ドアを開けたら雪の壁!!
イヤ~~大変ですねえ。
でも我が家ではこれはありません。 日本の住宅ではこれはまずないでしょう。
なぜなら日本の住宅ではドアは外開きになっているからです。

だからドアを開けたら雪の壁と言うことはないのですが、代わりに雪が沢山積もったらドアが開かなくなります。
それでそういう場合は、仕方がないので窓から出て、ドアの前の雪を除雪して、ドアが開くようにします。
この冬は今までに2回これをやりました。 風向と回りの建物の加減で、我が家の玄関が吹き溜まりになるので、少ない雪でも玄関が埋まる事があります。

それでドアを開ける為には、頑張って除雪するのですが、この冬は喘息でヘタレているので、玄関前を全部除雪するような元気はありません。 ドアを開ける分だけ除雪するのが手一杯でした。
だから玄関から続く通路とは大きな段差ができてしまいました。

一方欧米の建物のドアは原則皆内開きです。 家に入るドアだけでなく、部屋のドアもトイレのドアも皆内開きです。
なぜ、内開きにするのか?
それは内開きだと、ドアの前に家具など重いモノを置けば、外からドアをこじ開ける事が出来ないからです。
外から暴漢が入るのを防ぐのには、大変有利だからです。

だから日本でも城門のような物は内開きになっています。
しかし城門が内開きであるが故の悲劇もありました。

2002年にヨーロッパ旅行をして、ウィーンの近くドナウ川河畔のハインブルグと言う街を見物した時に、ガイドさんから聞いた話です。
1683年、この町はオスマン帝国の第一次ウィーン包囲の時、トルコ軍に襲われて陥落しました。 街はウィーンへの進軍路にあったので、行きがけの駄賃のように襲われてしまったのです。

街は城壁に囲まれていたのですが、総人口が2000人程ですから、20万とも言われたオスマントルコの大軍の前にはなすすべがありませんでした。
トルコ軍が来て間もなく山側の城門が破られました。
街の人々はパニック状態になって、ドナウ川側の城門に殺到しました。 ここから出てドナウ川を船で逃げようとしたのです。
しかし城門は内開きです。

城門にたどり着いた人々は、後から後から押し寄せる人々に押されて、城門を開ける事ができませんでした。
そこにオスマントルコの軍勢が襲い掛かりました。 城門の前で身動きできなくなっていた人々は、撫で斬りにされるだけでした。
この城門に通じる通りは、現在でもブルトガッセ(Bultgasse)「血の小路」と呼ばれています。
街の住民はこの時ほぼ全員が虐殺されました。
日本の家のドアが皆外開きなのは、実はこのような事態を防ぐためのようです。 つまりパニック状態で外へ出ようとするとき、内開きでは開けられない場合があるのです。

実はこの町は1529年のオスマントルコの第一次ウィーン包囲の時にも、同様のパターンで住民のほぼ全てが虐殺されています。
街の城壁は今もほぼ完璧に残っています。 高さ10m弱、幅は小型車が一台通れる程もあります。
そして数十メートル置きに塔が建っています。
勿論城門も残っています。
城門は今も全部内開きです。
城門だけでなく街の家のドアも、ワタシが泊まったホテル(14世紀に建ったゴチック建築!!)のドアも全部内開きでした。

ブルトガッセのような悲劇はあっても、外開きでは外から簡単に開けられてしまうので、城壁の役には立ちません。 そして侵入者への恐怖が、習慣となって内開きのドアが続いているのでしょう。
外開きのドアと言うのは、つまり外から押し入ろうとする暴漢のような者の存在を想定していないのです。
ヨーロッパの古い街は皆城壁に囲まれていました。
そしてどの街も皆包囲戦を経験した歴史があります。 勇敢に包囲戦を戦った市民は伝説となって、その後街のお祭りなどで繰り返し顕彰されます。

包囲戦に勝ち抜き敵が撤退した後に、市民がまず行うのが、城壁の修理と補強です。
包囲戦で破壊された部分を直すだけでなく、包囲戦でわかった欠陥を直す為の増改築をします。
包囲戦を戦う事は経済的にも大変な負担なのですが、それでもまず城壁の補強を優先するのです。
それをやらないと次にまた包囲戦になった時に、敵は弱点だった部分を攻めて、今度は必ず陥落します。
だからどんなに苦しくてもまず城壁の修理と改築をするのです。 それをやり通した街だけが生き延びる事ができるのです。

ワタシはドイツが第二次大戦後早々と国軍を建て直し、最近まで徴兵制を実施していたのは、本来このような大陸諸国の歴史と、それに養われた国民性によるのだと思います。
ドイツが敗戦を蒙ったのは別に第二次大戦が初めてではありません。 ドイツのように強国と言われる国でも、歴史的には何度も敗戦を体験しているし、大量虐殺だって何度も体験しているのです。
こうした経験を繰り返せば、全ての国民が戦争や国防に対して極めて現実的な考えを持つようになるでしょう。
日本には街を囲む城壁はありません。 家のドアは全部外開きです。
これで安心して暮らせる人間達が、現実的な国防意識を持つには、ひたすら理性により歴史を、日本史だけではなく世界史を学ぶしかありません。