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2018-07-24 12:08

LGBTは生産性がない?

 「LGBTには生産性がない」と言ったとかで、杉田水脈参議院議員のツィッターが炎上したそうです。
 しかし「LGBT]に生産性がないというのは事実でしょう?

 ここで杉田議員が言う「生産性」とは、経済活動や文化活動についての話ではなく、子供を産み次世代を作ると言う意味での「生産性」です。
 そして杉田議員がこの「生産性」を持ち出したのは、LGBTカップルへの公的支援をするか否かと言う話の中です。

 現在の日本では正規の婚姻をしている夫婦には、扶養控除その他、幾ばくかの公的支援があります。
 また婚姻自体が法で守られている制度です。

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 しかしLGBTのカップルにはこうした支援はありません。
 そもそも現在の日本では、同性婚と言う制度がありません。

 そこでLGBT反差別活動家達が、同性カップルへの公的支援を要求し始めました。

 杉田議員の「LGBTは生産性がない」発言は、この公的支援に対する反対論の中で出てきた言葉です。

 杉田議員は「正規の婚姻をしている夫婦に公的支援をするのは、これらの夫婦が子供を産み育てる事を基本にしているから。 しかしLGBTカップルが子供を産むことはあり得ないので、公的支援の対象にならない。」と言っているのです。

 ワタシはこれは全くの正論だと思います。

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 ワタシの知人で、中年すぎてから恋人と同棲して事実上夫婦生活をしてるカップルがいますが、彼等は正規の婚姻ではないので、公的支援は全く得ていません。
 
 若いカップルでも正規で婚姻でない場合は、公的支援を得られません。
 
 理由は簡単です。
 婚姻届けが出ない限り、国も自治体も彼等がカップルとして暮らしているかどうか自体を把握できません。

 そして彼等が婚姻届けを出さないのは、殆どの場合、そもそも子供を作る意思がなく、その場合敢えて入籍するメリットはないからです。 
 公的支援なんて言っても微々たる物なので、入籍することで抱え込む義務を考えると、二人一緒に楽しく暮らすだけなら、ワザワザ入籍なんかする必要はないのです。

 それでは同性婚が制度として存在しない状況で、どうやったら公的に支援できるのでしょうか?
 そもそも何のために支援するのでしょうか?

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 婚姻とは元来、子孫を産み育てるのが目的なのです。 そして子孫ができないと社会は存続できません。
 だから古代から婚姻は尊重されたし、国家や社会がそれを支援してきました。
 けれどもそれと引き換えに、婚姻したカップルにはお互いの貞操義務や、扶養の義務など非常に重い義務も課してきたのです。 

 婚姻の尊重と支援は、こうした義務を伴うからこそ行われてきたものでもあるのです。

 しかし子供を産み育てると言う目的でないカップルには「生産性はない」ので、こうした支援はしてこなかったのです。

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 逆に言えば、LGBT反差別活動家が言うように、子供を作る目的ないカップルでも支援しろと言うなら、カップルだけを支援しろと言うのがオカシイのです。

 カップルを作らない独身者だって支援するべきではありませんか?
 例えばゲイの男性の中には、非常に性的にアクティブで、日常的に大勢の男性と性交渉を楽しむので、カップルなんか作っていられないという人も多いのです。

 LGBTカップルに公的支援がない事を差別と言うなら、上記のような理由で独身でいる人達に公的支援がないのも差別でしょう?
 
 そしてこの世にはLGBTでなくても独身でいる人が沢山います。(例 ワタシ) こうした独身者にも公的支援をしないのは差別になります。

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 そもそもGBT反差別活動家は何のためにLGBTカップルへの支援を要求しているのでしょうか?

 イヤそれ以前に彼等の言う差別ってなんでしょうか?
 
 少し前まで大騒ぎしていたLGBTトイレはどうなったのでしょうか?

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 マジにこの漫画の通りでしょう?

 実はワタシが行きつけの病院が、新築移転した時にLGBTトイレなるものを作ったのです。
 ある日その病院へ行ったとき、ワタシがそのトイレの傍を通りかかると、80過ぎと思えるお爺さんが出てきたのです。
 ワタシはそれを見て、一瞬「このお爺さんゲイ? それともバイセクシャル?」と思ってしまいました。

 考えてみればこのお爺さんは、LGBTの表示が何のこと知らなかっただけだと思うのです。 だから気楽に入ったのでしょう。
 しかし当事者ならこんなトイレに入るのは躊躇うでしょう?

 だってカミングアウトしている人達だって、病院や駅やスーパーなどで、見知らぬ人達の不作法な好奇の目にさらされるのは絶対いやでしょう?
 ましてLGBTであることを隠していたい人にすれば、こんなトイレに出入りするところを、知人に見られるのを想像したらそれだけで恐怖でしょう?

 因みにこのLGBTトイレは不評だったのか、その後この表示は外されました。

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 ところが彼等はこんなトイレを作れと言いながら、一方でアウティング(友人等がLGBTであることを知った場合、それを他の人に言う事)は人権侵害だ、アウティングで自殺者が出たと言って騒いでいるのです。

 ??
 コイツラ一体何がしたいの?

 LGBTの人達にとって、LGBTであることを知られるのがそれほどの苦痛なら、こんなトイレを作って、トイレの出入りの度のアウティングを強制しようという神経がわかりません。

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 結局彼等はLGBT差別をネタに騒ぎたいだけではありませんか?
 1970年代のアメリカでの公民権運動やウーマンリブを皮切りに、現在の西欧先進国と日本では、差別反対が絶対正義になりました。

 そこでこうした反差別活動をビジネスとする人々や、それに集る政党政治家が生まれました。

 しかし本来民主主義国家で保障できる平等は法の下の平等だけです。
 そして女性や黒人への法の下の平等は、直ぐに達成されたのです。

 でもこれで困る人達が出てきました。 つまり反差別ビジネスパースン(ビジネスマンと言うと差別だと騒がれちゃいますから)やそれに集る政治家達です。
 そこで彼等は法の下の平等では満足せずに、結果平等や個人や他人を平等に扱う事を要求するようになりました。

 しかしそれだけでは足りず、人種差別や女性差別とは別な差別を取り上げる必要が出てきたのです。

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 それで目を付けたのがLGBTです。
 尤も欧米の場合は、キリスト教の教理から同性愛は罪とされたし、その為刑事罰もありました。 だからこうした刑事罰の廃止などは、実際に大きな意味があったのです。

 しかし問題はそれを直輸入した日本の活動家です。
 日本では古来同性愛など個人の性的な指向に国家や社会が干渉するという歴史はなく、同性愛者が迫害された歴史もないのです。

 ところが欧米式の反差別ビジネスをするには、日本でも欧米並みの差別や迫害があった事にしないと商売になりません。

 だから彼等は差別がある事にしようとするのです。 しかし元々なかったものを作るのですから、これは全くの無理筋で、その為やっている事は支離滅裂になるのです。

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 その為、トイレに出入りする度に、周りの人にアウティングを強制するLGBTトイレを作れと言う一方で、「アウティングは人権蹂躙だ~~!!」と喚くのです。

 こんな事をしていれば、この漫画の通り「世間の人達」は「LGBTってわけのわからない我儘ばかり言う厄介な連中」と認識するようになり、ホントに差別される事になってしまうでしょう?
 これはビジネス当事者以外のLGBTの人達には大迷惑でしょう?

 しかし相手はビジネスでこれをやるのですから、始末が悪いです。

 そしてビジネスの為だからこそ、この杉田議員「生産性」騒動のようなプロパガンダをやるのです。

 杉田議員はごく当たり前の話をしているだけなのですが、しかしこうしたビジネスパースン達は、全体の文脈を無視して一部の言葉だけを取り上げ、「差別だ~~!!」と騒ぐのです。
 彼等はこうした誹謗中傷プロパガンダのプロなので、こんな事をやりまくるのです。

 本当に始末が悪いですね。

  1. 差別ニダ!!
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2018-07-02 11:39

保守速報批判雑感

 ワタシが在日コリアンを嫌悪するのようになったのは、80年代ぐらいからです。

 当時ワタシは体を悪くして、普通に働く事を諦め、学習塾の講師と言う半端仕事をしていました。
 この仕事は子供達の学校が終わる午後2~3時ぐらいから始まります。 そして夜は結構遅くなります。
 
 だからいつも朝は9時近くに起きて、しばらくボ~~ッとテレビを見るのが日課でした。

 ワタシはCMが嫌いだし、ワイドショーも嫌いなので、消去法でNHKを見ていました。
 ところでこの時間、NHKはやたらに在日コリアンに関する話を放映していました。

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 この時間の番組では、NHKのレポーターなる人間が、どこそこの在日コリアンの誰々さんのところを取材して、その人の言い分を一方的に流すという形式で番組が進むのです。

 それでワタシも否応なしにその在日コリアンの誰々さんの言い分を聞かされるのですが、どうもいう事がオカシイのです。

 NHKが引っ張り出してくる在日コリアンですから、ひたすら「差別されたニダ!」と言うのですが、全然賛同できません。

 話を聞いていると結局彼等の祖父母は日本に不法入国して、不法滞在、不法就労をしていたのです。
 つまり犯罪者です。

 犯罪者を忌避するのは当然ではありませんか?

 善良な一般市民は犯罪者とは関わらないようにするのべきなのです。

 但し日本にいるから不法滞在=不法行為をしている犯罪者になるわけで、帰国すれば犯罪者ではなくなります。 だから犯罪者として忌避されるのが嫌なら帰国すればよいのです。

 それなのに何で日本に居座るのか?

 ワタシは是非この理由を知りたいわけですが、しかしNHKは散々在日コリアンを取材しながら、こういう肝心なことには一切切り込みませんでした。
 これでは報道機関としての価値がないのですが。

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 しかしそのうち更に奇妙な報道を続出することになりました。

 80年代末から「強制連行」の話を煽り始めたのです。

 つまり第二次大戦中に日本は朝鮮半島の人の奴隷狩りのように捕まえて日本に連れてきて、強制労働させたという話です。

 そして強制的に連れてこられたのだから、日本に居座る権利があると言いたいようでした。

 しかしこれはどう考えても奇妙な話です。

 朝鮮人の不法入国のニュースは70年代にも結構ありました。
 けれどもワタシはこの頃まで強制連行なんて話は聞いた事もありませんでした。 

 そもそももし戦時中でも数百万人もの人を奴隷狩りのよう集めて強制労働をさせたのなら、東京裁判でも問題になったでしょう?

 そしてホントにそんなことをしたのなら、それこそ何で朝鮮人は日本に居座るのでしょうか?

 アウシュビッツに居座るユダヤ人がいますか? 
 強制的に連れてこられたのなら、日本が敗戦すれば一目散に帰るでしょう?

 ところがNHKはこの手の辻褄の合わない奇妙な話を延々と放映し続けるのです。

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 そしてこれを聞いていると、こんな事を言い続ける人間はオカシイ。
 彼等はマトモな民族ではない。

 そう思わざるを得なくなりました。

 NHKがどういう心算でこうした番組を放映したかは知りません。 
 しかしワタシはこれで在日コリアンのイメージが完全に変わりました。

 それまでは一応在日コリアンは差別されているカワイソウな人達と思っていたのです。
 
 しかしこれで在日コリアンは、日本に居座りながら、日本を誹謗中傷する悪意に満ちた人達だとわかったのです。
 
 けれどもこれはワタシ一人ではないようです。 ワタシと一緒に番組を見ていた母も不快感を持つようになったし、また知人からも同様の感想を聞いた事があります。

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 つまりNHKが在日コリアンへの嫌悪、不信感、侮蔑の念を扇動したのです。
 因みに当のNHKは在日コリアンを嫌悪したり不信や侮蔑の念を持つ事を「差別」と呼んでいるようです。

 だからNHKが差別を扇動したと言ってよいでしょう。

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 知れば知る程嫌いになる国。

 これはワタシが2008年にパソコンを買ってインターネットを始めてから、知った言葉ですが、全くその通りなのです。

 実際日本人の韓国人への嫌悪が高まったのは、ソウルオリンピックやサッカーワールドカップの日韓共同開催などで、韓国の情報が大量に入った時です。

 1988年のソウルオリンピックはワタシも覚えてるのですが、オリンピック期間中、大量の情報が入ると、幾らマスコミが取り繕っても、おかしな審判や観客のマナーの悪さなどが痛感されて、「この国オカシイ」と思う人が増えました。

 そして2002年のサッカーワールドカップ日韓共同開催は更に無残でした。

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 本来はこうした大会は、どんな国でも国家のイメージアップの為に開催するのです。 そして実際にイメージはアップするのです。

 しかし韓国は例外でした。
 韓国はこうしたイヴェントを開催する度にイメージが悪化したのです。

 韓国も競技場やその他ハードのインフラでは、随分頑張ったようですが、しかし競技を放映していると観客のマナーや、明らかにオカシナ審判などが次々と出てくるのですからどうしようもないのです。

 しかし日本のマスコミはそうした問題を指摘せずに、ひたすら問題をなかった事にして、意味不明の韓国礼賛を続けるのですから、益々韓国への不快感が募るのです。

 2002年のサッカーワールドカップで日本に嫌韓世論が生まれ、そしてネット世論の中心になりました。

 つまり嫌韓を扇動したのは、韓国政府と日本のマスコミなのです。

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 ところでソウルオリンピック時と違って、2002年のサッカーワールドカップ時にはインターネットが普及していました。

 そこでオールドメディアに変わって、インターネットがこうした韓国や韓国人、そして在日コリアンへの疑念や不信を発信する場になりました。

 簡単に言えば、インターネットの持つ双方向性が、発揮されたのです。

 これまではマスコミが一方的に韓国を礼賛し、在日コリアンカワイソウ論を発信していました。
 
 国民はこれに違和感や疑念を持ち続けたのですが、これを発信する手段はありませんでした。 せいぜいテレビを見た後で、家族や友人同士で「これオカシイよね?」と言うぐらいしかできなかったのです。

 しかしインターネットによりこれが変わりました。 マスコミがオカシナ報道をすると、その報道に対して批判がネット上で多くの人々に共有されるようになったのです。

 マスコミの報道だけではなく、個人のツィートや団体のHPなども同様です。

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 こうなると情報は最初に発信した側の意図とは、真逆の効果を持ってしまいます。
 
 在日コリアンや韓国、韓国人の側が自分達の立場を正当化する為に発信した情報が、それを受け取った側の嫌悪や不信を招き、今度はそれがの嫌悪や不信が発信されるという状況になったのです。

 しかしこれは考えてみれば、当然の話です。
 常日頃、自分が正しいと強弁し続ける人間が好かれたり尊敬されたりするわけはないのです。
 
 いつも「自分は正しい。 お前たちは悪い。」と言い募る人に対して、その意見を素直に拝聴して「さようでございます。」と同意し続けてくれる人間などいるわけもないのです。
 
 それどころかそんな事を言い続けるだけで、十二分に嫌われ軽蔑されるのです。

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 ところがマスコミやその報道にひたすら同調している人々は、この理が理解できなかったのです。
 なぜならインターネットが普及するまでは、情報発信はマスコミが独占していました。 
 
 だからマスコミが一方的に情報を発信して、それに対する反応は全く考慮しなくてもよいという状況が続いていたからです。
 そこでマスコミ側からすれば、自分の言う事だけが正義であり、視聴者はそれを拝聴して、自分達の同意していて当然と言う錯覚を持ち続けていたのです。

 自分が在日コリアンカワイソウ論を放映し続けるのだから、視聴者は全て在日コリアンカワイソウ論に同調しているはずである。

 これがNHKの論理であり、同様に在日コリアンカワイソウ論を報道する全てマスコミの論理でした。

 だから彼等は視聴者の反応を無視して、延々と在日コリアンカワイソウ論を流し続けたのです。

 これは正に他人を無視して「自分は正しい」と強弁し続ける愚かで自己中心的な人間典型なのですが、彼等は自分達がそのような立場であった事を未だに理解していないのです。

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 実は昨夜、ワタシの保守速報さん二審も敗訴のエントリーに、長い長いコメントを頂きました。

 論理がグチャグチャなので非常に読みにくくて困ったのですが、しかしどうやら彼等は保守速報さんが取り上げる記事その物ではなく、記事と一緒に転載されている2チャンネルのコメントを問題にしているようです。

 保守速報さんが取り上げる2チャンネルスレッドのコメントの圧倒的多数は、在日コリアンや韓国人、韓国、中国を非難したり批判したり、嫌悪を明確に表すものです。

 だから保守速報さんとしては、その一部をアトランダムに転載すると、在日コリアンや韓国や韓国人に否定的なコメントばかり掲載することになるのです。

 で、彼等はこれを「差別」「差別の扇動」と言っているのです

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 しかしこれは奇妙な話です。
 だって元々書かれていたいた物をそのまま転載している事では、記事本体もコメントも同じなのです。

 そしてこうしたコメントを招いているのは、保守速報さんではなく元記事なのです。

 因みに韓国、韓国人、在日コリアンへの嫌悪のコメントが多いのは、2チャンネルだけの特質ではありません。
 例えばヤフーヘッドラインでもコメント欄を見れば、こうしたコメントが圧倒的に多いのです。

 李信恵氏が「拉致被害者全員奪還はきれいなヘイトスピーチ」などとツィートするから、それに対する反感や批判が噴出するわけで、保守速報さんはそういう状況をそのまま手短にまとめて紹介しているだけなのです。

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 つまり保守速報さんはネットの双方向性をそのまま凝縮したサイトなのです。

 保守速報さんは「こんな記事が2チャンネルで話題になり、これに対するネラーの反応はこんな具合」と書いているだけなのです。

 例えば演劇やコンサートの評論で、演技や演奏に加えて観客の反応を書く場合があります。

 観客がブーイングをしたという評論が出れば、客は来なくなりますから、評論された側は困るでしょう。

 しかし観客のブーイングを隠蔽するような評論が正しい評論と言えるのでしょうか?

 ところが彼等は客がブーイングをしたことを書いたら「差別だ!!」と言って、率直な評論をした人を非難しているわけです。

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 結局彼等はネットの双方向性が受け入れられないのでしょう。
 
 自分達の発信に対して、批判や反感がある事を理解できないのでしょう。

 だから自分達の演技や演奏のまずさではなく、ブーイングする観客とその事実を書いた批評家に対して怒り狂うのです。

 こんな人間が社会に受け入れられるはずはありません。

 本当に差別をなくしたいなら、まず自分達が一般社会でどのように思われているかを自覚するべきなのです。 そして指摘された問題点を改善する努力をするべきなのです。

 そしてその為には自分達を批判する人々の意見をよく聞くしかありません。 

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 しかし彼等の保守速報さんへの批判を見ていると、これは全く期待できない事がわかります。 だから在日コリアンも韓国人も韓国も、今後も延々と嫌悪されて侮蔑され続ける事になるでしょう。
 
 彼等はそれを「差別」と呼ぶのですが。
  1. 差別ニダ!!
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2018-04-08 21:26

差別って何? LGBT気持ち悪い

 4月12日号の週刊新潮にLGBT反差別運動の問題点を指摘する記事が掲載されました。 著者はジャック・Kさん、ジャックの談話室のブログ主です。

 ワタシもジャックさんのブログからこのLGBT活動家のことを知ったのですが、しかし彼等の言うLGBTへの差別とは何を指しているのか、全然意味がわかりませんでした。

 しかし先日朝日新聞記者が掲載した記事を見て大変驚きました。

 LGBTが気持ち悪い人の本音 「ポリコレ棒で葬られるの怖い」
 
「理解されることは、あきらめている」 あるゲイ男性の静かな絶望 

 この二つの記事はどちらも男性同性愛を中心に書いているのですが、しかしこれを読んで見ると、この記事を書いた記者にとって以下のことが同性愛者への差別になるのです。

 ① 同性愛を性的に気持ち悪いと思う事
 ② 同性愛者の恋愛や求愛を含めた性欲や性行動について理解できない
 ③ ①と②の理由から無意識のうちに、同性愛者を傷つけるような言動をしてしまう。

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 最初の記事に出てくるBさんと言う男性は「LGBTは気持ち悪い」と思う理由を、このように明言しているのです。

 例えばゲイの方について。僕は女性しか好きになったことがないので、男を好きになるというのがどうしても想像できなくて。『だって自分と同じ体をしているんだよ? それで興奮するの?』と

 「いや、頭ではわかっているんです。『同性を好きになる人がいるんだ』と頭では理解していても、心がついていけないんです。そういう衝動って、本能的なものじゃないですか。だから本能的に拒否してしまうんですよね」

 つまり彼が同性LGBTを気持ち悪いと思うのは、自分の性的な感覚では、男性とセックスする事が不快だと感じるからです。

 但し彼は仕事上で知り合ったゲイの男性を、ゲイだという理由で、忌避するようなことはしていません。 仕事で付き合う分には全く問題ないのです。

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 またもう一つの記事に出てくるゲイの男性が「理解されることをあきらめた」と嘆いているのですが、彼が理解してくれないと言っているのは、彼の性的な関心や行動に関する問題です。

 性的な問題と関係ないことで、彼が職場を追われたとか、或いは友人から排除されたという話は出てきません。
 彼をゲイと知っていても、親しく付き合っている友人はいるのです。
 
 彼が嘆くのはその友人が、彼の性的な関心や性的な行動原理を全く理解してくれないという事です。

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 しかし性的な感覚の相違からくる嫌悪感や、それを理解でない事を差別と言うべきなのでしょうか?

 なるほどこのように性に限定していえば、ワタシも同性愛者を差別しています。

 ワタシはレズビアンではないので、女性とセックスすることを想像するとゾッとします。 またレズビアンの人達の性的な感覚も全く理解できません。

 ゲイの人達については、セックスすること自体が完全に想定外になるので、ゾッとすることもないのですが、しかし彼等の性的な面は全く理解できません。 だからネットで山川純一の漫画を見た時は、ただ笑っちゃいました。

 これは全ての異性愛者も同様でしょう。
 
 だって異性愛者が異性愛者であるのは、同性愛のセックスが気持ち悪いと思うからです。 同性愛のセックスを気持ち良いと思えば、同性愛者になります。

 だから口に出すか出さないかは別として、異性愛は皆同性愛は気持ち悪いと思っています。

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 しかしそれを言うなら、ワタシは実は今の所、セックスの相手として男性全員気持ち悪いと思っています。 だから目下聖女様のような清らかな独身生活中なのです。
 
 しかしこれは他の女性も同様でしょう。
 ほとんどの女性は、恋人や夫と言った例外を除く男性とのセックスは気持ち悪いと思っているのです。

 上司や同僚、友人として受け入れられる男性でもセックスの相手とはお断り。
 それでもシツコク言い寄れってくればセクハラです。

 無差別に全ての異性とセックスできる人は淫乱症です。

 だからセックスを考えたら「気持ち悪い」と言う事を、差別と言われても困るのです。 

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 そもそもセックスの感覚って、非常に生理的なものでしょう?
 食べ物の好みや、病気の苦痛のような物で、体験しなければ絶対にわからないし、合理的な説明は不可能なのです。
 
 勿論他人の生理的な感覚など理解できるわけもないのです。 

 実際、異性愛者でも男女間では理解できない事は沢山あります。 
 だって男性の性的な欲望や快感は、男性性器に大きく支配されているようなのですが、でもワタシは女性ですからそんなものはついていません。
 
 だから男性の欲望や快感は全く理解できません。
 理解できない事を前提に付き合うしかないと思っています。

 でもこれは男性も同じでしょう?

 だから自分とは性的指向の違う人の性的な感覚や行動原理を理解できない事を差別と言われたら、ワタシは同性愛者だけでなく、全ての男性も差別しています。

 こんな事を差別と言うべきなのでしょうか?

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 そして性に関する感覚は、人間の極めて根源的な感覚であり感情です。 

 そのような感覚に「差別禁止」を名目で介入し、「同性愛を気持ち悪いと思うな」「同性愛者の性的行動を理解しろ」などと言のは、無茶苦茶です。

 また全く理解できない事への「気遣い」を強制されても困るのです。

 性と言うのは、人間が人間であるというより、むしろ動物である故にこそ存在するものです。
 そのような根源的な部分まで、特定の理念や道徳を強制されなければならないのでしょうか?
 
 人間は性に関しては気持ちの悪い物は気持ちが悪いと感じる自由があるはずです。
 
 もしその権利を否定するなら、同性愛者にも異性愛を気持ち悪い、不快と思う事を禁止するべきです。

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 人間には内面の自由があるし、まして性のような動物的内面は自身でもコントロール不能なものです。
 
 一方「差別」と言う問題は、本来社会の問題です。 つまり公的な生活での問題なのです。

 だから同性愛者への差別を問題にするべきなのは、セックスの関係のない事で忌避されたような場合だけです。

 つまり風俗業でもない一般の仕事なのに、同性愛者であることを理由に就職できないとか、仕事を断られたりするとか、或いは友達仲間から排除されたりした場合だけです。

 それではそのようなことがあったのでしょうか?
 
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 差別と言うのは極めて曖昧な言葉なので、差別を論じるときには、何が差別か?なせそれを差別かをまず考えなければなりません。

 ところがこの朝日新聞の記者は頭が悪いのか、意図的にか「LGBTへの差別はある」と言う事を前提に記事を書き始めたのです。

 そこで自分の意味する差別が何かわけもわからないまま、結局「セックスの相手として考えると気持ち悪い」と思う事を差別にしていまいました。 そして性的指向の異なる人の性的な関心事や行動が理解できない事を差別、更にそれに配慮できない事を差別として、差別を膨らませたわけです。

 それともこの記者は自身が淫乱症なので、日常的に誰とでも無差別にセックスしているのでしょうか?

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 しかしこれは大変恐ろしい話です。

 だって朝日新聞等は差別禁止の為には国家権力を介入させるべきと言っているのです。
 
 こうなると性と言う人間感情の根幹、プライバシー中のプライバシーにまで国家権力が介入することになります。
  
 だから今ではジャック・Kさんなど多くのLGBT当事者もこの活動には、非常に批判的になっているのです。

 すべてのLGBT当事者がこの仲間だと思われては、たまらないでしょう?

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 欧米などキリスト教世界では、宗教的理由から同性愛始めLGBTには、刑事罰を科すなど厳し差別がありました。 だからこれらの国々でこれに対する反差別運動が先鋭化するのは理解できます。

 ところが日本では歴史的にそのような差別や迫害はありませんでした。 それを無理やりアメリカからLGBT活動を輸入したので、差別とは何かもわからないまま活動しているのです。

 挙句に人間の感情の根幹に国家権力を介入させようとしているのです。
 こんな事はもういい加減にやめて欲しいです。
  1. 差別ニダ!!
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2018-04-06 13:25

多様な価値観の尊重って何? 大相撲の女性蔑視叩き

 先日、大相撲巡業中に土俵で倒れた市長の救急救命処置に対する相撲協会の対応で、自称リベラリスト達が相撲協会をリンチにかけています。
 
 更に宝塚市の女性市長を土俵上からの挨拶を拒否したことでも騒いでいます。

 ツィッターを見ていると自称リベラリストの連中が、ひたすら「女性蔑視」とか「女性差別」だと言って相撲協会を叩いているのです。

 しかもどうやらそれが世界的な規模になっているようです。

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土俵女性問題 米でも報道、日本の差別の象徴と批判

 毎日新聞
 京都府舞鶴市での大相撲春巡業で、土俵上で倒れた市長の救命処置を施した女性が土俵から下りるよう促された問題について、米主要メディアは5日、日本が抱える女性差別の問題を象徴する出来事だと批判的に報じた。

 有力紙ニューヨーク・タイムズ電子版は「男性の命救うためでも女性の土俵入り禁止」の見出しで報道。「日本で最も古く、最も神聖化されたスポーツの一つ」である相撲の「差別的な慣習が世間の厳しい目にさらされている」と解説した。

 ダボス会議で知られるスイスの「世界経済フォーラム」の2017年版「男女格差報告」で日本は144カ国中114位。(共同)

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  これを連中は大喜びしているのです。

 こんな感じです。

Women ordered off stage at sumo contest after trying to help stricken mayor 昨日の応急手当に駆けつけた女性に向けた相撲協会の女性ヘイトアナウンス,グローバルにも報道されてますね.これこそ末代までの恥すぎる…

 なるほど女性ヘイトですか?

 それにしても日本の恥と言いながら、喜びの溢れるツィートですね。

 実は昨日からこの手のツィートが一杯なのです。

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 しかし日本の恥を喜ぶ発想は別として、ワタシはこれ凄く違和感があるのです。

 だって相撲って丁髷の力士が戦い、それを烏帽子直垂の行司が裁くという世界です。 相撲がこの形式を取るようになったのは、実は結構新しくて明治以降だと言われます。

 しかしそれはそうとして、こうした形式は相撲の魅力なのです。 だから単なる格闘技であるなら必要のない力士の髷や、豪華絢爛な行司装束、化粧回し、土俵入り、弓取り式などが全体で、一つの美観を持った世界を作っているのです。

 土俵上の女人禁制もこうした美観と世界観を守る為の禁忌の一つではありませんか?

 そういう所にまで男女平等、女性差別禁止を強要する意味があるのでしょうか?

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 宝塚市の女性市長は、自分が土俵に上がって挨拶できない事を怒っているそうです。

 でもそれで相撲協会の土俵上の女人禁制が、男女平等に反して女性蔑視だというなら、宝塚市長は相撲巨魁に文句を言う前に、宝塚歌劇団に抗議するべきでしょう?

 だって宝塚歌劇団には男性は入れません。 劇中の男性役まですべて女性に演じさせているのです。

 これって男女平等に反して男性蔑視ですよね?

 でもこれも相撲と同様で興行の世界ですから、こんな所に短絡的な男女平等論を強要するのがナンセンスなのです。

 宝塚歌劇団も大相撲も、興行です。 興行の世界は、現実の社会から切り離された夢の世界の演出するのであり、観客はこの夢の世界を楽しみに見物に来るのです。 

 宝塚歌劇は、女性だけで演じる事で、相撲は女人禁制に徹する事で、現実とは違う世界を作っているのです。

 それに苦情を言うのは芸術や興行を理解しない人のすることです。

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 なるほど男女平等は、今は世界の民主主義国家の基本理念です。 ワタシも女性ですから、この理念に反対する意思は全くありません。

 しかし興行の世界で演出された架空世界にまで、この理念を強要する必要があるのでしょうか?

 そんなことをしたら伝統芸能や伝統行事、祭礼などの形式も守れなくなってしまいます。

 これがホントに良いことなのでしょうか?

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 そもそも何より違和感を感じるのは、今回相撲協会をリンチにかけている連中が、日頃「多様な価値観を尊重しろ」「多様性を尊重しろ」と言っていた連中だという事です。

 多様な価値観を尊重するなら、マジに相撲協会の価値観を尊重するべきではありませんか?

 なるほど相撲協会は女性蔑視で男女平等を無視しているのかもしれません。 しかしそれは相撲協会に所属する人々と、入場料を払って相撲観戦に行った人だけの問題です。

 こうした相撲協会の価値観が嫌いな人は、相撲観戦をしなければよいのです。

 何よりも相撲協会は違法行為を行っているわけではありません。

 また女性に対する相撲協会の価値観を社会に宣伝布教しようとさへ考えていません。

 唯自分達の興行中興行会場内では、この価値観を守りたいとしているだけなのです。

 そのような限定的な集団の更に限定的な範囲内での価値観の維持さへも認めず、フェミニズムを強要しなければ気が済まないのでしょうか?

 何でここまで不寛容なのでしょうか?

 これはもう多様な価値観を認めるどころか、完全なファシズムではありませんか?

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 ワタシは多様な価値観の尊重は、民主主義社会では自明だと思います。 

 なぜなら民主主義国家は思想・宗教・信条の自由を保障しています。 思想や宗教や信条が違えば当然、価値観は違ってくるのです。

 そして思想・宗教・信条によっては男女平等など問題外と言う場合もあり得ます。 それどころか伝統宗教や儒教などは完全に女性蔑視です。 また近代の哲学者でもショーペンハウエルのような人は一冊丸々女性蔑視みたいな本を書きました。

 しかし民主主義国家では、個々人や民間団体が、こうした思想・宗教・信条を保持することは認めているのです。

 なるほどこれはフェミニストには面白くないでしょう?

 でもこういう事をすべて許容するからこそ人は自由にものを考えて、自由にものをいう事ができるのではありませんか?

 そして多様な価値観を尊重する社会を維持できるのではありませんか?

 それなのに興行の世界の中にさへ男女平等を強要するのでは、多様性なんか消し飛んでしまうではありませんか?

 相撲協会をリンチにかけている自称リベラリスト達に聞きたいです。

 貴方たちの言う多様性の尊重って何ですか? 

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 因みに相撲協会は貴乃花親方の処遇や暴力事件への対応など、いろいろな問題を抱えています。 しかしワタシはこれらの件は良く知りません。

 そしてこの女性土俵問題はこれとは別問題だと思うので、完全に切り離して考えるべきだと思ってこれを書きました。

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2018-03-14 21:14

国籍って何?

 国籍って何ですか?

 この野川さんという人にとって国籍は一体なんなのでしょうか?

 3/12(月) 12:45配信

外国籍を取得したら、自動的に日本国籍を失うとする国籍法11条1項のルールは違憲だとして、スイス在住の男性ら計8人が、国を相手取り、日本国籍を有することの確認などをもとめて東京地裁に提訴した。提訴は3月9日付。原告側代理人によると、国籍法11条をめぐって争う訴訟は今回が初めて。

原告の1人、スイス在住の野川等さん(74)は1969年にスイスにわたり、現在は現地で貿易会社を経営している。スイス国籍がないと、どうしても入札できない仕事があり、2001年にスイス国籍を取得した。2013年末、大使館からパスポートの選択を求められたあと、2015年9月、日本のパスポートが使えなくなった。

野川さんは3月12日、東京・霞が関の司法記者クラブで会見を開いて、「私は、両親ともに日本人。ある日、バサッと日本国籍が失くなり、2週間くらい力がでなかった。一方的にアイデンティティを奪われた」「日本が憎いのではなくて、良くするための訴訟だ。国籍法11条が間違っている」と訴えた。

●原告代理人「国と国民、双方にとって利益がある訴訟だ」

原告側代理人によると、野川さんのように国籍喪失で苦しむ国外在住者は少なくないという。会見に同席した仲晃生弁護士は「外国籍を取得することが、日本国籍を離脱する意思ということになっているが、まったく異なる意思だ。(国籍法11条1項は)重国籍の発生防止とされているが、今の社会情勢のもとで、本当に妥当なのか」と疑問を投げかけた。

また、椎名基晴弁護士は「(国籍法11条1項が無効となれば)外国籍の取得について、真剣に悩む国外在住の国民数十万人が、国籍喪失を気にせずに活躍できる。海外の日本人社会を活性化することができる。国と国民、双方にとって利益があるウィンウィン訴訟だ」と今回の訴訟の意義を強調した。

訴状などによると、原告は、野川さんを含めてのスイス在住の6名、リヒテンシュタイン在住の1名、フランス在住の1名。あくまで国籍法11条1項が「外国移住の自由」や「国籍離脱の自由」を定めた憲法22条などに違反することを争い、複数国籍を認めることではないという。

弁護士ドットコムニュース編集部

105

 記事によるとこの国籍法11条の原告の野川さんは、スイスの公共事業を受注したいだけのためにスイス国籍を受注したそうです。

 つまり野川さんにとって国籍は、単なるビジネスのための方便です。

 だったら日本で仕事をしていない以上、日本国籍を失っても無問題のはずです。

 ところが野川さんは言うのです。

 「私は、両親ともに日本人。ある日、バサッと日本国籍が失くなり、2週間くらい力がでなかった。一方的にアイデンティティを奪われた

 ??

 だったら野川さんにとって国籍はアイデンティティなのでしょうか?

 それなら何でスイス国籍をとったのでしょうか?

107

 国籍がアイデンティティというなら、スイス国籍をとったら、アイデンティティはスイス人になるのじゃないですか?

 スイス政府だってその心算で、野川さんの帰化申請を受け付け、スイス国籍を授与したのでしょう?

 そしてスイスが特定の公共事業の受注権をスイス人に限定しているのは、スイスという国家にとって重要な仕事だから、同胞でなければ任せられないと思うから、あるいは国家として自国民を助けたいと思うからでしょう?

 それなのにその仕事を受注しておいて「オレはスイス人じゃない!! オレの両親は日本人だから、オレのアイデンてぃていは日本人だ。 スイス国籍を取ったのは仕事を受注するためだ。」なんて公言するって、どういう心算でしょうか?

 スイス人がこれを見たらどう思うでしょうか?

 この人はスイスとスイス人を愚弄しているのでしょうか?
 スイスとスイス人は自分の金儲けのために利用すればよいとだけ思っているのでしょうか?

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 スイスという国は13世紀の建国以来、国民が一致団結して、近隣の大国から自由と平和を守り続けてきました。
 そのために今も厳しい徴兵制を維持しています。

 スイス人が先祖代々そうやって守ってきた国の国籍を授与されて、つまりスイス人達が「君もこれからは自分達の同胞だ」と認めてくれたのに、それを公共事業受注の方便だったと公言するなんて・・・・・。

 これはあんまりでしょう?

 スイス国籍を申請するなら、自分もまたスイス人だと確信し、スイスの危機には他のスイス人と一緒に銃を取って戦う覚悟を持つべきでしょう。

 それができず自分にとって日本国籍がアイデンティティなら、ビジネス上いくら不利でもスイス国籍は取るべきではなかったのです。

 それがスイスとスイス人に対する最低限の誠意というものです。

 逆に国籍は単なるビジネスの方便なら、日本国籍は放棄すれば済む話です。
 
 しかし日本国籍はアイデンティティだけれど、スイス国籍はビジネスの方便というのは、あまりと言えば余りに身勝手です。

108

 こんな人がいるから帰化人が信用されなくなるのです。
 ワタシはスイスの人達に対してこんな人が元日本人であることを恥ずかしく思います。

 ワタシはこんな人達の為に二重国籍を認めなければならないとは全く思えません。

 勿論世界中には二重国籍を認めている国は沢山あります。 それは例えばできる限り沢山の移民を受け入れたいとか、その国の事情によります。 

110

 しかし日本に着いていえば、二重国籍は安全保障上深刻な問題になります。

 なぜなら二重国籍でも、日本国籍を取得すれば参政権など日本人としての権利を100%保証されます。

 そして日本で二重国籍を認めたら、韓国・北朝鮮・中国と日本との二重国籍者が大量に生まれる事になります。

 韓国は日本の領土を不法占拠しているし、中国は日本の領土を侵略しようとしています。 
 そして北朝鮮は多数の日本人を拉致し、また現在日本を核ミサイルで恐喝しています。
 
 こういう状況で二重国籍を認めたら、この二重国籍者達が日本で得た参政権を、自分のもう一つの祖国の為に利用するのが自明だからです。

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 「二重国籍を認めるのは世界の趨勢云々」と言いますが、しかし世界中のどんな国でも、国籍法など国内法はまず自国の安全と国益を守る為に作るのが基本です。

 自国の安全を脅かす外国人の帰化を認める必要はないし、また二重国籍を認める必要もないのです。

 それを一部の不誠実な元日本人の便宜のために変える必要はありません。

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