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2019-07-13 18:43

沖縄タイムスは日本人差別を煽動する パヨクの本性

 沖縄対スムスが日本人差別を煽動しています。

 「日本人客お断り」 沖縄県石垣島のラーメン店 客の悪態が年々悪化 バイトが接客を苦に退職し店主一人で切り盛り

7/13(土) 6:10配信 沖縄タイムス


■お客様は神様? 
 「日本人客はお断り」―。沖縄県石垣市内にあるラーメン店の一つが1日から、観光客や地元客を含む日本人客の入店を制限している。理由はマナーの悪さ。食品を持ち込んだり長居したり、席を余分に取ったり。1人で切り盛りする店主の男性(42)は「日本では『お客さまは神様』とされ、客自身もそう思っているが、そうなのか。金を払えばいいというのはおかしい」と話している。制限は9月末までを予定。

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■会員制も検討
 だが日本人団体客の中に注文しない人がいたり、納得いかず悪態をついたりする客は逆に増えていった。近畿地方から来た子連れの夫婦は「近くの駐車場に300円払って来た」とアルバイトに不平をいい、「おまえたちはどんな商売をしているんだ」と声を荒らげて出て行ったという。
 最後のアルバイトは接客を苦にして辞めた。店主は「重い負担は掛けられない」と1人勤務を続けている。
 一方、客の半分を占める外国人観光客のマナーは対照的に良くなっているという。店主は「マナーが悪い日本人客が来なくなればストレスもなくなる。日本人客は会員制にすることも考えている」と話した。

 マナーの悪い客は勿論、あまり利益にならない客には来てほしくないというのは、どんな店でも本心でしょうし、それを責める事もきません。

 しかしマナーの悪さを国籍や民族と結びつけて「○○人お断り」と言うのは、差別じゃないですか?
 そして沖縄タイムスは「差別は許さない」と言う報道姿勢を取ってきたはずです。

 リンク先のサイトの同じ画面にこんな記事が出ています。 


中国人のみ料金10倍 宮古島・砂山ビーチのレンタル業者 市から注意され看板撤去
 2017年8月4日 08:45 沖縄タイムス
 観光客が遊泳に訪れる沖縄県宮古島市の「砂山ビーチ」でビーチパラソルの貸し出しなどをしている業者が中国人のみ料金を10倍に設定していたことが3日、分かった。「差別ではないか」との意見が市に寄せられ、市は先月18日以降、複数回業者を注意。業者は2日に看板を撤去した。

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  業者の男性は本紙取材に「1人用の椅子に5人が座って壊したりと中国人観光客はマナーが悪い。差別の意思はない」とし、今後は「態度を見ながら貸し出しを判断する」と話した。
 業者が設定するビーチパラソルの料金は看板に2千円と書かれているが、少し離れた場所の看板には「中国人のみ2万円」と記されていた。
 男性は「14年前から営業しているが、言葉が通じないので壊されても弁償するよう言うこともできない。何年も我慢してきたが、今年は貸したくないので2週間前に値段を2万円に変えた」と話した。
 市の担当者は「本人に差別意識がなくても表現の仕方に問題がある。海外からの観光客が、今後も伸びる中、皆が安心して楽しめるよう環境を整備していく」と話した。

 マナーが悪い客に来てほしくないのは、このビーチパラソルのレンタル業者も、最初の記事のラーメン店も同じです。
 
 そしてマナーの悪さを客の国籍に結び付けて排除しようとしたのも全く同じです。
 但しビーチパラソルのレンタル業者の方が、良心的です。

 なぜならリスクの高い客でも、リスク相応の価格を支払うなら拒否はしないからです。
 
 因みにリスクの高い客には、リスク相応の価格を要求するのは、自動車保険などでは全く当たり前に行われている事です。
 無事故無違反の客は、事故歴や違反歴のある人達に比べて保険料が安くなりますよね?
 これを差別とは言いません。

 事故歴や違反歴のある客は、無事故無違反の客に比べて事故を起こすリスクが高いので、保険会社としてはそういう人達にはその分高い保険料を要求するのです。

 だったら中国人の客がパラソルを壊すリスクが高いなら、その分料金が高くなっても仕方ありません。

 ところが最初の記事のラーメン店の方は、リスク分の料金を請求する以前に日本人客を排除しているのです。

 ビーチパラソルのレンタル業者が問題になるなら、当然このラーメン店も問題にするべきです。

 ビーチパラソルのレンタル業者に市が注意したというなら、当然このラーメン店にも市が注意して、これを止めさせるべきでしょう?

 しかしこの沖縄タイムスの記事を読む限り、ラーメン店の日本人への差別を全く問題にしていないようです。
 むしろひたすら日本人客のマナーの悪さを問題にして、このラーメン店の対応を全面的に擁護しているのです。

 しかしなんかこのラーメン店の言う事オカシクないですか? 
 そりゃマナーの悪い客もいると思いますよ。
 けれども日本人のマナーが最近特に悪くなったなどと言う話は聞きません。

食品を持ち込んだり長居したり、席を余分に取ったり。

 よそで買った食品を持ち込むとか、必要以上に長居をするのがマナー違反であるのはわかります。
 しかしそういう人がそんなに増えたのでしょうか?

 もしもホントにそういうマナー違反の客が増えて、商売に差し支えるような状態なら、日本人客しか来ない飲食店はバタバタ倒産しているはずです。

 我が家の近所も沢山飲食店があります。
 我が家は札幌市の郊外の住宅地ですから、外国人観光客なんか全く見かけません。

 しかし我が家の近所の飲食店は、以前と全く変わらぬ営業を続けています。

 我が家のすぐ近くにラーメン通の間では有名なラーメン屋があります。
 ここも店の規模は、この記事のラーメン屋と同じような物ですが、しかし毎日昼時に10人前後の客が店の前で行列しています。
 
 でもその客はどう見ても全部日本人なんですよね?
 そして時々子供連れも見かけます。

 でもこの記事のラーメン屋の張り紙にあるような注意書きはしていません。

 そもそもこの店マトモなんでしょうか?

 「一人一杯注文しろ」とか「乳児・幼児お断り」って、普通の飲食店ではありえないですよね?
 子供の入店を断るのは、キャバレーなど純然たる大人の店ぐらいでしょう?

 そりゃ乳児や幼児は煩いし、一人前食べる事はできないので、親は子供の分を注文しない場合も多いです。
 だから店にとっては有難い客ではないでしょう。

 でも普通の店ではそれでも、子供用の椅子や、子供に取り分けてやる為に小皿や小鉢を用意してくれます。
 だって子供は社会の宝だから、子供連れを排除するなんてありえないです。
 
 マジにワタシだってこんな店を見たらおまえたちはどんな商売をしているんだと聞きたいです。

 ワタシにはもうこのラーメン屋が非常識で強欲で、最低限の商道徳に欠けているとしか思えないのです。
 
 本来であれば「乳児・幼児お断り」だけでも、十分に非難される話でしょう?

 それを沖縄タイムスが喜んで記事にして、ひたすらラーメン屋の擁護を続けるのは、なぜでしょうか?

 ワタシはこれは沖縄タイムスが日本人差別を煽動したいからだと思います。
 
 沖縄タイムスはこのラーメン屋の口を借りて「日本人はマナーが悪い」と言うイメージを作りたいのです。 

 ワタシはパヨクの本質って、根拠のない選民意識だと思います。
 彼等は何の根拠もなく「自分は非常に優れた人間である」と自惚れており、そして「この世の下人共は自分に対して最高の敬意を払うべきだ」と信じているのです。

 しかし当然ですが、こんな愚かしい自尊心に付き合ってくれる人は、皆無です。
 だから彼等は周りの人間、つまり日本で暮らしていれば日本人を憎むのです。

 そして日本と日本人を貶めたくて堪らないのです。

 この記事にはそういうパヨクの本性が如実に表れているではありませんか?

 因みにこんな記事もありました。

「沖縄人お断り」上京したウルトラマン脚本家が味わった苦渋
2016年3月27日 11:00 沖縄タイムス
―55年当時、本土での沖縄差別は露骨だった。
 「高1の時、東京で暮らす親戚が『九州出身』にしていると知った。しかも本籍まで東京に移してさ。これは突き詰める必要があると。『俺は琉球人だ』との気概で東京に乗り込むと、親戚は歓迎してくれない。キャンディーやチョコ、リプトンの紅茶など、基地でしか手に入らない土産を嫌がったな。その後、僕も部屋を貸してもらえなかった。これが『琉球人お断り』かと知った」  

 あらら、ヤッパリ差別はイケナイと言うんですか?

 でも部屋を貸して、家賃を踏み倒されたり、近所迷惑になる事をされた場合のリスクって、飲食店に乳児や幼児連れが入った場合のリスクどころじゃないですよ?

 だったら家主が「琉球人お断り」しても無問題じゃないですか?
 差別と言う前に、ちゃんと家主を取材して、何で「お断り」をしたかを書くべきでしょう?
  1. 差別ニダ!!
  2. TB(0)
  3. CM(14)

2019-03-13 13:58

だから馬鹿フェミ レディファースト

 ワタシは女性ですから、男女平等は当然だと思っているし、女性の人権は断固守るべきだと思っています。

 しかしそういう事を看板にして、我こそは女性の代表みたいに騒いでいる連中、自称フェミニストは大嫌いなんですよ。

 何で嫌いか?

 だって馬鹿フェミの主張はこの二つに尽きるからです。

① 女性は弱いから男性に守られて当然。
   でも女性は男性と同じ能力があるから、仕事で差別するな!!
   軍人でも政治家でもビジネスでも、男性と同じ地位と権限と報酬を寄こせ!

② 西欧のマナーは人類のマナー。
   西欧の価値観このが正義。
   だから日本人も西欧のレディファーストを学べ。
   西欧文化を身に着けた自分は文明人。 そうでない日本人は野蛮人。

 実は昨日、2チャンで完全にこれを喚いている馬鹿フェミの記事を拾ったのです。

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 元記事は大変な長文なので、全部は貼りません。
 2チャンに貼ってあった部分だけを貼っておきます。

 省略した部分を要約すると以下の通りです。

 自分は女性なので、NY在住中は何度も男性から席を譲ってもらった。 重い荷物を抱えていると助けてくれる男性もいた。 
 ところが東京ではそれが一度もないケシカラン!!
 中国やベトナムなどアメリカ以外の国でも、弱者に席を譲るのは当然だし、困った人がいれば手助けする。
 ところが東京ではそれをしない、人間性が欠如している!! 
 そしてその旨をツィートしたら、「それでも日本は良い国だと」論理をすり替えての、猛反発を食らった。

 そして以下が2チャンに貼ってあった部分です。

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■ 「レディーファーストは理解しがたい」
今回の反論の中には、純粋に「レディーファースト」というコンセプトが理解できていない(あるいはそれを受け入れられない)と思われる人々からのコメントが複数あった。
いずれも男性のようだった。
「男性は疲れてても女性に席を譲れというのがあなたの男女平等ですか? 女性は席を譲られるべきか弱い存在なのでしょうか?
男女問わず立つのがしんどい人に席を譲るべきというのは理解できますが、なぜそこにジェンダー論を持ち込むのでしょうか?」
「レディファーストは理解しがたいです。子連れの場合は譲りますけど。レディファーストの意味は?」
「きっと日本で男女平等が浸透したからではないでしょうか?怪我人や老人、妊婦等の例外はありますが、近年多くの女性の方々が男女に平等な権利をと言われており、それでレディーファーストの考えが消えたのだと思います。より良い男女平等社会に向かってるのだと思います」
日本は世界経済フォーラムの男女平等ランキングで、2018年は149カ国中110位、G7最下位を更新し続けている。
客観的に見て、今、日本は世界の中で最も男女不平等が激しい国の一つと言って差し支えないと思う。
そもそも「レディーファーストの考えは消えた」のではなく、日本には最初から存在していないと思う。
■ 「男女平等ならなぜ女を守る必要が?」
日本の男性たちは何故「レディーファースト」ができないのか?
その答えはおそらくシンプルだ。「知らないから」だ。
通常、日本で育つ男の子たちは「紳士たるもの、女性を守り、敬意をもって大切に扱わなくてはならない」という騎士道精神や、「女性をエスコートする際のマナー」の基本を、家でも学校でも教えられない(同様に女の子も、エスコートのされ方を教えられない)。
いろんな国の友人たちを見ていて、こういうマナーの教育は、やはり子ども時代からの親や周囲の大人によるトレーニングと、習慣の刷り込みが大きいと感じる。
今回きたコメントの中にこんなものもあった。
「子供の頃、米国にいましたが、公共のエレベーターなどに先に乗り込もうとすると知らないおじさんから『私の妻が先だよ』と注意されたりする事しばしば。
子供の頃からの教育、しつけの問題だと思います。ちなみに数年後帰国してそのノリで女の子の荷物持ってあげたりしてたらいじめられましたw」
日本で育つ男の子の大多数は、こんな風に大人の男性からピシャリと言われた経験もなく、身近な大人の男性が女性をカッコよくエスコートする姿を生で見ることもないまま育っている。
だから、「男女平等なんだろう?だったら、男が女を守る必要なんてないだろう」「なんで男だからって女に席を譲らなくてはならないのか」という発想になるのではないか。
私は普段から、大きなスーツケースを持って日本でも海外でも移動している。
日本以外の国では、こちらが頼まなくても、ほぼ必ず誰か男性が手助けしてくれる。
日本国内でもこれまで駅の階段などで悪戦苦闘している時に助けてくれた人は、日本人以外の男性の方が断然多い。
あるとき東京でスーツケースを持って電車に乗る時、重いので持ち上げるのに一瞬間が空いてしまったら、後ろにいた日本人男性に「モタモタしてんじゃねーよ」と小さい声でつぶかれて心底びっくりした。
そんなこと言うんだ?「手伝いましょうか?」じゃなくて?
2020年のオリンピックまでに、日本でも誰かが重い荷物を持って大変そうにしていたら、(男女問わず)頼まれなくても自分から声をかけ、自発的に動ける人がもっと増えて欲しい。
そうでないと恥ずかしい。

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 で、ワタシもこれを読んで、全然この記事の著者には共感できなかったのです。
 ワタシも女性だし、しかももう若くないし(先日年金受給を申請してきた)し、その上若い時から難病を抱えています。

 でもワタシは人から席を譲ってもらおうなんて思った事はないのです。
 また自分の荷物を他人に持ってもらおうと思った事もありません。

 そもそもこの記事を読んでいて凄い違和感なのですが、この記事の著者は仕事で荷物を抱えて移動するの時に、それを男性が助けてくれない事を嘆いているのです。

 でも仕事で使う荷物を運ぶのも、仕事で移動するのも、仕事の一部ですよね?
 実際仕事で移動中に事故に遭うと労災扱いになりますし。

 その仕事の一部を「女性には大変なのだから、男性が手伝ってくれて当然」と言うのは、仕事の能力が男性に比べて劣るという事でしょう?
 
 だったら雇用者側から「女性は通勤電車で立っているのも辛いほど虚弱なのだから、雇用を控えたい」と言われても文句が言えないではありませんか?

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 しかし現実には女性にも仕事で思い荷物を運ぶ人は幾らでもいるし、まして男性並みに通勤通学ができるのです。
 だから職業に男女差別をしてはいけないと言えるのです。

 それにしても昔は「担ぎ屋」なんて商売がありました。
 都市で仕入れた商品を背中に担いで汽車に乗り、沿線の駅で降りて商店もないような辺鄙な農村を回ってその商品を売り歩く行商人です。
 「担ぎ屋」の名称通り文字通り山のような荷物を担いで歩くのですが、実はこの人達の殆どが女性でした。
 彼女達はこれで農村の消費生活を支えていたのです。

 そして今は宅急便の配達員にも女性が多数います。
 
 更に米海兵隊など戦闘部隊にまで女性がいるのです。
 この人たちは当然男性隊員と全く同じ装備品を担いで、行軍も戦闘も行うのです。
 だから男性隊員と同様に昇進もできるのです。

 こういう女性達が「女性は重い物を持つの辛いから男性が手伝ってくれて当然」なんて考えているでしょうか?
 現実にこういう女性達がいるからこそ、就業や昇進で男女を差別してはならないのです。

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 ところがこの記事の著者は臆面もなく、自分の荷物を他人が持ってくれない事に苦情を言い立てるのです。
 これはもうこの女に最初からプロ意識がなく、仕事その物も意味不明でいい加減な物だからとしか思えないのです。

 しかし彼女はこれを「レディーファースト」と言う西欧の奇習の下に正当化しようと頑張るのです。

 そりゃレディーファーストと言う習慣が西欧にある事ぐらいはワタシだって知っています。 
 また映画などでは美男俳優が演じる場合は、大変カッコ良く素敵だと思います。

 しかしそれはあくまで西欧文化、西欧のローカルなマナーであって、日本人が真似する義務はありません。 日本人は日本のマナーを大切にすればよいのです。
 日本人が「レディファーストでないのがケシカラン!!」って、アメリカ人に「箸の使えないのはミットモナイ!」と言うぐらい馬鹿馬鹿しい話でしょう?
 
 ところが「女性の人権が~~!!」を振り回す馬鹿フェミって、実は凄い西欧崇拝者で、西欧文明こそが正義、西欧マナーを守らない人間は未開人だと信じているのです。
 尤も連中が馬鹿フェミなのも、そもそも現在の馬鹿フェミ理論が、西欧の受け売りだからでしょう。

 だから男女の能力に差がない事を前提に男女平等を求めながら、「女性は男性に守られて当然」と言うレディーファーストの理論が完全に矛盾する事を理解できないのです。
 つまり最初から物事を論理で考えているわけではないのです。
 マジにこういう連中がいるから「女は子宮は考える」なんて言われちゃうんですよね。

 だからこの手の馬鹿フェミは、西欧文化絶対主義なのに、「多文化共存」とか「多様性尊重」なんて西欧絶対主義と真逆の事も平気で言うのです。

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 だからワタシは馬鹿フェミって大嫌いなのです。

 コイツラを見ていると、馬鹿フェミを無視する日本人ってつくづく賢明な民族だと思います。

 勿論、困っている人には手を差し伸べるべきだし、人には親切にするべきです。 
 でもこの手の図々しい馬鹿フェミはガン無視するべきでしょう。

  1. 差別ニダ!!
  2. TB(0)
  3. CM(23)

2019-02-16 14:46

2.4% 「女性は数学が嫌い」と言えば差別?

 2017年、アメリカでグーグルの社員が社内文書で女性を差別しとして解雇される事件がありました。

 Google社員解雇の事例には、「間接差別」が根底にあった?!

 実はグーグルは女性社員が非常に少ないのです。
 なぜならグーグルの社員と言うのは殆どIT技術者なのですが、しかし女性のIT技術者と言うのは非常に少ないのです。
 
 なぜ少ないかと言えば、IT技術者の多くは、大学で数学やコンピューター関連の学科を専攻した人です。
 グーグルはこうした専門教育を受けた人達の中でも、最高クラスの人を高給で採用するのですが、しかし女性でこういう学科を専攻する人は非常に少ないのです。
 だから必然的に女性社員が少なくなります。

 問題の社員はこうした事実を指摘したうえで、グーグル社に対して、「女性はIT関連の学科を好まないのだから、グーグルで女性社員を増やすためには、IT技術者以外での人員の採用を増やすべき」と提言した書類を提出したのです。

 ところが「女性は数学や、IT関連の学科を好まない」と言う指摘が、女性差別だとしてこの社員は解雇されてしまったのです。 
 
 そこで問題です。

 「女性は数学や、IT関連の学科を好まない」と言うのは差別でしょうか?

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 因みにワタシ自身は全ての女性が数学やIT関連学科を好まないとは思っていません。

 実際、女性が数学教育を受けるのが難しう環境であった時代でも、ソーニャ・コワレフスカヤのような女性数学者もでていますし、2014年にフィールズ賞を受賞したイラン女性マリアム・ミルザハニのような人もいます。

 かくいうワタシも、パソコンを使うのは全然ダメだけれど、実用数学検定一級を取っています。 因みにこれは完全に趣味で取ったのです。
 一緒に受験した連中は、北大の数学科卒だったりしたので、かなり気分がよかったです。

 だからワタシ自身も、この世の全ての女性が、数学に対する適性がないと言えな事の証明でしょう?(IT技術者はダメだろうけど)

 しかしそれで「女性は数学が嫌い」と言うのを「差別」と言えるのでしょうか?
 


 そもそも「女性は数学が嫌い」と言うのは事実なのでしょうか?

 それについて昨年末チョッとショッキングな体験がありました。

 実はワタシは昨年末からyou tubeで上のような動画を見るようになりました。
 ワタシ昨年末、また「差別発言」でツィッターのアカウントを停止されたので、代わりの暇つぶしに見始めたのです。
 
 大学受験問題を中心に、面白そうな数学の問題の解法を解説していく動画です。
 
 ところがこの動画の登録者の内、女性は現在2.4%しかいないというのです。 実は昨年末ワタシが初めて見た時は0.8%だったそうですが、その後年明けまでの間に三倍になって2.4%まで増えたのだそうです。

 ワタシもその頃に登録した1.6%の中の一人だったのです。
 それにしてもこの動画の女性登録者がここまで少ないとは思いませんでした。 ワタシは自分が女性だし、大学理系学科の女性の進学率からしても、最低でも2割は女性だと思っていたのです。
 マジにショックでした。

 手芸や格闘技など、男女で好みが偏りそうな趣味は多いのですが、ここまで差があるモノは少ないと思います。

 しかしこれを見るとホントに女性は数学が嫌いだと思わざるを得ません。
 そしてそうなると、男女の違いは肉体だけではないと考えざるを得ないのです。

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 なぜなら現在日本では数学は男女に一切関係なく、全ての学生が全く同じように教えられています。 高校入試でも大学入試でも非常に重要な学科です。
 現在の日本では数学と言うのは、男女も好き嫌いも関係なく、一定の学歴が欲しい人は、何が何で勉強しなくてはならない学科なのです。

 また数学と言うのは古来本と筆記用具さへあれば学べる学問なので、経済力や体力など女性に地位や生理的条件によるハンディが最も少ない学問でもあります。

 そしてこの動画について言えば、大学の入試問題を中心に解説している事から、受験生には極めて有益です。
 
 受験勉強の合間の暇つぶしにピッタリ!!!
 
 そ、それなのに2.4%!!!

 因みに大学の学部ごとの女子学生の比率を見ると、平成25年で以下のようになります。
 
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 図表2が、平成25年度時点での大学の学部での専攻分野別の女子学生比率(図中の丸印)と、学年別の女子学生数(図中の棒グラフ)を図示したものである。まず、女子学生比率をみると、人文科学(65.8%)、薬学(57.0%)、教育(59.1%)は女子学生が半数を超えているのに対し、農学(43.6%)や医・歯学(33.7%)では女子学生比率が30%から45%程度の水準となっている。さらに、理学は女子学生比率が26.2%、工学は12.3%と非常に低く、専攻分野によって女子学生比率が大きく異なっている。

 受験で数学の比率の高い学科、つまり理系で女性が多いのは、医学薬学など国家資格の取れる学科です。 一方理学部、工学部は少ないのです。
 そしてこれはは社会的理由で理解できます。

 現在でも女性の就職には相当のハンディがありますから、将来の生活を考えたら、可能ならばなるだ「食える資格」を取っておくべきなのです。
 
 しかしそれにしても最低の工学部でも12.3%は女子学生がいるわけです。

 そしてこうした理系学部に入る為には、男子と全く同等の数学力を要求されるのですから、合格したからには学力が男子の劣るわけではないのです。

 ところが上記に紹介した動画の登録者の男女比は、女子学生比率最低の工学部の5分の1の2.4%です。 

 これはどういう事でしょうか?

 これはつまり女性だって頑張って勉強すれば、ある程度までは数学でも男子に負けない学力を得る事は可能、しかし好きで数学を学ぶ人は男子に比べて非常に少ないという事ではありませんか?

 つまりこういう数字を見ると数学の好きな女性の比率は男性に比べてはるかに少なく、これは教育の結果とは考えられないという事です。

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 そしてこういう現実がある場合「女性は数学が嫌い」と言うのを「差別」と言えるのでしょうか?
 「差別」としてこうした発言を封殺するべきでしょうか?

 だってゼロではないにせよ、極めて僅少な例外の存在を元に、全体の傾向を全否定するというのは、どう考えても非科学的と言わざるを得ないのです。

 そもそもそういう僅少な例外を元に、全体の傾向を全否定してしまうと、マイノリティーに対する福祉政策のような物自体が差別になります。
 
 例えばどんな国でも母子家庭には、色々な面で特別な支援をしています。 日本でもしています。 
 なぜなら母子家庭には貧しい家庭の割合が高いからです。
 しかし勿論、全ての母子家庭が貧しいわけもなく、それどころか非常に裕福な母子家庭だって日本全体では万単位で実在します。

 そしてそういう裕福な母子家庭の人から見れば「母子家庭だから貧乏だと思われる」とのは非常に不愉快だし、差別と感じても当然でしょう?
 
 だから母子家庭への支援政策をやめて良いのですか?

 でも少数の例外を元に、全体の傾向をすべて否定するというのは、結局こういう事にしかならないのです。
 
 障碍者や難病患者への福祉政策だって同様でしょう?
 
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 最初に紹介したグーグルを解雇された人の話だってそうです。
 彼は女性のIT技術者が少ないという現実を元に、グーグルで女性の雇用を増やす方法提案しただけなのです。

 医師や建築士などとして必要な数学を学ぶ事のできる女性は、相当います。

 しかしyou tubeで数学の動画を楽しむ女性が非常に少ないという現実を見れば、数学そ物が好きな女性は僅少だと考えざるを得ません。
 そうなれば高度な数学が必要で、その派生物であるようなIT技術者を目指す女性が少ないのは当然ではありませんか?

 そういう現実を無視している限り、グーグルに女性社員が増えるわけもないのです。

 どんな集団でも例外はいるのですが、例外を基準に全体の傾向を否定する事などできないのです。
 
 このような現実を「差別禁止」と言う理念で否定する事が、現実を良くする事につながるのでしょうか?

 現在の所謂先進国では差別反対が絶対正義となっています。
 しかしこれホントに良い事でしょうか?

 現在の先進国の差別禁止は、結局「差別禁止」の理念の元に、現実に即した言論を封殺しているだけではありませんか?
 ホントにいつまでもこんな事を続けて良いのですか?
 こんな事を続けたらホントに差別がなくなるのでしょうか?

  1. 差別ニダ!!
  2. TB(0)
  3. CM(36)

2019-02-01 11:57

人を差別する権利はあるのか?

 現在の欧米先進国や日本では、一部の自称リベラリスト達は「誰にも人を差別する自由などない」と考えているようです。

 しかしワタシは人には人を差別する権利があると考えています。
 なぜなら人間から差別する自由を奪えば、思想・宗教・信条の自由と言う基本的人権だけなく、好悪愛憎と言う人間の基本的な感情その物が否定される事になります。

 とりあえず思想信条宗教の自由だけを考えてみましょう。

 ワタシは「誰にも人を差別する自由はない」と言う人に聞きたいです。

 「では貴方は、イスラム教を禁止するべきだと思うのですか?」と。

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 イスラム教では一夫多妻、女性へのベールの着用の強制など女性差別的な教理が、知られています。 そして最近では教理を理由にしたLGBTへの迫害も起きています。

 しかしもっと深刻なのは、異教徒への差別です。
 
 イスラム教の教理は、イスラム教だけが唯一絶対に正しい信仰であり、他の宗教は劣っている、間違っているという事を基本にしています。

 これだけでも十二分に差別的な教理なのですが、問題はこの差別が単なる理念に留まらず、イスラム法の中で事細かに規定され、近代まではイスラム諸国で実践されてきたことです。

 具体的にはユダヤ教徒とキリスト教徒に対する差別ですが、ジズヤと呼ばれる非イスラム教徒のみを対象とした人頭税の課税から、教会や墓地の新築禁止、埋葬の場合の棺の使用禁止など、非常に屈辱的であるばかりか、実害も大きい差別規定がありました。

 でもそんなのは昔の話で、昔はどんな宗教でもどんな国でも、身分差別などの差別は一杯あったでしょう? 
 イスラム教だけを差別的と言うのはオカシイでしょう?

 ええ、昔はキリスト教だって仏教だって、身分差別や女性差別をしました。
 だから差別禁止を徹底すればこれらの宗教も禁止する事になるでしょう。
 但しこうした宗教では、差別が宗教上の法となっているわけではありません。

 けれどもイスラム教は違います。
 このような差別はイスラム法やコーランに明記されており、イスラム教徒であればこうしたイスラム法を字義通り守らなければならいのです。

 そしてイスラム法やコーランは神が定めた物ですから、人間が勝手に変える事はできません。
 
 またイスラム教徒には、全ての人類にイスラム法を強制する義務があるのです。
 
 だから欧米に移民したイスラム教徒達は、今もイスラム法を守り、移民先にイスラム法を強制しようと努めています。

 因みコーランには「多神教徒は見つけ次第殺せ」と明記されています。
 そして実際に教祖ムハンマドはその征服戦争(ジハード)の過程で、多神教徒を虐殺しています。

 それにしても「見つけ次第殺せ」って凄いヘイトスピーチではありませんか?
 (法務省は「ヘイトスピーチを許さない」と言うなら、こんなヘイト宗教は絶対禁止するべきなのです。 日本人の大多数は多神教徒なのですから、こんな恐ろしいヘイト宗教を放置すれば、国民の生命が危険にさらされます)
 
 「誰にも差別する権利はない」と言うなら、こんなヘイト宗教は絶対に禁止すようするべきではありませんか?

 イスラム教の論理については、以前エントリーしましたが、現代のリベラリズムから言えば慄然とする宗教です。

 
世界征服はイスラム教徒の義務である イスラム教の教理

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 しかし他の宗教だって問題はあります。
 
 例えばヒンズー教なんか身分差別であるカースト制度そのものが、教理に組み込まれています。

 それに差別の規定があるのは、宗教だけではありません。

 儒教でも身分差別と女性差別が規定されています。

 また近代以降でもショーペンハウエルのように、女性差別そのものの本を書いた人もいます。
 ショーペンハウエルの「女について」は今も、文庫本で出版されていますが、「誰も差別する自由はない」と言う人は、ショーペンハウエルにも差別する自由は認めず、彼の著書を焚書するつもりでしょうか?

 そう考えると「誰も差別する自由のない」社会と言うのは、恐ろしい社会です。
 思想信条宗教の自由が奪われ、言論出版の自由もなく、また文化はやせ細り不毛になる世界です。

 なぜならショーペンハウエルに限らず、ウーマンリブや公民権運動の成果が確立する以前
文学や演劇、映画などは、女性差別や人種差別が普通にある社会でした。

 だからその時代に作られた映画や演劇の殆どでは、こうした差別を敢えて否定していません。

 だから差別だ!! 
 許さない!!

 実際、最近はそういう人間達もワラワラ出てきました。

 それでアメリカでは「風と共に去りぬ」や「ハックルべり・フィンの冒険」などアメリカ文学の最高峰と言われた作品の排除が始まっています。
 また「メリークリスマス」と言えなくなっただけでなく、伝統的なクリスマスソングの歌詞の一部をとらえて「差別だ」として、放送されなくなっているようです。

 今はまだ一部の有名作品だけが、標的にされている状態ですが、しかしこれを続ければ、最終的には1980年代以前の文学作品や映画も排除する事になります。

 それではもう文化や伝統が消滅する事になります。

 こんな社会がマトモな社会なのでしょうか?
 自由で民主的な社会と言えるのでしょうか?

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 そもそも根源的な疑問ですが、「誰も差別する自由などない」と言うのは、一体何を根拠にしているのでしょうか?

 民主主義国家で差別禁止が、大きなポリティカルコレクトネスとなったのは、1970年代、ウーマン・リブや公民権運動で、女性差別や人種差別の撤廃が叫ばれた頃からです。
 そして最近になってLGBT差別禁止が加わりました。

 しかしなぜこうした差別禁止が叫ばれたのでしょうか?

 それは人種差別禁止を例にとれば、納税や徴兵などの義務を果たしているのに、黒人であるが故に公民権を制限されるというのは、「法の下の平等」と言う民主主義国家の基本原則に反する、憲法に反するからではありませんか?

 本来、民主主義国家で保障している平等に反するからでしょう?

 しかしこれは逆に言えば、民主主義国家が保障する平等は「法の下の平等」だけだという事ではありませんか?

 実際、日本国憲法を見ても、保障している平等は憲法14条での法の下の平等だけです。
 
 法以外での平等、つまり個人が他人を平等に扱う事や、結果平等など保障していないのです。

 なぜならこれまで書いてきた事でわかるように、個人に他人を平等に扱う事を強制すれば、思想・信条・宗教の自由などなくなってしまいます。
 言論出版の自由もなくなります。

 これは基本的人権が奪われるという事です。
 そして自由と平等は、相反する面があり、絶対的自由と絶対的平等が両立しない事は、昔からわかっていたのです。

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 それでも「差別を許さない」がポリティカルコレクトネスになり、現実に焚書やリンチ画を続ける原動力は、「差別は人を傷つける」「差別された人カワイソウ」と言うセンチメンタリズムだけでしょう?

 しかしそれを言うなら、差別的と言う事で焚書やリンチに遭った人達だって十分傷つくのですから、こんな物を理由に焚書やリンチをしていいわけがないのです。

 そしてセンチメンタリズムだけが原動力なので、「誰にも差別する自由はない」とまで言う人達だって「差別とは何か?」を定義する事もできないのです。

 だからこそイスラム教のように極めて差別的な宗教に対する批判が「差別!!」として封殺される一方で、キリスト教のようにイスラム教に比べればはるかに寛容な宗教行事が「差別」として迫害されるという倒錯的な状況になっているのではありませんか?

 しかし民主主義国家で保障できる平等は元来「法の下の平等」だけなのです。
 法ではない個人が他人を平等に扱う事など絶対に強制しできるわけもないのです。

 そして結果平等など保障するなら、資本主義と言う制度が破綻します。

 なるほど全ての人を平等に扱い、差別しないというのは美しい事です。
 だからこれを個人が自分の道徳規範するのは、大変結構な話です。

 しかし道徳的規範と法は違うのです。
 法は個人に他人を平等に扱う事は義務付けていません。

 自由で民主的な社会を守りたいなら、ワタシ達はこのことをしっかりとわきまえて、「差別する自由」については、法と道徳の違いをわきまえるべきでしょう?
 そして自分は差別をしなくても、他人の「差別する自由」は尊重するべきなのです。

  1. 差別ニダ!!
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2018-09-15 10:44

広義の日本人?? ハフィントンポスト

 テニス全米オープンで優勝した大阪なおみさんへの日本のマスコミのインタビューは酷い物だったようです。

 特に酷かったのがハフィントンポスト日本語版の記者でした。

 ハフィントンポスト浜田記者「古い日本人像、日本人の間に生まれた人が日本人という古い価値観があるが、大坂選手の活躍でそれを変えようという動きが出ている」
大坂なおみ「自分のアイデンティティは深く考えることがなく私は私であるとしか思ってない」
 浜「もう一問だけ」
 司会者「いや結構です」

 https://www.youtube.com/watch?time_continue=1513&v=HGuqDa-MTtI

 この記者は一体何を聞きたかったのでしょうか?

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 これに対して、同じハフィントンポストの記者は、このように説明しています。

 会見でハフポストの記者が尋ねたことを誤解している人が多いようですが、大坂選手の活躍をきっかけに多様なルーツを持つ広義の「日本人」に対する、偏った見方があることを「アイデンティティ」につなげて聞いていたのでした。答えから、大坂選手がそこに縛られていないとわかり、嬉しかったのです。
20:07 - 2018年9月12日

 優勝以降の大坂選手をめぐる、日本での多様なルーツをもつを持つ人への偏見を取り上げている海外メディアの報道をご存じなら、あれは踏み絵じゃないとわかるはずです。とらわれていない、という発言を引き出すための質問です。
22:56 - 2018年9月12日

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 広義の「日本人」

 ??
 
 広義の「日本人」って何でしょうか?

 日本人に「広義」と「狭義」の区別があるのでしょうか?

 大阪なおみさんは現在アメリカと日本の二重国籍です。 しかし国籍法では国籍選択は22歳までにすればよいのです。 そして大阪さんはまだ20歳ですから、二重国籍でも完全に合法です。

 49歳まで違法に二重国籍を保持し続けて、そのことを日本国民に隠蔽したまま、国会議員や国務大臣まで続けた蓮舫の場合とは違うのです。

 大阪なおみさんが「広義の日本人」などと言われて、それ以外の日本人から区別されなければならない理由はあるのでしょうか?

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 そもそも日本人は戦前から日本国籍を持つ人は日本人、それ以外の人は外国人と言う区分をしてきました。
 それ以外の区分をしたことはありません。

 そして外国人に対してもどの国の国民であるかは、国籍によって決める、と言う原則を貫いていきました。

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 その為、ドイツと三国同盟を締結していた時は、ドイツ国籍やオーストリア国籍のユダヤ人は同盟国民として扱いました。
 
 当時、日本のクラッシク音楽界にはドイツやオーストリアでの迫害を恐れた、ユダヤ人が結構来ていて、指揮者や音楽大学の教授として活躍していました。
 
 ドイツ大使はこれに抗議したのですが、しかし日本政府もまたクラッシクファンも、姿勢を変えず、その為彼等はその地位にとどまり続けました。 

 例えば当時日本最高のオーケストラ新交響楽団(NHK交響楽団の前身)の首席指揮者だったローゼンスットクはドイツ国籍のユダヤ人で、ドイツに残っていた彼の娘は、その後アメリカに亡命しました。

 しかし日本政府もまた日本のクラッシクファンも、そんなことは全く問題にしなかったのです。 彼はドイツ大使を招待したコンサートでも、東京交響楽団を指揮したのです。

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 一方当時、日本領だった朝鮮半島や台湾の人達は、完全に日本人として扱いました。 だって彼等も日本国籍ですから。

 だから「朝鮮出身の帳場人の見た慰安婦の真実」などを読むと面白いです。
 この本は戦時中、マレー半島で慰安所の帳場人、つまり慰安所の会計その他の事務の仕事をしていた人の日記を読み解いた物です。

 この日記は一部の固有名詞や、彼が気取って引用した漢文などを除き、全て朝鮮語で書かれています。 そして日記を見ると彼がプライベートで付き合っていた友人や、ビジネス上の人脈で関係する人達は、全て彼と同じ朝鮮人であることがわかります。
 
 この日記の主朴さんは彼等とは勿論朝鮮語で会話をしていたのです。
 彼は高等小学校卒だし、日本本土には旅行した事もないので、日本語はそんなに上手くはなかったのでしょう。

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 しかしこの日記を読む限り、彼は明らかに自分を「日本人」であると考えて、その事に誇りを持ち、そして慰安所の帳場人と言う仕事を通して日本軍の役に立てる事もまた誇りに思っていたのがわかります。

 また当時の日本軍の軍人達も、現地の日本人達も、朴さんやその友人である朝鮮人を、完全に日本人として受け入れていた事がわかります。

 この日記の主、朴さんは当時40歳でした。 だから彼が物心ついた時には朝鮮半島は日本領でした。 それで彼も自分を「日本人」と考えていたし、本土出身の日本人達も彼を日本人と認識していたのです。

 だからこの日記を読み解き「朝鮮出身の帳場人が見た慰安婦の真実」として出版した著者も朴さんを「朝鮮人の」ではなく「朝鮮出身の」としたのです。

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 それでは現在、在日コリアンが日本人として受け入れられていないのはなぜ?

 だって現在の在日コリアンは、日本国籍ではありません。 彼等は日本の敗戦と共に自分達の意志で日本人であることを止めて、その後も日本人になる事を拒否しているのです。

 自分の意志で外国籍になった人を、外国人として扱わないとすれば、それはその人の意志を無視している事になるので、人権侵害です。

 そして自分の意志で外国人でいる事を選んでいる人達が、都合の良い時だけ日本人として権利を主張して、受け入れられないのは仕方ありません。

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 また現在の日本では、ネトウヨと言われる人達でも、正規の手続きを踏んで日本に帰化した人達は、日本人として受け入れています。

 石平太郎氏や金美齢さんは彼等から尊敬されているし、在特会にさへ帰化した在日コリアンの会員がいます。

 自称リベラリスト達は、在特会を差別団体だと言っていますが、在特会が在日特権として糾弾しているのは、在日コリアンが韓国籍や朝鮮籍のまま、つまり外国人のまま、日本で不当な特権を得ている事です。

 日本人として生きる意思を持ち正規の手続きを踏んで帰化した人達について、彼等の親や祖父母がコリアンである事など一切問題にしていません。

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 むしろ驚くのは、極右団体に韓国籍、朝鮮籍の在日コリアンが多数いる事です。 それどころか在日コリアンがトップになっている極右団体も沢山あるのです。

 これは犯罪歴のある人は帰化ができない事と、これらの極右団体が暴力団と関係が深い事が理由でしょう。

 しかし民族主義その物であるはずの極右団体が在日コリアンを受け入れるというのは、日本人の民族差別意識がいかに少ないかと言う事の証明でしょう?

 そして何より一般日本人にとっては、それどころか暴力団関係者のような人々にとってさへ、日本人であることは日本を愛する事、天皇陛下を敬う事などであって、出身民族やルーツなどには関係ないのです。

 例えばアメリカ人やドイツ人の民族差別意識が日本人より少く、ルーツの違う人々に寛容ならば、黒人のKKKメンバーとか、ユダヤ人のネオナチ幹部などが存在するはずです。 

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 しかしこの逆に場合、つまり外国に帰化した日本人については、日本人は戦前から外国人として扱いました。

 日本がアメリカに宣戦布告した時、東条英機と松岡陽介はそれぞれアメリカ日系人の若者に手紙を送り「君たちはアメリカ人なのだから、心置きなくアメリカの為に戦いなさい」と励ましました。

 アメリカに生まれ正規のアメリカ国籍を持つ彼等を、そのルーツ故にアメリカ人と扱わず強制収容所にぶち込んだのは、アメリカ政府なのです。

 しかし日系人の若者達は、それでもアメリカに忠誠を尽くしてアメリカの為に戦いました。
 
 当時の日本政府はこれに相当するような差別的行為は一切していません。

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 つまり少なくとも歴史的に、一般の日本人の感覚には、ルーツを問題にして、日本人を「広義」と「狭義」に区分するという発想はありません。

 蓮舫が問題にされたのは、彼女が国会議員、そして国務大臣まで勤めながら国籍法に違反して、49歳までも二重国籍状態を維持し続けたからです。 
 しかも彼女が台湾国籍であることを利用して、日本での相続税の支払いをごまかした可能性が非常に高いのです。

 モリカケで安倍総理に散々説明責任を要求した彼女ですが、こうした自身の疑惑に関しては未だに一切説明責任を果たしていません。

 このような政治家を糾弾するのは、人種差別でも何でもないのです。
 彼女が問題にされているのは、何よりも彼女の違法行為と日本国民への背信行為なのですから。

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 因みに現在二重国籍を認めている国でも、政治家や高級官僚や外交官など、国家の重要問題の決定に関わり、重要な国家機密を取り扱う職務に就く人について、二重国籍を認めていません。

 なぜなら国籍を保持するという事は、その国への忠誠を誓うという意味があるのですが、二重国籍ではその忠誠がどちらの国になるかわからないからです。

 だから少し前にはオーストラリアで二重国籍が発覚した閣僚や国会議員が、大量に辞職させられると言う事件がありました。

 こうした国籍の管理に関わる法律は、むしろ外国人の流入が多い国ほど厳格です。 だって少人数なら問題が起きても規模は限られているけれど、人数が増えればそれに呼応して問題が大きくなるのは当然でしょう?

 だから今後、外国人の受け入れが増やせと言うなら、それに呼応してこうした国籍の管理は厳しくしていくしかないのです。

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 そして蓮舫についてもう一つ問題にされたのは、彼女がこれまで雑誌や新聞やテレビでの発言です。

 彼女は国会議員になる前、テレビや雑誌や新聞で「日本国籍はイヤだった」「日本国籍を保持するのは便宜為の為」「自分は日本人ではなく、自分のアイデンティは華人」などと公言してきたのです。

 現在蓮舫以外にも白真勲など同様の発言をしている帰化人は多数います。 
 
 つまり彼等は例えば戦時中は日系442部隊の兵士としアメリカの為に戦い、日米通商摩擦など日米の国益がぶつかる問題では、徹底してアメリカの国益の為に戦い続けた故ダニエル・イノウエ氏のうな政治家とは全く違うのです。

 外国に強いシンパシーを持ち、日本の国益を守る意思が全く感じられない政治家に対して国民が不信を抱くのは当然です。
 むしろそんな人間が当選する方が、異常なのです。

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 正規の帰化手続きを取っていれば彼等もまた法的には完全に日本人であり、実際に日本人としての権利を100%認められています。
 
 しかしこういう人達をホントに日本人と認めて良いものかどうかについては、考え込む人は沢山いるだろうし、ワタシも考え込んでしまいます。

 自分自身を日本人とは自認したくない人を、国籍上の理由から日本人と認めるのは、トランスジェンダーで戸籍は男性だけれど、性自認は女性だという人達を、男性として扱うのと同じでしょう?

 本人の意思と法的な地位のどちらを優先するべきについては、判断が難し場合があるのです。

 少なくとも個人同士の人間関係では、戸籍がどうあれ自分を女性と認識している人を、ただもう男性として扱うのは、相手の気持ちを踏みにじり、思いやりに欠ける対応でしょう?

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 そしてこれだけは言えます。

 トランスジェンダーの戸籍上の性別と違って、帰化人の日本国籍は自分の意志で取った物です。
 自分が日本人ではないと認識しながら、便宜の為に日本国籍を取ったというのは、自分の出身国にもまた日本に対しても完全に誠意に欠ける対応です。

 これは「オレはあんなババアは大嫌いだけれど、金の為に籍を入れたんだ。」と公言する人間と同じレベルですから。

 だからそういう事をするような人間が、国籍以前に人間として、問題にされるのは当然でしょう?

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 思うにハフィントンポスト始め、自称リベラリスト達は、実は非常に差別意識の強い人達ではないでしょうか?
 

 だから彼等としては「日本人は閉鎖的で、外国人を差別しているはずだ」と言う偏見にしがみつているのです。

 それで何とか日本人が差別をしている事にしたいのですが、しかし他の日本人が彼等の期待するような差別をしてくれないので、代わりに自分が頑張って差別するのです。

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 そして彼等が差別的であるもう一つの理由は、彼等自称リベラリスト達は、法と国家を尊重しない事です。
 
 日本人が国籍を尊重するのは、国家と法を尊重しているからです。

 しかし法も国家も尊重しないなら、日本人であることの定義はどうなるのでしょうか? 
 
 法や国家による国民の定義を無視するなら、外国人か自国民かは個人が完全に自分の感覚で決めるしかありません。
 
 そうなると外見や地縁・血縁、或いは宗教など、自分に近いか遠いかと言う事ぐらいしか判断基準がなくなります。 
 こうなると結局完全に恣意的に「あいつは日本人じゃない」と決めても構わない事になります。

 実際国家意識が曖昧で尊法精神が徹底しない国々では、部族や宗教や地縁が国籍を超えて重要問題になり、それが紛争の原意になっているのです。

 そして先進国でも、国家や法を尊重しない人達は、このハフィントンポストの記者のように、「大阪なおみは黒人だから日本人ではない。 せいぜい「広義」の日本人でしかない。」と言っているのです。

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 何とも醜悪な人々ではありませんか?

  1. 差別ニダ!!
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