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2024-02-27 11:25

歴史のおさらい パレスチナ史

 1947年、イスラエル建国前、パレスチナはイギリスの信託委任統治地でした。
 イギリスの統治中、パレスチナではアラブ人とユダヤ人の争乱が続き、イギリスはこれに手を焼き続けました。
 1947年にこのイギリスの信託委任統治が終わる前に、イギリスはパレスチナのアラブ人とユダヤ人についてのレポートを出しました。
 そのレポートの中に、ユダヤ人・パレスチナ人双方が絶対に譲れない原則が書かれています。

 ユダヤ人の絶対に譲れない原則は、ここパレスチナの地にユダヤ人の国家を作る事です。
 アラブ人の絶対に譲れない原則は、パレスチナのユダヤ人国家を殲滅する事です。

 なるほどこれは全くその通りでしょう。

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 当時、国連はパレスチナ分割案を提出しました。 現在のイスラエル領をユダヤ人の多い地域はイスラエルに、パレスチナ人の多い地域はパレスチナ国家として分割し、パレスチナに二つの国家を作る案でした。
 これは人口比でパレスチナ人より少ないユダヤ人が、パレスチナの55%領有する事になるから不公正だったと言われます。

 しかし当時のパレスチナのユダヤ人は55万人、パレスチナ人は33万人でした。 パレスチナ人は100万人と言う説を唱える人もいますが、これはヨルダン領に住むパレスチナ人を加えた数字で、パレスチナに住むパレスチナ人は33万人だったのです。
 またユダヤ人に与えられた土地の大半はネゲブ砂漠など荒蕪地でしたが、パレスチナ人に与えられた土地は豊かな農地でした。
 
 それでもユダヤ人はこの案を呑んで、イスラエルを建国したのですが、しかしアラブ側はこれを蹴り、第一次中東戦争に突入したのです。
 第一次中東戦争の勝利、さらにその後の中東戦争を通じてイスラエルは現イスラエル領だけでなく、シナイ半島を全部を獲得しました。
 しかし第四次中東戦争後、シナイ半島と引き換えにエジプトと講和し、国交結びました。 
 イスラエルはアラブ側がイスラエルを国家承認し、国交を正常化するなら、戦争で獲得した領土も割譲したのです。

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 一方、アラブ・パレスチナ側はイスラエルの存在を絶対認めませんでした。
 歴史的にパレスチナ国家を建設するチャンスは4回ありました。 そのうちの一回が前述の国連のパレスチナ分割案ですが、第二次大戦前に一回、そしてパレスチナ分割案以降も二回ありました。
 特に最後の2回については、アラブ諸国もイスラエル殲滅の非現実性に気づき、また対イラン防衛等でイスラエルとの関係を悪化させたくない事から、パレスチナ側にも妥協を求めましたが、しかしパレスチナ側は断固拒否して現在に至りました。

 こういう経緯を見ていくと、イスラエルの大原則がこの地にユダヤ人の国を作る事、パレスチナ人の大原則がイスラエルを殲滅する事であると納得するしかありません。

 因みにワタシとしては今回のイスラエルのガザ侵攻前に、イスラエル側が送電を止める事が「非人道的」と騒がれた事で、これを納得しました。
 だってオスロ合意でガザがパレスチナ自治区になったのが1997年、そしてガザ地区からイスラエル軍も警察も引き上げて、完全なパレスチナ人の自治に任されたのが2005年です。
 ところがガザ地区は未だに自前の発電所を作っていないのです。 この間、国際社会から莫大な支援を得ているのにです。
 こういうのを見たら、自前の国家を作る気など皆無と思わざるを得ません。

 それにしても自分の国を作るより、他人の国を殲滅する事が目的とは・・・・。
 何でそんな事を70年余り目標にしてこられたのでしょうか?

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 ワタシはこれはそもそも歴史的に、パレスチナにパレスチナ国家と言うモノが存在した事実がないからだと思います。 
 ネットを検索したら便利な歴史年表が見つかりました。 
 
 イスラエル・パレスチナおよびエルサレムの歴史(年表)

 これを見るとわかりますが、古代ローマが古代ユダヤ王国を滅ぼして以降、この地域に独立した国家が作られた事はありません。
 パレスチナは常に周辺の大国の領土の一部でした。
 唯一の例外は1099年に生まれ1291年まで存続したエルサレム王国です。 但しこれは十字軍が作った王国で、最盛期でも領土はエルサレムとその周辺のみでした。

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 エルサレム王国を滅ぼし「キリスト教徒を海に追い落とした」サラディンは中東イスラム世界を代表する英雄で、彼の王朝(アイユーブ朝)はその後百年弱、エジプトからイラクに至る地域を支配しました。
 因みにこの英雄はクルド人です。 アラブ人ではありません。

 中東一圓ではどの王朝も専ら外国人の傭兵を用いました。 
 「アラビアン・ナイト」にはクルド人傭兵の話が何話かありますが、皆腕っぷしは強いけれど無知で粗暴で愚鈍な人間として描かれています。
 サラディンもこうしたクルド人傭兵の一族出身でしたが、抜群の人望と軍才で結果的にサラセン帝国を乗っ取り、自身の王朝を開いたのです。

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 傭兵を利用するのは同時代のヨーロッパも同じで、これは近世まで続きました。
 蛮族の傭兵は人権費が安い割に体力があり、単純素朴なのでより使いやすいと重宝されました。
 それが中東ではクルド人やトルコ人、ヨーロッパではスイス人やドイツ人だったのです。
 トルコ人は騎馬民族なので、騎兵戦に長けているのが魅力でした。

 しかし傭兵に頼って武力を完全に放棄するので、結局傭兵に国を乗っ取られてしまうのです。 
 けれども蛮族出身の傭兵は人権費が安く戦争に強いだけでなく、主人以外に後ろ盾もなく、しがらみもありません。 だから譜代の家来や封建領主などと違って、主人に絶対服従します。
 これが魅力で主家を乗っ取って自分の王朝を開いた元傭兵も、また異民族の傭兵を雇い防衛を任せるのです。
 そして傭兵が地元で根を張り、主家の権威が衰えたら、また主家乗っ取りです。

 中東の王朝は皆これを繰り返してきたのです。
 パレスチナに独立した国家が存在した事はないのですが、しかしサラセン帝国滅亡後、中東に異民族支配でない国家が存在した事もないのです。
 そしてその異民族の支配者がコロコロ変わるのです。
 だから別にパレスチナ人だけでなく、他のアラブ諸国だって、イランやトルコだって実は一般国民には国民意識なんかなかったのです。

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 これが変わったのは近代以降です。
 近代になって中東の王侯も自国を守る為には、蛮族の傭兵では無理で、近代的な軍隊が必要だとわかってきました。
 そこで西洋式の士官学校を作り、自国民の若者を教育しました。
 
 しかし西洋式の軍事教育を受ける中で、聡明な若者達は気づいたのです。 
 西洋の軍隊が強いのは、西洋の強国は民主主義の国民国家だからだと。

 実はこれナポレオン戦争中に、ナポレオン軍と集ったプロイセン王国の士官達と同じです。 ナポレオン軍と戦ったクラウゼビッツやシャンポリオンやシャルンホルストなどプロイセン軍とフランス軍の根源的な違いに気づき、民主主義的な改革を提言したのです。 それで彼等は宮廷から「ジャコパン」と呼ばれました。

 そして中東に出現したジャコパン達は、第一次世界大戦、第二次世界大戦の混乱の中、王朝を倒して自国を民主主義国家・国民国家にするための政権を作りました。
 これがトルコ共和国やエジプト共和国などです。
 こうして生まれた国々のうちいくつかはは破綻しました。 しかし現在も存続している国々は、国民の生活水準も向上し、一般国民も国家を持つ事の意味、国家を守る事の価値を理解しつつあるのです。

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 となると「イスラエル殲滅」だけを目標とする「パレスチナの大義」なんかには、付き合い切れないでしょう。
 一方、パレスチナ人は国家を持てないままので、今も国家を持つ事の価値は理解できません。
 そして中東諸国でも今もまだ国家の価値より、宗教を優先する人々が多数いる事も確かです。

 国家よりも宗教を優先する人々にとって、「パレスチナの大義」「イスラエル殲滅」は、その価値を誇示する恰好のスローガンです。
 これって完全に十字軍と同じです。
 
 実は鈴木一人と言う東大の中東専門家が、ハマスについて「ハマスは福祉団体でもあり、貧しい人々に医療支援もしている」と言ったのを聞いて笑ってしまいました。
 マジ、これ十字軍の騎士団と同じです。 聖ヨハネ騎士団は十字軍を代表する騎士団ですが、別名をホスピタル騎士団とも呼ばれます。 騎士団として病院を運営して、貧しい巡礼の治療をしていたからです。
 しかもこの騎士団は今も存続していて、医療福祉団体を運営・支援しているのです。

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 こうして歴史のおさらいをしてみると「国家」と言うモノの価値や意味を考えさせられます。
 中東の人々が安定して平和に暮らす為には、それぞれの国が国家として安定する事が第一です。 そして多くの国がそれに成功しつつあります。
 そして成功すると皆「やっぱり自分があってよかった。 国は大事にしちゃくちゃ。」と思えるのです。
 でも現在それから最も遠い所にいるのが、パレスチナなのです。

 仕方ないです。
 人間は食べた事のない料理を作る事はできません。
 食べた事のない料理の美味しさなんてわからないので、作ろうとも思いません。
 だから自分で料理を作るより、他人の作った料理を滅茶苦茶する事に熱中できるんですね。
 
  1. イスラム
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2024-02-26 11:18

ウクライナの苦境・軍産複合体の衰弱

 先週の土曜(2月24日)でロシアのウクライナ侵攻開始から丸二年になりました。
 この二年ウクライナ軍は善戦を続けましたが、ここに至って苦戦が目立ち、完全に守勢に回っています。
 原因は砲弾・ミサイルその他兵器の不足です。
 これについて何とも深刻な話が出ていました。


https://www.youtube.com/watch?v=3pJZgzE2Wek

 ウクライナ軍の弾薬や兵器が不足しているのは、NATO諸国からの弾薬や兵器の支援が進まないからです。
 一方ロシア側もこの夏頃までに備蓄を使い果たしたのですが、しかし北朝鮮から大量の砲弾を買い取り、更に国内での生産体制を強化したので、今はウクライナ軍を遥かに凌ぐ量の砲弾を使えるのです。
 だからNATO側からのウクライナ支援は必至なのですが、しかしそれでもなお支援が進まないのは、NATO側も備蓄が底を尽き、これ以上支援するとなると自国防衛用の分を削って出さなければなりません。
 それで皆渋っているのです。

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 しかしこれは実は最大支援国アメリカも同様だと言うのです。
 例えば昨年末、日本はアメリカと自衛隊保有の地対空ミサイルシステム「パトリオット」をアメリカに輸出する為の協議に入りました。
 パトリオットは元来アメリカ製のミサイルシステムで、現在日本はこれをライセンス生産しています
 日本は武器輸出を厳格に禁じてきたのですが、今回は日本政府は「ライセンス生産しているモノは例外的に輸出してよい」としてアメリカに輸出しようと言うのです。

 これってアメリカで生産している日本車を、日本に輸入するみたいなヘンな話です。
 アメリカはパトリオット作れないのか? 
 作れないわけじゃないのですが、アメリカのパトリオット生産ラインは完全に休止して久しく、これをもう一度立ち上げて生産を開始するには時間がかかり過ぎるのです。 
 アメリカはウクライナにパトリオットシステムを支援したいのですが、しかしアメリカでの生産ができない状況でウクライナに送ると、アメリカ自身の国防に必要な分が不足します。

 そこで生産ラインが活動中の日本が作ったパトリオットをアメリカに送り、アメリカはそれを自国防衛用に使い、アメリカで使っていたお古をウクライナに送る事にしたのです。
 本来なら日本が直接ウクライナに支援する方が、日本の国益ですが、日本の武器輸出三原則はまだ完全に撤廃できないので、アメリカ経由の玉突き支援になるのです。

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 しかしアメリカが生産を休止や停止した兵器は他にも多数あるようです。
 それどころか上の動画で、元自衛隊海将がチョコチョコと「もう軍艦も作れないから」と言うのが非常に気になります。
 そしてこの動画の参加者全員が、アメリカではオバマ政権時の軍縮で軍事産業が非常に衰退していると言うのです。

 日本のマスコミは戦後ずうううっと「アメリカには産軍複合体と言うのがあって、それが金儲けの為に戦争を煽り続けている」と言ってきました。
 ワタシも「産軍複合体が戦争を煽る」とは思っていませんでしたが、しかしアメリカには殆ど無尽蔵の兵器生産能力があり、必要があれば必要なだけ供給できる物と思っていました。
 だから例えば日本が中国に侵略されたりした場合は、代金を払うなら兵器はいくらでもアメリカから買う事ができるモノと信じてきました。
 
 ところがどうも違うのです。
 伊藤元海将の言う「軍艦も作れないから」がホントなら、例えば海上自衛隊の艦艇が撃沈されて、日本での増産が間に合わないとなっても、アメリカから買う事はできないのです。 
 それどころかアメリカ自身、台湾有事でアメリカ海軍の軍艦を大量に撃沈されたら、その後アメリカ海軍の戦力を元通りにするのだって容易ではないと言う事になります。 
 これだと中国が勢いづくのも当然だし、またアメリカは台湾防衛に消極的にならざるを得ません。

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 それにしてもオバマ政権のたった8年でそこまで軍産複合体が衰微するのでしょうか? 
 ワタシにはアメリカの軍産複合体の内実はわかりません。
 しかしアメリカではレーガン政権の8年で、土木産業が完全に消滅したと言う実例があります。
 レーガン政権は財政赤字の削減を徹底したので、その間土木建設に関わる公共事業をトコトン縮小したのです。
 大規模な土木建設業は政府以外に需要がありませんから、その政府が需要を絞れば、その分産業規模が縮小するしかないのです。

 8年間も需要がなければ、民間企業が生き延びる事はできません。
 民間企業が衰退すれば、その業界に必要な技術の継承もできません。
 そうした技術者を育てる事もできません。
 この8年間に土木関係の企業は消滅し、大学からも土木課が消えて、アメリカから土木産業が消滅したのです。
 で、現在アメリカの土木工事は、海外企業が請け負っています。
 こうした前例を見れば、オバマ政権下でアメリカの軍産複合体が衰微したのもうなずけます。

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 しかしこれはアメリカだけではありません。 欧州のNATO諸国も皆揃って軍縮に励みました。
 ロシアのウクライナ侵攻が始まる前、ドイツ陸軍の保有する戦車は250両、そのうち稼働できるのは68両と言う有様でした。
 こ、これでホントにロシアがウクライナを占領したら、どうするんでしょう?
 ロシアが東欧諸国を突破してドイツに攻め込んだら、どうするんでしょう?

 アメリカも欧州も揃ってこんな為体になったのは、冷戦勝利後「大国間の戦争はもうあり得ない」と言う幻想にとらわれていたからです。
 しかしロシアや中国はそんな幻想など持っていなかったのです。
 それどころか冷戦終了後も、歯を食いしばって軍事力強化に励みました。
 そしてアメリカや欧州諸国が油断している間に捲土重来を企てていたのです。

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 ロシアのウクライナ侵攻で、アメリカも欧州諸国も漸くその現実に気づきました。 それで今一斉に軍備増強を開始しました。 不足している砲弾の大量生産計画も始動し始めました。
 しかし実際の大量生産開始までには、相当の時間がかかります。 その間、ウクライナが持ちこたえてくれたら良いのですが、しかしウクライナが崩壊したら、今度は自国の番です。

 こうなると欧州諸国としては、今持っている砲弾をウクライナに提供して、ウクライナの頑張りを期待するべきか? それともウクライナの崩壊は必至として、砲弾や兵器は自国防衛用に確保しておくべきか?非常に悩ましい状況です。
 この状況ではいくらウクライナの防衛が重要とわかっていても、気楽に兵器支援には応じられないでしょう。
 
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 そしてこれはウクライナ支援云々だけの問題では済まない恐ろしい話です。
 だってアメリカも欧州も、十分な武器を生産できないと言うのでは、日本がイザとなった場合に、必要な兵器を買えるかどうかわからないと言う事ですから。 
 いくらお金があってもどうにもならないのですから。

 で、あれば日本の取るべき唯一つの道は、防衛力強化とその防衛力を支える軍事産業の増強ではありませんか?
 そしてその為には武器輸出三原則の撤廃など、日本の防衛産業が正常に発展できるための政策が必要です。

 ワタシ達戦後世代は武器輸出と言うと「死の商人」と言われて、そこで思考が停止していました。
 でも思考を再起動したら、自国を守る為の武器は自国で作れないと、自国を防衛できません。 武器の支援を他国に頼りながらの防衛がどれほど大変かは、現在のウクライナを見ればわかります。
 逆に自国で優秀な武器を生産できたら、ウクライナのように侵略に苦しむ国を助ける事ができるのです。

 日本人は思考を再起動して、軍事について考えてみるべきではありませんか?

  1. ロシアのウクライナ侵略
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2024-02-25 12:07

まだ大雪

 2月22日、札幌には大雪が降りました。
 ワタシのアパートの駐車場には、夜中に大家さんが頼んだブルドーザーが来て、それまでの雪を全部除雪してくれたのですが、しかしその後もまた降って朝になったら、元通りになっていました。

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 翌、2月23日は朝の朝のうちこそ晴れていましたが、昼前から降りだして、一日降り続きました。
 それでも夕方妹が、沢山のお供えをもってきてくれました。
 この日はよもさんの命日なのです。 

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 これでよもさんが死んでから二年経った事になります。
 ホントは昼間に来てくれる予定だったのですが、でも大雪で色々予定が狂い5時過ぎになってしまいました。
 だからホントに大変だったろうに・・・・・。

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 よもさんが死んだ日も大雪だったのですが、妹は来てくれました。 そしてお葬式の準備を手伝ってくれ、遠くの花屋まで行ってお花を買ってきてくれました。

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 よもさんの事を思い出すのが辛いので、命日の事などできる限り考えないようにしていたのですが、でも命日が近づいている事は否応なしにわかります。
 だってよもさんの死んだ日に、ロシア軍がウクライナに侵攻したのです。

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 それでウクライナのニュースを追っていると、ずうっと前から「ロシア侵攻からもう三年目を迎えようとしている」と言う言葉が溢れているのです。
 そしてホントによもさんの二回目の命日になったのです。

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 昨日24日、朝起きてカーテンを開けるとまた雪が降っていました。
 しかも22・24日に劣らない勢いで降っています。

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 ネットでお天気情報を確認すると、昨日で既に積雪量が80㎝を超えたとか、凄い話になっています。
 その上札幌で一番積雪が多いのは、ワタシの住んでいる地域だと言うのです。
 確かにワタシの住んでいる所は、手稲山の山裾で標高は高いのですが、しかし寒さが一番厳しいのは北区や東区などより内陸の地域なので、積雪もそっちが多いと思っていました。

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 とにかく雪は朝から降り続きました。
 最高気温も一昨日から−5℃前後になりましたから、降った雪は全く溶けません。
 先々週の馬鹿陽気は幻のように終わり、札幌はあるべき2月に戻りました。

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 昼過ぎに地区センターの図書室から電話が来ました。 予約してあった本が届いたと言うのです。
 飯山陽博士がYou tubeでUNRWAの日本人幹部が書いた本があると言っていたので、札幌市の図書館で検索したらあったので貸出予約していたのです。

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 で、散歩がてら地区センターの図書室に行くことにしました。
 飯山陽博士はUNRWAとハマスとの癒着を問題にしているし、ワタシも飯山博士の主張が正しとは思うのですが、しかし一応相手側の意見も知っておくべきだと思ったのです。

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 それにしても予約して直ぐに借りられるとは思っていませんでした。
 だって今はパレスチナ問題への関心がMAXになっている状況です。 まして日本政府のUNRWAへの支援停止に、マスコミが総力を挙げて反対しています。

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 だったら人々の関心がUNREAに集まり、この手の本は貸出予約一杯で、ワタシの順番が回ってくるまで何カ月も待たされるんじゃないか?と思っていたのです。
 しかもこの本の著者の日本人UNRWA幹部(清田明宏)は今日本に来て、与野党の政治家や外務省その他に「UNRWAに金を出せ」とせがんでいる最中なのです。
 その件も新聞・テレビが盛大に報道しているんですけどね。

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 ところが予約を入れて二日で借りられると言う事は、借りたい人はワタシの他に誰もいなったと言う事です。 貸出予約の入った本を毎日地区センターに届けるわけじゃないので、先約がなくても最低2~3日はかかるんですよね。

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 思うに新聞・テレビの影響力ってホントに減衰しましたね。 特に新聞は本と同様に活字媒体ですから、本の宣伝には一番強力だったはずなのに、新聞がほめた本と言うのはびっくりするほど売れていません。

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 これはご隠居さんが生前「息をするように嘘を吐く韓国」を出版された時に痛感した事ですが、その傾向が益々顕著になっているのではないかと思います。
 因みこの時、どのように新聞の影響力が減ったかは、よもさんとチビちゃんが説明してくれました。
 
 進撃のご隠居さん
 進撃のご隠居さん その2

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 新聞が必死で進める本が売れないのに反して、新聞がなんとしても読ませたくない、できたら焚書したい本は凄く売れています。
 暇空茜さんの「ネトゲ戦記」は既に初版が完売し、今買えるのはキンドル版だです。 そしてキンドル版で売り上げ一位です。

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 また新聞・テレビ、そして日本のイスラム研究者・中東研究者・国際政治学者が必死に叩き続ける飯山陽博士の著書は、アマゾンのイスラム関係本で上位独占です。
 だからUNRWAの日本人幹部の本を図書館から借りる人間もワタシぐらいなんでしょうね。

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 と言う訳で、ワタシは地区センターに行って、UNRWAの日本人幹部の本を借りてきました。
 この本を読み終えたら、このブログに感想文を書こうと思います。
 なんか題名からして、反イスラエル・ハマス💛丸出しなので、借りてはみた物のあまり読みたくないんですが。

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 さて、地区センターに行って目的の本を借りた後、少し買い物をする事にしました。
 久しぶりに西友など覗いて、近くの公園を散歩しようと思ったのです。
 この辺りなら公園内でも除雪されているんじゃないかと思ったんですけどね。

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 でも全然ダメでした。
 やっぱり殆ど除雪されていなくて、歩けるのはごく一部でした。
 一方、西友を出ても雪は止みません。
 こんなに何日も降り続くと、さすがに不安になってきます。

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 西友では薄手ダウンが半額の半額になっていたので一着買いました。
 これだとフリース並の値段なので、フリース替わりに着れば良いと思ったのです。
 それにしても衣料品は異常に安いですね。

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 食料品は凄く値上がりしています。
 特に野菜と果物が高くなったのに閉口しています。
 でも衣料品や靴などは上がっていません。

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 だからインフレの実感と政府や日銀の発表するインフレ率に実感がないのです。
 だって食料品は皆最低でも週に一回は買うけど、衣類や靴なんか季節の毎に数回買うかどうかですから。

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 そんなわけで昨日(24日)もまた、雪の中を彷徨ったのです。
 因みにカメラはちゃんと復調しました。

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 22日のカメラのトラブルの原因はバッテリーの残量不足でした。 
 22日に帰宅後すぐにバッテリーを充電すると、スイッチを入れ直ぐ液晶が立ち上がりました。
 液晶の立ち上げはカメラ機能の中で一番電力を食うので、バッテリー残量が足りないとスイッチを入れても立ち上がれないのでしょう。

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 しかしこんなトラブルを経験すると電気自動車は怖いと思いますよ。 だってカメラのバッテリーなら切れても命に関わるわけじゃないけど、寒さでバッテリーの消耗が早くて車が動かなくなったのでは、凍死に直結しますからね。

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 家に帰りつくころには日が暮れてきました。
 家を出たのは2時過ぎだったはずですから、3時間近く歩き回っていたのです。 
 歩いた距離は少ないのにこんな時間がかかったのは、雪道で歩きにくかったからでしょう。

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 家に帰りつくと非常に疲れていました。
 雪は夕方一旦止みましたが、夜になるとまた降ったようです。

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 雪の中を歩いて家に帰ると、帰る家があり、暖かい夜を過ごせる事がどんなにありがたいかわかります。
 だって外にいれば確実に凍死するのですから。
 神様、ありがとうございます。

  1. 札幌の四季
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2024-02-24 12:24

「共生」って誰が言ったの?

 先日、ハフィントンポストに「どうしたら難民と共に生きる日本社会をつくれる?ビジネスリーダーたちが始めた新しい連携の「輪」とは」と言う記事が出ていました。
 
 ワタシはこれ何とも不思議です。
 だって難民と言うのは紛争や迫害から命からがら逃げる人達です。 だから現在多くの難民を受け入れているのは、隣国が紛争地だったり、民族浄化などの迫害が行われている国ばかりです。
 しかし現在、日本の周辺にはそのような国はありません。

 ホントは中国や北朝鮮は、国内で深刻な民族浄化や政治弾圧をやっているのですが、しかし余りにも迫害の状況が深刻で、迫害されている人達が逃げ出す事もできない状況です。
 この二国を除くと、こうした問題を抱えている国は、日本からは遠く離れています。 こういう国々から日本に来るためにはパスポートを用意し、更に日本大使館に入国ビザを申請して航空券を買わなければなりません。

 勿論、それでも本物の「難民」がいないわけではありません。
 例えば日本に留学経験があったり、日本に関係する仕事をしている人が、祖国の政権から迫害されてたら、とりあえず日本に逃れる事を考えるでしょう。 またそういう人達なら、パスポートや入国ビザも用意できるでしょう。
 
 しかしどう考えてもそういう人はごく少数でしょう。
 そして日本ではそういう人はちゃんと難民として受け入れています。 
 けれども最初からごく少数の人達だけの話ですから、敢えて日本社会として対応すると言う程の問題にはなりません。

 ところがこの記事は「どうしたら難民と共に生きる日本社会を作れる?」と言うのです。 その為に「ビジネスリーダー達」が活動すると言うのです。
 年に数十人、或いは数百人の人を受け入れるのに、社会を変える必要はないでしょう?
 そんなに難民を助けたいなら、この「ビジネスリーダー達」が自社で雇用すれば済む事では?
 
 そもそも日本社会はこれまでちゃんと難民を受け入れてきたじゃないですか?
 例えばこの記事でこの活動の中心になっている方は、在日韓国人で元は在日朝鮮人だった方です。 この方の御両親、或いは御祖父母は朝鮮戦争時の難民ではありませんか?
 日本は朝鮮戦争時に朝鮮半島から出た難民の殆んどを受け入れました。 それで大変な経済的負担・社会的負担を被ったのですが、その難民は朝鮮戦争終結後も居座ったままです。
 
 これはつまり朝鮮戦争時の難民にとって、日本は余程居心地が良いと言う事でしょう?
 日本の戦後復興も終わらず、多くの日本人が貧窮していた時代になお、大量の朝鮮戦争難民を受け入れて、朝鮮戦争終結から70年も経つのに、難民達が故郷へ帰らない程、難民達に居心地が良いのが日本なのです。
 それなのにハフィントンポストとビジネスリーダー達は一体何を求めているのでしょうか?

 結局、ハフィントンポストとビジネスリーダー達が求めるのは、不法入国者を「難民」として受け入れろと言う事でしょう?
 前記のように本物の難民は僅少なので、日本社会云々と言う話にはなりません。
 しかし不法入国者だと膨大な数になりますから、社会問題になります。
 だから安価な労働力が欲しい「ビジネスリーダー達」が「難民と共に生きる日本社会を作る」など言い出したのです。

 ホントは「安価な労働力を移民させろ!! そしてそれに伴うコストは税金で賄え。 犯罪被害等のトラブルは貧乏人が甘受しろ!!」と言いたいのですが、しかし大っぴらにそれを言えないので、不法入国者を「難民」にして、日本人にそのインチキ難民と「共に生きる」ことを強制したいのです。
 
 その為にはまず一般国民を騙して、日本が「難民に冷たい社会」であると認識させる事が必要です。
 そして日本が人権を尊重しない悪い国であり、日本国民はそれを反省しなければならないと洗脳します。
 そうやって日本人が本来国家主権である出入国管理権を主張できない空気を作り、外国人が日本で何をしても、日本人が文句を言えない社会にしたいのです。

 ワタシはだから、この種の話には全く賛同できません。
 「多文化共生」とか「多様性」とか「ダイバーシティー」とか言う言葉を聞くと、限りなく疑わしく思います。
 この手の言葉は2000年ぐらいから、やたらに新聞・テレビに出てくるようになりました。 
 そしてなぜか日本はそのような社会を目指さなければならない事になっています。 
 しかしいつ、誰が、どのような権限で、こういうスローガンを国民に押し付けたのか全くわかりません。

 ワタシはこれを見て思いました。
 戦前の日本で「鬼畜米英」とか「神国不滅」とか「八紘一宇」とかのスローガンが絶対正義として、国民に強制されたのと同じ状況だったのだろうと・・・・・・
 戦前の日本だって民主主義だったんですよ。
 明治憲法は欽定憲法ですが、しかし当時の他国の憲法と比べても、十分に国民の権利を守っています。 だから大正デモクラシーでは第一次護憲運動が起きたのです。

 でもね。
 ソクラテスが言った通り「民主主義は僭主制に至る」のです。
 民主主義国家がいつの間にか一つのスローガンに固められて、全体主義に変質と言うのは、古代ギリシャから何度もあったのです。
 民主主義国家を全体主義化しようとする人間は常に存在し、自分達に好都合なスローガンを連呼する事で国民を洗脳していくのです。

 それにしても何で日本が「多文化共生」社会にならなければならないのでしょうか?
 何で日本が「多文化社会」にならなければならないのでしょうか?
 それが一体、日本社会と日本国民に何のメリットがあるのでしょうか? 
 本来の民主主義国家なら、国民にまずそのメリット・デメリットを示し、国民的議論をした上で、日本社会を「多文化共生」社会にするかどうかを決めるべきでしょう?

 外国人と共生するべきか? 
 それともできる限り入国を制限して、日本の独自性を守るべきかを議論するべきでしょう?

 ワタシ個人的には日本を「多文化共生社会」なんかにするべきではないと思います。
 日本は神話の時代から、日本民族による単一社会でした。 そのおかげで古代から独特の日本文化が栄えたのです。
 実はこういう国は世界でも他に殆ど類がありません。

 日本の独自宗教である神道はアニミズムですが、現在先進国でアニミズムの宗教を守っている国など他に皆無です。 
 このような貴重な宗教や文化を、侵害するような外国人は入れるべきではありません。
 日本は人類の宝です。
 それを一部の人間の金儲けの為に犠牲にする事など絶対に認めるべきではありません。

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2024-02-23 12:10

大雪

 昨日、朝起きて居間のカーテンを開けると、前の道路の雪がほとんどなくなっていました。 
 先々週から続いた馬鹿陽気で雪が溶けて、まるで3月下旬のような景色になっていました。

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 実は2月27日に町内大排雪が入る予定です。 町内大排雪は町内会が会費で業者を雇って、町内の道路の雪を排雪します。 大型の除雪車やブルドーザーやダンプカーが来て、道路上の雪は勿論、道路脇に積まれた雪も全部除雪すると言う壮大なモノです。

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 どこの町内会でも2月下旬から3月中旬までにこれをやって、一刻も早く春を呼ぼうと言うのです。
 しかし既にこんなに雪が減っているのでは「大排雪なんか必要ないではないか?」と思ってしまいました。

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 ところがワタシがブログの更新をしていると、雪が降ってきました。
 綿をちぎって撒いているような、フワフワした真っ白な綺麗な雪でした。

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 すると道路もワタシのアパートの駐車場も、見る見る真っ白になって行きました。
 アパートの駐車場もこの前の馬鹿陽気の間に、住民達が頑張って除雪したので、コンクリートが剥き出しになっていたのに、ここも直ぐに真っ白になりました。

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 ブログの更新が終わっても雪は降り続けます。
 ブログの更新が終わって昼ご飯を食べたのですが、しかしまだ雪は降っています。

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 それでワタシは少し散歩に出る事にしました。
 雪の降る様はとても美しかったし、ブログにアップする写真もなくなっていました。
 それにところずうっと家に引き籠っていたので、久々散歩もしたいです。

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 外気温は−5℃。
 降雪中。
 これなら道は雪で真っ白、水たまりも泥んこも心配ありません。
 そこでワタシは先日、古希の祝いに妹がくれたムートンブーツを履いていくことにしました。  

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 外に出ると風はないけれど、雪はさらに酷くなりました。
 雪の降りしきる景色はホントに美しく、朝自宅の窓から見た泥んこの世界とは全く別世界になっていました。

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 それでワタシは喜んで写真を撮りながら歩いたのですが、しかし家を出て幾らも進まないうちに、カメラにトラブルが起きました。
 スイッチをONにしても、液晶画面が真っ暗なままなのです。

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 シャッター切るとちゃんとシャッター音がするし、ズームの操作するとズームの音はするので、液晶画面だけが死んでいるようです。
 もう泣きそうです。
 せっかくこれほど美しい雪景色なのに・・・・・。

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 そこで予備のカメラを出しました。 しかし予備のカメラは余りに長くバッグに入れっぱなしで使わなかったのでバッテリーが切れていました。 バッテリーの予備もありましたが、しかし余りと言えば余りに雪が酷く、バッテリーを入れ替えたら、その間にカメラに雪が入りそうです。

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 それにしても予備じゃない方のカメラの液晶はホントに死んでしまったのでしょうか? 
 このカメラはコロナ開けで半導体不足の最中に買ったので、大枚3万円余もしたのです。 ワタシがこれまで自分で買ってきたカメラは皆1万円前後でした。
 その超高額カメラがダメになったのでしょうか?

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 何とも釈然としない思いで、またこのカメラのスイッチをONにしてみると、何と液晶が復活しました。
 寒すぎたのか?
 ワタシはそう思って、カメラを手で温めてやりました。

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 それからまたカメラを使おうとすると、また液晶が死んでます。
 ????
 やっぱりダメ?

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 カメラはその後、液晶が死んだり復活したりを繰り返しました。
 それでわかりました。 
 元々電池の残量が少なかったうえ、寒さで電力供給がきつくなったのです。 それで連続して液晶表示をできなくなったのです。 
 この電池もリチウムイオン電池だから寒さには弱いのです。

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 しかしここで電池の入れ替えなんかやったら、カメラに雪が入り込みそれこそ本物のトラブルになります。
 何よりそういう細かい面倒な事をする気力がなくなりました。
 雪はドンドン酷くなるばかり、風も吹いてきました。
 妹に貰ったムートンブーツは凄く暖かくて、足元はポカポカですが、手はかじかんできました。

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 その上、歩道が雪に埋まり凄く歩きにくいのです。
 雪は30㎝は積もっていて、フワフワのパウダースノーなのですが、それでもその雪の上を歩くのは疲れます。
 なんかもう条件が悪すぎます。

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 この散歩の目的地は西野神社で、久しぶりに西野神社に参拝して帰るつもりでした。 しかしもうこれ以上無理に進むと体力とカメラの電池が消耗するばかりです。
 それに日没も近づいてきました。
 ホントは雪の日没の写真を撮りたかったのですが、もうギブアップです。

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 家を出たのは3時半ごろでした。 帰宅したのは5時前です。
 だから一時間半の雪中を彷徨したわけです。
 それにしても日が長くなりましたね。
 家に帰りついても、まだ明るかったのです。

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 家の前の駐車場では、同じアパートの住民が二人、除雪に励んでいました。 ワタシは車がないので除雪の義務はないのと思い、ここに来てから一度の除雪を手伝った事はありません。
 でもこの雪と、除雪を頑張る二人を見ると、そうもいかなくなって家に戻って帽子と手袋を取り換えると除雪を手伝いました。
 雪は暗くなってから一旦止みましたが、また直ぐに降りだし、夜中中降り続いたようです。
 それで今朝、窓の外を見たら、夜中に大家さんが契約している業者さんのブルドーザーが来て、完全に除雪したはずなのに、それが全部夕べ以上の雪に埋まっていました。
 この冬一番の大雪でした。

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 カメラは家に帰って電池を充電すると、完全に復活しました。
 西野神社の御利益でしょう。
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