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2018-10-07 20:38

リベラルはなぜアホなのか? リベラルだから

 日本の自称リベラルはどうしようもなく馬鹿なのですが、しかしリベラルがアホなのは日本だけではないようです。

 今アメリカでは大統領選挙で負けたリベラル左派が勢力を盛り返し、次の議会選挙では共和党を破る可能性が出てきたそうです。
 
 しかしそうなるとリベラルがアホである事が、問題になってきたのです。


 アメリカでもリベラルは、現実的な外交安全保障政策を示せないのです。
 
 アメリカでもリベラルは、戦争反対で、核廃絶を提唱しています。 また世界的な経済格差を問題にしています。

 しかし彼等はこれらの問題を解決するために、「話し合え」と言うだけで、それ以外の具体策を何一つ示せないのです。

 そして現実に存在する独裁国家をどうするか?
 台湾のように大国に圧迫されている小国の立場をどう思うか?
 現在世界で起きている、粛清や虐殺と言う人道問題にどう対応するか?

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 などと言う問題についても沈黙を続けるだけです。

 因みに日本のリベラルはさらにこの進化系で、憲法9条で全て解決と言う立場です。

 結局リベラルの人達の世界観の中には、「安全保障」と言う物が存在しないのです。 そうなると現実的な外交政策だって存在しようがありません。

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 それではなぜリベラルの世界には「安全保障」が存在しないのでしょうか?

 これについて奥山真司氏は動画の中で、述べておられることも大変興味深いです。

 しかしこれとは別にワタシは、そもそも現在の日本や欧米のリベラルの理念は、「安全保障」を問題にしたら、成り立たないからだと思います。

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 真のリベラルが何であるかは別として、現在日本や欧米でリベラルを自称している人達は、国家に対してひたすら個人の権利を拡大する事を求めています。

 因みにこの個人と言うのは、即ち自分自身の事です。
 人の利害はそれぞれ違いますから、個人全てが自分の権利の拡大を主張したら、当然他人の権利とぶつかります。

 そうなるとそれを調整しなければならないのですが、リベラルの人達はそういう問題は無視して、ひたすら個人の権利の拡大を主張するのです。 

 それはつまり彼等が個人=自分としか考えていないからでしょう。

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 そして自分にとって不都合な物は、全て国家権力による抑圧だと考えて、それと戦うと言う事は絶対正義であると言う立場を取ります。
 
 彼等にとっては権力は全て敵であり悪です。
 そして反権力は絶対正義です。

 だから自分の家族でも自分にとって不都合な人や、家族制度その物も、権力の側に立って、個人を抑圧する存在として敵対します。

 このような立場では、個人(自分)にとって最大の敵は、自国の国家権力、自分の国と言う事になります。

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 しかしこれでやっていけるのは、自国政府以外に自分を脅かす物が存在しない場合だけです。

 自国政府より恐ろしい物が、自分の生命や財産を脅かすとなったら、反政府や反権力どころではないのです。
 
 もしも外国が自国を侵略して、自宅に爆弾を落とす、敵兵が自宅を略奪するような事を想定したら、どうしてもそれを防ぐ事を考えなければなりません。
 そうなるとそういう恐ろしい国と対抗するためには、自分の国を守る事を考えなければならないのです。

 だからリベラルの立場としては、そういう物の存在を想定してはいけないのです。

 これは日本国憲法の前文に明確に描かれています。

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日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。


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 日本国憲法はアメリカが日本を骨抜きにして永久に隷属させるために作った物ですが、しかしこれはまたアメリカのリベラリストの理想その物でもあるのです。

 

 だからリベラリストの抱える問題が、全部そのままこの前文に出ています。


 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。


 つまり「平和を愛する諸国民の公正と信義」を宛にしないと、「われら」の安全も生存も保持できないのです。


 しかし安全と生存の保持もできないとなると、ここに長々書かれている美しい理想なんか何の意味もないわけです。


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 アンタ、アホちゃうか?

 安全と生存って、人間に一番大事なもんやろ?

 それを他国に頼ってどないすんねん?

 

 そ、そんなん言うても、自分で安全と生存を守る言うたら、自分の安全と生存が危のうなったら戦争するちゅう事やがな。

 それやったら戦争放棄なんかできへん。


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 平和を愛する諸国民の公正と信義」を宛にして、自分の安全の生存を保持できる事にするためには、平和を愛してもいない国、公正でもない信義を守らない国があっては困るのです。

 

 そうなると国際社会の現実を見る事などできなくなります。

 

 だから国民を大量に餓死させても核兵器ミサイルの開発に血道をあげる国も、日本の領土を不法占拠する国も、日本の領土を自国領だと公言し、領海に自国船を繰り出す国も、平和を愛する諸国民の国だという事にしなければなりません。


 また条約を何度でも平気で破る国、事実無根の歴史認識を迫る国、知的所有権を盗み放題の国の公正と信義も信頼しなくてはなりません。

 勿論中学生の女の子を拉致したり、覚醒剤密輸で外貨を稼ぐ国の公正と信義も信頼しなければなりません。


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 それでも現実にミサイルを飛んでくるし、拉致された女の子は未だに帰ってこないのです。

 武装船が日本の領海をうろつき、その為に日本の漁師さん達は、そこで漁ができないのです。 それどころか向こうが大船団を送り込んで、日本の漁場を荒らすありさまです。


 そうするとそのままでは、向こうの「公正と信義」を信頼するのもなかなか苦しくなります。

 そこで「自分達が昔悪い事をやったので、向こうが怒っているのだ。 悪いのはちゃんと謝罪や賠償をしない自分達だ。」と言う事にするです。


 だからリベラルはひたすら自国を貶める事に熱中します。

 慰安婦強制連行とか、南京大虐殺記念館とかは、日本のリベラルが捏造したのです。


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 そしてこのように自国を悪い国にする事は、個人=自分にとって最大の敵は自国であるというリベラルの立場とも一致します。


 自国こそが世界最悪の国であれば、自国へのどんな攻撃も正当化されます。

 また自分達が自国の悪を糺して正義に導けば、他国が自国へ悪意を持つことはなくなるので、軍隊などなくても戦争を防ぐことができるはずです。


 だから欧米のリベラリストも、この手の自虐史観が大好きです。

 日本だけの問題ではないのです。


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 そこで彼等はもう遥か昔の戦争犯罪や植民地支配の問題を、それが事実であろうがなかろうが関係なく、繰り返し繰り返し蒸し返すのです。


 その一方で現在、現実に存在する独裁国家で行われている深刻な人権弾圧は完全に無視します。


 悪いのは自国だあ~~!!

 自国が悪いから、オレタチは国家権力と戦うのだ。

 他国がミサイルを向けるのは、全部自国が悪いからだ。


 リベラルは何としてこの立場を守らなければならないのです。


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 もう書いていて笑っちゃいます。

 

 本来安全保障と言うのは、自国民を餓死させても核ミサイルを作るような国から、自分の安全と生存を守る為の物です。

 国民の権利とか福利とか、まして国際社会での名誉ある地位なんてモノは、安全と生存が保障されないと意味がないのです。


 しかしリベラルの理想は、国民の生存と安全を脅かすような国が存在しない事を前提しないと成り立たないのです。


 これではリベラルが現実的な外交や安全保障について考える事ができるわけなはのです。


 そして現実に存在する物を存在しない事を前提にしなければ、実現しない理想を信奉し続ける人間は「アホ」とかしか言えません。 そような「アホ」でなければリベラルでいられないのです。


 リベラルはなぜアホなのか? 

 それはリベラルだから。 


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 しかしそれでもそれ故にこそ厄介ではあります。 


 なぜならリベラルは全てが自分中心です。

 自分に不都合な事、不愉快な事は、全て国家権力=悪、として自分を絶対的に肯定してくれます。

 一方彼等はこれとは真逆に、国家は自分の要求の全てに応えるべきであるとも主張します。


 つまりリベラルにとって国家とは、甘やかされ切った幼児にとっての両親か、甘やかされ切った猫にとっての飼い主のような物なのです。

 しかしこういう立場でいられるって、誰にとっても快適ですよね?


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 だから国家が繁栄し、国民生活が豊かにそして自由になればなるほど、こういう人達が増えていくのでしょう。


 これは欧米や日本のような豊で自由な国々にとってこそ大問題ではありませんか?

 だからトランプ大統領が個人レベルでいくら問題人物でも、頑張ってもらうしかありません。

 そしてワタシも当面は安倍総理に期待しているのです。

  1. 戦後民主主義
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2018-09-27 13:51

民主主義は愛国心によって成り立つ

  ワタシは戦後生まれなので、学校でもまたテレビや新聞など大手メディアからも、愛国心と言う物は軍国主義やファシズムから生まれる物で、民主主義に反すると教えられてきました。

 しかし西洋史が好きで、古代ギリシャやローマ、あるいはフィレンツェやヴェネツィアなど民主都市に関する本を読むうちに、これはおかしいのではと思うようになりました

 こうした民主都市では古代でも中世でも、常に愛国心が鼓舞され、愛国者=正義の人とされてきました。
 逆に愛国心がないと看做された人間は、政治生命を喪い、国家の敵とされると国外追放或いはそれ以上の懲罰を受けました。

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 でも考えてみるとこれは当然の事で、古代から現代まで、民主主義国家では政治は国民が皆で考え議論して行います。 そして意見が分かれたら、多数決で決定します。

 そうなるとその話し合いに、国家を愛していない人が加わるというのは、国民にとって実に危険で厄介な事になります。

 しかし同じ時代でも、君主制の国々では、愛国心など問題になりません。 なぜなら君主制の国では、国家の運命は君主が決めます。 だから国家が団結するためには、君主に忠誠を求めればよいのであって、国家への忠誠や愛国心は必要ないのです。

 愛国心と言うのは、民主主義国家にこそ必要な物なのです。
 
 フィレンツェの民主制を愛したマキャベリは言いました。

 「我が祖国魂より祖国を愛す」と。

 しかし哀しいかなフィレンツェ市民の愛国心は今一だったので、結局民主制は崩壊してしまいました。 
 
 そして民主制が崩壊すると、愛国心は危険思想となり滅亡しました。 

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 共和制都市国家の滅亡とともに、滅亡した愛国心が復活したのは、市民革命による近代民主主義国家が生まれてからです。
 
 国旗や国歌、そして徴兵制など、ワタシ達戦後世代が、反民主主義の象徴として忌み嫌うべき物と教えられた物が生まれたのはこのころです。
 
 だって近代民主主義国家と中世共和制国家の最大の違いは、そのスケールです。 中世の共和制国家は要するに都市国家で、人口は最大でも10~15万人、城壁で囲まれた市内を出て徒歩で一日か二日歩けば敵国です。

 しかし近代民主主義国家は遥かに広大で、人口も膨大なので、違った方言を使い、遠く離れた所に住み一生お互いに知り合う機会もない人々が、お互いに同じ国民として生きていくことになったのです。

 こうなると何か国民全員が国家を実感できて、団結の象徴になる物が必要ではありませんか?
 だから国旗や国歌が、生まれたのです。

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 そして自分達の国を自分達の手で守らなければ誰が守るのでしょうか?
 一番危険な辛い仕事を他人に押し付けて、踏ん反り返っているような人の権利を、誰が守ってくれるんですか?

 フィレンツェが民主制を喪った最大の原因は、フィレンツェの民主制を担ったのが裕福な商人達で、彼等は軍隊と言う究極の3K仕事を、傭兵に任せてしまったのです。 しかし自分達を安く使おうとしているだけの連中を守る為に、真面目に戦う程のお人よしはいないのです。

 自分が命を懸けて国を守るのだから、自分にも国の政策を決める権利がある。
 自分が決めた政策により戦争になるのだから、自分がその責任において戦う。

 だから徴兵制は民主主義の根幹なのです。

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 そしてこうした民主主義の本質を考えると、とにかく安易に誰にでも権利をばらまくことや、また「世界市民」など言う概念は、完全に反民主主義であることは明らかです。

 このような無意味な寛大さの持つ問題と、愛国心が民主主義にとって必要不可欠であることは、例えばマンションの管理組合のような身近な物を考えると実感できます。

 マンションの管理組合は、普通マンションの各部屋の所有者全員が組合員となって、民主的に運営されます。

 この所有者達が皆、自分のマンションに強い愛着を持ち、大切にしよと思っていれば、管理組合の運営はスムーズでしょう?

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 所有者は一人一人年齢も職業も価値観もそして財力も違っているでしょうが、それでも自分のマンションが大切だという思いで一致していれば、意見の対立が起きても粘り強く話し合って一致点を探す事ができます。
 そして同じマンションに暮らす限りは、お互いの関係を壊さないように気も遣うでしょう。

 でも投機目的で所有しているだけの人や、違法民泊にして荒稼ぎを狙っているような人が増えたらそうはいきません。
 組合の会合にさへちゃんと出ない人達が、勝手な事を言う、会合で決めた規則を守らないと言った事態が続出するようになります。

 そうなると組合の運営その物が破綻していきます

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 このマンションを国家、そしてマンションの所有者を国民、マンションへの愛着を、愛国心と考えたら、民主主義体制を支えるのは愛国心であることは明らかでしょう?
 
 また管理組合の組合員資格を、マンションの所有者に限るのは、当然の事です。
 いかに善良な人でも、賃貸として入居している人は、自分が住んでいる間はともかく、将来的な価値なんかには責任を持たないからです。

 もしも地震でマンションが大きな損害を受けても、所有者はローンを払い続けなければなりません。 でも賃貸の人達は「お世話になりました。」と言って出ていけばよいのですから。
 
 この賃貸の人達は、国家で言えば外国人です。 永住権を持ち長期滞在していても、自国民でない限り、何かあれば「お世話になりました」と言って出てくことができる人達ですから。

 だから参政権のような物を、誰にでも与えるのは、民主主義ではないのです。

 民主主義は、自分達が決定した事の結果を自身が被り、それ故最後まで自分達の決定に責任を持たざるを得ない人達だけが、主権をもって初めて健全に機能するのです。

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 そうなるともう「世界市民」なんてモノはあり得ないのは自明でしょう?

 だって「世界市民」ってマンションで言えば、そもそもマンションの住民と言う認識のない人でしょう? だから通りすがりの人や、近所の人達と同じです。
 
 そんな人達にマンションに入り込まれて、挙句に管理組合の運営に口を出されたら堪らないでしょう?
 
 そしてマンションを国家とするなら、国家を否定した民主主義とは、マンションを否定したマンションの管理組合ですから、そもそもそんな物は概念としてさへ意味がないのです。

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 けれども戦後の日本の教育では、ひたすら民主主義を振り回しながら、愛国心や更には国家を否定しきました。

 そしてこれは日本ではなく、どうやら世界の先進国の病気のようです。

 今日は短足おじさんが、こういうアメリカで愛国心や国家を否定する人達の事を、エントリーしてくださいました。

 左翼とリベラルの違い<アメリカの話です

 勿論アメリカでも彼等は「民主主義」を振り回しているのですが、しかしワタシは彼等も、そして日本の同類も、実は民主主義者ではないと思っています。

 皆さんはどう思いますか?  
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2018-07-25 12:47

福島瑞穂と山本太郎がリベラル?

  先日「枝野は保守本流?」と言うエントリーでのコメントで、こんな記事を教えていただきました。

 リベラルが保守反動となった理由
2013年09月03日 16時24分 JST | 更新 2013年11月02日 18時12分 JST 

 社民党の福島瑞穂氏は、反原発の旗を掲げて参議院議員となった元俳優の山本太郎氏と会談し、「リベラル勢力結集の要となりたい」と述べました。このとき社民党の所属議員は衆院で2名、参院で3名で、山本氏が「結集」してもそれが4名になるだけです。それに対して議員定数は、衆院が480名、参院が242名です。
 この会談のあとに福島氏は選挙の責任をとって党首を辞任しましたが、目標と現実のすさまじいギャップを考えれば10年間よく重責に耐えたともいえます。
 ところで、リベラル勢力はなぜ日本の政治からいなくなってしまったのでしょうか。
リベラルはリベラリズム(自由主義)の略で、その根底にあるのは自由や平等、人権などの近代的な価値に基づいてよりよい社会をつくっていこうとする理想主義です。
 リベラルが退潮したいちばんの理由は、その思想が陳腐化したからではなく、理想の多くが実現してしまったからです。「いまの日本には真の自由や平等はない」というひともいるでしょうが、リベラリズムが成立したのは、権力者に不都合なことを書けば投獄や処刑され、黒人が奴隷として使役され、女性には選挙権も結婚相手を選ぶ自由もなかった時代なのです。
 リベラルが夢見た社会が実現するにつれて、理想の弊害が目立つようになってきます。こうして、過度な自由や平等、人権の行使が共同体の歴史や文化、紐帯を破壊しているという保守派の批判がちからを増してきます。最近では共同体主義者(コミュニタリアンと呼ばれる彼らは、近代以前の封建社会に戻せという暴論を唱えているのではなく、リベラリズムの理想を受け入れたうえでその過剰を憂えているのです。
 社会がリベラル化するにつれて、「いまのままでじゅうぶんだ」という穏健な保守派がマジョリティになるのは先進国に共通しています。その一方で、少数派に追いやられたリベラルはより過激な理想を唱えるしかなくなります。
 とはいえ、「革命」が熱く語られた時代もいまでは遠い過去になってしまいました。"革命の理想"を実現したはずの旧ソ連や文化大革命下の中国の実態が明らかになるにつれて、夢は幻滅に変わってしまったからです。
 こうした有為転変を経て、日本のリベラルはいま憲法護持、TPP反対、社会保障制度の「改悪」反対、原発反対を唱えています。こうしてみると、原発を除けば、リベラルの主張はほとんどが現状維持だということがわかります。
 理想が実現してしまえば、その成果である現在を理想化するしかありません。こうして夢を語れなくなったリベラルが保守反動となり、穏健な保守派が"ネオリベ的改革"を求める奇妙な逆転現象が生じたのです。
 今回の参院選で、「リベラル勢力が結集」したのは日本共産党だということがはっきりしました。この政党もいまでは共産主義革命の夢を語ろうとせず、「アメリカいいなりもうやめよう」という不思議な日本語のポスターをあちこちに張っています。これは右翼・保守派の主張と同じですが、リベラルが反動になったのならなんの不思議もありません。
 共産党と右翼団体が瓜二つになっていくことにこそ、「リベラルの現在」が象徴されているのでしょう。

(※ 『週刊プレイボーイ』2013年8月26日発売号に掲載された記事の転載です)

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 面白い記事ですね。
 ワタシもこの記事の後半には完全に同意します。

 元来リベラリズムと言うのは、市民革命の前に生まれた自由民権思想です。 
 その頃のフランスは精神は教会、世俗は国王が完全に支配しており、人民はただそれに従うべきと言う状態だったので、自由とか人権とか言っていれば、無問題だったのです。

 自由や人権の為に権力と戦うと言う、今の自称リベラリストが大好きな話、反権力思想は、相手が国王や教会ですから、民主主義実現の為の正義と言えます。

 しかし市民革命が成功し、民主主義国家が成立してからは、話が面倒になりました。

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 なぜなら民主主義国家は、主権者は国民であり、国家権力とはその国民が選んだ物なのです。 そういう状況で権力のひたすらなる権力との戦いとか、権力の敵視とは、結局国民の敵視、国民との闘いと言う事になります。
 
 これはもう民主主義の否定であり、それ以前に自分自身の敵視なのですから、論理矛盾以前に滑稽で無意味なのです。
 
 つまり元祖リベラリズムが持っていた反権力思想は、民主主義国家の成立により放棄するべき物だったのです。

 ところがそれでも反権力思想は放棄されず、生き続けました。
 しかしそれだって悪い話ばかりではなく、それにより普通選挙制や婦人参政権が実現し、社会をより民主的にしていく役には立ったのです。

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 しかしそうやって反権力で頑張り続けたら無限に民主化できるものか?

 それは無理でしょう?

 リベラルが夢見た社会が実現するにつれて、理想の弊害が目立つようになってきます。こうして、過度な自由や平等、人権の行使が共同体の歴史や文化、紐帯を破壊しているという保守派の批判がちからを増してきます。

 だから現在の社会を守る努力をしようと言う発想を、ワタシは全面的に支持します。 つまりワタシはこの記事で言う「共同体主義者(コミュニタリアン)」なのでしょう。

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 世界史上で見れば、豊で自由な民主社会を作っても、それを維持していくのは容易な事でありませんでした。
 だから実現不可能な理想を求めて暴れまわるよりも、そういう現在現実に手にしている自由で民主的な社会を守る為の努力をするべきなのです。

 そして現在中国や北朝鮮のような独裁国家が、日本の安全を脅かしている状況では、これは極めて喫緊で深刻な問題です。

 しかしそれを阻害しようとしているのがこの記事の前半に紹介されている自称リベラリスト達です。

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社民党の福島瑞穂氏は、反原発の旗を掲げて参議院議員となった元俳優の山本太郎氏と会談し、「リベラル勢力結集の要となりたい」と述べました。

 ??

 社民党福島瑞穂と山本太郎がリベラル?

 社民党は社会党の後継政党です。 つまり社会主義政党です。
 社会党はだから北朝鮮やソ連とはきわめて親密でした。

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 社会党は小泉訪朝まで北朝鮮による拉致はなかったと言い続けました。 そして警察の捜査や拉致に関する報道を妨害し続けました。
 
 1988年、ヨーロッパ滞在中に行方不明になっていた石岡亨さんの実家に、ピョンヤンから手紙が届きました。 北朝鮮に拉致された石岡さんが、旅行者に託して日本の家族に送った手紙でした。
 そこには有本恵子さん、松本薫さんの三人で助け合ってピョンヤンで暮らしていると書かれていました。

 この石岡家からこの連絡を受けた、有本恵子さんの両親は、北朝鮮と関係の深い社会党に相談しましたが、社会党はこの手紙を握りつぶしました。
 石岡家にも有本家にもその後一切連絡はないのです。

 しかしただ握りつぶしただけなのでしょうか?
 石岡家や有本家に無断で、北朝鮮に手紙の件を知らせていた可能性も否定できません。

 そういう政党なのです。

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 この後継政党である社民党が、リベラル?

 そして山本太郎に至っては核マル派です。
 暴力による共産主義革命を目指し、あまりの暴力性に共産党からも敬遠される集団です。

リベラルはリベラリズム(自由主義)の略で、その根底にあるのは自由や平等、人権などの近代的な価値に基づいてよりよい社会をつくっていこうとする理想主義です。

 もう悪い冗談だとしか思えません。

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 しかし現実的に自由や人権、民主主義がここまで達成された状況でなお、その拡大だけを叫ぶの事を「リベラル」と言うのであれば、そもそもマトモな人間ではないのです。

 南極点に到達したのに「もっと南に進め!!」と言う人間がいれば、それはもう南ではなく北を目指しているのです。

 つまり自由や人権や平等などの近代的な価値は破壊して、北朝鮮のような独裁体制を作りたいという事でしょう?

 リベラルの理想がほとんど実現されて、自民党(Liberal Democratic Party of Japan)でさへ、敢えてリベラルを表に出す必要はなくなりました。 
 
 そこでその隙をついて本来リベラルとは最も程遠い連中が、リベラルを僭称し始めたのです。

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 これでは自称リベラルの目指す物が変質するのは当然でしょう?

 中身が共産主義者だから、自称リベラリスト達は反差別を金科玉条にしての言論弾圧に狂奔するのではありませんか?

 そして国民がこれら自称リベラルに辟易するのもまた当然なのです。

 それにしてもこの記事の著者は明らかに核マル派山本太郎や親北朝鮮社会主義者政党である社民党福島瑞穂のような、明らかにリベラルでない人間達が、リベラルを名乗る事への違和感はないのでしょうか?

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 でも考えてみればこれも当然なのかもしれません。
 実はこの記事はハフィントンポストからの転載です。
 
 ハフィントンポストは元々アメリカのメディアでリベラルを標榜しています。

 しかし去年のクリスマス、アメリカのハフィントンポスト記者が「一番欲しいクリスマスプレゼントは完全な共産主義」とツィートして問題になりました。
 そして日本のハフィントンポストはこのアメリカのハフィントンポストと朝日新聞の系列なのです。

 で、朝日新聞の歴代社長は、マルクス主義者です。

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 これなら彼等にとって親北朝鮮社会主義者や核マル派が、リベラルを僭称するのをとがめるわけもないのです。
  1. 戦後民主主義
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2018-07-23 13:34

保守って何?

 7月20日の国会では、核マル派から800万円の献金を受けていた枝野幸雄が「私こそ保守本流」と大演説をしました。
 一方自民党側でも以外な人物が「ネトウヨから目の敵の野田聖子氏、私も保守なのよ」などと言っています。

 枝野やら野田聖子やらネトウヨから目の敵にされている連中が、「保守」を自称することが流行り出しているようです。
 こんな連中が揃って保守を騙り出したのを見ると、こんな鈍感な連中でも、もうリベラルのイメージが悪くなりすぎて、リベラルでは票が取れないとわかってきたのでしょうね。

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 しかし野田聖子はリベラルでないとまずいのでは?

 だって野田聖子は自民党の議員で、しかも今度は総裁選に出たいと言っているのです。

 ところで自民党は英語ではLiberal Democratic Party of Japanです。 
 自由(Liberal)民主(Democratic )党(Party )なのです。  
 英語圏ではこの頭文字を取ってLDPと呼ばれているのです。

 つまりリベラルで民主的であることを標榜する政党なのですよ。
 それが「保守」ですか?

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 だったら安倍総理は?
 
 実は昨日こんなコメントを頂きました。

 安倍晋三はリベラルである。それは間違いない。
 何故なら、保守と言えるような政策を出して来ていない。
 そもそも、安倍晋三は自民党の中でもリベラル色の強い
 派閥のプリンスであったわけで、TPPに代表される
 経済政策は新自由主義で、安倍晋三が保守というのは
 最早信者に近い安倍支持者が見ている幻想である。

 ええ、ワタシも安倍総理はリベラルだと思います。 だってLiberal Democratic Party of Japanの総裁なんですよ?
 リベラルで当然でしょう?

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 自民党と言うのは元来、自由主義と民主主義体制を守る為に、作られた政党です。
 それまで自由主義や民主主義を基本理念する政党は2つあり、戦前はそれが二大政党制をとっていたのですが、戦後になって社会党の勢力が急伸しました。

 そこでこれに危機感をもったこの二つの政党は、1955年に合体して一つの政党になり、自由と民主主義を守っていこうという事で自民党ができたのです。
 
 リベラルと言うのは元来自由を意味するのですから、つまりリベラルであることは自由を重んじるという事ですから、自民党の総裁はリベラルで当然なのです。

 実際安倍のミックスなど海外では完全にリベラル政党の政策です。 
 また賃上げや雇用の拡大など、本来ならリベラル政党や労働組合がやるべき政策を、今ちゃんとやっているのは安倍政権だけです。
 保守政党は雇用より財政規律を重視するのが普通です。

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 おお、だったら枝野や野田聖子が保守、安倍総理がリベラルって正しいではありませんか?
 彼等はひたすら財務省の意に従って、増税と緊縮を喚き、安倍のミックスに反対しているのですから。

 それでも自民党が、なぜか「保守」と言われているのは、自民党が保守を名乗ったというより、野党が「革新」とか「リベラル」を僭称したので、その対局と言う形で「保守」に分類されたという事でしょうか?

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 そもそも元来保守と言うのは、「過去から続く価値観や体制の維持に努める」「無暗に現状を変えたくない」ぐらいの意味で、特定のイデオロギーや体制を指すわけではありません。 だから国により時代により何を「保守」とするかは違ってきます。

 例えばイランで保守派と言えば、ホメニイ体制、強硬なイスラム原理主義勢力を指します。
 プーチン政権確立以前、ロシアの保守派と言えばなんと共産主義者でした。

 イランは紀元前3000年から続く歴史を持つ国です。 その5000年余の歴史の中は、皇帝の独裁でした。 しかしその独裁が終わらせたのがイラン・イスラム革命です。 それで皇帝を追い出してしまったので、もう過去の国体には戻れません。

 そういう条件のもとで一番古い体制がホメニイ師によるイスラム聖職者の支配体制なのだから、イランの保守と言うのは、ホメニイ体制を指すしかないのでしょう。

 ロシアもロシア革命で皇帝一家を惨殺した以上、もう帝政には戻れません。 だからロシアの元の国体を共産党支配下のソ連とするしかないのです。

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 どんな国でも数百年、或いは数千年の歴史はあるわけで、その間に国家の体制は何度も変わりますし、国によって民族丸ごと入れ替わったりします。

 こうなるとそういう歴史の中で何をもって守るべき伝統、価値観、国体とするべきかは、議論すればきりがありません。
 だから普通は現実的に維持可能な過去の体制の維持を標榜する事を「保守」と呼ぶしかないのです。

 そしてその意味では枝野や野田聖子が保守と言うのは間違いではありません。

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 枝野や野田聖子が守りたい体制は、つまり戦後レジームです。
 これは1945年の日本の第二次世界大戦敗戦によるGHQの占領で作られました。

 立憲民主党の支持団体である労働組合は、この時GHQが作り、GHQと親密だった共産主義者がその専従職員として組合費を食い物にいして、政治運動を続けられる体制を作りました。
 大学や言論界もGHQの支配下に入りました。 この時GHQの権力を背景して支配的地位を得た人間とその弟子筋の人間が今もここを支配しています。

 だから彼等としては今もGHQの価値観を守りたいのです。
 その価値観こそが彼等の権威と権力の源なのです。 そしてその権威と権力によって、彼等は様々な利権を得てきたのです。

 その為には現在の状況を欠片でも変えたくないというのが、彼等の本音でしょう?

 その意味では彼等は完全に「保守」なのです。

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 GHQの作った戦後体制は、しかし日本にとって居心地の良い面もあったし、また何よりも牙を抜かれて丸裸になった状態では、これに逆らう事はできません。
 だから現実に政権を担う側も、これに従うしかありませんでした。
 
 しかし現実に政権を担っていれば、現実の変化にも対応しなくてはなりません。
 その為にはGHQの作った体制(つまり日本を戦えない国する為だけの体制)だけを守っているわけにもいかないのです。

 ここでLiberal Democratic Party of Japanとしても、憲法改正始めGHQの作った体制の変革を考えざる得なくなるのです。 
 ところがこれはちゃんと自力で戦って自国を守る事の出来る国になる事ですから、それはそのまま第二次大戦前の体制と重なります。

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 実際日本は明治維新以降、立憲民主制の確立に努めてきました。 そして大正時代には普通選挙制を確立して、民主主義国家となったのです。 
 だから自由主義国家、民主主義国家としての日本の国体、伝統を言うなら、ここまで時代をさかのぼって考えても構わないのです。

 そしてこれは現在の民主主義先進国諸国のリベラル政党でも普通に維持している政策です。

 そうなると日本は100年来の民主主義体制を守ろうとしているだけなのだから、これは「保守」と言う事になります。 だからLiberal Democratic Party of Japanの側も保守と言われても文句は言わないのです。

 むしろ異常なのは戦後70年余、ひたすらGHQの権威にすがり、その権威を盾に利権をむさぼり続けた連中が自分達を「革新」とか「リベラル」とか自称していたことではありませんか?

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 ワタシは立憲民主党始め護憲派左翼を見ると、近代以前のローマ法王庁を思い出します。

 近代以前のローマ法王庁は、体制派でしょうか?
 それとも反体制派でしょうか?

 ローマ法王庁は近代以前カソリック世界で、強大な権威を持ち、その権威により人々の精神を完全に支配しました。
 その意味では完全な体制派です。

 しかし法王庁は宗教者であるが故に、武力はなくその為世俗の支配者にはなれませんでした。
 歴代法王はそれでも何とか世俗の支配者を、自分の支配下に置こうと、血みどろの戦いを続けきました。
 だから世俗では完全な反体制派なのです。

 一方世俗の支配者にすれば、法王の権威は認め、また自身が敬虔なカソリック教徒であっても、現実の社会を統治する以上は、法王庁の掲げる宗教的理想主義ばかりに従ってもいられなのです。

 だから世俗の支配者と言うのは、勿論体制派ではあるけれど、一方で精神的には法王庁の権威に対する反体制にならざるを得ないのです。

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 ワタシは枝野とその仲間達は、まさにこの中世の法王丁だと思うのです。
 彼等はGHQによる戦後教育による「日本悪い教」の聖職者で、GHQが教育界や言論界を支配した時に、この教団に入信しました。

 そして日本国憲法と言う聖典を掲げて、戦後日本人の精神を支配し続けました。

 但しこの「日本悪い教」はキリスト教の原罪思想のように日本には侵略戦争と言う原罪を定めて、日本を否定してしまったし、しかも武力も放棄させてしまったので、世俗の支配者にはなれなくなりました。

 世俗の支配者は、国家の繁栄と国防に責任があるのですから、それを放棄する集団は結局世俗の支配者にはなれません。

 そこで彼等は戦後70年余日本の精神的支配者でありながら、しかし自分達は反体制であり、革新派でありリベラルであるという奇妙な錯覚を持ち続けてきたのです。

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 しかし遂に宗教改革が起きてしまいました。
 このGHQ教団の余りの腐敗堕落や、その教理の非現実性や不合理に気づく人々が増えて、この信仰を捨てる人が激増しているのです。

 キリスト教の宗教改革を促進したのはグーテンベルグによる印刷機の発明と、それによる聖書の普及でした。

 現在の宗教改革はインターネットの普及による、が寡占を保障したマスコミの衰退でしょう?

 そこで今や守勢に立たされた「本悪い教団」は、自分達に不都合な言論は何でもヘイトスピーチとしするなど異端審問を活発化させています。
 
 宗教改革とそれに続く宗教戦争は、西欧史でも最も陰惨な時代でした。

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 だから当面、「日本悪い教団」も陰惨で卑劣な抵抗を続けると思います。 枝野や野田聖子が「保守」を名乗り出した事や、モリカケだってその一つでしょう?

 でも自由と民主主義を守る為には、こんな連中に負けるわけには行かないのです。
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2018-07-15 14:05

「総がかり」総数の変化に見るパヨクの衰亡

パヨクがまた反安倍「総がかり」とか」とかをやっているようです。

人命軽視の政権倒そう 総がかり行動
2018年7月13日(金)

 総がかり行動実行委員会は12日、改憲反対や安倍内閣の総辞職などを求めて毎週木曜日に取り組んでいる国会議員会館前抗議を行いました。国会議員や学者、弁護士らがスピーチし、西日本を中心に甚大な豪雨被害が発生しているにもかかわらず、延長国会で悪法の強行を続ける安倍政権を批判。「みんなの力で政治を変えよう」とコールしました。
 実行委員会を代表してあいさつした菱山南帆子さんは、安倍政権は豪雨被害への災害対応より悪法の審議・採決を優先していると批判し、「人命を軽視する政権をみんなの力で必ず打倒しましょう」と呼びかけました。
 安全保障関連法に反対する学者の会の堀尾輝久さん(東京大学名誉教授)など、さまざまな市民が訴え。野党から、立憲民主党の阿部知子衆院議員、日本共産党の井上哲士参院議員、社民党の福島瑞穂参院議員がスピーチしました。
 この日は600人(主催者発表)が参加。「国民の声を無視する安倍政権は許せない。できることは何でもやる」と毎週参加している東京都杉並区に住む女性(70)は「私たちがあきらめたら、安倍政権の思うつぼだと思います。声をあげ続けます」と話しました。

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 第二次安倍政権成立後、パヨクは安倍政権打倒の為の「総がかり行動」と言うのを何度も繰り返し来ました。
 直近では2018年4月14日(日)にやったモリカケデモです。

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 この時の参加者は主催者発表で3万人、警察発表では4000人でした。 

 そしてその前は2015年8月30日の反安保法制デモです。

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 この時の参加者は主催者側発表では12万人、警察発表では3万人でした。

 そしてその前は2013年に繰り返して行われた反原発デモです。 参加者数万人のデモが繰り返し行われました。

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  このパヨクの反安倍デモの参加者の減衰について、ワタシ以前二度エントリーしています。

 反安倍デモに見るパヨクの組織力の変化が、興味深かったからです。

 4・14モリカケデモに見るパヨクの衰亡

 4・14モリカケデモ パヨクの衰亡 その2

 ところが今回はそれがさらに衰亡して参加者が更に減りました。
 
 本当に参加者が主催発表の通り600人いるとしても、4月14日の警察発表4000人に比べて10分の1です。

 しかしこれまでも主催者発表の数字は、警察発表よりはるかに少ないのです。
 だから実数は100人割れていたのかもしれません。

そしてここまで減ると、誰にでも目視で凡その数がわかるので、さしものパヨクもあまりに水増しした数を発表できないのでしょう。
 これについてこれまでの反安倍デモは日曜日だったのに、今回は金曜日なので、参加者が集まり辛いのだと言えなくはありません。
 
 しかし前回のモリカケデモでは、数千万円の資金を出して首都圏の大手紙全部に広告を出しても、集まったデモ隊は4000人だったのです。

 これだと広告を見て参加した人は皆無で、パヨク組織のコアな支持者や組合による動員だけが参加したのでしょう?

 しかもその組合組織が弱って、動員をかけるのも、難しくなっています。
 また新聞広告を出す資金もなくなってきたのかも?

 そこで今回は最初から新聞広告は出さず、コアな支持者だけに声をかけてのデモになったのでしょう?
 それなら敢えて日曜日にする必要はありません。

 だってパヨクの主力は定年退職した高齢者ですから、毎日が日曜日です。

 この場合、日曜日に参加を依頼すると「日曜日は孫と遊園地に行く約束がある」とか「息子一家が家に来てくれる約束だから」と言って嫌がられるのでしょう?

 それにウィークデーにデモをすれば、人数が集まらなかった事は、「ウィークデーだったから」と言い訳です。

 デモの動員能力からみたパヨクの組織力は、この数か月でまた一桁減ったのです。
 
 今日の札幌は朝から雨が降り、陰気な日でした。 でもこういう明るニュースもあるのです。

 この状況に野党は大変な危機感を持ち、それがあのヒステリックな反安倍につながっているのでしょう?
 ワタシとしてはパヨクの皆様には、是非この路線で頑張り続けて、自滅して頂くことを切望しております。 
  1. 戦後民主主義
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