだのか

 古代ギリシャとローマを比べると、ギリシャの方が圧倒的先進地域でした。 学問も芸術も民主制も現代の西欧分かの基礎となるものは全てギリシャで生まれました。
 
 そればかりかオリンピックや音楽祭、演劇祭と言ったイベントと、ギリシャが起源です。

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 ところがギリシャはペロポネソス戦争の終戦後も、混乱を続け、アレキサンドロス大王の帝国も王の死後間もなく崩壊し、結局ローマの軍門に下りました。

 そしてその後、ギリシャ人達は「自分達はギリシャ人である」というアイデンティティさへ喪います。

 ローマ帝国分裂で生まれた東ローマ帝国は、実は完全のギリシャ人の国家であったにもかかわらず、皇帝も市民も皆「自分達はローマ人」と認識していたのです。

 ギリシャ人が「自分達はギリシャ人」と思うようになるのは、何と18世紀末のオスマントルコ帝国から独立後、それもバイロン卿のようなイギリス人に焚きつけられて事です。

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 一体何でギリシャ人がこんな為体になったのか?

 何で後進国ローマは大帝国を築くことができたのに、ギリシャはその軍門に下ったのか?

 だってローマ人の方が遥かに人間ができてるもの!!

 そりゃギリシャ人は知性や創造性では、ローマ人なんかより遥かに上だけれど、とにかく自己中で、無責任で感情的だもの。 

 こんな奴らが民主制で権力を我が物としたら、自分達の得た権利の確保しか眼中になくなるから、余程有能な指導者が出ない限り、政局は混乱状態になるのは当然だわさ。

 それに比べたら、ローマ人は人間が違う。
 彼等はいかに苦しい時でも、自分の感情で政治判断はしないもの。

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 典型的なのは第二次ポエニ戦争でのカンナエの戦いでの惨敗後の対応です。

 第二次ポエニ戦争ではカルタゴの将軍ハンニバルがアルプスを越えて、イタリア半島に侵攻しました。 当時のローマにはこの希代の名将に勝てるような将軍はいませんでした。

 しかし自国領に攻め込んだ敵とは戦わないわけには行きません。 ローマ軍は敗戦に敗戦を重ね、ハンニバルの軍隊は好き放題イタリア半島を荒らしまわりました。

 こうした中、ローマの執政官でローマ軍の指揮官だったファビウスは情けない決断をします。

 「自分達にはハンニバルに勝つ能力はない。 だからとにかくハンニバルに負けないようにするしかない。」

 ファビウスはハンニバル軍との決戦を避けながら、しかしハンニバル軍を追走し、彼等が食料その他の物資を得らえないように邪魔をするという消極戦法を取ったのです。

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 しかしこれはローマ人にとっては耐え難い苦痛を伴いました。 
 ローマ人は元来農耕民で、ローマ市民と言われる人達の多くは小規模自作農なのです。 

 農地は戦乱になっても隠すことも避難させることもできません。 これは自分達の大切な農地をハンニバル軍が荒らすがままにするという作戦なのです。

 ローマ人は元来、愛国心も公徳心も非常に強く、また忍耐力のある人々でした。 しかしそれだって限界があります。

 そして人々はファビウスを「ぐず」「のろま」と罵り始めました。

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 こうした中では当然のこととて「ハンニバルに決戦を挑み、一発で倒すべきだ。」という声が上がり始めました。

 そしてこれを扇動したのが、ヴァロという男です。 
 彼は平民出身で、百人隊長に選ばれたこともなかったようですから、軍事の実績も全くなかったのですが、しかし敗戦に次ぐ敗戦で絶望したローマ市民は彼の扇動に乗りました。

 そしてファビウスの執政官としての任期が切れると、このヴァロともう一人貴族出身の決戦派を執政官に選んでしまいました。

 こうして執政官としてローマ軍を率いる事になった二人は、8万人の軍勢を率いてハンニバルに挑んだのです。
 
 結果は歴史的惨敗でした。



 カンナエの戦いは、今も世界中の士官学校で教えられいると言います。
 取るべき作戦を取った優れた指揮官の例としてハンニバルが。
 取ってはいけない作戦を取った取った最低の指揮官の例としてヴァロが。

 結果はハンニバル軍の死傷者5700に対して、ローマ軍の死傷者6万人、捕虜1万人。 

 無事の戦場を逃れたのはローマ軍8万の内たったの1万人でした。

 そしてヴァロはこの一万人と一緒に生きて戦場を逃れたのです。

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 この惨敗に衝撃を受けたローマ市民は、直ぐにこの手の積極戦法を諦めます。 そして再度ファビウスを復職させて、彼の消極戦法を続ける決断をしたのです。

 ではヴァロは?

 この責任を取って処刑?

 イヤ、ヴァロは執政官の地位は失いましたが、それ以上の責任を問われる事はありませんでした。 それどころかその後もローマ政権内で活動し続けました。

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 一方ファビウスは地道に消極戦法を続けて、ハンニバルを追い続けました。

 そしてこの戦法でローマ軍が頑張り続けると、名将に率いられた軍隊も次第に弱っていきました。
 
 だって敵地で全く補給もないまま何年も戦い続けるのですから、結局ジリ貧になっていくしかないのです。

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 ハンニバルの戦略は元来、ハンニバル軍がイタリア半島を荒らしまわり、ローマ軍が敗戦を重ねる事で、イタリア半島内のローマの同盟国や属領をローマから離反させることでした。

 そしてこれらがハンニバル側に寝返れば本国からの補給がなくても、ローマと戦い続ける事ができ、最後にはローマを倒せるでしょう。 

 しかしローマの同盟国も属領も、どんなにローマが惨敗を続けても、ローマから離反することはありませんでした。

 そしてついにハンニバル側は矢尽き刀折れて、イタリア半島を逃れるのです。 
 このハンニバルの止めを刺したのがスキピオ・アフリカヌスです。

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 それにしてもカンナエ惨敗後のローマ人は凄い!!

 これに比べたらギリシャ人はホントにダメ!!

 ローマ人だって忍耐力に限界がありますから、敗戦が続いて追い込まれると、ついヴァロのような男の扇動にのってファビウスを解任し、ヴァロに軍隊の指揮権を与えたのです。

 この辺りまではギリシャ人とそう変わりません。 ペロポネソス戦争時のアテネでも、戦況が悪くなると、乾坤一擲の大勝負を扇動する人間が必ず出てきました。

 それどころか休戦や終戦のチャンスが出てきても「こんなんで終戦するんだったら、今までの苦労は何のためだ?」と煽り、そのチャンスを潰す奴も必ず出ました。

 そしてアテネ市民は常にそれに乗せられたのです。

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 しかしこうして主戦派を指揮官にして戦っても、負ければ市民たちはたちまち怒り狂い、そいつを処刑したのです。

 いや、いかなる理由があろうとも、アテネ市民は敗軍の将を許さないのです。
 これは以前エントリーした「民主主義の暗黒面」でも紹介しましたが、アテネ市民があのマラトンの戦いの英雄三ルティアデスさへも、わずかの被害で終わった作戦の失敗を許しませんでした。

 だれであろうと、どのような理由であろうとも、敗戦した指揮官は絶対に許さないのです。 

 だからアテネの指導者は一度戦争で失敗すれば終わりです。

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 でもやっぱり敗戦の責任はとるべきだろう?
 指導者が厳しく責任を問われるというのは良い事では?

 なるほどね。
 確かに指揮官には敗戦の責任があります。

 でもその指揮官を選んだの誰?
 その指揮官の任命責任者は責任を取るのかい?

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 古代ギリシャでも、また共和制時代のローマでも、戦争指揮官は市民が民会で選びました。
 市民が皆で広場に集まって、そこで候補者達が演説をして、それを聞いた後に多数決で指揮官を選んだのです。

 だから任命責任者は市民自身なのです。

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 ローマ人はこの自分達の任命責任を自覚し、重く受け止める人達でした。
 だからヴァロを指揮官にして同胞を大量に戦死させた責任を、ヴァロ一人に問わなかったのです。
 そのような人々だから、ファビウスを解任した過ちも認めて、彼を再任させることができたのです。

 一方ギリシャ人は指揮官の責任は非常に厳しく問いましたが、そういう指揮官を選んだ自分達の責任を顧みる事はありませんでした。

 だから戦争に負けたら、戦況が悪化すれば、それは常に指揮官の責任なのです。 だから簡単にそいつを処刑して、次を選ぶのです。

 当然ですが、こんなことを続けていれば、戦争が続けば指揮官になる人材は減るばかりです。
 そしてファビウスのような作戦は最初からとる事ができません。

 しかし最大の問題はこのように敗因をすべて指揮官一人に押し付けてしまえば、自分達の抱える本当の問題について反省し、それを改める事が出来ない事です。

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 ギリシャ人とローマ人の違いは他にもいろいろとあるのですが、ともかく国家や社会への責任感、誠意、愛国心と言った問題では、ローマ人圧勝なのです。

 ワタシは塩野七生さんの「ローマ人の物語」を最初から最後まで楽しんで読んだけれど、その中で常に驚嘆するのは、今から二千年も前なのに、古代の話なのに、常に極めて明確な国家意識とその国家への強い責任感を持つ人たちが出てくることです。

 それはユリウス・カエサルとかハドリアヌス帝のような歴史的名君や英雄に限りません。 
 いや、こうした天才や卓抜した指導者だけを比べれば、ギリシャだって負けないのです。

 しかしローマ人について驚嘆するのは、英雄でも天才でもないむしろ才能にも知性にも恵まれない至って凡庸な人々でも、国家への責任感や誠意では、こうした英雄や天才に負けない事です。

 例えばワタシが同病相哀れむクラウディウス帝などその典型でしょう。 

 ハンニバルが侵攻してイタリア半島内で暴れまわっても、最後までローマの同盟国や属領が離反しなかったのは、実はローマ人のこうした誠実さ故なのです。

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 これに比べるとギリシャ人はホントにダメです。

 学問や芸術ではローマ人が足元に及ばない程の才能を見せるし、知性や創造力でも圧倒しているのに、イザとなるとただもう自分が可愛い。

 だから常に自分が第一でどのポリスでもポリス内での権力闘争が絶えません。
 
 そして権力闘争に負けてポリスから追放される、或いは逃亡すると、皆必ずと言ってよいほど敵国に亡命し、そして自分自身の復讐の為に敵の力を借りるのです。

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 ローマ人だって権力闘争はしないわけじゃないし、時に内戦になったけれど、それでも絶対に敵国をその内戦に引き込むようなことはしないし、またローマ人はそういう事をする人間は絶対に許しません。

 こうしたことを一つ一つ比べるときりがないのですが、しかし国家を作り守る事に関わる特性は、どれ一つとってもローマ人が圧勝と言わざるを得ないのです。

 だからギリシャの諸都市が全てローマの軍門に下ったのも当然だと思います。

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 しかしなんでこうなのか?

 勿論これにはいろいろな説があります。

 でもワタシはこれはローマ人が農民で、ギリシャ人は商人だからだと思っています。
 
 近代以前の共和制国家は、実は皆商業国家です。
 裕福な商人たちが自分達の富を、封建領主に奪われない為に、国を作り自分達で自治をするのです。

 ところがローマだけは例外で、農業国だったのです。 そして市民の多くは小規模自作農でした。

 だからローマ人のやる事なすこと、なにやら野暮臭い百姓丸出しみたいなところがあるのですが、しかし現実に即して誠実に生きるとそういう事になるのではないかと思います。
 
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2018-05-10 12:25

「恐れもなく、夢もなく」 リアリストは嫌われる

 先日「理想主義は諸悪の根源」というエントリーをしました。 
 しかし考えてみると世の中の人は理想主義が好きでリアリストは嫌いですよね?

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 盛期ルネサンスのイタリアにイザベラ・デステという女性がいました。 彼女のモットーは「恐れもなく、夢もなく」でした。

 彼女はイタリアの中部にあるフェラーラという小国の領主の娘として生まれました。 そして政略結婚により、イタリア北部の小国マントヴァの領主フランチェスコ・ゴンザーガに嫁ぎました。

 夫フランチェスコ・ゴンザーガはそこそこ有能で、美男ではないけれど、男らしいくていい奴でした。 

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 しかしこの夫婦が生きた時代は、マキャベリの親友グィッチャルディーニが「悲惨な年代の始まり」といった時代です。

 つまりイタリアが小国分裂状態で、その小国同士が競り合ってもめている間に、フランスやスペインや神聖ローマ帝国といった国々は統一国家作り上げてしました。 

 こうしてできた大国は一人の王が、イタリア人の想像を超える大軍を動かす事ができるです。
 そういう大国がアルプスの向こうに次々とできしまったのです。

 そして彼等はその強大な軍事力の矛先を、イタリアに向けたのです。

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 イタリアの小国は経済力では、こうした国々を圧倒していたのですが、しかし前記のような小国分裂状態ですから、こうした大国に軍事的に対応できる国は全くないのです。

 その為イタリアはこうした大国の侵略を受け、彼等の思うがままに蹂躙されるという時代を迎えるのです。

 こういう時代ですからイザベラの夫フランチェスコも何度も戦争に行きました。 挙句に戦争の捕虜になって長く幽閉される羽目になりました。

 その間、夫に代わってマントヴァを守るのは、妻であるイザベラの役目だったのです。

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 そのイザベラのモットーが「恐れもなく、夢もなく」でした。

 なんだかねえ・・・・。

 彼女の同時代人、元祖マキャベリズムのニコロ・マキャベリは、しかし夢を持っていました。

 でも彼が国政に関わったのは、フィレンツェ共和国の官僚としてです。 しかも低学歴ノンキャリアの官僚としてです。

 そしてその職を失った後は失業者でした。

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 国家の運命に関する責任のレベルが、イザベラとは比べ物になりません。
 しかもマキャベリは天才なのです。

 天才であれば、厳しい現実を現実して見つめながら、その奥にあるものを洞察することができます。 そうなるとその洞察自体が現実を変える力となります。

 また卓抜した創造力で現実に対応することもできるのです。

 それなら厳しい現実を認識しそれに対応しながら、それを乗り越える夢を見る事も可能でしょう?

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 しかしイザベラは随分賢い人ではありましたが、天才ではありません。
 天才でもない身で、しかも軍事ができない女の身で、戦乱と暴力の時代に小国マントヴァに全責任を背負う運命に生まれてしまったのです。

 封建領主の妻となれば自国の運命は自分の運命です。
 だから何が何でも自国が滅びないように、頑張り続けるしかないのです。

 そういう立場で生きるには「恐れもなく、夢もなく」つまりリアリズムに徹底して、ひたすら日々の現実に対応する事に専心するしかないでしょう。

 これはしかし本人にとっても大変辛い事だったと思います。 それでもイザベラはこれに耐えてマントヴァを守り続けたのです。

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 でもこういうリアリスト皆嫌いですよね?

 ワタシも嫌いです。

 なんかやる事がいつもせこくて、小狡くて、しかも俗物臭芬々です。

 だからレオナルド・ダ・ヴィンチにも嫌われちゃって、肖像画を描いてほしいと何度も懇願したのに、結局適当に放置されました。 
 いつも周りから「せこいオバサン」と思われている彼女としては、せめて文芸の愛好者というネームヴァリューが欲しかったのに・・・・。

 そして歴史的に言えば、彼女は弟で実家のフェラーラ領主になったアルフォンソ・デステと一緒にイタリアを裏切ってスペインやフランスに付くようなことを何度かやらかしました。

 勿論自分達が生き延びる為です。

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 しかしこうして彼女が身も蓋もない現実主義に徹して、せこく小狡く立ち回ったお陰で、彼女の存命中はマントヴァは戦乱を逃れ続け、平和と主権を守り通しました。 捕虜になった夫も、最低の対価で取り戻しました。

 彼女がマントヴァを守り抜いている間に、イタリアの小国は次々とフランスやスペインの支配下に陥り、遂にはイタリアルネサンスの息の根も止められてしまいました。

 そして多くの小領主が、領地を喪い、殺害されたり亡命したりしたのです。

 それを考えれば、彼女がマントヴァを守り抜いたのは、十分偉業と言えます。

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 だって彼女がこうやってマントヴァを守りぬいたお陰で、マントヴァの領民たちは、外国の軍隊の放火や略奪を被る事なく、安心して暮らせました。 これは他のイタリア諸都市の住民の運命を思えば、あり得ない程の幸運というべきでしょう。

 当時の軍隊は都市を陥落させたら、略奪や強姦を当然の報酬と考えていました。
 
 そしてイザベラの時代にイタリアに侵攻した非イタリア諸国の軍隊はそれだけでは満足せず、略奪した後は放火し、強姦した後は殺す、更には罪もない幼児まで殺す、というのが常態だったのです。

 こうした軍隊の侵攻に晒されたイタリアの小国は皆、この惨禍を被ったのです。
 
 しかしマントヴァはこの惨禍を免れたのです。

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 その意味では彼女は為政者の鑑でしょう?
 
 人は望んで天才になれるわけではないし、天才でなくても為政者は国家の運命に責任があるのです。
 そして為政者というのは絶対に必要なのです。

 だから誰かが必ず為政者になり、そしてせこく、小狡く立ち回り、人々憎まれても、リアリズムに徹して国民の生命と財産を守るべきなのです。
 
 しかしワタシ自身も含めて多くの人が、イザベラへの冷たい目を見ているのですから、人間はリアリスト嫌いなんでしょうね。
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2018-05-03 14:21

特亜の軍隊 「敗走千里」

  もともと朝鮮戦争での韓国軍の役割なんぞは住民虐殺だけだったしねえ。

 リンク先はご隠居さんのブログなんだけれど、それにしてもこれ韓国軍だけでなく特亜の軍隊の特質でしょうね。

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 実は少し前に「敗走千里」という本を読んだのだけれど、読み始めて一瞬、どの戦争だかわからなくなったのです。 本の宣伝ではで中国国民党軍と日本軍との戦争で、中国兵として中国国民党軍にいた人が、その体験を綴った本のはずなのに。

 だっていきなり斥候に出た兵士達が、略奪と強姦をしてきた話になるのです。 兵士達は略奪や強姦ができるので斥候に出るのを喜ぶのです。

 そして血のついた耳飾りを握って帰ってきて自慢するのです。 ピアスを耳たぶから引きちぎってきたので血がついているのです。

 それではそのピアスの主はどうなったのでしょうか?

 兵士はピアスの主を強姦し、その後ピアスを奪った事は認めるのですが、しかし殺した事は一応は否定していました。

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 しかし読んでいるとやっぱりこの舞台は中国で、兵士達は近隣住民、つまり中国人相手に略奪や強姦をしているのです。
 
 兵士達のこうした強姦や略奪は、将校達も気づいているのですが、敢えて止めようともしていません。 自分達もチャンスがあればやっているのだし、食料の支給や、給与の支払いなども遅れているので、略奪ぐらい認めないと兵士達の不満が溜まるという問題もあるのです。

 しかも給与の支払いや食料の支給が遅れる理由は、上層部が腐敗していて、給与として支払うべき金を着服したり、食料を横流ししたりが常態化しているから猶更です。

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 それでも自国民からの略奪や強姦に対して、何の罪悪感もないというのは凄いけれど、これはつまりそもそもこの当時の中国には国民意識なんかないという事でしょう。
 
 だから春秋戦国時代や三国志の頃と同様で、兵隊はチャンスがあれば近隣住民に略奪や強姦をするのです。

 因みにオスマントルコ帝国の軍隊は、都市を陥落させたら3日間の略奪が兵士の権利として認められてました。

 だから軍隊の略奪や強姦って、近代以前は世界中で普通の話なのです。 但しこんな風に略奪や強姦が常態化する軍隊というのも珍しいのですけどね。 
 だってこんな事をしていたら、近隣住民に忌避されるばかりか、軍規が緩んでしまって、軍隊が盗賊団になってしまい、戦争どころではなくなりますから、古代や中世と雖も、ちゃんとした指揮官はそんなことはさせないのです。

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 でも中国国民党軍はこういう軍隊だったのです。 
 しかしその後間もなく、こうした略奪や強姦もなくなります。 将校が禁止したのではありません。

 兵士達が目ぼしい物を略奪しつくしてしまったし、近隣住民も皆逃げ出して辺りが無人の荒蕪地になったので、略奪する物もなくなったので、略奪が止まったのです。 
 そうなると兵士達は斥候の任務を忌避するようになります。

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 この本は少年時代から日本の留学していた中国人の青年が、帰郷中に国民党軍の強制徴募に遭って前線に送られた体験を書いた物です。 それで原作も日本語だし、発想もかなり日本人的です。

 その為、兵士達の略奪に衝撃を受けるのです。 

 体験記ではありますが、近親者への配慮などもあるのか一応小説の体裁を取っているので、戦場の場所や時期なども今一不明瞭だし、正確性を突っ込めばいろいろ問題はあるとは思います。

 しかし中国の軍隊という物の本質がわかります。

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 そして最初は驚いたけれど、でもそれは中国国民党軍を近代国家の軍隊だと思うから驚くのであって、中世や古代の軍隊と思えば普通のことです。 特に三国志や漢楚軍談など、中国の古典に出てくる軍隊を思えば、当たり前すぎるほど当たり前なのです。

 因みにこのような国民党軍でも将校達は、外国の士官学校を出ていたりしました。 中には日本の士官学校を出たのもいました。

 しかしそういう連中も基本的に中国人として行動しており、士官学校卒業資格が士官になる為の方便という以上の意味はないようです。

 この著者と違って、すでに青年期になってからの留学では、中国的思考から抜け出す事はないのでしょう

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 しかしナポレオン戦争時のプロイセン軍は、この戦争を通じて「近代的な軍隊を作るには、近代的な国家が必要」と気づき、これが後にドイツ参謀本部の設立につながっただけでなく、ドイツ統一戦争、そしてドイツ近代化の原動力になりました。

 これはオスマントルコ帝国の青年トルコ党や、エジプトのナセル等による改革も同様です。

 軍人として近代教育を受けた青年達が、自国の後進性に気づき、国家を近代化する原動力になったのです。

 けれども中国軍の場合は全くそういう事はなく、将校達は近代教育を受けていようとも、ひたすら古代・中世の軍隊として行動し続けるのです。

 そして結局、現在の中華人民共和国だって、基本は古代国家です。
 これはホントに不思議です。

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 ワタシは古代ギリシャ・ローマ大好きなのですが、古代ギリシャでもローマでも、一般国民が兵士として徴兵され国防を担う事で、民主制を確立しました。 というか一般国民を兵士として動員するためには、彼等に参政権を与えなければならなかったのです。

 徴兵制は民主主義の根幹なのです。

 しかし中国では秦の時代から徴兵制が確立しているにもかかわらず、全く一般国民の参政権にはつながらないのです。 それどころか有史以来一度も選挙をしたことがないのです。

 けれども兵士達が自国民を普通に略奪しているのを見れば、そりゃこれで参政権は無理だと思います。 武力を持ったらただちに略奪では、参政権なんか与えたらどうなることか?

 そもそも当人達だって略奪を尽くすか、或いは徴兵されたことを愁傷落胆する以外に関心がないのだからどうにもなりません。

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 中国人というのは我々日本人と人種は同じで、容姿は見分けがつかないし、漢字始め共通文化も多いのですが、しかし日本人には全く理解できない面があります。

 まして西洋人の常識、例えば「豊かになれば民主化する」なんてものは全く通じないのでしょう。

 中国は我々とは全く違う文化だとして考えていくしないのです。 
 朝鮮もね。
 
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