2017-01-30 15:25

大入り超満員 桜井誠講演会 札幌

 昨日は午後から桜井誠の講演会に行きました。

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 都心にでるのは何か月ぶりだろうか・・・・・・。
 余りに長く山奥に引っ込んでいたので、地下鉄を降りた時からオロオロしてしまい、完全なお上りさん状態です。

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 それでも開演時間より30分以上前には、道庁に着きました。
講演会場は道庁の直ぐ裏手なので、少し写真など撮って時間を潰します。
 後でこれが大失敗だとわかるのですが・・・・・。

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 この日は暖かく、道路の雪がかなり融けていました。
 
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 道庁の前は中国人の観光客で一杯でした。 あの腹の底から絞り出すような声で、はしゃぎまわっています。

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 ひとしきり写真を撮ったので、ゆるゆると会場へ行きます。

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 しかしなんか雰囲気が違う・・・・・。
 この数年この会場で在特会関連の集会や講演会がある場合は、このあたりから道警の警察官の姿が見えるはずです。

 講演会の妨害にくる暴力集団を抑止するために道警の警察官が配備されているのです。
 特に桜井誠が来るような場合は、暴力集団が多数出現して大騒動になっていました。

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 ところが今回は一人もいない。
 警察官も暴力集団も一人もいない。
 一人も見ないまま、会場についてしまいました。

 やっぱり桜井誠が東京都知事選に出て、更に政党を設立しようとしているのが効いたのでしょう。

 これは良かった!!
 そう思って会場の部屋について愕然としました。

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 大入り超満員!!
 
 45席の狭い部屋は完全に満杯になり、後ろにまでビッシリ人が溢れています。
 
 こ、こんな事だとわかっていれば、道庁で写真なんか撮って時間を潰すんじゃなかった!!
 一体どこからこんなに湧いてきたんだよ!!

 殆ど全部、見た事のない人ばかりです。 
 これまでのデモや集会では、来る人は大凡決まっていて、大体皆顔見知りだったのに・・・・・・。

 余りの大入りに、主催者始め身内10人余りは部屋の外に出ていました。
 ワタシも入る場所がないので、講演の第一部桜井誠の独演の間中、部屋の外にいました。
 幸いスマホを貸してくれた方がいらしたので、部屋の外からスマホで桜井誠の講演を聞きました。 有難う御座います。

 内容は桜井誠が日頃動画やブログで言っている事をまとめた話でした。

 しかしなあ・・・・・こんなに人が来るなんて・・・・・。

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 10分の休憩をはさんで第二部が始まりました。
 第二部は桜井誠への質問その他と言う事なので、ワタシも無理矢理部屋へ入ります。

 図々しいオバサン根性を丸出しにして、場所を確保して、床に座り込みます。

 最初に日本第一等副党首高橋阿矢花さんの挨拶と講演がありました。

 高橋さんは札幌の方なので、ワタシも前々からデモや集会で何度もあっています。 
 非常に若くて美しくて、そして実に熱心に活動されていました。

 高橋さんは東京都知事選で桜井誠の選挙運動を手伝う心算だったのですが、東京に行ってみるとボランティアが大量に居て、する事がなかったそうです。

 ポスター貼りなどアッと言う間に終わったようです。

 実は自民党が創価学会始め怪しい宗教団体と手が切れないのは、選挙中のこうした雑用の人員をこれらの団体に頼らざるを得ないからだと言います。

 それを思うとこうした雑用を自前で一気にやる力のある政党と言うのはそれだけで、大変な力があるのです。

 それにしても高橋さん、演説が凄く上手くなりました。
 内容も話し方も素晴らしい!!
 しかも若く美しい!!

 いずれ日本版マリーヌ・ルペンになるかも?

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 高橋さんの講演の後は、党首桜井誠への質疑です。

 ワタシは図々しいオバチャン根性を丸出しにして、真っ先に質問させてもらいました。

 桜井誠は日韓合意を日本から破棄せよと言うのですが、ワタシは以前ブログに書いたように、あれは韓国から破棄させるための合意だと思っています。

 そこでその点を質問しました。

 もう一つ桜井誠は現行憲法も破棄を唱えています。 しかしこれもワタシは反対です。 石原慎太郎が同様の事を唱えた事がありましたが、しかしワタシはこれは現実的ではないと思うのです。

 桜井誠はワタシの事を「嫌な婆さん」と思ったに違いありません。 しかし丁寧に反論してくれました。
 ワタシはその反論に納得していません。 しかし対応は大変フェアです。

 桜井誠の意見はワタシも倫理的、感情的には全く同意なのです。
 しかし政党、政治家としてそれを政策目標にする場合には、それが実現可能か?と言う事が、倫理や感情以上に重要になります。

 その点、桜井誠と日本第一党の政策目標には疑念があるのです。

 だからワタシはまだ日本第一党には加盟していません。

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 それでは実現可能性がないから倫理的にも感情的にも当然の主張をする政党の存在意味はないのか?

 いいえ、そういう政党の存在もまた重要なのです。

 これは左側を見ればわかります。 成功した資本主義国家で共産党など全く存在意味はありませんでした。

 しかし彼等が執拗に自分達の政策を唱え振り回し続けた事で、日本の政治はその影響を受けませんでしたか?

 それどころか戦後70年余憲法改正もできず、拉致被害者の奪還できず、在日特権は拡大を続け、原発は止められて大変な経済的ダメージを受けて・・・・・。

 これは皆、左側で実現不可能な政策を唱える政党しか存在せず、現実の政治で問題が起き国会運営に支障が出れば、自民党はこれら左政党に妥協せざるを得ないと言う状況が続いてきたからでしょう。

 それを考えたら、実現可能性の有無に関わらず国家としてあるべき倫理、あるべき理想を唱える政党も絶対必要ではありませんか?
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 ワタシは民主主義国家の政治と言うのは、オーケストラだと思います。

 オーケストラと言うのは、沢山の楽器がそれぞれ違ったメロディを奏でているのです。
 そしてその個々のパートだけを聞いたら、どんな曲かもわからないのですが、しかし全体が揃うと見事な交響曲になるのです。
 
 ところが日本と言うオーケストラは、本来あるべき主旋律を奏でる楽器がありませんでした。

 これでは交響曲にならないのです。 延々と続く雑音の集合体にしかならないのです。

 だから日本第一党には主旋律を奏でるトランペットの役を期待します。

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 講演は無事に終わりました。

 会場を出ると札幌の街は日暮れの気配です。 大通公園では自衛隊員の皆様が雪像を作っていました。

 5時半から始まる懇親会まで何とか時間を潰さなくてはなりません。

 懇親会に出席して、桜井誠を捕まえて謝罪させよなければならないからです。

 桜井誠はワタシの質問には懇切に答えたのですが、なろうことかその時ワタシの事を「だからカアサンのそういう考えは・・・」などと言ったのです。

 カアサン??

 ワタシは桜井誠の母親じゃないよ!!
 タダ親しみを込めて言うなら「ネエサン」と言うべきでしょう?

 この男は常にこういう無礼で下品な言葉遣いをするから、パヨクに足を引っ張られて莫大な損害賠償請求をされたりするのです。

 今後、日本の主旋律を奏でる政党の党首になるからには、こういう言動は絶対にやめさせるべきではありませんか?

  1. 個人的体験から
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2017-01-18 14:50

神戸のシャイロック 反ユダヤ主義雑感続編

 神戸のシャイロックについてのエントリーでは沢山の方からコメントを頂きました。

 特にご主人がユダヤ系アメリカ人であるカカシさんのコメントはユダヤ人が受けている誤解を丁寧に解いて下さった有難いモノでした。

 実際カカシさんがコメントに書いて下さったとおり、ユダヤ人は法も契約も守り真剣に商売をしてきたのです。 
 それでなくても迫害を受けている身で、違法行為や契約違反などやっていては、商売を続けることなどできなかったでしょう。

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 またパレスチナ問題について言えば、条約違反、協定違反を繰り返してきたのは実はアラブ側です。

 コイツラ、やっていることは今の韓国と同じで、イスラエルと条約や協定を締結して停戦しても、速攻で違反して攻勢を開始するのです。 そもそも最初からイスラエルとの協約や条約など守る気はないのです。

 イスラム教徒からすれば異教徒を相手の約束など守らなくても良いと言う感覚があるようです。 だから日本の商社なども、イスラム諸国相手での商売では随分煮え湯を飲まされてきました。
 
 しかしイスラエル軍は強く、いつも返り討ちに遭って、敢無く惨敗。 結果、アラブ側が停戦協定違反の攻撃を繰り返す度に、イスラエル占領地が増えてきたのです。

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 但しサイクス・ピコ条約やバルフォア宣言など、イスラエル建国に至る外交史も、またその後の際限のない協約締結と違反の繰り返しも大変複雑なので、殆どの外国人にはわけがわかりません。

 だから「ホロコーストの悲劇を宣伝するイスラエルが、パレスチナ人を徹底的に迫害する」と言うイメージが定着してしまうのです。

 そして「弱者の味方大好き」のリベラリストが、「パレスチナ人カワイソウ!!」論に飛びついて、イスラエルのイメージが凄く悪くなってしまうのです。

 本当にイスラエル政府が宣伝しなくてはならないのは、過去のホロコーストなんかではなく、建国後にアラブ諸国と締結した協定と、その違反が繰り返されたことではありませんか?

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 それにしてもユダヤ人はヨーロッパで迫害されてきたのでしょうか?

 一つは勿論宗教的な理由です。 近代以前、ヨーロッパでは宗教と言うのは、大変な力を持っていました。 そしてキリスト教は一神教ですから、他宗教に対して極めて攻撃的です。

 だからイスラム教徒相手に十字軍は繰り返しているし、同じキリスト教徒同士でも宗派争いで凄惨な迫害や戦争をやり続けました。
 
 これでユダヤ教徒にだけ寛大だったら、むしろその方が不思議です。

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 しかしもう一つの理由は、ユダヤ人の経済力でしょう。
 「神戸のシャイロック」のエントリーで名無しの権兵衛さんが、コメントで第一次大戦後のドイツのインフレ時の問題を書いて下さいました。

 ハイパーインフレ到来を見越したユダヤ人達は、貯金をアンティークコイン等に変えて資産を守り、後にドイツ人が二束三文で手放す嵌めになった株や不動産を買い取って、莫大な利益を上げたのです。
 
 これは違法でも不道徳でもありません。 「自分の資産を守りましょう」なんて今の日本の銀行や証券会社でも、盛大に宣伝しています。

 しかしこうした資産防衛の対応ができず、貧窮に追い込まれた人々からすれば、自分達が苦しむ中ぬくぬくと暮らす人間はそれだけで許せないのです。

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 古代ローマが滅亡した後、ヨーロッパの貨幣経済は崩壊しました。 そしてローマの知的文化もまた崩壊しました。
 またドイツなど古代ローマ外の地域では、そもそも貨幣経済が成立したのは近世以降です。

 しかしこうした中、ユダヤ人はユダヤ教により民族集団を維持した事から、貨幣経済での商取引や理財法も民族文化として維持し続けたのです。

 そしてキリスト教が長く貸金業を禁止した事から、金融業はユダヤ人の独占になる時代が続きました。

 このように民族の中で家業として受け継がれた商取引や理財の文化を持つ人々に、他のヨーロッパ人は経済で対抗できませんでした。

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 ヨーロッパで一番苛酷なユダヤ人迫害が残ったのは、ロシア・東欧です。 
 ポーランドなど、ナチの支配を避けてポーランドから避難していたユダヤ人が第二次大戦終戦後に戻ると、彼等を虐殺したのです。

 因みにトランプ次期大統領の娘婿の父親は、この時にポーランドを逃れてアメリカに移民した人です。

 なぜ東欧のユダヤ人迫害がかくも苛酷なのか?

 それはつまり東欧の経済が原始的だったからでしょう。 東欧と言うのはそもそも後進地域で、西欧の中世はローマ帝国崩壊から1492年のコンスタンチノープル陥落までですが、東欧の中世はこの1492年から始まるのです。

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 ワタシはゴーゴリーが好きなので、彼の小説を透して東欧のユダヤ人迫害を知りました。

 東欧の一般民衆の反ユダヤ主義って、そもそも主義など言えるような論理性は全くなく、何とも単純な殆ど天真爛漫とでも言うべきものです。
 
 ウクライナって広大なステップに、集落が散在する中、殆どの人間は自給自足に毛の生えたような単純素朴と言うか、原始的な経済生活をしているのです。

 そんな中でユダヤ人は、商店や居酒屋などを経営して、付けで商品を売ったり、チョッとした金貸しもするのです。

 すると相手は金利計算もできるかどうか? そもそも複利計算なんて想像もつかない連中ですから、赤子の手をねじるような簡単さで暴利を貪る事ができるのです。

 違法な事や不道徳な事をしているわけではないのです。 でもドンドン富がユダヤ人に集中していくことになります。

 一方、富を奪われた方からすると訳が分からない・・・・。
 少しの借金がアッと言う間に膨らんで、先祖代々受け継いできた農地を奪われてしまった・・・・。

 で、こういうことが幾らか続くと、何かのきっかけで村中ブチ切れてユダヤ人の商店を襲い、店主を惨殺して商品を略奪するのです。

 まるで子供が癇癪を起したような短絡的で天真爛漫な暴力なのです。

 これが共産主義化されるまで続いたのです。

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 でもこれ日本のサラ金に対する対応と同じでしょう?
 今のサラ金はお金を貸す時に、返済の為の計算書を渡すんじゃないですか?

 だからどんな風に借金が膨らむかはわかるはずなのに、それでも借りて返済不能になる人が沢山いるのです。
 
 しかし世論は完全に債務者に同情し、サラ金を攻撃しました。
 サラ金からの借金は、一人前の大人が自己責任で契約したのだと言う事は、殆ど問題にされませんでした。

 東欧ではこのサラ金を「キリストを処刑した」ユダヤ人がやっていたのですから、そりゃ憎悪の対照になりますよ。

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 一方近代以前に完全にユダヤ人迫害が消滅した地域があります。

 ヴェネツィア共和国です。

 「ベニスの商人」のアントニオは酷い反ユダヤ主義者で、年老いたシャイロックをいつも「犬」と罵り、足蹴にし、唾を吐きかけていました。

 しかし実はこれは完全なシェークスピアの創作で、同時代のヴェネツィア共和国ではこうしたユダヤ人迫害はなかったのです。

 それどころかレコンキスタでスペインから追われたユダヤ人難民を大量に受け入れました。

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 レコンキスタ以前のスペインウマイヤ朝では、当時のキリスト教社会よりも遥かに寛大なユダヤ人政策を取っていたので、多数のユダヤ人が居住していました。

 ところがこれを制服したキリスト教側は、ユダヤ人に死か改宗かを迫ったのです。 その為多くのユダヤ人がスペインを逃れたのですが、ヨーロッパでこれを受け入れてくれたのがヴェネツィアなのです。

 但しヴェネツィアは人工島に造られた街で、市街地には全く余裕はありません。 だから自費で埋立をして自分達の居住地を作ると言うのが条件でした。

 そこでユダヤ人達は自分達でお金を出し合って、自分達が住む為の土地を埋め立て島を作り、元々のヴェネツィアの島々と橋で結びました。
 
 凄い財力!!
 
 それでもワザワザ難民を受け入れたぐらいなので、ヴェネツィアでは迫害は全くなく、ユダヤ人のコミュニティーは栄えました。

 最盛期にはヴェネツィアのユダヤ教寺院のラビが、当時のヨーロッパのユダヤ教ラビの最高権威者だったぐらいです。

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 しかし迫害はなかったけれど、ユダヤ人達は他国でしたようにヴェネツィアの経済を牛耳るような事はできませんでした。

 この頃ヴェネツィアでは、国家と商人達がガッチリ団結し、国益を追求するヴェネツィア株式会社とでも言うべき体制を確立していました。

 個々の商人達も先祖代々数百年間オリエントで金払いの悪さで有名なイスラム商人や、それより強欲なアルメニア商人達を相手にやり合ってきた強か者ばかりです。

 当時、ヨーロッパの金融業はフィレンツェとヴェネツィアが仕切っていました。
 
 これではユダヤ人と雖もヴェネツィア商人との太刀打ちは容易ではありません。

 だからヴェネツィア市民達が「ユダヤ人が悪巧みをして富を収奪している」と憤る事はありませんでした。

 またヴェネツィアは事実上宗教の自由を認めていました。
 と言うか商売の都合で、トルコやアルメニアなど貿易相手先やアドリア海岸の属領の人間が沢山いて、彼等がそれぞれ自分達の宗教を信仰するのは無問題だったのです。

 だから別にユダヤ教だけ迫害する意味もないのです。 

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 ところがこのユダヤ人のコミュニティーは、成立後100年余りで急速に消滅していきました。
 今はユダヤ人が埋め立てた島に「ジュデッカ」と言う名が残るだけです。

 何で消滅したのか?
 
 迫害が無いから消滅したとしか言えません。

 迫害がないので、普通にヴェネツィア人と一緒に働き、通婚する事もさして問題になりませんでした。

 一方、ヴェネツィア市民になると、商売をする上で非常に有利でした。

 ヴェネツィア共和国は自国の商人の育成には、非常に手厚い援助をするのです。

 ヴェネツィア商人が他国で不当な扱いを受ければ、直ぐにヴェネツィア政府が乗り出してきます。
 また小資本しか持たない商人達の為に、国営の貿易船を運航して廉価で商品の運搬をするなど様々な国家支援があります。

 こんな国に住んでいれば、余程信心深い人間は別として、さっさと改宗してヴェネツィア市民権を取ろうと思うのは当然でしょう?

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 勿論いくらヴェネツィア共和国が寛大と言っても、この時代は簡単には外国人が市民権を得るのは簡単ではありません。
 
 でも例えば1509年、ヴェネツィアは全ヨーロッパを敵に回す大戦争に追い込まれました。 この時ヴェネツィア共和国は戦費調達の為に一定額の国債を買い入れた外国人や、、また兵役に応じた外国人に市民権を与えています。

 1492年にスペインを追われて漸くヴェネツィアに安住したのに、ここでヴェネツィア共和国が崩壊すれば、ユダヤ人達が行くところはないのです。
 彼等がこぞって国債を買い込み、兵役に応じた事は想像に難くありません。

 このようにしてユダヤ人のコミュニティーは消滅したのです。

 逆に言えば、ユダヤ人への差別が続く国と言うのは、16世紀のヴェネツィアのレベルにまだ到達していないと言う事かも知れません。

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 実際、宗教の自由が保障された近代以降の反ユダヤ主義と言うのは、ユダヤ人の理財能力への恐怖から生まれているのです。

 最近ではユダヤ人が国際資本主義とグローバリズムの推進者として憎まれるようになっています。

 イヤ、でもグローバリズムと自由貿易で一番儲けているのは、アメリカと日本なんですけど・・・・・。 
 
 日本は世界一の債権国、つまり世界中に金を貸して、その金利でリッチに暮らしているんですけど・・・・・。

 それなのにユダヤの陰謀なんて振り回すのは少し筋違いだと思うよ。

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 因みに小泉政権の郵政民営化騒動の頃、イスラエルでは「日本の陰謀」と言うのが出ていました。

①ユダヤ人の金融資本家を騙して、ゆうちょ銀行の株を大量に買わせる。

②ユダヤ人が経営権を握った途端に、日本人が一斉に貯金を引き出す。

③ゆうちょ銀行は破綻して、株券は紙切れ同然になる。

④捨て値になった株を日本政府が買戻し、再国有化する。

 そ、そうだ!!
 この手でユダヤ人の資本家から大金を巻き上げる事ができたのだ!!

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 つまりユダヤの陰謀論とはこの程度の話なのです。 
 日本が経済的に大成功をすれば、何とユダヤ人からさへ日本人の経済力への恐怖が湧き、陰謀論が生まれるのです。

 でもその根源は「富める者への嫉妬」と言う人間の本性から来る問題なのです。

 イヤ、貧窮に苦しむ人々の絶望その物です。

 だから幾らユダヤ人が「我々は違法行為も契約違反もしていない。 地道に商売をしただけだ。」と正論を唱えてもこれを抑えるのは不可能です。

 更に現在の欧米では、こうした経済問題とは別の反ユダヤ主義が復活しています。 
 
 イスラム教徒達による宗教的な反ユダヤ主義です。

 イスラム教徒とユダヤ人の確執は、ムハンマドがエルサレムを征服した頃から始まっています。 だからムハンマドの言葉として反ユダヤ主義がコーランに明記されているのです。

 全世界でイスラム教が狂信化している現在、これは非常に恐ろしい話です。

 欧米が安易なイスラム移民の受け入れを続けていると、大悲劇を再来になりかねません。

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 さて最後に、夕べ神戸シャイロック氏の霊魂が夢枕に立って、前回のエントリーについて抗議されたので、そのシャイロック氏の抗議の弁を紹介しておきます。

 因みにシャイロック氏は長く神戸で神戸市民を相手に時計屋をなさっていたので、完全な神戸弁です。 
 神戸の関西弁は大阪や京都と一味違って軽いのが特徴です。

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 アンタなあ、ボクの事、シャイロックとか書かはったけど、ボクはアンタのお祖父さんに何も悪い事してないよ。

 アンタのお祖父さんは人がええから、皆に好かれてるし、ボクもあの人は好きけやど、商売に甘すぎるわ。
 
 時計盗られのは不運やったけど、あんな簡単にあきらめて賠償なんかしたらあかんわ。

 もしも時計屋の中に悪いのがおって、「高い時計やから賠償金をン千万」とか吹っかけたらどないすんの?
 そうなったらアンタのお祖父さん、首吊るんかい?

 盗られた時計はアンタのお祖父さんの店に修理に出したモンばかっりやから、皆どっかこっか壊れとるんや。 盗った奴かてそのまま売りさばく事はできへんよ。

 盗った奴が売る為に修理に出したら、盗られた時計は結局アンタのお祖父さんの店に来るがな。
 そやからそれ待っとったらええねん。
 そんな簡単に諦めたらあかんわ。
 
 最後まで盗られた時計を取り戻す努力をせなあかんよ。
 そんでホンマに努力したら返ってきたやろ。

 アンタのお祖父さんは人がええから、人には好かれたし、ボクかてあの人は好きやよ。 
 そやけど商売に甘いからあんなよう働いたのに、一生貧乏やったやろ?

 日本人は何も考えんと、お人好し丸出しで直ぐに謝罪やら倍賞やらするから、いつも性質の悪い奴に付け込まれて酷い目の遭うてるんやろ?

 そんな甘い事ばっかりしてるから、シナや朝鮮に付け込まれて苦労してるんやろ?

 少し考えた方がええよ。

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 ハイ、全くその通りです。 
 すみませんでした。

  1. 個人的体験から
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2017-01-16 15:24

神戸のシャイロック 反ユダヤ主義雑感

 あれは父が死んだ翌年だったと思います。 
 母は夏の間、神戸で叔父一家と暮らしている祖母を札幌の我が家に招くことにしました。

 母とすれば父が死んだ淋しさを紛らせたかったし、それにいつも姑の世話で苦労をしている叔母をいたわる気持ちのあったようです。
 
 そこで叔父はその年大学に入学した甥(末弟の息子)に、大枚の小遣いを与えて祖母を札幌まで送らせました。 
 
 さてこうして祖母が我が家についた翌日の事だったでしょうか・・・・。
 昼食の後、皆で雑談をしていると、祖母が昔語りを始めました。

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 叔父一家は祖父母の代から、時計や宝飾品の修理の店をやっていました。
 時計のムーブメントではなく、ガラスや腕時計のバンドなどの外部の修理をする店です。

 祖父母と叔父と叔母、そして叔母の弟と、その他に一人か二人の人を雇って営業する純然たる零細企業です。
 毎日、店の一人が神戸中の時計屋を回って、修理する時計や宝飾品を集め、修理の済んだ物を届けていました。

 ある年、祖父母の末子に当たる叔父がこれに加わりました。
 叔父は当時まだ20代の独身で、母達兄弟の中では唯一大学を出て、働いていたのですが、しかしその年勤め先とトラブルがあって仕事を辞めて実家に戻っていたのです。

 で、この一番若い叔父が時計屋廻りをしたのですが、帰りの電車の中で集めた時計の入った鞄を盗られてしまったのです。

 これはもう完全に店側の落ち度ですから、祖父は叔父に時計預けた時計屋さん全てに、平謝りに謝り奪われた時計の代金を賠償しました。 それは細い商売をしている祖父母にとって経済的には大変な痛手ではありました。

 しかし幸い祖父もまた長男である叔父も、元来お客さん達には非常に好かれていたので、得意先の時計屋さんは皆、祖父一家の不運に同情して、気持ち良く賠償金を受け取ってくれました。

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 ところが一人だけ例外がいたのです。
 この一人だけは「賠償金は受け取らない。 同じ時計が戻らない限り絶対に許さない。」と言い張るのです。

 しかしそんなことを言われても盗まれた物です。 
 どうやったら取り戻せるのでしょうか?
 
 時計を盗られた叔父は、仕事を辞めて実家に戻った時から、少し精神が不安定だったのですが、これで完全にノイローゼになってしまいました。

 その為に祖父母一家は、この叔父が自殺するのではないかと心配しました。

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 こうして進退窮まった一家ができたのは、新聞広告を出す事ぐらいでした。

 「○○線の電車内で時計の入った鞄を置き忘れました。 拾った方が届けて下されば謝礼を差し上げます。 絶対、警察には言いません。」

 こんなモノでどうなるとも思えないけれど、しかし他に方法はなかったのです。

 だから毎日、毎日、幾つもの幾つもの新聞にこの広告を出し続けたのです。

 しかしこうして一ヶ月余り経ったある日、祖父の店に差出人不明の小包が届きました。
 中には叔父が奪われた時計が全部入っていました。
 
 これで祖父母一家を苦しめた災難が終わりました。

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 「あの人、ユダヤ人やった・・・・」

 祖母は最後にこう言いました。

 その時、ワタシは思ったのです。

 シェ、シェークスピアは天才だあ!!

 400年の時と、地球半周する距離を隔てても、ユダヤ人のやり口は全く同じ!!

 シャイロックもまたこの神戸の時計屋も、契約上は全く問題のない事を言っているのです。

 「期日内に返金できければ、1ポンドの肉を切り取る」と言うのは、アントニオが自身でシャイロックと結んだ契約書に書かれていたことです。
 そして電車の中で時計を盗まれたのは、完全に叔父の落ち度です。

 だからシャイロックも神戸の時計屋も「契約を守れ!」と言っているだけなのです。
 
 しかし彼等は相手の落ち度に付け込んで契約を盾に、徹底的に相手を追い込むのです。

 ワタシはこの祖母の話を聞いた時、腹が立つより感動してしまいました。

 天才とはかくも的確に、民族の性格を洞察する!!

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 しかし「ベニスの商人」と全く違う事があります。
 
 「ベニスの商人」アントニオは、元来猛烈な反ユダヤ主義者でした。 だから道でシャイロックと出会うと、いつも彼を「犬」と罵り、足蹴にして唾を吐きかけていたのです。

 アントニオは健康な若者で、シャイロックは老人でした。 しかもシャイロックは、それまでアントニオに何一つ悪い事はしていないのです。

 「ベニスの商人」は反ユダヤ主義の作品と言われますが、しかし実はシェークスピアはアントニオのようなキリスト教徒の非道も鮮明に描いているのです。

 しかしワタシの祖父母はどちらも小学校しか出ていない無学な人間で、反ユダヤ主義なんてそもそも知らないのです。
 そして相手は大事な得意先です。

 アントニオがシャイロックに働いたような非道は、想像もできなかったでしょう。

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 神戸には相当数のユダヤ人がいます。
 だから神戸には戦前からシナゴークがありました。

 またユダヤ人は迫害の歴史から、高価な時計や宝飾品を資産として持つ習慣があるので、時計宝石店にとっては上客でした。

 だから無学な祖父母も商売柄、この世にユダヤ人と言われる人間がいる事ぐらいは知ってたのでしょう。 しかしそれが全てです。

 そして日本では歴史的に反ユダヤなど一切ありませんでした。

 杉原千畝のビザで日本に来たユダヤ人の多くが、長い間神戸に滞在しました。 この時在留許可を出し続けたのは兵庫県警です。

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 そんなん酷いわ!!
 ウチのお祖父ちゃん、何もユダヤ人に悪い事してないやん!!
 お祖父ちゃんだけと違うわ、日本人誰もユダヤ人を苛めた事は無いんや!!
 そやのに、シャイロックみたいなことするて!!
 もしあれで叔父ちゃんが自殺でもしてたら、どないしてくれるん?
 こんな事ばっかりやるさかいに、世界中で嫌われるんやん!!

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 しかし長らく迫害を受けて来た民族の習慣は、数十年で変わるわけもないのでしょう。

 そして長く商業と金融に関わってきた民族としては、契約の厳守は絶対的な理念なのかもしれません。

 因みに祖父だって、このユダヤ人の時計屋が「絶対に賠償に応じない」と頑張り続けたお蔭で、結局全ての時計を取り戻すことができたのです。 その意味ではむしろ恩人なのです。

 神戸のシャイロック氏からすれば時計を盗まれたら安易にギブアップして、賠償を始めた祖父のだらしなさが許せなかったかもしれません。

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 反ユダヤ主義にはワタシは明確に反対です。 特に日本に無暗に出ているユダヤの陰謀論など全く荒唐無稽だと思います。

 そもそもユダヤ人は民族全体を統括するような組織を作って団結して行動する事ができないから、国を喪い、世界中を彷徨う嵌めになったのです。

 しかし祖父母一家の経験を見たら、ユダヤ人の性格に関する話は、嘘でも偏見でもなく全く事実だと思わざるを得ないし、こんな性格では嫌われて当然と思うのです。

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 現在、ヨーロッパでもアメリカでも、また反ユダヤ主義が復活しているようです。
 しかもそれがリベラリストの間で強くなっていると言うのです。

 「政治的に正しい」村上春樹と日本的反ユダヤ主義の関係

 これは非常に不合理に思えます。
 けれど感覚的に理解できる面もあるのです。

 戦後欧米のリベラリストは反ナチから、薄気味が悪い程ユダヤ人に気を遣い、「カワイソウな被害者」としてのユダヤ人像を煽り続けました。

 しかしそうやって自分達が同情を続けた「カワイソウな被害者」から、自分がウチの祖父母一家が受けたような仕打ちをされたら?

 同情がそのまま憎悪に逆転するのではありませんか?

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 ワタシが祖母からこの神戸のシャイロックの話を聞いたのは1985年です。 
 因みにこの事件は1960年前後の事でしょう。

 しかしワタシがユダヤ人に違和感を持ったのは、実はそれより前、1970年代イスラエルがパレスチナへの攻勢をかけ続けていた頃です。

 当時のワタシはこのパレスチナ情勢には全く知識も興味もありませんでした。
 でもその頃イスラエルはやたらにホロコーストの追悼とか、「アンネの日記」の話とかを宣伝していました。

 日本で散々被害者を強調しながら、パレスチナでは極めて強硬な軍事攻勢を掛ける。

 それが実にイヤな感じでした。

 こんな被害宣伝さへなければ、パレスチナ問題など他の遠隔地の紛争の一つとして以上に不快感はなかったのに・・・・・。

 これは欧米のリベラリストも同じではないでしょうか?

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 因みに今日本で、一番嫌韓に燃え上がったいるのは、嘗て親韓派だった右派の人達です。

 彼等はソ連崩壊まで、反共の仲間として日本で韓国支援を訴え続けたのです。
 そしてその為には、右派であるにも拘らず竹島問題にも目を瞑ったのです。

 ところがその韓国はその支援に感謝する事なく、ひたすら日本を貶める事に熱中しているのです。
 これでは元親韓派がブチ切れるのは当然でしょう。

 逆に日本の左派は、北朝鮮を「地上の楽園」と讃え韓国の悪宣伝に熱中してきたのです。 このような左派にすれば、韓国に何の思い入れもありません。 
 
 だから北朝鮮を使っての日本悪い宣伝ができなくなれば、代わりに韓国を使う事には何の躊躇いもないのです。

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 これを思うと、今の欧米のリベラリストの反ユダヤ主義と、右派の親ユダヤと言う逆転も、理解できます。

 嘗て反ユダヤ主義だった欧米の右派は、ユダヤ人には何の貸しもありません。
 それで反イスラムの共闘の為なら、気楽に親ユダヤに転向できます。

 一方、「迫害されるカワイソウなユダヤ人」の為に反ユダヤ主義と戦ってきた心算のリベラリストからすれば、ネタニヤフ政権の国粋主義や、パレスチナ人への仕打ちは、自分達の善意や同情に対する裏切りであり、許し難い忘恩行為と感じるでしょう。

 同情や善意を裏切られたら、人間は絶対にそれを許せないのです。

 キリスト教が至高価値とする「愛」を仏教は全く評価しません。 それは「愛」は、一つ間違えると「憎悪」に逆転するからだと言います。

 そしてこの愛の逆転による憎悪は非常に恐ろしいのです。

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 ユダヤ人は長い間迫害されてきました。
 だから非ユダヤ人に対する不信や不寛容が身についてしまったのかもしれません。

 そして契約の厳守と言う商業民族の鉄則が、ユダヤ人の意図を超えて「冷酷無情」「金の亡者」と言う印象を与えるのでしょう。

 しかし今はイスラエルは強国だし、ユダヤ人迫害も少なくとも欧米では、表立ってはできないのです。

 迫害の歴史が続いたので、迫害の不当さを責めたい気持ちは当然でしょう。 しかし既に強国の民となった以上は、自分達がなぜこれほど嫌われてきたのか? それを冷静に考えるべきでしょう。
 
 もう迫害される弱者として他者にユダヤ人への理解や同情を求めるのではなく、ユダヤ人自身がその知性と能力とイスラエルの国力に相応する振る舞いをするように心がけるしかないのです。

 契約を理解できない馬鹿な連中を責めるだけでなく、彼等の文化を理解し、寛容に扱う雅量や品位も必要なのです。

 他者を変える事は不可能なのだから、自身が変わるしかないのです。

 そうしないと西欧の反ユダヤ主義がまた深刻化して、再度大悲劇になるのではないでしょうか?

  1. 個人的体験から
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2016-12-31 14:21

今年の終わりに

 今ストーブで椎茸を煮ています。 椎茸が煮えたら里芋を煮ます。
 そしてこれでお節料理は完成です。

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 昨日は午後から買い物に出ました。 鏡餅を買い忘れていたのです。 それに蒲鉾や数の子などもまだ買っていなかったのです。

 ところが激安店に行くと、数の子だけはありましたが、もう鏡餅は売っていませんでした。 蒲鉾類も全部売り切れでした。

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 そこで今度は別の店に行きました。

 それで漸く鏡餅を買う事ができました。 しかも最後の数個だった為か半額になっていました。

 もう、どの店も正月用品は早々と売り切ってしまう方針になったようです。

 それからその近くのスーパーへ行って、そこの百均でよもちゃんのお正月用のリボンを買いました。

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 こうやってあちこち回ると帰りは暗くなりました。 足が一昨日からまた腫れだして、またヨチヨチ歩きになって速く歩けないからです。

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 今年は9月6日に自転車で転んで右足を二カ所も骨折しました。
 それで二ヶ月近く入院して退院したのは10月28日です。

 退院後も装具や松葉杖が必要で、普通に歩けるようになったのは12月5日からです。

 12月26日に病院へ行った時に、まだ当分足が腫れたり熱が出たりすると言われましたが、全くその通りになったのです。

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 それでもこうしてお正月の支度ができました。 今年のお節料理は品数も少なめでかなり手抜きですが、取りあえず正月の体裁は整いました。
 
 だから自分としてはこれで満足です。

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 ブログでは今年一年、皆様から沢山のコメントを頂きました。
 お蔭で随分色々な勉強をさせていただきました。

 ワタシは典型的なヒッキーで、ホントは人づきあいが苦手です。
 でもブログをやったお蔭で、随分色々な方と知り合いお話する事ができました。

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 お蔭で様々な事を学ぶ事ができました。

 それは政治経済外交など、ブログのテーマに直接関係する事だけでなく、生きる意味やモノの味方など根源的な問題についてもです。

 だからブログをやっていて本当に良かったです。

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 皆様今年一年、本当に有難う御座いました。

 来年も今年同様にブログを続けますから、来年も宜しくお願いします。

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 因みによもちゃんは今はストーブの前で寝ています。
 ストーブの前の一番暖かい場所を占拠するのは、基本的猫権であって猫特権ではないそうです。

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 それでは皆様、良いお年を!!

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2016-12-28 21:58

骨折騒動はオシマイ

 この前の日曜日は自転車で倒れた時に、助けて下さった方の所へお礼に行ってきました。

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 我家から100m足らずのお宅なので、ホントは退院して直ぐに行くべきでした。

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 けれども手土産ぐらいは持って行かなくては・・・・と思うとなかなか行けませんでした。

 手土産を買いに行くことができなかったからです。

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 近所の大型酒店でお酒を一本と思っていたのですが、それが間違いでした。

 この店までは徒歩で20分程かかります。 これまでは気楽な散歩コース内だったのですが、退院してからはこの距離を一気に歩く自信がありませんでした。

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 12月5日に松葉杖が取れたのですが、しかしその後少し自信が付くと直ぐに大雪になりました。

 それで否応なしに除雪をしなければならなくなるのですが、そうすると足が団子のように腫れます。

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 それで数日ビビッて、遠出ができなくなります。

 それを何度も繰り返して、結局この前の日曜日12月25日になってしまったのです。

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 それでもついに大型酒店にたどり着くことができたのです。
 
 最初は洋酒にするつもりでしたが、日本酒がいろいろあったので、日本酒の一升瓶を買いました。

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 道がツルツルになっていたので、転んで一升瓶を割らないように用心しながらゆっくりゆっくり歩いて行きました。

 両手で酒瓶を抱えて必死に歩くさまは想像するとかなり滑稽です。

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 幸い助けて下さった方はご在宅で、退院した事を報告して、お礼を言う事ができました。

 これでホントに骨折騒動が終わった気がしました。

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 そしてこの翌日12月26日は病院へ行きました。

 病院では予定通り「全快」と言われました。 
 
 春まではまだスポーツなど無理をしてはいけないし、腫れたり熱が出たりすることはあるそうです。

 でももう通院はこれでオシマイになりました。

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 骨折した膝下にチタン製の補強具が入っているのですが、これを抜いて欲しければ来年の夏ごろ来るようにと言われました。

 若い人は抜くけれど、年配の人は抜かないでそのままにするそうです。

 ワタシも年配だし、もう一度手術で入院するのもイヤだから抜かないつもりです。

 だから病院はホントにもうこれでオシマイでしょう。

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 これで安心してお正月を迎えられえます。

 今回の骨折ではよもちゃんにも、そして何より妹にも散々な思いをさせたけれど、これで全て終わりです。

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 明日から頑張ってお節料理を作ります。

 これまで何だか生活が落ち着かず、クリスマスもいつの間にか終わってしまいました。
 そして気が付けば今年も後わずかです。

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 でもこれで骨折に関して気になっていたことが全部終わったので、ようやくワタシの生活も元の軌道に乗りそうです。 
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