2017-06-06 12:19

テロの原因は思想 イスラム

 先日のロンドンのテロに関するメイ首相の演説について、池内恵がface bookで非常に意味深長な事を書いていました。

 現実に向き合わされる時。

 6月3日土曜日夜のロンドン橋テロを受けて、翌朝のメイ首相の演説の全文。

グローバル・ジハードのメカニズムを簡潔に明確に述べている。

マンチェスターの事件とも、相互のつながりはない。犯人たちは同じイデオロギーを信じており、模倣して事件を起こす。

「この思想が実践されればこうなりますよ」ということを研究してきたんだが、ここまで現実になるとともに、それが誰の目にも明らかにされてしまうと、不思議な気分である。

 

 そしてこれにフォーサイトに寄稿した記事を読むとこの意味がわかります。


 ロンドン橋テロに対するメイ首相の演説:グローバル・ジハードは組織ではなく思想


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 メイ首相は6月3日のロンドンのテロについて翌朝の演説で、この6月3日のテロも含む一連のテロがそれぞれ全く関連のない個人により起こされた物である事、そしてそういう個人をテロへと追い込むのは「イデオロギー」であると認めたのです。


 さらにメイ首相はこの「イデオロギー」は、イギリスの価値観とは相いれない物であると言っているのです。


 ではその「イデオロギー」とは?

 

 勿論イスラム教です。


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 池内恵はイスラム研究者として、イスラム教の教理や歴史から、現在起きているテロの原因はイスラム教の教理そのモノであると、前々から言ってきたのです。


 ところがこれは「政治的正しさ」に反するとして絶対に受け入れなかったのです。

 

 しかし頻発する個人テロによって、もう組織を追う事でテロを防止するのは不可能と考えざるを得なくなったのです。

 

 そしてテロリスト達に共通するのは「イデオロギー」だけと認めるしかなくなったのです。


 だからメイ首相も遂に、「政治的正しさ」を捨てて、テロの原因は思想=イスラムと認めざるを得なくなったのです。


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 エッ?


 何を今更!!

 だってテロリスト達は、テロをやる度にイスラムの為のジハードであると宣言しているじゃない。

 

 これじゃ、別に東大のイスラム研究者でなくても、テロリスト達がイスラム教によってテロをやったとわかるよ。


 だから欧米の庶民で、イスラム教なんか殆ど知らない人でも、イスラム教によるテロだと思っている人は沢山いるでしょう。


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 でもね、今まで欧米では絶対のこれを言ってはいけなかったのです。


 これには勿論、池内恵がこの記事で述べているような理由もあります。


>従来は、この「思想のみによって」テロが引き起こされうるということについて、警察当局は懐疑的であったように思われる。もしそのような実態を認識していても、そう認めてしまうと、指揮命令系統や資金、武器の供与など、組織のつながりを突き止めることで責任主体を明らかにする近代的な法執行機関の手段を奪われてしまいかねない。しかし存在しない組織を追いかけていれば、捜査のリソースも無駄になり、事件を防げず、解明も滞る。


 そうですね。

 そもそも今まではテロが起きるのは、アルカイダとかISのような過激派組織があるからだと言って、その組織を潰す事でテロを亡くそうとしてきたのです。


 でも組織に属さない、個人テロの頻発で、組織潰しでのテロ撲滅は不可能だと認めざるを得なくなったのです。


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 しかしもっと深刻な理由があります。

 

 テロの原因が「イデオロギー=イスラム教」と言う事になると、全てのイスラム教徒及びイスラム諸国を潜在的な敵と宣言する事になってしまうのです。


 一方、イギリス始め欧州諸国は、戦後大量のイスラム移民を受け入れました。

 

 受け入れた以上は欧州原住民は、何とか彼等と折り合って行かなくてはならないのです。


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 だからこの移民受け入れの決断をした欧州諸国の支配層は、多文化共存とか多様な価値観を認めろとか寛容とか言う言葉を駆使して、被支配層を指導し、イスラム移民と融合させようとしてきたのです。


 彼等としては自分達がこのような美しい理念を掲げて努力する以上、イスラム移民側もこれに感激して、欧州式の価値観を受け入れ、欧州社会に同化していくだろうと信じていたのです。


 だからイスラム教徒によるテロが起きても、絶対にイスラム教が悪いとは言わず「差別をするからテロが起きる」とか、「少数のテロリストがいるからと言って、イスラム教徒全てを危険視するような事があってはならない」と言い続けたのです。


 そうやって必死に現実を見ない・見せない努力をしてきたのです。


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 アタシが悪いの。

 アタシが我慢すれば、あの人だってわかってくれる。 

 アタシが努力すれば、あの人も変わってくれる。


 まるで暴力亭主の暴行に苦しみながら、しかし離婚して自立する根性のない妻のような対応で、イスラム移民と折り合おうとし続けたのです。


 つまりこれが「政治的正しさ」の本質なのです。


 そしてその為にこそ、イギリス政府はこれまでイスラム教の持つこうした問題を指摘する人々を「イスラムフォビア」とか「レイシスト」とか「ヘイトスピーチ」とかレッテルを貼って弾圧してきたのです。


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 しかしテロの頻発で遂に「現実に向き合わされる時。」が来てしまったのです。


 そこでメイ首相はこの現実を認め、非常に婉曲な表現ではありますが、テロはイスラム教が本質的に持つ問題であること、そしてこれはイギリスの価値観とは相いれないと宣言せざるを得なくなたったのです。


 けれどもこれはこれで大変な問題を起こします。


 だってこれはつまり、イスラム教は、イギリスの価値観とは相いれない。 イスラム教徒は潜在的にテロリストであり、イギリスの敵であると、宣言したのと同じですから。


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 ナスタチウムさんが上手く表現していらっしゃいます。


過激なイスラム教徒は、自分でテロをしたいと思っている。

穏健なイスラム教徒は、過激なイスラム教徒がテロをしてくれたらいいと思っている。


 ぶっちゃけその通り!!

 

 でもそれ言っちゃおしめいよ。


 これを言ってしまったら、今後国内に大量に抱え込んだイスラム移民とどう折り合って行けば良いのでしょうか?


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 これを認めてしまうと、イスラム教徒側が変わってくれない限り、イギリス原住民と折り合う事は不可能だと認めた事になるのです。


 しかもイスラム教徒側に変わる意思がないのは、今までの経過で明らかです。


 こうなるとこれはそのまま、イスラム教への宣戦布告になってしまいます。


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 イヤ、本当はイギリス側から戦争を仕掛けたわけではないのですよ。


 だってイスラム教とキリスト教はイスラム教が成立した7世紀からずうっと宗教戦争状態だったのです。

 

 そして19世紀末にイスラム世界の殆どがキリスト教側の植民地として征服支配される状態になったのです。


 ここでキリスト教側は自分達の勝利で宗教戦争は終わったと思ったのです。


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 でもイスラム側はそうは思っていなかったのです。

 彼等はレパントの海戦の頃と全く変わらない意識で、宗教戦争を続けていたのです。


 そして植民地にされたイスラム諸国が独立して力を付ける一方、キリスト教側の国々の国力が衰亡し始めたから、攻勢に出ようとしているのです。


 で、漸くキリスト教側が事態に気付いて、防戦を宣言しただけなのです。


 けれども侵略者に防戦を宣言したのですから、これ即ち戦争なのです。


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 結局欧州は自分達が侵略者を歓迎した挙句、防衛戦争を戦う事になってしまったのです。


 移民を受け入れると、こういう事になるのですね。


 日本としてこうした状況を冷静に見て、この宗教戦争に巻き込まれない事。

 

 そして日本が欧州の轍を踏まないようにしていくしかありません。


 

  1. イスラム
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2017-05-14 19:27

民族自決と民主主義と言う劇薬 中東・アフリカ

 アメリカがクルド民兵に武器を供与するそうです。

 【社説】クルド民兵への武器提供、成功の条件

 ISは掃討したい。
 しかし米軍を地上戦に送って戦死者を出すのはイヤ。

 そういうアメリカにとって米軍に変わって地上軍としてISと戦う勢力なら、援助しようと言うのはわかります。

 しかしこれにはトルコが大反対しています。

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 それは当然でしょう。
 トルコではクルド人による分離独立運動が続いてきました。
 
 米軍から武器供与を受け、更に戦闘訓練を受けてISと戦ったクルド人達が、今後この運動に加わるのは必定でしょう。

 そうなると内戦にもなりかねません。

 それではトルコがクルド人の居住地域の分離独立を認めてやれば、みんな幸せになれるのでしょうか?

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 しかしそれはあり得ないでしょう。

 クルド人の言語は現在わかっているだけで32あります。 全てインド・ヨーロッパ語族に属しているのですが、しかし男性名詞・女性名詞の区別のある言語もあれば、名詞に性の区別のない言語もあります。

 これでは英語とフランス語程も違います。

 実際トルコ領内のクルド人でも山一つ越えると、全く言葉が通じなかったりするのです。

 これで本当に一つの民族と言えるのでしょうか?

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 そういう民族が自治なり独立なりを認められた場合、上手くまとまるより、言語集団や部族毎にわかれて抗争が始まる可能性の方が遥かに高いでしょう。

 さらに厄介な事に、このクルド人の居住地域に住んでいるのは、クルド人だけではありません。

 トルコ領内には、クルド人以外にも多数の少数民族が居て、それらの民族は、他の民族の居住域と混ざり合って生きて来たのです。

 クルド人が民族国家として独立した場合、こうした少数民族はどうなるのでしょうか?

 トルコ共和国の国民であった場合は、クルドなど近隣の多数派民族との軋轢からは、トルコ政府が守ってくれました。

 しかしクルドの民族国家になれば、それはもう期待できません。

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 しかし民族自決と民主主義と人権は、現在の国際社会の絶対正義ですから、一旦武器を得たクルド人がトルコからの独立を謳って行動し始めたら、これを阻止する大義名分はありません。

 だからこそトルコ政府は必死にこれに反対しているのです。

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 ワタシは20世紀の最大の失敗は、民族自決と民主主義と言う劇薬を世界中に呑ませた事だと思うのです。

 なるほど民族自決って全ての民族にとって理想です。
 
 どの民族も自分の国を作って自分達の意思で運営できたらそれが理想です。

 しかし一つの国に幾つもの民族が居たらどうすれば良いのでしょうか?

 しかもこのクルドのように民族の構成自体が非常に複雑で、しかもそこの多数の少数民族が入り込んいるような地域では、どうすれば民族自決になるのでしょうか?

 国家を作るには余りに少数の民族はどうなるのでしょうか?

 それぞれの民族が自分の国家を求めて自己主張を続ければ、果てしない内戦になり、その中で極少民族はジェノサイトされると言う事態だってあり得るのです。

 実際ユーゴ内戦では、この手のジェノサイトが結構起きたでしょう?

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 しかしこの問題一杯の民族自決を後押ししているのが民主主義です。
 
 第二次大戦後独立した国々は、何処も皆普通選挙制を基本にする立派な民主制を造りました。

 しかし複雑な民族構成、そして部族社会と言った問題を抱えた国で、制度だけ普通選挙を導入すると、多数派民族、多数派部族絶対有利、少数派部族、少数民族絶対不利になるのです。

 だって民主主義って全ての人が対等な立場で話し合い、話し合いが着かない場合は多数決で決める制度です。

 これで上手く行くのは国民全体が一定の連帯感を持ち、少数派になってもさしたる問題がない場合だけです。

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 しかし過去数百年、或いは千年以上、自分達の民族、部族だけで団結し、その価値観による社会を作って生きてきた人達が、簡単に多民族、他部族と同じ国家の国民としての連帯感を持てるのでしょうか?

 そんなことは不可能です。

 まして言語や宗教が違い、その軋轢が絶えない状況で数百年生きてきた民族が、民主主義でそれぞれの票を得たら、多数派民族が徹底的に少数民族を圧迫する体制になってしまいます。

 だから旧ユーゴのように途上国ではなく中進国として、戦後半世紀一つの国家を作ってきた国でも、イザ民主主義を目の前にぶら下げられたら、忽ち凄惨な内戦になったのです。

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 そもそも現在、安定した民主主義を誇る先進国だって、普通選挙制による民主主義を定着させるには、市民革命後何十年もかかったのです。 そしてその間には凄惨な粛清や内戦もありました。

 しかもこれらの国々は、市民革命に至る前に国家の枠組みは完全に作り終えているのです。

 例えばフランスは中世初頭から地道に中央集権化を進めてきました。

 そして言語の統一のような極めて深刻に個人生活関わる面倒な事は、絶対王政確立以前に、リシュリュー枢機卿が強権を発動してやり遂げてくれました。

 国家を作る上で本当に面倒な事は、封建体制で人権だの何だのの面倒がない間に先人が片づけてくれたのです。

 しかしこれを現代やるのは殆ど不可能です。

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 今、欧州ではエルドアン大統領による改憲を問題にしています。
 
 ワタシはあれはつまりケマル・アタチュルクの近代化路線の放棄だと思うのです。

 トルコは他の中東諸国よりも半世紀早く、近代化路線を進み始めました。

 この近代化を進めたケマル・アタチュルクと言う人は、軍人としてフランス式の教育を受けて、フランス式の近代化を図ったのです。

 トルコをフランス式の国民国家にすることにより、欧米の侵略からトルコを守ろうとしたのです。

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 だからフランス式にライテシつまり政治を非宗教化し、またトルコ国民を全てフランス人のような一体感を持っ国民にしようとしました。

 それでクルド人等、少数民族に対しては強権的なトルコ化を進めたのです。

 しかし結局これが全部、破綻したのではありませんか?

 クルド人はトルコ化に断固拒否するし、トルコ人は世俗化するどろころイスラム原理主義が台頭するばかりです。

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 それを抑えて何とかトルコの一体性、国家としてのトルコを守るには、結局過去のオスマントルコ帝国に倣うしかないと言う事になったのではないでしょうか?

 つまり大統領はスルタンのようにイスラムの守護者として権威を保持すると共に、武力と独裁権を持って少数民族と多数派トルコ人をコントロールしていくのです。

 オスマントルコ帝国では、その支配下の民族は、皆それぞれ自分達の言葉や習慣を守って暮らしていました。
 
 しかし民族同士で揉めたら、皇帝がその権力を使って仲裁するのです。

 これは皇帝が全ての被支配者より圧倒的に高い位置を確保しているからできる事です。

 民主主義国家のように民族が個人レベルで全て対等になってしまうと、こうした仲裁は不可能なのです。

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 これは取りあえずトルコを安定化させるには現実的な方法だと思います。

 しかし民主主義と民族自決を金科玉条とする欧米諸国や国連とは大変な軋轢を生むでしょう。

 だから今後トルコは大変厄介な状況に追い込まれると思います。

 しかし今のまま民主主義を維持しても、クルドの独立運動などが過激化して収拾不能になっていくでしょう。

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 けれども同様の問題は別にトルコだけに限りません。

 むしろ他の中東諸国やアフリカ諸国の法が深刻なのです。

 なぜならこれらの国々は、トルコより半世紀遅れて、しかも自身の手でと言うより第二次大戦の結果棚ボタ式に民主主義と民族自決で建国してしまったからです。

 だからトルコより遥かに生々しい形で民族問題と宗教問題を抱えているのです。

 しかも近代化は遥かに遅れているのですから。

 国家の中身は中世のまま、制度だけを近代民主主義にしちゃったのですから。

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 ワタシはそもそもの間違いは、こうした国々が実現不能な民族自決と民主主義を理念として抱え込んだ事だと思うのです。

 そもそもこれらの国々の実情を考えれば実現不能な、しかし大変美しく否定しがたい理念を抱え込んだ以上、今後延々と問題が続くとしか思えないのです。

 こうした国々が取りあえず平和で安定した国家になる為には、封建君主制にでもなるしかないと思うのです。

 だって中身が中世なら中世相応の政治形態しか維持不能なのです。
 それを形だけ民主主義にすれば、混乱するだけです。

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 欧米諸国も日本もそういう時代を経て現在の近代民主主義国家を作ったのです。

 それを中東やアフリカ諸国には、いきなり近代民主主義国家に成れと言うのは無理な話ですから。

 けれども戦後のアジア・アフリカ諸国はその無理難題に自ら挑んだのです。
 だから今の惨状です。

 今後いつまで彼等はこの無理難題に苦悩し続けなければならないのでしょうか?
  1. イスラム
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2016-11-17 14:30

狂信の時代へ イスラム

 11月6日「イスラムを侮辱した?」のエントリーで紹介したインドネシア・ジャカルタ特別州知事が宗教侮辱容疑で捜査を受けたそうです。 
 
 ジャカルタ知事にイスラム侮辱容疑 宗教対立の懸念も

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 このジャカルタ特別州知事バスキ・プルナマ(愛称アホック)氏は、中国系でキリスト教徒です。
 
 その彼が来年2月の行われるジャカルタ特別州知事選に立候補するに当たって、「ユダヤ教徒とキリスト教徒を仲間としてはならない」とするコーランの第5章第51節に触れ、「コーランの51節に惑わされているから、あなたたちは私に投票できない。(中略)地獄に落ちるのを恐れて投票できないというのであれば、仕方ない」と述べたのです。
 
 ところがこれに対してイスラム教徒達から「イスラムを侮辱した」と言う抗議が出ました。


 そして遂にインドネシア警察は知事を「イスラム教を冒涜(ぼうとく)する発言をした容疑者に認定し、刑事事件として立件したのです。 今後起訴されて有罪が確定すれば、最大禁固五年の刑が課せられます。

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 前にも書いたけれど、日本人の感覚ではそもそも何で知事の発言がイスラムを侮辱した事になるのかわかりません。

 コーランの5章第51節に「ユダヤ教徒とキリスト教徒を仲間としてはならない」と書いてあるのは事実です。
 
 そしてインドネシアも政教分離の民主主義国家ですから、選挙で候補者が「宗教に関係なく投票して欲しい」との意思表示をするのは当然なのです。 
 バスキ・プルナマ(愛称アホック)氏以外の候補者は全員イスラム教徒ですから。

 ところがこれがイスラム教徒側からすれば「イスラムを侮辱した」事になり、そして遂に刑事訴追までされてしまうのです。

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 朝日新聞はこれを「宗教対立」と書いているのですが、池内恵はface bookでこう書いています。

 宗教対立」も何も、少数派が焼き討ちされて訴追されるだけです。イスラーム教が多数派の地域にリベラリズムはもともと広がっていない。欧米(やそれを一知半解に追随する日本)のリベラル派はイスラーム教を「少数派」と誤認して擁護して見せるのみ。イスラーム教徒が多数派の地域でなお宗教間の平等を成り立たせるにはどうしたらいいか、徹底的に考えるのが本当のリベラルだが、そういう人はほとんどいないね。

 全くその通りですよね。

 イスラム教徒が多数派の地域で、少数派のキリスト教徒が迫害されているだけなのです。

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 こんな幼児に火炎瓶を投げつけるなんて人間のすることでしょうか?

 これってもうヨーロッパのユダヤ人迫害と同じなのです。 第二次大戦までヨーロッパ諸国では、多数派キリスト教徒が意味不明の難癖をつけてユダヤ人の家や商店を焼き打ちしたり、ユダヤ人に暴行を加えて殺したりしました。

 少なくとも近代以降はこれは違法行為だったのですが、しかし実際には多勢に無勢で、ユダヤ人迫害は放置されきたのです。
 
 現在イスラム諸国では非イスラム教徒が、嘗てのヨーロッパのユダヤ人のような扱いを受けているわけです。

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 インドネシアは国民の9割がイスラム教徒で、イスラム諸国の中では最大の国家です。

 しかし元々イスラム色は薄い国でした。

 インドネシアの文化として思い出すのはガムラン音楽や舞踏などヒンズー教文化の流れを汲むもので、インドネシアがイスラム国家であることを思わせるのは、男性が被っている帽子ぐらいでした。

 そして第二次大戦後の独立以降、一貫して政教分離の民主主義国家を目指して進んできました。 それで近年市民運動活動家出身の大統領が出たりしたのです。

 しかしその民主化の進行と共に、それに逆行するようにイスラム狂信化が進んでいるのです。

 イスラム諸国の中では最も非イスラム的で、宗教に寛大だったインドネシアでもこんな状況では、今後もうイスラム教徒が多数派の国や地域では、政教分離など不可能になるでしょう。

 イスラム教徒に対する批判が封殺されると言うより、とにかくイスラム教徒の気に入らない事、イスラム教徒に都合の悪い事を言えば「イスラムを侮辱した」として刑事訴追されるですから。

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 哀しいけれど、イスラム世界はドンドン狂信化が進んでいるようです。

 インドネシアだけでなく戦後独立して建国したイスラム諸国は皆政教分離の民主主義国家を目指しました。

 建国当初これらの国々は殆どが独裁国家になったのですが、しかしその独裁者達は政治的には完全に世俗派で、政治的にはイスラム教には距離を置いていました。

 しかしこれらのイスラム諸国で、独裁者が排除されるにつれて拡大してきたのは結局イスラム原理主義、宗教勢力なのです。

 そこで国内では近代化に逆行するように、非イスラム教徒への迫害が増え続けているのです。

 そしてそうしたイスラム教徒達が多数移民として欧米に入り込みつつあるのです。

 これは今後、大変厄介なことになるでしょう。

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 1970年前後にNHKでBBCが制作したイスラム史の特集が放映されたことがあります。
 大変面白かったので、ワタシは全シリーズを見ました。

 しかしその最後のナレーションには凄く違和感を感じました。

 その番組で最後に「今後イスラム教は、世界で深刻な問題に成る」と言ったのです。

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 当時は東西冷戦まっただ中でした。
 そして前記のようにイスラム諸国では、独裁者達が世俗主義の政治での近代化に励んでいたのです。

 だから当時のワタシは、イスラム教は宗教として残っても、それが政治的な問題になるなどとは夢にも思えませんでした。

 それで強い違和感を感じたのです。

 しかし1979年にイラン・イスラム革命が起きた時に、あの番組を思い出しました。

 そしてその後、イスラム狂信化はドンドン進み続けています。

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 ルネサンスから始まった西欧の近代合理主義は、こうした宗教的狂信から自由になり、理性を信じる事で成立しました。

 しかしイスラム世界はこうした近代合理主義を真っ向否定する方向に驀進しています。

 そして近代合理主義の申し子であるほずのリベラリスト達は、唯ひたすら「イスラム教批判は人種差別」などと現実逃避的発言を繰り返しています。

 世界はこの狂信に立ち向かう事ができるのでしょうか?

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  1. イスラム
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