2018-01-27 13:06

人権思想の破綻とリベラルの終焉

 欧米ではリベラルの終焉が語られ始めたようです。 
 例えば奥山真司氏はこんな論文を紹介しています。


 実はワタシはこの論文は良くわかりません。 ワタシは三流大学工学部卒なので、この論文で言う所の欧米の「リベラルコンセンサス」なる物がよくわからないからです。

 しかし所々「うん、そうだよね。」と思える所もあります。 そしてワタシもリベラルの終わりと言うのは、その通りだとおもうのです。

 それでワタシなりにリベラルの終焉について考えました。

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 しかしリベラルとは何でしょうか?

 そもそもリベラリズムと言うのは、マルキシズムのように個人が書物などの形で顕した物ではありません。
 
 リベラリズムとは近世以降多くの人々がそれぞれ言動の中で顕して来たものなのです。

 だからリベラリズムの意味するところを確定的に、定義する事が難しいのです。

 そこでワタシはワタシで勝手に定義しちゃおうと思います。

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 ワタシの定義ではリベラリズムとは人権の拡大です。

 そしてリベラルの終焉が語られるようになったのは、欧米や日本など先進国では、人権が極限まで拡大してしまい、これらの国々ではこれ以上の拡大が不可能になったからです。

 リベラリズムが人権の拡大であれば、人権が拡大不能になれば、もう終わるしかありません。

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 なぜ人権の拡大が不可能になったのか?

 それは人権と言う物が生まれもつ性質の為です。

 そもそも人権とは、近代啓蒙思想の中で、王権や教会のような強大な権力から個人を守る為に生まれた概念です。

 封建時代は、王様が自分の支配権確保や、更には個人的欲望の為に、国民を弾圧する、生命や財産を奪う、或いは教会が信仰の名の下に国民の精神を支配して、逆らう者は異端として投獄したり火炙りにしたりするのが当然とされました。

 これに対して「イヤ、それはオカシイ。 人間には誰でも自分の生命や財産を守り、自分自身の良心と知性で物事を考え、主張する権利があるはずだ。」と考えたのが啓蒙思想です。

 そこで彼等はこの個人の権利を「人権」と名付けたのです。

 そして啓蒙思想家達は、この人権を至高の物として、これを尊重する国家を作る事を目指したのです。

 それが近代民主主義国家です。

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 ここまでは中学校や高校の歴史や公民や倫理社会で習いましたよね?
 
 だからワタシにもわかるのです。

 でもここまででわかりますが、人権とは元来、個人対国家権力を想定して生まれた概念なのです。

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 ところで当然ですが、人間にとって自分の欲望や希望と、自分の属する集団の利益は必ずしも一致しません。 集団を守ろうとすれば個人は自身の欲望や希望を抑制させられます。

 自分はやりたい放題やって、それを家族や周りの人達が全部許容してくれると有難いのですが、周りの人達にもそれぞれ都合がありますから、そうはいきません。

 国家の場合もそうです。
 人権を守る事を国家の理想にしても、国家と言う物を作っていく為には、個人の権利は制限されるし、また兵役や納税などの形で、国家への奉仕も要求されるのです。

 それで近代民主主義国家確立以降も、個人と国家の間で、権利の配分を巡って駆け引きが続いたのです。

 この中で常に個人の権利拡大を主張する側に居たのがリベラルと言われる人々なのです。

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 だからワタシが物心ついてからでも、リベラルと言われる人々は、黒人の人権、女性の人権、障碍者の人権と次々と人権を見つけては、その人権の擁護を目指しました。
 そして今はLGBTと言われる性的少数者の人権の拡大も始めました。

 また不法移民や「難民」など自国民以外の人達の人権拡大にも執着しています。

 そしてその結果、自国民については法の下の平等を確保しました。
(因みに日本ではLGBTなど性的少数者に対する法的差別も、迫害も存在しませんでした。)

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 しかし法の下の平等が確保されても、黒人や女性の所得や社会的地位が、白人男性と同じにはなりませんでした。

 そこでリベラリストを自称する人々は、これを平等にすることを目的に活動を続けているのです。

 そしてワタシはこれで人権思想の破綻が始まったのだと思います。

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 しかし法の下の平等を超えた平等を実現すると言う事は、つまり個人に対して他人を平等に扱う事を要求する事になります。

 でもこれは思想・信条・宗教の自由、言論の自由、表現の自由と言う、重要な人権を侵害する事になります。

 例えばキリスト教やイスラム教や仏教などの宗教や、儒教は、教理の中で明確に男尊女卑、女性蔑視を顕しています。

 それではこうした宗教を信仰する人々が、個人生活でこうした教理に従う言動をすることは許されないのでしょうか?

 自分の家庭生活を、自分の信仰する宗教の教理に従って行う事は許されないのでしょうか?

 宗教の自由か? 
 女性の人権か?

 これだけの話で、もう人権を主張する相手が、国家から個人に代わり、個人と個人の人権がぶつかり合う状態になっていると言うのがわかります。

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 しかしながら実は近代人権思想には、この状況への対応策はありません。 

 なぜなら前記のように、人権とは元来、専制君主や教会など強大な権力を持つ組織から個人を守る為の概念であって、個人対個人の多率関係への対応は想定外なのです。
 
 人権の主張で攻撃される側は、国家や教会であって、人間ではないのですから、人権がありません。
 だから幾ら攻撃しても人権上は無問題なのです。

 しかし個人の他人への差別を問題にするようになっては、そうはいきません。

 誰か個人を「オマエは差別主義者だ!」と糾弾すれば、それ自体が人権侵害なのですから。

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 そして残念ながら、少なくとも現在リベラリストを主張する人々は、この様な問題への対応策を考える意思は全くないようです。

 それどころか彼等は「人権は天秤にかける物ではない」などと言い、自分達が支援する人権の拡大だけを際限もなく要求しているのです。

 これでは人権擁護どろこか、特定の人権に加担してそれに不都合な人々の人権侵害をやっていると言う事にしかなりません。

 こんなモノ本来は人権擁護なんて言うべきさえありません。 唯の利権団体、破落戸です。

 そしてまともな人間からは相手にされなくなるのが当然でしょう?

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 本来、人権は全ての人が等しく持つもので、完全に守られるべきものです。

 けれども哀しい事ですが、この世には両立しない人権が幾らでもあるのです。

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 例えば強姦の被害者としては、問答無用で犯人を厳罰にしてほしいでしょう?
 
 しかし容疑者とされた側にも人権はあるのです。 証拠もなしにあやふやな証言だけで、厳罰にされては堪りません。

037

 セクハラは女性の人権侵害だ!!
 Me too!!

 何十年も前の証拠のないセクハラ騒動で、人を社会的に抹殺する事こそ人権侵害だ!!

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 愛する人を惨殺されたら、誰だって犯人を極刑にしてほしいでしょう?
 
 でも死刑は人権侵害だと言う人達もいるのです。

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 言論の自由、表現の自由は守れ!!
 それが民主主義だ!!

 ヘイトスピーチは許すな!!

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 子供の人権を守る為に、児童ポルノは所持も許さない。

 ではエゴン・シーレやバルテュスなどはどうしますか?

 シーレは貧しい少女を自宅に連れ込み、性器を剥き出しにしたポーズを取らせて絵を描いています。

 それシーレは警察に逮捕されて数日間拘束されました。 これに懲りてシーレは、その後この手の事をできなくなりました。

 またその後成立したナチス政権はこのような絵を退廃芸術として公開を禁じました。

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 これまではリベラリストを自称する教養人達は、芸術至上主義を唱え、シーレを逮捕した警察や、シーレの絵の公開を禁じたナチを非難してきました。

 なるほどナチや警察だけなら、シーレの擁護は当然でしょう。

 しかし子供の人権と言う立場からすれば、シーレのやったことは絶対許すべきではないでしょう?

 少なくともシーレを擁護する人達の脳内には、性器を剥き出しにしたポーズを何時間も取らされた少女達を思いやる意思は見えないのです。

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 そして今のアメリカでシーレと同じ事をしたら、一生刑務所から出られないでしょうね。

 それどころかこうやって描かれた絵を持っている連中だって、刑務所行きでしょう?

 これを見ると人権の基準も随分と好い加減な物で、その時誰の人の側に立つかで被害者と加害者が逆転してしまうと言う事の見本ではありませんか?

 つまり近代民主主義の中で、リベラリズムが至高の価値として掲げてきた人権とは、ことほど左様に好い加減な代物だと言う事ではありませんか?

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 つまり現在の先進国では、人権の拡大が極限状態になってしまい、人権を主張する相手は、国家ではなく、他人の人権になってしまったのです。

 そこで誰かの人権を拡大するためには、別な人の人権を削らないとならないような状況になったのです。

 そして自称リベラルの圧力団体が主張する人権が、周りの人権を容赦なく浸食弾圧している状況です。

 これはもう人権思想の破綻です。
 この人権思想を修復するには、全ての人の人権を等しく守ると為の天秤が必要なのです。

 しかし「人権を天秤にかけてはならない」とそれを拒否しているのが、現在のリベラリズムです。

 だからリベラリズムも終焉するしかないのです。

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 けれども現在のままでもリベラリズムが通用する国は沢山あります。
 
 例えば北朝鮮や中国など、絶対王政時代のフランスなどとは、比べものにもならない程の凶悪な専制政治が続いています。

 だからこの地域で人権を叫んでいる人達は、昌にリベラリズムの王道を進んでいるのです。

 そこで提案ですが、このまま日本や欧米先進国でリベラリズムを叫びたい皆様は、北朝鮮や中国に移住されてはいかがでしょうか?

 そして中国共産党や朝鮮労働党の人権弾圧と戦えば良いのです。

 それで中国や北朝鮮の人権状況が改善されたら、ワタシは皆様を心から尊敬します。
 
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2018-01-23 20:41

フランス兵役復活雑感

 フランスが徴兵制を復活するそうです。 
 
 但し18~21歳の男女全員、一ヶ月の兵役と言う事ですから、これで現実的に戦力として使える兵士を養成する事は不可能でしょう。

 それではなぜフランスは今時兵役を復活させたのでしょうか?

 ワタシはズバリ移民避けじゃないかと思います。

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 つまり美味しい生活だけを期待してフランスに押し寄せる移民達に、「フランスに来たら兵役課すからね。」として、安易に渡仏する人間を減らしたいのではないでしょうか?

 そりゃ当然でしょう。
 幾ら美しい人道を掲げても、受入国に最低限の敬意も感謝もなく、ひたすら福祉の恩恵だけを宛てにしてくる人達を無限に受け入れる事など不可能です。

 しかし今まで人権を一枚看板にしてきた以上、「難民」を自称する人々を、強制送還等の手段を使って、追い返すのは不可能です。

 そこでフランスに来るからには、フランスに貢献して貰う、税金が払えないなら体で払え!!
 
 これで兵役を拒否したり、途中で脱走したりすれば、「兵役拒否」「脱走」の罪で、合法的に国籍を剥奪してフランスから追っ払う事ができます。

 またイスラム原理主義者等で、元来異教徒の指揮の下で兵役に就くことに耐えられない人間は、最初からフランスを目指さず、ドイツとかスペインとか何処か他の国に行ってくれる事を期待できます。

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 勿論それだけではありません。
 マクロン大統領が言うように国民としての連帯を取り戻すと言う意味もあるのです。

 軍隊は究極の集団生活を強いられます。
 また軍隊は厳しい階級社会ですが、しかしこれは実は逆に言うと階級が同じなら完全に平等と言う事です。

 このような状態で、民族の違う若者が、等しく兵士として一緒に生活する事で、フランス人として連帯を作って行こうと言うのです。

 これは例えばスイスなどを見るとわかります。

 スイスの兵役は当にこの意味が非常に大きいようです。 スイスは複合民族国家ですが、兵役では違った民族の若者が一緒に軍隊生活を送る事になっており、それが民族を超えてスイス人として自覚と連帯を作っていると言うのです。

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 更に言うと軍隊では、兵士としての生活習慣を、訓練として叩き込む事ができます。

 以前BBCのイギリス海兵隊員の新兵訓練の特集番組を見たら、軍事訓練だけでなく、シャワーの入り方、軍服のアイロンの掛け方、ベッドメイクの仕方、部屋の掃除の仕方など、日常生活全てについて、厳しく訓練していました。

 シャワーの入り方は、教官が裸になって丁寧に体の隅々まで洗って見せるのですが、モザイクが掛ってないので参りました。

 しかし新兵達は真剣にそれを見ていたのです。

 なるほどこうやって厳しい訓練を受けたら、身だしなみその他の生活習慣は、何処へ出ても恥ずかしくない人間になり、一般社会へ出ても相応の敬意を受けるようになるわけです。

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 ワタシ達、戦後民主主義で育って世代は、軍隊については否定的な話しか教わっていません。 そして軍隊は民主主義と反する組織であると教えられてきました。
 
 しかし歴史を学ぶと、近代的な徴兵制度はこうした訓練を通して、それまで下層階級として顧みられなかった人々を、近代的な市民にしてきました。

 兵士としての訓練を通して、身体を清潔に保つ事、時間を厳守する事、規則を守り規律ある行動をとる事を学び、それにより相応の敬意を受ける事で、自分達は国家を守る立派な人間だと言う誇りを持つようになったのです。

 そしてこのような誇りを持ち、また自分自身が戦う事を学んだ人間を弾圧する事はできません。

 だから徴兵制は民主主義の根幹になるのです。

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 こうした軍隊の役割は、国家が豊かになり、民主主義が成熟する中で、忘れらて行きました。

 しかし今また、移民の大量流入と言った状況で、そもそも国民とは何か? 国家とは何かが問われるようになると、再評価されたのでしょう。 

 野放図にグローバリズムと人道主義を振り回した挙句、国家溶解の危機を招いて、挙句に兵役を復活して箍を締め治すしかなくなったと言うのは、何とも皮肉な話ですが。

 尤も今回の兵役はたったの一ヶ月ですから、フランス国民として連帯や市民教育としての効果は、どの程度期待できるかは頗る疑問です。

 しかしこれでも膨大な予算が必要でしょうから、教育効果をシッカリ期待できる長期の兵役は無理でしょう。

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 オマケ


 
 渥美清主演の映画「拝啓天皇陛下様」です。

 この映画は1963年に封切りされて大ヒットしました。 それで続編も作られています。

 ワタシはこの映画はテレビ放映されたときに、両親と一緒に見たのを覚えています。

 渥美清の演ずる主人公は、孤児で非常に貧しく育ち、常に人に踏みつけにされてきました。
 しかし軍隊に入って初めて他の人々と平等に扱われて、感動し軍隊を天国のように思うのです。

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 ワタシの父は昭和16年に満20歳になるように生まれたお蔭で、徴兵されて終戦までインドシナ半島を転戦しました。

 父は軍人には全く向かない人間で、最後まで二等兵!!でした。

 それでもこの映画は楽しんでみていました。 
 
 そしてこの主人公同様、それまでの生活より楽だと思っていた、天国だ思っていた兵隊は沢山いたと言っていました。

 因みに映画では師団長始め、上官達が非常に暖かく人間的に描かれています。

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 1960年代までの映画では軍隊も戦争も、大体皆肯定的に描かれています。
 
 そしてそれを楽しんだ観客の殆どは、ワタシの両親や祖父母のように、自身が兵役を体験した人、自分の家族を兵役に送り出した人、そして空襲の中を逃げ回った人々です。

 この頃の映画を見ると「戦争体験のある人達がいなくなったから右傾化した」と言う説は完全に嘘だとわかります。

 大日本帝国と日本軍がひたすら悪役になり、自虐史観が日本の世論を席巻したのは、1990年代からです。

 そしてその世論を作ったのは、60~70年代に学生運動に熱狂した戦争を知らない子供達です。


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2018-01-18 13:00

核兵器を廃絶したら平和になる?

 核兵器を廃絶すればどうなるのか?
 それは核兵器ができる前の世界をみればわかります。

 核兵器ができる前の世界は平和だったのでしょうか?

核兵器が廃絶された世界はどうなると思いますか?核抑止のほうがコスパよくね?|奥山真司の地政学「アメリカ通信」


 何とも凄い議論だけれど、現実を見ればその通りだと言わざるを得ません。

 考えてみれば米ソ冷戦が冷戦で済んでいたのは、米ソ両国が共に大量の核兵器を持っていたからではありませんか?

 大量の核ミサイルを持った国同志が戦争を始めれば、核の冬を招き地球が破滅する。

 こうした恐怖が両国の戦争を自制させて、せいぜいベトナム等アジア・アフリカ諸国での代理戦争で済んだのではありませんか?

 因みに動物行動学者コンラート・ローレンツはオオカミなど群れを作る猛獣は、仲間同志の殺し合いを起こさないと言います。

 お互い同志が喧嘩しても、相手がお腹を出すなど、降伏の姿勢を取ると、勝っている側が攻撃を抑制して、そこで喧嘩は終わると言うのです。

 この強い抑制は彼等が長い進化の中で培ったもので、もしこれがなければこうした猛獣類は、仲間同志の争いで絶滅しただろうと言うのです。

 一方猛獣のような牙や爪を持たない草食動物には、こういう抑制は働きません。 だから一旦戦い始めると、自発的に止まらないのです。

 鳩は限りなく殺しあう

 またこの抑制についてはよもちゃんも詳しく解説しています。

 コテン芸能 その文化的意義

 国家と国家の戦争もまた、双方が破滅に追い込まれる危機感をもってこそ初めて抑止力が働くと言うのは、極めて現実的ではないでしょうか?

 本当に戦争を防ぎたいのなら、こうした現実もまた考えてみるべきではありませんか? 

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2018-01-09 22:18

明日攻められたらどうする!

 裏の桜さんも取り上げていらっしゃいましたが、この世には実に不思議な人々がいます。

蓮見唯香
明日攻められらどうする!というネトウヨ的質問には「答えない」が正解。なぜなら戦争に至るまで友好関係から軍事衝突まで段階がありその為の外交、政治。経緯も根拠も無視し明日攻めて来るなど前提のおかしい質問は答える必要なし。戦争は地震、天災と違う、あくまでも人が起こすべくして起こす人災

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 戦争は地震や天災とは違う。 人間が起こす人災であることについては、全く同意します。

 しかし人災ならば全て人間の力で避けられるのでしょうか?

 人災は戦争だけではありません。
 火事や交通事故や犯罪など他にも沢山あります。

 この蓮見氏の貼った新聞の記事の戦争を交通事故に置き換えてみればどうでしょうか?

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 交通事故が起きるまでには、免許書を取ってから、事故に至るまで段階があり、判断に失敗する度に事故が近づく。 明日事故が起きると言うのは、運転手が無能であり続けたと言う事。 そんな仮定をするほどに運転に絶望している人とは議論したくないんです。

 こんな事を言うドライバーって怖くないですか?
 こんな事を言うドライバーが安全運転を心がけていると思えますか?

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 人間と言うのは必ず失敗をする生き物なのです。

 だから自動車会社はその心算でエアバッグ始め、事故が起きた時の為の安全装置を付けるし、ドライバーは自動車保険に入ります。

 そして国や自治体も事故が起きた時の備えて救助体制を整備しているのです。
 
 このツィートをした蓮見氏もまたツィートに貼られた新聞記事の著者保坂氏も、自動車を持っているなら、自動車保険には加入しているのではありませんか?

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 ところが大変不思議な事に事に戦争に関しては、この二人は日本の政治家は絶対に失敗しないと信じているのです。

 戦争が政治の失敗と言うなら、戦争を避ける為には政治で失敗を避けなければなりません。

 しかしこの世に政治で失敗をした事のない政治家などと言う者がいるのでしょうか?

 ワタシは歴史が結構好きなのですが、古代から現代まで歴史に名を残す優秀な政治家でも、何かしら失敗はしているのです。

 そもそも優秀な政治家は自分が失敗しないとは思っていないのです。 むしろ必ず想定外の事が起きて失敗する事を考えて、常に失敗した時にどうするかを考え、その対策を周到に用意しているのです。

 だから想定外の事態が起きても、損害を最小限に抑えて、再起できるのです。

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 しかしこの保坂氏や蓮見氏の考える政治家とは、絶対に失敗しないし、だから失敗をした時のことを考える必要のない人達だと言う事になります。

 これはもう政治家は全知全能の神だと思うしかありません。

 ワタシはネトウヨなので、こんな政治家が存在するとは思えません。
 まして日本は民主主義国家です。

 だから政治家は国民と本来同じ人間、所詮死すべき人間なのです。

 そういう人間に政治を任せる以上は、どんなに努力しても戦争を防げない時があると考えるしかありません。
 
 何処かの国が密かに日本を攻める用意をしていても、我々日本人は皆気づかないかも知れないと考えています。

 だから政治家を選ぶ場合は、全知全能の神でないから戦争を全て防いでくれる人は期待しません。
 
 代わりに明日どこかの国が攻めて来ても、とりあえずそれに対応できる対策を考えてくれる人を選びます。

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 保坂氏や蓮見氏がなぜ政治家を全知全能と信じるかはわかりません。

 そして彼等はこの問題については「明日攻めてきたらどうする!」などと言うネトウヨ的な質問には答えないのが正解といっているのですから、これ以上の説明を求めても応えてはくれないでしょう。

 しかしそうなると彼等はもう他者を説得する事を放棄したと言う事ではありませんか?

 だってそれでは彼等に賛同する人を増やす事は出来ません。
 一方日本は民主主義国家ですから、日本人の多数の賛同を得なければ彼等の理想とする政治は実現しないのです。

 しかも彼等にとって深刻な事に、現在の安倍政権は「明日攻められたらどうする!」を真剣に考えており、その安倍政権の支持率は結構高いのです。

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 にも拘らずこのように議論を放棄すると言う事は、つまりはもう自分達の理想の実現は諦めて、脳内理想世界に引き籠ると言う宣言でしょうか?

 昨日の津田大介氏と同様に。 
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2018-01-04 14:51

ホリエモン氏と民主主義国家について

 ホリエモン氏が新年早々こんな事を仰っているそうです。

ホリエモンサイト
「お笑いのウーマン村本君の発言が話題になってるけど、日本の為に戦わないっていうのは健全な教育を受けた者なら普通の考えだと思うよ日本が無くなって困るのは税金に群がって生活してる公務員や日本に財産を持ってる富裕層で今の日本人の7割は何も持っていない搾取され続けてきた人たちで、何の為に戦うというの?って感じ今の時代、国家の為に命を懸ける意味などまったくない」

 なるほどね。
 この人らしい極めて率直な意見です。

 そう言えば昔アイアコッカと言う有名な実業家が「自分は国家の規制を一切受けずに自由にビジネスをしたい」と言っていました。

 この人もまたホリエモン氏と同類でしょう。

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 有能なビジネスマンが莫大なお金を稼いでも、累進課税で莫大な税金を持って行かれる。

 しかも様々な規制により自由なビジネスができない。

 こうした不満がこうした反国家主義になって行くのでしょう。

 しかし歴史を学べば、古代のアテネやローマも、ヴェネツィアやフィレンツェも、ハンザ同盟諸都市も、民主主義国家を作ったのは、多くの富裕層を抱えて都市国家です。

 そして民主主義を推進したのも、こうした都市国家の富裕層です。
 しかも彼等は国家の為に、莫大な資産を提供するばかりか、自身も粉骨砕身したのです。

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 そもそもこの時代、今のような合理的な徴税システムを作るのは不可能だったので、貧困層から徴税する事は殆ど不可能でした。
  
 それに貧富の格差が非常に大きいので、貧困層からの徴税で国家を維持する事は不可能でした。

 そこで国家の維持運営の為の費用は殆ど富裕層が持つ事になります。

 例えば古代ギリシャアテネでは、ペロポネソス戦争時、富裕層たちが自ら申し出て自費で海軍の主力である三段櫂船を建造します。

 そしてその乗員約200名の給与や食料その他の運営経費も負担して、更に自身が艦長となって出撃したのです。

 この三段櫂船の建造費は一隻あたり、漕ぎ手の給与6000年分と言われます。 しかし運営経費もまた一年でこの倍かかりました。

 アテネはこれで300隻の三段櫂船を確保して、ギリシャ最高の海軍力を維持する事ができたのです。

 逆に言えば当時有権者の人口が6万程度だったアテネで、こうした富裕層が300人はいたと言う事です。

008

 そして近代以前の民主主義国家では、政治家は無報酬が原則です。

 アテネの場合、内閣にあたるストラテゴスに当選しても、報酬は勿論、政務調査費とかそのような物も一切出ません。
 それどころか他国政治家の接待や情報収集も自腹で行うしかありません。

 これでは貧乏人は勿論中産階級でもやっていけません。

 だからアテネでストラテゴスになった人間で、富裕層出身でないのはテミストクレス一人です。 このテミストクレスと言う人は中産階級出身だったのですが、軍事にも政治にも完全に人間離れした天才でした。

 そしてこれでストラテゴスになっても、有権者の期待を裏切ると、アッサリ処刑されてしまったりするのですから大変です。

009

 因みにルネサンス時代民主主義謳歌したフィレンツェが、結局メディチ家の支配下の君主制になってしまった理由の一つは、盛期ルネサンスが終わる頃から、フィレンツェ経済が衰退してしまい、政治家として民主主義を担う事の出来る人が居なくなったからと言われます。

 一方当時フィレンツェと並んで共和政の大国だったヴェネツィアでも、政治家となって本格的に活躍するとなると、経済的な負担は半端じゃなかったようです。

 ヴェネツィアでは国会議員等、政治活動ができるのは一家に一人と定められていました。
 しかしこれは実は特定の一族が政治権力独占するのを防ぐ為ばかりではなく、現実問題として例えば兄弟の一人が政界で活躍するとなると、他の兄弟が彼の資産の運用=商売を担って彼の生活を維持しなければ、やっていけないと言う現実もありました。

 つまり近代以前は民主制国家で政治家になるって、ホントに心身は勿論経済的にも凄い負担で、貧乏人にはとても勤まらないのです。

 しかしそれでも金が続く限りは、富裕層達が国家を守ろうとして頑張ったのです。

012

 でもなんでそんなに頑張るの?
 古代アテネやヴェネツィアにはホリエモンやアイアコッカはいなかったのかい?

 そりゃ古代アテネだってヴェネツィアにだって、商才はあっても強欲で短絡的な人間は沢山いたと思いますよ。

 しかし幾ら強欲で短絡的でも、彼等は自分達の資産を守る為には、国家が必要だと言う事を常に痛感させらる世界に住んでいました。

013

 実は中世でも古代でも民主主義国家の重要な特質の一つは「私有財産の不可侵」でした。

 国家が私有財産を侵害してはイケナイと言う事は自明とし社会が成り立っていたのです。

 しかしそれは当然ですが、自国の主権が及ぶ範囲内の話です。
 
 一歩自国領を出れば、財産どころか生命も保障されないのです。
 近隣の封建領主は、常に富裕な商人の富を奪おうと、虎視眈々と狙っています。

 また海賊や山賊も沢山います。 封建領主が海賊や山賊を兼業しているのも普通です。

 けれども商人達はそのような状況でも、国外に出てビジネスをしなければならないのです。

017

 そうした状況でビジネスをしていれば、国家あっての私有財産と言う事を痛感せずにはいられないでしょう。

 そもそも彼等が何の為に民主制国家を作ったか?

 それはつまりこうした豺狼のような封建君主や山賊や海賊から自分達の富を守る為です。

 その富を守る為には自分達で団結して、武装して戦うしかないのです。

027

 しかし当然ですが、富裕層と言うのはどんな国でも数は限られているのです。

 アテネだって6万人の有権者の中でも、自費で三段櫂船を作り運用できるのような金持ちは300人程度だったのです。

 それじゃこの300人だけで国家が護れるのか?
 
 そんなことは不可能です。
 
 勿論傭兵と言う手もあります。
 フィレンツェはしかしこれに頼っているうちにドンドン国力を喪いました。

 これについてはマキャベリがしみじみ嘆いているのです。

 結局、国家を守る為には、全国民が愛国心を持ち国家を守る為に戦うシステムが必要。

 それがつまり全ての国民に参政権を与えて、国民の全てが兵役義務を負うと言うシステムです。

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 だって徴兵制と言うのは命の納税です。
 そして命はどんな人間にも一つしかなく、そして命こそは人間にとって最も大切な物で、金なんかとは比べ物にはならないのです。

 それを貧困層にも差し出させる以上は、平等な参政権は当然でしょう?
 自分の命を投げ出して戦う事を強いられる以上は、その戦いをするか否かを決める権利があるはずです。

 だから徴兵制は民主主義の根幹です。
 
 そしてこの民主制を確立する事で、古代のアテネはこれでペルシャ帝国の侵略を退けたし、古代ローマ帝国はこれで古代最強最大の帝国になりました。

029
 
 戦後民主主義の教育では、民主主義国家は平和的だと教えられていますが、歴史を学べば実は民主主義国家はむしろ好戦的で、しかも戦争は滅法強いのです。

 何で強いか?

 それは全て国民が国家の為に戦う意思を持ち、国家がその国民を責任を持って守る体制ができているからです。

 民主主義の理念を顕すとして今も欧米の教科書に載っているペリクレスの戦没者追悼演説は、ペロポネソス戦争が始まった年に、その年の戦没者の遺骨を、アテネ郊外の戦死者専用墓地、つまりアテネのアーリントン墓地に埋葬する式典での演説です。

 この演説でペリクレスはアテネの民主制がいかに偉大であるかを述べる事で、その偉大な民主制を守る為に戦って死んだ人々を礼賛し、遺族達に無用に悲しむなと言ったのです。(日教組が聞いたら卒倒しそうな話でしょう?)

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 そしてアテネは国家として戦没者には、遺族年金と言うべき物を支給していました。 だから貧困層の大黒柱も安心して出征できたのです。

 更にペロポネソス戦争遂行の過程で、アテネは貧困層に対して様々な福祉や手当を出していきます。

 民主主義国家の基盤の一つは私有財産権の不可侵だけれど、しかしそれは不可侵と宣言すれば守れるわけではないのです。

 私有財産権の不可侵を護る為には、まずそれを保障する国家を作り、その国家を守って初めて保障できるのです。

 そして国家を守る為には、全国民が愛国心を持てる体制を作らなくてはなりません。

 だから古代からそのように努力する事で、民主制国家が作られたのです。

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 普通に考えたらこれは自明で、ワザワザこんな長ったらしい話しをする必要もないと思います。

 しかし第二次大戦後70余年、アメリカの強大な軍事力は自国民は勿論、同盟国民にも、自分達の資産が国家の庇護の下で保障されていると言う事を忘れさせたのでしょう。

 だからホリエモン氏のような発想をする富裕層も出てくるわです。

 しかし「今の日本人の7割は何も持っていない搾取され続けてきた人たちで、何の為に戦うというの?」って言うけど、今の資本主義では、国家の庇護の重要性は古代や中世を遥かに超えているでしょう。

 だって今の国家が護っている私有財産は、金や不動産だけではありません。
 
 例えば知的財産権や株式の情報公開制度などが保障されなければ、多くのビジネスが成り立たないでしょう?

 そうなると一般勤労者の雇用も亡くなるのです。

 そして知的財産権の保障など、経済活動の為のインフラは国家が無ければ、絶対に守れない物なのです。

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 実際それを全然尊重してくれない大国が隣にあるじゃないですか?

 中国には古代から私有財産権の不可侵と言う概念はありません。 だからその所有者の人権を尊重すると言う発想もありません。

 今中国政府は中国に進出した企業を、共産党の支配下に置こうとしています。 
 
 私有財産権の不可侵を原則してきた民主主義国家からすればこれはもうあり得ない話しですが、しかし中国にはそうした価値観は通用しないのです。

 こういう国から自分の財産を守ってくれるのは誰か?

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 ホリエモン氏の投獄はワタシも理不尽だったと思うので、彼が国家への恨みを持つのはわかります。 
 
 でも中国では、金持ちを逮捕して拷問にかけて金を出させるなんて古代から現代まで普通にやっている事です。

 そして毛沢東が権力を保持するための文化大革命でどれ程の人が殺されたか?

 そういう国が隣国にあり、日本を侵略しようとしている事実を少し考え直してみるべきでは?

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 しかしホリエモン氏、刑務所から出た時は、スリムになって年齢相応に若々しく青年らしくなっていたのに、もうすっかり元通りになっちゃいましたね。

 この調子では今度彼がスリムになるのは再度投獄された場合だけでしょう。

 国家のお蔭で人生で一度だけスリムになれたのだから、そう国家を恨むもんじゃないと思うんですけどね。

 因みにアメリカの第二次大戦前後の累進課税率は最高で95%!!
 ケネディ家など、これを納税した上、息子三人が全員が兵役を志願し、長男が戦死しています。

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