2018-04-17 21:07

漸く春

 今日、朝パソコンの電源を入れたら早速トラブルが起きました。 

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 何で朝からこんな目に遭うのだと、思いながらも、とにかくメーカーのサポートセンターに電話をしたら何とか無事に起動しました。

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 ついてない日だと思いながらも、午後から散歩に出たら素晴らしい快晴でした。

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 発寒川まで行くとワンコがご機嫌で遊んでいました。 雪解け水を含んでいるので、氷のように冷たいはずなのに、ご主人が川に投げ込んだペットボトルを喜んで拾いにゆきます。

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 辛夷が咲き始めました。

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 散々待たせてくれたけどようよう春になりました。

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 そして久々エゾリス様に会いました。

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 エゾリス様は冬眠しないのですが、でも冬の間は全く見かけませんでした。

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 この公園には結構いるのですが、いつも会えるとは限りません。

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 因みにこの公園の両側には普通の住宅が続いているのです。

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 でもこうしてエゾリス様に会えるなんてホントにラッキーです。

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 これで今朝のパソコンのトラブルの埋め合わせになりました。

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 ところがまだオマケがあったのです。

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 コゲラ君です。 こうして写真が撮れたのはラッキーです。

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 雪はまだ一部に残っているけれど、木々は芽吹き始めました。

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 実は昨日までホントに寒かったのです。

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 その上天気が悪くて陰鬱な日が続きました。

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 なろうことか一昨日の夜は雪まで降ったのです。

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 幾ら札幌の春が遅くとも、例年五月の連休の頃には桜が咲くのです。

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 しかしこんな調子では桜が咲くどころではないと心配していました。

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 ところが今日はそれまでの遅れを取り戻すような温かさです。

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 これなら連休前後に桜も咲くでしょう。

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 しかしこの調子なら桜の前にカタクリの花が咲いているのでは?と思いました。

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 するとやっぱり咲いていました。

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 花より蕾の方が遥かに多いので、まだ咲いたばかりでしょう。

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 しかしキクザキイチゲと一緒に胸のうずくほどの可憐さで咲いていました。

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 帰りにもう一度辛夷の樹を見ると、行きがけよりも更に花が開いています。

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 辛夷の樹はこれしか開花していませんでしたが、あと数日中には山の上にも白粉を刷いたように咲くはずです。

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 辛夷が咲くと花の爆発が始まります。

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 浮かれて歩いている間に日が傾いてきました。

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 これからは始終浮かれて歩くようになると思います。
 散々待またしてくれたのですが、漸く春になったのですから。

  1. 札幌の四季
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2018-04-16 13:26

4・14モリカケデモ パヨクの衰亡 その2

 先日のモリカケデモは随分ショボイ物に終わりました。

 一昨日のエントリーでも書きましたが、前回こうしたデモが行われたのは、2015年8月30日に安全保障法案反対デモでした。 この時、朝日新聞等マスコミはシールズなる団体を看板にして、巨大な新聞広告を出しました。

 しかしそれでもデモ参加者の実数は3万強でした。

 ところが今回はそれを遥かに下回る4000人弱です。

 マスコミと野党各党はそれに先立って丸一年余、ひたすらモリカケで反安倍を煽り続けました。

 そして今回もまた巨大な新聞広告を、朝日・毎日・東京新聞に出しています。 これって総額でいくらかかったのでしょうか?

 ところがそれで参加者たったの4000人。

 一方デモの写真を見れば明らかに全学連など極左組織の旗や幟が翻り、この参加者が組織による動員であったことがわかります。
 これでは新聞広告を見て参加した一般「市民」は皆無だったのではないでしょうか?

 実際、前回はとりあえず行儀のよいデモだったのですが、今回は開始直後から暴力行為に及びました。
 参加者の多くが善良な「市民」でないからでしょう。

 こうしてみるとこの2年半の間に、野党の支持団体や組織の衰亡と、新聞広告の効果の激減が物凄いことがわかります。

 因みに前回のデモと今回のデモの参加者の主催者発表は、それぞれ12万と3万ですから、こちらを見ても衰退は明らかなのです。

 それにしてもこれはもう野党の終わりではありませんか?
 なぜなら野党はマスコミと組織の支援が全てだったからです。

 与党が持たない組織を野党は持っている。 マスコミも支援する。
 だから左翼だけが大規模な反政府デモを起こすことができたのです。

 そしてそれによってはじめて野党は与党に対抗できてきたのです。

 実はワタシは昔からデモと言えば、ひたすら左翼で政府支持デモがないのが不可解でした。

 しかし考えてみれば当然のことで、デモを行うにはデモを行う事を知らせなければなりません。
 それではこのデモの「告知」をどうするのか?

 ネットができるまでこれは実に難しい問題でした。 なぜなら不特定多数の人にこうした呼びかけをする手段は、新聞やテレビ始めマスメディアに頼るしかないのですが、しかしこうしたマスメディアに広告を出すには巨額の費用が掛かります。

 だから経済力のない主催者にはそんなことができないのです。

 それではどうやって参加者を集めるか?
 
 ①労働組合など組織を使ってその構成員を動員する。
 ②学生など最初から一か所に固まっている人間が参加する。

 ②の場合は学生は一つの大学に大勢いますから、各大学の学生の数十人に一人が組織に参加していれば、口コミだけで十分デモの告知を伝達できます。

 デモが吹き荒れた60~70年代は、②で人数を集めたのです。 ワタシは72年に大学入学なので、もう学生運動のピークは完全に終わっていたのですが、それでも当時はまだ「左翼にあらずんば人にあらず」のムードでしたから、政府に反対するデモをやるとなれば、集まる学生はいくらでもいたでしょう。

 そして現実には日本のデモはこの②による学生デモが中心で、これに①の労働組合の動員が少しいる程度でした。

 だから今より遥かに大規模なデモが行われていた、60年代、70年代にデモの告知が新聞広告として出ていたという話は聞いた事がありません。

 こうしてみると日本では、デモって一般国民が参加するものじゃないのです。
 
 組織に所属する者だけが参加するのです。
 その意味ではこうしたデモの規模は、野党の支持組織の力の証明なのです。

 それでは日本で一般国民が参加したデモはないのでしょうか?

 あります。
 2011年に繰り返し起きた反フジテレビデモです。

 このデモを最初に主催したのは、全く政治運動をしたことのないボイラーマンをしていた男性でした。 彼はそれまではデモの主催者になろうなどと言う事は想像もしていなかったので、最初のデモを企画した時は、デモに必要な手続きに不慣れで、告知した日までに警察の許可をもらう事ができなかったのです。

 それで当日集まった参加者達の前で土下座しました。 またデモは止めて各自、フジテレビの周り「お散歩する」と言う事になりました。

 因みにそれでもこの日数千人の人が集まっています。

 しかし翌週、警察から正規の許可を得て行われたデモには、6000人が参加しています。 

 全く組織を持たない、デモ主催の経験もない人が、このようなデモを主催できたのは、ネットのお陰です。 彼はデモの告知を2チャンネルに書き込んだだけなのです。
 それでもその告知が拡散されて、これだけの参加者を集めました。

 そしてその後、個人が引き継ぐという形で、数戦規模の反フジテレビデモが繰り返し行われました。 

 これは日本の市民運動史上画期的な出来事です。 だってこれこそ本当の草の根の運動なのですから。

 しかしマスコミはこのようなデモが行われている事を、殆ど報道しませんでした。 それでもデモは殆ど参加者の減衰もなく2か月余り続いたのです。

 新聞広告も組織もないデモが、ネットの告知だけでこれだけの参加者を集め、しかも長期間続いたというのは、一般国民の意思と、マスコミや労組などの組織により作られた意思の乖離がいかに大きいかを表しています。

 そしてこれは実は選挙結果を見れば明らかなのです。

 こうしたデモを扇動しているはずの野党は、これまで殆ど政権を取る事ができませんでした。
 今回もデモやマスコミによる猛烈な反安倍キャンペーンにも拘らず、地方自治体での選挙では与党が勝ち続けています。

 だからこれを見ればわかります。
 これまでだって野党が与党に対抗できたのは、マスコミと労働組合などの組織力のお陰だったのです。
 
 それなのに組織がこれだけ衰退したのでは、今度の選挙はどうなるのでしょうか?

 そしてもっと深刻なのはマスコミです。
 今回のデモで新聞広告では全く人が集まらない事が見事に証明されてしまいました。

 あんなに大きな広告を出したのに、この結果ではもう広告媒体としての新聞の価値がないことの証明ではありませんか?

 時代は完全に彼等を見捨てたのです。
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2018-04-14 20:44

4・14モリカケデモに見るパヨクの衰亡

 今日、東京では反安倍モリカケデモが行われました。

 このデモについては先週から朝日新聞や毎日新聞など大手新聞各社にデカデカと広告が出ていました。
 それでワタシは大変楽しみにしていたのです。

 一体何人集まるのか?

 で、午後ツィッターを見ていたら、朝日新聞のツィートにその写真が出ていました。

朝日新聞映像報道部
 森友・加計問題などに抗議し、国会前に集まった人たちです。上空より撮影。(達)
 1:17 - 2018年4月14日

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 す、すごい!!
 主催者側は、3万人とか5万人とか言っています。

 一方、警察側発表では4000人だそうです。
 
 これではとても4000人いるとは思えないのですが、しかし写真に写らな場所にも人が散らばっているのかもしれません。

 で、何を楽しみにしていたかと言うと、この前の同様のデモと比べて人数がどう変わったか?です。

 この前の同様の国会前の集会と言えば、2015年8月30日の反安保法制デモです。
 この時の写真がこれです。

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 全く同じ場所ですが、人が埋めている面積と、人の密度が全く違うのがわかります。 その為、航空写真もより高い所から撮っています。

 因みにこの時は主催者発表では参加者12万人です。

 しかし警察発表では3万人でした。
 それでも今日のモリカケデモに比べたら大変な規模です。

 こうしてみるとパヨクの動員能力が激減したのがわかります。

 因みに2013年の反原発デモは、更に規模が大きくしつこく続きました。

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 それで2015年の反安保法制デモを見た時は、「ショボイ」と思ったのですが、今回はそのショボイデモの10分の1になったのです。

 モリカケ報道は去年の2月9日から始まりました。 そして丸一年余煽り続けて、更に先週は「首相案件」と言う燃料まで投下したのです。

 しかしその結果参加者4000人でした。

 左翼の組織が安倍政権下でひたすら衰微しているという事でしょう。 そういえば先日JR東労組2万8千人大量脱退というニュースが出ていました。

 元々4万6千人だった組合員から2万8千人抜けたのですから、そのダメージは尋常ではないでしょう。
 
 枝野はここから献金貰ってましたよね?

 この組合の組合費は一人平均月8000円だそうです。 だから2万8千人の組合員減は、単純計算で年間27億ほどの減収になります。
 
 しかし最強の労組の一つだったJR東労組でこれですから、他の労組の弱体化は目を覆うばかりでしょう。

 これではデモの動員に日当をはずむどころではないのでしょうね。

 こうなると今度の参院選では、元民進党は何を頼れば良いのでしょうか?
 
 それともデモの参加者の激減は、労働組合の動員力の問題ではなく、新聞広告を見る人が減ったからでしょうか?
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2018-04-13 21:56

葬儀の後で聞いた話 学園浸透スパイ事件?

 先日から大師小さんが、学園浸透スパイ事件についてエントリーされていました。
 ワタシにはこの除勝等、在日コリアンの北朝鮮スパイ事件について、非常に気になっている話があります。

 大変古い話で、記憶も曖昧になっている部分もありますから、間違いもあるとは思いますが、記憶にある事を事を書いてみます。

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 それはワタシの父が死んで、葬儀も終わり火葬場から帰って一息ついていた時に聞いた話です。
 ワタシは叔父に従妹の消息を尋ねました。

 ワタシ達一家は昔大阪で暮らしていました。 叔父一家は我が家のすぐ近くで薬局を営んでいました。 叔父の三人の子供達と、ワタシの兄弟は同じ年頃なので、いつも一緒に遊んでいました。
 
 ワタシはその中でもワタシよりも一歳年上の従妹と特に仲良しでした。 しかし父の転勤で我が家が名古屋へ更に北海道へと引っ越した後は、全く疎遠になっていたのです。

 それでも従妹は地元の高校へ行き、そして地元の教育大学を卒業して教員になり、そして結婚したという事はしっていました。
 
 しかし叔父からその従妹の近況を聞いているうちに、いつの間にか従妹が学生時代に関わった同級生のスパイ事件の話になりました。

 それはホントに驚くような話でした。

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 従妹が大学に入学した年、従妹の高校時代の同級生が、韓国でスパイ容疑で逮捕されました。

 叔父一家、そしてワタシ達一家が住んでいた地域は、大阪でも特に在日コリアンが多い地域でした。 我が家の近所や小中学校のクラスで会ったことありません。 或いはワタシが子供だったので、そういう事はわからなかったのかもしれません。

 しかし従妹が進学した高校のクラスメートには在日コリアンの生徒が何人もいました。

 その中の一人が高校を卒業してから「祖国の大学で学びたい」として韓国の大学に進学したのですが、大学生活が始まって間もなくスパイ容疑で逮捕されたのです。

 このニュースは大阪では結構大きく報道されたようです。
 それによるとこのスパイ容疑と言うのは、この在日コリアンの学生は、韓国の大学に入学するまでの3年間北朝鮮でスパイ訓練を受けていたと言うものでした。

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 これには従妹等元同級生や教師達が仰天しました。
 だって彼は韓国の大学に進学するまでは、従妹達と一緒に毎日大阪の高校に通学していたのですから。

 そこで同級生や教師達が中心になって救出運動を始めたのです。
 従妹は彼とは特に親しかったわけではないのですが、しかし大変積極的で義侠心に強い性格だったこともあり、次第にこの活動にのめり込み、活動の中心になっていきました。

 そこで叔父も娘と一緒に活動を支援することになったのです。 叔父は元来、ゴリゴリの保守派で、株を上げてくれるので自民党が大好き言う人だったのですが、これは娘のやっている事が正しいと思ったのでしょう。

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 そして彼が起訴されて裁判が始まると、従妹は必ず証人として出廷し、彼が大阪の高校にいた事を証言しました。
 また高校の先生達も出席簿始め、彼が高校に通学していたことを示す様々の書類を持参して、証言をしました。

 出廷の為、従妹が初めて韓国に行った翌日の早朝、突然、ホテルのドアの外で鉄砲の音がしました。
 従妹の部屋のドアの外にKCIAの人間が二人いて、威嚇のために空砲を撃ったのです。

 従妹は肝を潰しました。
 日本人には想像もつかない世界だったのです。

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 そして以降韓国にいる間中、従妹にはKCIAの監視役が二人付いてくるようになりました。

 従妹は最初は大変恐ろしかったそうですが、しかし何度も韓国へ行くうちに監視役の二人と親しくなり、ソウルの街を案内してもらったりしたそうです。 そして彼等の人間性を垣間見る事になりました。

 ある日、従妹がお八つに食べようとホテル内の売店で梨を買った時のことです。 監視役が「アンタそれ食べるの?」と聞いたそうです。 
 従妹が「そうだ」というと彼は驚いて、その梨の値段は自分達の給料の3分の1程になるのだと言いました。

 当時の日韓の経済格差は今より遥かに大きかったのです。 
 
 従妹もこれには驚いて、梨の半分を相手に薦めると、彼は「親に食べさせたい」と言って大切に紙に包んだそうです。

 このころは儒教式の親孝行も徹底していたのでしょう。

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 しかしこういう韓国人の純朴さとは裏腹に裁判は無残な物でした。 

 判事は日本から駆け付けた証人達の話を、目をつぶって聞いていました。

 そして日本人の持参した証拠や証言を一切無視して、検察側の求刑通り懲役10年の有罪判決を下したのです。

 叔父はこれは韓国政府が北朝鮮の敵意を煽る為に仕組んだ裁判で、最初から何があろうと有罪にすることに決められていたのだと言っていました。

 こうして祖国の大学で学ぶ夢は、祖国の刑務所での10年となってしまたのです。

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 そして服役中に彼は結核を発症しました。 当時韓国の刑務所では医者は処方箋を出しても、薬は自分で調達しなければなりませんでした。
 
 それで薬は叔父が送りました。 叔父は薬剤師で家業が薬局ですから、抗結核剤の他、栄養補助剤も色々送ったそうです。 
 
 但し当時日本のマスコミでは韓国については、官憲の腐敗や汚職ばかりが報道されていたので、送った薬剤類がちゃんと本人に届くかは心配しました。

 叔父によるとこうした抗結核材などは、日本ではいたって安い物だったのですが、外貨不足の韓国では非常に高価で、貴重品扱いだったとそうです。 

 そこで叔父は薬剤類を送る時に、リストを作り、相手にも受け取った薬のリストを作るように要求しました。

 彼は結局こうして十年の刑期を一日も減刑されることなく務めて出獄すると日本に「帰り」ました。

 そして叔父と彼リストを突き合わせてみると、叔父が送った薬剤類は一つも漏れる事なく、全部届いていたことがわかりました。

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 それにしてもこんな話、他で聞いていたら絶対に信じなかったでしょう。
 しかし叔父は親戚の葬儀に来てほら話をするような人ではないので、信じるしかないのです。

 ところで従妹はワタシより一つ年上で、ストレートで大学に入っている事を考えると、従妹の同級生がスパイとして逮捕されたのは、1971年になります。

 大師小さんの学園浸透スパイ事件についてのエントリーによると、1971年に韓国で20人ほどの学生がスパイ容疑で逮捕されたというのです。

 それでは従妹が救出に関わった元クラスメイトもこの中の一人でしょうか?

 そしてこの事件で一番有名なのが除勝です。

 除勝の逮捕についての報道は、ワタシも70年代に読んだ記憶があります。 包帯でぐるぐる巻きになった写真が印象的でした。
 そしてその時の報道は無実の青年をスパイ容疑で逮捕する韓国を非難する物ばかりでした。

 それで叔父にこの話を聞いた時にすぐに頭の浮かんだのは、その包帯でぐるぐる巻きの除勝の写真だったのです。 
 
 そして叔父の話とこれをあわせたら、韓国と言う国は恐ろしい、全く信用のできない国と思えました。
 因みに父が死んだのは1984年です。

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 その後、韓国・北朝鮮関係では、大韓航空機爆破事件他、随分色々な事件が起こりました。

 そのたびに北朝鮮側は韓国のデッチアゲ説を出すのですが、ワタシは叔父の話が強烈だったので、この韓国のデッチアゲ説もあり得ると思い続けました。

 しかし2002年の拉致発覚で、やっぱり北朝鮮がオカシイと思うようになったのです。 そしてネットを始めてから除勝が実は本当に北朝鮮のスパイだったと知ったのです。

 そうなると従妹達が必死で助けようとしたあの同級生はどうだったのだろうか?と言う疑念も湧いてきます。

 3年間北朝鮮でスパイ訓練を受けていたというのは、勿論事実ではないでしょう。
 しかしそれ以外でやはり北朝鮮の為の活動をしていたのではないのか? この疑念が湧いてきます。

 叔父も10年以上前に他界し、従妹ともすっかり疎遠になっているので、彼女が今当時のことをどう思っているかも、またこの元同級生がどうしているのかもわからないのですが。

  1. 個人的体験から
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2018-04-12 19:03

近畿財務局は何を隠蔽したかったのか? 森友問題

 朝日新聞が森友騒動から撤退した理由がわかりました。
 そしてワタシが長らく不思議に思っていたことも腑に落ちました。

毎日新聞
  1. 安倍
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