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2019-12-05 12:14

中村哲医師への追悼を込めて

 ペシャワール会の中村医師がなくなりました。

 アフガニスタン内に留まって活動を続けたら、こういう事になるのも覚悟の上だったのでしょうが、それにしても人生の全てをアフガニスタンの貧しい人々の治療に尽くした末に、このような最期を迎えると言うのは、余りに無残です。
 
 現在のアフガニスタンと国際社会の厳しさを象徴するような最後になってしまいました。

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 実はワタシは90年代の初頭から9・11後のアメリカのアフガン侵攻の少し後ぐらいまで、ペシャワール会の会員でした。

 そのころはワタシも全然ネトウヨではなく、むしろ完全なリベラルでした。(ワタシ自身の認識では今も正統派リベラルですが)
 
 ペシャワール会に入会したのは、朝日新聞に掲載されていた中世ドイツ史の権威・阿部 謹也のエッセイを読んだからです。(我が家ではワタシが生まれる前から朝日新聞を購読していたので、慰安婦強制連行捏造を続けて愛想が尽きるまでは朝日新聞を読んでいました)

 そのエッセイで阿部 謹也は中世そのものの世界であるアフガニスタンで活動するペシャワール会の事に触れていたのです。
 阿部 謹也自身もまたペシャワール会の会員であり、会報にも寄稿しているそうでした。

 ワタシは中世の世界とアフガニスタンの非常に興味があったし、また自身が難病患者なので、医療を受ける事もできずに苦しむ人達を、少しは助けたいという気持ちもありました。

 そこでペシャワール会に入会し、年会費5000円を払い込み続け、また時々それとは別途に寄付もしました。 
 それで二か月に一度ぐらいの割合で来る会報を読む事ができるようになりました。
 また入会時に阿部 謹也の寄稿した記事が掲載されている過去の会報が欲しいと我が儘を言ったら、それも送ってくれました。

 当時はパソコンは結構普及していたけれど、ネットはまだ未発達なので、ペシャワール会に限らずこうした会で、会と会員を繋ぐ唯一の方法は会報の郵送でした。
 そしてこれは結構お金がかかるらしく、集めた会費の大半がこの会報の発行と郵送費に消えていたようです。

 しかしこの会報を通して、ワタシはマスコミでは絶対に知ることのできないアフガニスタンの現実と、途上国の生活の厳しさを知ることができました。
 そしてマスコミ報道と現実の乖離も感じる事ができました。

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 例えば当時からマスコミでは、日本がプロミン発見以降も長くハンセン氏病強制隔離政策を続けた事に対してひたすら非難一辺倒でした。

 けれどもペシャワール会ではこの強制隔離施設であるライ院の元職員だった人達が、ボランティアで検査技師など職務を行っていました。
 因みにペシャワール会は元々ハンセン氏病の治療を本業にしていました。 そしてペシャワールとその周辺にはまだ多数のハンセン氏病患者がいたのです。

 会報で中村医師はこうしたライ院の職員達を非常に高く評価していました。 
 彼等は皆定年退職者で高齢なのですが、しかし戦中・戦後の厳しい時代に勤務した経験があるので、アフガニスタンやパキスタンのトライバルエリアと言う非常に厳しい環境でも、自分達で工夫をして難しい仕事をこなしてくれるというのです。

 若いボランティアは最新機器を使えるのだけれど、停電や断水が日常と言う世界ではすぐにギブアップしてしまう、でも高齢のボランティア達はそんなことにはめげずに、何とかそれでも仕事を遂行できるように工夫するというのです。

 そしてこういう世界での医療の厳しさも知ることができました。
 ペシャワール会は原則として貧しい人々は無料で治療していました。

 しかしそれでも治療を受ける為に来院できない人が多数いるというのです。
 ペシャワール会の病院は当初は、パキスタンのペシャワールだけにしかありませんでした。

 すると少しペシャワールから離れた地域からくるには、バス等を使いその後しばらく入院しなければなりません。
 けれどもそのバス代(日本円で数百円)が出せない、仕事をしなければ生活ができない人は治療を受けに来ることができないのです。

 だから来院するのは「そこそこ裕福な家のご隠居さんのような人ばかり。 女性は一切来院できない。」と言うのです。

 医療だけでは済まない問題があるのです。
 そしてこうした問題は実は経済大国になるまでは、日本にもあったのです。 だから強制隔離政策をひたすら非難するマスコミには違和感ばかり感じるようになりました。

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 さらに職員として働く現地人とのトラブルについても結構書かれていました。
 そして中村医師は職員が、職務命令に従わなかったり、トラブルを起こせば、殆ど即座に解雇しました。
 それで会報には殆ど毎回職員を解雇した話が出ていました。

 それは日本でこれをやれば、左翼系の労働組合が騒ぎ、マスコミが便乗して非難囂々になるのは請け合いと言えるレベルの厳しさです。

 尤も現地人職員側も日本人には想像を絶するような奴がゾロゾロいるので、こうしないと管理不能になるのです。

 例えば若く非常に優秀な現地人医師の人格と能力を見込んで、病院を支える医師に育てようと会の費用でイギリスの熱帯学研究所に長期間留学させ、更に帰国後は最新機器の使用法も積極的に教え込んだところ、一通り学び終わるとさっさと退職して、自分で開業するなんて事があるのです。

 門番や掃除夫から医師まで、現地人はみな一筋縄ではいかない連中ばかりのようでした。

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 さらに厳しいのは患者の命を助ける事が、患者の幸せに繋がるとは限らないという現実です。

 福祉の全くない世界では、命が助かっても障害を抱え込んで働けなくなる、介護なしに生きられなくなるような状況になると、本人だけではなく家族全員の生活が破綻します。

 だから重い後遺症が残ると思われる場合や、治療を続ければ患者家族の生活が破綻すると判断した場合は、家族や本人には「もう手の施しようがない」と言って、あえて治療せず患者を死なせるような事も再々やっていました。

 メンタルの弱い人には絶対に耐えられない世界です。
 そしてこうした世界を知ることで、日本に生まれた事のありがたさを思い知りました。

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 それでも中村医師は頑張り続けて、会の組織も大きくなり、ペシャワールに自前の本院を持ったばかりか、アフガニスタンのカンダハール周辺などに幾つかの分院を持つまでになりました。

 その分院の一つは屋上に重機関銃を装備していたのだけれど、ある時、その機関銃をオーバーホールに出したら、直ぐに強盗団に襲われる自動車始め金目の物をすべて奪われるという事件がありました。

 しかし重機関銃が使えなくなったのを見澄まして襲ってきた事から、強盗団はこの分院の状況をよく知っている人間だと見当をつけて、犯人を捜しました。
 するとやはり犯人は近隣の集落の不良青年達でした。
 
 彼等は親族や近所の人達が、この分院で治療を受けたり、また働いていたりしたことから、機関銃が修理中で使えない事を知って襲ったのです。

 そこで中村医師は近隣の長老達と談判して「犯人を処罰して、奪われた物を返さなければ、分院は閉鎖する」と言ったところ、長老達は犯人達を処罰するととともに彼等が奪った物を返しました。
 そして中村医師の前で、今後二度と分院に危害が及ばないようにするとコーランに誓いました。

 近隣にはこの分院以外に一切医療機関がありません。 
 近隣の集落の住民は、集落ごとにそれぞれ部族や民族が違うのですが、しかし全員この分院の厄介になっていました。

 だから出ていかれては絶対に困るのです。
 そこでそれぞれの部落の長老達が皆で分院を守るとコーランに誓ったのです。
 部族や民族は違ってもこのコーランへの誓いだけは絶対に守られるのです。

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 中村医師がペシャワールで医療活動を始めた頃は、ソ連軍のアフガン侵攻中でした。
 アフガン人達はソ連軍さへ追い出せば、アフガニスタンが平和になると信じて戦ったのです。
 そして遂にソ連軍を追い出す事に成功し、更にその後まもなくソ連自体が崩壊しました。

 しかしアフガニスタンは平和にはなりませんでした。
 ソ連軍を追い出した後、アフガニスタンは完全な無政府状態の中で、アフガン人自身にも説明不能な勢力争いが深刻化して、ソ連侵攻時以上に悲惨な状況になりました。

 元々アフガニスタンは多民族国家で、阿部 謹也の言うようにドイツの中世初頭のような世界でした。
 だから中世に生きる人々がそうであったように、ソ連侵攻前から自由民の男性は常に武器を携帯していました。 因みに「不自由民」と言える奴隷か農奴に近い人々もいるのですが、そういう人達は武器を携帯できません。

 そして集落ごとに民族や部族が違い、その部族や集落間の間でもめ事が起きれば、当事者同士が武力行使を行う事も普通と言う世界でした。

 そういう世界で全ての人々に唯一共通した倫理がイスラムと言う宗教でした。
 司法制度が未整備では法は意味がないし、そもそも個々の部族全体を完全に支配できるような権力も存在しません。
 
 だからイスラムだけが、全ての人々に共通する倫理道徳であり、それにより最低限の社会秩序と人間性を確保する事ができたのです。

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 そういう世界に地雷やスティンガーロケットなど近代兵器が大量に流れ込み、争いが深刻化する中で、人々がより深く信仰にすがるようになったのは当然でしょう?

 しかし今度はそこにサウジアラビアやエジプトなどから、イスラム原理主義者が入り込み、イスラムそのものが戦争を深刻化させていくことになったのです。

 そして更にそれがアメリカの介入を招きました。
 こうなるともう無間地獄です。

 ワタシはソ連軍を追放してもアフガニスタンが平和にならず、その紛争に宗教が絡み始めた時に直ぐに連想したのが「ドイツ三十年戦争」です。

 「ドイツ三十年戦争」だけでなくヨーロッパの近世初頭に起きた宗教戦争は、どれも皆「酸鼻を極める」としか言いようもない無残な物になりました。 しかもそれが延々と続いたのです。

 「信仰の自由」「言論の自由」「個人の尊厳を認め、国家は人の心に入ってはイケナイ」などと言う現代の人権思想の基盤になるウェストファリア体制の発想は、この無間地獄を潜った西洋人達が「このままだと、オレタチは最後の一人になるまで殺し合う事になる。」と言うところまで追い込まれた末に行き着いた結論なのです。

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 しかしアフガニスタンが戦争状態になってから既に30年を遥かに超えているのです。
 そして三十年戦争の時代にはなかった地雷や機関銃が溢れているのです。

 アフガニスタンの人々が自身のウェストファリア体制を作るまでに、一体どれほどの人が死ななければならないのでしょうか?

 だからペシャワール会の組織がいくら大きくなり、資金も増えて活動の範囲が広がっても、現地の人々の救済には追い付きませんでした。

 それどころか戦争で現地の治安は悪化するばかりで、会の病院付近の長老達がいくら頑張っても、彼等にも病院の安全を保障できなくなったのです。

 そして遂にペシャワール会はアフガニスタンから日本人職員を引き上げざるを得なくなりました。
 
 しかしその後も尚状況は悪化し続けて、遂に中村医師殺害と言う事態に至ったのです。

 今後中村医師に代わってペシャワール会を率いていく人がいるのでしょうか?
 そしてアフガニスタンはどうなるのでしょうか?

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 因みにワタシがペシャワール会をやめたのは、アメリカのアフガン侵攻の少し後ぐらいです。

 9・11の後、アメリカはオサマ・ビン・ラディンを保護するタリバン政権と戦う為に、アフガニスタンに侵攻しました。
 
 実はペシャワール会は会の分院のある地域のタリバンとは良好な関係にありました。
 関係が悪ければ、とても活動できないのだから当然ですが、それ以前にペシャワール会はイデオロギー・宗教・政治の一切に関係なくただ現地の人々の医療だけに徹するという活動方針だったのです。

 だからしペシャワール会の病院では、タリバンの兵士とそれに敵対する勢力の戦闘員が、仲良く並んで診療の順番待ちをしているというのは、日常の光景でした。

 ワタシはそういう活動方針を非常に好ましく思っていました。
 だから当時、アルバイト程度の仕事しかなかった身には過分の寄付も喜んでしたのです。

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 しかし米軍のアフガン侵攻に対して、中村医師が明確に反対し、それを日本のマスコミが大々的に取り上げてから、会の性格がおかしくなっていったのです。

 ペシャワール会の活動状況から言っても、また米軍侵攻後のアフガニスタンを見ても、中村医師が米軍のアフガニスタン侵攻に反対したのは当然だし、実際アメリカにとっても大失敗だと思います。
 
 だからワタシも中村医師が、国会にまで行ってアメリカを非難した事自体は今も支持しています。

 しかしこの事でペシャワール会の名声は一気上がりました。
 そしてそれが「反戦左翼」を呼び込んだのです。

 そしてこれ以降、ペシャワール会の会報や中村医師の言動に、9条教徒の影がちらつくようになり、政治にも宗教にもイデオロギーにも関らないとしていた会の性格が変わっていったのです。

 ワタシがネトウヨになるのは2007年にパソコンを買ってからで、それまでは普通にリベラルだったのですが、しかしそれでも何だか違和感がありました。

 それで結局、会をやめました。

 会をやめる時に手紙で「ペシャワール会は何でこんな変な風に政治的なってしまったのですか?」と書いたら「政治的にはなっていません。」と言う返事がきました。

 でもその頃にはペシャワール会に「沖縄平和クリニック」なんて物ができていたのです。

 当時はワタシは沖縄の反基地活動なんて全く知らなかったのですが、それでも「なんでペシャワールに沖縄ナントカなんて命名した病院を作るの?」と凄くイヤな感じでした。

 だから止めたのです。
 尤もそのころには会も巨大化して資金も潤沢になっていたのですから、ワタシの寄付金なんて意味もないと思ったので、気は楽でした。(もともと意味があるほどの寄付金を出す資金力もないのですが)

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 ともあれ中村医師が純粋にひたすらアフガニスタンとパキスタンの辺境に暮らす貧しい人々を救おうとして生涯をささげた事実は変わりません。

 中村医師のご冥福を祈ります。
 中村医師はキリスト教徒だったので、確実に天国に行けるでしょう。

  1. 個人的体験から
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2019-12-02 16:07

あんまりです!!

 神様、あんまりです。

 さっき書いた記事を保存しようとしたら、なぜか消えてしまいました。
 昼前から3時間近くかかって、長文を書いたのに、それが全部消えました。

 実は時々、こういう事があります。
 それも是非とも書きたいと思って、頑張って長文を書いている時に限っておきます。

 以前、小野寺信についてエントリーした時は、実は3回も保存に失敗して、その度に気を取り直して書き直したのです。

 尤もお陰で文章は最初の書いた物に比べて格段に良くなりました。

 だからひょっとして、あれは小野寺夫妻の霊魂が、「自分達の事をこんな下手くそな文章で書いては困る。」として書き直しをさせたのだと思っています。

 だとしたら今回もそれかもしれません。

 しかし今回、エントリーしようとした人物は、全員生きているので、生霊かもしれません。

 確かにアイツなら生霊になって祟るかも?

 だって目に狂気が宿っている奴なんだから。

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 立民・石垣氏から「ファシズム呼ばわり」 高橋教授が枝野代表の見解求める

 リンク先の産経新聞の記事の写真でも、怖い目をしているけれど、こいつが自分のツィッターのアイコンに漬かっているこの写真は、もっと怖い。
 
 何か禍々しい物が憑りついている、或いはこの女自身が悪霊としか思えません。
 
 ツィッターとかブログのアイコンに使う画像って凄く面白くて、そのアイコンを見ると何となくそいつの人格や思想信条がわかるのです。

 イヤな画像をアイコンにしている奴は、まず間違いなくイヤな奴だし、感じの良い画像をアイコンにしている人とは、殆ど皆気があいました。

 そしてコイツの場合は、狂気をアイコンにしているのです。

 ワタシは今まで見た人物写真の目で一番気持ちが悪いと思ったのはヒトラーの目だったのだけれど、しかしコイツの目はヒトラーの目の10倍不気味です。

 醜男のヒトラーと違って、顔かたちだけなら美女と言えるだけに、猶更狂気が際立つのかもしれませんが。

 このまま書き直すと、何度でも憑りついて、祟り続けるかもしれない・・・・・。

 でも、こういう狂気から日本を守りたいので、少し休んだらまた再度書き直してちゃんとエントリーします。
  1. 個人的体験から
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2019-06-24 09:44

好事魔多し 右肩脱臼

 19日の午前1時過ぎ、よもちゃんがお外へ行きたいと言い出しました。
 よもちゃんはこの頃、毎夜、この時間に夜遊びに出るのですが、でもいつもお隣の家の玄関ポーチに少しいて直ぐに帰るのす。
 だからワタシは何も気にせずよもちゃんを出しました。

 しかし2時前に目が覚めてもよもちゃんは帰ってきません。
 そこで少し心配になって、探しに出る事にしました。

 きっとお隣の玄関ポーチにいると思ったので、パジャマのままで猫探知機も持たずにでました。
 そしてお隣の玄関ポーチを見たのですが、よもちゃんはいませんでした。
 それで家に戻り猫探知機をもって、近所を探そうと思いました。

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 ところが玄関のところで、コロリと転んでしまいました。 夜の間に降った雨で玄関前の地面が滑りやすくなっていたのです。
 酷い転び方ではなく、パジャマのズボンも殆ど汚れないぐらいでした。

 しかし立ち上がろうとしたら、右の肩に激痛を感じました。
 生まれてこの方感じた事のないほどの痛みで、一昨年、自転車で転んで右足の膝を骨折した時よりも、遥かに激しい痛みでした。

 転んだ時に、右腕が玄関ドアに引っかかっていたので、右腕を体の後ろ側にねじ上げられるような状態になっていたのです。

 それでもワタシは何とか家に入り、少し痛みが治まるのを待つ事にしました。
 しかし痛みは全然治まりません。

 痛くて右腕を動かす事ができません。

 これは尋常ではない。
 救急車を呼んだ方が良いのでは?

 しかしよもちゃんは?

 よもちゃんを外に出したまま入院するような羽目になったら大変です。

 そこで痛みをこらえて、猫探知機を取り出し、とにかくよもちゃんを見つけて連れて帰る事にしました。
 そして玄関を開けると、何とよもちゃんが飛び込んできました。

 ああ、もう10分早く帰ってくれたら、ワタシはこんな目に遭わなかったのに!!

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 ともかくよもちゃんが家に帰ってくれたので大安心です。

 するとまた痛みがひどくなってきました。

 この痛みは明朝まで我慢できないし、またこの状態では自力で病院に行くこともできません。

 だからもう覚悟を決めて救急車を呼びました。

 救急車で病院に運ばれる途中も、痛みが酷くて吐き気がしました。
 痛みが酷いせいか、病院に着くのが異様に長く感じられました。

 それでもともかく病院に着くと、直ぐに診察を受ける事ができました。

 結果は「脱臼」です。

 若い男の外科医の先生が、右腕をギュウギュウ引っ張っると、脱臼した関節はちゃんと戻りました。

 関節が戻るとそれまでの激痛は、嘘のようになくなりました。

 でも脱臼した時、骨の一部がはがれてたので、翌日には近所の病院に行って、これをちゃんと治療するように言われました。

 そして腕を吊り、さらに腕が動かないように、大きなゴムバンドのような物で体に固定されました。
 
 それでこの病院の処置は終わりです。
 ワタシは会計で治療費、大枚13000円を支払いました。

 救急車に乗る時、救急隊の方が保険証などを持って行くように気を使ってくださったので、ちゃんと財布も持っていたのです。

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 しかしここはどこだろう?
 どうやって帰ったものか?

 救急車の中にいると、どこをどう走ったのかが、全くわかりません。
 だから自分が担ぎ込まれた病院が、どこなのか全然わかりません。
 とにかく随分長く走ったような気がするので、我が家からはとんでもなく遠い所、ワタシの全然知らない所ではないかと思いました。

 でもワタシはとりあえず病院の玄関から外へ出てみました。

 すると辺りは白々と明け始めていました。
 そして非常に特徴的な白い円筒形のビルが直ぐ前に見えました。
 札幌プリンスホテルです。
 
 ?? 
 ここって大通り11丁目じゃん!!
 だったらタクシーで帰れば良い。

 痛みが治まったので地下鉄でも平気ですが、でも地下鉄が動くのはまだ数時間先です。
 何よりもワタシはパジャマ姿です。
 札幌の都心ですから、こんな時間でもタクシーは結構走っているでしょう。

 改めて荷物を持って外に出ると、直ぐにタクシーが見つかりました。
 ワタシは喜んで左手を振りました。
 するとタクシーは直ぐに止まりました。

 未明にパジャマ姿で街中をうろつく人間は、随分胡乱だと思うのですが、しかしタクシーの運転手さんは「○○整形(ワタシが担ぎ込まれた病院)の近くだから、こんなお客は珍しくない」と平気の平左でした。

 そしてすぐに家に着きました。

 どう考えてもタクシーは救急車よりかなり遅いはずですが、痛みがないせいか、救急車で来た時より、遥かに早く帰れたように感じられました。

 家に帰ってそのままベッドに潜り込むと、直ぐにぐっすりと眠りました。

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 そして目が覚めると、朝食を食べて、近所の外科病院に行きました。

 ここの先生の診察でも結果は同じで、はがれた骨が着くまで3週間程、腕を動かさないように固定する事、来週また診察に来るように指示されました。

 と言うわけでこの3日間、右腕を固定しているのです。
 大変不便です。

 自転車にも乗れません。
 だから遠出ができません。

 脱臼した翌日と翌々日は、なんか気が抜けたというか、身も心もヘタレていました。
 
 昨日から少し元気になりましたが、でも元気になっても結局、右手が満足に使えないのですから、殆ど何もできません。

 ああ、ホントになんてことに!!

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 ワタシはこの2~3週間絶好調でした。
 タイチョウ殿のご機嫌がいつになく良くて、昼間天気が良ければ、好き放題散歩に行き、ブログも更新し、そして夜には裁縫に励んでいたのです。

 だからパジャマ他、前々から作らくちゃと思っていた物を、次々と作っていたのです。

 そしてこのまま体調が良好な状態が続くなら、パートの仕事ぐらいできるのでは?などと考えていたのです。

 そしたらいきなりこれです。
 
 好事魔多し!!って、当にこれなんですね。

 それでも入院せずに済んだだけでも、幸いです。
 それに今は一年で一番快適な季節で、右手が使えなくて着替えにもたついても、寒い思いをしないし、除雪もしなくてよいのです。

 だから気を腐らせずに、何とか元気を出していきたいと思っています。

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 因みによもちゃんは、この件に関して責任を感じるとか、気を使うとかいう事は一切ありません。
 いつものようにワタシを便利使いしています。
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2019-06-05 13:13

ある野良犬の思い出から

 高校生のころ、毎朝通学の為バス停でバスを待っていると、必ず一匹の犬がやってきました。
 その犬はどう見ても野良犬なのですが、大変人懐こくてバスを待っている人達にすり寄っては、頭を撫ぜて貰うのです。

 犬はそうやって可愛がって欲しくて毎朝、バス停に来ているようでした。

 ワタシは毎朝それを見ながら、非常に不思議な事に気が付きました。

 犬がすり寄っていく人は、必ず犬を撫ぜて可愛がります。 
 
 しかし考えてみればバス停で並んでバスを待っている人達の全てが、野良犬を可愛がる程犬好きであるわけもないのです。

 バス停で通勤通学の為にバスを待っている人達ですから、年齢や性別や職業は様々です。
 だから犬がすり寄っていく人達もまた、年齢や性別も職業も様々な人達でした。

 けれども犬は百発百中で、自分を可愛がってくれそうな人を見分けるのです。

 犬好きの人が特に犬に「おいで、おいで。」と言ったりしているわけでもありません。 
 皆、ただボ~~ッと立ってバスを待っているだけです。

 しかし犬が好きな人なら、犬が寄ってくれば思わず可愛がるのでしょう。
 その野良犬は明らかに、無表情でバスを待つ人達の中から、犬好きな人を見分けているのです。

 ワタシはそれを見ていて、犬には人間の気持ちを読み取る能力があるのだ、犬は人間にはわからない感覚で人間の気持ちを理解しているのだと思いました。

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 これも随分昔ですが、ある詐欺師の自伝でも、似たような話を読んだ事があります。
 
 その詐欺師は犬が傍にいると必ず詐欺に失敗すると書いていました。

 彼は所謂寸借詐欺で、街中で出会った人に適当な話を作っては、金を借りて持ち逃げすると言う詐欺を仕事にしていたのですが、相手の飼い犬が傍にいると、必ず犬が猛烈に吠え始めて話ができなくなるのだと言います。

 この詐欺師は詐欺師としては随分優秀な男で、彼が話すと誰でも彼の話を信じ込んでしまうのです。
 それで普段は殆ど失敗する事がないのです。

 だから飼い主はコロリと騙されて、詐欺師の話を信じ込んでいるのですが、しかし飼い犬の方は全く騙されず、主人を騙そうとする男に猛烈に吠えるというのです。

 ヤッパリ、犬には人間の気持ちを見抜く能力があるのだと思います。

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 因みにワタシは犬は飼った事はありません。
 変わりに猫を飼っています。

 ウチの猫、よもちゃんは猫ですから普段は当然、自己中に耳と尻尾をつけた状態です。
 でもワタシが体調を崩して寝込んでいる時や、落ち込んでいる時は、必ず傍にピッタリとくっついてくれます。

 普段、夜寝るときは知らん顔で、他の場所で寝ているのに、体調を崩して昼間寝込んでいると、必ずベッドに入ってきて、ワタシと一緒に寝てくれます。

 ヤッパリ、よもちゃんもワタシの気持ちをわかってくれるのです。
 だからワタシはよもちゃんには随分助けられました。

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 犬も猫も、言葉を持たないし、人間の「知性」からは程遠い動物です。
 しかしこのように人の気持ちを理解する事にかけては人間に劣りません。
 
 それどころか犬など、人間をはるかに上回るのではないかとさへ思えるのです。

 そうなると犬が人間の気持ちを理解する、或いは犬同士でお互いを理解しあうと言うのは、言葉によるコミュニケーションや知性などとは、全く別な能力ではないかと思われます。

 ヒョッとして犬にはこうした能力と司る特別な器官があって、それが非常に発達しているのでしょうか?

 人間だってある程度そういう能力はあるので、まだ言葉を持たない幼児でも、自分を可愛がってくれる人と、そうでない人の区別はできるし、また全く言葉の違う外国人同士でも、ある程度の意思疎通は可能なのでしょう。

 逆にそういう能力が著しく低い人は、色々問題を起こしてしまうのだと思うのです。

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 実はワタシも人の気持ちを自然に理解するとか、自然に共感するとか言う事ができません。
 特に空気を読むとか、そういう事ができません。

 だから人付き合いはとても苦手です。
 そして人と付き合っても、殆ど楽しめないので、一人でいる方が好きです。

 つまりワタシはあの野良犬やよもちゃんが持っている能力が欠けている、もしくは著しく低いのだと思います。

 今、アスペルベルガーなど発達障害が問題になっています。
 先日の川崎の通り魔や、農水事務次官に殺された彼の息子は、少年時代から引き籠りでした。

 こうした長期間・重度の引き籠りの人達は、発達障害や精神障害を抱えている場合が多いのではないかと思います。

 ワタシは登校拒否にも引き籠りにもなりませんでしたが、しかし学校へ行って友達と話すのが楽しいと思った事はありませんでした。
 尤も周りの空気には全く無関心だったので、孤立して苦痛だという事もなかったのです。

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 因みにこうした発達障害を持つ人も、所謂「知性」その物は人並み以上で、一流大学や国家公務員試験に合格したりする人も結構いるそうです。

 それどころかこの手の人が、一種異様な集中力や執着心で、受験勉強に励むと常人では到底敵わないから実に厄介です。

 2014年に内閣府のエリート職員が韓国からゴムボートで日本に渡航しようとして死亡するという事件がありました。
 
 この事件について青山繁晴氏が「今、エリート官僚の中に、明らかに人格が異常な人間が増えているて、どの省庁も頭を抱えている」と言う旨の事を言っていました。
 しかし単純なペーパーテストを続ければ、所謂エリート官僚にこうした人間が増えていくのは当然だと思います。
 
 成績は優秀、しかし「人間として何かオカシイ」。
 だから周りの人はみんな非常に困るのです。

 一方本人にすれば自分には全く理解できない理由で、周りから排除されてしまい辛いから、引き籠ってしまったりするのです。

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 こういう問題を解決するためには、まず人の心を読む「能力」について科学的に理解する必要があるでしょう。

 現在人間の知性に関しては、AI等で再現する試みが成功しつつあります。
 また人工義肢も発達して、義足で普通に歩き、階段の上り下りまでできるようになっています。

 それは「知性とは何か?」「臓器や四肢はいかにして機能するか?」と言う問題を科学的に探究する事によって、理解できるようになったからです。

 それでは犬や猫が持つ、人間の心を読む能力を、科学的に理解して、再現する事は可能でしょうか?

 しかし現在のところ、この能力を司る器官は存在するのかどうかさへわかっていません。 

 ワタシはこれはこの能力について科学的探究は、非常に難しいのではないかと思います。
 
 なぜならこの能力は言語でも、また物理的にも捉える事ができないため、科学的研究その物が難しいからです。
 
 だって科学って元来、言語による理論と、物理的な実在の証明によってのみ成り立つ物だからです。
 その意味では「人の心を読む能力」は、科学の対象にならないとさえ言えます。

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 けれども科学による探求が不能であろうとも、犬や猫は人間と心を通わせる事ができるというとには、厳然とした事実です。
 
 そして言葉によらず人と心を通わせる能力と言うのは、人間にとっても非常に重要な能力であり、これを持つかどうかが、その人本人の運命だけではなく、周りの人の運命にも大きな影響があるのです。

 逆に言えば、今後AI等の人工知能が発達すればするほど、重要視されるのは所謂「知性」ではなく、AIでは代用不能な能力、つまり人の気持ちを読み、言葉を超えて人を理解する能力ではないでしょうか?

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2019-03-28 12:13

学校雑感 小学校は工場?

 夕べ「小学校教諭「炎上覚悟で言います…学校の本質は工場です」と言う記事を見ました。
 小学校の教諭がツィートで、そういっているのです。

 それで自分の学校時代、また学習塾の講師だった頃を思い出しました。
 
 文科省の姿勢からも明らかですが、工場かどうかは別として、公立の小中学校と言うのは、基本的には子供が日本で生きていくことを前提に、それに必要な知識を教える所です。
 
 個性を伸ばすとか、コミュニケーション能力を養うなどと言う事は、目的にしていません。

 理想としては生徒全員が、教科書に書かれている事を完全に理解する事です。

 現実には全ての生徒が教科書レベルの事を完璧に理解できているとは到底言えないのですが、しかしそれでも日本の学校教育は、全体としては大変成功していると言うべきでしょう。

 だって成人力、つまり成人として必要な文章読解力や計算能力が、ダントツの世界一なのですから。

 マジかよ?? 日本人読解力、数的思考力世界一!!

 ワタシはできの悪い子ばかりの学習塾の講師をしてので、底辺高に行く子や、その高校にさへ行けない子のレベルを大勢見ましたから「日本の25~34歳の中卒者は、スペインやイタリアの同年代の大卒者よりもはるかに高い読解力を持っていることが分かった」なんて記事を読んだ時は、肝が潰れそうでした。

 大卒であれより酷いって‥‥大丈夫か?

 ともあれこういう結果から見ると、日本の学校は「工場」としは非常に優秀だというしかありません。

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 但し前記のように個性を伸ばすとか、コミュニケーション能力を伸ばすとかについては、全く目的外ですから、それについては他国と比べてどうなのかは、全くわかりません。

 しかしワタシはそれで良いと思っています。
 ワタシは学校が子供の個性やコミュニケーション能力などと言う、個人の人格に関わるような事にまで介入するべきじゃないと思うのです。

 ワタシはネトウヨですから、国家は大切だと思うし、国防始め国家がやるべきことは、断固やるべきだと思っています。

 しかし日本は民主主義国家であって、全体主義国家ではないのです。
 だから国家の国民の人格への介入は、必要最小限にとどめるべきだと思うのです。

 学校がを生徒一人一人に配慮して、個性やコミュニケーション能力を伸ばすというのは、一見非常に優しく親切です。 
 でもそれはつまり学校が生徒の人格に深く介入してくると言う事です。
 そして公立学校と言うのは、つまりは国家権力が運営している機関で、国家権力その物なのです。
 しかも富裕層を除く一般国民は、教育は公立学校に頼るしかないのです。

 ワタシはこの手の意見を見ていつも不思議に思うのですが、日本では国家に否定的で反権力を標榜する人に限って、実は国家への依頼心が非常に強い事です。
 国家に否定的であるなら、国家にきめ細かな福祉や教育などは期待するべきではありません。

 国家が何かをしてくれるというのは、つまりは国家がその何かを通じて個人の生活に介入する事なのですから。
 しかもその為の経費は、結局国民が税金として支払わされることになるのです。

 国家権力を否定して、反権力を標榜するなら、アメリカの極右のようにひたすら小さな政府での自由主義を社会を求めるべきなのです。
 逆に国家が国民の全てに介入し、支配するのが共産主義社会です。

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脱線してすみませんでした。
本題に戻ります。

この記事で「学校は工場」とツィートしている人は、教師一人が教壇で話をして、40人の生徒がそれを聞くという現在の小学校の授業を教師中心主義として、忌み嫌っているようです。

 でもこの方式だと、生徒はとりあえず授業中は大人しく座っていれば良いわけで、本当にイヤな授業でも、イヤな教師でも、それ以上関わる必要はありません。
 
 実はワタシは今でもそうだけれど、人と付き合ったりするの苦手だし、全体的に完全に規格外の人間なので、学校時代はこれで随分助かりました。
 
 ワタシは家庭教師のバイトも結構やったけれど、でも自分が生徒の立場になる事を想像すると、ゾッとしたのです。 
 ああやって自分が問題を解いている所を、後ろから逐一見られるって、凄く嫌なのです。

 勿論、授業で聞いただけではわからない事もありました。
 でもそれは自分で何とかするしかないと思っていました。

 自分では何ともならなければ?
 そりゃ放っておきます。

 そもそも子供の側にだって、自分には全くわかららず、全く興味も持てない事ぐらいは、学ぶのを拒否する権利ぐらいあるでしょう?

 自分も散々行使してきたからわかりますが、今の日本の学校の授業方式って、こういう権利を行使するには、結構都合がよいんですよね。

 それに人に聞かないと学べない。
 人とのコミュニケーションがなければ学べない。
 と言うんじゃ、本を読んで独学なんて絶対にできません。

 元来、人間は本当に必要な事や、自分が知りたい事は、結局自分で学ぶしかないので、子供の時から何かを学ぶ為にひたすら学校を宛にするようになったら、後からとても困るのです。

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 一方、人と人とのコミュニケーションを通じて、実社会での体験を通じて人を教育するのが、実は昔の職人や商人の教育でした。

 学校教育が一般化する前は、一般庶民の子供達は物心つく頃には、職人や商人のところに、弟子入りしたり、丁稚奉公したりして、それから成人するまで、兄弟子や主人から、技術だけではなく、職人や商人としての、作法や生活習慣、生活技術まできっちりと仕込まれました。

 ワタシの母方の祖父は小学校を卒業してすぐの12歳で、神戸の麦稈真田を扱う貿易商のところに丁稚奉公しました。 
 その丁稚奉公の間に貿易商としての仕事だけでなく、生活技術もきっちり仕込まれていたので、掃除一つとっても祖母より遥かに上手かったと、母は言っていました。
 店の掃除は丁稚の仕事なので、その時に店内を隅々まで完璧に掃除できるように仕込まれたのです。

 猪子文六の「大番」などを読むと、戦前は証券業界でさへ、小学校卒の丁稚上がりが仕切っていた事がわかります。
 そしてこれは日本だけではありません。 欧米もそうでした。

 しかしこういう教育では、読み書き算盤のような事は手に負えないので、江戸時代から丁稚奉公には寺子屋でそれを習い終えている事が必要条件になっていました。

 そして産業が近代化するにつれて、こうした教育では教えきれない事がどんどん増えて、高学歴化が進んでいったのです。

 そもそも学校ってコミュニケーションや現実の生活では教えきれない事を教える為にできたのです。
 
 店の掃除や客あしらいなら、実地で学べますが、金融工学は実地じゃ学べないでしょう?

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 ホントに学校で学んだ事は、一体何の役に立つのでしょうか?

 この記事の教諭は

 学校での知識というのは 学校以外で使われることが極端に少ない 学校での学びは生活に活きにくい

 と、ツィートしています。
 そういえば最近、橋下徹が三角関数を「死んだ知識」と言ってましたよね?

 でもこの人達の言う「学校以外」の社会って一体どういう世界なのでしょうか?

 どんな分野であれエンジニアであれば、高校数Ⅲレベルの数学は絶対に必要な基礎知識です。
 高校数Ⅲの数学が理解できないと、エンジニアとしての専門教育課程が理解できないからです。

 そして反原発トンデモ裁判官なんぞを見ると、法曹界で働く人間は絶対に数Ⅲを勉強すべきだと思うのです。
 そうでないと原発の安全性など技術関係の、裁判はお手上げでしょう?

 被告企業の技術者は何とか素人の裁判官でもわかるように、安全性の証明必死で説明する書類を書いているのです。
 それでも安全性を数値で説明するとなると、高校レベル以下では無理でしょう?

 お前、商売なら高校の教科書引っ張り出して復習しろよ!!
 国民はその為に税金から高給を払ってるんだぞ!!

 それを「わからないから読まない」なんていうのは、完全に被告人の人権を侵害しています。

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 高橋洋一は、高校化学、高校の数学で、理解できる事を完全に無視して、訳の分からない事を言う、訳の分からない政策をとる高学歴者を「ド文系馬鹿!!」と罵っていますが、ワタシはこの点、高橋洋一を完全に支持します。

 幾ら文系でも東大始め一流大学なら、理系科目にも入試で高得点を取らなければなりません。
 だから高校時代に学んだ事を生かす意思があるなら、「ド文系馬鹿!」などと罵られるような事はないはずです。

 学校で学んだことが役に立たのではないのです。 
 学校で学んだことを役に立てる意思を持たない事が問題なのです。

 でもそういう人がやたらに多いのは、この教諭のように、そもそも学校以外の社会に出た事もないのに「学校で学んだことはテストを解く事にしか役立たない」と信じ込んでいる教師が多いからではないでしょうか?

 そういう姿勢で教えられたら、生徒は不幸です。
 自分が生徒達に教えている事の価値を理解できないのでは、そりゃ学校の価値を理解できるわけもないのです。

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 因みにワタシは学校時代は勉強は総じてダメ子でした。
 特に小学校時代の成績は常に中の下と下の上の間を行き来していました。
 そして必死に努力した結果が三流工科大卒ですからね。

 それにワタシは友達付き合いが苦手で、集団行動が凄く嫌いで、嫌いな事はトコトンやりたくないタイプでした。
 だからアスペを疑われるタイプの子でした。
 イヤ、ホントにアスペかもしれません。

 それでも登校拒否も起こさず無事に学校生活を終えられたのは、「教師中心主義」の授業で、教師が生徒個人に介入する事が少ない教育法だったからと思っています。

 そして全体として学校で学んだ事は、殆どの物が非常に役に立っています。
 お金にはなりませんけどね。

 例えばこのブログで憲法について色々書いているけど、この知識は中学公民で習った事が基本ですからね。
 だって憲法なんて、一般人は学校で教えられず、テストで暗記を強制されなければ、興味を持つわけもなければ、まして条文なんか覚えるわけもないのです。

 まして子供が自発的に憲法の条文なんか覚えますか?
 
 でも憲法は現実の社会にとって、やっぱり重要だし、そして主な条文ぐらいはうろ覚えでも覚えていなければ、憲法に関する議論はできません。
 ワタシは大体うろ覚えなので、ブログに書く時には検索して正確な条文をコピペするのだけれど、うろ覚えがないと検索もできないのです。

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 そして世の人が一番無意味な暗記だという歴史の年表も、実は覚えたお陰で随分助かっています。
 だってワタシは歴史の本を読むのが大好きなのですが、でも歴史年表をある程度覚えているから、大体どのぐらい前の話であるか? 同じ時代の日本はどうだったか? などが直ぐにわかるんですよね。

 ついでに地理もすごく役に立っています。

 年代と地理がわからないと歴史小説や歴史の本で、詳しい話を色々知っても、世界と日本全体の中での時間と空間の位置づけはできないので、ファンタジー小説と同じになってしまうのです。

 でも歴史年表なんてモノは、記憶力の良い子供時代に、無理矢理教え込まれたから覚えているのであって、大人になってから覚えるのは無理じゃないかと思うのです。

 ワタシは元来記憶力が悪く、特に細かい事を正確に覚えるというのがダメなので、この手の暗記物のテストではホントに泣きました。
 でも今にして思えば、あのお陰で大好きな塩野さんの本を読んでいて「織田信長はチェーザレ・ボルジアの生まれ変わりでは?」などと考えて楽しめるのは、歴史年表を暗記したお陰なのです。

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 ワタシは中学になっても成績は悪かったのですが、特にダメなのが英語でした。
 ホントに英語の授業がなければ、もっとずっと明るい学生時代を過ごせたと思えるぐらい嫌いでした。

 とにかくスペリングが覚えられないんです。
 今もブログで時々間違ったスペリングを書いて、コメントで教えてもらってこっそり訂正したりする有様です。
 
 でも考えたらそれでも学校で英語を教えられたお陰でフリッカーなど海外のサイトも何とか使えるし、簡単な物なら英語のyou tube動画も見る事ができます。
 これこそホントに学校に感謝するべきでしょうね。

 だって好きな物は、自分から学ぶ事もあったでしょうが、嫌いな物は、人から強制されない限り絶対学ばないでしょう?
 英語のスペリングなんかテストで脅されない限り金輪際覚えなかったでしょう。

 でも好きな物しかやらないでいると、世界がどんどん狭くなってしまうのです。

 そして子供が将来、どんな仕事をしたいか? どういう事に適性があるか?知るためにも、好きな物、嫌いな物関係なく、社会に出て必要な基本知識を強制的に学習させるしかないのです。

 そうしないとホントに何が得意で何が不得意かさへわかりません。
 また他の人達が、どんな知識を持ち、どのような仕事をしているかもわかりません。

 だからワタシは日本の学校のシステムは、色々問題はあるにせよ、基本的には良い物だと思っています。
 しかも世界的には大変成功していると思っています。

 だからこそ教師達には、自分自身が教えている事の価値をちゃんと理解してほしいです。
 少なくとも子供の前で、「この知識はテスト以外では役に立たない」などと言ってほしくないです。

 ワタシだったこんな教師がいたらホントに登校拒否しちゃったかも?

  1. 個人的体験から
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