2015-02-10 21:33

ドアが違う

 先日ネットでこんな動画を見つけました。

 ドアを開けたら雪の壁!!



 イヤ~~大変ですねえ。

 でも我が家ではこれはありません。 日本の住宅ではこれはまずないでしょう。 
 なぜなら日本の住宅ではドアは外開きになっているからです。

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 だからドアを開けたら雪の壁と言うことはないのですが、代わりに雪が沢山積もったらドアが開かなくなります。
 それでそういう場合は、仕方がないので窓から出て、ドアの前の雪を除雪して、ドアが開くようにします。

 この冬は今までに2回これをやりました。 風向と回りの建物の加減で、我が家の玄関が吹き溜まりになるので、少ない雪でも玄関が埋まる事があります。

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 それでドアを開ける為には、頑張って除雪するのですが、この冬は喘息でヘタレているので、玄関前を全部除雪するような元気はありません。 ドアを開ける分だけ除雪するのが手一杯でした。
 だから玄関から続く通路とは大きな段差ができてしまいました。

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 一方欧米の建物のドアは原則皆内開きです。 家に入るドアだけでなく、部屋のドアもトイレのドアも皆内開きです。
 なぜ、内開きにするのか?
 それは内開きだと、ドアの前に家具など重いモノを置けば、外からドアをこじ開ける事が出来ないからです。
 外から暴漢が入るのを防ぐのには、大変有利だからです。

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 だから日本でも城門のような物は内開きになっています。
 しかし城門が内開きであるが故の悲劇もありました。

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 2002年にヨーロッパ旅行をして、ウィーンの近くドナウ川河畔のハインブルグと言う街を見物した時に、ガイドさんから聞いた話です。

 1683年、この町はオスマン帝国の第一次ウィーン包囲の時、トルコ軍に襲われて陥落しました。 街はウィーンへの進軍路にあったので、行きがけの駄賃のように襲われてしまったのです。

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 街は城壁に囲まれていたのですが、総人口が2000人程ですから、20万とも言われたオスマントルコの大軍の前にはなすすべがありませんでした。

 トルコ軍が来て間もなく山側の城門が破られました。

 街の人々はパニック状態になって、ドナウ川側の城門に殺到しました。 ここから出てドナウ川を船で逃げようとしたのです。

 しかし城門は内開きです。

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 城門にたどり着いた人々は、後から後から押し寄せる人々に押されて、城門を開ける事ができませんでした。

 そこにオスマントルコの軍勢が襲い掛かりました。 城門の前で身動きできなくなっていた人々は、撫で斬りにされるだけでした。 
 この城門に通じる通りは、現在でもブルトガッセ(Bultgasse)「血の小路」と呼ばれています。

 街の住民はこの時ほぼ全員が虐殺されました。

 日本の家のドアが皆外開きなのは、実はこのような事態を防ぐためのようです。 つまりパニック状態で外へ出ようとするとき、内開きでは開けられない場合があるのです。

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 実はこの町は1529年のオスマントルコの第一次ウィーン包囲の時にも、同様のパターンで住民のほぼ全てが虐殺されています。

 街の城壁は今もほぼ完璧に残っています。 高さ10m弱、幅は小型車が一台通れる程もあります。
 そして数十メートル置きに塔が建っています。 
 勿論城門も残っています。

 城門は今も全部内開きです。

 城門だけでなく街の家のドアも、ワタシが泊まったホテル(14世紀に建ったゴチック建築!!)のドアも全部内開きでした。

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 ブルトガッセのような悲劇はあっても、外開きでは外から簡単に開けられてしまうので、城壁の役には立ちません。 そして侵入者への恐怖が、習慣となって内開きのドアが続いているのでしょう。

 外開きのドアと言うのは、つまり外から押し入ろうとする暴漢のような者の存在を想定していないのです。

 ヨーロッパの古い街は皆城壁に囲まれていました。
 そしてどの街も皆包囲戦を経験した歴史があります。 勇敢に包囲戦を戦った市民は伝説となって、その後街のお祭りなどで繰り返し顕彰されます。

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 包囲戦に勝ち抜き敵が撤退した後に、市民がまず行うのが、城壁の修理と補強です。
 包囲戦で破壊された部分を直すだけでなく、包囲戦でわかった欠陥を直す為の増改築をします。

 包囲戦を戦う事は経済的にも大変な負担なのですが、それでもまず城壁の補強を優先するのです。
 
 それをやらないと次にまた包囲戦になった時に、敵は弱点だった部分を攻めて、今度は必ず陥落します。
 
 だからどんなに苦しくてもまず城壁の修理と改築をするのです。 それをやり通した街だけが生き延びる事ができるのです。

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 ワタシはドイツが第二次大戦後早々と国軍を建て直し、最近まで徴兵制を実施していたのは、本来このような大陸諸国の歴史と、それに養われた国民性によるのだと思います。

 ドイツが敗戦を蒙ったのは別に第二次大戦が初めてではありません。 ドイツのように強国と言われる国でも、歴史的には何度も敗戦を体験しているし、大量虐殺だって何度も体験しているのです。

 こうした経験を繰り返せば、全ての国民が戦争や国防に対して極めて現実的な考えを持つようになるでしょう。

 日本には街を囲む城壁はありません。 家のドアは全部外開きです。
 これで安心して暮らせる人間達が、現実的な国防意識を持つには、ひたすら理性により歴史を、日本史だけではなく世界史を学ぶしかありません。
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2014-04-05 13:57

ウクライナ雑感

このところのウクライナとクリミア関連の報道を見ていて、思い出した映画がありあす。

 ニキータ・ミハイルコフの「72m」です。 

 ロシア軍の潜水艦が演習中の事故で浮上不能になると言うストーリーですから、一応軍事アクションと言うジャンルでしょう。

 しかし何しろ監督がニキータ・ミハイルコフですから、危機的な状況の中で乗組員達の頭をよぎる回想が、実に美しく抒情的に描かれています。

 その中にこの主人公達がソ連海軍を捨てて、ウクライナへの忠誠を求められるシーンがあったのです。

 しかし艦長はこれを断固拒否し、全乗組員と隊列を組んでその場から退出します。

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 この時この潜水艦はクリミアの軍港にいたのでしょうね。 だからウクライナがソ連から独立した時に、ウクライナへの帰属を求められたのです。

 ウクライナは独立当初84万の兵力を持っていました。

 でもそれは考えてみるとこれは実はこのようにウクライナがソ連から独立した時に、ウクライナの基地にいたソ連軍にウクライナへの帰属を求めて、それに応じた人達がウクライナの軍人だったのです。

 その時にどういう人達がこれを拒否し、どういう人達が応じたのか?

 ソ連軍時代は軍人は民族や出身地に関係なく、全てソ連軍の軍人でしたら、ウクライナ内の基地に勤務しているからと言ってもウクライナ人とは限りません。

 だからこの時ウクライナの求めに応じてウクライナ軍に帰属した人達の中には、別にウクライナ人もないけれど、ソ連に見切りを付けたとか、何となくその場の雰囲気に呑まれて・・・とかかなりあやふやにウクライナ軍へ所属を変えた人も多かったのでしょうね。

 そしてソ連時代からウクライナ独立を切望してたウクライナ民族主義者なら、最初からソ連軍の将校にはならないでしょう。

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 ウクライナ軍その後、軍幹部の腐敗と財政悪化からドンドン縮小されて、現在は14万人です。
 84万人から14万人!!

 でも上の事情を考えたら、軍幹部が腐敗するのも、またウクライナ政府が軍を信用できないので、財政が悪化すればドンドン兵員を減らしていくのも当然かも知れません。

 そもそも民族自決で独立しながら、民族に関係なく軍隊をそのまま頂こうと言うのが無茶苦茶なのです。 ウクライナはロシアに支配されているから、自由を求めて独立したと言うなら、ウクライナに駐留しているソ連軍こそが最大の敵だったはずです。

 それをウクライナ軍への帰属を求めるなんて・・・・。

 インドがイギリスから独立した時に、インドに駐留するイギリス軍人達に、インド軍への帰属を求めましたか?
 
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 この辺りからしてウクライナの独立と言うが、日本で報道されていたような民族自決による独立とは、そもそも普通の国家の独立とは全然違う感覚だったのではないでしょうか?

 現在のウクライナはソ連時代の行政単位「ウクライナ共和国」がそのまま独立したわけですが、しかしこれはそもそもウクライナ民族以外の居住地を広く含んでいるのです。

 そして歴史的にみてもウクライナ民族のロシア民族は、どこでどう区分すれば良いのか?

 ロシア・ウクライナ・ベラルーシは元々キエフ大公国と言う一つの国家でした。 このキエフ大公国が1280年モンゴル軍によって滅亡しました。

 その後ウクライナはリトアニアやポーランドの支配下に入り、ロシアはモンゴル支配から脱出した後強力な中央集権体制を確立して強国になりました。

 そして17世紀から次第にウクライナを支配して行きます。 ロシアに近い東側から次第に西へと支配地を広げていったのです。
 一番西のガリツィア地方がソ連の支配下に入ったのは、第二次大戦後でした。

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 だからウクライナ内でも、ロシア支配下の歴史が300年違います。 そしてロシアへの感覚も、地域により全然違ってくるのです。

 一方ロシア人から見れば、元々キエフ大公国の版図であり、同じルーシだった民族ですから、この地を支配下に置くのは、天下統一にすぎません。

 ワタシはロシア文学が好きなので、どうしてもロシアに甘くなってしまうのですが、しかしロシア人がウクライナ人を異民族と認識しているような感覚は全く受けないのです。

 ウクライナ人を「ホホール」とか「小ロシア人」とか呼ぶのですが、これは例えば北海道民を「道産子」と呼ぶような感覚です。

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 これは文化から見ても明らかです。

 例えばゴーゴリ(ロシア近代文学の父ゴーゴリはウクライナ人)の小説にはウクライナのコッサク達のフォークロアを題材にしたものが沢山ありますが、これはロシア人に広く愛されえていて、これを題材にしたオペラや映画も沢山作られていました。

 こうしたウクライナのフォークロアをロシア人は明らかにロシア全体のフォークロアとして受け入れているのです。

 それにはロシアの農民は農奴制であまりに貧しく、豊なフォークロアなど持てない上、ロシアの支配層は近代以降完全に西欧化していたと言う事情もあります。

 コサックは武装集団だったので、ウクライナがロシアの支配下に入ってからも、軍役を請け負う事で様々の特権を得て居ました。 
 
 貴族ではないけれど、自作農であり一家で乗馬を何頭も所有できるような生活ができたのです。
 
 このような生活を保障されたので、コサックダンスや華やかな民族衣装など豊なフォークロアを持てたのです。 そしてそれがロシアの民族文化と世界に認識されたのです。

 だからソ連が崩壊してコサックが復活した時、彼等は帝政ロシア時代の軍服を着て、自分達の存在を誇示しました。

 スターリンがウクライナのコッサクに不審を抱き、彼等を全部餓死させようとしたのもこういうウクライナコッサクの歴史的な地位からです。

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 このような関係にあるロシアとウクライナで、民族自決を目的として独立と言うのは釈然としない人は、ロシア人にもウクライナ人にも多数いたのではないでしょうか?

 それでもウクライナが独立したのは、ソ連崩壊前の経済悪化やチェルノブイリ事故などで、国民の生活が悲惨だった事、そしてそのような状態の中で独立して西欧化すれば、たちまち西ヨーロッパ諸国のような豊な生活が手に入るような甘い夢を見てしまったからではないでしょうか?

 つまりそれだけの独立だから、平気でソ連軍の軍人達にウクライナ軍への入隊を要求しちゃうのです。
 
 そして独立してからもロシアが身内価格で天然ガスを売ってくれて当然とも思っているのです。 だってオレタチ兄弟なんだからさあ・・・・。

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 しかし独立後の現実は甘くなったのです。

 ロシアから独立しても、ソ連共産党がなくなっても、直ぐに豊な生活ができるわけではありません。 EUは軍事的にはウクライナがロシアから縁を切ってくれる事は歓迎しても、ウクライナに経済援助等をしてくれるわけでもないし、そもそもEUに加盟させてくれる気もないのです。

 結局ウクライナではソ連時代と変わらない厳しい生活が続きます。

 これだったらロシアから独立なんかするんじゃなかった・・・・と、思う人達が出てくのも当然です。 また対露輸出に頼る武器産業など工業は、ロシアとの関係が悪化すれば壊滅するのは明らかです。

 ましてウクライナの民族主義なんか、純粋なウクライナ人以外には迷惑でしかないのです。

 一方ウクライナの民族主義者にとっては、とにかく親ヨーロッパ政策こそが、ロシアからウクライナの独立を確保する唯一の手段です。 だから経済状態など関係なしに親ヨーロッパ政策を推進します。

 だからウクライナは独立後、ロシアかEUかでの政変を繰り返したのです。

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 今回のロシアのクリミア併合騒動は、ウクライナの革命?から始まりました。 

 クリミアの住民投票はウクライナ憲法では無効だそうです。 しかしそれを言えば現在のウクライナの政権だって、ウクライナ憲法には違反した方法で成立したのです。

 だからどちらに正義があるのか、ワタシにはわかりません。

 しかしウクライナが本当に民族国家を目指すなら、クリミアは勿論東部ウクライナも切り離して、純粋にウクライナ人だけの国家にするべきではないでしょうか?

 経済的に苦しい多民族国家が安定した民主主義国家になっている例なんかないのですから。
 そして政治が安定しない限り、経済が良くなる事はないのですから。

テーマ:思うのは私だけ?
ジャンル:政治・経済

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2013-02-19 14:24

グローバル化が乞食を招く

 現在スウェーデンでは物乞いがドンドン増えているそうです。

 スウェーデンが貧困化しているわけではありません。 ルーマニアから物乞い目的で大量の人間が入国しているようです。

 

 激増する移民、路上にあふれる物乞い

 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37130

 

  

 

 この記事を書いた人は、ひたすら物乞いをする人々に同情していますが、しかし本当のところはどうなのでしょうか?

 

 ルーマニアは2007年1月1日にEUに加盟しましたが、実はこの時の平均月収は200ユーロだったのです。 現在のレートなら2万円にしかなりません。

 

 平均月収約3万円でEU加盟 - ルーマニア

 http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2031961/369179

 

 ルーマニア人の平均所得をイロイロ調べました。 ルーマニアの通貨価値によって随分変わるのですが、3万~7万にしかなりません。

 

 ところで上記の記事では、ルーマニア人の青年がスウェーデンで物乞いをすると一日3000円は貰えると書かれています。

 

 この記事の青年は母親と弟と3人で物乞いをしています。

 物乞いの業界では老人、女性、子供、障碍者など弱者の方が貰いが多いのが古代からの常識です。

 

 少し脱線するけれど中世ヨーロッパやイスラム世界では物乞いも職業として認められていました。 それで乞食も組合を持ち、そして課税もされたのですが、この税金は障碍者の方が高かったのです。 

 また悪質な乞食は障碍者の振りをしました。

 障碍者など弱者の方が貰いが多いからです。

 

 だからこの青年よりも母親や弟の方が稼ぎは多いでしょう。

 

 家族3人で物乞いをすれば、月収30万を軽く超えるのではないでしょうか?

 自国の平均給与の10倍以上を稼げるなら、多少厳しい生活も苦にはなりませんよね。

 だってこうして家族で一年程頑張れば、一財産できるじゃないですか?

 

  

 

 勿論乞食だけではありません。

 裏の桜さんが紹介してくれましたが、イギリスでは生活保護目当ての移民や、移民の子供手当の送金への対策を取らざるを得なくなりました。( 子ども手当を祖国の家族に送金す…

 

 日本でもそうだったけれど、日本人にとっては大した額ではない子供手当も、低所得国からすれば大変な大金でした。 しかもそのような国に限って子沢山ですから、大変な魅力でしょう。

 

 そして日本でも外国人への生活保護の支給、外国人の生活保護の不正受給が問題になっています。

 

  

 

 しかしワタシはこういう問題が起きるのは当然ではないかと思います。

 

 だって現在の世界では、国家間による所得格差は非常に大きいのです。 また福祉制度の整備状況も全然違います。

 

 平均所得が自国の10倍をも超える国に来たら、誰でも金銭感覚がオカシクなるでしょう。

 そして自国にはあり得ないような福祉制度の存在を知れば、「貰える物は貰わなくちゃ。」と思ってしまうのも当然だと思うのです。

 

 だって皆こんなにリッチで、気楽に金をくれるんだから、貧しいオレが少しぐらい貰ってもいいじゃないか?

 

 そんな感じではないでしょうか?

 

  

 

 しかし極小人数でこのような不正をするならともかく、大量に入ってきた移民がみんなでこれをされては国家の福祉制度自体が壊れてしまいます。

 

 どんなに豊な福祉国家と雖も、無限の福祉予算があるわけではありません。

 むしろ高福祉国家は自国民に苛酷なまでの高税を課する事で何とか成り立っているのです。

 

 件のスウェーデンも平均所得は500万前後ですが、平均税率も30~45%、しかも消費税も30%弱と言う高さです。

 

 だから500ml.のコーラが一本300円、ビール一杯が700円と生活です。

 

 それでも人々がこの生活に耐えるのは、全ての国民が助け合う事で国内から不幸な人々を失くそうと言う高い倫理観です。

 

 そこに大量の外国人が押し寄せて物乞いをする、生活保護を要求する・・・・・。

 

 高税を負担しているスウェーデン国民やイギリス国民は、こんな事をいつまで我慢できるのでしょうか?

 

  

 

 勿論人権と人類平等の原則から言えば、外国人だからと言って貧しい人々を救わないのは罪悪でしょう。

 

 しかしそれなら自国に入ってきた貧民だけを救うのではオカシイのです。 本国で真面目に働いてもなお貧しい人々をこそ救う努力をするべきではありませんか?

 

 ところがそのような議論以前に、EUはこのような貧しい国々の加盟を認めてしまいました。 EUは2007年にこの両国を加盟させたのです。

 

 ルーマニアの人口は2千100万人、ルーマニアよりさらに貧しいブルガリアの人口は750万人です。 

 

 総人口3億2600万人のEUの一割弱を、このルーマニアとブルガリアが占めます。  つまりEUは2007年にいきなり人口の一割ほどの貧民を抱え込んだのです。

 

 当然これらの人々のかなりが、EUの中でも特に豊かな数か国に集中的に押し寄せるでしょう。 

 

 これがそれらの国々にどんな混乱を起こし負担になるかは想像に難くありません。

 

  

 

 しかし混乱するのはイギリススウェーデンなどこれらの貧国から移民を受け入れる国だけではありません。 ルーマニアやブルガリアにとっても良い事ばかりではないでしょう。

 

 そもそも本来なら自国で頑張るはずの若者が、外国で乞食をして、それが自国で真面目に働いてはあり得ない程の稼ぎになるのです。

 

 これでは国民の労働倫理のような物がブチ壊しになります。

 

 そしてEU加盟で関税がなくなり、資本や人の移動が自由になるのですから、このような国々が地道に産業を育成する事も非常に難しくなるのです。

 

 なるほどそれで他のEU諸国から工場などが進出して、雇用を作ってくれるかも知れません。

 

 しかし有能な人材や小金を抱えた人間がドンドン外国へ行き、残るのは貧しく教育もない人ばかりと言う国になりかねないのです。

 

 勿論加盟してみなければそのどちらになるかはわかりません。 しかし問題は一旦加盟してしまえば、悪い方に転がっても最早自国だけはそれを止める方法が無くなってしまう事です。

 

  

 

 ワタシは安倍さんと同い年です。

 それで生まれてこの方学校でもマスゴミでも、国際化とかグローバル化と言うのはひたすら良い事、人類の夢であると教えられてきました。

 

 しかし現在のEUのようなグローバル化して地域を見ると、全然そうは思えなくなりました。

 

 それどころか国家とか国境の重要さを改めて認識しています。

 

 EUオーストリア・ハンガリー帝国の貴族の一人の提唱で始まりました。 しかしそのオーストリア・ハンガリー帝国は彼の存命中に瓦解したのです。

 

 ハンガリー人始め、この帝国内の多くの民族が、この民族を超えた拡大帝国に不満を膨らませて、これを「民族の牢獄」と言ってぶち壊したのです。

 

 ところがこれらの民族がまた自分から牢獄に入ってしまいました。 しかも今度の牢獄はオーストリア・ハンガリー帝国と違って囚人に食事を与えてはくれないのです。

 

 オーストリア・ハンガリー帝国は帝国内の民族自決を大きく妨げはしましたが、一方世界最初の公教育始め、他の東欧バルカン諸国と比べれば群を抜いてすぐれたインフラ整備などを全て帝国が責任を持って行ったのです。

 

 しかしEUには他のEU諸国が貧しい国を助けると言うような規定はありません。

 

 新しい牢獄でこれらの国々はどうなるのでしょうか?

  1. こけつまろびつヨーロッパ
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2012-10-30 17:46

地方分権の行きつく先→ユーロ

 暫く静かだったユーロがまた揉め始めました。

 またギリシャがデフォルトしそうだし、スペインはバスクやカタロニアの分離独立の話が出ています。

 

 スペインは元々多民族国家で、国家統一されたのも近世以降です。 地方の独立意識は元々非常に高かったのに、中央政府が大変な借金を背負い込んでしまいました。

 

 自分の手で判子を押して借りた金ならともかく、元々信頼していたわけでもない中央政府が勝手にした借金です。

 こんな政府の為に債務奴隷になるのなんか真っ平と思う人々が出るのは当然です。

 

 しかしこれでスペインが分裂したら、スペイン国債は誰に返済義務があるのでしょうか?

 分裂して独立国になった国々はユーロやEUに加盟する気でしょうか?

 

 この気分はギリシャ人だって同じでしょう。 元々信頼の薄い政府の借金を国民がどこまで真面目に返す気があるのか・・・・・。

 返さなくてはならないのか・・・・・・。

 

  

 

 しかしユーロって地方分権の行きつく果てなのです。

 

 ユーロは元々完全な主権国家だった国の集合であり、地方分権は主権を持たない地方の権限を極大化した物ですが、結果は同じです。

 

 ユーロは通貨と金融政策を全加盟国で統一しました。 また防衛はNATOで共同で行います。 そして外交も安全保障や経済に基本に関わる物は共通です。

 

 一方それ以外の行政権は完全にそれぞれの加盟国が保持しています。 

 勿論財政は完全に独立です。 だから全ての加盟国は独自に徴税して予算を組み、国債も発行できます。

 

 またEU国内では国民の移動も資本の移動も自由です。 EU内では関税は一切かかりません。

 

   

 

 これってユーロ加盟国を道州制の州だか都道府県に当てはめたら、地方主権とか地方分権とか言っている人達が目指す日本その物ですね。

 

 そして現在のユーロのガタガタを見ると、地方分権の行きつく先が見えてきます。

 

 ユーロ加盟国には元々大きな経済格差がありました。 ところがユーロ圏内では関税も資本の移動も撤廃されたのす。

 

 だから加盟国同士で仁義なき経済競争が起きました。

 

 地方分権を賞賛する人々によれば、競争をすればお互いに切磋琢磨する事で強くなるそうです。

 確かにそう言う面はあります。

 

 けれど哀しい事だけれど、最初から競争力に大きな格差がある状態で競争すれば、弱い国は負けるだけです。

 

 しかもその格差を何とかする為に関税や補助金などで自国の産業を守る事もできません。 通貨を安くして競争力を維持すると言う事もできません。

 

 それどころか他国の都合で通貨安で輸出を伸ばしている国とFTA何て結ばれるのではどうしよもないではありませんか?

 

  

 

 それでも最初の内は薔薇色になのです。

 なぜなら自由に国債が発行できたからです。 しかもその国債はハードカレンシーユーロの国債です。

 

 だからギリシャのようにそれまで二年に一度はデフォルトしていたような凄い国の国債でもドンドン売れました。

 

 それでギリシャ政府は気楽に発行した国債で工面したお金を、国民にバラ撒き、それで国民はドイツ車始め輸入品をドンドン買って、消費生活を楽しんだのです。

 

 お蔭でユーロは凄い好景気に沸きました。

 

 でもこんな事が続くわけはないのです。

 で、その結果が今のユーロの騒動になっているのわけです。

 

  

 

 日本で地方分権とか地方主権とかが実現したら、全く同じような事が起きるでしょう。

 

 ユーロ圏程ではないけれど、日本国内だって結構経済格差はあるのです。

 

 今まではその格差を地方交付税交付金とか言う形で国が埋めると共に、国が地方の財政を監視し、無茶苦茶を出来ないようにして来ました。

 

 しかしもし地方分権などが確立して、国の補助や監督がなくなれば?

 

 経済的に弱い地方が何とか生き延びるには、どうしたら良いでしょうか?

 どうしても経済的に苦しい地方で、民主党政権のような無責任なポピュリスト政権が成立したら?

 

 ギリシャと同じ事をやるに決まっているでしょう?

 

 え、日本人がそんな事をするはずはないですって?

 

 じゃあ夕張は何だったのですか?

 

  

 

 夕張市のやった事って、ギリシャより悪どいですよ。

 

 夕張市は国と道を誤魔化して、膨大な債権を発行して、そのお金で滅茶苦茶に大勢の公務員を雇いました。 しかも夕張市の職員は全国も有数の高給でした。

 

 その上「石炭の歴史村」などの観光施設を作ったのですが、完全に採算を無視して大量の職員を雇い続けたのです。

 

 こんな事をして破綻寸前に国に援助を求めながら、職員給与の引き上げと今までの最高額のボーナスの支給を決めていたのです。

 

 ギリシャはここまで無茶苦茶はしていません。

 

 個人のモラルと集団のモラルは別なのです。 

 個人では絶対できないような悪どい事だって「市の為」などと言えば出来てしまうのです。

 

  

 

 夕張は小さな町で、しかも国にはこのようなトラブルを完全にコントロールする権限と財力がありましたから、国家的な経済問題などにはなりませんでした。

 

 しかしもし地方分権などをして、ある程度大きな地方が夕張やギリシャのような事をすればどうなるでしょうか?

 

 円建てで他の地方債よりもかなり金利の高い地方債をドンドン発行して、それを日本人だけでなく外国人も買いこんだら?

 

 ギリシャ国債だって売れたので、円建てで金利が高い地方債なら日本人だけでなく、外国人だって喜んで買いますよ。

 

 そしてその地方の債務がその地方では返済不能な額になったら?

 

  

 

 しかし地方分権とか地方主権とか地域間競争とかを言ってる人って、そう言う事は何も考えて居ないようです。

 

 アジア共通通貨圏などを作ると言っています。 

 

 尤もこの案ってこれ以前の問題かも知れません。 言っている事は支離滅裂ですから・・・・・・。

 

>公約案では、「国家の独立」について(1)独自の国防軍の編成(2)強制通用力を持つ独自通貨の発行(3)徴税-を満たすことで成り立つ、と定義した。在日米軍全廃は「独自の国防軍編成」の実現に必要とした。

 

>「強制通用力」を持つ独自通貨発行策として、アジア通貨統合や新たな国際通貨制度のルール設定を日本政府が主導していくことを盛り込んだ

2045年までに在日米軍「全廃」 維新の衆院…

 

 一体これって何でしょうね?

 

 国家の独立の条件に(2)強制通用力を持つ独自通貨の発行としながら、「強制通用力」を持つ独自通貨発行策として、アジア通貨統合や新たな国際通貨制度のルール設定を日本政府が主導していくことを盛り込んだ」って・・・・・。

 

 それじゃそのアジア共通通貨圏に入る国の独立はどうなるのでしょうか?

 

  

 

 ユーロはドイツによる第4帝国になると言う説があります。

 

 そうするとこの橋下徹のアジア共通通貨圏は、大東亜共栄圏の再来でしょうか?

 

 で、その時大阪府の債務はどうする気なのでしょうか?

 

 この手の訳の分からない大風呂敷と支離滅裂が、地方分権とアジア共同体を夢見る人達の夢の根源ではないかと思います。

  1. こけつまろびつヨーロッパ
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2012-02-27 19:41

デンマーク4時間

 2002年にヨーロッパ旅行に行った時にコペンハーゲン空港に4時間滞在しました。 

 目的地はウィーンだったのですが、日本からウィーン直通の格安チケットはなかったので、コペンハーゲン空港経由になったのです。

 

 しかもコペンハーゲン到着から、ウィーン行きの便へ出発まで4時間もあります。 

 

 それでも生まれて初めてのデンマークですから好奇心満々です。 まずは一目でも空港の外を見てみようと思いました。

 

 それで到着すると直ぐに、必死になって空港の出口に向かいました。 

 

  

 

 このコペンハーゲン国際空港は、素晴らしく綺麗でモダンな空港なのですが、恐ろしく広いのです。

 

 だからワタシのあやふやや英語で案内板を読んだり、道を聞いたりしながら、ウロウロと出口を探して歩くのは一苦労でした。

 

 それでも何とか頑張って外に出ると、すぐ側に海が見えて、その海に何基もの風力発電の風車が見えます。

 この風車は飛行機の窓からも見えたのですが、何とも幻想的でした。

 

 しかしそれ以外は到って殺風景で、街も建物も見当たらず、見物できるような物はありません。 

 空港の周りってどこでもそんな感じだから仕方がないです。

 

 ワタシはまた空港内に入りました。

 

  

 

 しかしとにかく一応外を見て満足したので、今度はウィーン行きの便の出発ロビーを確認する事にしました。

 

 けれど行きと違って余裕ができたので、キョロキョロと回りを見回して、空港内を見物しながら進みました。

 

 そうやって歩いていると、東洋人の女性が何やら新聞を配っているのに出くわしました、彼女はワタシを見ると、黙ってその新聞を一部くれました。

 見ると中国語繁字体の新聞です。

 

 ワタシはそれをバッグに入れて、更に進みました。

 

 すると今度は3歳ぐらいの可愛い女の子が一人で、ベンチに座っているのを見ました。 そしてビックリしました。

 

 こ、乞食の子供???

 

 その子は淡い日光のような金髪に、空色の瞳、透き通るように白い肌の妖精のように可憐な子だったのですが、着ているヨレヨレなのです。

 

 3月の末だったので結構寒くて、その子は毛糸の頭巾をかぶり、毛糸のカーデガンを着ていたのですが、それがもうどれだけ洗濯を繰り返したらこうなるのかと思えるほど、色が黒ずんでヨレヨレになっているのです。

 

 この子の着ていた服が、この子のところへ来るまでに、何十人の子供の間を渡り歩いたのでしょうか?

 

  

 

 けれどヨレヨレの服を着ているのはこの子だけではありませんでした。 

 

 このコペンハーゲン国際空港は、北欧のハブ空港とかで利用客の多くは、北欧諸国の人のようです。

 しかし周りを歩いているこれらの人々の服装が殆ど皆ヨレヨレなのです。

 

 季節柄セーターを着ている人が多かったのですが、それが皆アクリル製の超安物のしかも洗濯しまくって形も崩れ、色も黒ずんでと言うのばかりなのです。 

 

 北欧はワタシの大好きなノルディックセーター始め、セーターの本場で、編み物が民族の伝統手芸なのですが、そんな洒落たモノを着ている人は全く見かけません。

 

 模様や形がノルディックセーターでもアクリルのヨレヨレじゃなどうしようもありません。

 

 セーターだけでなくズボンもシャツも皆ヨレヨレです。

 

 「難病連のバザーに出したら全部捨てられる・・・・・。」と思いました。

 

   

 

 ワタシは難病患者なので、北海道難病連盟(難病連)の会員だったことがあり、その時会で行うバザーの手伝いをしました。

 

 北海道難病連盟は活動資金調達の一助にと、年の一度一般から不用品の寄付を募ってバザーをするのです。

 その時集まる不用品の中で一番多いのが衣類でした。

 

 しかし古い物や痛んだ物などは、並べても売れないので、バザーに出す前に選別して捨ててしまいます。 ワタシはこの作業を手伝っていて、自分が出したセーターを目の前で捨てられた事があります。

 

 でも他の品と比べたら捨てられても文句を言えないので何も言えませんでした。

 

 ところがこのコペンハーゲン空港を行く人々の着ているモノは、捨てられたワタシのセーターなんぞより遥かに酷いものでした。

 

  

 

 とは言え皆さん凄くカッコイイのです。

 

 あの乞食の子だって、妖精のように可憐だったけれど、大人は皆スラリと背が高く、肩幅が広く、腰がキュッとつぼんで足が長いのです。

 そして淡い色の髪に白い肌です。

 

 だから遠目にみるとホントに素敵です。

 写真に撮って、セーターがヨレヨレとかわからなければ、日本人なんか幾らお洒落をしても敵いません。

 

 こんなカッコイイ人達が、綺麗な街並みを歩く写真を見れば、北欧は天国のように見えるのは当然ではありませんか?

 

  

 

 せっかく神様からカッコイイ容姿を授けられた人達が、かくも貧乏くさい恰好をしている理由は言うまでもなくこの北欧諸国の物価高です。

 

 物価高の原因は勿論、物凄い税負担です。 

 所得税の税率だって高いのですが、消費税も20~30%です。 しかも輸入品の関税だってベラボウに高いのです。

 

 だから免税のはずの空港内のレストランも凄いボッタクリ価格です。

 なんか成田の倍ぐらいの感じです。

 

 立ち食いでサンドイッチに飲み物を一杯でも、日本円にして1000円超えるような感じです。

 これには食欲も吹き飛びました。

 

 何だか非常に疲れる気がしました。 

 空港は凄く綺麗だし、その上完全バリアフリーだし、周りの人が凄くカッコイイけれど、何だかシンドイのです。

 

  

 

 そうこうするうちにようやく4時間が過ぎて、ウィーン行きの便に乗りました。

 

 その飛行機は道内のローカル線に使うような小さな飛行機だったのですが、乗り込んでなんだかホッとしました。

 

 離陸すると間もなく若い可愛いスティワーデスが、機内食を配ってくれました。 凄く美味しいサンドイッチでした。

 

 考えてみると、成田からコペンハーゲンまでスカンジナビア航空のスティワーデスは、ゴツイ中年女性で威嚇されているような気がしていたのです。

 

 自分がゴツイ中年女のクセに文句を言える筋合いじゃないけれど、可愛い人を見ると気持ちが休まるのだと思いました。

 

  

 

 ウィーンへ着いた2日目の朝、ホテルで朝食を食べていると、成田―コペンハーゲン便で隣の席にいた女性と会いました。 

 聞くと彼女は当日コペンハーゲン―ウィーン便があることを知らなかったので、コペンハーゲンに一泊して翌朝のウィーン行きに乗ったそうです。

 

 「コペンハーゲンは何だか殺風景で嫌だった。」

 「なぜか道に割れたガラス瓶が一杯散らばっていて、怖かった。」

 「ホテルの朝食も粗末だった。 ここは良いわ。 こんなに美味しい物が沢山あって・・・。」

 

 彼女はそんな話をしていました。

 

  

 

 デンマークは他の北欧諸国同様、高福祉高負担国家です。 だから税金が高いだけではありません。 手厚い福祉を受けられるのです。

 

 人が自分のお金を何に使いたいかは、その人の価値判断によります。

 

 北欧の人々は大変堅実で、衣類だの美食だのと言った物で浮薄な浪費はせず、病気や障碍を抱え込んだり年を取ったりした時に手厚い福祉が得られるような使う事にしたのです。

 

 でもワタシはたった4時間のデンマーク滞在で、そう言う堅実一途の生活は、日本人の感覚ではかなり辛い物があるんじゃないかと思いました。

 

 ワタシは難病患者だから福祉が手厚いと丸儲けになる立場だし、日本人としては随分ケチなのですが、それでもあんな国はイヤだと言うのが実感です。

 

  

 

 しかしながら読売新聞は絶賛しているようです。

 

 http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=54988

 

 そしてこの高福祉の源泉については、三橋貴明氏が解説してくれています。

 

 http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/page-1.html#main

 

 

    

 

 

 

  

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